「視覚の同調は駄目、秘薬とかの探索も駄目、まぁ戦えるんだしそれで我慢しようかしら」
「期待してくれていい。それだけは得意だ」
「何よ、不満でもあるの?」
「戦えるって事は結局は人殺しが上手いって事だ。自慢できることでも、立派な事でもないさ」
「……何よ、強いし魔法だって使えるくせに……なんで……」
「悪い、聞いてなかった。なんだ?」
「何でもない!」

微妙なすれ違いがあったり。

「こ、こら! 男の前で着替え出す奴があるか!」
「そ、そう思うんだったらさっさと出ていきなさいよ! 気が利かないわね!」

着替えで一悶着あったり。

「藁の上か」
「しょうがないでしょ! 人間の使い魔が寝起きできるような施設は学院にないんだから! ベッドはそのうち運び込ませるから、取りあえずはこれで我慢しなさい!」
「いや、構わない。戦場では鎧を着たままで地面の上に寝る事もあったからな。それに比べればよほどましってもんだ」
「そ、そうなの」

意外にショウは厳しい生活に慣れていることが判明したり。

「月が2つ!?」
「何よ、月が2つあるのは当り前のことじゃない?」
「俺のいた所じゃ違う。月はひとつだけなんだ」
「ふぅん・・・まぁ、あなたの国とここって凄く遠いんでしょ? 場所によっては空の星の並びが全然違う事もあるらしいし、海のずっと向こうだと月が一つに見えたりもするのかもね」

極めて重大な疑問がさらっと流されたり。

「ああっ、だめっ! やめて下さい、お願いします!」
「んふふふふ、やっぱりあなたいい体してるじゃない」
「あっ、やめて、いやぁぁぁ!」
「ほーら、体は正直よぉ」

キュルケの部屋から悲鳴と楽しそうな声が聞こえてきたり。
もちろん、悲鳴をあげてるのがヤンで、楽しそうなのがキュルケである。念のため。

「ううっ、ルーさんごめん……俺汚れちゃったよ……」
「何よ、途中からは激しかったじゃない?」
「うううっ」

優雅にワインを飲むキュルケの横で流されやすい自分にヤンが涙していたり。

「うん、そう。魔法使いと僧侶の呪文はその高度さに応じてそれぞれ7つのレベルに分かれていて、それぞれのレベルごとに使用回数が厳然と定まっているの」
「系統魔法は違う。精神力の総和があって、そこから呪文ごとに概ね決まった量の消費が差し引かれる」
「へー、それは便利ねぇ。私たちの魔法だと、毒に冒された仲間が沢山いるから使用回数を全部毒消しの呪文につぎ込もう、なんて真似はできないし」
「でも系統魔法は最高レベルの術を数回使うと概ね打ち止めになる。使い勝手では恐らくあなた達の魔法系統のほうが上」

かと思えばリリスが目を光らせたタバサによる再度の質問攻めにあっていたり。

「毒消しの魔法?」
「うん、僧侶4レベルの解毒(ラツモフィス)って呪文。6レベルの快癒(マディ)って呪文でも毒は消せるけど、こちらは麻痺や石化も解除できる上、体を完全に回復できる切り札的な治療呪文だから、毒消しだけのためには中々使えないわね」
「……」
「どうしたの?」
「その快癒という呪文ならどんな状態でも治せるの?」
「生きてさえいれば怪我も毒も石化も一発よ。疲労や捻挫骨折を含む外傷、体力の消耗もOK。でも病気に対しては一時的な効果しかないし――ああ、一時的にでも元気にはなるから、普通の病気なら治るらしいけど。後、吸精(エナジードレイン)にも効果はないわね」
「……そう。吸精というのは?」
「吸精というのは不死(アンデッド)系の怪物がよく持っている能力で……」
「アンデッドって?」

さらに質問攻めにあっていたり。

「呪文を覚える必要がない?」
「覚える必要がないというか……私達は呪文使いであればどのクラスであっても、そのクラスの基礎を修得する際にクラスの呪文を全て意識下――ええと、心の中って言えば分かるかしら――に刷り込まれるの。石板に文字を刻み込むようにね。
 で、修行してその呪文を扱えるだけの力量が備わると、自動的に呪文が使えるようになるわけ。私達はこれを『呪文を覚える』って言ってるのよ」
「凄い……なんて合理的な呪文修得方法」
「昔の偉い魔法使いが編み出したんだって。確かに便利よね。尤も特殊な呪文とかはタバサたちと同じように勉強して身につけなきゃいけないらしいけど」
「でも欠点もある」
「そうなのよね。解毒(ラツモフィス)や治痺(ディアルコ)、快癒(マディ)と言った必須の治療呪文を優先的に覚えようと思っても、どうすれば使用可能な状態に持っていけるのか分からないから、どうしても呪文修得は運頼みになっちゃうの。
 そう言えばマスターレベルになっても結局快癒を覚えられずに苦労した僧侶の話も聞いたことがあったわ」

またさらに質問攻めにあっていたり。

それでも召喚当日の夜は概ね穏便に過ぎていった。
ちなみに夕食は「ルイズ様の寛大な格別のお計らい」により、ショウは貴族と同じ席で同じものを食べた。
もちろん、他の二人もそれぞれタバサとキュルケの隣で同じものを食べていたが。
皮肉交じりにそれを指摘したところ、ルイズはぶすっと黙り込んだまま返事をしなかった。
ショウも敢えて追求はせず、黙々と食事を再開する。
まがりなりにもルイズのおかげで食事が出来ている以上、ショウはルイズの禄を食む家臣である。言いたいことはまだあったが、侍としての矜持がそれを口に出すのを許さなかった。
ルイズはルイズで、これ以上下に見られてたまるものかという意地から、寛大で度量の広い主人であるという態度をなんとしてでも見せ付けなければならないと決め込んでいる。
尤も、ピリピリした雰囲気をまとって黙々と食事を続けるその姿からは度量の広さなど窺えるわけもなく、結果として昼間のような見苦しい言い争いは起きなかったが、
隣の席に座っていたマリコルヌなどはその雰囲気の重苦しさ(加えて、ショウは昼間にいきなり斬殺事件を起した張本人であったし)に碌に食事が喉を通らなかったようである。

「……で、でもあんなルイズもいいかも……」

身をくねらせるマリコルヌを、給仕の少女達が気味悪がっていた。




   第二話『不仲』


翌日の朝。
昨日まで戦場に身を置いていたショウは、その習慣どおりに夜明けと同時に目を覚ました。鎧下姿で大きく伸びをすると、寝るときも離さずにいた剣を背負った(当然ながら甲冑は外している)。
朝になったら起こせといわれていたことを思い出し、窓を開けてから眠りこけるルイズをそっとゆする。
優しくゆすっても起きないので、やや乱暴にゆするべきか、しばしショウは迷った。男所帯と戦の世界で育った彼は、根本的に女の子の扱いには慣れていない。
少しだけ力を強く入れてゆする……起きない。意味もなく手を握ったり開いたりしてみる。
さらにもう少しだけ強くゆすった。ルイズは寝ぼけた声を上げ、寝返りを打つがやはり目は覚まさなかった。
溜息をひとつ。
意を決し、かなり強くゆすると程なくルイズは目を覚ました。

「起きたか。朝だぞ」
「ふわ……あ、あんた誰よ!?」
「ショウだ。昨日からお前の使い魔をやっている」
「そう、そうだったわね」

ルイズの表情がすっと暗くなる。
ルイズはショウと視線を合わせないまま、着替えるから部屋の外に出ているように伝えた。
ショウが外に出て扉が閉まった後、ベッドの縁に腰掛けて足をブラブラさせる。正直、ショウの顔を見ていたくはなかった。
ショウが使い魔であることに不満なわけではない。人間の、しかも13歳の子供とは言え充分以上に腕は立つし、ラインクラスの魔法まで使える。むしろ充分誇れる使い魔と言ってよいであろう。
だがルイズにしてみれば、そういう使い魔がよりによって自分に与えられたのは皮肉だとしか思えない。
魔法を使えない魔法使いが、魔法を使いこなす使い魔を従えているなんて!
確かに凄い使い魔を呼びたいとは思った。ドラゴン、グリフォン、マンティコア。ワイヴァーンやヒポグリフだっていい。級友たちを見返したかった。父に、母に、姉達に認めて欲しかった。喜んでもらいたかった。良くやったと褒められたかった。
そんな僅かな下心を始祖ブリミルは罰したのだろうか。自分が優れた魔法使いであれば、何憚ることなくショウという優秀な使い魔を誇りと出来たであろうに!
ベッドの縁に腰掛けたまま、そんな考えばかりがぐるぐると頭の中を回る。思考の袋小路、自己嫌悪の悪循環にはまり込むルイズだった。

三十分後。
さすがに痺れを切らしたショウが部屋の外からルイズの名前を呼んだ。
返事がない。
もう一度名前を呼ぶ。
返事はやはりない。
ショウの眉にわずかに緊張が浮かぶ。背中の剣の柄に右手を掛け、鯉口を切った。
そっとドアのノブに左手を添え、扉を開くと同時に素早く中に滑り込み、剣を抜きかけたところでその動きが止まる。

「こっ……」

涎をたらしたルイズが、ベッドに崩れ落ちるような姿勢で熟睡していた。
元々ルイズは朝が弱い。加えて夜明けと同時、つまり普段より1時間以上早く起されたのであるから尚更である。
もっとも、ショウがそんなことを知るはずもなく。

「この馬鹿女ぁぁっ!」

早朝の女子寮に、怒声が響き渡った。




「しょうがないでしょ! 私は普段もっと遅くに起きるのよ!」
「それだったら最初に言っておけ! 大体人に起されないと起きられないのかお前は!」
「そ、そんなことあるわけないでしょう! 今までだってちゃんと一人で起きてたわよ!」

嘘である。実家では良く寝坊して、そのたびに両親や上の姉に叱られていたし、学院に入学してからもそうしょっちゅうではないものの寝過ごし、何度かは洗濯物を取りに来たメイドに起こされることもあった。

「私は生まれ付き朝が弱いのよ! だから万が一にも寝過ごさないように念を入れただけよ!」
「寝坊するのは気が緩んでいる証拠だ! 朝起きられないというなら夜は早めに寝ておけ!」

その後も二人の口ゲンカは30分近く続いた。
それぞれの理由から口論は控えようと思っていたルイズとショウであったが、結局それも半日しか持たなかったようだ。



一方隣の部屋では、目が覚めるなり始まったお隣の口ゲンカに部屋の主が苦笑いしていた。

「本当、良く飽きないわねぇ。私たちの目が覚めてからだから、かれこれ30分って所かしら?」
「ルイズもショウ君も結構プライド高い上に片意地みたいですから……意地の張り合いなんでしょう」
「あら、良く分かってるじゃない。それと敬語は要らないわよ。キュルケって呼んで」
「あー、いやその、でも」
「同い年なんだから気にしないの」
「えええええええっ!?」
「……何よ、その反応は?」

それはさておき、こちらはヤンの眼をはばかることもなく堂々と着替えてキュルケは廊下に出た。
同時に廊下に出てきたショウと目が合う。

「おはようございます、キュルケさん、ヤンさん」
「あら、おはようショウ」
「お、おはよう、ショウ君」

礼儀正しく会釈するショウ。キュルケがにっこりと、ヤンはややどもりがちに挨拶を返す。
昨晩のキュルケとの行為のせいで、何かこう、やましいところがあるわけではないのだが、自分が汚れている気がしてショウを直視できないヤンであった。

「ルイズは?」
「今着替えています」
「朝からお盛んだったわね」
「す、すいません」

気まずげに謝罪するショウ。何か思い起されるものがあるのか、キュルケがくすくす笑う。

「いいわよ、別に。でも声はもう少し控えめにしてね」

と、その後ろから更に挨拶の声がかかる。タバサとリリスである。挨拶を返した後、ふとヤンが気が付いて首をかしげた。

「あれ、リリスさんその頭は?」
「どう? ちょっとお洒落してみたんだけど」

リリスは昨日とは打って変わって、頭に色の濃い布を巻きつけて髪をまとめ、余りを両脇に垂らしていた。地球であればターバンと呼ばれるような、頭全体、額から上をすっぽり覆う形である。
聞けば彼女の姉が昔やっていた髪型なのだとか。実は彼女の姉は更に口元を覆うフードもつけており、そちらも真似してみたのであるが鬱陶しかったのでやめたらしい。

「こうして布を垂らせば耳も隠せるしね」

ああ、とヤンたちはその一言で納得する。
確かに昨日のルイズの反応を見れば、彼女がエルフである事を大っぴらにはしないほうが賢明であろう。女性だし隠したいのは額もか、と思ったがさすがにそれは言わないでおく。
こう言うところで空気を読んで口に出さないのがヤン、礼儀として口に出さないのがショウ、というのが端的に二人の違いを示すものであろうが、とりあえずそんなことはどうでもよろしい。

「にしてもキュルケさんとリリスって大人っぽいよなー。俺とそう年は変わらないのに」
「あん、ダーリン。キュルケって呼び捨てにしてって言ってるじゃない」
「あー、いやその」
「えへへ、変わらない年か」

ヤンがしなだれかかってくるキュルケにしどろもどろになる一方、リリスは両手で頬を抑えてにやついていた。が、その表情がタバサの一言で凍りつく。

「大人っぽくて当然。リリスは二十四歳」
「ちょ、タバサっ!?」
「なんて若作り、ぐっ!?」

余計なことを言ったショウにリリスの拳が飛ぶ。一方ヤンは礼儀正しく口を噤んでいた。
リリスの外見はどう見ても10代の少女にしか見えない。自分の実年齢をばらしたタバサに食って掛かっている様子をみても、誰も二十代半ばとは思わないだろう。
物腰だけとれば至って涼しい顔をしているタバサのほうが上に見えるのではないかと言うくらいだ。
一方きょとん、としているのはキュルケである。

「え? だって彼女はエルフでしょ? 私たちより寿命が長くて当然じゃない。むしろ思ったよりも若いって言うか……」
「へ?」
「なんの話です?」

ハテナマークを浮かべた三人の疑問にリリスが答える。

「ああ、タバサと話してて分かったんだけど、こっちのエルフと私達の所のエルフは違うみたいなのね。
 こちらではそうだし、私たちのところでも昔はエルフは長い寿命を持っていたみたいだけど、今は殆ど人間と変わらないのよ。それと私は若作りじゃなくて本当に若いの。ショウ君はそこらへん留意するように」
「いや、俺より10歳も……むぐっ?」
「落ち着け、ショウ君! いくら君がマスターレベルの侍でも女性に年齢と体重の話題を振るのは自殺行為だ!」

経験者は語る、であった。実際、無理矢理に口を閉じさせなければリリスの鉄拳がまた炸裂していた所である。
とは言え、何度も殴られっぱなしではさすがにショウもいい気はしない。頬をさすりながらこの暴力的なエルフの司教を半目で睨む。

「にしても、振りは鋭いわ狙いどころは的確だわ、リリスさんは司教や僧侶より戦士の方が向いてたんじゃありませんか」
「ちょっと、ちょっと!」

ショウの話をヤンが慌てて遮ろうとする。しかし当のリリスはまた怒るかと思いきや、なにかを懐かしむような顔になっていた。

「ふふ、昔同じ事を言われた事があるわ。エルフとしても体力がある方じゃなかったから、そうそう上手くはいかなかっただろうけど、そこさえクリアすれば結構向いていたかもしれないわね」
「はぁ」

ヤンは何となくピンときたが、やはり口を噤んでいた。昔の男の話など振って泣かれるのも殴られるのも真っ平ごめんである。一方、ショウはヤンほどには空気が読めない。

「どうせその人もリリスさんにしょっちゅう殴られてたんじゃないですか? 大体女性が他人を殴るものじゃありませんよ」
「あはは、バレちゃった。そいつもそうだったんだけど、何となくね、遠慮がなくなるって言うか気安いって言うか。そんな感じなのよね、ショウ君は」
「そんな理由でポンポン殴られたらたまったもんじゃないですね」

ショウが器用に眉を片方だけ上げ、ジト目でリリスを睨む。

「ごめんごめん。親愛表現って事で、ね?」
「知りませんね」
「(気安くなくてよかった……!)」

こっそり胸を撫で下ろすヤンであった。
それはともかく、今朝のタバサとリリスにはもうひとつ、昨日とは違う所があることにキュルケは気づいた。
普段は清潔に、かつだらしなくない程度にしか行われないタバサの身だしなみが、今朝に限っては非常に丁寧な物になっている。
髪は櫛で整えられた上で上品な小さい髪止めをつけているし、よく見ればブラウスの袖やプリーツスカートのひだもきっちりと整えられている。普段のどことなく野暮ったい雰囲気は消え、彼女本来のお嬢様然とした風情が表に現れていた。
タバサを上から下までためすがめつしているキュルケに、我が意を得たりとばかりにリリスが笑みを浮かべる。

「悪くないでしょう? タバサってこんなに可愛いのに、外見に無頓着だから」
「あ、分かる? やっぱり勿体無いわよねぇ」
「メガネを外して、薄く紅を引くだけで絶世の美少女になると思うんだけど」
「そうなのよ。眼鏡にしたって、もっとお洒落なのもあると思うんだけど、いくら勧めても興味持ってくれなくて」

そのままきゃいきゃいと女の子同士の話に突入してしまうキュルケとリリス。

「……何か逃げ出したくなって来たな」
「こう言うのを耐えるのも男の修行らしいよ、ショウ君」
「勘弁してくれ」

それなりに経験のあるヤンはまだしも、ショウには全く未知の脅威である。
やれ紅がどうの白粉がどうの、やれ流行の髪飾りがどうの大人っぽい下着がどうの、男二人にとってはなんともいづらい空間がそこにあった。当のタバサはいつもどおり無表情だったが、わずかに疲れたような印象を受けるのは果たして気のせいか。
ルイズの部屋のドアがバタン、と音を立てて開かれたのはそんなときであった。

「ショウ、着替え終ったから……って、キュルケの使い魔と何を仲良くおしゃべりしてるのよ!」
「お前な、これが『仲良くおしゃべり』という状況に見えるのか?」

どう見ても愚痴のこぼし合いである。さもなければ傷の舐め合いだ。

「あら、おはようルイズ。随分とゆっくりね」
「……おはよう、キュルケ。ええ、ちょっとそこの使い魔の態度が悪くてね」

わざとらしいほどにこやかに挨拶するキュルケにむっとしながらも、ルイズも挨拶を返す。その言い草に間髪いれずショウが噛み付いた。

「原因はお前だろうが」
「もとはといえばあんたが悪いんでしょうが!」
「はいはい、自分の部屋でならまだしも、廊下でまで騒がないの」

ぴしゃりという感じにリリスが割って入る。相変わらず(と、言ってもまだ召喚されて二日目だが)仲の悪い二人に、にんまりと笑みを浮かべるキュルケ。

「駄目よ? 主人と使い魔はこう、仲良くないと」

そのままごく自然にヤンの腕を取り、自分の胸に抱く。

「あ、わ、ちょっと、その」

二の腕に押し付けられる柔かい感触が、ヤンを容易く動揺させた。
かつての恋人はエルフだけあってスレンダーな体格をしており、メロンサイズのゴムマリのようなこの感触はヤンにとっても未知のものである。
女性の体型に関する好みは色々あろうが、女性の体の柔かさにはそういった個人の趣味嗜好を超越して男の本能を直撃する何かがあるのだ。
それはさておき、そのキュルケの挑発に使い魔との関係と体型、二重の意味でルイズはコンプレックスを刺激される。ちなみに比重としては後者の方が大きい。
が、今日に限ってはやられっぱなしでいる理由がない事を彼女は思い出した。何せ使い魔とは『メイジの実力を見たければ〜』と言われるほどメイジの格に直結する存在なのであるからして。

「ふふん、そんなのこれから仲良くなれば済むことよ! 少なくとも使い魔の強さ自体は完全に私の勝ちなんだからね! キュルケの使い魔なんか、大きな体してる割にショウに一撃で倒されちゃったし!」

ない胸を精一杯張るルイズ。昨日の一幕を見る限り、明らかに彼我の使い魔の実力には差がある。
ショウは渋い顔をしているし、ヤンは気まずげに笑ってるがそんなもの知った事かと言う気分だった。
一年間煮え湯を飲まされてきた相手に対する意趣返しの季節到来なのである。
メイジとしても貴族としても女としても何度も屈辱を味わわされた不倶戴天の敵、恨みはらさで置くべきか、な一日千秋のこの思い、臥薪嘗胆の日々が今報われるのである。
だがルイズの思惑とは裏腹にキュルケ本人はけろっとしていた。

「まぁやられちゃったけど。別にいいわよ、リリスのおかげで生き返っちゃったんだし」
「ぬ……それにショウやリリスと違って魔法も使えないそうじゃない」
「人間、別に魔法だけが全てじゃないわよ。少なくともゲルマニアではね」
「ぬぬぬ」

ちなみにこれは負け惜しみでもからかいでもなく、割と本気でキュルケはそう思っている。
魔法至上主義、貴族至上主義のトリステインではありえない発想だが、そこらへんはやはり良くも悪くも新興国家であるゲルマニアの出身者らしいといえよう。

「ショウは下級だけど貴族よ! 騎士なんだから!」
「ヤンだってもう少しで王様の近衛隊に取り立てられる所だったって聞いたわよ」
「う……ヤ、ヤンよりショウのほうが可愛いもん!」
「おい」
「ああら、ショウ君が可愛いのは事実だけど、ヤンには大人の魅力があるわ。太かったし硬かったし撃ちっぱなしだったし」

言うに事欠いたルイズと仏頂面のショウを楽しげに眺めつつキュルケが放った一言に、ぼっ、と火がつきそうな勢いでルイズの顔が真っ赤になる。

「ふっ! 太いって何がよっ!」
「お子ちゃまには判らない大人のは・な・し♪」
「キーッ!」
「ほーっほっほっほっほっほ! 話はそれだけかしら? それじゃ朝食の時間なので御免遊ばせ」
「じゃ、じゃあショウ君、また後で」
「……ああ」

ヤンを引き連れて悠然と立ち去るキュルケ。
地団太を踏んでそれを見送るルイズを、ショウが冷めた目で見ていた。

「悔しい! なんだかとっても悔しい! あの性悪のゲルマニア女っ!」
「ま、俺とヤンさんの優劣はともかく、キュルケさんとお前じゃ明らかにあっちの勝ちだな」
「うるさいっ! 私のどこがあいつに負けてるって言うのよ!」

主に胸、などとショウは言わない。思っても言わない。侍と言うのはそういうものなのである。別に口に出したらルイズと後ろの二人(多分不確定状態では三人とも同じグラフィック)に袋叩きにされるからなどという理由ではないのだ。多分。
と、いきなりすたすたとタバサが歩き出す。

「ちょっと、タバサ?」
「食事の時間。急がないと間に合わない」
「あ、もう! それじゃね、ショウ君、ルイズちゃん」

早足で歩くタバサを小走りでリリスが追いかけ、廊下にはルイズとショウだけが取り残された。

「……で、どうする。行かないのか」
「行くわよっ!」




「はい、あーん」
「あ、あーん」

美人の恋人に甲斐甲斐しく食事の世話を焼いてもらうという、男なら一度は味わってみたいシチュエーションにありながら、ギーシュは生きた心地もしないでいた。
別に今こうして世話を焼いてくれているモンモランシーが嫌いというわけではない。むしろ好きだ。塔の上から学院中に彼女に対する愛を告白してもいいくらいには好きだ。
実の所顔立ちやスレンダーながら出るところは出ている体型、金髪の巻き毛からちょっとヤキモチ焼きの性格に至るまで、彼女はギーシュの好みにクリティカルなのである。
そのモンモランシーが潤んだ瞳、上気した頬、満面の笑みで自分を見つめてくれている。
昨日タバサの召喚したエルフから身を呈して彼女を守って(別に実際に戦ったわけではないが)からと言うものの、ずっとこんな調子であった。
正直、嬉しい。嬉しいのだが……それを素直に喜べない自分もいる。ぶっちゃけケティとの浮気がバレるのが怖い。
幸せの高みに昇れば昇るほど、落下した時のダメージは大きい。正直今のギーシュの心境は、十三階段を登ってゆく死刑囚のそれと大差なかった。

「あ……」

そしてデザートの最中。ケティと目が合った。
ギーシュとおしゃべりしようとでも考えていたのか、それとも単なる偶然か、こちらに向かって歩いて来ていた彼女がその場に立ちすくむ。
呆然とした、信じられないという表情。その瞳に見る見る涙が盛り上がる。次の瞬間、ケティは両手で顔を覆い、身を翻して走り去った。
思わず立ち上がりかけたギーシュを、モンモランシーの声が押し止める。

「どうしたの、ギーシュ?」
「あ、いや、その。ちょっとおかしな子がいたから……あいてっ」

モンモランシーの指がギーシュの脇腹をつねった。

「ねえギーシュ? 男の子なんだし、他の女の子をちょっとわき見するくらいはいいけど、ずっと私の側にいてくれなくちゃやぁよ?」
「あ、ああ。勿論だとも。僕は二度と君のそばを離れるものか!」
「ああギーシュ、私嬉しいわ!」

感極まったか、モンモランシーがギーシュに抱きつき、胸に顔を埋める。

「ギーシュ、大好き……」
「おお、モンモランシー! まるで君は草原に咲き乱れる野薔薇の花畑のようだ! 赤い薔薇のような頬、白い薔薇のような肌、青い薔薇のような瞳、黄金の草原のような髪! どんな宝石を削り出した所で君の美しさを再現することは出来ないだろう!」
「ああ、ギーシュ……」

無論臭いセリフを連発しつつも笑み崩れる彼は、自分が今人生の墓場に片足、ひょっとすると腰あたりまで突っ込んだ事には気がついていない。
まぁ、薔薇が花壇から摘まれて一人の女の子だけの物になったのだとしても、それはそれで花の幸せではあろう。どうせ摘んでくれる人も少ないことだし。

一方モンモランシーはギーシュの胸に顔を埋めたまま、横目でケティが走り去った廊下を見ていた。
正直、ギーシュが下級生の誰かとも付き合っていることなどとうに知っていた。女の子の噂話は風竜の翼よりも早い。
泣きながら駆け去ったケティのもう見えない背中に、ふっ、と笑みをひとつくれてやってから再び満面の笑顔を上目遣いにギーシュに向ける。
昨日までの彼女なら彼を冷たい目で睨んでワインを頭から注ぐ位の事はしたかもしれないが、何しろ今の彼女は勝者である。持てる者である。心の余裕が違う。
すでにケティは敗者であり、持たざる者だ。完璧な勝利を収めた今、慈悲や哀れみを掛けてやることはあっても、わざわざ嫉妬や憎しみをぶつけるほどの相手ではない。
そんな敗残者にかかずらってる暇があったら手に入れた幸せを満喫している方が楽しいに決まっている。
そう、今モンモランシーは幸せであった。



シエスタが泣いている貴族の少女に出会ったのは、食堂のナプキンを取りに行った帰りのこと。本塔脇の人のいない広場の壁際、彼女は蹲って泣いていた。

「あの、貴族様……どうかなされましたか?」

何度か呼びかけて、ようやくケティはシエスタの存在に気が付いたようだった。
涙と鼻水でぐしょぐしょになったその顔を、ハンカチで丁寧に拭いてやる。

「そんなありさまでは、折角の綺麗なお顔が台無しですわ」

ふと故郷の村を思い出す。泣いている妹や弟の顔をハンカチで拭いてやるのは、長女である彼女の役目だった。そうしている内に、突然ケティが抱きついてきた。そのままシエスタの胸に顔をうずめ、また激しく泣き始める。
やれやれ、これじゃ私の弟たちのほうが手がかからないなぁ、と思いつつシエスタはしばらくの間その頭を優しく撫でてやった。

「落ち着きましたか?」
「うん……ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ。悲しいときには泣くしかないんです。それ以外何も出来ない時もあるから」
「……そんな言葉、どこで覚えたの?」

平民らしからぬ洗練された物言いに、ケティは興味を引かれた。まじまじとその顔を見詰める。
わずかにウェーブの掛かった黒い髪、緑色の瞳。ややそばかすが目立つが人をホッとさせるような可愛らしさ。貴族の顔立ちではないが、さりとてどこか平凡な田舎娘のものではない。

「子供の頃死んだ、ひいおばあちゃんがそう言ってたんです。祖父が事故で死んだ時、悲しければ泣いていい、それ以外何もできないときもあるのだから、と」
「そうなの……含蓄深い言葉ね」
「でもその前に『全力を尽くさない人間は泣く資格もない。一生懸命頑張ってこそ道は開けるのだから』とも言ってましたけど」
「ふふ、それもその通りね。私は、どうだったのかしら。一生懸命頑張っていたのかしら」

ぽつり、とケティが呟く。その表情からは何も窺えない。
シエスタが黙っていると独り言のように呟き始めた。

「私ね、ある先輩が好きだったの。一緒に遠乗りしたりして、楽しかった。でもその先輩には他に好きな人がいて、もう私の入り込む余地なんかこれっぽっちもなかったのよ」
「それ、私のひいおばあちゃんと同じですね」
「え?」

ケティが振り向く。
シエスタは懐かしそうな顔になっていた。

「私、ひいおばあちゃんの初の曾孫だったから、可愛がってくれて。内緒だよ、って私だけに教えてくれた話があるんです」

ケティは無言で続きを促す。

「昔、ひいおじいちゃんと結婚する前にある人を好きになったんだそうです。でも、その人にはもう大切な人がいて、相手の人もその人の事をとても大切に思っていて。自分が割り込む隙なんてない、と思ったから何も言わないで身を引いたんだそうです。
 その後幼馴染で、小さな頃から一緒だったひいおじいちゃんと結婚して、幸せだったって言ってました。ずっと私の事を守ってくれたんだって。だから、多分ケティさんにも意外な身近にそんな人がいたりするのかもしれません」
「……そっか、そうかもね。ありがと、少しは気持ちが軽くなったわ。私はケティ・ド・ラ・ロッタ」
「シエスタと申します。それでは仕事がありますのでこれで」
「お礼といってはなんだけど、何かあったら私なりに力になるから」
「勿体無く存じます」



ちなみにこう言った三文芝居が繰り広げられていた頃、我らが主人公たちが何をしていたかと言うと。

「(猛烈な勢いで咀嚼中)」
「……下手に見ると食欲無くすわね……」

「はい、あーん」
「ひ、一人で食べられますからっ!」

「…………」
「…………」
(ああっ、いいよルイズ、この剣呑な雰囲気、いい、いい、いぃぃぃぃっ!)

概ね昨晩と変わりはなかった。





エルフ。ラインクラスの火の呪文を扱う凶暴な剣士。殺しても死なぬ不死身の亜人。
すでに学園中を噂となって駆け巡るそれらに内心怯えながらも、ミセス・シュヴルーズは新学期最初の『土』の授業に毅然とした態度で臨んだのだが、些か肩透かしをくっていた。
教室がやけに静かだったのは気になるが、三体……いや三人と言うべきだろうが、彼らはいずれも大人しくしており、またそれなり以上に理性的に思えた。
特にリリスというエルフの使い魔(耳は見えなかったがまちがいないだろう)は熱心に自分の授業を聞いている。そうなると現金な物で、講義にも次第に熱が入ってくる。
熱心な生徒を愛さない教師はいないとばかりに、シュヴルーズは次第にこのエルフが気に入り始めていた。興味なげに頬杖を突いているショウと、眠気に負けて寝ているヤンはすでに彼女の視界に入っていない。
錬金の魔法を実演してみせた時のリリスの反応に深い満足を覚えつつ、シュヴルーズは生徒に実演をやらせてみることにした。
教室を見渡すと、ピンク色の目立つ髪をした少女――確か教師の間でも度々話題になる問題児――が、右側を睨みつけているのが目に入った。
その視線の先では小太りの少年――ええと、たしかマルッコイ・ド・グランドデブ?――がくねくねと悶えている。そっちの方を見ていたくなかったので、シュヴルーズは実演にルイズを指名した。

「危険です、ミセス・シュヴルーズ!」

その後はまぁ、

「失敗を恐れていては何も出来ません。やってごらんなさい、ミス・ヴァリエール」

例によって、

「やります」

例の如く、

「ショウ、ヤン! 机の下に隠れていなさい!」

爆発が起こり。

教卓を粉々に粉砕してシュヴルーズとルイズ本人を黒板に叩き付け、加えて教室を半壊させたのだった。



「ルイズ!」

爆風が教室を揺らした次の瞬間、ショウが顔色を変えて飛び出した。
気に食わないとはいえ主は主。いやそれ以前に、幼くして戦場で生きてきたとはいえ、誰かを見捨てておけるほど彼は冷たい人間ではなかった。焼き討ちによって母を失った事の影響も、あるいはあったかもしれない。
巻き上がった粉塵から片手で目を守りながら、きっかり2秒でルイズの元に辿り付き、抱き起こす。煤で真っ黒、服はズタズタで白い肌が露出してはいるが、目立った外傷はない。
リリスを呼ぼうとした時、その眼がぱちりと開いた。

「ルイズ、しっかりしろ! 俺が分かるか!」
「大丈夫、怪我はしてないわ。一人で立てる」
「大丈夫ってお前、あれだけの爆発に巻き込まれて……」

ショウの手を払って、危なげなくルイズが立ち上がる。その動きに危うさはなく、本当にダメージが残ってない事を見て取ってショウは言葉を途中で止めた。

「本当に大丈夫よ、ちょっと失敗しちゃっただけだから」

ルイズの口調に怪訝そうに眉を寄せる。だがショウが何かを言うより早く、巻き込まれた生徒達が爆発した。

「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」

ルイズはブーイングを物ともせず、倣然と肩をそびやかす。ショウはそんなルイズを少し見た後、溜息をひとつついてもう一人爆心地に居たのを思い出した。
脈を取り、体をあらためる。ルイズと同じく大きな外傷はないようだったが、頭を打ったのか意識が戻らない。
今一度リリスを呼ぼうとしたところで、ルイズに対するブーイングがいっこうに収まらず、それどころかむしろエスカレートしている事にショウは気づいた。
中には聞き過ごせないレベルの侮辱もあったが、ルイズは無言でしかし倣然と胸を張り、それを正面から受け止めている。
その唇は固く結ばれ、顔からはおよそ表情というものが窺えない。ショウは知っていた。理不尽に対して耐える事しかできぬ時、人は無表情の仮面を被るのだ。涙をこぼさないために。
それは、かつてショウが常に被っていたそれと同じものであったから。

「やかましいぞ貴様ら!」

気が付くと、ショウは背中の剣に手を掛けて怒鳴っていた。一気に教室が静かになる。
なにせラインクラスの火の使い手である上に言わば"凶状持ち"、しかも剣は達人(マスター)級だ。
大部分を占めるドットメイジはもちろん、一応同等のはずのラインクラスのメイジでも面と向かって無礼を咎めるほど勇気のあるものはいなかった。
できるとすればトライアングルであるキュルケとタバサ位のものだっただろうが、勿論両方ともそんな気はない。それどころかキュルケなどは実に面白そうな顔をしている。
ショウは静まり返った教室を見渡し、タバサの横でいまだ唖然としているリリスを見つけると、名前を呼んで足もとのシュヴルーズを指差す。小走りでやってきたリリスにシュヴルーズを任せ、ルイズに向き直った。

「とりあえず着替えて来い。わざわざこんな連中の相手をしてやることもないだろう」
「……そうね。あなたはここで待っていて」

ルイズと入れ替わるようにコルベールがやってきて、午前中は自習であること、ルイズは罰として教室の片づけをやっておくべきことを告げた。
その視線がふと、ショウの左拳で止まる。

「おや? 君のその左手に刻まれているのは使い魔のルーンかな?」
「これですか? ルイズの説明によるとそのようですが」
「ふむ、珍しいルーンだね。ちょっと写させてくれ」

手早くスケッチをした後、それでは、と言ってコルベールは立ち去った。生徒たちも降って湧いた自由時間に笑みを浮かべながら教室を出ていく。
リリスの治療呪文・大治(ディアルマ)で息を吹き返したシュヴルーズもリリスに礼を述べ、ショウにはルイズへの励ましを言付けて次の授業へ向かった。

「キュルケさん、タバサ。ひとつ聞きたいことがあるんですが」
「なにかしら?」
「大体見当はつく」
「まぁね。で、何かなショウ君」
「ルイズは魔法が使えないんですか?」
「使えないわね」

ごくあっさりとキュルケが答える。

「ああ、でもサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントは使えたのよね、君を使い魔にしたわけだから」
「しかし他の魔法は失敗続き、と」
「そういう事」
「ねえタバサ、私たちの世界ではそういう事はないんだけど、こっちの魔法って失敗するとあんなふうに爆発するの?」

先ほどから考え込んでいたリリスがここで口を挟んだ。
キュルケはまさか、という風に肩をすくめ、タバサはゆっくりと首を横に振る。

「爆発を起こすのは彼女だけ。そもそも失敗して爆発が起こるなんて事、聞いたこともない」
「つまり爆発を起こすのはルイズだけって事か」
「その通りよ」

その場の全員が教室の入口を一斉に振り向く。手早く着替えを終えて戻ってきたルイズが、不愉快そうに顔をしかめていた。

「そうよ、悪い? 簡単なコモンマジックであろうと系統魔法であろうと、私が使うとみんなみんな爆発するのよ。ルーンの詠唱も杖の振り方も間違っていないのに」

顔は不機嫌そうだが、声はどこか抑揚がなかった。先ほどのルイズの表情と同じだ。感情の奔流を抑えるために、無感情という蓋で押さえ込んでいる。

「シュヴルーズ先生が『これにくじけず、精進なさい』と言っていたぞ。いい先生じゃないか」
「そう」
「なんだ、らしくないな。まぁたかが魔法だし、使えなくてもどうって事はないが」

あちゃあ、とキュルケが頭に手をやった。
実の所、ショウは侍という魔法戦士たるエリートクラスでありながら、魔法を使ったことが一度もない。召喚された時の小炎(ハリト)が掛け値なし、生まれて初めての魔法行使である。
別に含むところがあるわけではなく、単に『魔法に頼った戦いが好きじゃない』『性にあわない』という程度の理由であったのだが、結果としてルイズとのこのすれ違いは最悪の結果を引き起こした。

「うるさい!」

いきなり引っぱたこうとしたルイズの手を受け止めて、ショウはギョッとした。ルイズの目から、ぼろぼろと涙がこぼれている。

「あー、あのね、ショウ君。ゲルマニアではそうでもないんだけど、こっちでは基本的に貴族イコール魔術師で、魔法を使えることが言わば貴族のアイデンティティなのよ。そして貴族としての家格が高ければ高いほど、優秀なメイジであると言う事になってるの」
「そうよ。そして名門中の名門、ラ・ヴァリエール公爵家の三女でありながら魔法が一切使えない落ちこぼれメイジが私なの! ゼロのルイズなの!
 お父様も! お母様も! 姉さまもちい姉さまもとても優秀なメイジなのに、私だけなの! 魔法が全然使えないのよ! 子供の頃からずっとずっと頑張って勉強して、それでも全然魔法が使えなくて!
 お父様もお母様も、屋敷の使用人ですら、ああ可哀想な子だなぁって目で見るのよ! ずっと!」

ルイズの手を掴んだまま、無言でショウはルイズの独白を聞いている。

「私の気持ち分かる? 分からないでしょう!? あんたみたいな強くて、魔法も使えて、それが大した事じゃないなんて言えるような、そんなエリートに分かるもんですか!」
「……分かるさ」
「何が分かるって言うのよ!」

もはや泣いているのか怒っているのか分からないような態でルイズが怒鳴った。ショウは淡々と言葉を紡ぐ。

「俺だって大差ないさ。妾腹でしかも末子。継母に疎まれ召使にも隔意を持たれてずっと家中の厄介者扱い。父親は手をつけた女を引き取ったはいいが放りっぱなしで、俺と言葉を交わすのは剣の教授の時ぐらい。味方は死んだ兄上だけだった」
「……それでもあんたはいいじゃないの。才能があって、そこまで強くなれて。私だってそんな、スクウェアとかトライアングルじゃなくたって良かったのよ。ドットでいい、まともに魔法が使えるようになりたかったのよ!」

血を吐くようなルイズの叫びを、ショウは、あくまで真剣な表情で受け止めた。しばし無言で見詰め合った後、ショウが口を開く。

「気が変わった。お前の使い魔を、しばらくやってやってもいい」
「へ?」

ぐしょぐしょになった顔で、ルイズが間抜けな声を漏らす。目の前の使い魔が何を言っているのか理解できていない。

「聞こえなかったか? お前の使い魔をやってやってもいいと言ってるんだ」
「何を言ってるのよ!? あなたはもう私の使い魔でしょ!」
「仮のことだ。当てがあったらすぐここを出て行くつもりだった」
「〜〜っ!」
「だが、今は違う。お前の使い魔をやってやってもいいと言っている」
「ど、どういうことよ?」
「お前の知ったことじゃないさ」

素っ気無く答えるショウ。もっとも、頬を染めてそっぽを向いているので照れているのはバレバレである。
それをしばらく見つめていたルイズも、ぐしょぐしょの顔のままそっぽを向く。

「い、いいわ。そう言うならあなたを私の使い魔にしてあげる。感謝しなさい」

互いにそっぽを向いたままの、ルイズの顔をリリスがハンケチで拭いてやる。
しばらく、なんとなく口を開きづらい雰囲気が生まれていた。

「……何か?」

そっぽを向いていたショウが不意に振り向いた。
その視線と、不自然なまでににこやかなリリスとキュルケの視線が真っ向からぶつかる。にやにやとリリスとキュルケが視線を交す様子に不穏な物を感じてショウが半目になった。

「別にー。ただ、ショウ君はいい子だなーって思って」
「お願いですからその可愛いものを見るような視線はやめてくれませんか」
「はーいはい」
「頭を撫でるのも止めてください!」
「いいじゃないの、本当のことなんだから」
「キュルケさんもっ!」

頭を撫でまわすリリスとショウを抱きしめようとするキュルケの二人をいささか乱暴に払いのけ、ショウがむっつりした顔で二人を睨む。もちろん、二人の視線には全く変化はない。

「ツェルプストー、私の使い魔に何やってるのよ!」
「あら、今泣いた鴉がもう怒ったわね」
「いい、ショウ? このキュルケには注意しなさい。コイツの家系は先祖代代色ボケ揃いなのよ。
 キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、わたしのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったし、ひいひいおじいさんは、キュルケのひいひいおじいさんに、婚約者を奪われた!
 ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんか奥さんを取られたのよ! この女のひいおじいさんのマクシミリ・フォン・ツェルプストーに! いや、弟のデゥーデイッセ男爵だったかしら……」

取るほうも取るほうだが、取られる方も取られる方じゃないのか、とショウは思ったが、さすがに今回は胸のうちに収めておく。彼もたまには空気を読むのだ。

「あ、ところでダーリンは?」

ルイズの剣幕も馬耳東風、先ほどからヤンがいないことに気づいたキュルケがあたりを見回す。
その袖をくいくい、とタバサが引っ張った。

「机の下。死んでる」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
「リリス」
「あー、はいはい、任せておいてね」

あの時、ヤンはキュルケによって机の下に引っ張り込まれたはいいが、寝ぼけて身を起した瞬間、爆発で飛んで来た破片をこめかみにクリティカルヒット気味に喰らい、あっさり即死していた。
幸いと言うべきか当然と言うべきか、リリスの還魂(カドルト)のおかげで今回も消失(ロスト)はしないで済んだが。
その後、リリスの提案で全員で教室の掃除をした。普段のルイズだったら「ツェルプストーの助けなんかいらないわよ!」と咆えたかも知れないが、気力を使い果たした上に内心未だに恐怖を抱いているリリスの発案と来ては、抵抗する気にもなれなかったようである。



滞りなく掃除を終らせ昼食を終えた後も、6人は何となく一緒にいた。ルイズもショウも普通に談笑しているのだが、互いに話し掛けはしない。そんな所がリリスやキュルケからすれば「かわいい」のだろうが。
そうこうしている内に鐘が鳴った。午後の授業の合図である。見ればすでに食堂に生徒は少なく、残った生徒も今の鐘を聞いて次々に席を立っている。
ルイズも教室に行こうと立ち上がり、はっとした顔になる。

「いけない、筆記用具『土』の授業で駄目にしちゃったんだ。予備とってこないと!」
「思い出すのが遅いんだよ! 急げ!」

走り出そうとしたルイズが、むっとして足を止めた。自分の後ろで同じように立ち止まった使い魔に向き直り、指を突きつける。

「そう言えばショウ、あなたに言っておくことがあるわ」
「なんだ?」
「私を主人と認めたなら敬語を使いなさいよ。しかも年上なのよ!」
「俺は使い魔ではあるが家臣じゃない。敬語を使って欲しかったら相応しい主君になることだな」
「うぬぬぬぬぅ」

涼しい顔で受け流すショウ、歯軋りするルイズ。それでも。

「ま、すこしはマシになったかしら?」
「一歩前進」
「また喧嘩しそうな気もするけどなぁ」
「いいのよ、それでも」

自室へ小走りに急ぐルイズとショウを見て、キュルケは楽しげに断言した。




さあう"ぁんといろいろ 第二話『不仲』 了





支援・感想ありがとうございました。支援頂いた皆様の中から抽選で一名さまに『召喚の書』をプレゼント。発表は発送をもって代替させていただきます(ぉ
初期バージョンショウは微妙にツンデレだと思う次第。でもこの話のショウはどことなくやさぐれているような……反抗期かな?(爆)
一方リリスの頭ですが、無印でエリスが最初やっていたのと同じ(ただし脇に布をたらして耳も隠している)ような感じと思ってください。
ではまた。最近修羅場なのでまた忘れた頃に投下すると思います。

 

 



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