機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

 

 

軽やかな馬蹄の音が響き、それを打ち消す怒涛のような歓声が上がる。

ネオホンコン市内外に設置されたナデシコファイト試合場の一つ、

ここ海上特設リングでは記念すべき決勝大会第一戦が行われていた。

円形の闘技場の周囲は無数のジャンク船で囲まれ、そのいずれも超満員の人だかりであった。

事実、客を乗せすぎて沈んだジャンクも一隻や二隻ではない。  

黄金の宝冠と甲冑を纏い、美髯と翼を持つ古代戦士のごときナデシコが、

これも古代の戦車を思わせる二輪馬車を駆る。

優勝候補筆頭との噂も高いネオギリシャのゼウスナデシコの、威厳あふれる姿だった。

対戦相手はネオオランダの象徴である風車をそのままナデシコにしたような、

胸の巨大風車が特徴的なネーデルナデシコ。

戦車の上からゼウスの剣が振るわれるたびその装甲に亀裂が走り、

ネーデルナデシコを闘技場に倒れる。

それでも立ちあがる所へ下からすくい上げるような、衝撃波さえ伴った一撃を受け、

そのボディが宙に舞い、叩きつけられて地に這う。

追い討ちとばかりにその上を鋼鉄の馬蹄と戦車の車輪が蹂躙していった。

『これは強烈!ネーデルナデシコ、立ちあがれません!

ファイターのH・・・あらやだ、これ名前が滲んで消えてるわ。』

『千沙ちゃん、マイク入ってる!』

『え〜、ネオオランダのH(仮名)選手、果たして立ちあがれるのでしょうか!』

電光板にH(仮名)選手の顔写真が表示されるが、観客の誰もが見ていない。

見たとしても印象に残るような顔ではなかったが。

アキト達が見たら何処となくジュンを連想するだろう。      

 

 

 

ゼウスナデシコが戦車を止め、もがくネーデルナデシコを見下ろして哄笑する。

「ぐわっはっはっはっはっはっはっは!弱い!弱いぞ!

貴様、よくそれでこの決勝大会にたどりつけたものだな!」

「何ぃ・・・!」

ぎりぎり、と歯を鳴らしながらネーデルナデシコが立ちあがろうともがく。

その様を見たファイターの口元に残忍な笑みが浮かんだ。

ゼウスナデシコが剣を納め、顔の前に手をかざす。

雷神の右手に電光が走り、唸りを上げ始めた。

「貴様のような弱いナデシコには、神に代わって天罰を与えてくれるわぁっ!

行くぞ、ハーキュリー!」

馬の名を叫び、手綱を引くとモビルホース・ハーキュリーが高くいななき、前足が宙を掻いた。

戦車の後方に装備されたロケットエンジンが炎を吐き、突進を開始する。

突撃する戦車の前に腰を低くして仁王立ちするネーデルナデシコ。

その胸の大風車が回転し始める。

「舐めるな・・・!ネーデルタイフゥゥゥゥゥゥン!」

大気を震わせ、横倒しの竜巻が生み出される。

ナオのサイクロンパンチですら較べものにならない、本物の竜巻だ。

突進するゼウスナデシコを巻き込んだ空気の鉄槌が闘技場の周囲を覆うバリアに当たり、

フィールドが火花を散らす。

「やったか!?」

一矢を報いたと信じて浮かべたその笑みが一瞬遅れて戦慄に引きつる。

戦車ごと、高く跳躍したゼウスナデシコが彼の真上にいた。

「そのような攻撃・・・ハエが止まるわ!食らえ・・・裁きの雷!」

電撃がネーデルナデシコの全身を撃つ。

次の瞬間、ゼウスナデシコの右手に実体化した雷の鎚がその首を叩き落し、

ネーデルナデシコのボディは爆発した。

割れんばかりの歓声が上がる。

ゼウスナデシコの傷一つ無い黄金の鎧が陽光に燦然と輝き、

その力をいやがうえにも見せつけていた。      

 

 

 

 

「・・・・さて、みなさん。これこそが本大会の優勝候補筆頭、

ネオギリシャのゼウスナデシコなのです。

なんと強そうなナデシコなのでしょう。

ですが、肝心のテンカワアキトは開会式でこんな事を・・・」

  「マスター!あんたに勝つためにも!

俺はリーグ戦を全勝で勝ち進む!」

さてさて、そう上手くいくのでしょうか・・・?

何故なら、彼はまだゴッドナデシコの必殺技を知らないのです・・・・。

それでは!

ナデシコファイト・・・

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

 

 

 

第二十六話

「新必殺技!

爆熱ゴッド・フィンガー!!」

 

 

 

 

ネオホンコンの夜に煌く摩天楼。

その摩天楼すら足元に見下ろす超巨大建築物、ネオホンコン政庁の一室。

広大な部屋の、巨大なチェス盤のような市松模様の床に

決勝大会に出場する二十体余りのナデシコの模型が立ち並んでいた。

ゼウスナデシコと向き合ったネーデルナデシコの模型がコトリ、と倒れる。

「このカードは面白みに欠けていたわね・・・」

浮遊椅子を移動させ、上空から居並ぶナデシコを物色する。

「強豪ゼウスナデシコ・・・次の対戦相手として相応しいのは・・・」

視線がいくつかのナデシコの上をさまよった後、一つのナデシコの上に止まる。

「全勝宣言のゴッドナデシコ・・・悪く無い。それで行きましょう。」

メグミが指先を動かすと盤上のゼウスナデシコとゴッドナデシコが動き、相対した。

「これでアキトさんが負ければ、所詮あの人もそれまで・・・優勝どころじゃありませんね。」

「そのとおり。」

ぴくり、とメグミが表情を動かし、すらりとした足を組みかえて声のした方向に視線を向ける。

いつのまにか入り口に立っていたのは、紛れも無い東方不敗マスターホウメイだった。

「おやおや。彼の組み合わせが気になってのお越しですか?ホウメイ先生。」

「獅子は己の子を谷底に突き落とし、這い上がって来たの者のみを我が子として育てる。

その例にならい、あ奴には常に最強のファイターをぶつけるべし。

その試練を乗り越えた時、テンカワはあたしの求める最強のファイターとなり得る・・・!」

「そう、私の為に・・・ですよ、ホウメイ先生。」

「フ・・・・・。」

ネオホンコンの闇は、ますます深い。  

 

 

 

「おい、どこ行くんだよアキト!?待てってば!」

ホテルのロビーに響いた聞きなれた大声を耳にして、

ウリバタケと退院したばかりのハーリーが怪訝な顔で立ち止まった。

ガイが大股で歩くアキトの後を追う。

「折角落ちついて試合が出来るようにってここを選んだんだぜ?」

「だが俺の肌には合わない。」

「おいおい・・・。」

さすがに呆れて立ち止まったガイに、アキトが歩み去りながら軽く手を上げる。

「じゃあ、明日会場でな。」

「ったく・・・。」

そのまま歩き去ろうとしたアキトの足がふと止まり、部屋に戻ろうとしたガイもその場に止まる。

秘書官らしき女性と何か話しながらホテルの玄関から入ってきたのはエリナ委員長だった。

「あ、アキト君!丁度いい所で会ったわ!」

アキトの元に早足で歩いてくるエリナの、声が心なしか弾んでいる。

「今丁度ね・・・」

「用ならガイに言ってくれ。」

それだけ言って、何か言いかけたエリナの傍らを通りすぎようとしたアキトの足が、

エリナの次の一言で再び止まった。

「貴方の第一戦目の相手が決まったのよ?」

やや真剣な表情になったアキトがエリナの方を振り向き、次の言葉を待つ。

それを見て満足そうな表情を浮かべたエリナがアキトをじらす様に少し時間を置いて口を開く。

「聞いて驚かない様にね。相手はネオギリシャ!」

一瞬ガイの目が見開かれる。

「ゼウスナデシコ、ですか。」

いつのまにか傍に来ていたハーリーが確認する。

「そう、今大会優勝候補の中でも最有力と言われる奴よ。

・・・・あのファイトを見る限り、それも満更嘘でも無さそうね。」

「一回戦から最強の相手とぶつかるとはな。」

さすがのウリバタケの声にも心なしか覇気がない。

それほどにゼウスナデシコは強敵として認識されている。      

 

 

 

 

静まり返った一座の雰囲気をアキトが鼻で笑いとばした。

「笑わせるな。何を弱気になっているんだ?

俺は勝つ。相手がゼウスナデシコだろうとなんだろうと、だ。その為のゴッドナデシコだろうが。」

「強気ね。」

アキトの発言に虚を突かれたようにきょとんとしていたエリナがアキトに微笑む。

「当然だ。俺だって伊達にギアナ高地で修行してきたわけじゃない。」

そんなエリナ委員長の言葉をまたしても鼻で笑い飛ばすと、

アキトは身を翻して出口の方へ歩き始めた。

「どこへ行くの?」

「宿を探しに、だ。」

「へ?」

思わず間抜けな声を上げてしまったエリナを置き去りにして、

アキトは夜の雑踏の中に姿を消した。

「宿って・・ここが宿じゃない・・・・」

呆然としていたエリナが我に返り、ウリバタケに食って掛かる。

「ちょっと!どういう事よウリバタケ!」

「ま、まあまあエリナ委員長。ここは奴さんの好きにさせましょうや。」

「貴方達がそうやってアキト君を甘やかすからでしょうが!大体・・・」

(・・・どこへ行くんですか兄さん?)

(フケるに決まってんだろうが。付き合ってたら身が持たねぇよ。)

必死でエリナをなだめるウリバタケをその場に残し、兄と弟はその場をこっそり脱出した。      

 

 

 

煌くネオンサインと人の群れ、夜のネオホンコンは光と人の洪水とで溢れ返っていた。

すれ違う人々がアキトを見て口々に囁きを交わす。

自分では気にも留めていなかったがアキトは結構な有名人らしい。

もっとも、ナデシコファイト決勝大会を行っているその街で

出場する二十人のファイターが有名になってないほうがおかしいとも言えるが。

(おい、あれがネオジャパンのファイターか?)

(ああ、間違いない。優勝候補の一人だぜ)

(ねえ、カッコ良くない?)

(タイプだわ〜♪)

(あいつ、第一戦の相手はゼウスナデシコだってさ!)

(メグミ首相もキッツイな〜。いきなり全勝宣言がおじゃんかよ)

(そういやお前どっちに賭けた?)

(勿論ゼウスだよ。オッズは9:1だけどな)

(ゴッドに賭けりゃ大もうけ、だな)

(負けると判ってる賭けに乗る馬鹿はいねえよ)

アキトの唇が自信に歪む。

「誰も俺のゴッドの強さを知らない・・・ま、しょうがないか。」

笑いをしながらアキトは歩き続けた。

汽笛の音にふと顔を上げる。何時の間にかアキトは雑踏を抜け、港の方に来ていた。

視界の端にどこかで見たような船が引っかかる。

どうと言う事もなくそちらの方へ歩き始めたアキトが見たのは、

甲板上に古代ギリシャの神殿を思わせる構造物を持った巨船と、

ライトアップされて堂々と立つ翼を持ったナデシコだった。

「あれは・・・・・。」

係留している鎖の上を走り、船上に立つアキト。

真下から見るゼウスは、確かに一種の侵し難い威厳とその持てる力を感じさせた。

しばらくゼウスを見ていたアキトが一人ごちる。

「確かに凄いナデシコだ・・・・優勝候補の筆頭に挙げられるだけの事はある・・・。

フッ。だが、俺のゴッドナデシコに比べればまだまだ・・・」

「ほお。言ってくれるじゃないか、若いの。」

ギョッとするアキト。

格納庫の影にいたその影に今の今まで気がつかなかったのだ。

甲板にあぐらを掻いて座りこんでいたのは灰色の髪を綺麗に撫で付けた、

老人とすら言えそうな年の男だった。

寸詰まりのかなりずんぐりとした体型をしているが、一見して鍛え上げた筋肉が見て取れた。

それだけならどうと言う事もない。異常なのはその視線だった。

男の目がアキトを上から見下ろしている。

アキトが立っているのと同じ甲板に座り込んでいると言うのにだ。

男が立ちあがる。山が動き出したかのような錯覚があった。

「貴様がテンカワ・アキトか。」

「ああ・・」

そうだ、と答えようとした瞬間拳の一撃が来た。

不意打ちを受けてアキトが甲板に転がる。

「儂がネオギリシャのナデシコファイター、ロバート・クリムゾン!

今のパンチは貴様の全勝宣言への挨拶がわりと思ってもらおうか。」

「で・・・でかい!」

アキトが、不意打ちを受けた事よりもまず何よりその巨大さに圧倒される。

そう、ロバートの身長は誇張抜きに四mあった。

肩も胴も腕も足も首も、何もかもが太い。

「そう。儂は貴様のような思いあがった奴が反吐が出るほど好かんのでな!」

ぼきり、ぼきりと女性の手首ほどもあるロバートの指が鳴る。

「じゃあ・・・挨拶はきっちり返さなくちゃあな!」

アキトの飛び蹴りがロバートの顔面にまともに決まる。

だが、ロバートはにやりと笑って頬をぽりぽりと掻いて見せた。

「フ、フ、フ・・・」

一歩、踏み出したロバートに押されてアキトが後ずさる。

「上には上がいる事を教えてくれるわ・・・!」

「何をっ!」

頭に血を昇らせたアキトの一撃を、巨体と思えぬ軽やかなステップで躱す。

五mの高さから降って来た裏拳がアキトの背骨を軋ませる。

よろけた所を前蹴りが吹き飛ばし、甲板に立っていた石柱に叩きつけられた。

石柱が砕け、アキトが甲板に倒れ伏す。

その上から一トン近い体重を乗せて足の裏を叩きつける。

「フ・・・フハハハハハハハ!弱すぎて相手にならんな!

これじゃ全敗宣言でも出したほうが良かったんじゃあないのか?ん?」

嘲りを込めて踏みにじった後、ロバートはアキトの体をサッカーボールの様に蹴り飛ばした。

手すりに叩きつけられたアキトが目を開く。

その視界一杯に巨大な拳が広がり、アキトは海中に叩き落された。

「フン・・・!」

しばらくアキトの沈んだ海面を見ていたロバートが、

水面に残った波紋に嘲笑を浴びせ身を翻した。      

 

 

 

 

「ああ・・そうか、わかった。」

先ほどのホテルの一室。

受話器を置いたウリバタケがエリナにまだアキトが見つからない事を報告した。

ハーリーがやれやれと嘆息する。

「全く、アキトさんの気まぐれにも困った物ですね。」

「一体いつになったら一国を代表するナデシコファイターとしての心構えが出来るの!」

「まあまあ。奴を信じてやろうじゃありませんか。」

「ウリバタケ!そうやって貴方達が甘やかすから・・・

大体彼はゴッドナデシコの必殺技も知らないって言うじゃないの!」

白く、冷たい視線が二本(勿論ハーリーとウリバタケのものだ)、ガイに集中する。

「ガイ兄さん?」

ジト目のハーリーにガイが大汗を掻きながら笑って誤魔化そうとする。

「なはははは!・・・忘れてた。」

もちろん、誤魔化せなかった。      

 

 

 

 

 

アキトは暗闇の中にいた。

彼方から光り輝く戦車が走ってくる。

ゼウスナデシコの鎧をまとったロバートが哄笑していた。

「グハハハハハハハハ!貴様のような弱っちろい奴には、この儂が!

天に代わって罰を与えてくれようぞ!」

アキトの足がすくんだ。

ロバートの顔がゼウスナデシコのものに変わり、右手の雷槌を振りぬく。

ゴッドナデシコの首が宙に舞い、残った胴体が爆発した。  

 

 

 

気がつくとアキトは粗末な寝床の中に上半身だけを起こしていた。

周囲には雑多な生活用品が置かれ、床も壁も天井も木材で出来ている。

揺れからすると木造船の中なのだろう。

荒い息が洩れ、冷や汗が流れる。

「夢・・・・だが、今戦ったら俺はああなる・・・・!」

呟いた時隙間から一筋の朝の光が差し込み、アキトが眩しさに目を細めた。

寝床から抜け出して板戸を開く。再びアキトが目を細めた。

カモメの鳴き声が聞こえる。

ネオホンコンの青い空に白い雲が、海には朝日に照らされて無数のジャンクが浮いていた。

アキトはその内の一つにいる。

「おや、お目覚めですか?」

「誰だ!」

甲板に出てきたアキトに後ろから声が掛かる。

思わずアキトは身構えていた。

飄々とした感じの若者が船べりで網を繕っている。

「はははは、『誰だ』とは、これまた凄い朝の挨拶ですね?」

「そうだよ!助けてもらったくせにさ。」

「そうそう!」

青年の後ろからひょこり、と五、六才くらいの男の子と女の子が顔を出す。

アキトがあっけに取られたような顔になり、それを見た青年がまた笑った。      

 

 

 

青年と男の子女の子・・ダッシュ、ブロス、ディアの兄弟と一緒にアキトは朝食の席に付いていた。

椀の中で粥が湯気を立てている。

アキトはそれをじっと見つめている。

「お口に合いませんか?」

「・・・助けてもらった礼をまだ言ってませんでしたね。」

顔を上げてアキトが青年の顔を見つめる。

「何、放っておくわけにも行きませんからね。」

「済まない。俺は・・・」

「テンカワアキト!知ってるよ、ネオジャパンのナデシコファイターでしょ!」

「今日第一戦があるんだよね?」

男の子と女の子の言葉にアキトがうつむいた。

「ああ・・・」

「どうしたんですか?ファイターにしてはぼんやりし過ぎですね。

・・・ディア。そのハーリー虫の粉末を取ってくれ。」

「ハーリー虫?」

「そら、目の前のそれだよ。」

「これ?はい、ダッシュ。」

調味料の瓶を受け取ったダッシュが自分の椀に中身を振りながらアキトに話し掛ける。

「ハーリー虫というのはですね、体長二センチしかないのに自分の何倍もある、

強い大きな虫に飛びかかっていく、無謀な虫なんですよ。

弱いくせして自分が生きるためにはなりふり構わずがむしゃらになる。

たとえ勝てないと判っていても決してあきらめない。ほら、アキトもどうですか?」

笑顔と共に差し出された瓶の中身を振りかけ、アキトが無言のまま粥を掻きこんだ。

(自分の・・・何倍もの敵!)

その目に鋭い物がある。      

 

 

 

ナデシコファイト委員会公認レポーター、各務千沙の乗った中継機が、

先日ゼウスナデシコとネーデルナデシコの戦いが行われた特設リングの上を周回している。

「四年に一度、各国が全宇宙の覇権を争うナデシコファイトの決勝戦!

ここ会場特設リングでは対戦するナデシコ同士が相対しております!

ですが、何やらネオジャパン首脳陣の様子が変。

それもその筈、肝心のファイター、テンカワアキトがまだその姿を現していないのです!」  

 

 

 

「ふふふ・・まさかこんな事になるとは思いもしませんでしたね・・・。」

オペラグラス(型の電子望遠鏡)の映像を見ながら、メグミ首相がくすくす笑う。

「一体何があったんでしょうねぇ?まさかゼウスナデシコに恐れをなして逃げたなんてことは・・」

傍らのホウメイに向かって、メグミが皮肉とも質問ともつかぬ調子で話し掛ける。

昨夜のアキトとロバートとのいきさつを知っての上で言っているのだから意地が悪い。

「いやいや、アンタはテンカワという男を知らないのさ。」

髪の毛一筋ほどの動揺も見せないホウメイに、メグミが逆に興味を引かれた様子で尋ね返す。

「と言うと?」

「そう、相手が己より強ければ尚の事・・・テンカワ・アキトとはそう言う武闘家なのさ・・・。」      

 

 

 

そのアキトはダッシュのジャンクの船べりで空を見ていた。

「自分は既に負けた身、ですか?」

「ああ。」

「なら、貴方は自分の弱さに気が付き、怖気づいたと言うわけですね。これはめでたい。」

アキトが怪訝な面持ちでダッシュのほうを向く。

「めでたいでしょう?だって、戦いは勝てないとはっきりしたんですから。」

「確かにな・・・。ならば迷う事は無い、か。」

「そう、こうなれば取る道は一つ。」

「そう、一つしか無い・・・。」

にやり、と笑ったアキトがダッシュと視線を合わせる。

「それは・・・」

「「ハーリー虫!」」

何がおかしいのか、笑い続けるアキトと兄を、

不思議そうにブロスとディアが物陰からのぞき込んでいる。

ひとしきり笑い終わるとアキトがダッシュに向き直った。

「気に入った!決勝大会の間、俺をこの船に下宿させてくれ!」

「貴方が勝ったらね。」

「なら決まりだ。戦いは弱い方が勝つ!」

「ふふっ、その意気ですよ!」

笑みをこぼしたダッシュが笑顔をかわしていた幼い弟と妹に呼びかける。

「ブロス!ディア!船を出しなさい!」

二人の歓声が綺麗にそろった。

帆が上がる。

船がカモメと並んで滑り出した。

鋭い視線で、あくまでも前を見据えてアキトが舳先に立つ。

その耳に左右から聞きなれた声が飛んできた。

「よう、アキト!どこをほっつき歩いていたんだよ?」

モーターボートをゴートに運転させたナオがニヤニヤしている。

「あっちゃん、随分と余裕じゃないのぉ?」

舞歌がからかい混じりの応援をする。 九十九と元一郎が一礼し、アキトの顔にも自然と笑みがこぼれた。

「見せてもらうよ、アキトの新しいナデシコを!」

ジュンが櫓を操る船の上から、ユリカが大きく手を振る。

ネオロシアのチャーター船の上からリョーコが無言のままサムアップサインを送り、

アキトも引き締まった笑顔のまま親指を立てて返す。

視線を転じた瞬間、アキトはメグミ首相の船の上にいたホウメイと真っ向正面から睨み合う形になった。

(くくく・・・待っていたよ・・。さあ、己の言葉通り全勝で勝ちあがって来るがいい!)

一瞬、火花を散らした視線を外すとアキトが再び前を向く。

ナオ達四人の船を従えるように、五本の航跡を残してジャンクが進む。

ガイと目が合う。

互いに大きく頷いた。 「よぉし、行くぞ!ゴッド!ナデシコォォォッ!」

モビルトレースシステムが回転する。

アキトの全身を覆うポリマーがアキトとゴッドの感覚を接続する。

ゴッドの表面を流れる空気を自分の肌で感じ、アクチュエーターの唸りは筋肉の緊張として、

全身に行き渡るエネルギーが熱い血の流れとして感じられる。

アキトの拳が握られればゴッドナデシコが拳を握り、

アキトが咆えればゴッドが震える。

アキトとゴッドナデシコはまさしく一心同体!      

 

 

 

 

貴賓席のメグミが立ちあがり、妖しい笑みを浮かべる。

「さて、役者は揃いました・・それでは、ナデシコファイト!」

手を挙げて宣言するメグミに、アキトとロバートが唱和する。

「レディ!」

「「ゴォォォッ!」」  

 

 

ゴッドとゼウス。二体のナデシコが闘技場の中央で正面からぶつかりあった。

互いの余剰エネルギーが光芒となってギャラリーの目を焼く。

力較べをしながらロバートが嘲り混じりの哄笑を放ち、アキトが咆える。

「ファハハハハハハ!恐れずに現れた貴様の勇気だけは認めてやろう!」

「何を言う!この身が砕ける時は貴様も道連れだ!」

ロバートが歯ぐきまでを剥き出す凶暴な笑みを見せた。

「グァハハハハ!捨て身の攻撃か!なら望み通り、その肉体を粉々にしてくれるわぁっ!」

手綱を引かれ、モビルホース・ハーキュリーが前足を蹴立ててアキトを押し戻す。

「・・・何てパワーだ!」

左にステップしたアキトの目の前を戦車が通り過ぎていった。  

 

 

 

方向転換する戦車をジャンクから見ていたダッシュに、ブロスが呆れたような声を掛ける。

「ねえ、ダッシュ。知らないよ、あんないいかげんな事言っちゃって。」

「あれってただのスパイスだよ?」

二人がかりのツッコミにもかかわらず、ダッシュはニコニコと笑っていた。

「いいんだよ、迷いを断ち切る為にはね。」  

 

「そろそろとどめをくれてやるぞ!生意気なネオジャパン!ウワッハハハハハハ!」

稲妻の鎚を振りかぶったゼウスナデシコが突進してくる。

正面から見据えたアキトは奇妙な既視感を覚えた。

(これは・・・夢と同じだ!でも、今の俺は鼻を折られた天狗じゃない・・・!)

「一匹の、ハーリー虫だぁっ!」

アキトの抜き打ちのビームソードとロバートの振り下ろす鎚が交差し、馬の首が宙に舞う。

残った胴体が、それが引いていた戦車ごと爆発した。

「やったわ、アキト君!」

ネオジャパンのクルーデッキでエリナ委員長が小躍りした。

オペラグラスを下ろしたメグミも少し呆然としている様に見える。

「あのゼウスをただの一撃で・・・!」

「いや、勝負はまだこれからさ。」

傍らのホウメイの言葉に、再びメグミが笑みを浮かべた。      

 

 

黒煙を切り裂き、ゼウスナデシコが宙に舞った。

「食らえ!裁きの雷!」

放出された電撃がゴッドの全身を貫く。

瞬間、システムのいくつかをダウンさせてよろけたゴッドを、ゼウスの足の裏が闘技場に叩きつけた。

「誉めてやろう、若造!この儂を戦車から引き摺り下ろしたのは貴様が初めてだ!

だぁがぁっ!その罪は重いぞォッ?」

ゼウスがゴッドの体を片手で持ち上げる。

剛拳の一撃でゴッドが宙に舞い、落ちてきた所をショルダーアタックが吹き飛ばす。

地に伏したゴッドの頭をロバートが酷く楽しそうに踏みにじった。

「ヌァハハハハハハ!何が全勝宣言だ、馬鹿馬鹿しい。

貴様のような青二才は出なおして来るがいい!

四年先でも八年先でも、いつでも相手をしてやるぞォォォッ!?

ガファファファファファファファ!」

アキトは踏みにじられるままに耐えている。

だが、その目から闘志の光は消えてはいない。  

 

 

「何をやってるのよアキト君は!立つのよ!立ちなさい!」

顔を引きつらせたエリナ委員長がコンソールをバンバン叩く。

対照的に、メグミ首相は薄い笑みを浮かべて椅子にもたれかかっていた。

「おやおや。これでは勝負はついたようなものですね?」

「いいや、それは素人了見と言う物。奴は耐えがたきを耐え、勝機を狙っているのさ。」

ホウメイはメグミやロバートとは全く別の笑みを浮かべ、アキトを注視している。  

 

 

「その通り!」

ナオ達四人が顔を見合わせ、頷きを交し合う。

拳の紋章が赤く燃えている。

そしてアキトの紋章もまた燃えていた。

「フ・・・・」

口元を歪めたアキトにロバートが怪訝な顔になる。

「んん?ほぉぅ、まだ笑う余裕があったか・・・・・なら、そろそろその体、木っ端微塵に砕いてくれよう!」

金属音が軋む。先ほどの跳躍の際にも開かなかった背中の翼を開き、ゼウスナデシコが天高く舞う。

地上数百メートル。再び稲妻が右手の中で実体化し、鎚の形を取る。

「グハハハハハハハハ!死ねい!」

よろめきながらもアキトが立ちあがり、急降下するゼウスナデシコを正面から見据え、咆える。

「来るなら来い!俺は何度でも食らい付いてやる!

言った筈だ!今の俺は、一匹のハーリー虫だと!」

「ほざけぃっ!」

「おおおおっ!」

轟音が轟き火花が散る。

渾身の力で振り下ろされた稲妻の鎚を、アキトの右手が真正面から受けとめていた。

ロバートが初めて、心底からの驚愕の表情を見せる。

「こ・・・こいつっ!?」

再び力比べになる。双方、互角。  

 

 

『アキトッ!そのまま押し切れ!』

「ガイ!?押し切ると言ったってパワーは互角なんだぞ!?」

『ゴッドにも必殺技がある!』

「この機体にも・・あるのか!シャイニングフィンガーが!」

『そうだ!爆熱ゴッドフィンガー!お前になら・・・出来る!』

(忘れていた・・・ギアナ高地で会得したあの力・・・あの境地を!

『明鏡止水』の心をもって俺は・・・・勝つ!)  

 

GO!!