「………宜(よろ)しいのですか?」

 「…………」

 「ですが…………」

  広い室内は薄暗く、様々な計器が発する光は弱々しく、一際強い光で彼と彼女を浮

 かび上がらせていたのは、メインモニター上で繰り広げられる、幾条もの輝線と爆裂

 光。


  双方のグラビィティーブラストが飛び交い、巧みな軌道修正でかわす。

  回避不能な攻撃もディストーション・フィールドで逸らし、直撃を逃れる。

  位置を変え、岩塊の隙間からの精密な集中攻撃が、戦艦を沈める。

  五千キロ先の宙域で行われている戦闘。

  戦闘中の艦船の探知可能領域にも拘らず、こちらの存在は未だ知られていない。

  白を基調とした戦艦二隻とそれに数十倍もの規模を持つ艦隊との戦い。

  多勢に無勢にも関わらず、二隻は善戦しているが……時間の問題だろう。

  明らかに二隻には荷が重すぎる…………と言って彼らが参戦したとて、数の劣勢が

 くつがえる訳でもない。

  戦場に英雄は必要ない、火力と数が全てを決する。

  無謀な賭けは無駄死しか生まない。

  何をしても無駄ならば何もしない方がいい…………のかもしれない。

  円錐状の形状を成(な)した艦が直撃を受け木星大気圏への落下軌道に入り戦線を

 脱落する。


 「見殺し……ですか?」

  彼に何を期待しているのか……二隻が三隻になろうと結果が覆ろうはずも無い。

  それでも彼女にとって見過ごせなかった、なぜなら…………

 「…………」

  男は沈黙を守り微動だにしない。


  選択の時間は残り少ない…………もう一隻に攻撃が集中し、直撃した。

  先の艦の盾になるように回り込み、敵艦隊に向き合う位置に入った為だ。

  ただでさえ、劣勢であるのに…………

  新たな光が瞬く。

  あの船には敵艦隊の攻撃をしのげる力が有る様には見えない。

  あるのは全滅までの時間稼ぎ程度だ。

  集中したグラビィティブラストの負荷にディストーションフィールドが耐えられる

 はずはない。

  彼らの命運は尽きた…………のか?


 「くっ!」

  男は苦悶の表情を浮かべ何かを振り切る。

 「偽装解除、艦隊へ向けて回頭。出力20%で前進、彼女の盾になる!」

  空間が歪み、現れる漆黒の船体。

  突然出現した所属不明艦に動揺し、一部がこちらに進路を変える。

 「はいっ!」

  女性は満面の笑みを浮かべた。

  あの船を助ければあの人がいる……彼の大事なあの人が。

  あの人の話をする彼の表情がとても好きだった。

  彼に対する好意がそれが最初から組み込まれていたプログラムだとしても、今の自

 分は彼が好きだった。

  たとえそれが彼の心に届かない思いでも。

  彼女にとってはそれが全てだった、だから残り少ない時間を彼の為に尽くす。

  あの人に逢う事で昔の彼に戻ってくれる事を願って…………



  公文書開示番号1222145

  2207年11月3日、木星アステロイドベルト2Aー46において未確認艦隊に

 よる戦闘あり、当該宙域管轄木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星

 国家間反地球共同連合体所属、第七機動宇宙軍154部隊戦艦『如月』が急行。

  以下は同艦艦長ヤマガタ・ヨシサダ少佐の肉声による報告。

 『我が艦隊が現場に急行した時既に遅く、戦闘は終了していました。

  調査班の報告によりますと大規模な戦闘の余波によって乱れた磁場の観測から少な

  くとも12分艦隊の規模相当だと思われます。

  我が艦が戦闘の報告を受けた直後、現場宙域において大規模なボゾン粒子反応が観

 測された事から、未確認艦隊による跳躍が行われたと思われます。

  しかし、各コロニーに大規模な跳躍の記録は無く、追跡はできませんでした。

  その為、引き続き哨戒任務を続行しました。

  尚、未確認艦隊と交戦していたと思しき艦の被弾した装甲片を回収しました。

  製造番号を照合したところ地球連合宇宙軍所属ナデシコCと判明しました。

  もう一隻同型艦と思われる装甲片を回収しましたが、当該船舶無し。

  破片の散乱と流動状態から被弾の後、木星への落下したものと思われます。

  エウロパ観測所より木星大気圏内において、戦艦規模の質量を伴う爆砕を確認す。

  位置と経過時間から同艦と推定、生存は絶望視の見解。

  以後、周辺宙域半径2万キロを探索するも生存者は発見できませんでした』


  報告書を聞き終えた男は深いため息をついた。

  ヨレヨレの背広に薄汚れたスラックス、テンガロンハットを深く被り、再生の終わ

 ったメモリースティックを再生機から引き抜き、懐にしまいこむ。

 『火星の後継者』事件から30年近くが経過していた。
  
  ホシノ・ルリ、高杉三郎太、マキビ・ハリの三名は名誉の戦死扱いされ、今では

 一部の雑誌の片隅へたまに過去の功績についての記事が載るだけだ。

  当時は地球・火星・木星の各メディアで特集を組まれ騒がれたのは今は昔。

  今では誰も口にしない、時間が彼らの存在の証(あかし)を消し去っていく。

  『電子の妖精』『白き妖精』と呼ばれた可憐な少女。

  最強の戦艦と共に『火星の後継者』事件を実質、一艦のみで治めたアイドル。

  ホシノ・ルリ。

  俺はあの時から彼女の虜になっちまった。で、今だ独身を貫き通している。

  除隊後、フリージャーナリストに転向した俺は当時の資料を調べなおしている。

  消えた艦隊…………俺は統合軍と木連上層部の放った謀殺艦隊だったのではないか

 と睨んでいる。

  『火星の後継者』事件終結後、湧き上がったIFS強化体に対する危険視論、議会

 は揉めに揉めたが結局、監視強化に留まったはずだった。

  だが、彼らには邪魔だったに違いない。

  火星全域を掌握した彼女の能力がいつ自分達に伸びるのか、戦々恐々とした者もい

 ただろうし、日を追う事に高まる人気は彼らにとっては目の上のタンコブだったのか

 もしれない。

  当時、様々な理由が囁かれたが、どれも真実に近づけなかった。

  軍は殊更に情報の開示を拒み、有力な情報を握っていると思われたネルガルも

 閉じた貝の蓋状態だ。

  皮肉だよなぁ、優れた能力、ワンマンオペレート艦実現の為に生み出された存在。

  望まれ誕生し、疎まれ迫害された存在。

  資料が足りねぇ。早いとこ皆が忘れちまわねぇ内に突き止めてやらねぇーとな。


  2217年5月。穏やかな陽光に照らされた小高い丘にある集合墓地。

  その一角に建立された墓。

  多くの者は彼らの生存を信じたものの、軍部は彼らを英雄へと奉り形を整えた。

  ここには何も無い、だから俺が真実を葬り去った奴らの企みを暴き、事実を公表し

 まやかしを埋葬してやろう。

  男の決意を応援するように穏やかな風が吹き抜けた。


『本当のあなたが知りたい』

  

一.


  夕暮れに染まる稜線、後に軍事クーデーターとして処理される爆破事件。

  2185年7月30日。長い一日がもうすぐ終わる。

  二人が駆けつけた時、病院はいつもより混んでいた。

  例の爆発に巻き込まれたらしい人々が次々と搬送されていく、しかし、思ったほど

 大怪我をした者はおらず、ルビアは少し安心した。

  父親からの緊急通話。アキトが空港のテロに巻き込まれ運び込まれたという事。

  でも、付き添いの家族らしき人々から漏れてきた内容では空港は爆発しておらず、

 せいぜい激しい揺れに足を取られ転んで怪我をした者が大半らしい。

  だからと言って全面的に安心できるものではないが、ナースステーションで教えら

 れた階は一般病棟だし、面会謝絶でもなかった。

 「大丈夫だよ、きっと」

 「そうだね」

  少し前からラピスの返事はこんな感じだった。心ここにあらず、といったところか。

  大好きなお兄ちゃんが病院に運ばれたので動揺しているのだ、と思ったけどそうで

 もないらしい、とにかく仕草がおかしい。

  虚空を見つめて笑ったと思ったら、誰かと会話しているように時々頷く。

  ルビアは段々不安になってきた。

  アキトの病室にたどり着き来訪を告げると、室内から返事がありドアが開いた。

  室内には父と空港で父と話していたおじさんがいた。

 「おや?ラピスちゃんが来られたようですね。では、私はお暇(いとま)

    をさせて頂きます。それではペイさん、例の件くれぐれもよろしく頼みます」

 「任せてください。ヤマモトさんもあの件の方をよろしく」

 「はい、期日には必ず。では」

  二言三言父と話した後、ヤマモトさんは部屋を後にした。

 「お父さん!アキトの容態は?」

  ベッドに寝かされたアキトは安らかな寝息をたて眠っている。

  外傷は見あたらないが、シーツに隠された身体の方はどうだろうか?

 「今は眠っている。大丈夫、大事に至る怪我はしていない。ただ、精神的に疲れ

  たのだろうね。身体の方も疲れているみたいだから、今は睡眠が特効薬なんだよ」

  父の言葉はルビアを安心させるに足るものだった。

 「良かった」

  本当に心配した。心なしかラピスの表情も明るくなった気がする。

  まだ、いつもには程遠いけどね。

 「さぁ、それはどうかな?………それはそうとラピスちゃん。

  お父さんかお母さんの親戚の人がどこにいるか知っているかい?」

  一瞬、笑みを浮かべ誰にとも無く呟くと別の話をした。

  おかしな聞き方だった。なぜ両親でなく親戚の話がここで出るのか。

  ラピスは少し考え込むようにして、

 「前にお兄ちゃんが言ってたけど、二人とも駆け落ち同然でここに来た

    らしいの……それで、どちらの親戚とも疎遠で連絡した事も無いって」

 「そうかぁ、じゃあ仕方が無いな」

  話を聞いた父さんは腕を組みひとしきり思案した後、

 「これから話す事はアキト君達に関わる重要な事である、と同時に私達にも

       大いに関係することだ。だから………二人ともよく聞きなさい」

  いつに無く真剣な顔。いつもの父さんじゃなかった。

 「テンカワ夫妻………アキト君とラピスちゃんの両親は亡くなった」

  一瞬、何を言われたのか分からなかった。それだけ突拍子もない事で、

 「お、お父さん!そ、それって」

 「最後まで聞きなさい。むろん、どうして亡くなったかはアキト君は知っている。だ

  が今は忘れなさい。私達ではどうする事もできない事だ。それよりもこのままでは

  適切な保護者のいないアキト君達は施設に入れられてしまうだろう。そこで、相談

  なんだが…………ルビア?」

  畳み掛ける会話。疑問はたくさんあるのに質問を許さず、ルビアに問いかけた。

 「な、何?」

 「二人を引き取ろうと思う」

 「えっ、!?えっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ?

    で、でもそれは、お母さんにも話したの?」

  そんな重要な事私達で決められないよ〜〜〜

 「…………ルチルも了承してくれると思う。ルチルの事で後でお前に話しがある」

  詰め寄ったルビアの視線を避け、窓から望む景色に目を向け語る父。

  な、何なのその間は?何を言いよどんだの?それに話って…………?

  ルビアを諭すように語り掛けたのが嘘のような笑顔をラピスに向け、

 「アキト君は了承してくれた。後はラピスちゃんの気持ち次第だが、事は急を要する

  、今は大変な事が立て続きに起こっていて混乱しているだろう。君達にとって

  決して悪いようにはしない。丁度、私達の家の隣が空いているからそこに越してき

  てもらって、食事だけでも一緒に取ろう。それ以外は干渉しない。どうかな?」

  眠り続けるアキトをよそに話は進んでゆく。

  父の申し出は破格とも言える条件だったが、

 「すみません、今はまだ……お兄ちゃんが起きて話を聞いてから、じゃ駄目ですか?」

  言っている内容はどこもおかしくないのに違和感が残る。

  取り乱すわけでもなくラピスの表情は特に変化しない。

  一気に両親を失い、兄が入院しているにも関わらず、少女の態度はどこか整然とし

 ていてこの場にそぐわない。

 「いや、突然すぎたね。…………分かった。今日は帰るよ。ナースの人に言っとくか

  らアキト君の傍についていてあげなさい。明日また来るから、その時には彼も起

   きているさ………ルビア、アキト君が心配なのは分かるが今日は帰ろう?」

  アキトの声が聞きたかったけど、今日は帰ろう。

 「うん。ラピスちゃん、また明日ね」

 「うん」

  私は父と共に病室を後にした。

  廊下を玄関に向かって無言で歩く父、話があるって言ってたけど何だろう?

  ラピスの前でできない話。ちょっと聞くのが怖いなぁ。

  正面玄関を出る。数歩先にあるベンチに座った父がルビアを手招く。

  いつになく真剣な表情、重い口が徐々に開かれ、

 「ルビア………驚かずに聞いてくれ」

  いつものおどけた口調じゃない。

 「どうしたの?」

  さっぱり分からない。

 「ルチルが…………死んだ…………爆破テロの犠牲になって」

  えっ、何を言ってるの、お母さんは皆と一緒にすぐに来るって連絡が……

 「確かに空港は比較的損傷はなかったが、運が悪かったとしか言い様がない」

  俯いた顔はどこと無く暗く、いつもの冗談ではない事がわかった。

 「と、突然、何を言うの。また、またぁ、冗談はやめてよね」

  否定しながらもどこかで認めていた、こんな深刻な顔の父親を見た事がなかった。

  父はうなだれ両手で顔を覆う。水滴らしきものがこぼれ出た。

 「本当に…運が悪かった。空港から避難中に爆風に飛ばされた破片が

  ………偶然ルチルのいた場所に落ちた。パール達は無事だったのにアイツだけが」

  そう言うと泣き崩れ大声を張り上げた。何事かと振り返る人々を気にせずに泣き続

 ける。

  パール、クォー、サファイ。ルビアの妹弟達三人はルチルと共に遅れて火星に来る

 事になっていた。

  思いのほか三人の転校手続きに手間取った為だったが、こんな事になるのなら無理

 をしてでも家族そろって来れば良かった。

  優しい母。ルビア達にいろいろな事を教え色んな物を与えてくれた母親。

  お母さんが死んだ。言葉は理解できても思考がついてこない。でも冷静だった。

  これからの事、自分が為さねばならない役割などを考えていた。

  いつも飄々(ひょうひょう)としてつかみ所の無かった父が取り乱して泣き続ける

 のを見ていると、自分がしっかりと支えなければならない、という思いが強くなる。

 「なぁ、ルビア。これからどうすればいい?…………どうすれば」

  泣き続ける父をなだめ立ち上がらせながらルビアは思う。

  どうすれば、って普通は私のセルフだよ。

  父親が取り乱した分、自分は冷静に考える事ができた。

  まずは妹弟達を向かえにいって、それから…………

  肩を寄せ合う親子は闇の帳(とばり)が落ち星が瞬く空の下、ひたすら家を目指す、

 自分達は止まる訳にはいかない。なぜなら自分達は生きているのだから。

  母の分まで生き続けよう、私がみんなを支えるんだ、と子供心に強く思った。


二.


  ルビアが部屋を出た後、ラピスは部屋の備品であるIFS端末に手を置いた。

 「大丈夫、監視装置は見つからないよ」

  両手にはIFSパターンが浮かびあがっている。

  アキトとラピスはナノマシーンの注入はしていなかった。

  だから、試さなかった訳ではなく、以前、何度かアクセスを試みたものの、IFS

 機器は反応しなかった。

  でも、今はできるような気がした…………アキトの手の甲にIFSコネクターが浮

 かび上がったあの時、ラピスの中で何かが外れる感覚があったから。

 「長い夢を見ていた」

  瞼を開け上半身を起き上がらせるアキト。

 「それはいい夢それとも…………」

  遠い過去?……いや、彼らにとっては十数年先の未来を思い出していたのか、ラピ

 スの表情は茫洋として判別できない。

 「どっちだろうな。結局、何も変わらない。親父達は死んだ」

  はずされてた関節はヤマモトが入れなおしてくれていた。

  多少痛みは残るものの動かすのに支障は無い。

  ただ、限界を超えて出し切った気力の回復がままならない現状を除いては。

 「お父さんとお母さん、やっぱり殺されたね」

  ラピスの表情が悲しげに曇り、頬を涙がつたう。

  昨日までは笑顔の絶えない、普通の少女だった。

  アキトの両親と過ごした、この何年かが確実に変化を与えたのだろう。

  以前のラピスには無かった感情が宿っている事がその表情から読み取れた。

  過去に戻った事は必ずしも不幸な出来事ではなく、ラピスにとっても自分にとって

 も決して無駄で無かった。

  そう考えているのに気付き、両親の死を当然のように受け止めている事に驚いた。

  振り返ったラピスを抱き寄せ囁く、

 「ありがとう、悲しんでくれて。俺自身は半分諦めていたのかもな」

  自身の動揺を悟られない為に…………また、ラピスを欺くのか?

 「でも…………グスッ」

  抱きしめられた事に驚きつつも、アキトの為すがままになるラピス。

 「でもあの時の俺に無かったものが今俺にはいる。ラピスがいることで

     どれだけ慰められる事か。俺一人なら…………中々立ち直れ無かった」

  そうだろうか?本当に?俺はラピスを手元においてどうするつもりだ?

 「本当?」

 「ああ」

  いままで何人にそう答えただろう?使いまわされた反射的な答え。

 「だったらいい…………」

  ラピスの髪を撫でながら考える……北辰とは決着をつけなければならない。

  だが、ラピスはどうする?……ユリカのところに行かせるか、いや駄目だ一人にし

 た所を狙って奴に拉致されれば………最悪、草壁の理想が実現してしまう。

  抑圧された木連と同じ社会、今以上に自由の無い……

  ならば、どうする? 奴の言葉を信じるなら、いや、疑うべきだが俺が奴と渡り合

 えるようになるまでは、ひとまず大丈夫か? 用心に越した事無いが…………

 「ねぇ、アキト…じゃなかったお兄ちゃん?」

  以前の呼び方に戻りかけたのを言い直して問いかける。

 「二人だけの時は前の呼び方でいい。ただ、ルビア達の前では気をつけてくれ」
 
  これからの事になるべく他人の介入は避けるべきだろう、たとえそれが友達といえ

 ども。自分達の変化を悟られて追及されるわけにはいかない。

 「うん。じゃっ、アキト。おじさんの話は受けるつもり?」

  笑顔を向けるラピス………最後に見たアイツの笑顔がダブる、眩しい笑顔。

 「一応、受けるつもりだ。今の俺達は中身はどうであれ外見は子供だ」

  それは見つめなければならない現実。

  前回は強制的に施設に入れられ、義務教育が終わると自活の為に毎日アルバイト三

 昧だった。

  ナデシコでネルガルの福祉の充実度を聞かされて悔しく思った。

  でも、アカツキの告白を耳にすれば受けなくて良かったと思う、親の仇にメシを喰

 わされる毎日が惨めに感じたからだ。

 「……本当は自分達で終わらせなければならない問題だと思う。でも、しばらくは

  皆を守れるだけの力を持つまでは、誰かの助けが必要なんだ」

  それまではネルガルを精々利用してやるさ。

 「うん!分かった……」

  小刻みに体を揺らしてラピスが笑う。

  思い悩み答えを出すまで目まぐるしく変化するアキトの表情が面白かった、からな

 のだが、当の本人であるアキトにはラピスがなぜ笑っているのか分からなかった。

 「?」

  自分を見て笑うラピスの表情がまた変わる。

 「くっ、ごめんね。でも良かった。アキトが無事で、それに…もう私の補助は

     必要ないよね。いつでも見捨ててくれていいよ、足手まといだったら」

  悲しい微笑み……元々ラピスはアキトの無くした五感の補助の為に同行していた。

  だから、健康体を取り戻した今彼女は存在意義を失った、とでも思い込んでいるの

 だろう。

  そうではない、今の自分にとってラピスはかけがえの無い存在になっていた。

  それは家族としての思い?…………それとも自分の手駒としての価値か?

 「そんな事言うな!お前は俺の妹だ。俺に構わず自分の事を第一に考えろ」

  自分の心にわだかまる泥のように粘つく闇を振り払うかのように叫ぶ。

 「ありがとう……アキト。でも、私はアキトの傍にいつまでもいたい…駄目?」

  涙を拭い悲しい笑顔を向けるラピス。

  これほどまでに俺に対して依存しているラピス。

  いつかは離れなければならない、が、今はまだ本当の普通の暮らしを送るのは無理

 だ…………北辰、奴の存在がそれを許さない。

  それに、俺自身ラピスのこの思いを振り切れるほど強くはなかった。

 「ああ、これからもよろしくな」

  なんて虚しい響きだろう、俺はこの娘をいつまで捉え続ければ気が済むのだ。

  ラピスにはラピスだけの生き方があるはずなのに…………

 「ありがとう………アキト」

  ラピスの笑顔が朗らかなものに変わる。

  ラピスの純粋な笑顔が俺の中の闇をいつか消し去ってくれるかもしれない。

  

  ひとまず落ち着いたところで現状認識を図る。

  現時点での自分達の状況、今できること、これからできる事。

 「まず、俺達とユリカは過去へのジャンプの仕方が違う。最後にルリちゃんの

  話だと、ユリカは…………汚れた俺を知らされずに……ただ帰りを待っていた」

   だから、俺たちが覚醒したあの時……いつもの遊び場だったあの草原でのユリカ

 の態度もあながち正しいのだろう。

  アイちゃんの話でもユリカ自身に拉致された後の記憶が無い、と聞いていた。

  多少、ジャンプの影響で前後の記憶が曖昧な点はあっただろうけど。

 「今はあいつを巻き込むわけにはいかない」

  北辰の協力者がどれだけいるのかは分からない、しかし、遺跡と同調させるのなら

 《火星で生まれたもの》という条件に当てはまる者は俺たち以外に数十万人はいるは

 ずだ。

  なのに、火星ネットのどこに潜ってもこの二十年の間に行方不明者はいない。

  なら、奴の狙いは何だ?……奴はなんと言っていた?

  《ラピスで事足りる》奴はそう言っていた。

  現時点で完成されたIFS強化体はラピス以外にはいない。

  危険度で言えば………ユリカよりもラピスの方が狙われる可能性は高い。

 「今の俺の実力は奴の足元にも届かない」

  いくら武術の嗜(たしな)みがあろうと俺自身は子供の姿のままだ。

 「俺が力をつけるまで俺の足りない所を補ってくれ」

  その点ラピスのIFS能力は情報の収集に役立つ………俺は今何を考えた?またこ

 の子を道具にするのか?

  邪念を捨てろ!……お前はまた純真な心を利用する気か?

  ラピスは俺の家族、守らなければならない大切な妹、そう心に念じる事で闇を押さ

 え込もうとした。


  ラピスが火星ネットにダイブして北辰の足跡を探っているのを横に見ながらアキト

 は考えていた、なぜこの時代に来たのだろう、かと。

  俺とラピスはナノマシーンを介してリンクしていた為に精神が同調してジャンプし

 たのだろう、と思う(それだけでは説明できない部分があるのだが)

  しかし、ユリカの記憶はどうだろう?

  俺はあいつを結果的に見捨てた。俺が傍にいることであいつが不幸になる、と思っ

 た……いや、それは建前だ。自分の心の闇に向き合える自身が無かった、だから、ル

 リちゃんの説得にも耳を貸さず、逃げ続けていた。

  だったら、ユリカはどうやって過去へ戻る事ができた?

  あの草原のあの頃にほとんど同時に。そう考えればユリカは自分達と違う方法によ

 って遡った事になり………考えるのは昔から苦手だな。

  こんな時、アイちゃんならなんて言うかな?

  無くした過去、逃げてきた未来、これから迎える未来。

  いっそ何も知らない子供だったならば悩まなかっただろうに。

  アキトは殊更に心細さを覚えた。

  この時代に頼れる仲間が存在しない事に。

  アキトの考えをよそに、突然ラピスが何かを思い出したのか顔を上げる。

 「あっ!忘れてた……」

  端末から手を離したラピスはばつが悪そうな表情になる。

 「何を?」

 「私より…じゃなくて同等ぐらいの能力を持っている心強い味方がいるの。

      きっとあの人ならアキトの力になってくれる…………絶対に!」

  唐突な内容、協力者?

 「あの人?」

  ラピスと同じ力を持つ者?誰だ。

 「そういえばアキトはルビアのペンダントの中見たこと無かったっけ」

  ラピス自身は分かるのだろうが急に話を切り替えられると話についていけない。

 「?………ああ、いつも身につけてるあれか?そう言えば見たことなかったな……」

  ルビアが身に着けていたペンダント……不思議と中身について聞いた事が無かった。

 「あれにね、ルビアの家族の写真がホログラフィで見れるんだけど、その中

  に大人の女の人がいて、でね、年はお母さんより少し下だと思うんだけど…………」

    最後まで言わずに言いよどむ。

 「…………」

  先を促すようにラピスをじっと見つめる。

 「雰囲気や年が違ったし、私も忘れていたからすぐに思い出せなかった。

     でも今なら確信できる。あの人、ルリだよ。ホシノ・ルリに間違いないよ」

 「!?本当なのか?」

  ラピスの肩を掴み強く揺さぶる。

 「い、痛いよ!アキト……でも間違いない。本人」

  ルリちゃんも来ていた? 俺達より歳が上って事は北辰と同じように更に過去に。

 「それでね、もうすぐ火星に来るんだって」

  アキトが手を離した後も痛みが残るのか、掴まれていた肩を撫で続けていた。

 「そうか、ルリちゃんが………でも、どういう顔すればいいだろうな」

  俺は説得に来たあの娘(こ)を避け、逃げ回ったあげく………いや、まずは生きて

 いた事を喜ぶのが先だ、あの戦闘から無事逃げられたのだから。

  絶望的な戦力差、ジャンプドライブの不調の為にジャンプで逃げる事のできない状況。

  ナデシコCの脱出の時間稼ぎの為に戦闘に突入した自分達は最後まで庇いきれずに

 木星に引寄せられ、大気に焼かれて………?待てよ、ならどうやって俺達は?

  自分達の犠牲が無駄では無かったと知った事は嬉しかったが、別の疑問が浮かび、

 「そんな事私に聞かないでよ。私よりお兄ちゃんの方が長く生きてるんだから。

  でも、そうなると…………ルビアはアキトの義理の姪になるね?」

  ラピスの言葉に現実に引き戻された。確かに、となるとおじさんが義弟!?

  様々な問題が山積しており、これからの事も不安だ。

  だけど、前回の悲劇を繰り返すわけにはいけない、その為の光明を見出した気分だ。

  これからの選択次第で更なる悲劇を回避しなければならない。

  自分達にはそれまでに力を蓄える時間がある、きっと今度は……今度はより多くの

 人々を助けられるはずだ。

  だけど、今はまだその時ではない。

  俺たちには…いや、気丈に振る舞うラピスにもう少し時間を割こう。

  俺はオヤジ達の死を受け入れられたが、ラピスはそうではないだろう。

  今は少しでも悲しみを和らげてやりたかった。

  ユリカ、落ち着いたら一度話し合おう。ルリちゃんを交えた4人でこれからについ

 て…………ラピスに微笑みながらそんな事を考えていた。


三.

 

  あの日、私が目覚めると帰り支度をととのえた彼の背中が見えた。

  私は前日からの疲れの為、体がすごくだるかった。

  彼も同様のはずだが、その動きに疲れは見られなかった。

 『もう行くの?』

  私の問いかけに、

 『ああ、余り長居できる身分でもないしね』

  そうかしら? 私と過ごした時間は十分長かったと思うけど。

 『そう。で、今度いつ会える?』

  私は彼に興味を持ち始めていた。

 『もう……会えない』

  でも、彼にその気は無かったのかな?

 『あら、やり逃げ?』

  それほど安い女のつもりはないんだけど……でも、彼が妙に手馴れていたのは分か

 る。それも私の扱いに熟知していたような…………慣れた手つきと動き。

 『君は全ての要(かなめ)』

  全ての要?よくわからないけど、ないがしろにされているわけではないのね。

 『君に逢わないのは俺自身の問題さ』

  でも、私はあなたを忘れるのは嫌。

 『私から逃げられると思わないでね。きっちり責任とってもらうから』

  責任だなんて古いけど、あなたは私にとって無くてはならない人のような気がする。

 『わかった、じゃあ次の再会を楽しみにアイちゃんに宿題出すから』

  振り返った彼は悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべた。

 『宿題?』

 『そう、宿題。今度、会ったら俺自身について知りえた事を教えてくれ』

 『あなた自身の事…………あなたが話してくれた事だけじゃなくて?』

 『それ以上の事を調べて欲しい。おまけと言っちゃあなんだけどコレをあげるよ』

  話をはぐらかしたアキヒトは私にメモリーチップをくれた。

  何の変哲も無い市販品。

 『これは?』

 『俺の知人が組み立てたプログラムが入っている。一種のツールかな』

  個人が開発したツール?

 『多分、君の研究に役立つと思う。他にも色々できるから使ってくれ』

  まぁ使うかどうかはともかく貰っておく。彼からの贈り物だし。

 『俺はいつも君の傍にいる』

  最後に私のおでこにキスをすると彼は立ち去った。

  しばらく呆然としていたけども私も帰り支度を始めた。

  洗濯されいい匂いのする白衣。

  初めての外泊、義母(かあ)さん心配してるだろうなぁ。

  右ポケットにチップを放り込み、左ポケットに入っていたコミュニケーターをはめる。

  最近社内に普及し始めたもので時刻や場所、電話機能などを備えた万能機具だ。

  えっとー現在時刻は、8月1日午前9時56分かぁ。

  確か施設にいたのが7月30日の午前2時すぎだから………まる2日以上過ぎてる

 わね、まぁ今日が休日だったのが救いっていやぁそうなんだけど。

  義母さんにどう言おう…………それに主任の事も気になるし…うん、帰ろう。

  室内では電波の調子が悪いのかノイズが混じるので表に出て家にかける。

 『あっ、義母さん。私。…………ごめん……

          色々あってね…………えっ?今いる場所?……ちょっと待ってね』

  通話マイクを離し、現在地表示パネルに切り替えると、そこは……

 『えっ、そんな……ううん何でもないの………ワケは帰ってからするから……

    あっキャッチが入ったから切るね…………もう!すぐ帰るから。じゃっ』

  表示された場所はユートピアコロニーの裏側、シナイコロニーを指していた。

  どうやってここまで来たのだろう?アキヒトと私は少なくとも31日夜から今朝ま

 で同じ部屋で過ごしていた。私が気がついたのが31日だとしても到底たどり着けな

 い距離だ。

  宇宙港経由でならぎりぎり分からないでもないけど。

  都市間はもっぱら大気圏内旅客機での移動が原則だ、軍でない限り民間人が宇宙艦

 を使用する事はまず無い。


  ピピピピピッ、ピピピッ

  電子音が私を夢から覚ます、またあの夢を見ていた。

  相当未練がましく思ってるのね、私は。

  朝日が眩しく差し込むカーテンを開けながらイネスは一人愚痴た。

  地球で迎える朝日より光が弱弱しいが慣れてしまえば眩しく感じる。

  今日は8月31日、地球なら夏休みの終わりの日だが、ここは火星で自分は社会人

 のだからあまり関係が無い。


  主任達の死体は結局見つからなかった…いいえ、そもそもあの状態から何を発見で

 きるのか?

  建材は崩れ陥没した穴は深さ30メートルにも達し、すさまじい衝撃と熱を振りま

 いた事を容易に想像させる傷跡が各所に散らばっていた。

  あの場所に自分は確かにいた………アキヒトに助けられなければ死体さえ残らずに

 生死不明のまま…………

  5日がかりで帰ってきた私を母は平手打ちで迎え、でもすぐに抱きしめてくれた。

  ああ、私を愛してくれているんだな、と実感した。

  帰りが遅れたのには理由があって、連続テロ警戒の為に空港が閉鎖されていて、

  普通より2日遅れてしまった…………まさかシナイコロニーだなんて思わなかった

 から……ほとんどユートピアコロニーの裏側で…ほんとうに、どうやってそこに連れ

 ていったのよ、アキヒト?

  着任前に仕事場が無くなった私はオリンポスの遺跡研究所でテンカワ主任の研究を

 引き継ぐ事になった。

  余りにも都合が良すぎる、研究資材がほとんど運び込まれていなかったのは、果し

 て偶然だろうか?

  彼の言った意味が何となく分かった……この事件には裏がある、それも軍を巻き込

 んだ、大掛かりな何かが。

  主任が残した研究が関係する何かが。


 「よう!イネス。頼まれていたものの分離が完了したぜ」

  科学分析室のミヤマが話しかけてきた。研究所の中でも数少ないイネスに気軽に接

 してくれる男で、下心が見え見えなのが玉に瑕(きず)だ。

 「ありがとう、ミヤマ」

  試験管に入ったそれを受け取ろうとすると手の届かない高さに持ち上げる。

 「しっかし、お堅いイネスがなぁ。で、相手は誰だ?同期の奴の中にいるのか?」

  彼が私に気があるのは知っていたが、あえて無視していた。

  恋愛に興味が無かったわけじゃなかったけど、

 「いないわ…………貴方ぐらいよ。私に気安く声をかけてくれる人は」

  若くして遺跡研究所の副所長に抜擢された事を快く思わない者は少なくない。

  無視は序の口、セクハラまがいの質問、おおげさなオベンチャラ……ほんと、ふぅ。

  そんな無駄な事に頭使わないで研究に没頭すればいいのに。

  そんな中でミヤマの裏表の無い気安さは呆れを通り越して、感心するくらいだ。

 「あれ?もしかして…………相手は俺?……

    記憶に無いんだけど、イネスが薬で無理やり俺を」

  私を気遣う彼なりの冗談。

  私は怖かったのかも知れない、過去の記憶の無い自分が今の幸せを掴んだ時また失

 ってしまうのではないか、という恐怖。

  他人を遠ざけ触れなければ寂しいと思う事は無い、と思っていた。

  でも知ってしまった。

  アキヒトの存在を。

  だから知りたい、あの人の本当の気持ちを。

 「違うわよ!実を言うと逃げられたの……だから追い詰める為にね」

  いつも冗談を飛ばして私を気遣ってくれるミヤマには正直助けられている。

  沈みがちになる感情を正常なところに引き戻してくれるから。

  最近のミヤマからはなぜかアキヒトと同じヌクモリを感じる。

  アキヒトと話をしていてとても安らいだ気持ちになれた。

  もしかしたら私は彼に以前会った事があるのかも知れない、思い出せない7歳より

 前に…………

  含むような笑みを浮べるイネス。

  そう、彼を知る事が私の無くした記憶の糸口になる、と思う。

  だから、逃がさない、絶対に。
 
 「ひぇ〜〜クワバラ、クワバラ。そいつに同情するぜ。でもよ、寂しかったら俺に

     言いな。いつでも慰めてやるぜ。俺は優しいからな、当然逃げもしない」

  囁きながら肩に腕をまわしてきたミヤマをあしらいながら、試験管を受け取る。

 「残念でした。当分、コレに夢中」

  ウインクを返しながら舌を少し出す、子供が悪戯を思いついたような笑顔。

  彼女の微笑が魅力的である事を本人は知らない。

 「ちぇっ、残念。ああ、そうだ。そいつ一応

  DNAパターン調べてみたが該当者無しだとよ」

 「そう」

  簡単に分かるなら苦労は無いんだけど………DNA登録されていない人間、と言う

 事は彼は主任の弟では無いということ、かな。

 「で、名前ぐらい教えろよ、そのクソ野郎の名前」

  クソ野郎……どっちもどっちのような気がするけど。

  まぁ名前ぐらいいいかな、本名とは限らないし。

 「多分知らないよ…………アマガ・アキヒト、って言ってた」

  ミヤマは私から顔を背け、

 「マジかよ!……いや、他人だよな、よくある名だ」

  何かを恐れ振り払うようにしきりに頷く。

 「あれっ、知ってるの?彼の事」

  意外だった。

 「お前知らないのか?…いや、人違いだよ。うん。俺が聞いた奴とは大違いさ」

  知らないのか?……どういう事、もしかして私が知らないだけで有名人とか。

 「気になるなぁ、教えてよ〜」

  余りしたことが無い、しなを作って、ねだってみたが頑として口を割らない。

  何でも彼の情報を持つ者はコトゴトク闇に葬られる、だって。

  じゃあ、何であんたはココにいるの?

  どうしても知りたかったら自分で調べろ、と言ってミヤマは立ち去った。

  あれだけ意味深に言われると余計知りたくなった。

  どうしよう? ネットで彼の名前を調べればいいんだけど…………そういえばコレ

 中身は何だろ? 研究に役立つ、ってアキヒトは言ってたけど…………

  貰ったメモリーチップの中身をまだ確かめてなかった事を思い出した。


  柱の影からイネスが立ち去ったのを確認したミヤマはロッカールームへ向かう。

  所狭しと並べられたロッカーの中の一つ、自分のネームプレートの入った扉を開け

 見下ろす。

  そこには彼ソックリの男がぐるぐる巻きに拘束され猿轡(さるぐつわ)までされ、

 中に収まっていた。

 「なあ、ミヤマ。害虫を駆除するのは面倒だよ。アイちゃんには心ゆくま

  で研究に没頭して貰わなくちゃあならない。なぜなら………いや、これ以上は聞い

  ても無駄だな。お前は関係が無い…………」

  ミヤマの姿が歪み本来の姿を現す、ソレと共にミヤマの声が別人のソレへと変化する。

 「……待って………まっでぐだざい。もう、ちがづがないがら。ごろざないで」

  猿轡が外れ声を出したミヤマは泣きながら懇願した。

  顔を殴られ腫れ上がった口を懸命に動かしながら。

  ミヤマだった男は腰にさした脇差から刃(やいば)を引き抜きながら、

 「お前は死なない。仲間達の体に吸収され生き続けるのさ」

  酷薄な笑みを浮かべ無造作に振り下ろした。


  数年後、建物は解体され、食堂内の冷凍庫からミイラ化した遺体が発見された。

  DNA鑑定から同研究所員、ミヤマ・ケイイチ本人である事が確認された。

  体の所々が切り取られた痕も生々しい無残な姿だった。

  しかし、しばらくの間、変な噂が囁かれた。

  ミヤマの死体が発見される数分前まで、そのミヤマが新研究所の食堂で料理をして

 いる姿を見た者が複数いたのだ。

  ミヤマは度々食堂に足を運び調理をしては仲間達に食べさせていた。

  冷凍庫の管理はいつの間にかミヤマの担当となり、珍しい肉が手に入った、と言っ

 ては皆を集め食べさせた。

  ミヤマが管理するようになってからは誰も冷凍庫の中に足を踏み入れた者はおらず、

 自分達が何を食べさせられていたのかを知る者は誰一人いない。

  聞いてもはぐらかされ、研究員達もそれ以上追及しなかった。

  料理が美味しい事は間違いないし、不満がなかったからだ。

  イネスはミヤマに毎日のようにアタックを受けていたが、不思議と料理の話は出な

 かった。

  仲間内の評判は高く、プロ並みの腕前だったらしい。

  その事を聞いた時、イネスは違和感に囚われた。

  それ程の腕前を持つ彼がそれを誇るでもなく、なぜ、黙っていたのか?

  自信家の彼が、なぜ、自分にだけは料理を食べさせなかったのか、不思議でならな

 かった。

  もし、料理の話が出ていたなら共に食事をするくらいには親密になっていたと思う。

  いつの間にかミヤマといる事がイネスにとってかけがえの無い時間になっていた。


  発見されたのが本人なら、じゃあ自分達に料理を振舞っていた奴は誰なのか?

  いつまでも発見されない事を恨んで化けて出たのだ、とか、あれは双子の兄弟が本

 人に成りすましていたのだ、とか的を得ない噂が飛び交ったが、誰も本気で受け取ら

 なかった。

  科学万能のこの時代にオカルトは無いだろう…………と大半の者は否定した。

  ちなみに、遺族年金がミヤマの親族に支払われた時、勤務時間中に研究所を抜け出

 し、食堂でコックのマネゴトをしていたとして職務怠慢の評価が下され、減額されて

 いた。

  おかしな事に彼の死亡時期はイネスがアキヒトの話をしたあの頃、その当時の年齢

 であった事が細胞の萎縮率などから分かった、とすると、すでに死亡していた人間に

 はとても不可能であり、やはり別人が成り代わっていたのでは、と囁かれもした。

  この事はネルガルの研究所の間で長く七不思議の一つとして語られた。

四.


 『護衛……ですか?』

  現れた男、ペイは手帳サイズのノートパソコンの画面を見せながら交渉を持ちかけた。

 『どうです?悪い話じゃないでしょう』

  確かに提示された金額は私に十分払える金額であり、尚且つ市場価格の十分の一と

 いう低価格……しかし、余りにも都合が良すぎるタイミングなのが解せません。

 『貴方の話は大変ありがたい限り………です。しかし、少し都合が良すぎませんか?

  その契約書についてもです。なぜ、貴方は今日の事を熟知し、すばやく交渉に移れ

  るのか、その辺りの事情を詳しく教えてくれませんか?』
  
 『当たり前ですな、では話しましょう。今日の襲撃ついては事前に情報提供を受

  けていた。彼はネルガル重工本社のSS所属のエージェントで俺の昔馴染みだった』

 『それは!?ですが、貴方の言葉によると《だった》と過去形を使われる理由は?』

 『かれこれ半年前になりますか……師走の暮れを最後に連絡が途絶えました。あいつ

  には小説のネタに使えるような情報をたくさん貰いました。貴方が闇騎士対策に出

  向させられた事も。で、色々調べました。言うほど物書きは儲からないもので……

   副業を少々…………今回、私の誘導通り事は運びました。貴方は情に厚い方だが、

  企業の理論も熟知されている。最後は社の命令に従い地球に戻らざるを得ないだろ

 うと思いました。そこに私が付け入る……いえ、交渉の余地があるのではないか、とね』

  ペイの言うとおりです。私は会長、ひいてはネルガルを裏切りきることはできない。

  こんな時彼を羨ましく思います。闇騎士、全てを敵に回して不敵な笑みを浮べた彼を。

  ブルブル、一瞬浮かんだ思考を振りほどく。

  よりにもよってアレを羨ましがる、とは。

 『ところで………あの時代錯誤なイカレタ男…………ありゃあ何です?』

  ペイの言う男、確か名を《ホクシン》といいましたか。久しぶりに鳥肌が立ちました。

  まだまだ世の中は広いですね。

 『ふ〜ん、その顔だとあんたも知らない奴らしいな。まぁいいか。で、どうする?』

  願っても無い話ですが釘を刺しておきましょう。

 『では、よろしくお願いします』

 『さすが、話が分かる人だ。じゃあ………』

 『ですが条件があります。まず、一週間に一度、アキト君達が無事である事を示す

     ビデオメールを送る事。でなければ、振込みは無しです。いいですか?』

  念を押すように言葉の一文字一文字に力を込めた。

 『わ、分かった。ロビーでの事根に持ってるんだろうが、俺は契約は必ず守る』

  ヤマモトの気迫に負け頷くペイ。

  もう、あの時の恐怖を感じなかった。どうも『ホクシン』という化け物の気に当た

 ったせいで、それ以下の小物への関心が薄れたのかもしれない。

  昔の感覚が戻ってきたようです。

 『大船に乗ったつもりで安心してくれ』

  ようやく一息がつく事ができます。今後は彼がアキト君を守ってくれる事に期待し

 ましょう。万が一私の傍にいることで彼に危害が加わらないという保障が無い事もよ

 く分かっていますから。

  契約の細かい点について二人で話し合っていると微かな声と共にアキトが目を覚ま

 した。

  彼も大体の事情を飲み込んでくれたのが意外だったものの、今回の件については彼

 自身も私達に言えない何かを抱えているみたいだった。

  テンカワ氏から何か聞かされていたのか、或いは知ってしまったか?

  護衛の件はあえて伏せはしましたが、その方がペイの家族にもアキト君たちにも良

 いと感じたからです。我々の思惑はともかくアキト君とペイの娘さんは友達同士なん

 ですから。下手に関係を複雑にする必要も無いでしょう。

  外された関節をはめ直し、外傷に応急処置を施すと私達は速やかに爆破現場から立

 ち去った。


「本日のご利用ありがとうございます」

  機内に女性のアナウンスが聞こえる。

 「当、月⇔地球間シャトルのご利用ありがとうございます。

   当機はまもなくヨコハマシティ宙港に着陸いたします」

  はて?トウキョウシティ宙港だったはずですが。

  財布にしまった搭乗カードの表示を確認した。

  トウキョウシティ行きに間違いない。

 「先日地球各地で一斉に起きた…………」

  先月中ごろから立て続けに起こされたサイバーテロ。

  地球のみならず月、火星に及ぶ人類の生存域にあるネットにつながれたあらゆる機

 器にシステム障害を引き起こさせ、かくいう私もその影響をもろに被って、遅れがち

 だった異動がさらに伸ばされていた。

  やっと火星を発ち月に到着したのはいいものの、管制システムの障害が除去されな

 いせいで、地球行きのシャトル便は運休。

  やっと乗れた便も先日また起こったテロのせいで目的宙港を迂回してヨコハマに降

 ろされる始末、やれやれ、電子文明が発達した現在で今更『テロ』が横行するとは。

  うち(ネルガル)や他の企業は何も打つ手が無いのが不思議です。

  ヤマモトは深くため息をつくと小窓から地表を見下ろした。

  蒼い海と灰色の街並みがすぐ傍に見えた。


  ヨコハマ宙港を出るとタクシーをつかまえた。

  多少、料金はかさむが乗り換えるのが面倒な事も理由の一つだったが、久しぶりの

 地球の街並みを見ていきたかったのだ。

 「どちらまで?」

  この時代では珍しい部類に入る、初期型の電気自動車だ。

 「ネルガル重工本社までお願いします」

  月に到着してからも会長の秘密回線に連絡を入れようとしたが、どうしてかつながらなかった。

  ならば、本社に直接連絡しようとした矢先、例のテロの影響で手持ちのノートパソ

 コンのデーターがクラッシュして買い換える破目に。

  対策室で編集しておいた資料等は入力せずに、手元にあった為に難を逃れたのが、

 不幸中の幸いというところか。

  当初の予定を大幅に過ぎた今、連絡も入れない自分の運命は目に見えていた。

  こうなっては開き直るしかなく、同じ免職辞令を受けるのなら自分から本社に乗り

 込もう、と、考えていたのだが…………

 「お客さん、本当にネルガル重工本社でええのかね?」

  少しどこかの方言混じりの運転手の言葉は不思議そうな響きを伴っていた。

 「はい。何か不都合が御ありですか?」

 「ふむ。つかぬ事を聞くがね、お客さん。

   あんた、去年の末の事件知らんちゅう事かいな?」

  去年の事件…………どれの事か漠然としすぎて特定が難しいですね。

 「…その様子だとワシのゆうちょる意味、わからんみたいだのぅ」

  ドライバーは行路案内画像を映し出す端末を操作し、ニュース番組のチャンネルに

 変えた。

 「やっぱり………アレの影響で先月分までしか表示されんのぅ。お客さんも気ぃーつ

  けてくんな。ネットは便利だけんど、妙なウイルスで機械がバカにされるのが、最

  近多いでのぅ。ソレは大丈夫ですかいな?」

  手元のノートパソコンを指して聞く。

 「実は……月で前の奴を壊しまして、買い換えてからは繋いでいないんです」

 「ほぅ、その方がいい。早くネルガルでもクリムゾンでも明日香でもいいから、なん

  とかして欲しいもんだね。………ああ、悪いね話が長くなって」

 「いえ、貴重な話を聞かせてもらいました」

  市民生活にこれほど影響を与えているとは……正直そこまで深刻には考えていませ

 んでした。

 「お客さんの話だと………地球は初めてですか?」

 「いえ、久しく離れていましたが、かれこれ10年ぶりです」

 「そうでっか。なら、アレのせいで通信網も寸断されるのも多かったことだし、お客

  さんは知らない可能性はあるか…………」

  ドライバーは最後に一人ごちると頷いた。

 「まぁ、すぐ分かるけん、お楽しみ、ちゅう事で内緒にします」

 「はぁ」

  ヤマモトは生返事を返した。


  車は目抜き道路を通り、幹線道路に入るとひたすら本社に向かって走った。

  もうすぐ空にそびえ立つ本社が見える、というところで妙な事に気付く。

 「はて?」

  同じ進行方向に向かう車両の7割が建設資材を満載したトレーラが占め、上空には

 大型の輸送艇がひしめき、まるで地上の写しえのように感じられた。

  もう、本社ビルの天頂が見えてもおかしくはないはずなのに、一向に見えない。

  ここまで来ると9割が資材輸送トレーラに囲まれているせいか、圧迫感まで感じら

 れた。

 「これは一体………」

  その答えは目の前に拡がっていた。

  パズルの欠片をそろえれば思いつく程度に簡単だった。

 「ワシが行けるのはここまでみたいですな」

  ドライバーの言うとおり、数十メートル先に検問所らしき建物で道路整理を行う警

 備員の姿が見て取れた。

  トレーラはその前を素通りし、現場に向かう。かって本社ビルが建っていた場所に。
 
 「あちゃあ〜〜。どうやらここまでみたいですね」

  ドライバーはドアを開き下車を促す。

 「まぁ、ここにどんな用事できたのか知らないですけど、気をしっかりしてください」

  その言葉を聞きハッとする。

  私はいつの間にか一筋の涙を流していた事に驚いていた、自分の中にこれほどまで

 の愛着があのビルにはあった事に。

五.


  ヤマモトを降ろしたタクシーは警備員の指示通りに左折して走り去った。

  かって、ここには周りのビル群を圧倒し、聳え立つビルがあった。

 「しかし…………綺麗に無くなってしまいましたなぁ〜〜」

  基礎部分にどれほどあるのか分からない竪穴が口を開け、それを覆うように骨組み

 が組まれ、外装がはめ込まれていく。

  しばらく感慨深く眺めていると背後に人の気配が生じ、振り返った。

  そこには大柄でがっしりした体型をした警備員が立ちふさがっていた。

 「困りますなぁ〜ここは関係者以外立ち入り禁止なんだが」

  いつの間にか視線はそのままに移動し続け、建設現場の間近にまで来ていたようだ。

 「いえ、私は……」

  弁明しようとしたヤマモトを拘束し、歩き始める警備員。

 「ここでは何ですから………あちらで詳しく話をしましょうや、『ハーミット』の旦那」

 「おや?誰かと思えば、藤堂さんじゃないですか。記憶が正しければ、月のNSSに

  籍を置いていた、と思いますが…………転職なさったんですか?」

  警備員はNSS(ネルガル・シークレット・サービス)で教官をしていた頃の教生

 の藤堂だった。

 「いえ、今もNSSに所属していますが、なにぶん人不足でしてね、方々から俺みた

  いに集められているんです。貴方のような不審者を警戒してね」

  神妙な表情で言葉を改めた藤堂は、最後に彼にそぐわないウインクを返した。

 「しかし、さすが『ハーミット』。ここに来るまでに数人潜ませていたはずなんです

  が…………奴らを欺きここまで易々と浸入してしまうとは、往年の技は錆びきって

  いない、と知って正直嬉しいです」

  私にとっては普通にしていたつもりなんですが………

 「それで藤堂さん。一体、何があったか説明して貰えませんか?」

 「ああ、ちょっと待ってください。今、連絡をいれますから。…………テス、テス。

  こちら、バージェスト。鷹(たか)は舞い降りた、鷹は舞い降りた。狐の応援を請う」

  携帯端末に話しかけ、どこかと連絡を取る藤堂。

 「もうすぐ迎えが来ますから、詳しくは彼から聞い

             てください。では、私は仕事に戻ります」

  呼び止めるのを制して、駆け出していく藤堂。

 (そういえば、彼は昔からせっかちな性格で堅苦しい事が苦手でしたね)

  走り去る藤堂の背中を見ながら、思い出していると、

 「ようこそ、おいでくださいました。ヤマモトさん。人事部のヨベです」

  藤堂ではない第三者の声がかけられ、振り向くと丁度、車から降りたばかりの中年

 男性がヤマモトに対して微笑んでいた。

  定年間近のうだつのあがらない中間管理職と、言った容貌だった。

  差し出された端末の液晶画面には、『ネルガル人事管理部、部長 ヨベ・アツシ』

 と表示され、簡単な経歴が付随している。

  辞令の署名者本人のようだが、ヤマモト自身に面識は無い。

  少なくとも会長の近くにはいなかった人物だ、もっとも、10年ぶりに地球に足を

 降ろした自分が知らない事は多いのだが、彼からは同じ匂いも感じなかった……戦場

 や裏の家業との接点の無い、『普通』の人に見えた。

 「どうぞ、こちらへ。仮社屋へ御案内します」


  9月の初めとはいえ残暑は厳しく、少し汗をかいていたヤマモトは冷房のよく効い

 た車内でくつろいだ。

  車内は以外に広く、ドライバーとは壁で仕切られた後部座席に二人は並んで座った。

 「何も連絡が無いので来て頂けない、かと思いましたが」

  にこやかに話しかけてきたヨベは、ヤマモトの来訪を意外に感じている様だった。

 「本当にすいませんでした。少し手間取りましてね」

  火星の空港での事件に関わり、みすみす異動の為に予約したシャトルに乗り遅れた

 のは自分のわがままでしかない。

 「ああ、違うんです。例のテロの影響もあるでしょうが…………貴方は会長派の人間

  だと伺っていましたから。私どもの辞令は無視されるだろう、と、思っていたんです」

  少しは内情については知っている、という事ですか。

 「詳しくは知りませんが、貴方は会長の片腕だったと……」

 「遠い昔の話です。遠い、ね」

  忠実な部下のままなら重宝されたのでしょうが、私自身、会長のやり方に疑問を感

 じ始め、度々諌めている内に遠ざけられていまいた。

 「そうですか………ところで、帰られて早々驚かれたでしょう?」

  どこまでヤマモトと会長の確執について知っているのかは伺いきれないものの、ヨ

 ベ氏は変わらぬ笑みを浮べたまま、頷いた。

 「本社ビルの改装については、まだ支社長クラスにしか伝達されていません」

  会長への秘密回線は、会長室に備えられた装置でしか受信できないよう設定されて

 いましたから、その装置を移動する際、秘密保持の為に抹消された可能性もあります。

  会長は私を見限られたのですね。

 「それで、会長はどちらにおいででしょうか?」

  それが一番聞きたかったがヨベ氏の話は意外な内容だった。

 「会長…………ですか。会長並びに重役の方々は辞任されました」

  辞任?あの会長が?権力と金の亡者の塊のような会長が辞職………ありえない。

 「昨年の暮れ。本社ビルの地下区画で行われた実験でビルは半壊、多数の死傷者が出

  ました。会長が強引に行ったもので…………当然、役員会から責任の追求がなされ

  て。不幸な事故でした。会長もさすがに責任を感じられて…………ふふふっ」

  不幸な事故、と言いながらヨベ氏の表情は終始笑顔のままでした。

  もしかしたら地顔なのかもしれません。

 「それは…………本当の事ですか?」

  とても信じられない…………会長のやり方と違いすぎる。

  自分は決して矢面に立たず、問題が起きても蜥蜴の尻尾きり………それがいつもの

 手なのですが…………

 「ええ、軍とはそれで話がついてます。メディアにもそう流しました」

  含むところを感じます。

 「ほほぅ………で?本当は違うんですね?」

 「分かりますか?…………当時の記録が残っていますが見ますか?」

  ヤマモトは無言で頷いた。

  ヨベから渡されたメモリーカードをスロットに差込み、再生する。

 「これは!?」

  モニターには会長と黒衣の男が映っていた。

 「その驚きよう……間違いないみたいですね。残った資料を整理している時に偶然見

  つけた貴方のレポート通りの容姿でしたから、私も正直驚きました」

  確かにその男は『闇騎士』に違いない………日付は彼が消息を絶った頃と同じ。

 「それを見てもらえば分かる通り、彼は死にました。しかし………彼の存在を明かす

  事は大いに我がグループのイメージダウンにつながる。会長の命令で行われた表ざ

  たにできない実験の数々、秘密研究所。人工生命体とはいえ正当化できるはずがあ

  りません。まぁこの際、私的には都合の悪い事に関与した会長共々、長年我が社の

  みならず他社にも損害を与え続けた闇騎士がいなくなってくれてせいせいしていま

  す。本人の前ではとても言えませんがね。あれから半年と少し彼らの消息は掴めま

  せん。レポート通りなら、もうこの世にはいないでしょう。わかってくれますよね?」

 『闇騎士』の関わった事件を公表すれば……良くて信用の失墜、悪ければネルガルの

 解体にも繋がりかねないスキャンダルに発展する可能性も有り、ひいてはネルガル傘

 下の企業に属する数十万もの社員を路頭に迷わせる事になり…………

 「ええ」

  個人の勝手で企業を潰すわけにはいけない、たとえ、会長に罪を被せても。

  臭い物には蓋、という事でしょう。

  まぁ、この場合、会長は冤罪ではないのですが……その罪を償う機会は永遠に失わ

 れた事と今回の本社ビル改装の真実と、人材不足の理由がこれで分かりました。

  闇騎士の活動がここ半年の間ピタリと止まったのは彼が死亡していたから、という

 わけですか…………あっけなさ過ぎます、ヨベさんは信じていらしゃるようですが。

 「お解かり頂けて幸いです。不要な部署は廃止しました。有能な人材を遊ばせて

   おくのは非効率ですから。闇騎士本人が死亡した今、対策班はいりません」

  直に対面した事が無い者に彼について語るのは難しいですし、実際、彼に対して何

 ら有効だな策を打ち出せていなかった現状からすると、確かに無駄な部署でした。

  もしかしたら、ていのいい追放だったのかもしれません。

 「貴方の評価についてはNSSの皆さんからお聞きしました。それで貴方には…………」

  ヨベ氏は私を会計監査部のトップに迎えてくれました。

  多分に口止め料も含まれているのでしょうが…………

 「普通では私の様な者に部長の椅子はまわってこなかった。最後の仕事としましては

  十分満足しています。これからのネルガルを頼みます。闇の無い光溢れるネルガルに」

  ヨベ氏は本当に満足そうだった。

  ネルガルの暗部が一掃され、新生ネルガルがこれから始まる。

  その担い手として自分も加わる…………変な気分です。

  親友も助けられず、その忘れ形見も他人に金で任せ、逃げてきた自分が今更………

  それでも私はあの悲劇が繰り返されないようなネルガルにする為に、力を注ぎまし

 ょう…………ペイさんへ護衛料を振り込まねばなりませんしね。

 「それでヤマモト監査」

  呼ばれ方は何でもいいのですが、

 「どうにも堅苦しい呼称は苦手で。自分では無いような気がします」

 「では、どう呼ばせていただいたらよろしいですか?」

  ………そう言えば会計監査役の事をプロスペクターと言いましたっけ。

 「プロスペクター……でお願いします」

 「会計監査という意味ですね。分かりました。貴方が望むようにさせて頂きます」

  ヨベ氏は懐から取り出した電子手帳の名簿欄に登録した。

 「心機一転の心境というわけですね」

  一人頷くヨベ氏。

 「そういう訳ではないんですが」

  ヤマモト…いや、プロスが自嘲気味に呟いた声は聞こえなかった。

  彼の本名を知る者は少なく、《ヤマモト》さえもNSS時代のコードネームだった。

 「ビルの建築費と遺族に対する補償金についてですが、例の襲撃前にピース銀行の口

  座に《アマガ アキヒト》なる人物から多額の入金がありました。額は恐るべきも

  ので………そのまま市場に流出すれば極度のインフレを引き起こしかねないもので

  した。しかし、事前に銀行より通達があり…………」

  ヨベ氏の話は続いたが、プロスは話半分に聞き流した。

  自分で名乗っておいて何ですが、《プロス》と以前誰かにそう呼ばれたような気がします。

  あれは……あれはそう。アキトを救い出した時にアキトが自分を見上げて確かに言

 った、『プロスさん』と。

 「まさか、まさかね」

  あの少年は自分がこうなることがわかっていた、というのですか? 馬鹿馬鹿しい。

 「えっ?何がまさかですか」

  いつの間にか口に出していたようだ。

 「いえ、こちらの話です。それでこの資金を運用するのが、私の初仕事というわけですか?」

  ノートパソコンのモニター上の数字、ゆうに一国家の年予算の数十倍の金額。

  約束通り、これまでの損害を補填するに十分な金を入金し、彼は会長を道連れに死

 んだ。

  諸悪の元凶と共に自らも幕を引く。

  余りにもできすぎの感は否めませんが、それが闇騎士の遺志ならば私も尊重しまし

 ょう。

  でも、貴方が掲げた『人類の未来の為』という大義名分をそのまま信じるほど私は

 甘くないつもりです。

  今は貴方の筋書き通りに動きますが、いずれまた出会うときが来たなら、その時に

 貴方の真意を聞かせてもらいますからね。

  プロスは車窓から覗く空を見上げ、どこかにいるだろうアキヒトに問いかけた。

  時が来れば再来するであろう、闇騎士に。


6.


  マホガニーの大きな執務机と座する老人。

  日付は昨年の12月24日、時刻はPM10:25。

 『例の件の進行はどうだ?』

  用件は分からないが、誰かと話している。

 『ふむ…………それで……ああ、わかっている。くれぐれもしくじるなよ

  …………いつもの口座に振り込んでやる…………頼んだぞ………ふぅ』

  途切れ途切れの会話では何の話かはわからないが、余り良い内容とは思えない。

  彼女は知っていた、老人がネルガルの会長であることを。

 『ふっ、ワシをたばかりおって……学者は成果だけあげておればいいのだ』

  会長の独り言が微かに聞こえる。

   『代わりはいくらでもいる』

  何の代わりだろう?

 『ふふふふっ………奴もよくやる。損害は全てまかなわれ、ネルガルは更に躍進する。その為に……こいつの使い道を考えねばな…………』

  会長は杖の上のノートパソコンの画面を見ながら微笑んだ……いやらしい表情で。

  カメラの視点からはモニターの向こう側は見えない。

 『…………貴様には用の無い金だ』

  会長の背後の空間からにじみ出るようにして男が現れた。

  黒いロングコートで身を包み、大き目のサングラスをかけた20代半ばの男。

 『ふっ、ようやく現れたか…………それで何の用だね?』

  会長は動揺しておらず、あまつさえ余裕が感じられた。

 『蜥蜴のしっぽは所詮、蜥蜴のしっぽにすぎない。頭を潰さなければ悲劇は終わらない』

  男の声は暗い闇を背負っているように重く低い……でも聞き覚えのある声だ。

 『ほぅ……悲劇?悲劇、悲劇。何を言うのかと思えばそんな事を君が言うのか?』

  男は右足を後ろに少し動かし上半身を時計回しに捻る。

 『表ざたにできない研究所とはいえ、数多の所員を再起不能にしてきた君が?』

 『………全ては人類の未来の為。滅!

  捻りの加わった抜き手が会長の首筋に吸い込まれ、

 『甘いわ!』

  残像にしか見えないすばやい動きで立ち上がり、放たれた右回し蹴りが男を捉え吹

 き飛ばす。

  会長は老人とは思えない動きで男に攻撃を加えた。

 『貴様に何がわかる?貴様が破壊した施設は長い目で見れば、人類の更なる発展の為

  の礎(いしずえ)なのだ。多少の犠牲は止むを得ぬ……それにアレは人ですらない』

  会長室の三面の壁全てが強化ガラスで覆われていた。

  ガラス壁に叩きつけられた時にサングラスが外れ顔が露になる…………その顔は紛

 れも無くアキヒトだった。

  雰囲気や口調が余りにも違いすぎる為、別人ではないかと思った。

  荒んだ暗い情念を瞳に灯している。

 『彼らにも………ゴッホッ………心があった』

  叩きつけられた時に内臓をやられたのか、咳き込むたびに溢れる血。

 『だから、どうだというのだ。所詮、人形は人形。生まれて我らの為に尽くせる事が

  人形にとっての幸せなのだ。アレに何の感傷を抱いているのかは知らぬが……な』

 『幾百の犠牲の結晶がその姿か?』

  寄りかかったガラス壁をつたい、立ち上がったアキヒトは口元の血を拭い、

 『そう…………人類の長年の夢……永遠の命………その完成形だ』

  立ち上がった時に破れた上着を引き裂き現れる金属質の肌。

  会長だったもの…………人間をやめた姿、サイボーグ化した体。

 『永遠の命などに……価値など無い』

  足元はおぼつか無いが、会長を睨む眼光に力の衰えは見られない。

 『まだそんな口がきけるとは…………貴様、本当に人間か?』

  暗殺を防ぐ為に128MM榴弾砲にも耐えうる強化ガラスにひびが入るほどの力で

 叩きつけられたにもかかわらず、それでも立ち上がれるアキヒトも十分普通の範疇に

 は属さない。

 『ヒトの心を無くし、悪魔に魂を売った外道に答える言は無い!』

  弾丸のように駆け出したアキヒトの伸び上がるつま先を鼻先でかわし、後ろ回し蹴

 りが繰り出され、その足を足場に更に高い位置に飛び上がり天井を蹴り更に威力を増

 した手刀が炸裂する。

  両腕をクロスして防いだ会長の体勢がわずかに崩れるやいなや、防御を掻い繰りア

 キヒトは拳を打ち出す。

  撃っては引き、かわしては繰り出す。

  会長の足が頭上から叩き落され、アキヒトは紙一重で左にかわし、後ろに回りこん

 だ勢いそのままにバックドロップをしかける。

  しかし、床に頭が激突するのを片手で阻み、もう片方の手がアキヒトの腕を掴み、

 振りほどく。

  攻守立ち代り繰り返される闘い。

  スロー再生でさえ残像が微かに見えるだけの人間を越えた闘いがいつまでも続いた。

  疲れを知らない怪物同士の闘いは意外な幕切れを迎える。

  電池が切れたオモチャのように次第に会長の動きが緩慢になり、アキヒトの攻撃を

 まともに腹部に喰らった。

  弾き飛ばされた会長は膝をつき何とか倒れこむのは阻止した。

  しかし、そのままの姿勢で固まり動く気配が無い。

 『……な、なぜだ?』

 『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………ふぅ』

  荒い息をつき、技を放った姿勢で息を整えたアキヒトが口元に笑みを浮べる。

 『小型原子炉を内臓し、無補給で100年は動くはずが……』

  人工皮膚で覆われた顔に苦悩が表れるのを見て、鼻で笑う。

 『ふん、生身の体を捨てたのがアダになったな……』

  もはや動かない鉄くずに成り果てた会長に歩み寄るアキヒト。
 
 『さぁ、終わりにしよう』

  アキヒトの右手が会長のヒタイに置かれ輝き、IFSコネクターの模様が現れる。

  今彼はどんな表情を浮べているのだろう?

  絶望に打ち震える会長の表情がこれから起きる情景を予感させる。

 『殺しはしない……ただ、貴様で無くなるだけだ』

  右手の輝きは止まらず、IFSの模様は複雑さを増していき、

  ズドン

  ガガガガガガガガガガガガガ、チュイン、チュイン、チュイン

  突然、轟音と共にぶ厚い扉が吹き飛び、完全武装した一団がなだれ込む。

  アキヒトに向けて機関銃を掃射。

  すさまじい量の弾丸が消費され、排煙が視界を悪くする。

  アキヒトは身に纏ったコートに数百発の弾を受け、いまや残がいと化した執務机の

 上に仰向けに倒れ、動かなくなった。

 『大丈夫ですか?会長』

  一団のリーダーらしき男が部下に攻撃の停止を指示した後、会長に話しかけた。

 『何とかな。それより、新しいボディを用意しろ。これはもう動かん』

 『しかし、交換用はまだ製造中です。1号の機能停止はだいぶ先と聞いてましたので』

 『ふんっ、仕方が無い。しばらくはラボの水槽に逆戻りか……しかし、ワシのボディ

  にこれほどの損傷を与えるとはな…益々、興味深い。奴の死体をラボに運び…?!』

  アキヒトが起き上がり不敵な笑みを浮かべ、

 『それはご遠慮させてもらおう。しかし、伏兵がいたとは……時間をかけすぎたか?』

  ボロボロの布切れ同然のコートを取り去ったアキヒトの体には穴一つ開いておらず、

 全くの無傷に見えた。

  ガチャ、ガチャ、ガチャ

  再び向けられる銃口。

 『まさかな…………アレを喰らって無傷とは』

  リーダーの頬を一筋の汗が流れ落ちる。

  ゴーグルで隠された部下達の表情は全く見えないが、照準の定まらない銃が動揺を

 露にしている。

  誰もが思っているに違いない≪化け物≫と。

  私自身もそう思った。これが事実であるなら彼は一体?

 『会長のみを取り除くつもりだったが…………自分達の不運を嘆いても遅い』

  アキヒトは胸ポケットから口紅ぐらいの円筒を取り出し、上部と下部を互い違いに

 捻り放り投げた。

  アキヒト以外の者は呆然と事の成り行きを見詰めた、重機関銃が効果の無い怪物に

 対して何ができるだろうか?

  未だ、携帯可能なレーザー砲は開発されていない。

  円筒は放物線を描き、会長の頭上の空中に浮かぶ。そして……闇が拡がった。

  何も見通せない闇、微かなアキヒトの声が聞こえる。

 『運が無かったと諦めてくれ』

  その後は画面にノイズが入り画像が切り替わる。

  翌日のAM8:00と表示され、画面いっぱいに巨大な穴を映し出す。

  会長室の床にポッカリ開いた穴、画面が切り替わり見下ろす形になる。

  何階層も貫通する穴、何かに吸い込まれたような跡を残す床。

  運び出される負傷者、精神に影響を受けた者、体に傷を負ったもの。

  精神を壊された者はまだマシな部類だ、意識が確かな者たちはその異常な光景に嘔

 吐感をもよおし苦しめられていた。
 
  負傷者の体の一部が消滅していた、足を手を頭を。

  下半身を失い痛みで暴れる者、失った体を痛みを忘れて呆然と見つめる者。

  これら全てが彼、『闇騎士』が引き起こした事。

  これが本当の姿、目的の為には犠牲を厭わず、手を血に染めてきた男。

  《同一人物とは思えない》、これが記録を見終わった彼女の感想だった。


  アキヒトのくれたチップを自分のノートパソコンのスロットに差し込むとモニター

 に三頭身の女の子が現れた。

  銀色の髪、冷めた目線、オレンジの上着。

  何かの制服を着たマスコットキャラクター。

  インストールが開始され常駐プログラムとして認識される。

  選択肢は二つのみ、検索と解析。

  それぞれについて説明がされ驚く、解析は主任が研究していた遺跡について事細か

 に考察を並べ、それらを残したと思われる者たちの言語解析まで為していたからだ。

  主任もそこまでは至っていなかったはずなのに、これを作った人物は遺跡とそのテ

 クノロジーについてずいぶん詳しい事をうかがわせた。

  役立つ、なんてものじゃない。後少なくても数年はかかった言語解読期間をゼロに

 しただけでなく、一気に数年進めてしまった。

  ただ、彼らの移動手段と兵器についての項目については、パスワードを求められ閲

 覧できなかった。

  後は自分達で調べろ、というところか。

  もう一つの項目《検索》はあらゆることについて調べてくれるらしい。

  試しにアキヒトについて尋ねてみると、マスコットキャラの前に本棚が現れ、鉢巻

 を頭にした女の子が汗をかきながら、一生懸命に調べている様子に切り替わる。

  数秒後、検索結果が顔写真付きで数千人表示され、下から上へと流れていく。

  彼がいた、《アマガ アキヒト》付随資料《闇騎士》。

  彼についての資料はそれほど多くなく、ほとんどの資料は彼のこれまでの罪状につ

 いてだった。

  ニュースに報じられてもおかしくないほどの爆破テロ、しかし、狙われたのは表ざ

 たにできない実験を繰り返していた研究所であって、当然ながら関係者は一様に口を

 閉ざし、無かった出来事として処理されているらしい。

  ミヤマが言っていた通り、彼の遭遇者は死亡もしくは精神を破壊されるなどろくな

 事になっていなかった。

  数少ない生存者のうちの一人、ネルガルのヤマモトという人のレポートはより詳し

 く書かれていた。

  出身地、国籍、所属機関不明。性別男。自称アマガ アキヒト。

  何がしかの格闘術をたしなみ、未知の技術を操る。神出鬼没で場所を選ばず現れる。

  協力者と思われる女性《フェイク》音声のみ確認されたものの実像不明。

  数行の解説文と写真。それだけだったが、他の資料に比べればいくらかマシだった。

  そして、《闇騎士》についての資料の一つが件の映像でプロスがヨベに見せられた

 ものもこれだった。

  ネルガル会長襲撃を最後に彼は姿を消した。

  私室に戻ると毎回あの映像を見直す。

  どこかに綻びやツジツマの合わない事は無いかと、何回も見直した。

  結果は同じ、三ヶ月以上もかかってわかったのは少し。

  軍もネルガルも同じ見解で彼は死亡とみなされ、資料のほとんどがデリートされた。

  闇騎士など初めから存在していなかったのだ、とでも言うように。

  でも、彼は生きていて私の前に姿を現した。

  あの時彼はこう言っていた『余り長居できる身分じゃない』と。

  彼は表向き死亡した事にしたいのだろう、何かの目的の為に。
 
  何の為に?わからない…………私が要るってどういう意味?

  わからない、わからない、わからない、わからない…………

 ピンポーン

 『イネスいるかー』

  呼び出しチャイムの音と共にミヤマの声がする。

 「なに?」

 『あんまり根を詰めちゃあだめだぜ。気晴らしに食事でもどうだい?』

  言われて初めて時計を見ると彼の記録を見始めてから5時間も経っていた。

  心なしかお腹が空いている気がする。

 「いいけど………もちろん、ミヤマのオゴリよね?」

  ロックを解除し、廊下に出ると普段着に着替えたミヤマがいた。

 「OK任せろ!お前の為ならいくらでも払ってやる」

 「そんなに気張らなくても………待っててすぐ着替えるから」

  今わからなくてもきっといつか解明するから、あなたの事。

  本当のあなたがしりたい…………

  自分と話したアキヒトの全てが偽りではないと思う、でも真実でもない。

  記録の中のアキヒトも私が知らないもう一つの顔、でも、何があなたにそうさせたのかな?

  私にはあなたが泣いているように感じた。

 「ん、どうした?」

  知らぬ間に頬をつたい涙が流れた。

 「ごめん。何でもないから」

 「そうか。どこにいこうか…………」

  ミヤマの話し声は右から左へと流れていく。

  今度逢えたら何から話そう、本当の彼を知りたい。
 




あとがき


  アキトの少年時代編及び大人の事情どうでしたか?

  ある一定まで書ききらないと終われない気がして、長くなってしまいましたが、二

 ヶ月経つと色々な事件が起きたり、世界情勢の変化や日本のこれからなどに頭を悩ま

 し、仕事場でも色々ありました。忙しかった…………

  アクションのトップページのお言葉に時には笑わされ時には癒され…………

  話の先の方は考えてはいるのに原作のイメージを壊してもいいのか?とか、やめよ

 うかな、とも思う事もしばしばありましたが、新年の抱負通り初志貫徹して今年中に

 ナデシコ発進のとこまで書きたいと思います。

  遅筆ながら読んでいただけると幸いです。

  題名も毎回悩みますが、最初は『残されたもの』でした。

  誰が誰に何を残したのかは本編に書いたのですが、もう一つエピソードを考えてい

 て、そちらが本命でした。

  まぁそっちは別に少年編でやらなくても青年編でもできるネタだと後になって気付

 き、省きました。

  これでひとまずプロスさんはナデシコ発進直前まで出番はないはずです、たぶん。

  当てにならない予告やります!

  時は過ぎ去った、以前と違う生活を送るアキト。

  体育祭、文化祭…………学校行事が滞りなく進み、木連襲来の時が刻一刻とせまる。

  何気なく参加したクラブ活動、そこでアキトは何を見るのか?

 『やはり、あなただったのですね?』 アキトの問いかけは誰になされたものか。

  何もかも全てが決まっていた事なのか?

  姿を現す未来からの追跡者、時の歯車はどこかで狂いだした…………

  次回、アキト青年編突入!

     いや、早いとこ先へ進めたいんですがねぇ。

 

 

 

代理人の感想

てにをはが狂ってますねー。

読むのが少々苦痛でした。

例えば

>負傷者の体の一部が消滅していた、足を手を頭を。

の一文。

この場合「足が手が頭が」でしょう。

またそう言うことはないと思いますが、倒置法でない(=「消滅していた」が「足を手を頭を」にかからない)なら文章自体が間違っています。

 

後、表現も舌足らずです。

「ユートピアコロニーの裏側」と言う表現は恐らく「火星の裏側」と言いたいのでしょうが、

普通ただ「裏側」だけだと「正面の反対側」と解釈するのが一番適当です。

たとえば「富士山の裏側にある山」と言った場合、アルゼンチンあたりにある山のことを思い浮かべますか?

 

判りにくい文章はそれだけで読者を遠ざけます。

お気をつけあれ。