機動武闘伝

ナデシコ

 

 

 

 

「さて皆さん。ナデシコファイト決勝大会も連日連夜の激戦が繰り広げられ、

 戦いの様相は勝敗を越えたサバイバル・レースへとエスカレートしてきました。

 各国のナデシコたちが互いの喉笛に食らいつき、己が生き残る為に他を食らう。

 まさしく弱肉強食の摂理のみがリングを支配しています。

 そんな中、今回のアキトの対戦相手は・・・

 

 ネオシンガポールのアシュラナデシコ!

 ネオマレーシアのスカルナデシコ!

 

 

 おや?

 ナデシコファイトは一対一が大前提の筈・・・・・・ですが、何故二体なのでしょう?

 なにやら、危険な香りがするではありませんか!

 それでは!

ナデシコファイト、レディィィィ!

ゴォォォォォォゥ!

 

 

 

 

第三十四話

「立てアキト!嵐を呼ぶタッグマッチ」

 

 

 

 

 

 

 こそこそ。

「こそこそ。」

 

 ひたひたひた。

「ひたひたひた。」

 

 かさかさかさかさっ。

「かさかさかさかさっ。」

 

 ぺしっ!

「あたっ!」

 

 街頭に小気味良い音が響き、はたかれた頭を押さえて白鳥ユキナはうずくまった。

 その頭上で呆れた表情を浮かべるのはユキナよりいくつか歳上の、ここ数週間で見慣れ始めた顔・・・

 ユキナの姉貴分にして某茶汲み男を巡り血で血を争うライバル、チハヤである。

 どうせならもっとマシな代物を巡って争ったほうがいいと思うのだが、まあとやかくは言うまい。

 

 ともかくチムサァチョイの、つまりネオホンコン有数の目抜き通りで

 街路樹の蔭から頭半分首を出すわ、路地から大通りの先を覗きこむわと、

 あからさまに怪しい行動をしている少女が見知った顔であると気がついた時、

 チハヤの手は本人の意思とは関係なしに鋭い一撃を繰り出していたのであった。

 

「なによチハヤ姉!痛いじゃないの!」

「何やってんのよ、アンタは。」

 

 目に涙をにじませ、はたかれた後頭部を押さえながらチハヤに詰め寄るユキナ。

 腕を組んだまま、一段高い所からそのユキナを見下ろすチハヤの視線がちょっぴり冷たい。

 ちなみに高度差があるのは単に身長自体に差があるからである。

 

 それはともかく、チハヤが問うなりユキナが得たりとばかりに勢い込んで

 ショッピングモールが建ち並ぶ繁華街の人ごみの中、腕を・・・組めないので手を繋いで歩く二人組を指差した。

 

「見てよチハヤ姉。仮にも一国を代表しているナデシコファイターの二人が、

 真昼間から堂々と一緒に歩いているじゃない。しかも楽しそうに、あまつさえ手を繋いでよ!?

 この異常な状況に!私の鋭すぎる直感が並々ならぬ悪巧みの匂いを感じ取ったのよ!」

「ぽかっ。・・・・あらやだ、伝染っちゃったかしら」

「またぶった〜!」

 

 先程よりも容赦ない一撃が今度はユキナの頭頂部に炸裂する。

 再び涙目になるユキナ。

 ユキナの頭をはたいたグーをそのままに、チハヤが妙に真面目な表情で口を開く。

 

「あのね、あの不器用かつ底抜けにお人好しな顔を思い浮かべて御覧なさいよ。

 あの頭の中に、悪巧みできるほどの知恵が入っていると思う!?」

「む〜〜〜〜〜。それは・・・言われてみれば確かにそうかも・・・・。」

 

 

(・・・・・・声が大きいよ、君達・・・。)

 

 十数メートル先を歩いていたアキトがこっそりと苦笑いを浮かべた。

 ユキナは気が付かれていないつもりだったろうが、アキトにはしっかりばれていたのである。

 もっとも、気配を撒き散らして尾行するユキナを察知することなど

 アキトに限らず一流の武道家にとっては児戯に属する事柄と言っていい。

 無論、今アキトの隣を歩いている可愛い少女のような例外もあるにはある。

 

「・・・・・それでね、そのお店の餃子がとっても美味しくてね、この間もキモノ着たお爺さんが・・・

 って、ねぇ、お兄ちゃん聞いてる?」

「あ、ああ。もちろん聞いてるよ。」

 

 注意がそれたのを見咎めたか、ちょっぴり目つきが厳しくなったメティに慌ててアキトが返事を返す。

 なにしろ今日は二人っきりのデート(メティ主観)である。

 十歳の子供とは言え女性の機嫌を損ねればロクな事はないと、身に染みて理解しているアキトであった。

 好きで理解できるようになったんではないと本人は主張するだろうが。

 

「それでね、そのお爺さん餃子いっこ食べるたびに『うまいぞ〜〜〜〜!』って、口からビーム出すの!」

「ふ〜ん、って口からビームぅ!?」

「本当だよ!メティ見たんだから!」

 

 ユキナたちの気配が追ってこないのを確認したアキトは、それきり尾行の事を頭の中から締め出した。

 だが、不覚にもユキナより余程剣呑な相手が尾行していた事には全く気が付かなかったのである。

 

 

 

 

 同日夜。ネオホンコン政庁の正面入り口に肩を怒らせて歩くエリナ委員長を先頭に

 ウリバタケ、ハーリー、ガイらネオジャパン関係者の姿があった。

 大股で、憤然と歩いていたエリナがいきなり立ち止まり、憤懣やる方ないという表情で振り返る。

 思わず立ち止まる三人の前で胸を逸らし、政庁舎を・・・正確には中にいるであろう人物を・・・

 きっ、と睨みつけるエリナ。

 

「また無駄足を踏ませてくれたわね、全く!

 一体全体ゴッドナデシコの次の試合はいつになったら決まるのよ!」

「・・・確かにな。一体、何日待たせるつもりだ。」

 

 エリナにしては珍しい感情の吐露に、渋い顔でウリバタケが相槌を打つ。

 

「メグミさんがよからぬ事を企んでいるのでなければいいんですが・・・。」

「ハーリー君、認識が甘いわよ。あの女がよからぬ事を企んでいないわけがないでしょうが!

 あれだけ腹の内を見せない相手もそうはいないわ・・・『策謀の女帝』の二つ名は伊達じゃないわね。」

 

 カリカリするエリナの気持ちはわからないでもなかったが、

 やはり付き合い切れずにそっぽを向いて溜息をついたガイの、視界の端をふと白い影がよぎった。

 

「あれは・・・・」

 

 一瞬ではあったが、ガイの目は確かに翻る白衣と三色の覆面を捉えていた。

 思わず立ち止まったガイにハーリーがいぶかしげな声を掛ける。

 

「ガイ兄さん、どうしました?」

「悪い!先に帰っててくれや!」

 

 振りかえらずに叫ぶと、ガイは白い影を追ってネオホンコン政庁舎に駆け込んだ。

 人影の無くなった正面ロビーに走りこんだガイの視界の端で白いものが動く。

 掘り下げの吹き抜けの一番下でシュバルツが壁に手をつき何やら頷いていた。

 ガイが声を掛ける暇もなく、やおら両手で印を結び、シュバルツが溶け込むようにして壁の中に消える。

 

「す・・・すげえ!忍法壁抜けの術だ!まさかこの目で見られるとは

 ・・・ってンな事に感心してる場合じゃねえよな。」

 

 首を振り、自分を取り戻すとガイは階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 巨大な資材搬入用シャフトを抜け、特殊合金製の障壁を透過し、

 何重もの装甲板と様々な探査を阻む特殊金属で厳重にシールドされた空間の中にシュバルツが実体化する。

 次の瞬間、その瞳が驚愕に大きく見開かれた。

 両手を大きく広げるメグミとその傍らで腕を組んでいるホウメイの前に、

 アキトの手によってギアナで砕け散った筈の魔神が鎮座していた。

 

「ああ・・・・いつ見ても素晴らしいですね、ホウメイ先生・・・。

 このデビルホクシンさえあれば全宇宙の覇権は永遠にネオホンコンの・・・否、私の物・・・。

 うふ・・・・ふふふふふふふ・・・・・・。」

「確かにね。・・・・・・・けど!」

 

 言いざま、ホウメイの手から一条の疾風が走る。

 デビルホクシンの胸部に向けてはなたれたそれは狙い違わず命中し、

 悪魔のナデシコは一瞬その巨体を震わせた後、コクピットハッチを開いた。

 その中を見て取った瞬間、潜んでいたシュバルツの目が再び見開かれる。

 ボロボロの着衣。生気の失せた頬。力なく垂れ下がった四肢。

 目を閉じ、身動きもせず、宙吊りにされた操り人形のように、そこに一人の少女がいた。

 

「見な、アイのこの姿を!

 あのギアナの激戦で、アイの体はボロ雑巾のようになってしまった。

 デビルホクシンを完全に復活させる為には、

 なんとしてでも今回のナデシコファイトを利用しなくてはならない・・・・・・。」

「わかっていますよホウメイ先生・・・そちらはこの私にすべてお任せ下さい・・・。」

 

(やはり・・・・・奴らはデビルホクシンの残骸を回収していたのね・・・・・

 けど、それとナデシコファイトにいったい何の関係が?)

 

 迷ったその刹那、ごくわずかではあるがシュバルツの「気」が洩れる。

 普通の人間どころか野生の獣ですら感知し難いほどの僅かな気配。

 だがシュバルツにとっては不運な事に、この場にいたのは当代最高の達人マスターホウメイだった。

 

「曲者ッ!」

 

「!」

 

 気合とともに空を切り裂いて走ったマスタークロス。

 ナデシコの装甲をも貫く威力を秘めたそれが次の瞬間、切り払われて四散した。

 

「何ッ!?」

 

 さすがのホウメイが一瞬絶句した。

 今までに彼女のマスタークロスを破った者の数を数えるには片手の指で足る。

 ましてや、ここまで見事な技を見せたものなど。

 

 気配が消滅するのと、我に返ったホウメイが吼えるのが同時だった。

 

「者共!出会え、出会えぃっ!」

 

 ホウメイの怒号と共に、ネオホンコン政庁全体に非常サイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 

「やっぱり、隠し扉も何もねえなぁ・・・・な!な!なんだ?どうした!?」

 

 サイレンが響いた時、ガイはシュバルツの消えた壁を調べていた。

 次の瞬間壁が向こう側から吹き飛び、ガイがまともに巻き込まれる。

 飛び出してきた人影と宙を舞うガイの視線が合った。

 

「シュバルツ!?」

(ガイお兄ちゃん!?何故ここに!)

 

「・・・・危ないっ!」

 

 一瞬逡巡したシュバルツの視界に、今の爆発の影響でガイ目掛けて落下してくる支柱が入る。

 重さは推定十数トン。ガイといえども下敷きになってただでは済むまい。

 咄嗟にガイの体を軽々と担ぎ上げ、シュバルツが跳んだ。

 窓を蹴破って二人が脱出した直後、ようやく晴れた煙の中から兵士を連れてホウメイとメグミが姿を現す。

 

「おのれ、何者だい!?」

「追いなさい!逃がしたら只ではおきませんよ!」

 

 普段の冷静さをかなぐり捨て、メグミが激昂のままに吠える。

 駆け出す兵士達。

 ゆらり、と空気が揺らぐ。

 唐突にその場に現れたようにも見える二人の男が、ホウメイの目配せを受けて動いた。

 明らかに人外の存在とわかるその目が赤く、不気味な輝きを放っている。

 

 

 

 

 夜の摩天楼をシュバルツが跳び駆ける。

 肩にはガイを担いだまま、百メートルはあろうかと言うビルからビルへ次々に飛び移り、

 まさしく影の様にシュバルツが飛ぶ。

 文章にすれば長いが、シュバルツが壁を破って飛び出してきてからまだ三十秒もたっていない。

 ようやく自分を取り戻した(担がれたままだが)ガイが見たのは、

 ところどころが破れた覆面や白衣、そしてにじむ血。

 

「お、おいシュバルツ!その怪我さっきので!」

「喋らないで!舌を噛むわよ!」

 

 取り敢えずガイを黙らせると、再びシュバルツは跳躍する。

 その後ろから影がひとつ、迫っていた。

 

 

 

 

 

 パトカーのサイレンがネオホンコンの中央官庁街に鳴り響き、道路が次々と封鎖されていく。

 

『・・・庁舎に侵入した賊はアバディーン方面に逃走中。

 付近のパトカーはただちに道路封鎖に協力せよ。繰り返す・・・』

 

 ネオホンコン警察の保有する全ヘリコプターが動員され、

 海では水上警察の沿岸警備艇数十隻が港を封鎖している。

 メグミ首相は全力をもってシュバルツ達を捕らえようとしていた。

 

 

 何十回目かの跳躍をした時、シュバルツの眼が正面のビルの屋上の人影を捉えた。

 個人で使うとは到底思えない、対戦車ライフルと言われても信じてしまいそうな巨大な銃が

 ぴたり、とシュバルツ達に照準を合わせている。

 次の瞬間、シュバルツが何をどうしたのか虚空を蹴って跳躍の軌道を変えた。

 同時に発射された弾丸がシュバルツの耳元をかすめて過ぎ、後ろにあったビル一つを半ばから吹き飛ばす。

 暗がりの中、一瞬ではあったがシュバルツはその顔をはっきりと見て取った。

 

(・・・テツヤっ!)

 

「地下の秘密格納庫を見たものは、生かしちゃおかねぇぇぇぇぇっ!」

 

 銃撃・・と言うよりむしろ砲撃に間髪を入れず、

 先程から追ってきた影が体勢を崩したシュバルツに肉薄する。

 その顔を確認したシュバルツの目が再び見開かれた。

 

「サイトウ!貴方達・・やはり、マスターホウメイの手下だったのね!」

「うぅるせえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 サイトウの両足が霞んだ。

 放たれた無数の連続蹴り、それら全てを右手で受けとめるシュバルツ。

 その「盾」・・・・右手で担いでいた物体がガイの肉体であった事をシュバルツが思い出したのは、

 サイトウとの間合いを開け、他のビルに着地してからだった。

 

「ひ・・ひでぇ・・・」

「あ、あはははは・・・ごめんなさいね♪」

 

 摩天楼の谷間で、あるいはその頂上で、二つの影が時には離れ、

 或いは息が掛かるほどの距離で接近戦を演じる。

 ヒット・アンド・アウェイを仕掛けるサイトウの攻撃の合間を縫ってテツヤの凶弾が二人を襲う。

 既にいくつものビルが流れ弾の直撃を受け、無残な姿を晒していた。

 再び跳躍したサイトウの右脚が淡い輝きを放ち始める。

 

「銀色の、足ィィィッ!」

「地獄の亡者どもめっ!」

 

 瞬間、ガイは今までにないほどの加速を体に感じ、同時にシュバルツの体が消失している事に気がついた。

 力一杯放り投げられたのだ、とガイが理解するより早く、

 今にも必殺技を放たんとするサイトウに、身軽になったシュバルツの手から無数の四方手裏剣が殺到する。

 

「それそれそれそれそれそれっ!」

「ヒャォ・・・シャシャシャシャシャシャァッ!」

 

 放とうとしていた衝撃波を脚にまとわせたまま、飛来する手裏剣を片っ端から叩き落すサイトウ。

 そして、サイトウが全ての手裏剣を叩き落した時、既にシュバルツの姿は消えていた。

 

 

 

 

「どわわわわわわわわわ〜〜〜!」

 

 ガイの絶叫がネオホンコンの街に響く。

 まあ、地上200mからのフリーフォールを経験する羽目になった人間の反応としてはごく真っ当なものだろう。

 綺麗な放物線を描いてガイが飛ぶ。

 百万ドルの夜景が足下に煌いているが、今のガイには当然ながらそれを楽しむ心のゆとりはない。

 落下を開始してから数十メートルほど落ちたところで急制動が掛かり、

 再びガイはシュバルツの右肩に担がれていた。

 

「ごめんなさい、驚かせちゃって。」

「い、いやそれはいいんだけどよ・・・この体勢どうにかならないか?

 なんつーかこう、女に担がれているってのは男としては忸怩たるものがあるんだが・・・」

 

 こう言う状況で出てくるには余りに呑気なセリフにシュバルツが思わず苦笑を洩らす。

 だがシュバルツが何か返事を返すより早く、再びビルの谷間に奇声が響いた。

 

 

「ヒョォォォォリャッホォォォォッ!」

 

 またしても間一髪、空中での方向転換でサイトウの一撃を躱すシュバルツ。

 勢い余ったサイトウの「銀色の脚」が居並ぶビルの一つに斜め線を引く。

 ビルの端から端まで綺麗な直線が引かれ、一拍置いてその直線に沿ってビルがずれた。

 

 

 

 

 

「何あれ!?」

 

 アキトとメティがその爆発音を耳にしたのは、夕食を済ませて防波堤で涼んでいたときの事だった。

 きょろきょろするメティ。

 対して、怪訝な顔をしながらも、疲れたアキトはぼんやりと海を眺めていた。

 だからアキトは、素っ頓狂なメティの声にも咄嗟に返事できず、

 高層ビルの一つの上から三分の一程が横にずれ、

 地響きと共に落下していく光景をやや呆然と眺めることになった。

 我に返ったアキトが駆け出そうとしたのと上空から風を切る音が響いたのが同時だった。

 何かが飛来するのを察知した二人が無意識の内に背中を合わせ、身構える。

 

 

 

べちゃ。

 

 

 

 次の瞬間響いたのは熟したトマトを二階から落としたような音だった。

 二人の目の前でコンクリートの堤防の上にトマトの汁のような赤い液体が広がる。

 汁を撒き散らしたその物体がなんであるか認識した瞬間、アキトの頬がはっきりと引き攣った。

 

「いててててて・・・・・」

 

 トマトピューレを全身に浴びたような状態で、「それ」がむっくりと、結構元気に起き上がった。

 メティが怯えた顔でアキトの腰に縋り付く。

 顔を引き攣らせながらもこわごわと、アキトが「それ」に呼びかけようとした時一陣の風が舞い、

 白衣を纏ったグラマラスな肢体と三色に分けられた覆面の姿を取った。

 覆面から覗く視線とアキトの視線とが一瞬だけ交差した後、

 それは最初に落ちてきた物体と共に再び一陣の風と化して夜の闇に消えた。

 

 

 

 

「消えた・・・!?」

「ねえお兄ちゃん、今の・・・」

 

 次の瞬間、サーチライトが呆然とするアキトとメティを照らし、

 瞬く間にその周囲を数十台のパトカーと数隻のパトロール艇、そしてヘリコプターが取り囲んだ。

 その包囲を固めるかのように、影が一つアキト達の前に降り立つ。

 

「テンカワアキト!テメェだったのかぁ、この騒ぎの黒幕はよぉっ!」

「何のことだっ!」

 

 アキトがサイトウに反射的に噛みつく。

 そのまま思わず一歩踏み出そうとしたアキトを緊迫感を含んだメティの声が押しとどめた。

 

「お兄ちゃん!」

「く・・・テツヤまで!」

 

 振り向いたアキトの前方6m・・・一流の武闘家にとっては目の前と言ってもいい距離・・・にテツヤがいた。

 巨大な銃を構えたその姿に、アキトの全身に戦慄が走る。

 周囲が気配だらけだったとは言え、相手にその気があれば倒されている距離である。

 そして太く、力強い・・・だが明らかに女性のものとわかる声が完全にアキトの動きを止めた。

 

 

「さて・・・ここはおとなしくしてもらおうじゃないか!」

 

「東方不敗!」

 

 武装した機動警察隊員の壁が割れ、ホウメイが姿を現した。

 半ば物質的な感触さえ帯びて、ホウメイの“気”がアキトを打つ。

 普通の人間なら動けなくなるような“気”を受けながらも、本能的にアキトが構えを取った。

 アキトの体から発せられた“気”を感じ、ホウメイもまた歩みを止める。

 アキトとホウメイの間に張り渡された緊張の糸。

 それは次の一瞬限界に達した。

 

 

 アキトとホウメイ、二人の姿が唐突に消えた。

 周囲を包囲していた機動隊員達の口から驚愕のざわめきが洩れる。

 常人には捉えきれぬ程の速度で、しかも予備動作なしに跳躍したのだという事を理解したのはわずか数人。

 その上空で、かつての師弟の間に拳と怒号とが交差していた。

 

「久しぶりだねぇ、テンカワ!庁舎にもぐりこんだのもキサマかいっ!」

「何の事だぁッ!」

 

 鋭く伸びたホウメイの前蹴りをアキトが膝で弾く。

 その反動を使って放たれたアキトの回し蹴りを逆回転の回し蹴りで相殺するホウメイ。

 自由落下しながら繰り出されたアキトの左の手刀を弾きつつホウメイが突き出した右の拳を

 アキトの右手がしっかりと受けとめる。

 一瞬、二人の間に激しい視線が交錯した。

 停泊していたジャンクが自由落下を続ける二人の足元に迫る。

 同時に帆柱を蹴り、アキトとホウメイは左右に跳んだ。

 

 二人が申し合わせたかのように着地したのは堤防の上に立っていた街灯の上だった。

 両手を大きく広げ、一本足で立つ怪鳥の如き構えを取るホウメイ。

 対照的に身を沈め、獲物に跳びかからんとする肉食獣のような構えを取るアキト。

 そのまま両者とも動きを止める。

 痛いほどの沈黙がその場を支配していた。

 

 ごくり。

 

 誰かが固唾を飲む音が響く。

 二人が、跳んだ。

 空中で交差した猛禽の爪と肉食獣の牙が煌く。

 けれんも、くらましもなく、ただ渾身の力を込めた一撃が正面からぶつかり合った。

 

(少しは出来る様になったみたいじゃないか!)

(・・・いつまでも、昔の俺だと思うなっ!)

 

 交差した一瞬、無言の会話を躱すアキトとホウメイ。

 相殺された互いの一撃はその威力の殆どを打ち消され、双方の腕に軽い痺れを残したのみだった。

 

 

 

 

 着地したホウメイがアキトに一瞥をくれ、そのまま背を向ける。

 

「フン・・・まあいいさ。・・・・・総員、引き上げだよ!」

「待てよ!そりゃねえゼ、マスター!こいつらが一枚噛んでんのは間違いねえだろ!?」

「言うとおりにしな!」

 

 拳を握りしめて詰め寄るサイトウを、ホウメイは鋭く一瞥したのみで下がらせる。

 

「チッ!」

「・・・・・」

 

 舌打ちしながらもサイトウが退き、テツヤが無言のままでそれに続いた。

 周囲を包囲していた機動隊員とその車両・船舶・ヘリとともに潮が引くように姿を消す。

 数分後、現場に残っているのはアキトとメティだけだった。

 地面に大きく広がった赤い染み以外に、今の出来事が実際にあった事を証明するものはない。

 

「ねえ、お兄ちゃん。一体なんなの、今の?」

「・・・わからないよ。こっちが聞きたいくらいだ。」

 

 やや大袈裟に肩をすくめて見せるアキト。

 だが、その内面は見かけほどに平静ではいられなかった。

 

(シュバルツを追って、サイトウやテツヤ、マスターホウメイまでもが・・・一体何が起きたんだ?)

 

 

 

 ネオホンコンの街を整然と撤退する機動部隊。

 その傍らを悠然と歩んでいたホウメイの横に一台の高級車が止まった。

 後部座席の窓が開き、珍しく不快感をあらわにしたネオホンコン首相、メグミの顔が覗く。

 

「ホウメイ先生・・・何故手を引くのですか?奴らは例のものを見たんですよ?」

「フン・・どうやらテンカワはこの件には関係ないらしいよ。」

 

 ホウメイの無造作な返事にすうっ、とメグミの目が細まる。

 ついで冷笑がその口元に浮かんだ。

 

「おや・・何を言われるのかと思いきや・・・さすがの先生もかつての愛弟子相手では目も曇りがちな様ですね?」

「拳の心を解らぬ者に何が分かる!」

 

 皮肉に満ちたメグミの言葉をまさしく一蹴するホウメイ。

 メグミの口元から笑みが消えた。

 

「そこまでおっしゃいますか・・・。でしたらこの一件私に任せてもらいましょう。」

「なに・・?」

「疑わしきは裁くのです・・・リングの上でね・・・!」

 

 メグミが言い捨てると同時に車が走り出す。

 音も無く走り去るメグミの車を、ホウメイはいぶかしげな目でじっと睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく後、ダッシュのジャンクへの道を歩くガイの姿があった。

 先刻の騒ぎの後のシュバルツとの会話を思い出しながら一人ごちる。

 ・・・ちなみに、その体には地上140mからコンクリートの防波堤に叩きつけられた痕跡は微塵もない。

 

(庁舎で一体何があったんだ!?)

(・・・今は言えないわ。でも、これだけは言っておきましょう。メグミに気をつけなさい。)

(首相にか?)

(こうなった以上あの女はかならず何か仕掛けてくるはず・・・。アキト君を助けてあげて。)

(・・・・・)

(幼馴染の貴方にならそれが出来る筈。)

 

「幼馴染の俺になら・・・?まるで、昔から俺とアキトの事を良く知ってる様じゃねえか・・・?」

 

 普段使わない脳をフル回転させていた為か、

 アキトに声を掛けられるまでガイは友人の存在に気が付かなかった。

 

「ガイ!」

「へ?」

「どこ行ってたんだ?マスターホウメイがここまで追っかけてきたぜ。一体何をやらかした。」

「・・・・・・俺が何かしたわけじゃねえよ!」

 

 どことなく、納得のいかない理由で叱られた子供を連想させる表情を浮かべてガイが反論する。

 直後息せき切って駆け付けた少女の大声があたりに響き、アキトの追求を中断させた。

 

「お兄ちゃーん!大変だよぉ!」

 

 一声叫んだきり言葉を継げず、肩で息をするメティ。

 余程慌てて走ってきたようだった。

 数分後、息を整えたメティから詳しい事情を聞いたアキトの眉がぎゅっ、と寄せられた。

 

「明日の、試合、急に決まって・・・」

「俺とメティちゃんとでチームを組む!?」

「そうなの!二対二の・・・・タッグ・マッチだって!」

 

 

 

 

 

「他のリングは現在改修工事の為使用不可能でして、

 変則的ではありますがダブルバウトという形を取らせていただきました。どうかご了承下さい。」

 

 貧弱な体を吊るし売りの背広に包み、冴えない顔に丸眼鏡という「いかにも下っ端役人」という

 世間一般のイメージを具現化したような中年男が深々と頭を下げた。

 大騒ぎ(公式発表ではテロリストの仕業と言う事になっている)のあった翌日、

 ネオホンコン政庁に呼び出されたアキト達四人のナデシコファイターとクルーたちは

 この変則的なファイトに付いて説明を受けていたのだった。

 

「要は、一つのリングで二つの試合を消化しようって訳か。」

「そう言う事です。心苦しくはありますが皆さん宜しくお願いしますね。」

 

 唐突に響いた鈴を転がすような美声に、その場の人間が一斉に振り向く。

 クリーム色のスーツにコートを羽織ったネオホンコン首相、メグミ・レイナードの姿がそこにあった。

 

(シュバルツはメグミ首相に気を付けろと言ってたが・・・こいつぁ一体何を考えてるんだ?)

 

 相手の思惑がわからぬせいか、歯がみしたいような気分でメグミの顔を見つめるガイ。

 だが、いつも通りの笑みを浮かべた顔からは何も読み取る事が出来ない。

 ガイのそんな内心にはお構いなく、アキトが単刀直入を絵に描いたような質問を放つ。

 

「あんた、一体何を企んでいる?」

「おや?何かご不満でもありますかアキトさん?

 よろしいんですよ、ネオジャパンは今後一切の試合を棄権と言う事でも?

 もっとも、アキトさんがどうしてもとおっしゃるなら・・・・」

 

 恩着せがましいメグミの言葉を手振りで遮り、アキトが大きく肩をすくめる。

 

「フ・・。そう来たか。分かったよ、首相閣下。だが、何があろうとこの拳に掛けて正々堂々と戦うまでだ!」

「そう言う事!」

 

 アキトの宣言にメティが元気よく同意し、メグミの笑みがわずかに深くなった。

 

「あらアキトさん。メグミと呼んで下さいと、いつも言ってるでしょう?

 で、そちらもよろしいですね?」

「こっちは一向に構わないわよ。ねえ、三姫?」

「ああ。どんな条件でもウチは構わんとよ。」

 

 ネオシンガポール、アシュラナデシコの神楽三姫。

 ネオマレーシア、スカルナデシコの天津京子。

 共に実力派として知られる二人が頷いたのを確認して、メグミが高らかに宣言した。

 

 

「では、タッグマッチの開始です!」

 

 

 

 

 

 

『さて、波乱の展開を予感させる曇天のもと、

 全勝のゴッドナデシコと一敗のノ−ベルナデシコの無敵タッグに対するは

 ネオマレーシア代表スカルナデシコとネオシンガポール代表アシュラナデシコの実力派コンビです!

 これまで全ての敵を叩き伏せてきたゴッドと、同じくゴッド以外の敵を軒並み下してきたノーベル、

 この二者に対して隠れた実力者との評判も高いスカルとアシュラがどう戦うか?

 見所の多い勝負と言えるでしょう!』

 

 NHK(ネオホンコン国営放送)の名物アナウンサー、各務千沙の名調子が海上リングに響いている。

 もう二十分ほども彼女は喋り通しだった。

 実を言うと場もたせの為である。

 ゴッドナデシコとノーベルナデシコがリングに現れ、

 試合開始時間まで十分を切ってなおアシュラナデシコとスカルナデシコ、

 神楽三姫と天津京子は姿を見せなかった。

 

 

(まさか、これもメグミ首相の差し金じゃないだろうな・・・?)

 

 

 結局、二体のナデシコが登場したのは試合開始まで五分を切り、

 観客がさすがにざわめき始め、ガイがシュバルツの言葉を思い返していた時だった。

 通信パネル越しにアキトとガイが頷きを交わす。

 ネオスウェーデンサイドでは飛鈴がメティに最後の注意をしていた。

 

『メティ、聞こえる?バーサーカーシステムはもう使わないんだから・・・思いっきり行きなさい!』

「何よ飛鈴。そんな物無い方がメティは強いに決まってるでしょ!

 それに、アキトお兄ちゃんと一緒に戦うんだから楽勝よ、楽勝!」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 言うなリ、メティのノーベルナデシコがゴッドの左腕にピッタリと抱きつく。

 抱きつかれたアキトにできたのは、引き攣った声でぎこちなく返事をする事くらいだった。

 

 

 

「「「「「「ぬうぅっっっっ(怒)!」」」」」」

 

 

 会場に怒気、というより瘴気・・・・いや、それすら通り越して殺気が漂う。

 額に見事な青筋を浮かせたエリナのアイアンクローがハーリーの頭蓋骨にめり込んでいる。

 硬直したジュンの横でユリカがハンカチを噛み締め、軽口を叩いたサブはリョーコに頬を砕かれ、

 九十九と元一郎は、静かに微笑む舞歌の発する凄まじい殺気に全身を凍りつかせる。

 そしてリングの上、アキトとメティの立つ反対側からも怒気と殺気の混じった風が二筋吹いていた。

 

 

 

「仲が良いですね・・・ですがそれを引き裂くのもお楽しみの一つ!

 

 こちらも眼に尋常ならざる炎を燃やしながら、それでも笑みを浮かべるメグミ。

 そう。どんな憤怒の表情より恐ろしい笑みを。

 傍らの受話器を取り、いずこかへ繋ぐメグミ。

 短い受け答えをした後、その唇の端が僅かに持ちあがった。

 

「・・・用意は良いですね?よろしい、指示を待ちなさい。」

「メグミ首相・・・何を企んでるんだい?」

 

 ホウメイが胡乱なものを見る目をメグミに向ける。

 その視線を正面から受けとめ、メグミが今度ははっきりと笑みを浮かべた。

 

「言ったでしょう?疑わしき者は、裁くと!」

「ぬ・・・?」

「ふふふ・・それではナデシコファイトォッ!」

 

「「レディッ!」」

 

「「「「ゴォォォッ!」」」」

 

 

 闘志と、内二つは怒りの混じった四つの叫びが同時に上がり、ファイトの開始を告げた。

 アキトのゴッドナデシコとメティのノーベルナデシコが同時に突進する。

 メグミの唇に薄い笑みが浮かび、

 次の瞬間、ゴッドナデシコが少なくとも外から見る限りでは何ら理由無くリングに崩れ落ちた。

 

 

「アキト!?」

 

 慌てて通信で呼びかけながらも、ガイが咄嗟に計器類のチェックを始める。

 動転しているように見えて、さすがにそつがない。

 

「おい、どうした!?」

「動かん・・・体が・・急に重くなって・・・!」

 

 アキトの返事を聞く間にもガイのチェックは進んでいく。

 フレーム、動力伝達系、モビルトレースシステム・・・どこにも異常は見受けられなかった。

 

「アキトお兄・・・っ!・・・・」

 

 声にならない声を上げ、メティが吹き飛ばされた。

 アキトの方に注意がそれた一瞬、スカルナデシコの強烈な一撃を浴びたのである。

 

「「アキト兄〜!」」

 

 ディアとブロスの口から悲鳴が洩れる。

 覆面の影でシュバルツの目が大きく見開かれた。

 

「あれは・・・まさか!」

「超重力フィールドかい!」

 

 傍らで吼えるホウメイを見やり、メグミが実に楽しそうな表情を浮かべた。

 

「そう・・・今ゴッドナデシコには通常の二千倍の重力がかかっています・・・・

幾らアキトさんがハイパーモードになろうとも、あそこから動く事は出来ませんよ。」

「・・・なんと言う事を!ナデシコファイトは互いの技量のせめぎ合い!そこにこんな小細工を!」

 

 強烈なホウメイの眼光が怒気をはらんで傍らのメグミを射抜く。

 だが火傷しそうなその視線を、メグミは冷笑で受け止めた。

 

「何をおっしゃいますか。ホウメイ先生の見込んだキング・オブ・ハートなら、

 この程度の危機は乗り越えて当然でしょう?」

「ぬっ・・・・!」

 

 一瞬、殺意すら込めた視線を放った後、ホウメイは激怒を無理矢理に押さえ込み正面に向き直った。

 

 

 

 

説明しましょう!

 あれは間違いなく超重力フィールドよ。

 恐らくアキト君の真下に重力発生装置が仕掛けてあったのね。

 現在ゴッドナデシコには推定数百から数千Gの重力が掛けられ・・・・・」

 

 

 ガイが。ウリバタケが。先程まで激昂の極みにあったエリナが。

 そしてネオスウェーデンサイドの飛鈴までもが。

 突然虚空から出現して説明を始めた白衣の説明仮面に数十秒間絶句した。

 ちなみに、既にハーリーの意識はない。

 数十秒間怒涛の説明を呆然と聞いた後、我に返った四人がほぼ同時に口を開く。

 

「げっ・・・・。」

「い、いったい、どっから出て来やがった・・!?」

「あ、貴方!他国のファイターがこんな所に上がってこないで!」

「・・・・何なのよ、一体・・・・」

 

 

 

 

 

「人の説明は黙って聞きなさい。」

 

「「「「・・・・はい。」」」」

 

 四人の疑問反論その他を、ただの一言で封じるシュバルツ。

 さすがに緊急事態だと言う事もあってか、今回の説明は三分ほどで済んだ。

 

 

 

 

 

 四体のナデシコが対峙していた。

 正確に言うと倒れたゴッドナデシコを守るかのように、

 スカルナデシコとアシュラナデシコの前にノーベルナデシコが立ち塞がっている。

 その姿は必死さを通り越し、一種の悲壮感をも感じさせた。

 

 

「一体ゴッドはどうしたのかしら?普段の整備が足りないの?・・・アキトも可哀相にね。」

 

 アシュラナデシコのコクピットで金の髪が揺れた。

 

「ゴッドナデシコ・・・・アキトさんが動かないでいてくれるなら丁度いいわね。」

 

 スカルナデシコのコクピットで銀の髪が微笑む。

 

 

 

 きゅっ、とメティの唇が引き絞られた。

 

「こんな奴ら・・・メティだけで充分よ!」

「メティちゃん・・っ!」

 

 アキトの言葉も耳に入らないかのように、メティが一歩前進する。

 もし、メティがもう少し年上だったら、あるいはアキトがもう少し女心の機微に通じていたら。

 目の前の二体から感じられるのは怒りや闘志よりむしろ、嫉妬であると気が付いただろう。

 

「ふっふっふっふっふ、言ってくれるじゃないのメティちゃん。」

「手加減はしないわよ!」

 

 試合開始から15分後。既にノーベルナデシコはサンドバッグ同然だった。

 スカルナデシコのビーム攻撃が間断なくメティを狙い、

 アシュラナデシコが手持ちの棍棒でノーベルナデシコを殴打し続ける。

 愛用の武器はさすがに装備されていないとは言え、打撃武器の扱いは得意中の得意。

 だが、これだけならメティとて一流のナデシコファイター、決してかわせない攻撃ではない。

 この二体の異様なまでの気迫と完璧に近い連携攻撃が

 メティを反撃も回避もならぬ状況に追い込んでいたのである。

 

「す、凄い・・余程訓練を積んでもあれだけ息の合った連携攻撃はできるものじゃないぞ・・。

 何故他国のファイター同士であんな高レベルの連携攻撃ができるんだ?」

「いや・・・元々神楽三姫と天津京子は同門のライバルだったと聞いている。

 それを思えばさほど不思議ではなかろう。それよりあの気迫こそ只事ではない。」

 

 無論、九十九も元一郎も二人が控室で殴り倒された挙句に

 何者かに取って代られているなどと言う可能性は考えもつかなかった。

 

「・・・・でも、凄い気迫じゃねえか・・・・・まさか!」

「まさかとは思うけど・・・・。」

「あの子達もあ〜ちゃんの事が・・・?」

 

 リョーコ、ユリカ、舞歌の三人がほぼ同時に同じ結論をはじき出す。

 そして、それはある意味で大当たりだった。

 

「ネオジャパン!ゴッドナデシコはどうなっているの!?このままじゃメティが一方的にやられるだけよ!」

「分かっているわよ!もう少し時間をちょうだい!」

「ガイ兄さん!原因はやっぱり・・・!」

「く・・・こっちからじゃどうしようもねえっ!」

 

 ガイが煩悶の叫びを洩らす。

 ゴッドナデシコには全く異常はない。

 シュバルツの言うとおりに機体の外に原因があるとしたらガイにはどうしようもないのだ。

 

「メティちゃん!」

 

 必死で高重力に耐えながらアキトが叫ぶ。

 だが、無情にも体は動いてくれない。

 

「ふふふふふふ・・・アキトさんを独占しようとした罪、万死に値します!」

「公衆の面前でアキトに抱きついたりして・・・許さないわよ、メティちゃん!」

「アキトさんを独占しようとした、そんな悪い子は・・・」

 

「お仕置して!」

 

 

「お仕置してっ!」

 

 

 

「「お仕置しまくってぇっ!」」

 

 

 

 

 

「「『ごめんなさい』

と言わせてあげるわっ!」」

 

 

 

 

 

 止めの連携攻撃が炸裂し、リングの表面に叩きつけられたノーベルナデシコがクレーターを作る。

 そして、メティはそのまま動かなくなった。

 

 

 ネオスウェーデンサイド。

 アシュラナデシコとスカルナデシコによる集中攻撃が始まって以来、

 じっとコンディションモニターを見つめていた飛鈴が遂に呻き声を洩らした。

 

「メティちゃんにギブアップさせる!?・・・・・・・・ぐぅっ!」

 

 通信を聞いたアキトが思わず大声を出す。

 一瞬、集中が切れたアキトの肉体を信じられないほどの高重力が責め苛む。

 アキトは再び意識を集中し、重力の枷に対する抵抗を再開した。

 

「待ってよ!アキト君はどうなるのよ!?」

「・・・ごめんなさい。戦闘不能なのよ。」

 

 エリナの悲鳴に唇を噛んで俯いた飛鈴の耳に、切れ切れながらもはっきりとした声が届いた。

 

「待って・・・この試合、アキトお兄ちゃんと私はパートナー同士・・・どんな事があっても最後まで戦うよ・・・!」

 

 よろめきながらもメティが立ち上がった。

 アシュラナデシコとスカルナデシコが思わず目を見張る。

 

「まだ立てるの!?」

「アキトお兄ちゃんの為なら・・・メティは、負けないッ!」

 

プツン

 

 メティのセリフの直後、何かが切れる音が会場に響いた。

 

「・・・・・・アキトアキトってタッグを組んだくらいでいい気になって!」

「どうやらまだお仕置が足りないようねッ!?」

 

 

 二人は夜叉と化した。

 だが、二人が怒る理由はわからぬアキトでもメティが危機に陥っている事はわかる。

 そして、それを救いうるのが自分しかいないことも。

 

 

 

 

GO!!