機動武闘伝

ナデシコ

 

 

 

 

 

 

「なんですって!?ギアナ高地と連絡が途絶えたって言うの!?」

ホテルのスイートルームにエリナ委員長の声が響いた。

傍らのハーリーは情報を集めるべく端末を叩き続けている。

「はい、デビルホクシンの回収に向かった部隊との連絡が途絶えました・・・」

「・・・ギアナ高地で一体何が起きてるって言うの・・・?」

窓の外を見つめるエリナ。

今宵の闇は一段と濃い。

 

 

その夜、ネオホンコンは暗く重い雰囲気に包まれていた。

寝付かれなくて悶々とする者、不吉な予感を感じて天を仰ぎ見る者。

そして数十機の軍用ヘリに宙吊りにされて空を行く巨大なコンテナの不気味な影を見た者は、

皆例外無く、不気味で忌まわしいものを感じた。

 

夜空を見上げて不安を覚える者がいれば、影の中でほくそえむ者もいる。

「いよいよ来ましたよホウメイさん・・・私達の夢のビックリ箱が・・・」

「うむ・・・・」

グラスをかかげて“ビックリ箱”到着を祝う三つ編みの影と

「それ」を静かに見守るもうひとつの影。

 

 

 

 

 

「この夜、ネオホンコンは不気味なコンテナの巨大な影に覆われました。

果たして、その中には一体何が入っているのでしょうか!?

どうやら、このコンテナの扉を開く鍵は今日のテンカワさんの対戦相手、

あのサイトウ・タダシが握っているようなのです・・・・。

さらに、ネオホンコン決勝開会式へ向かうテンカワさんを襲った

あの謎のナデシコまでもが迫ってくるではありませんか!」

 

それでは!

ナデシコファイト、レディィィィ!

ゴォォォォォォゥ!

 

 

 

 

第三十二話

「サイトウの罠!

逆襲のネロスナデシコ!」

 

 

 

 

槍による鋭い突きがゴッドナデシコを襲う。

アキトのゴッドナデシコとネオケニアのオラン中佐操るナデシコゼブラとが今、

ビクトリアピークで熾烈なファイトを繰り広げていた。

左手に盾を構え、息をもつかせぬ速さで右手の槍を連続して繰り出す。

驚愕すべき事に、この敵のスピードや瞬発力は明らかにアキトを凌いでいた。

 

「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら!」

「く・・・なんて速さだ!」

「貴様のような都会育ちのモヤシには分かるまい!

これこそが、アフリカの大地で育まれた野性の力だ!」

 

直後の鋭い一撃はアキトの見切りを損わせ、ゴッドの脇腹を削った。

 

『これは意外!実に一方的な展開になりました!

優勝候補ゴッドナデシコ、ネオケニアのナデシコゼブラに押されています!

次々繰り出される鋭い穂先に、テンカワアキト防戦一方!』

 

連続攻撃から逃れる為、間合いを外そうとアキトが後ろに飛ぶ。

だが、ナデシコゼブラはあえて間合いを詰めず、その槍を瞬時にナデシコの身の丈ほどにも伸ばした。

伸びた槍を地面に突き刺し、アキトが退いた間合いを利用して棒高跳びの要領で高く天空に舞う。

見上げたアキトの目を、強烈な日光が貫いた。

「太陽を背にしたかっ・・・・・・しかし!」

ゴッドナデシコの全身に備え付けられたスラスターが青白い推進炎を吐き出し、アキトが天に駆け上る。

一直線に太陽に向かい上昇するアキト。

その目を刺す太陽の光が一瞬かげった。

「バァルカンッ!」

気合とともに発射されたゴッドナデシコの頭部バルカン砲が落下してきた影を貫く。

「甘いわぁッ!」

ナデシコゼブラが繰り出した猛烈なショルダーアタック。

まともにそれを食らったゴッドナデシコが大きく体勢を崩した。

盾を囮としたオラン中佐の作戦に引っかかったのだ。

そのまま腕ごと羽交締めにされ、いわゆる「飯綱落とし」の体勢で落ちてゆくゴッド。

両腕に力を込めるアキト。だが、オラン中佐の両腕は鉄の輪のようにびくともしない。

 

「思い知ったか若僧が!私に勝とうなぞ、十年早い!」

 

勝ち誇ったオラン中佐の声がゴッドのコクピットに響く。

その一言が、アキトを爆発させる。

 

「・・・・・・・な・ん・だ・とぉっ!」

 

アキトが咆哮した。

全身が黄金色に輝き、ハイパーモードが発動する。

黄金に輝くゴッドがナデシコゼブラの腕を振り払う・・・・否、余りのパワーにゼブラの腕が千切れて飛んだ。

アキトの拳が燃える。

背中の六枚のフィンが開放され、燃えて輝く闘気の輪・・・光背を形作る。

固く握った手の甲に、そしてゴッドナデシコの胸のエネルギーマルチプライヤーに

キング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がった。

 

「俺のこの手が真っ赤に燃える!

 勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

 

空中で、先程のナデシコゼブラすらはるかに凌駕する鋭い突きを放つゴッドナデシコ。

最早オラン中佐にそれを躱すすべは残されていなかった。

 

「爆熱!ゴッドフィンガァァァッ!」

 

灼熱の貫手が両腕を失ったナデシコゼブラに突き刺さる。

貫手から伝わる爆熱の波動がそのボディを赤熱化させてゆく。

 

「ヒィィィト!エンドォッ!」

 

 

 

 

『強い!実に強いゴッドナデシコ!アフリカの強豪ナデシコゼブラを文字通り粉砕しました!

このまま宣言通り全勝優勝するのでしょうかっ!?

ビクトリアピークリングより、各務千沙がお届けしました!』

 

下町の食い物屋のTV画面の中で右腕を高く掲げたゴッドナデシコが観客の歓声を一身に受けていた。

画面端の小さな枠に、担架で運ばれるオラン中佐の姿が映っている。

 

ふうっ、と先程から詰めていた息を吐き出し、メティは画面に向かって右手のグラスを持ち上げた。

「さっすがアキトお兄ちゃん。やっぱりメティに勝っただけの事はあるね♪」

「冗談じゃない!」

聞き覚えのある声に一瞬目を丸くし、ついで自然な表情と仕草でさりげなく声の方向をうかがうメティ。

ここらへん、軍で受けた訓練の賜物である。

 

トタンの屋根につっかえるような格好で、身長4mの巨人がそこにいた。

「何が全勝優勝だ、汚い技を使いおって!アレさえなければ儂だって奴に勝っておったんじゃ!」

彼に合ったサイズの巨大コップ(恐らく計量カップかなにかだろう)を卓に叩きつけ、ロバートが吼える。

「ええ、ロバートさんの言うとおりですよ。僕だって・・・・!」

その隣で、先日アキトに完敗したヤマサキがぶつぶつ愚痴る。

この卓に座っている四人は全員、かつてアキトに負けた経歴の持ち主だった。

「彼を恨むのは筋違いと言う物でしょう。」

その声の主に、全員の視線が集中する。

ネオインドネシアのバロンナデシコのファイター、アララギだった。

「なんだと!」

「彼の戦い方にやましい所はない。貴方達が負けたのは実力の差って奴じゃないんですか?」

「・・・貴様ァ!」

ロバートが拳を振り上げた時、すぐ隣の卓から人を小馬鹿にしたような笑い声が響いた。

「こぉりゃぁ面白ぇ。ナデシコファイターが雁首揃えて愚痴の言いあいかよ。」

手に持ったボトルをあおり、男が立ちあがる。

 

「君は・・・。」

「ネオイタリアのサイトウ・タダシか。」

「ヘッ・・テンカワ・アキトに一泡吹かせたかったらついて来な。」

サイトウが顎をしゃくって歩き出す。

顔を見合わせた四人が、無言のままで立ちあがった。

 

「おじさん、お金ここに置くね!」

オレンジジュースを一息で飲み干し、メティも立ちあがる。

そのままサイトウ達の後を尾行して歩き出す。

幸いな事に、サイトウ達五人の中に特殊部隊や諜報関係の訓練を受けたものはいなかった。

もっとも、メティも一応の訓練を受けただけで「実戦」を経験した訳ではないが、

それでもサイトウ達とは雲泥の差があった。

 

 

中環のど真ん中、ネオホンコンでも有数の高級店にサイトウ達が入ったのを見てメティは立ち止まった。

下町の食い物屋ならとにかく、さすがにあれほどの店となれば子供を入れてはくれまい。

もっとも、ナデシコファイターである事を名乗ればまた別かもしれないが・・・。

 

十分ほど躊躇していたメティだったが、諦めて帰ろうとした時、店から出てきた人影があった。

アララギである。

白皙を紅潮させ、憤怒の表情を隠そうともしない。

その後ろ姿をしばらく見送った後、メティも雑踏の中に姿を消した。

 

 

 

「やぁれやれ・・・頭の固ぇ奴だぜ・・・。で、ここに残った三人は俺の提案に賛成と見ていいんだな?」

「確かに、面白い話だね。」

「詳しく聞かせてもらおうか。」

「へっ・・・・」

三人が頷いたのを確認し、下卑た笑いを浮かべるとサイトウは話し始めた。

 

 

 

 

百万ドルの、とはいかないが五万ドルくらいの夜景を眺めながら、アキトは船端から釣り糸を垂らしていた。

背後で隙をうかがっている二つの気配に気が付かぬ振りをして、静かに釣り糸を垂らし続ける。

それらはしばらく様子をうかがっていたかと思うと、いきなりアキトに飛びかかってきた。

 

「アキト兄〜!遊ぼ〜!」

「遊ぼ〜!」

マントを引っ張りながらディアとブロスがせがむ。

アキトも困ったような顔こそしているが口元には優しい笑みが浮かんでいる。

それがわかっているから、ブロスもディアもマントを引っ張り続けている。

 

「おいおい、ディアもブロスももう寝る時間だぞ?」

「やだ!」

「アキト兄と遊ぶんだもん!」

 

注意したガイを一蹴し、ディアとブロスが再びアキトのマントを引っ張り始める。

再びガイが口を開こうとした時、ダッシュの声がアキトを呼んだ。

 

「あなたにお電話ですよ。」

「・・・俺に?」

 

三つ隣の木の桟橋に飛び移り、アキトが公衆電話の受話器を取る。

「テンカワ・アキトだ。」

「私はネオインドネシア、バロンナデシコのファイター、アララギです。」

「何?」

受話器の向こうから聞こえてきた、聞き覚えのある声にアキトが眉を寄せた。

今、このタイミングでアララギが電話してくる理由がさっぱり分からない。

「あなたに重要な話があります。今すぐに私達の宿舎まで来て下さい。」

「おい、アララギ?おい!」

電話は唐突に切れた。

アキトが受話器を置く。その顔には困惑の色がありありとうかがえた。

「・・・ネオインドネシアのファイターが何の用だ?奴との対戦は終わった筈だが・・・」

いぶかしむアキトの耳に、最近よく聞くようになった声が飛びこんできた。

「アキトお兄ちゃん!」

「・・・メティちゃん?」

 

 

二十分後、二人はバリ・ヒンズー寺院を模したインドネシアの領事館の前にいた。

「また、夜遊びかい?」

「いいじゃないの!それよりネオインドネシアの宿舎に何の用?」

いや、あんまりよくないとは思うんだけど・・・こっちが聞きたいくらいなんだけどね。」

「ふうん?変なの。」

言ってメティが頭の後ろで腕を組んだ途端、領事館の中央の棟が爆発した。

「うおっ!?」

「きゃあっ!」

咄嗟にメティを抱きかかえ、爆風から庇うようにアキトが伏せる。

「何よこれ・・どうなってるの?」

「これは・・・!」

数秒後、顔を上げたアキトとメティが見たものは中央の棟が吹き飛び、

他の棟からも煙を上げ続けるネオインドネシア領事館だった。

 

 

領事館の前につけた数台の消防車と救急車を囲み、野次馬が群れていた。

サイレンが響き、赤いランプがメティとアキトの横顔を照らす。

「ねえお兄ちゃん。はっきり説明して。メティ、死にかけたんだよ?」

真剣な表情のメティ。

困った顔で口を開こうとしたアキトが、後ろから聞こえてきた声に振り向く。

つられてメティもそちらの方に顔を向けた。

ぐったりした優男風の男性が、担架に乗せられ、運ばれている。

左手を吊り、頭にも包帯を巻きつけたクルーらしい男が悲痛な表情で付き添っていた。

「アララギ・・・・・彼は俺に何を言おうとしていたんだ?」

遠ざかるアララギから視線を外し、何の気なしに視線をさまよわせたアキトの表情が豹変する。

路地の一つ、赤い光に照らされてサイトウの姿があった。

一瞬視線を送り、にやあっ、と笑った後その姿は路地裏に消えた。

 

「待て、サイトウ!」

「ちょっと、お兄ちゃん!?」

一瞬で路地裏に消えたサイトウを追い、アキトもまた路地に飛びこんだ。

オフィス街の裏路地をサイトウが走る。

アキトがそれを追い、訳の分からぬままにメティもまたアキトを追ってビルの谷間を走った。

「お兄ちゃん!」

 

サイトウが走りこんだのは、竹の足場で囲まれた建設中の高層ビルディングだった。

同じく竹の足場が組まれた吹き抜けの内部はまだ補強工事すら終っていない。

中で立ち止まったアキトに、ようやくメティが追いつく。

「お兄ちゃん、一体どうしたの!?」

「ふひゃぁはははははははっはぁ!よぉ、テンカワアキト・・こんな所で誰か捜してんのかぃ・・?」

はるか上方、闇の中からその哄笑は響いた。

アキトとメティ、双方がその姿をほぼ同時に視認する。

「あの男・・・!」

「サイトウ!貴様には訊きたい事が山ほどある!答えてもらうぞ!」

叫ぶアキト。サイトウが薄ら笑いを浮かべた。

「嫌だといったら・・・・」

「力づくでも・・・言わせて見せるっ!」

サイトウに皆まで言わせず、アキトが内部に組まれた竹の足場を、忍者の如く軽やかに駆け上がる。

 

 

「くぅらぁえっ!必殺、銀色の足ぃぃぃぃっ!」

繰り出された銀色の衝撃波が、アキトの残像と竹の足場を砕いて空しく行き過ぎる。

「そんな技が、まだ通じると思っているのか!」

「へ!俺も思っちゃいなかったぜぇ!だぁが、こぉれはどぉかなぁ?」

サイトウの足が虹の光芒を放った。

刻一刻と色を変える万色の衝撃波が散弾銃の如くアキトを襲う。

「必殺!虹色の足ィィィッ!

「何ッ!?」

アキトの全身で無数の光芒が弾け、全身を痛みが貫く。

バランスを崩して落下するアキト。

咄嗟に竹の足場の一つを掴み、鉄棒の大回転の要領でその上に立って構えを取る。

アキトと同じ高さの足場に降り立ち、サイトウが心底嬉しそうに顔を歪めた。

「さすがだなァ・・・貴様とのファイト・・・楽しみにしてるぜェ・・・・。

ヒャハハハハハ・・・ヒィーヒャハハハハハ!」

アキトの闘気を正面から受け流し、サイトウが闇に融け込むように消えた。

(奴め・・・いつの間にあんな技を・・・・!)

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

降りてきたアキトにメティが駆け寄る。

少しよろけてしまった自分の不甲斐なさに思わず苦笑しつつメティに手を振るアキト。

「ま、見ての通りだよ。」

「ね、さっきの爆発・・・アイツのせいかもしれないよ!」

「何だって!?一体どう言う事だ!?」

 

 

あの後、二人は昼間のあの店に来ていた。

「サイトウとアララギが・・・?」

「あの二人だけじゃないよ。他にも何人かファイターが集まって、何か相談していたの・・・!」

メティと話しながらアキトがカウンターに座る。

近づいてきたバーテンダーに畳んだ札を一枚出しながらアキトが口を開いた。

「ここに来てる客の事で訊きたい事があるんだが・・・」

「誠に申し訳ありません。お客様のプライバシーに関してはお答えできない事になっています。」

いずまいを正し、バーテンが直立不動のままで深く頭を下げる。

「いや、あんたに迷惑をかけるつもりはない。ちょっとだけ教えてくれればいいんだ。」

それには答えず、カウンターの横に控えていた礼装の大男・・いわゆるバウンサー(用心棒)・・・

とバーテンが目配せを交わす。

「申し訳ありませんがお客様・・・」

「なぁに、用が済めばすぐに帰るよ。」

「お客さん・・・ここは上品な店なんだ。あんたなんかの来る所じゃないんだよ!」

いつのまにか、ゆらり、と音を立てずに動いたバウンサーがアキトの背後に立っていた。

あからさまな殺気を放っているが、アキトもメティも笑みを浮かべながら次の行動を待っている。

案の定、アキトの背後から殴りかかった次の瞬間に、

ぐるり、と一回転したバウンサーはバーテンのすぐ横のカウンターに叩きつけられていた。

何が起こったか理解できず目を白黒させるバーテンに、アキトが一歩近づく。

「俺も、これ以上の騒ぎは起こしたくないんだけどな?」

ニヤリ、と笑うアキト。背筋を凍りつかせるバーテン。

だが、もししゃべってしまえばクビになるくらいでは済まない。

なにしろこの店のオーナーは・・・・

 

バーテンが感じていた息詰まる圧迫感を破るかのように、唐突に銅鑼の音が響いた。

「な、何、何?」

こう言った事に慣れてないのか、メティがあたふたする。

救われたような表情で銅鑼の音のほうを向くバーテン。

まなざしの鋭さを変えぬまま、アキトもそちらに顔を向ける。

壁に飾られた巨大なレリーフの龍が口を開く。

白煙を噴き出す龍の口の中から現れたのは小柄な三つ編みの少女だった。

 

「あらあら、これは珍しいお客様ですね・・・?」

「メグミ・レイナード!?」

あっけに取られるアキト。

その表情を見てくすり、とメグミが笑った。

 

 

 

窓の外は光の洪水だった。

夜の闇の中、天に輝く星を圧し地上の星々が貪欲に輝く。

「百万ドルの夜景」という表現に陳腐さしか感じない人間も、これを見せられては納得せざるを得まい。

窓ガラスにへばりつき、メティが感嘆の声を洩らす。

「うっわぁ、綺麗・・・・・」

「そうでしょう、そうでしょう・・・ここに立つと、ネオホンコンの街がまるで自分の物のように思えてくるんですよ。

アキトさん、あなたのこともね・・・・。」

「・・・・・・・」

物扱いされた怒りを覚えるより先に、何故かぞくり、と言う悪寒を感じるアキト。

「レイナード首相・・・」

「あら、メグミ、って呼んで下さい。宜しければ“マイスイートハニー”でもいいですよ?」

「・・・メグミ首相。」

 

 

こころもちムッ、としながらメティが先に口を開いた。

「ねえ、貴方ならサイトウ達が良く来るかどうか、知ってるんでしょ?」

「確かにそのくらい、調べればすぐに分かりますよ?でも、今はアキトさんのお話をしましょうか。」

「俺の・・・?」

メグミが指を鳴らした瞬間、部屋の照明が消えた。

同時に一方の壁が巨大なスクリーンになってアキトの顔を映し出す。

「テンカワ・アキト、ネオジャパン出身、年齢二十歳。」

メグミ首相の言葉とともに次々とスクリーンの映像が切り替わる。

ファイトの記録映像、子供の頃の写真、どこから見つけてきたのかホウメイとの修行時代の映像。

「幼い頃よりマスターホウメイの元で修行に励み、一年前帰郷と同時にナデシコファイターとなる・・・・・」

背後のスクリーンにあの、家族四人で撮った写真が映し出される。

・・・・・・破れる前の、『あの』写真だ。

「それは!」

思わず腰を浮かせるアキトに構わずメグミが言葉を続ける。

「養父シュンとは死別。上の妹ルリは急病により入院。そして下の妹アイは行方不明・・・

噂によれば彼女とはギアナ高地で出会えたとか・・・久しぶりの対面はいかがでしたか?」

「・・・大きなお世話だ。それよりも、一度俺に敗れたはずのサイトウやテツヤが

何故この決勝大会に参加しているのか・・・ナデシコファイト最高責任者である君なら説明できる筈だ。」

「アキトさんの頼みでもありますし、教えて差し上げたいのはやまやまですが・・・

私の立場上、他国の情報を話すわけにはいかないんですよ。

どうしても、とおっしゃるならサイトウを倒して本人の口から直接お聞きになってはいかがですか?」

アキトの目が鋭くなる。

メグミが目で笑い、三つ編みの房が揺れた。

「でも、油断していては足元をすくわれることにもなりかねませんよ・・・・。

まあ、ここはあなたの宣言通りの全勝優勝を楽しみにさせてもらいますね。」

くすくす、とメグミが邪気のない笑みをこんどは口元に浮かべた。

 

 

軽い音を立ててエアカーが夜のハイウェイを疾走していた。

運転席にはナオ。助手席にはミリアが座っている。

「・・・でも、よろしかったんですか?クルーの方々が・・・」

「大丈夫大丈夫!最近連戦連勝だからな、ちょっとしたデートくらいカズシさん達も大目に見てくれるさ!

・・・・それより、メティちゃんを誘わないで良かったのかい?」

一転して心配げなナオに、ミリアがくすり、と微笑む。

「大丈夫ですよ。さっきの電話ではアキトさんの所に遊びに行くといってましたし・・・」

「なんだ、じゃあメティちゃんもアキトとデートか。」

「あはは・・・そうですね。」

「は、ははははは!」

ナオは、ミリアのこの屈託の無い笑顔が好きだった。

何を置いても、この笑顔だけは守ってやりたいと思う。

(っととと、こんなことカズシさん達に知られたらまたからかうネタにされちまうな。・・・!?)

「ミリア、掴まってろ!」

「え、え!?」

ナオが急ハンドルを切った。いきなりのGにミリアが悲鳴を上げる。

対抗車線から突っ込んできた10tトラックが、二人の車をかすめて過ぎてゆく。

そのままガードレールを突き破り、トラックは夜の海に消えた。

軽い接触だったが、十倍近い重さの車にかすめられナオ達の車もスピンを起す。

激突したガードレールをひしゃげさせ、車が急停止した。

気絶したミリアに怪我のないのを確かめると、安堵したナオの口から思わず罵声が漏れた。

「・・・・Shit!」

 

 

「なぁにぃ?お前達もか!?」

アキトとサイトウのファイト当日。ナオがシャッフルの仲間達を前に血相を変えた。

「ユリカは鉄骨に直撃されるところだったよ。もう、危ないんだから!」

「私は暴走トラックにはねられる所だったわ。」

「俺達の宿舎では原因不明の爆発があった。今サブロウタが血眼さ・・・・偶然たぁ思えねえな。」

「俺達全員、誰かに狙われたってことか・・・?」

「その通りよ!」

ナオの呟きに答えたのは誰もいない筈の空間から響いた声だった。

覆面に覆われた顔。白衣に包まれた豊満な肢体。偉そうに組んだ腕。

いぶかしむ一同の目の前で、地面に伸びたナオの影からするするする、と白衣を纏った影が姿を現す。

「「「シュバルツ・シヴェスター!」」」

「その口ぶりからすると、黒幕の見当はついているみたいね・・・?」

「まあね・・・この大会の裏に隠された物が、いよいよ動き出した・・・そう言う事よ。」

 

 

 

ぐびり、とロバートが樽酒をあおる。

「ぬふふふふふ、さすがはシャッフルの連中だな。この際だからまとめて片付けておこうかとも思ったのだが。」

「まあ、後はサイトウくんに期待するとしましょう・・・。」

その隣で双眼鏡でナオ達を眺めていたヤマサキが、視線をネロスナデシコの方に向けた。

 

 

ネロスナデシコのコクピットでは、サイトウがゴングを待ちわびていた。

歪んだ歓喜を押さえ切れず、ときおりぶるっ、と体を震わせる。

「クックックックック・・・任せておけって・・・。待ち遠しかったぜェ・・・・この時がよぉ・・!

奴に敗れ、ナデシコファイターの座を失いポリ公なんぞに逮捕されて・・・・。

キサマのせいだ・・・何もかもキサマのせいだ!」

ぎりっ、と歯が鳴る。

その脳裏に、かつてアキトに握り潰された頭部の感触がまざまざと甦った。

「あの時俺は誓ったんだ・・・必ずキサマに復讐してやると・・・・たとえ、悪魔に魂を売ってでもなぁ!」

その、狂おしいほどの念を込めた視線の先にはアキトのゴッドナデシコがいる。

 

 

サイトウの視線を正面から受け止め、アキトが低く吼える。

「サイトウタダシ!まさか、貴様と再び戦う事になるとはな・・・・!」

『アキト、一度勝った相手だからって油断すんなよ!』

「ああ。この大会の謎を解くためにも・・・必ず奴を倒す!」

サポーターデッキのガイに頷くと、アキトは戦場へ一歩踏み出した。

その姿を、サポーターデッキの更に後ろからメティが見つめている。

 

 

二人を注視しつつ、首相専用の観覧席ではメグミとホウメイが低く語らっていた。

「ほぉ・・・テンカワに会ったのかい。」

「さすがはホウメイ先生・・・良い弟子をお持ちですね。確かに我々の理想にはピッタリかもしれません・・。」

(ですが、アキトさんを『使って』しまうのは惜しいですね・・・・・。

 ここはひとつ、別の『候補』を捜しておきましょうか。)

そんな本音をおくびにも出さず、わずかに唇の端を持ち上げてメグミが薄く笑う。

「しかし、そろそろ本気でテストさせていただきますよ・・・あのサイトウを使ってね・・・。」

「うむ。」

短くホウメイが頷いた。

 

 

 

『さあ、ゴッドナデシコV.S.ネロスナデシコ!いよいよファイト開始の時間のようです!』

 

アナウンスに続き、巨大な立体映像のメグミが試合場の上空に現れて優雅に一礼した。

『さて皆様、大変お待たせいたしました・・・

それでは、ゴッドナデシコV.S.ネロスナデシコのファイトを開始しましょう。

・・・ナデシコファイト!』

手を挙げて叫ぶメグミ。サイトウとアキトが同時に叫んだ。

 

「レデぃぃぃぃっ!」

「ゴォッ!」

 

ゴングと同時に、両者がともに高く飛ぶ。

先手を取ったのはサイトウだった。

リーチで勝る足技の利点を生かし、手技の間合いの外から左右のコンビネーションを叩き込む。

足技の乱舞を凌いだアキトが、一瞬の隙を突いて拳でのコンビネーションを放った。

アキトの回し蹴りを更に高く飛んでかわし、サイトウが歪んだ歓喜の声を上げる。

 

「やるなぁ!行くぜ、虹色の足ィィィッ!

 

一撃一撃の威力はさほどでもないがとにかく数が多い。

更に目まぐるしく色を変える光が視覚を撹乱し、回避を困難にしていた。

乱射される虹色の衝撃波をそれでもかわし続けるアキト。

周囲に着弾した衝撃波が次々と爆発し、濛々たる土煙がゴッドの姿を隠す。

一瞬消えたその姿が、土煙のカーテンの中から勢い良く飛び出した。

「まだまだぁっ・・・何ィッ!?」

「甘ェェェェッ!」

飛び出したアキトの目前に、ネロスナデシコが待機していた。

アキトに回避する時間を与えず、サイトウの蹴りがゴッドの顎に炸裂する。

間髪入れずゴッドの首を抱えこみ、これでもかとばかりに顔面に膝蹴りを連打するサイトウ。

「ぐああああっ!」

ゴッドナデシコが墜落する。

立ちあがろうとする所に、ネロスナデシコの蹴りが入った。

吹き飛び、バリアに激突するアキト。

アキトが立ちあがろうとするその度にネロスナデシコが蹴る。

「死ね!死ね!死ねェ〜!」

 

 

驚異的な跳躍力を見せ、メティがネオジャパンのクルーデッキに飛び移った。

上から降って来る影を、壇上の席についていたガイが慌てて避ける。

「アキトお兄ちゃん!」

『め、メティちゃんか・・・?』

「そうだよ!良く聞いて!」

「お、おい、勝手な指示を出さないでくれよ!」

「貴方は他所の国のファイターでしょう!それなのに・・」

「ごちゃごちゃ五月蝿いわね!オバサンは引っ込んでて!」

「オ・・・オバサン・・・!」

エリナの額にはっきりと青筋が浮かんだ。

明らかな殺意を込めた視線を壇上のメティに叩きつける。

その手が無意識の内に鷲掴みにしたハーリーの頭蓋骨がミシミシ、と音を立てた。

「ま、まあ、エリナ委員長・・・子供の言う事だし・・・」

ぎろり。

「・・・失礼しました。」

エリナの視線の一瞥だけでウリバタケが沈黙する。

ちなみに既にハーリーの意識はない。

 

 

エリナの視線を物ともせず、アキトに通信を続けるメティ。

「いい?メティと戦った時もそうだったけどアイツは優位に立つと詰めが甘くなるの!

最後の一瞬・・・アイツが止めを刺そうとする最後の一瞬がチャンスだよ!」

『・・・ああ、了解だ・・!』

 

 

ゴッドナデシコがぐったりと動かなくなった。

ストンピングを繰り返していたサイトウが勝ち誇った笑みを浮かべる。

シャキン、と音を立ててその右手から短剣並の長さを持つ鋭いスパイクが飛び出した。

「フ・・・フッフッフッフッフ・・今度は俺の勝ちだな!死ねぇぇぇぇっ!」

叫びながらサイトウが突き下ろす。

瞬間、ぐったりしていたと見えたアキトが動いた。

素早く横に転がりながら落ちてくる拳に手を添え、わずかに力のベクトルをずらす。

ゴッドの頭を貫くはずだった右手のスパイクは、方向をそらされ深々と地面に突き刺さった。

「何ぃっ!?」

「お兄ちゃん上手い!」

「よっしゃあっ!」

サイトウが表情を驚愕のそれへと一変させ、上ずった声を上げる。

喜色満面のガイとメティが同時に平手でコンソールを叩いた。

転がりながらアキトが膝立ちになり、起き上がりざま二本の指を立てサイトウの顔面に放つ。

咄嗟に動けないサイトウの両目に、それは狙い違わず深々と突き刺さった。

ネロスナデシコの顔面に火花が散り、サイトウが顔を押さえて絶叫する。

 

「おン、のれぇぇぇぇっ!」

思わず後退したサイトウが再び怒りの絶叫を上げる。

貫かれた筈の目が見開かれ、禍禍しい真紅の輝きを放つ。

次の瞬間、ネロスナデシコを中心とした巨大な爆発が起こった。

 

観客の殆どが驚愕する中で、ただメグミだけは楽しげに口元を歪めていた。

「ふふ・・遂に始まったようですね・・・本当のファイトが。」

表情を変えないまま、傍らのホウメイが無言で頷く。

 

 

半球状・・・リングを覆うバリアーの形そのままに爆発と墨のように濃い黒煙が広がる。

電磁バリアで覆われたリングの中はすっかり黒煙に隠されて窺い知る事が出来ない。

 

「くっ・・・!やったのか!?それとも!?」

倒したと言う確信が持てないまま構えるアキト。

黒煙の中、翼を広げた鳥のような影が一瞬アキトの視界を横切った。

何だ、と思う間もなく、黒煙を切り裂いて影が急降下をかける。

ナデシコのボディをひとつかみにするほどの巨大な鉤爪がゴッドを捕え、そのまま軽々と宙に持ち上げた。

 

「コ、コイツは!?」

不思議な感覚を覚え、困惑する。

一瞬の後、アキトはそれが既視感である事に思い至った。

 

 

ガイがコンソールに拳を叩きつける。

「くそっ!一体全体中で何が起きてるッてんだ!?」

一瞬バリアごしに黒煙の中を白い影が横切り、消える。

「あれは・・・!?」

ガイがコンソールを操作し、今の一瞬の記録映像を呼び出す。

「なにこれ!?」

メティが素っ頓狂な声をあげた。

 

白い猛禽・・・そうとしか言いようのないものが黒い煙の中に浮かんでいた。

白い翼に生えた、金属色に輝く黄色と赤の鋭い「羽毛」。

ナデシコのボディを一掴みにしてもまだ余りある巨大な鉤爪が両足に三本ずつ、鈍く金色に光っている。

頭部にあたる部分は無機的に鋭く尖り、そのお蔭で全体的なシルエットは

ジェット戦闘機の胴体に鳥の翼と足をつけたような印象を与えていた。

 

「ぐわぁぁぁっ!」

ゴッドナデシコを捕えた鉤爪に高圧電流が流れる。

ぐったりしたゴッドを鉤爪が無造作に放りだし、アキトは朦朧としたまま石のように落下していった。

朦朧とする意識を気力で呼び覚まし、必死にスラスターを吹かして辛うじて墜落から硬着陸にまで持ちこむ。

 

黒煙の中で、『猛禽』はより地上での戦闘に適した形態へと自らのボディを組替えていた。

両の翼が割れ、中から広い肩アーマーと腕が姿を現す。

残りの部分が折りたたまれ、背中にまわって翼になった。

巨大な鉤爪は折りたたまれ、太い足となる。

鉤爪の内、中央に当たっていた一本がつま先で鈍い光を放っていた。

その姿は、まさに天を貫く剣。

黒煙を切り裂いて姿を現した巨大な手がゴッドの顔面に叩きつけられた。

アキトのお株を奪うかのように、顔面に叩きつけられた手がそのままゴッドの頭部を鷲掴みにする。

アキトの頭蓋骨が軋み、一瞬意識が飛んだ。

歯を食いしばり、必死で敵を見定めようとする。

でかい。

ゴッドナデシコの1.5倍はある。

無論、手足も翼もそれに見合った巨大なものだ。

左の肩に鮮やかな紅で『天剣絶刀(Heaven’s Sword)』のマーキングがある。

突起の付け根が開く。そこにあったのは、やや鋭くはあるが紛れもないナデシコのフェイスだった。

 

 

そのまま片手でゴッドを持ち上げ、空いた手でコクピットのある腹部を打つ。

片手ではあるがピストンのようなラッシュがアキトを襲った。

「ぐぅぉぉぉ・・・っ!」

呻き声を洩らすアキト。

猛禽の変じた白い巨人・・『ヘブンズソード』がゴッドを持ち上げ、叩きつける。

地に這ったアキトの目に、『ヘブンズソード』のつま先に展開する鉤爪が見えた。

シュートをするサッカー選手の如く、その足が大きく振りかぶられる。

ゴッドナデシコのコクピットを狙い、風を裂いてビームソード並の長さと鋭さを持った爪が繰り出された。

ガードしようとしたアキトの腕を弾き、それは狙い違わずゴッドナデシコの腹部を背中まで貫く。

『ヘブンズソード』は片足を高く上げた姿勢のまま、その先にゴッドが串差しになっていた。

そのままの姿勢で無造作に足を振りぬく。

ゴッドのボディがつま先から抜けて、人形のように大地に転がった。

動かなくなったゴッド。

それを見た『ヘブンズソード』の肩が震える。笑っているのだ。歓喜に、震えている。

 

 

 

数瞬後、『ヘブンズソード』の震えが止まる。

ゴッドナデシコが起きあがっていた。

震えながらも、膝立ちになる。

あの時、かわせないと知ったアキトは咄嗟に体をひねり、コクピットの中心・・・・

つまりアキト自身への直撃を防いだのだ。

 

ふわっ。

 

音も立てず、予備動作もなく、唐突に『ヘブンズソード』が宙に浮いた。

垂直に上昇しつつまたしても足が変形し、右足首から先に三本の鉤爪全てが突き出す。

紡錘形に揃えられた鉤爪が回転を始め、次の瞬間、先程にも倍する速度の急降下が始まった。

「ひゃぁぁぁぁぁ・・・イヤァァァァァァァッ!」

超音速の急降下が鈍い金色の残像を残し、高速で回転する輝く足刀が一直線にゴッドナデシコを狙った。

 

 

 

 

 

BパートにGO!!