機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

 

 

「さて皆さん。テンカワアキトと妹アイとの戦いもいよいよ終局を迎えたようです。

宿敵デビルホクシンに止めを刺すアキト。

しかし、執念の鬼と化したマスターホウメイがその前に立ち塞がります。

決勝大会まで後数時間。それまでにネオホンコンに辿り着かなければ、

アキトの決勝大会への出場資格は失われてしまうのです。

果たして、アキトは時間までにネオホンコンに辿り着き、

決勝に出場する事ができるのでしょうか。

そして、アキトの元へ向かうカプセルの中には一体何が・・・?

それでは!

ナデシコファイト・・・

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

 

 

第二十四話

「新たなる輝き!

ゴッドナデシコ誕生」

 

 

 

デビルホクシンが崩れ落ちる。

コクピットハッチを開いて、機体の外に出てきたアキトの脳裏に

氷の棺の中に囚われた妹の面影がよぎる。

炎の中に崩れ落ちてゆくデビルホクシンに、もう一人の妹の面影が重なった。

「ルリちゃん・・・シュンさん・・・俺・・・やったよ・・・。」

呟いたアキトが虚脱したようにぺたり、と座りこんだ。

その時、天を覆った黒雲の中から輝く光が降りてきた。

面を上げたアキトの顔をふと不審と戸惑いの表情がよぎる。

「あ・・・あれは・・」  

 

 

 

青い空、白い雲。やや傾いた太陽が群れ集う人々を適度に温める。

常から猥雑な活気に満ちたネオホンコンの街が、今日は一段と騒がしかった。

ネオホンコン公営放送局のレポーターにしてナデシコファイト公式アナウンサー、

各務千沙がヘリの上でその様子を実況中継している。

「全世界のみなさん!ご覧下さい!この熱気にあふれたネオホンコンの街を!

四時間後に迫った第十三回ナデシコファイトの決勝大会開幕を前に、

観客のボルテージは最高潮に達しています!

十一ヶ月に及んだ生き残り戦を戦いぬいた各国のナデシコが続々と、

このネオホンコンに集まってきているのです!」

飛行モードに変形したネオオランダのネーデルナデシコが風車の四枚羽根を回転させて空から到着した。

ネオノルウェーのバイキングナデシコの巨大ロング・シップが入港し、

そのすぐ傍の海面から巨大な牛の頭、ネオスペイン代表マタドールナデシコと、

魚と人が融合したようなネオデンマークのマーメイドナデシコが浮かび上がる。

クイーンズロードをネオギリシャの強豪ゼウスナデシコの戦車が威風堂々と進む。

「そして、ここ新啓徳宇宙港にも各国代表が続々と到着しているようです!」

「ヒュウ!滑りこみセーフ、ってとこかな?」

千沙の言葉通りコロニーからのシャトルが五分間隔で到着する中、

サーフボードに乗って無遠慮に宇宙港前の港に着水したのはナオのナデシコマックスターだった。

「おーおー、いるいる、世界各国からわざわざ俺様に負けに集まってきやがったぜ!」

『あらら、相変わらず口だけは一人前ね?』

「!」

「ドラゴンナデシコ只今参上!っと。」

港の水が渦を巻き、天に昇る。

水の柱を砕いて現れたのは舞歌の操る鋼鉄の龍だった。

「お互いに、何とか間に合ったみたいね。」

「まあな。俺達が一番乗りか?」

「残念でした。遅いよ、二人とも!折角用意してたお茶が冷めちゃったよ?」

上から降って来た声に二人が空を見上げる。

ミスマル家所有の飛行船エトワール号のテラスで、ユリカがお茶を楽しんでいた。

「へっ、スカしていらっしゃるね、貴族様は!」

「・・・そう言えば、さっきネオジャパンのシャトルも到着したみたいなんだけど・・・。」

ユリカのもたらした情報に、二人が同時に歓声を上げる。

「おお!」

「じゃあ、アキトくんも?」

「ううん、シャトルはコロニーから降りて来た物なの・・・。」

「「「!」」」

三人の右拳から赤い光が放たれる。

同時に、もどかしいような鈍い痛みが伝わってきた。

「紋章が・・・うずきやがる!?」

「まさか・・・まだギアナ高地にいるって言うの!?」

「戦って・・・いるんだ、アキトは!」      

 

 

 

 

ネオジャパンの旗を掲げたロールス&ロイス・シルバーゴーストのレプリカモデルが、

その名の通り幽霊の如く音を立てずに走る。

ただし、車内はこれ以上無いというほどの騒音で満たされていた。

「タイムリミットは後三時間なのよ!?一体どうなっているの!

ゴッドは確実にアキト君に届いたんでしょうね!?」

エリナ、ウリバタケ、ハーリーの乗る後部座席では

ヒステリー寸前のエリナの声が先ほどから響きっぱなしだ。

無理も無い。万が一アキトがギアナ高地に倒れ、

ゴッドは回収できないとなればネオジャパン政府にとって無視できない程の損失だ。

責任者であるエリナも首相の座を狙うどころか降格、いや更迭は必死だろう。

「大丈夫ですよ、エリナ委員長。もう今頃はこちらへ向かってる頃でしょう。」

ウリバタケが、少なくとも表面上は落ち着いた態度を見せてエリナをなだめる。

ハーリーが不安げに窓の外をちろちろと見ていた。

その目が、意外な物を見つけて驚きに見開かれる。

「ネオロシアのナデシコ輸送機・・・ポチョムキン級か。・・・兄さん!?」      

 

 

 

 

ガイは海を見ていた。

この海の遥か彼方、数千キロ先では今なおアキトが戦っているのだろうか?

あるいは決勝大会へ出場するべくこちらへ向かっている最中なのだろうか?

まさか・・・・

「ンなわきゃねえ!」

そう、アキトに限ってそんな事は無い、とガイは自分に言い聞かせる。

今までだって必ずあいつは生きて帰ってきたのだから。

「ダイゴウジ・ガイ。」

サブロウタの声が、いつのまにか拳を固く握り締めていたガイを現実に呼び返した。

「その分だとまだ到着していないみたいだな・・・。」

振りかえったガイが再びうつむく。

「我がネオロシアの手助けも無駄に・・・。」

リョーコの視線がサブロウタの言葉を押しとどめる。

「あいつは来る。必ずだ。」

その拳が赤く輝いていた。

サブロウタが肩をすくめる。

「やれやれ、リョーコちゃんまで夢みたいな事を。」

「ガイ兄さん!」

ポチョムキンの向こうで止まったロールス&ロイスのドアが開き、

小柄な人影がこけつまろびつガイに走り寄ってくる。

「ハーリー!?」

ハーリーがガイの前で、肩で息をしている。

「兄さん・・・無事でしたか!」

「ああ・・・だが、アキトが・・・。」

「ネオジャパンのマキビハリ君、だね?決勝大会での対決を楽しみにしているよ。」

ガイの言葉を遮り、サブロウタがハーリーに微笑して身を翻した。

「リョーコちゃん。ボルトナデシコを出してくれ!開会式に向かう!」

サブロウタに従って歩き出したリョーコが立ち止まってガイたちのほうを向く。

「俺は・・・奴を信じてるぜ。」

「フン!お前さんに言われるまでもねえよ!あいつとの付き合いも随分長いんでな!」

「へっ・・・!」

にやり、と笑うとリョーコが再び身を翻し、サブロウタの後を追った。

ハーリーが厳しい表情で呟く。

「ネオロシアのスバル・リョーコ・・・アキトさんの強敵になりそうですね・・・。」

ガイが、再び海の方向を見る。

その先にいるはずのアキトは今・・・・。      

 

 

 

 

「あれはネオジャパンのナデシコ運搬カプセル・・・。どうしていまこんなところに・・」

小ぶりの台地のひとつに着地するキャリアポッド。その重みに地盤が崩れポッドが斜めに傾く。

その拍子に開閉機構が誤作動を起こしたのか、ポッドが僅かに開いた。

その隙間から見えるものは・・・。

「あ・・・あれは!・・・間違いない!決勝大会用の新しいナデシコだ!・・・うわっ!?」

シャイニングナデシコの体が大きく傾ぐ。

ギアナ高地中にその触手を張り巡らせていたデビルホクシンの崩壊の余波か、

アキトの足元も崩れつつある。急いでキャリアポッドまで跳ぼうとするアキト。

だがその直前、シャイニングナデシコの足首を捕らえたものがあった。

「テンカワァッ!逃しはしないよ・・・まさか無事でここから出られるとでも、思っていたのかい!?

こぉの、馬鹿弟子がぁ!」

毛髪を白く変えながらもその顔に鬼気と執念をみなぎらせ、ホウメイがアキトを捕えていた。

「そんなナデシコでまだ動けるなんて・・・・!」

「当たり前さね・・・!アタシの名を忘れたのかい・・・?

未だ負けを知らざるは東方不敗!

そう!この名に掛けても!貴様だけは許さないよォォッ!」

怪鳥のように大きく翼と腕とを広げ、襲い掛かるホウメイ。

二体のナデシコはもつれ合って崖下に転落していく。

「もうやめてくれ!もうアンタに勝ち目はない!」

「何を言う!弟子の分際でぇぇぇっ!うぐぁっ!」

大地に叩き付けられ、落下のショックでしばらく動けない二人。

呆然としてアキトが呟く。

「何故だ・・・何故こうまでして戦う!?何故俺を倒さなければならない・・・?」

「五月蝿い!貴様などにわかってたまるか!

アタシが何の為に戦うかだと・・・?そんな事を・・・貴様に話して何になる!」

立ちあがりながら、まさしく怨念を振りまくホウメイ。

横たわっていたままだったアキトが、振り下ろされた拳を跳びすさって辛うじて躱し、

ホウメイの拳が空しく大地に穴を穿つ。

かみ締めた唇の端から一筋の鮮血が流れ、激昂していたホウメイがふとうなだれた。

「くくくくく・・・アタシも哀れなもんさね。まさか手塩にかけて育て上げた弟子に

こうまで逆らわれるとは思ってもみなかったよ・・・。」

マスターの目に、怒りや憎悪とはまた別の何かがかすめる。

心なしか、双眸が潤んでいるかのように思われた。

「そうアンタさえ・・・アンタさえ!・・あの、シンジュクに現れなければどれほど良かったか・・・」

「し・・・師匠・・・・・」

ホウメイの見せる「何か」に圧倒され、アキトが我知らずホウメイを師と呼ぶ。

その師の声も濡れている。

「お前さえナデシコファイターにならなければどれほど良かったか・・・・!わからないか!」

高ぶる感情に堪えかねたか、ホウメイがアキトの頬を打つ。

「ええいっ!ええいっ!ええいっ!」

膝を突いたアキトの頬を、平手で何度も何度も打つホウメイ。

激情に声を震わせ、弟子の頬を打ち続ける。

「この馬鹿者!馬鹿者!馬鹿者!馬鹿者ォォッ!

もう少しで、デビルホクシンでこの地球を!

この地球を!この地球をォォォォッ!」

打たれるままだったアキトがぎらり、と目を光らせる。

「うるさいっ!

あんたの都合など聞いていられるか!

俺はいつまでも、あんたの弟子でもなければオモチャでもない!

言いたい事が、あるなら、はっきり、言って見ろぉ!」

立ちあがり、拳でホウメイを殴るアキト。

先程のお返し、と言わんばかりに何発も何発も殴りつづける。

「こ・・・こ・・・・このォっ!」

ホウメイがダークネスフィンガーを繰り出し、

アキトはシャイニングフィンガーで、互いの頭部を鷲掴みにした。

「テンカワァァァッッ!」

「師ぃ匠ぉぉぅ!」

互いの頭部が爆炎に包まれる。

だが双方共に相手を一撃で倒すほどの力は残っていなかった。

顔面に互いの必殺技の醜い爪跡を残し、すれ違うように同時に倒れる。

「くっ・・駄目だ・・今のでエネルギーがゼロに・・・」

呻くアキトの背後で、マスターナデシコがゆっくりと身を起こす。

「このままだとまずい・・・・ならば・・」

ゆっくりとアキトの方に振り向くホウメイ。

「動けなくなった様だねぇ・・・んん!?」

ホウメイが一瞬目を見張った。シャイニングナデシコのコクピットからアキトが飛び出し、

キャリアポッド目指して走るのを目撃したのだ。

「ふん・・このマスターナデシコの前で、生身で飛びだしたか。」

岩を飛び移り、ポッドへと向かうアキト。

「何かは知らないがあれに乗りこむつもりだね・・。

・・・・フン、さっきは言ってくれたね・・・。

『言いたい事があるならはっきり言え』と!

なら言ってやろう!

そう・・・だからお前は、 阿呆なのだァッ!」

アキト目掛けて、マスターナデシコの貫手が宙を裂いて撃ち出される。

台地を無防備に昇って行くその背中に、それを防ぐ術は無い。

「さらばテンカワ!・・・・・・・・・・・何ッ!?」

貫手は空中で止まっていた。シャイニングナデシコのみぞおちに根元まで突き刺さって。

ホウメイが貫手を放った直後無人のナデシコが立ちあがり、

自らを盾としてアキトを守ったのである。

「まさか!アサルトピットのエネルギーでプログラムしたって言うのかい!?

アイツは・・・アタシの次の手を読んでいたのか!」

背中に突き出た貫手の先から鮮血の様に駆動液を滴らせ、

腹から生えた腕を両手で掴む。

そしてシャイニングナデシコのアイカメラから遂に光が失せた。

辛そうな表情で振りかえるアキト。

そうだろう。

今、アキトは一年を共に戦ってきた「戦友」を失ったのだから。

「シャイニングナデシコ・・・でも、今は!」

もう振り向かず、キャリアポッドのところに辿り着くアキト。

半ば開いた状態のポッドの隙間から、ナデシコタイプの機動兵器が空ろな眼差しをアキトに注いでいる。

「これが・・・新しいナデシコ・・・・・」

「テンカワァ!」

振り向いたアキトの目に、鬼気迫るホウメイの姿が映る。

「テンカワァ!新しいナデシコになど、乗れると思うなよッ!

物事はそう簡単には行かないと言う事を、このアタシが、身をもって教えてやるよォッ!」

シャイニングナデシコに刺さって抜けない右腕を自ら引き千切り、

空中からポッドに体当たりするホウメイ。

「何っ!」

マスターの体当たりで、既に脆くなっていた台地の地盤は遂に崩落した。

「ハハハハハ!ざまぁ見たかぁ!」

マスターナデシコやポッド、アキトもろともに台地が崩れ落ち、

全てはもうもうたる土煙の中に消えた。  

 

 

 

 

夕焼けの色に染まったネオホンコン、決勝大会会場に千沙のアナウンスが響く。

「さあ、いよいよタイムリミットも間近になりました!

いずれもこの十一ヶ月を勝ちぬいた腕に覚えのナデシコ達!

さあ、一体後何体のナデシコがここに到着するのでしょう?」

既に、開会式の会場にはナオ達を含め二十を越す数のナデシコが並んでいた。

だが、逆の見方をすれば十一ヶ月前は三百を数えたナデシコの中で、

生き残ったのはこれだけだ、とも言える。

予選の十一ヶ月間がどれほど厳しい戦いだったかがわかろうと言う物だ。

そんな事にはお構いなく、開会式場の中央に設置された大時計が、

決勝大会参加の刻限まで、後丁度一時間であると示していた。  

 

 

 

ナオが苛立ったように左手の平に右拳を打ち付ける。

「ちぃぃっ!一体全体何やってやがるんだ、あのJapaneseは!」

「まさかデビルホクシンに・・・なんて事は無いわよね。」

舞歌ですら不安を隠しきれない。

「そんな事はないもん!アキトは・・・アキトは必ず来るよ!」

アキトの事を信じきった目で叫ぶユリカを見やってリョーコが苦笑する。

「ったく、四人揃って競争相手の心配たぁな・・・。

俺達もたいがいお人好しだぜ。」

「全くね!」

舞歌がくっくっと笑いながら答えた。

何かツボに入ったらしい。      

 

 

 

埠頭でガイが夕日を見ていた。

地球の裏側で、未だにアキトが戦っている。

それを確信しながら、何も出来ない自分が悔しい。

後方の道路脇に止まったリムジンの方からは、

相変わらずエリナ委員長のアキトの所在を尋ねる声が聞こえてくる。

「まだ、アキト君とは連絡が取れないの・・・・?ハーリー君・・・?」

声が低く、落ち着いた物になってきている。

焦っても無駄な事を悟ってエリナが落ちついてきた・・・訳では無い。

むしろ危険な兆候だ。

「もう一時間しかないのよ・・・?アキト君は本当に間に合うの・・・?」

低く、響くようなエリナの声がハーリーの背筋を走る。

「新型機は間違いなくギアナ高地に到着したんです、奴さんを信じましょうや。」

ウリバタケが必死で暴発を食いとめるが、後持って一時間。

その間にアキトが来なければ二人の身の安全の保証は無いも同然だろう。

必死の形相で衛星回線と繋いだ端末を操作していたハーリーの顔がぱっと明るくなった。

「ゴッドに生命反応!誰かが乗りこんだようです!」

凄まじい緊張の反動か、声が弾んでいる。

だが、ハーリーの表情がすぐにまた元の張り詰めたものに戻る。

アキトが新型機に乗りこんだとしても、戦いが終わった後とは限らないのだ。

「アキトなのか!通信は繋がらないのか!?」

「アキト君に通信は繋がらないの!?」

「いまやっています!」

兄とエリナに挟まれ、ハーリーがまた、必死の形相で端末を操作し始めた。          

 

 

 

 

 

マスターナデシコのナデシコ運搬ポッドへの体当たりによって生じた

台地の崩壊に巻き込まれ、アキトが咄嗟に受身を取る。

それでも一瞬呼吸困難になるほどの衝撃があった。

致命傷や重い怪我はなかったが体中がひどく痛む。気が付くとポッドのすぐ傍だった。

這う様にして新しいナデシコのコクピットへ潜り込む。

「システムは全く同じ筈・・・・!」

モビルトレースシステムのコントロールパネルを開き、手早く所定の操作を行う。

ゴッドの瞳に火が灯り、消える。かすかな光が点滅はしても、

ナデシコが目覚めればその四肢にみなぎる筈の力が湧き上がってこない。

「何故動かない!新しいナデシコ!」

アキトは知らなかった。今のゴッドには戦闘データがインプットされていない。

言わば魂の無い抜け殻。命を持たぬ木偶人形。

叫ぶアキト。コクピットが揺れた。

キャリアポッドが軋む。片腕片翼、満身創痍のマスターナデシコが、

強引にポッドを開こうとしていた。

「・・・なんてしつこいんだ!」

「出て来いテンカワ・・・決着は、生身で着けようじゃないかぁ!

そぉうとも、なんで今更メカに頼ろうものか!

出ろぉ、貴様も武闘家なら、自分の体で戦ってみろォ!」

マスターナデシコから赤いスパークが迸る。

「ぐあぁぁぁぁっっ!」

それは、今だ動かぬゴッドの肉体を貫きアキトに苦悶の声を上げさせた。

「そぉれ・・・・出てこいィ・・・・!出て来るんだァァァァ!

アタシと・・・・・決着を着けろォォォッ!」

「嫌だ!・・・俺は・・俺はネオホンコンへ行くんだ・・・このナデシコで・・・ルリちゃんを助けるんだ!

だから・・・動いてくれ、ゴッドナデシコォ!」

マスターナデシコが発する赤い輝きが、

最早瞳の光を失いピクリとも動かないシャイニングナデシコを照らしていた。      

 

 

 

 

「衛星回線でプログラムをダウンロードするつもりでしたが・・・

こうなれば、ゴッドナデシコにシャイニングナデシコから

直接戦闘データを移行させるしかありません。」

端末を操作していたハーリーがその場の全員に向き直り、

トランクから大き目のスーツケースを取り出す。

その中には人間の頭より少し小さめの銀色の卵のような物体と、

細々した機器が組みこまれた女性用のティアラのような物があった。

額の部分には煌く水晶のような物がはめ込まれている。

「それは?」

「試作型の脳波通信機です。脳波を増幅し、ニュートリノを媒介とすることによって

電波妨害を全く受けずに、どんな遠距離にでも思考を送る事が出来ます!」

「これでアキト君と連絡がとれるって言うの!?」

「それはわかりません。この脳波通信機は脳波の強さ・・・

即ち思念の強さが強ければ強いほど出力が上がります。つまり・・・・」

「つまり?」

話の成り行きに嫌なものを感じて顔をしかめながらエリナ委員長が重ねて尋ねる。

「アキトさんの事を強く思えば思うほど成功率が上がる・・・

使用者は彼のことをもっとも強く思っている人が適任、と言う事です。」

「つまり、結局最後に頼る物は乙女の祈りって訳?

もう、馬鹿馬鹿しいったらありゃしないわね。でも・・・」

エリナが恐ろしい事実に気が付いた様に言葉を切り、沈黙する。

「すると・・・」

「まさか・・・」

エリナのみならずウリバタケまでが物凄く嫌な顔をしてガイの方を見た。

女性の装飾品のような脳波通信機を額につけ、目を閉じて祈るガイ・・・。

何かに耐えるような表情をしてエリナが声を絞り出す。

「・・・・背に腹は代えられないわ・・・!ハーリー君、その脳波通信機を・・・」

「いえ、心配は無用です、エリナ委員長。

こんな事もあろうかと開発しておいた物があります。

ルリさんの人格をデジタル化し、プログラムとして移植した試作型第7世代AIです!

これに脳波通信機を組み合わせれば移植されたルリさんの思考パターン・・・・

つまり、ルリさんのアキトさんを思う気持ちがシャイニングナデシコを動かしてくれる筈です!」

嫌悪の表情ではないが、それでも何か複雑な表情でエリナが頷いた。

軽い唸りを上げ、脳波通信機と接続された銀色の卵・・

ルリの人格を移植したAI、いわばルリの心の欠片が目覚め始めた。      

 

 

 

 

一瞬、アキトは空耳かとも思った。

耐えがたい苦痛のさなかで聞こえたその声の主は、

今軌道上のネオジャパンコロニーで氷の牢獄に幽閉されている筈だった。

(アキトさん!)

もう間違いなかった。もう一度聞こえたその声の主は・・・

彼が救うべき人、彼の何物にも替え難い家族だった。

二体のナデシコの間に強烈な力が走り、マスターが吹き飛ばされる。

力尽き、息絶えたはずのシャイニングナデシコの瞳に、再び火が灯った。。

「シャイニングナデシコが動いている!でも・・・どうして。・・・!」

動いている。もはやエネルギーは底をつき、

アサルトピットのエネルギーすら使い果たした筈のシャイニングナデシコが動いている。

(アキトさん!)

三たびあの声が聞こえた。アキトの目には今やはっきりと、

シャイニングナデシコに重なる様に映るおぼろげに浮かぶルリの姿が見えた。

「ルリちゃんが・・・動かしているのか!?」

(あきらめないで下さい・・・今、シャイニングナデシコの戦闘データをゴッドに移植します!

そうすれば・・・動ける様になるはずです!)      

 

 

 

弾き飛ばされたマスターホウメイがギリギリと奥歯を鳴らす。

「さ・・・させるものかね・・・・くぅっ・・再生が・・追い付かない・・!」

ホウメイが、焼け付くような視線でアキトと、地面を這ってアキトに近づくルリを睨む。

それが今のホウメイに出来る全てだった。      

 

 

 

気の遠くなるようなもどかしさで這い、永遠にも思える時間の後、

遂にシャイニングナデシコがゴッドの下まで辿り着く。

シャイニングの手が伸び、応じる様に手を伸ばしたゴッドの右手が握り合わされる。

アキトと、ルリの手が固く握り合わされる。

「ルリちゃん・・・!」

(ううん、私は本当のルリじゃありません。でも、アキトさんを思う気持ちを・・・

アキトさんへの想いを、本物のルリさんから託されています。それを、受け取ってください。)

合わせた掌からゴッドへ流れこむ暖かく熱い物は、

これまで共に戦ってきたアキトとシャイニングナデシコの戦闘データ。

ゴッドへと受継がれるそれはシャイニングナデシコの闘志。命。

その命の最後の一滴までゴッドに与えたかのように、今度こそ力尽き、シャイニングがくずおれた。

それと同時に、コックピットが動き始める。

遂に。ゴッドナデシコの瞳に光が宿る。それはシャイニングナデシコの闘志と、命の輝き。

ポッドの中からまばゆい光が洩れた。

開いて行く。蓮華の様に花開くポッドの、その中心に立ち上がるのは闘神。

流れるような流線型のボディライン。

大きく広がる四本のマルチブレードアンテナが朝日に煌く。

流麗ながらも内に秘めた力を感じさせるフェイスマスク。

背中のマグネットフィールド・フィンが展開し、光背を思わせる六枚の翼となる。

烈火の如き炎の闘志と、明鏡止水の心を併せ持つ、その名はゴッドナデシコ。

命の最後の一滴までを燃やし尽くし力尽きたシャイニングナデシコを横抱きに、

輝きに満ちたオーラを示すがごとく、その背後に朝日が輝いている。

「あ、ああ・・・」

「東方不敗。そのまま寝ていろ。」

「!・・・なぁにをォ!」

怒りがホウメイに最後の力を与えた。

千切れた肘から腕が生える。マスターナデシコの全身の損傷が塞がっていく。

ウワッハッハッハッハッハッハッハハ!最後の力で、一気に再生してくれるよ!

勝負だ、テンカワ・・・・何ィっ!?」

ホウメイの目が大きく見開かれる。

たった今まで十分に間合いを取っていたアキトが、

一瞬にして息の掛かるほどにまで間合いを詰めていた。

その掌底がホウメイの顔面に叩きつけられる。

「アンタと遊んでいる暇は無い!俺はネオホンコンへ・・・・行くッ!」

鷲掴みにしたマスターの頭部を地面に叩き付け、

アキトが地を蹴り空に舞った次の瞬間。

大爆発を起こし、マスターナデシコはホウメイもろとも爆散し、閃光の中に消えた。      

 

 

 

 

 

爆発を後に飛ぶアキトが、ちらりと後ろを振り返った。

未だに胴体を貫かれたままの姿のシャイニングナデシコが、

正座をするような形で台地の一つに座りこんでいた。

「シャイニングナデシコ・・・!済まない・・・時間が無いんだ・・・!」

戦友を置き去りにする後ろめたさを覚えながら、

心の中でシャイニングナデシコに詫びて、アキトはギアナ高地に別れを告げた。      

 

 

 

ぐんぐんと、アキトが上昇していく。

地上約十キロメートル。成層圏と対流圏の境目に「それ」はあった。

ナデシコファイトの期間中リングである地球と宇宙とを隔てる、リングロープ・バリア。

「こうなったらイチかバチか!このロープの反動を使えば、地球の裏側だろうと間に合う筈!」

全身の力を込めて、アキトがロープに体当たりを掛ける。

ロープが大きくたわみ、バリアが破られる寸前まで歪んだ。

そして、それが元に戻ろうとする力に合わせ、アキトは背中の六枚の翼を開く。

バリアの自己復元力の全てを推力に変え、ゴッドが飛んだ。

胸のエネルギーマルチプライヤーが展開して輝く「気」が全身を覆い、

そのオーラが金色に輝く。

ゴッドナデシコハイパーモード。

黄金の流星となったゴッドナデシコが、成層圏を駆ける。

弾道軌道を取りネオホンコンへ、音速の数百倍のスピードで大気を切り裂き、

一筋の流星となってアキトが飛んだ。      

 

 

 

『タイムリミットまで、後五分!』

暗闇に包まれた開会式会場に千沙の声が響く。

「くそ!何やってんだ、アキトの奴はよ!?」

もはやナオは焦燥の色を隠そうともしない。      

 

 

 

地上千メートルで、速度を殺さぬまま姿勢を制御するアキトの後方から、

同じような四つの流星が近づいてきていた。

そうとも知らず、高度を下げながら飛びつづけるアキトの目に、

夜の闇の中で輝く無数の宝石の輝きが飛びこんできた。

その顔がぱぁっと明るくなる。

「見えた!あれが・・ネオホンコンだっ!」  

 

 

 

『タイムリミットまで、後一分!』

「アキト、このままじゃ間に合わないよぉっ!」

「く・・・!」

ユリカが叫び、舞歌が爪を噛む。

その数秒後、全員がほぼ同時にその光を見つけた。

「見ろ!あの光・・・!」

「ひょっとしてテンカワかッ!?」

リョーコが思わず身を乗り出す。

ガイが拳を握り締める。      

 

 

 

超音速で飛行する事によって発生する衝撃波で海を大きく抉りながら

(それでも全身を覆うフィールドのおかげで本来の数十分の一にまで抑えられている)

アキトがネオホンコンを、決勝会場を目指して飛ぶ。

「何とか・・・間に合ったか!?」

呟いた直後、アキトの周囲を四つの流星が囲む。

「!?こいつらも決勝に参加するナデシコなのか!?」

アキトを囲んでいた流星がいきなり散って、その内の巨大な影がアキトに体当たりをしかける。

反対側、アキトが弾き飛ばされた方向にいた、

丸っこいシルエットの影がもう一度アキトを弾き返した。

「こ・・・こいつらぁぁぁっ!」

バランスを崩しながらも姿勢を制御しスピードを保つアキト。      

 

 

千沙が壇上に昇り、巨大なスクリーンに「30」と表示される。

『さて皆さん!第十三回ナデシコファイト決勝大会、カウントダウンの開始です!』  

 

ナオが、ユリカが絶叫する。

「アキトォッ!Hurry up!」

「時間が無いよぉッ!」

「急ぎやがれ、テンカワぁ!」

四つの流星が、次々とアキトに体当たりを掛けて来る。  

 

ガイが駆け出す。

両手を広げ、アキトの名を叫ぶ。

「アキト!ここだ!急げぇぇぇぇっ!!」

「ガイィィッ!」

ゴッドナデシコの体を包む「気」が、一段と輝きを増した。

瞬時にそれまでの数倍の加速を掛け、アキトが四つの流星を振りきる。

アキトが想像を絶する加速に顔を歪ませながら、ゴッドを開会式の式場に降り立たせる。

その頭上を四つの流星が通り過ぎ、天に向かって駆け上っていった。

一拍遅れて大スクリーンのカウントが0になる。

そして決勝大会の始まりを告げる盛大な花火が上がった。      

 

 

 

アキトを迎えるその歓声の中でぽつり、とウリバタケが呟いた。

「・・・ところでハーリー。あのプログラム、本当は何のために開発していたんだ?」

「・・・・・・え?」

思わぬ所からの思わぬ鋭い攻撃に、額に大量の汗を浮かべてハーリーが何気ない風を装う。

だが、時は既に遅し。

瞬時にハーリーの周囲には水も洩らさぬ包囲網が形成されていた。

ユリカ、舞歌が笑みを浮かべながら・・・ただし目は笑っていない・・・口を開く。

「それ、私も聞きたいな〜?」

「女の子の思考パターンをコピーしたAI作って何を考えていたのかな、ハーリー君は?」

無表情、無言のままぽき、ぽき、とリョーコが指を鳴らす。怖い。

「これは聞いておかないといけないわねぇ。事と次第によっては軍事裁判に掛けるわよ?」

にっこり、と実に魅力的にエリナが微笑む。

結局、ハーリーは直後に始まった開会式に出席する事は出来なかった。      

 

 

「さあみなさん!いよいよナデシコファイト決勝大会、開幕です!

今回勝利の女神が微笑むのは、はたしてどの国でしょうか!

勝利の栄冠は果たして誰の手に。そしてアキトを襲った四つの光は果たしてなんなのか!

まさに風雲急を告げるネオホンコン!

それでは!

ナデシコファイト決勝大会!

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

 

 

次回予告  

 

皆さん、お待ちかねぇ!

ナデシコファイト決勝大会がいよいよスタート!

ゴッドナデシコを始めとする世界のナデシコがネオホンコンに集結しました!

しかしそこには、驚くべきファイターまでもが姿を見せたではありませんか!

機動武闘伝Gナデシコ、

「決勝開幕!ナデシコファイター大集合」

レディィィ!Go!

 

 

あとがき

今回は色々と苦労したなあ・・・。

もっとも苦労したからと言っていいものが出来るとは限らないんですが(苦笑)。

鬼気迫るホウメイさんを描写して、焦りまくるエリナ達を書いて、

読者サービスで無理矢理ルリを登場させて、

とどめにゴッドナデシコ誕生を描写せんといけん。

色々エピソードを詰めこんでそれらを魅力的に展開させるべく趣向を凝らし、

それが成功したかどうかは・・・・・読者のみなさんの反応次第。

それにしても、やはり不幸だのうハーリー(笑)。

まあ、読者の要望(ルリの出番)を叶える為の人柱だと思って諦めてくれい(笑)。

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんから連載第二十四弾の投稿です!!

出ましたね、ゴットナデシコ!!

いや〜、今後の決め台詞は「爆熱!!」ですか。

う〜ん、楽しみですね、決勝大会が!!

でも、ホウメイさんの鬼気迫る顔・・・

ちょっと想像が出来ませんね(苦笑)

さてさて、次回も楽しみです!!

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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