プロローグ

  

 それは、いつからあったのだろう? いや存在していたのか?
 最初それは一部にすぎなかった。作者不明な言葉として『無限に広がる大宇宙』とよく言われ
るが、<今なお宇宙は膨張し続けている>と学者達の通説ではそうなっている。
 だから、十万光年の直径を持つ銀河系の端、百二十億kmの広さの恒星系を覆う闇など
広大な宇宙にしてみれば、針の先ほどの点に過ぎなかった。
 ただ、そこに住まう者達には甚だ迷惑この上ない事象であったろう…………


 ラグアス=ソーミニオンは、銀河連盟に所属するダグヨス星系出身の銀河連盟統一軍の大尉
で一応妻子持ちである。
 ダグヨスは銀河中央より十光年の位置にあり、早くから連盟に賛同した星系である。
 現在では他星系人との混血も進み純粋なダグヨス星人は少なく、ラグナスも混血人種である
ものの先祖帰りなのか体型はがっしりとしていて、顔も無骨でいかめしい。
 しかし、妙に愛嬌のある笑顔を時々浮かべるのでそれ程周りの評価も悪くわないが、いささ
か口調が悪く規律にルーズな点が上官に対しては受けが悪い。
 ダグヨス星人は平均寿命が三百年ぐらいあり、ラグアスは今210歳を越したぐらいで中年期
に入り渋みが増してきていた。顎に蓄えられたヒゲも貫禄十分で軍隊暦は150年は勤めているは
ずなのに、未だに大尉であるのもそれが原因とも言えるが本人は至って気にしていない、結構
身軽に振舞えるし、将官は肩がこるとは本人の弁である。
 主な任務は銀河系辺境宙域の犯罪の取締りと空間跳躍施設の警備であり、今回の任務は特別
なもので彼の管轄外地域である。今回の任務は……………………


 空間跳躍航法〈ジャンプ航法〉
 この技術が生まれるまでは各星域を離脱する為、数々の試行錯誤がなされた。
 プラズマドライブ、超電磁機動、フェイズシフトドライブ、等等である。
 しかし、どうしても越せない壁が存在した、『時間』である。
 現在、連盟所属の星系を起源とする知的生命体は、五十万種以上と言われ
るが短命種で数年・長命種で数百年と様々である。
 彼らはそれぞれが生み出した技術により他星系への移民に乗り出した。
 航行は数十年から数百年にもわたり、冷凍睡眠・クローニング等で延命した後、居住
惑星にたどり着いた時、主星と通信途絶状態に陥ることが多々あった。
 それらは通信機器の故障が主だったが、余りにも遠すぎる距離によって遅滞が生じた
事も一因だった。
 移民の可否の結果を知る事が、最初の計画より実に半世紀が過ぎた頃だった。
 彼ら、移民推進派にとって必要とされる情報が伝わったとき、すでに過去の情報に成下がっていた。
 だが、彼らはやめなかった。例え時間が数百年かかろうと星界に種子を拡げていった
 転機は意外な所からあらわれた。
 銀河系辺境地域の太陽系第四惑星マーズを起源とする種族が、空間跳躍航法理論を確立した事によって
 元々、平行宇宙理論証明の為の実験中、触媒として用いた鉱石が謎の発光現象を伴い
探査機器もろとも消失する事故が発生
 原因究明もままならぬ間に第三惑星アースの海洋探査公団よりより驚くべき報告が飛
びこんだのだ。
 35000mの海底から引き上げた鉱石に現在の技術による機器が付着していた、とい
う報告がなされ、鉱石の腐食ぐあいから数千年は過ぎていることが確認された。
 実験に携わった研究員はすぐさま鉱石を取り寄せ調査した結果、数日前に消失した
鉱石に間違いないことが探査機器の製造番号などで確認され、論議が連日交わされた。
 結果、鉱石は何らかの現象により時間と空間を飛び越えたと考えられ、研究が開始され
四年の研究の成果として、空間跳躍航法理論が完成の域に達したのだ。
 だが実用は一朝一夕にはいかず、まず彼らの主星に跳躍演算装置が設置され、他星系の
居住可能惑星に向けて跳躍空間ブイが打ち出された。
 比較的近い惑星でも数年かかり、ブイが機能しだす数年の間跳躍フィールド発生装置を
積みこんだ実験船が製造された。もちろん、あの鉱石が機関部には使用されていた。
 無人船による実験は成功を収めたが、中には数回消滅することもあった。
 演算機の調査によると一種のバグにより過去ないし、数十年後の未来に跳ばされた
事が予測された。
 それらのバグの修正及び改良に費やしているうちに予測を裏付けるように消滅した実験船が出現し始め、より正確な空間演算能力が高められていく。
 技術が一応の完成に至った時にはあの鉱石消滅より126年が過ぎていた。
 彼らの活動領域はその星系に留まらず、跳躍装置と共に銀河中に広がっていった。
 しかし、この技術は戦争をも呼び寄せ、第一次銀河大戦が勃発する。
 初めこそ他星系からの訪問に浮かれ未来への活力の原動力になり得たものの、距離と時
間の短縮は自勢力の拡大の野心に取り付かれたもの達に、征服欲の道具として使われ紛争
が戦争へと拡大していくのに時間はかからなかった。
 敵基地・陣地に直接兵器が打ち込まれるのはもちろん、兵員も送り込まれ制圧する。
 対抗手段として跳躍キャンセルの技術も進み……………………


「…………大…………尉っ、大尉!」

「大尉っ!…………もうっ!…大尉!

「うわっっ。何だよセイ、びっくりするじゃあないか……」

「何度呼びかけても返事しないからでしょう?…それより、もうすぐ最終跳躍門ですが
何をそんなに熱心に読みふけってるんです?それ、今時珍しい紙の本じゃないですか」

 久しぶりに読書欲に取り付かれた私を恍惚から引き上げたのは、この船『サルビア』のメインAIのセイだった。
 ホログラフィの姿は生意気そうなガキで口調も子供らしい甲高い声だ。
 まあ、自分で設定しておいて何だがいつ聞いてもうるさい。
 自宅の子供をイメージして設定し育て上げたので今では、我が子同然だ。
 どこで間違ったのかクソ生意気な息子ソックリになりやがって。
 遠く離れた気がしないのは正直な気持ち…助かっている。が、こう口うるさくちゃあな。

「大尉、何考えてるんです?」

 俺の思考を見透かしたように質問しやがる。くえねえガキだぜ!……………とても機械と
は思えねえ。禁じられた古の技術………生体脳でも使ってるんじゃないのか?
 俺達は半リンク状態で繋がってるから今みたいに感づかれやすいが、完全でないので根本
までは探られないように閉ざすこともできる。
 確かに考えが即座に伝わる完全リンクは戦闘時及びプライベートでも重宝はするのだが、
いかんともしがたく良い事ばかりとは言えない。
 以前、別の隊でこんな事があった。


 その部隊の駆逐艦〈もちろんワンマンシップだ〉乗りが、仕事上のトラブルで僚船とイザ
コザを起こしていて、間の悪い事にそいつは完全リンクでAIと繋がっていて、つい考えてし
まったんだ、『アイツ…許さねえ!殺してやる!』と。
 ほんとの所、本気じゃあ無かったみたいなんだがAIが即座に実行した……相転移砲の連射
を警告無しで相手に向かってぶっぱなしやがった。
 相手側のAIがいち早く気付きはしたものの遅く、別次元に消されてしまった後だったみた
いだ……その事故を教訓に完全リンクが見直され戦闘時以外は半リンク状態が、規律に盛り
込まれたのは言うまでもない。
 ちなみに転移させられた船はAIが張ったジャンプフィールド(JpF)のおかげで守られ、
23年後に転移した後に元の時間にジャンプをしたので、消されてから数分後に同宙域に戻れ
たわけで、死人こそ出さなかったものの駆逐艦の艦長は降格処分のうえ、地上勤務に配置が
えになったらしい。


 「何でもねえよ!……それより、この本のことだったよな?」

 誤魔化しながら話を振ると簡単に乗ってきやがった、やはりガキだぜ。

「どうせろくでもない事でしょうけど…………。それより何ですかソレ」

 声に興味しんしんという響きが感じられる。このプログラムを作った奴はよほどの凝り性
のマニアに違いないな、うん、確定、決まりだな。

「ああ、これはな………『銀河連盟の成立と跳躍技術の歴史』ってえ本だ。これから向かう
星の装置はなあ、最初の跳躍演算装置なんだぜ。連盟ができるずっと前…………ええっと…
…………いつだったかな?」

 いけねえ忘れちまった。

「銀世紀前150800年8月3日です。ここ百年は軍の昇進試験にも採用されていますが
まさか……忘れたなんて事は?」
 呆れ口調でほざきやがって。人間は忘れる動物だってーの、だから過去には拘らないもんだ。
   しかも二百万年単位の歴史をそらで言える方がおかしいんだ。
「そうそう、それそれ。記念すべき第一歩の地だからよ、予習がてら読んでたんだ。すっかり
引き込まれて聞こえなかった。無視したわけじゃないから怒るなよ!なっ」

 ホログラフィに向かって頭を下げる。
「怒ってませんけどね。しかし、その装置に何があったんでしょうね?…………確か守備兵力
として第1548連隊の1,700隻が警戒にあたっていたはずですが…………」

   ジャンプ装置が世に出てから実に二百余りの大戦と数十万回にわたり紛争が繰り広げられてきた。
 連盟が旗揚げをした時から我々統一軍は、ジャンプ装置の重要性を鑑みて各施設を常時、守備し、管理してきた。
 現代のジャンプは許可制で一般人が自由に銀河を旅行することはできない。
 紛争は銀河系の各宙域で今もどこかで行われ、我々統一軍は時には介入し仲裁の為、武力
を用いる事もあり二百年前の大戦が終了した今も、装備を維持し続けている。
 さすがにガス惑星を核としたブラックホール爆弾〈BHBOM〉や、物体を分子レベルまで分解
するレイティカル砲〈RT-C〉など、銀河系の存在に危機をもたらす恐れのある兵器は封印され
使用に関しても、連盟加入星系の九割の賛成が得られなければならない。
 俺の記憶に照らし合わせてもここ二百年の間にそれが発動された事は一度も無い、
紛争はあれど大戦は無く銀河は久しぶりの平穏な時代に入っていた。
 それなのに、数ヶ月前から銀河各辺境の各惑星からの通信途絶が相次ぎ、辺境への直接ジャンプ
もできなくなり、調査の為に俺達のような施設のメンテナンス技能を持つ者達が各宙域へ派遣されたのだ。
 セイの奴も心配そうだ。兄弟機達も多数配備されていたからな。
「それを調査しにきたんじゃないか俺達が。通信が途絶えてかれこれ二ヶ月になる。機器の故障にしてはおかしい。
 とはいえ、頼みのジャンプも目的地のヤツが使用できねえオカゲで、次の跳躍後は通常空間
をフェイズシフトドライブで航行しなければ到達できなくなってしまった。
 その間、肉体の老化を防ぐ為半リンク状態で冷凍睡眠に入るわけだが、アレは寝起きがだる
くて気分の良くない代物だ、俺としては一定空間の時間を止める『停滞-F』の方がお薦めだが、
リンクも止められてしまって緊急時の対応ができなくなる欠点を併せ持つ。
 先人の技術も使えなけりゃあ、有り難味が嫌になるほどわかるぜ、ほんと!
 巡洋艦耐用年数は千年はもち、燃料は異空間から絶えず補給できるのでコストの面ではこれが
ベストなのはわかるが…………


 FSD(フェイズ・シフト・ドライブ)、空間位相変位移動手段とも言われる。空間の位置を少しずらし
亜空間航行する手段で惑星やデブリなどの障害物に関わらず移動でき最短距離が取れるので、
航路設定に関しては優秀である。
 その上、亜空間に散在するエネルギーも同時に吸収するのでコスト面でも良好であるが、空間
跳躍が実用化された今となっては主要航行から外れてしまい、廃れてしまった技術である。
 通常、我々は目的地に向けては長距離〈一光年以上〉を跳躍門で、短距離〈一光年以内〉なら
単独ジャンプで目的地に達する事になる。
 空間跳躍装置が何らかの故障に陥った時の為に、軍では今なお組み込まれてはいるが、あくま
で非常時のものなのでほとんど使用する事はなかった。


「心配するな!危険と見ればすぐ逃げればいいし、時間をさかのぼって元の時間に還れるさ」
 まあ、それも任務を無事終えジャンプ装置が正常に働けばの話だが……………………

「………そうですね。では、最終跳躍に入ります。…………10、9、8、……」

 俺達の船は最終跳躍門にたどり着いた。門といっても宇宙空間に巨大な輪が浮かび、輪の内側
の空間が揺らめいてるのが見えるだけだが。
 その規模はこの船の全長が230mに対してなんとでかいことか! かっては敵惑星に対して恒
星を打ち込む時に使用されたこともあり、馬鹿でかい。もう端が見えなくなった、最大望遠でも
モニターに入りきらない。
 跳躍門を通るときいつも思う、人類はこんなものまで造っちまうのか、と。

「………2、1、0!跳躍!」

 船体が虹色のフィールドに包まれたまま歪曲面にふれた数瞬後
再び現れたところは十光年先だった。

「これより、FSDに移行します。同時に睡眠装置起動。おやすみなさい大尉…………」

 セイの声が子守唄のように心地よさげに俺の耳朶に染み渡る。

「……ああ、後を頼む」

 俺は半リンクを維持したまま深い眠りに落ちていった…………


…………全て……全てを我が物に…………


ぐうっ!……な、何だ。今のは………何かおぞましい感覚がした
 〈セイ!…緊急覚醒モード始動〉

「……大尉!どうされたんですか?まだ行程は半分残ってますよ?」  

突然呼びかけた俺に戸惑っているのが感じられるが、指示どうりにシステムを立ち上げてくれた。
 俺は霞む視界のなか頭を振りながら、まだ温まりきっていない身体を擦りながら立ち上がり計器を見渡す。
 セイの言ったようにあれからまだ22年ぐらいしか経っていない。
 だが、これ以上進む事に対して俺の勘が危険だと言っている、嫌なんだ前へ進むのが……

「セイ、前方の宙域を高密度スキャン。半径十光年。」

「はい、スキャンします。………完了! 特に異常は見られません。」

 意識に緊張感が加わっている事に気付いてくれたようだ。
 打てば響くように答えが返る。

「う〜〜〜ん………気のせいか?…いや、何かある。何かいる感じがする。」

 モニターに映る宙域は一見異常が見られない、むむっ? あれは何だろう?
 中心点に視界を向けていたので気付かなかったが、後方宙域を映し出すモニターより前方
のモニターの方が幾分くすんだ様に見える。
 この宙域にガス領域が存在している記録は無いが…………

「セイ、このモヤの様なものは何だと思う?」

 自分が何に対して言っているのかリンクを通じてセイに知らせる。

「……えっ!?これなんですか?………おかしいなあ、探査装置には何も無いんですが。大尉には見えているんですよね?」

 自分が探知しているデーターと照らしあわしながら、しきりに首を傾げるホログラフィのセイ。

「お前には見えず、俺には見える…………過去の事例に似たヤツはあるか?」

「えーーとっ。待って下さい。………ありました。銀世紀604年に西アルタイルの惑星スチ
ベキョルにおいて、生物兵器『DEKUTER』試作型が暴走。周囲半径167万kmが拡散したモヤ状の
体細胞に包まれ、住民15万2千5百人が吸収消去され7千万人が重軽傷を負う事故がありました。
この時の『DEKUTER』の姿は我々の機器には探知されず、生物にのみ見えた、とされています。
でも、大尉が見ている範囲だと半径一光年は越えているように感じます。」

 『DEKUTER』か。だがあれはあまりにも危険で焼却処分され、データーも消滅したはずだ……
対応に困った星系政府がスチベキョルに打ち込んだ、重爆炎消弾7発によって。
 重軽傷者の半分がそれの余波に()ってだなんて、軍の極秘資料の中にしか載っていないがな。

「本船はこの宙域にて停止。探査ポッドによる接触探知の報告を待つ。」

「了解。機関停止。DF(ディストーションフィールド)を張りつつ待機。ポッド射出!」

 船体は静かに停止し防御の為、DFを張り探査ポッドを打ち出した。
 ポッドは後部の噴射口に光をともすとDFに包まれ、視界から一瞬にして消えた……いや本当に
消えたわけではなく、肉眼で追随できなかっただけだ。
 現にモニターには軌跡が表示されている。
 レーダーモニターにはすさまじい速度で本船を離れる光点が表示されている。
 フェイズシフトとプラズマドライブを併用したもので、人体はとてもGに耐えられない速度だ。

 「!? 意外に拡散域は近かったみたいです。距離120億km。各種データーは既存のあらゆる物質
に照合しません!?……いえ、いや、まさか?」

 データーを見ていたセイがしきりに頭をひねっている。
「何だ?歯切れの悪い奴だな。はっきり言ってくれ」

「………信じられない事ですが、ほんのわずかですが、人体の構成物質と同一の物が含まれています」

 それの意味するところは?

「ありていに言えば、人間そのものとも言えます。しかし…………」

 納得しかねているみたいだ、そりゃあそうだろう。真空中に人類?それも機器に感知できない
モヤ状で半径一光年の範囲に拡がっている?判らない事だらけだ。
 だが、アレは俺達の目標惑星の方から向かってきている様に見える、偶然だろうか?
「むう、何かわからねえがデーターを記録後、緊急離脱。用いられる全ての航法で帰るぞ!」

 まあ、何にせよ長居は無用だ、早く、早く、ここを去らねば……奴が来る!……?! 奴って何だ?
俺は何かを感じていた。身体の芯から恐怖がせり上がる。

「了解。記録終了。FSD(フェイズ・シフト・ドライブ)起動。!?」

 船がFSDに移ろうとしたその時、ブリッジ中央、つまり俺の前に唐突に何かが現れ初めた。
 最初それは空間の歪みであり、蜃気楼の様であったが次第に実像を結び、繊細で優しげな
微笑みを浮かべた少年の姿へと変えた。



銀河の片隅よりにじみ出た染みは、いまや宇宙全域へと拡がっていた。
 否、この世界そのものと言ったほうが良い。
 その中でひときわ輝く銀河は闇多い尽くす、この世界にあって一滴の雫のごとく希少
で、この世界唯一の宝石へと昇華したのだ。
 最期の希望の輝きにも似た……………………唯一の希望。


その少年…………少年としか表現できない。いや、本当にそうだろうか?
 髪の色は黒く瞳さえ同じ。瞳には光は無く、深い闇を湛えた底無し沼のように澱む。
 口元の微笑みは天使というより酷薄な形だけのもの、纏わせる雰囲気は見かけ通りの
少年のものではない。
 銀河系の星系ごとに多種多様な種族が存在し、中には少年期の容姿のまま死を迎え
る種もある……だが、彼はそのどれにも該当しないのではないか?………………
その姿は目的星系アースの固有種に酷似しているが、どの環境がそうさせたのだ?
 禍々しくも心惹かれる存在感を纏う少年だった……………………


「ふむ……教えてくれないか?……この宙域はジャンプ装置が使用
   不能で、生体ジャンプも不可能だ。どうやってここに入った?……」

 少年は微かな笑みをたたえたまま佇んでいる。

「この船は一応軍艦でな、一般の立ち入りは厳しく罰せられる。」

 聞こえていない?…………いや通じていないのか?その表情はまるで動かない。
 茫洋(ぼうよう)とした視線をこちらに向け、微動だにしない。
 だが、俺を見る態度が気に入らない。まるで見下しているような傲慢さを感じる。
 セイは何かに呪縛されたのかのように応答は無く、室内を静寂が満たす。
 今気付いたが、俺は祖国の言語で問いかけていたようだ。
 こんな事態は初めてとはいえ、仮にも連盟軍人の端くれである俺が動揺してしまったらしい。
 連盟公用語である銀河標準語に切り替え、同じ内容で聞いてみると、

「ああ、挨拶がまだでしたね。初めまして、ラグアスさん………
   僕の名は……どれにしようか?………『世界を見渡せし者』、
『数多なる名を持つ神』、『世界を刈り取るモノ』、色々あるからいつも迷うな」

 少年は微笑みを深くした。
 俺の質問ははぐらかされたままである事に気付いた。
 それより問題は奴が俺の名を知っていた点だ。俺はまだ名乗っていない。
 俺の思考を読んだかのように、
「不思議がっているようですから種明かしをしますと、先ほど打ち出された
探査ポッドに逆ハッキングをかけて教えて貰いました」

 たいした技術力だな…………セイにも知られずに簡単にやってのけるとは。

「ええ、簡単です。あなた達の思考及び行動は、僕の監視下にありますのであしからず」

「……監視?」

「ええ。連盟の指令内容、目標、全て把握済みです」

 気負いも無く淡々と語られる内容には唖然とさせられた。

「あなた方に接触したのは、世界の最期の傍観者として僕のそばにいてもらう為です」

「おいおい、世界の最期なんて大げさだぜ。それに俺は一人で君を入れても二人だが?」

「いますよ、もう一人。ですが、お披露目の場には殺風景な過ぎますね。相応しい場所へ」

   奴は周囲を見回すと右手を軽く横に振り払った。
 その瞬間空間が歪み別の空間に俺達はいた。


 座していた艦長席も消え、予想外の展開についていけなかった俺は無様に後ろへ転がった。

「痛つぅっ………いきなりかよ。それにここは?《ドサッ!》ぐっふぇ?!……何だ、この()は?」

   起き上がろうとした俺の腹の上に少女が落ちてきた。
 思わず見とれてしまう。俺好みの美少女そのものだった。
 長く蒼黒い髪にほっそりした小さな顔、体型は華奢な感じで白磁のごとく滑らかな肌。
 目のやり場に困るほど豊満な胸を小刻みに震わせている。
 俺は年甲斐も無く早鐘のように高鳴る胸を押さえ、視線をさ迷わせた。

「嘆かわしい事ですが、どこの世界でもある程度科学が進むと人命は軽視の道を辿ります。銀河連盟も多分にもれず、目的の為には手段は選ばない考えが定着しています」

 いきなり何の話だ?……それにこの少女は一体?……見上げた天井に少女が落ちてきた穴の
痕跡はどこにも無かった。

「ここ200年間に連盟で建造された艦船のほぼ9割のAIの生体部品として、
             戦災孤児達の脳髄が使われているのを知っていますか?」

 なんだと!?突然、何を?

「連盟は救済の名目で集めた孤児達の脳髄をAIの一部としました」

「……それは、本…当のことか?」

 信じられない、あれは当の昔に禁止され封印された技術のはずだ。

「ところがそうではないんです。このサルビアのAI人格には彼女の脳髄が使用されていました」

 少年は少女に視線を向けて静かに語る。であれば、この子が『セイ』なのだろうか?
 余りにも人間の思考を模倣したかのような対応、その正体がこれか…
くそっ!!

「彼女が人間だった最期の記憶は手術台の上に輝くライトと自分に覆いかぶさる機械の群れ…………」

「もういい!…………」

 際限なく聞かされる内容に吐き気をもよおし、奴の言葉を遮る。もう聞かなくても分かる。
 何も知らずに使っていた俺も同罪だ。俺は戦災孤児達を隷属使役していたのだから。

「そうですか?これからが面白いところなのに。まあ、暗い話はここまでにします」

 何でもない事のように語る奴の思考が読めない。

「で、彼女の器は大尉の記憶を基に創造しました」

「俺の記憶?」
 確かに現実には中々お目に係れない妖精のごとき容貌であるが。

「僕の本体は膨大な体細胞組成成分を保有しています。材料は豊富に有りましたし、
単なる余興ですがどうです?中々の出来でしょう」

 奴は自己陶酔の権化のごとく語り続ける。さも感謝しろ、とでも言うように。
 俺は途中から聞いていなかった。セイの姿は俺の願望だという。
 俺の記憶から再現された完璧な美少女…………セイの奴はどんな面をするだろう?
 気に入ってくれたら、うれしいなあ…………そして、俺と…
 ラグアスがセイに思いを馳せている頃、少年は先ほどとは別の笑みを浮べた。
 俺が目にすればきっと不安を掻き立てずにはいられない、凶笑を。


「なあ、さっき妙な事言ったよな。本体とか器を造ったとか?」

「ええ、本体はこの銀河を囲む、大尉曰く『モヤ』です」

何!?…………あれがお前なのか?じゃあ今俺の前にあるその姿は何だ?」

「今の姿は僕が人間だった頃のもので、ラグアスさんと会話する為に造ってみました」

 正体不明の『モヤ』自身が接触してくるとはな。調べる手間が省けた事だし、
少し話に付き合うのもいいか。


「昔、遠い昔。僕がいた世界の故郷の星で一部の老人達が夢見た理想。彼らは、
不完全な人類を完全な種となす為『人類補完計画』を実行しました」

『人類補完計画』?

「僕達の惑星は『地球』と呼ばれていました。その星の人類全てを一つに融合し、欠落部分を
補完し完全なる存在を創り出す計画。老人達は『神』になれると考えていました」

「神を人の手で造り出そうとしたのか。しかし、どうやって?」

「簡単です。人類全てを溶かしてです。計画の要にされた僕の人格のみが残り、
その他の人類の記憶と能力を僕が引き継ぎました…………」

 愚かな計画だ。それだけの犠牲を払う価値があったのか?

「結果から言いますと、この世界は言うに及ばず他の世界にも『神』と呼称される存在はいます。
しかし、必ずしも絶対的な存在ではなく超越者の域は出ません。
全能なる存在『神』……そんな者はどこにもいませんでした」

「俺にはお前の能力自体は十分『神』の域にきていると思うがな」

「よしてください。僕は『神』なんかじゃないです。でも人間でもない、…………」

 一瞬、悲しげな笑みを浮かべたように見えたのは錯覚だろうか?


  「それで、この世界に来た目的ですが。例えば生物兵器『DEKUTER』を挙げますと、
こちらでは成功しなかったものも、僕の世界では地中深く完成した姿で封印されていました」

 内容が理解の範疇(はんちゅう)を超えていて現実とも思えない。

「僕の世界ではなしえなかった技術も別の世界では成功しています。つまり、より多くの力を
得る為の近道として、別次元の世界の可能性にかける……それが、この世界に来た理由です」

 既に神に近い能力を得ながら、まだより多くの力が要るのだろうか?

「老人達が望んだ……いいえ、僕の両親も夢見た『完全な存在』。それを()す事が目的です」

 そんな事が果して可能だろうか?

「別世界を巡り力を手に入れ続けて、いく星霜。今だ全能足りえません」

 本気か?

「さっきから『僕の世界』とか『別世界』とか言っているが、どういう意味なんだ?」

「そのままの意味です。僕はこの世界の存在ではありません。銀河系という意味
      ではなく他銀河をも含む、この宇宙全ての世界・空間の外から来ました」

「別次元の世界という意味か?」

 目の前の現象が無ければ空想好きのSF少年にしか見えない。
 俺はいつの間にか懐疑的だった奴の話を受け入れていた、現実として。
「概念的には…………おや?お姫様が目覚めたようですね」


「…………うっ、う〜〜〜〜ん。あれ?………僕、いつのまに寝ていたんだろう?」

 鈴を震わせるよな澄んだ音色のような声だった。心地よい。

「あっ!大尉。すいません、いつのまにか寝てしまっていて」

「いや、それはいいんだが………身体はどんな調子だ?」

 格好が格好だけに視線を向けずらい、あいつは俺の慌て振りを楽しんでいるみたい
に忍び笑いをしている。案外いやな性格だな。

「えっ!?身体…ですか?」
 セイは自分の視線を下に向ける、

「なっ、なっ、なっ、何ですか!?これ、どうなってるんですか?……僕は男なのに
    なんで女の子の格好になってるんですか?それも…は、裸?」

 顔を赤らめ恥らう姿が何ともはや…………そそる!!
「まあ、色々あってな」
 俺にはそれしか言えなかった。

「説明になっていないですよ〜〜〜うっうっうっうううううううう〜」

 泣かせてしまった。
 そりゃあそうだよな。目覚めたら肉体を得て性別が逆転するなんて現象を実体験したら。
つい、俺ならと想像してしまい気持ち悪くなった。
 しかし、俺好みの美少女が俺の胸元で寄りかかり、泣いている………しかもグラマラスな裸で
…………こうなんていうか、くるものがあるよなあ〜〜〜いっ、いかん、いかん。
俺には妻も子もいるんだ!!……しかし、たまんね〜〜なあ、おい!…………じゅるるる。


 俺の心の中の葛藤をよそにあいつは話し始めた。

「セイも気付かれた事だし、説明を…………」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ…………セイ、お前のその姿については、あいつに聞いてくれ」

 セイにこのまま抱き付かれたままだと、り、理性のたがが外れる。
 混乱しているセイをなだめるのが先だ…………

「えっ!?そうなんですか?………あの、え〜〜と、あれ?初めて見る顔ですね?」

「初めまして。僕は…そうそう、自己紹介がまだでした」

 そういうとあいつは、俺達に歩み寄りセイの頭に左手のひらをかざし、
「いい機会ですから、セイに付けて貰いましょう」

 手のひらからセイに向かって光の粒子が降りかかる。何やってんだ?

「どうですか?…………セイさんから見て僕は何だと思います?」

 セイはしばらく呆然としていたが、急にガクガクと震えだし、首が千切れるかと思うく
らいの力で俺にしがみ付いた。

「おいっ、セイ!どうした?…………一体、今、何をしたんだ?」
 セイの震えはいっこうに止まらない。

「いえ、大した事じゃ無いですよ。僕の過去とこれまで行いを彼女に見せてあげただけです」

 たったそれだけでこうなるのか?一体、セイは何を見せられたのだろう。
「ショックがあり過ぎましたか?」

 本人はケロッとして人の悪い笑みを浮かべている。

「………た、大尉………大尉!…この人は………いえ、このお方は…」

「何が見えた?…………こいつは何なんだ?」

 震えるセイをなお強く抱きしめ、静かに問いかける。

「…………人の運命から解き放たれし者…………世界を渡る者、人を超越した存在。…
数多の世界、運命を喰らい完全なる存在を望むもの、この世界の外から来た存在。
人に在らざるもの………人の概念から紡ぎだされる答えは…………『神』、『悪魔』、『魔王』……」

 初め、ポツリポツリと紡ぎ、一度言葉を切る。恐れらしきものを内封した言葉の羅列。

「………そして、私の創造者。だけど……恐ろしい、次元が違いすぎます。異質な存在なんです……大尉!


 まあ、そうだろうな。目の前にいるモノはそう呼ぶしかない存在だよ。だがな…………

「う〜〜〜〜ん。セイさんでも決めてくれませんか……仕方が無い。仮に『雄二』と呼んで
ください。いつまでもあいつとか、少年じゃあ言いにくいでしょうし。うん!決まり!」

 雄二に決めるんなら最初からそう言えばいいのにな。
 余りにも馬鹿げているせいか感覚が麻痺してるらしい。
「ところでセイさん。昔の記憶も戻ったみたいですし、本当の名前で呼びましょうか?」

 昔の記憶も与えたのか?

「いいえ!わ、私は………以前名前の私はあの時死にました。今の…今のラグアス大尉が付け
てくれた名前が私の名前。いいですよね、このままで」

 セイは頭を何度も振り切り、雄二の言葉をさえぎり俺を見上げた。俯き加減でわずかに濡れた瞳
が俺を見つめる………そんな顔で見られると断れねえよな普通。

「ああ、お前はセイだ!誰が何と言おうがお前はセイ。俺の相棒だ!!」

「今から俺のモノだ!ぐらい言えばいいのに」

雄二の何か呟きを無視する。

「はい、有難う御座います。あの、ですから神様、僕、いえ私はセイのままでいいです」

「君がいいなら構わないよ。それから、セイ。僕の事も『雄二』でいいからね」

「えっ、でも…」

「いいよね?」

セイに微笑みかけているが目が笑っていない。
「はっ、はい。雄二様!!」


 俺とセイを前にして雄二の『世界の定義』についての説明が始まった。
あいつが言うには、『これからの自分の行動について、より深く理解してもらう為に必要』と言う事らしいが、

「それで話を戻しますが、世界の概念について…その前に、セイさんにいいものをあげましょう」

 どこから出したのか一辺が10cmぐらいの奇妙な紋様が刻まれた、キューブ状の物
が雄二の右手のひらに現れ、セイに向かって放物線を描く。

「これは?」

 手のひらより少し大きめの何かを受け取った。
「それは『オモイカネ』…………一種の端末です。世界の全て……この世界以外のことも
望めばあらゆる知識を見聞できます。さあ、この世界……銀河系について考えてください」

 雄二の言葉に従い考えるように眼を瞑るセイ。すると俺達より少し離れた空間に半透明
のディスプレイが浮かび、画面中央に銀河系らしい渦巻状の光の点の集まりが浮かぶ。

「これがいまいるところです」

 銀河の端っこの地点に矢印で表示される。
「もっと、ずぅ〜〜〜とっ、離れてください。外を知覚して拡大するように」

銀河系が点になり『モヤ』のようなものが蠢く画面がしばらく続き、唐突に画面が切り替わる。
 そこは、どこともしれない所。明るいのか暗いのかハッキリしない、混沌とした空間。
 どこまでも拡がる空間には柱のようなものが数十、いや数百?……数え切れないほど
乱立している。柱の中には途中から枝分かれしているものもあり、柱の根元は何か暗い
モノから生え、柱の上辺は光射す空間へと伸びている。
 余りにも広大でスケールがでかすぎて何が何だかわからない。

  「貴方達の世界がここです。下方が過去、創世期と言われているところ。上方が未来。
よく光り輝く未来、なんて言いますけど。本当にそうなんです。まだ決まらない可能性ある空間」

 俺達が目にしているのは本来知らずに、死んでいく…………そういう場所なのか?

「面白いものを見せましょう」

 何を見せてくれるんだ? 俺は年甲斐も無くワクワクしていた。
普通は知ることもできず、見る事はできない。未知なる空間への興味が沸々と吹き上がってきていたのだ。

「まず、ちょっ、ちょっいとな」

 画面中央の柱から伸びた黒いひも状のものが、
別の離れた柱の上のほうに巻き付き、数分後、今度は下のほうに巻きついた。
 すると、そこの少し上から枝分かれた柱が伸びていく。

「未来を覗き、その世界全ての構成を把握し、過去に干渉して別の流れに持っていくと
改変が小規模ならブレるだけなんですが…………大きな改変を加えると枝分かれして平行世界になります」

 俺達の目の前で行われたのが平行世界の作り方ってわけか…………
 そうすると、あの柱の数だけ無数の世界が存在し、過去に戻り改変できればもう一つの可能性の世界、
平行世界を造り出すことになる…………と、すると過去に行った奴がいる世界は、元の世界の
過去ではなく可能性の一つに入り込むことになるのでは?

「さすが、ラグアスさん。まさにその通りです…………あなた方が認識する世界も僕の
 干渉により枝分かれした世界なんです。ですから…………」

 画面では新たな黒いひもが伸び、枝分かれした根元で刈り取るように振り抜かれた。
 世界の柱はは切り取られた直後、上と下から徐々に崩壊し消滅していく。
 一部を闇に取り込まれながら…………正しく『世界を刈り取るモノ』そのものだな。

「これで、一つの世界が消滅しました。しかし、その存在のエネルギーは元の世界に取り込まれ、
余剰エネルギーが亜空間に溜まった状態になります。これがFSD航行時に吸収されるエネルギー源の正体です」

 あのエネルギーがどこからくるのか、誰も証明できなかったがこういうカラクリとはね。
「世界を刈り取るから『世界を刈り取るモノ』ねえ〜〜まあ的外れじゃないが……で、誰が付けたんだ?」

 ここを見れるのはそうはいないんだろ?ここまで見せられると恐れの感覚も麻痺したな。
「僕と同じ存在…………今はそれしか言えません。たぶん、あなた方も『彼』に会えると思いますよ」

 ふ〜〜〜ん、雄二が言葉を濁すなんてな。『彼』ということは男か?どちらが強いんだろう?
「で、さっき崩れる時に一部を取り込んだみたいだが……その世界の者達はどうなったんだ?」

 半ば、予想はできる。が、本人の口から聞いてみたい。

「いい覚悟です。ラグアスさんみたいな人は好きです。まあ、予想どおり何もかも全て
スープのように味わいながら吸収しました。僕がより多くの能力を得る為と、存在する為の栄養として
…………僕はそういう存在です。分かりましたか?」

 よく判った、こいつは存在自体が悪だ。こいつのせいで世界そのものが消滅しかねない。

「ちなみに、不味くは無かったですが、極上でも無かったです……味は」

「じゃあ、なんで俺達の世界もそうしない?…………刈り取れば、それで終わりなんだろ?」

 不可解だった。さっき見た銀河系以外はこいつに取り込まれ、消滅……奴の言葉では吸収された、
というのだろう。奪うのは簡単だ。刈り取ればいい、なのになぜこれ程手間をかける?
「まあ、仰られるとおりです。………セイ、もういいですよ」

「はっ、はい、雄二様」
 雄二の呼びかけに答えセイが瞼を開けるとディスプレイが消える。

「……あの、差し出がましいですが、雄二様」

 セイが言いにくそうに視線を向ける。

「君が言いたい事は判る。世界をいくつも喰らった事についてだね。まあ…………
他に方法は無くも無いんだけど、要するに飽きたんだ、それ。……で、ありあまる時間を有効に
楽しむ為に世界に干渉しかき回し、進歩させては、刈り取ってきた」

「雄二様は数多の世界においても超越された存在。もう十分じゃあないんですか?」

 セイが言うのももっともな事だろう。これ以上何を望むのか…………

「元々の目的。『完全なる存在』になる事は母親の勝手な望みだったけど、
こうして力を得た今どう使おうと僕の自由にしてもいいんじゃあないかな?
………どうせ元の正統な世界が残るんだし、無駄な平行世界の百や二百喰っても」

いいえ、雄二様!!……いくら貴方でも横暴すぎます!その世界
のあり方を決めるのは、その世界の者達であるべきです!…………私は認めたくありません!絶対に!!

 さっきから聞いていたが、何とも自分勝手な話だ。俺達の世界は俺達の物だ。お前の玩具じゃない!
 それに奴はセイのような存在が生み出されるのを黙って観ていた。あまつさえ、己の欲望の為に
裏から手を下していた事を認めたではないか。

「よく言ったセイ!………俺も許せない!だから…………《バシュっ》

 何も考えず本能のみで打ち抜いた光線は、雄二の上半身を消滅させ後ろの壁も粉砕
してのけた。正式採用の銃を改造した『陽電子爆縮砲』である。
 雄二の下半身はバランスを崩し倒れこみ、溶けていく。

「…………やったのか?」

 あれ程の力がありながらあれで終わりとは思えないが。

「大尉、いくらなんでもそこまでしなくても…………」

 セイにとっては命の恩人に等しい存在である、とはいえ奴の存在は世界の害でしかなかった。
 これまでに奴によってどれだけの世界が犠牲になったのだ?それに比べれば、俺の行為そのものも
十分正当性がある、と思う。

「それより、セイ。俺達の船はどうなった?」

 今はそれどころじゃない。早く、この事態を連盟に報告しなければ…………と、いってもココはどこだ?

「……でも、大尉。雄二様は…………」

 セイは俺を否定するのか?

「アイツの事は今は忘れろ!!確認は?」

「はい、ええっと…………リンクが切れていて分かりませんが、どうしましょうか?」

「それもそうだな…………そいつはまだ使えるか?」

 セイの手のひらには奴の贈り物が、いまだ存在していた。何かに役立たないだろうか。

「はい、やってみます……えっ!?ここはサルビアのブリッジの位相空間?…でも、何とかできます」

 セイの声と共に俺達はブリッジに姿を現した。


 奴が消えてから、数十分。これからについて話し合った結果、報告の為に銀河中央へ一度戻る事にした。
 通信ではタイムラグがありすぎるし、一回のジャンプで戻れる事が分かったからだ。
 奴がくれたキューブ『オモイカネ』は、俺達が通常空間に戻ると共にサルビアを変化させた。
 文字通り変わってしまった、全長は伸び武装及び防御機能も強化され、推進器も別物へと。
 ジャンプも独自の装置により単独で行える。全て、奴の集めた技術が結集されているのだろう。
 技術水準は我々の数十年先……いや、さらに先をいっている。
『オモイカネ』を操るセイにも説明できない装置が多く、使って見ないことにはどんな物か
皆目見当もつかないオーバーテクノロジーだった。


「とりあえず、セイ。その格好どうにかならねーか?」

 セイは自分の姿を見下ろし耳まで赤くなると急いで胸と下を両手で隠し、俺に背を向ける。

「……た……大…大尉になら見られても構わないんですけど………」

 いつまでも見ていたいが……いつ理性のタガが外れるか…………

「…そっ、そいつで、なっ、何とかなるか?」
そんな目で見るなよ、つい、な。

「……あっ、はい。…………これでいいですか?」

 セイが何か念じるとキューブが輝き
セイの身体を統一軍女性士官服が包み込んだ。
「…………ああ、よく似合ってる」

一瞬言葉に詰まるほど良く似合っていた。


 雄二は銀河系を覆ったまま動きを止めている。ならば、中央にジャンプするには
今しかない。しかし…………心の隅をふるさとがよぎる。あいつらは大丈夫だろうか?

「大尉、家族の方が心配なら、少し寄り道しますけど…………?」

「お前、リンクが切れたんじゃあ無いのか?」

 『オモイカネ』には読心能力でもあるのか?

「前ほどは分かりませんが、今の大尉の顔を見れば……嫌でも判ります」

 そんなに顔に出ていたのか。

「……うん?そうか。悪いな、心配させて。しかし、職務が第一だ」

「でも…………すぐですよ。……ダグヨスへジャンプ!」

 一瞬、正面カメラの映像が乱れると、久しぶりに見る故郷ダグヨス第三惑星ヨースに切り替わった。
 漆黒の宇宙に浮かぶ故郷ヨースはエメラルドの輝きを纏い、宝石のごとき装いを見せていた。
数日振りだというのに頬に涙が伝う。まだ無事だった。それがとても嬉しい。

「ねっ!すぐでしょ」

悪戯が成功した子供みたいに片目を瞑り、笑いかけたセイの表情が凍る。

「ん?どうしたんだ?」
何に驚いている?セイの視線を辿った俺も今しがた気付いた。ヨースの周りを数え切れない輝点が瞬く様に。

「……囲まれています!前方の宙域に多数の艦影、なお多くの艦がジャンプしてきます」

 セイの報告通り、その数は増していく。あの数からすると師団クラスがゴロゴロありそうだ。
 ヨースの表面を覆い隠されていく……今現れたのは惑星クラスの戦艦か?
 視線の先で一際巨大な物体が現出する。その余波で惑星ヨースの軌道がずれた事を計器の情報から読み取る。
 あれだけの質量だヨースの地表にどんな影響がでていることか、想像できない。
 あれはもしや古の『B.H(ブラック・ホール)弾』か?…………封印されていたはずの。
「我が艦の周囲と後方にも新たな反応出現!…データー照合…判明しました。『使徒』?何でしょうか?コレ。『それはね』!?」

 セイの言葉に割り込むように別の声が聞こえた。


「……フフフッ……やあ、久しぶり。って、何時間も経っていないけどね」

 俺達の間にいつの間にか一人の青年が立っていた。頭に手を当てたポーズを取りながら軽く頭を下げた。
雄二があのまま成長すればこうなるだろうと思える容姿をしている。つまり、より一層魅力的な美青年だ…と、言う事は…

「雄二か?」

「ええ、そうです。セイは知っていたみたいですが。本体はアレですからこの器を
何度破壊されても全然痛くも痒くもありませんよ。……でもさすがラグアスさんです。
僕が望んだ通りの行動をしてくれました。正直、撃たれたのは千年ぶりで結構新鮮でした」

 そういやあ、本体はあっちなんだよなあ…………無駄骨かあ。

「……大尉……あの時そう言おうとしたんですが、気にしていないみたいでしたから……」

 あの時言い難そうにしていたのはこの事か…………忘れていた。

「それで、俺をどうするつもりだ?」

「どうもしません。安心してください、ラグアスさんは大事なお客様ですから。……
             それよりいいんですか?あちらの艦隊から通信が来ていますが」

「何!?セイ、すぐつなげ!………雄二…俺はお前がやった事は認めねえ!それだけは覚えとけ!!」

「肝に銘じて……」

 真面目腐った顔が言い知れぬ何かを含み見つめる。何を考えているのか?


 雄二との会話を打ち切った俺の正面には、統一軍第一師団総帥ベッケニク閣下のホロが浮かんでいる。
 面識は無いが噂に聞く通り質実剛健そのままの姿だ。

『私は、第一討伐艦隊司令官を任じられた、ベッケニクである。速やかに武装解除の後投降すれば、
我が威信にかけて厳正なる裁判に立つことをかなえよう。返答やいかに?』

 特に気負った風も無く言われたのでよくわからなかった、だから…………

「言っている意味が分かりませんが?何を討伐するのですか?」

『ふざけているのか?……此度の連盟に対する反乱及び、ヒャーグル、グラハド、マスネジノ
星系壊滅を引き起こした、ラグアス元大尉。お主、身に覚えが無いとは言わせぬぞ!!

 何!?俺が疑われてるのか?…いや、断定されているみたいだな。まさか…

「僕が宣戦布告がわりに君の姿を借りて潰しました……こんな風に」

 いけシャアシャアと認めた後、奴の影が伸びて俺ソックリの物体を作り出す。

「セイ、愛している!俺の物になれ!」

 情熱的にセイに迫る俺に似た何かは、声も姿も寸分違わない。気色悪い限りだ。

「えっ、大尉?!そっ、それは……その〜」

偽者の求愛をあっさり本気にしたセイは頬を紅く染め落ち着きを無くす。

「うがあああああああっ!やめろ!……セイもうろたえるな、偽者ごときに」

 俺の拳を受け元の影に戻る。

『……漫才は済んだのか?それが君の返答なんだな。ラグアス君』

 やばい、通信が繋がったままだったか。

「いえ、そうではありません。それらの行いはこの雄二がやった事で…………」

 俺の隣で苦笑する雄二を示して弁明しようしたが、

『何を言うかと思ったら言い逃れかね?見苦しいにも程がある。君の隣には誰もおらんわ!』

 ブリッジにベッケニクの怒声が響き渡る。何いいっ?!俺の傍の二人は向こうに見えていないのか?

「説明不足だったね。僕は君達の視神経に直接刷り込んでいる影のようなものでね。あっちには君一人しか映っていないよ。
 だから、あちらには虚空に向かって独り言を呟く危ない奴にしか見えない、というわけさ。
 僕はともかく彼女の存在は軍規どころか連盟のスキャンダルに発展しかけない重要で隠したい側面なんだ。
 便宜上、彼女もフィルターをかけて隠している。君もセイが連行されるのは嫌だろう?」

 それはそうだがしかし…………

「司令。俺に抵抗する気は無い。投降する。セイ、攻撃は無しだ。降伏信号を打電」

 こうするしかないんだ。ヨースには家族や友人、多くの同胞がいる。それら全てを見捨てる事はできない。
 セイも何とか救ってやりたいが……

「しょうがないなあ。君にその気が無くても火蓋は切らせてもらうよ」

 奴は顔に当てていた手を振り上げ前へと振り下ろした。太くまばゆい光が右端の艦隊に吸い込まれていく。

「何をした?」

俺の問いの答えは目の前の艦隊の一部が消滅した事で明らかになった。

「『使徒』の生体加電粒子砲によるものと思われます。雄二様、『使徒』って何ですか?」

「僕の故郷の星に封印されていた遺産ともいうべき人間の実験体。神の使い。元来、
『使徒』は18体種あって人間はその18番目なんだ。他の17体と違って群体だけど。その18番目の
 使徒リリンの最終形体が僕の基礎になってるもの……まあ、その辺は省くけど、今この船の周囲にいる
 モノは第一から第十七までの使徒の遺伝子を基にして、僕が創り上げた生物だよ。僕の身体から産まれた子供達ともいえるね」

「あれが…………生物?…」

俺達は周囲に浮かぶおよそ数百体にも及ぶ巨大な人型を見ていた。
『おのれ〜〜!!投降すると見せかけて攻撃するとは………いいだろう、目にモノを見せてやる!第一から第四まで
 敵艦に向けて攻撃!残りの艦隊は敵巨大人型に攻撃しろ!……貴様の愚かさを思い知らせてやる!!』

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」

消えていくホロに向かって声をかけたが……
「通信途絶。前方の艦隊にロックされました。…………攻撃しますか?」

躊躇いがちな言葉にすぐには答える事はできなかった。

「始まったね。どうする?」

むしろ無邪気なこいつの口調が気にいらねえ。そもそもの原因は、

「お前のせいだろ?くっ、あれだけの艦隊を前にして勝ち目があるかよ!攻撃するだけ無駄だ。
 できるだけ回避、それ以外は防御。絶対攻撃だけはするな!…短い間だったが案外楽しかった。
 不甲斐ない俺を許せ、とは言わない。恨んでくれてもいい……だが最期まで傍にいてくれ」

「そんな……大尉」

「大尉はやめだ。『元』になっちまったみたいだし、ラグアスと呼んでくれ」

「た、いえ、ラグアス。私は幸せでした。………ラグアスに出逢えて。最期になりますから
言います。ラグアス!…好きです、愛してます。たとえ、貴方にあの人がいても………」

 俺は嬉しくて思わずセイを抱きしめた。今はあいつらの事は忘れよう…………
「…………あ〜〜〜感動的な場面で悪いんだけど、敵艦隊の集中砲火が到達するよ」

 雄二の呆れ口調に我を取り戻すと正面は、フィルターがかかっていたが光しか見えなかった。
 もう回避はできない。あっけない終わりだった。

「相転移フィールド起動。全ての攻撃、転移しました。……雄二様、すごいですねえ」

 信じられない、あれだけのエネルギーを吸収したのか?
「違うよ、ラグアスさん。セイも転移したと、言ったじゃないか」

 どこへ転移させた?

「前方、第一から第四艦隊が攻撃により壊滅!?……拡大映像です」

 画面の中の戦艦が展開している『D.F(ディストーションフィールド)』の内側の面から
突然現れた光線やミサイルによって攻撃を受けているのがよくわかる。

「つまり、こういうわけか。こちらの攻撃を敵の『D.F』内に転移させる攻防一体型のフィールドなんだな?」

「当たり!」

 俺達は無力だった。奴の手のひらで踊るだけのマリオネット…………攻撃の意思は無かった。
しかし、結果的に味方を手にかける事になってしまった。奴の言うとおり観客でしかないのだ。
 こちらが手を出さずとも終局は既に始まっていた……………絶望が俺から視界を奪っていく。


 気がつくと周りの『使徒』の姿が消えていた。セイに促し奴らの攻撃している姿を映させた。
 その巨体に似合わず艦隊を翻弄し、攻撃を掠らせもしない。それどころか、六角形に輝く光の紋のようなもので
攻撃を跳ね返している。奴の周囲には三角錐を二つ合わせたような結晶がめぐり、時々艦隊に向けて加電粒子を
浴びせかけ、背中についた光の羽から放たれた光線を浴びた艦は沈黙してしまった。
 別の使徒は直接艦に取り付き、頭らしき所から出した液体状のモノを噴出した。
 みるみる船体が溶けていく、強力な酸性物質によるものか。
 別の使徒は空間に留まり艦隊の攻撃を一身に受け続ける。まあ、例のFDによって
跳ね返されていたが。すると、攻撃を加えている艦隊の直上に白と黒の入り混じった
模様を持つ惑星規模の球体が現れた。画面の右にその球体と艦隊を見下ろす映像が映り、
艦隊を球体の影のようなものに浮かんでいるように見えた後、その影に沈みこみ始めた。
観測ではナノ単位の薄さでとても艦隊が隠せるように感じないが、実際に艦隊は消えた。
 宙域はどこもかしくも艦隊消滅の花が咲くだけで、使徒の数は一向に減らない。
 どだい無理な闘いなのだ。世界を取り込む化け物に我々人類が敵うはずなどないのだ。


『ええい!……なぜ当たらん!!』

『提督、早すぎます。奴らの機動力はこちらを遙に上回っています。………とても追いつけません!』

 部下らしき男の声。

『くっ!!………こうなったらあいつで奴らを消すしかない。各機動艦隊、作戦宙域よりただちに撤退せよ!』

 艦隊が密集体型から散開へと移り、FSDの光芒に包まれていく。

『『BH弾』を使用する!』

 本気なのか?このままではヨースが巻き込まれる!

『提督!?しかし!………惑星周辺での使用は禁じられています。このままではヨースを巻き込みます』

『敵は予想以上に強大だ!放って置けば、連盟全てに害が及ぶ。ここで殲滅するのだ………
  辛いが最小の犠牲で大局を救うのが我々の使命だ。全力で当たらなければ我々は終わりだ』

 船内には雄二の指示で艦隊旗艦の通信が傍受されていた。攻撃が当たらない不安、焦燥
苛立ちが手に取るように分かる。
 もはや、全体の八割の艦が消滅しまともな艦隊作戦は取れず、各宙域で乱戦のていをなしている。
 余りにも戦力差があり過ぎた。数の上では数万隻を数えた統一軍艦隊も、数百体にすぎない『使徒』
に対して何ら痛手を与えることなく散っていく。
 だから、『使徒』にも無視され手付かずで残された『BH弾』の使用に踏み切っても仕方が無い。
 とはいえ、ヨースには何百億もの同胞がいる。単純に割り切れない。
 だが所詮無駄な足掻きで終わるのだ。

 

「そうそう何でも使ってください。……苦難は自分達で切り開かなければならない」

 腕を組み実に楽しそうに戦闘宙域を眺める。俺にとっては悪夢以外の何物でもない。
 残存の艦艇は『BH弾』が輝き始めると虹色の光芒を纏って、撤退始める。
   「おやおや、もう逃げですか?………でも、あなた方には戦う以外の選択肢は
                 与えられていないんですよ。最初から」

 手を広げ何かを覆うようなポーズを取ると、ジャンプしかけていた艦隊は光の繭を消し、密集した陣形で現れた。

『…………ジャンプシークエンス、解除されました!ジャンプできません!』

『うっわあああああああああああ!』


『急速離脱!直ちに離脱せよ!……おい!もっと推力を上げろ!!』


『もう駄目だ!………母さん!』『助けてくれええええええええっ〜〜』

 動揺や諦めの声、絶望、それらが止めどもなく流れ、宇宙に咲いた巨大な闇の穴に向かって吸い込まれていく。
 友軍と故郷の星の最期を呆然と眺めているしかなかった。
 いつまでも続くと思っていた世界。それが砂のごとき脆さで崩れていく。
 敵は巨大で別次元の怪物。世界の滅亡は決定事項なのか?本当に神は存在しないのか?
 俺達を救ってくれる神は………いない。


 艦隊が消滅すると雄二は自らの肉体より跳躍門を幾百と出現させ、銀河中に残存する
軍船を強制ジャンプで集め、使徒による殲滅を繰り返した。それが何回続いたか覚えていない。
しかし、出現しなくなったところを見ると本当の意味で統一軍は壊滅したのだろう…………
 もう、どうでもいい。故郷も愛する家族も同胞も全て消滅した。きっと今頃奴の身体の一部になったのだろう。これで、終わりだ。
「品切れかあ………残念だなあ、もう少し遊べると思ったのに。最期の仕上げをしようか」

 雄二は誰にとも無く呟くと周りの闇がなお近づいたように感じられる。とうとう吸収されるのだ。
 俺達の銀河、いや、この世界そのものが消滅する。その時、僅かに雄二が顔をしかめた。
 どうした?早く終わらせてくれ!これ以上何があるというのか。

「やっと………やっと………来てくれたね。待っていたよ。君を」

溢れんばかりの笑みを浮かべ<宙を見据える。視線の先で一体の使徒が弾ける………違う。
 膨らみ弾ける瞬間に自らの内側へ収縮していく。使徒が消滅した場所に『何か』が存在していた。
 それに向かって周囲に残っていた使徒達が群がり、光線を杭をそれぞれ打ち出す。避け様が無かった。
 しかし…………

「使徒の存在に割り込んで現出するとは………だが、これはどうかな…………」

 向かった攻撃は全て命中すると思われたが、次の瞬間、使徒は内側(・・)から突き出た
杭や光線により胸の紅玉を貫かれ、十字の光芒と共に消滅した。
 あれは、相転移フィールドか?

『待たせたか?』

 どこからか低い男の声が聞こえてくる。声からすると若い。
  「いや、それほどでもないよ」

雄二は謎の声に答え、その姿を目の前より消していく。
そして、『何か』の前に姿を現した。

「セイ、拡大できるか?」

かすかな予感を覚え奴等を見つめた。

「はい、やってみます」

 次第に明確になり姿を現したものは、闇を思わせるプロテクターを身にまとい、
マントをなびかせた人間だった。しかし、普通の人間ではない。なぜなら、
奴同様に頭部には何も身に着けていなかったのだから。


 二人は対峙したまま動かなかった。遠く離れとても聞こえるはずの無い会話が聞こえ出す。

『やっと来てくれたね、アキヒト。約束を覚えていてくれたんだね?』

『懐かしい名だ。アキヒト…………遠い昔に捨てた名だ。シンジ、いや雄二だったな。もう、昔には戻れないのか?』

『そう言ってくれるのは君だけになってしまった。正直うれしいよ。僕も昔に戻りたい……
…………何の変哲も無いごく普通の少年だった頃に。アス、やめよう。彼女達はもう存在
しない。僕の世界も消滅した。もう、戻れないんだよ。………それに罪を犯しすぎた……』

 罪?何を指す?
『そう、お前は罪人だ!…………しかし、お前から貰ったこの力はその為だったのか?』

『うん、そうだよ。やっと会えたね、君の世界を喰らった僕に。君の願いが叶う。』

『共に闘った友と闘えというのか?そのために与えたのかこの力を』

『約束を果たしてくれないか、何事にも終わりが必要だろ?』

 終わり?この世界の消滅の事か?

『もう語る事も無いのか。俺はあの時、自分の世界すら守れなかった。真の敵を目の前に
しながら、気付かずにそのお前から力を授かった、復讐の刃を。しかし、本当にいいのか、
お前が望めば取り戻せるのだろう?何もかも』

『思いどうりの世界なんていらない。自分と同じ存在のいない世界なんて虚しいだけさ』

『それが、お前の望みなら約束を果たそう。俺は、お前を滅する剣、失いし世界の復讐に
囚われた亡霊。闇騎士《ダークナイト》…………来たれ我が鎧、ディモルフォセカ!!』

 闇騎士の背後がガラス様に割れ、人型の機動兵器が現れた。肩の辺りが大きく、足元
はすっきりしている。肩の脹らみは推進器だろうか。漆黒の宇宙よりもなお暗い闇色で細部がわからない。

『この時を幾度夢見たか。やっと、叶う。でも、君にできるかな?』

 雄二の身体に闇が集まる、本体に取り込まれていくと表現したほうがいいだろう。
 闇が凝縮され、形を成していく。闇騎士の機体より優に四倍は大きい人型が現れた。
 全体の色は深いパープルを基本として所々に黒をあしらった、より人間に近い姿。
特徴を挙げるなら、両肩から突き出た突起物と頭部から生える角。伝説の怪物『鬼』を
彷彿とさせるフォルムだった。

『ここをお前の墓にしよう。『世界を刈り取るモノ』の墓標と共に!!!』

 闇騎士の叫びが戦いの始まりだった。
 雄二の手から黒球が幾百も放たれ、闇騎士に向かう。ことごとく球を回避しながら
迫る闇騎士の右手に光が集まり長大な剣となる。避けられた球は背後の宇宙へ散らばり、
船の残骸を消していく。一つ一つがブラックホール弾らしい。
 闇騎士の剣が大上段に振りぬかれ、雄二を捉えようとした時、宙空を掴む動作をした
手から現れた刀が迎え撃つ。
 彼らの戦いは美しかった。螺旋のごとき光の本流を身に纏い、離れては近づき拳と剣を合わせる。
 飛び散る軌跡が世界を彩り滅びの前兆であることを忘れさせる。
 幾たびかの鍔迫り合いの後、闘いは意外な決着を見せた。倒せぬはずのモノと思われた雄二が自ら闇騎士の剣を
自身の身体へと引き込む。紫の巨人はやがて形を失い、胸を剣で貫かれた少年へと変わる。

『なぜ防御しなかった?』

 闇騎士の陰々とした声が響く。

『僕は生き過ぎた。永い永い時は僕から何かを奪っていった』

『それで満足か?』

『ああ………僕はこれで彼女達に逢えるかな?』

 誰に対しての問いかけだろうか?この場に答える者は彼しかいない。

『ふっ…………戯言を』

 闇騎士は貫く剣を切り上げ、左の抜き手を雄二の肉体に突きたてる。
 矮小な少年を握りつぶしてもおかしくない程のスケールを持つ腕はしかし、いとも容易く雄二の胸に吸い込まれた。
 そして引き抜かれた手には紅い石を掴み取っていた。

『な、そ、それは…………』

 石が抜き取られた瞬間から雄二の身体は砂が零れるように崩れていく。

『所詮、貴様も人形だった………という事さ』

 雄二が人形?

『奴は当の昔に崩壊したのさ。自我と存在の矛盾に耐えられなくてな』

 それを最期まで聞くことも無く雄二だったモノは消滅した。ディモルフォセカの左手に握られた石を残して。
 再び静寂が戻った宇宙には唯一つも星は瞬かなかった。彼らの攻撃の余波が全てを打ち砕いたのだ。
 ここには俺達と闇騎士しかいない。どこか遠くの方で何かが壊れる音を聞いた気がした。


 闇騎士はディモルフォセカを虚空に沈めると転移してブリッジに現れた。
 予想された事とはいえ今はまだ闇騎士の事を知らない俺達は警戒も露に距離をとった。
 以前のサルビアよりも広いブリッジとはいえ離れるのも限界があるが。

「俺は闇騎士。奴の影を刈る者」

 大き目のサングラスに覆われた顔は予想に反して、随分若く感じられた。

「俺はラグアス、こっちは相棒のセイ」

 俺の簡単な挨拶に彼は軽く頷いた。セイは俺の後ろから様子を窺っている。

「それでそれは何なんだ」

 俺は闇騎士よりも紅い石に興味が惹かれた。

「これはSS機関と呼ばれたもの。一種のエネルギー・ジェネレータだ」

 まるで生きているかのように脈動する石の内面には何かしらの力が感じられた。
 これが奴の肉体を形成していた物。こんなちっぽけな物が俺達の世界を滅ぼした元凶だという。

「シンジはいや、雄二はいい奴だった。自暴自棄になっていた俺に目標を与え、力をくれた」

「雄二が人形だと言ったな?」

 本当に今は現実なのか?俺はまだ本当は寝ていて夢を見ているんじゃあないのか?
 だが奴の言葉は真実なのだろう。実直そうな物言いは誇張もなくつむがれる。

「アレはシンジの欠片。数多に砕けたあいつの心の破片、影に過ぎない」

 闇騎士が右手を開くと複数の紅い石の欠片が詰まった容器が現れた。そこに左手に握った破片を入れると
容器の中の石が一斉に輝きだし、玉を半分にしたような形に変化した。

「やっと半分か。俺は欠片を全て集める為に世界を渡る」

 半球を見つめ呟いた彼の言葉には力が感じられなかった。彼も見かけと違い永い時を放浪しているのだろう。
 終わりの見えない終着駅に向かい闘い続ける事を選択した男。
 ラグアスハこの男が気に入った。不器用にしか生きられない自分にしか分からないものを感じた。

「闇騎士、いやアキヒト。仇をとってくれてアリガトウ。俺は不甲斐ない。あんたみたいな力が俺にもあれば…」

 俺達は無力だった。巨大な力に翻弄され、傍観するしかなかった。

「いいや、違う。たとえ力を持とうと守れなかった。自らの無力を悲観するな。お前達にはお前達の道がある」

 これが例え同情からくる慰めだとしても俺は嬉しかった。

ゴゴゴゴゴゴゴ

 真空であるはずなのに凄まじい振動と揺れがサルビアを襲い、地響きに似た音が響く。
 ば、馬鹿な。こ、これは何だ?

「セイ!一体何が起きた?」

 俺の言葉に従い『オモイカネ』を操ったセイがこの世界全てを虚空に投影する。

「境界線に揺らぎが見られます。レゾネンゲーションの崩壊が始まってます。
 後、数分でこの世界は隣接する他の世界に吸収されます」

 これが奴の言った世界の最期というわけか。言葉通りだったわけだ。

「いつ崩壊してもおかしくなかった世界を影の存在が繋ぎ止めていたに過ぎない」

 世界が終わる。文字通り。

 「俺が力を貸そう。お前達だけでも別の世界に転移しろ」

「アキヒト、お前はどうする?」

「俺は奴の痕跡を追う」

 そしてまた独りになるのか。

「よし!決めた。俺もお前について行く」

「?正気か、安穏とした暮らしを放棄する事に何の意味がある?」

「ああ?何言ってんだ、俺が自分で決めたんだよ!セイもいいだろ?」

「もう!勝手に決めるんだから……でも賛成です。一緒に行きましょうアキヒトさん!」

「ふん!勝手にしろ」

 寂しげだった顔に柔らかい笑みを浮べたアキヒトはそっぽを向いた。
 力の無い俺達には俺達なりにできる事がある。まずはこいつの孤独を癒す事から始めよう。
 この男と行動を共にする事が全ての始まりとなった。漠然とした思いを胸にここに語ろう。
 俺はラグアス。今は無き銀河連盟統一軍の元大尉。大切な相棒セイとの放浪の旅の序曲はこうして始まった。


 『闇の胎動、世界消滅』第一章「闇騎士現る」
 完


 音声と映像によって表現された作品の何と壮大な事か。アキトは子供心に思った。
 なんというか、おおきなはなしだよね。おれにはよくわからないや。
 同じ幼稚園に通うカグヤちゃんの家に遊びに行った時に見せてもらった。
 カグヤちゃんはおれのなまえがのってる、っていってたけど。ほんとうだった。
 アマガ アキヒト………おれのなまえ天河 明人のべつのよみかた。
 百年以上前の作品で作者不明だったがすごい偶然だと思った。
 後で続きを見たくて調べたけど、どのコロニーの検索サービスでも分からなかった。
 内容は闇騎士の戦いをラグアスさんの目から語る、という構成だった。
 当時の俺は内容は理解できなかったが、何か心を揺さぶられたのを覚えている。
 いつか、やみきしのようにつよくなって。みんなをたすけるんだ、と。
でも、くろいきしよりせぎのみかたはゲキガンガーみたいにあかときいろとあおのいろ
をつかわなきゃあだめだ。くろなんてわるもんだよなあ。かいたひとなにかんがえてんだ。
 今思うと恥ずかしい思い込みだった。でも、ゲキガンガーに夢中だった俺は微塵も疑う
事無く信じていた。自分もいつか正義の味方になって皆を救うんだと。
 だけど結局なれたのは、『The prince of darkness』闇の王子だった……………………

第一話につづく



 

 

 

代理人の感想

これは本当にナデシコ二次創作なのか!?

 

(メーラー起動中)

 

・・・・・・うーむ、メールには確かにそう書いてある・・・・・・。

一応用語もナデシコのものだし・・・・。

 

 

結論

取りあえず保留!

 

 激情に駆られて勢いのままに書いてみた作品です。今の目から見れば劇中作なのに
設定を細かく盛り込み、プロローグとしては長すぎると思います。
 それに今となっては余り本編に絡みませんし。
 封印してもいいのですが、反省材料としてそのままにしときます。
 また、この頃はタグの半角の意味とかが理解できていなくてご迷惑をおかけしました。


  あとがき
 はじめまして、ハゲ大臣といいます。Benさんをはじめ多くの皆さんの作品を
読んでいると「自分ならここから始めたいな」
とか「ここはこうしたら」
なんて考えて
色々、頭の中で妄想していました。
 で、書いてみると思いのほか中々進まず、プロローグと言いながら短編みたいに長くしてしまった。
 最初の投稿より時間が空き色々考えましたが、書き始めた物は終わらせなければならない、
と決意(大げさ)その2を書きましたが、ハッキリ言って最後の辺りだけをプロローグしたら良かったですね。
 プロローグ1に寄せてくれた感想を読んだときは、狙いどうりとなった事に喜びましたが、
ここまで読まれた方ならお分かりでしょう?………ほとんど、別物。ネタのつもりで書いた物
が膨らみすぎたものです。文中の『世界を刈り取るモノ』はエヴァ系の投稿HPの小説用BBSな
るものに載せていたキャラなんですが、自分なりの究極の存在として考えました。
 そこには結局投稿できなかったので、名前以外関係無いです。
 プロットとしては、幼馴染の勧めで読んでいた本の主人公に憧れたアキト。そして、
アキトをめぐって争うユリカとカグヤ。二人に引っ張られながら目覚めるアキト。そう、
さっきまでの事は夢だったのだ…………てな感じで始まるはずだったんですが。
 次からは本当のナデシコの逆行物が始まります!乞うご期待……………………だけど
どれだけの人が読んでくれているんですかねえ。

 

 

 

代理人の感想

なんと。スパシンものだったとは、この海のリハク以下略。

まぁそれはどうでもいいんですが、本当に次回からナデシコになるんですか?

つーかこのプロローグって未来の話?

 

 

後、HTMLについてですがタグは半角でお願いします。

 

 

 プロローグはやめてオリジナル物として改題するか、新たにプロローグの話を書き直すか、迷いどころですが、とりあえず
分かれていた1と2を結合して加筆修正してみました。
 まだまだ納得のいかない面もありますが、後ろを振り向き過ぎるのも良くありませんし、臭い物には蓋も
また良くありません。
 最近はとみに仕事が忙しく、TV版の2話ぐらいまでの話と最終話、サブキャラのサイドストーリーまで
プロットは考え、いつでも書き出せるぐらいなんですが停滞しています。
 けっして止めたわけじゃないのですが、投稿が4ヶ月止まれば挫折と取られても仕方が無いです。
 代理人さんの感想は確かに痛いですが、止める原因とまではいきません。
 辛言が見たくなければ他の人に感想を頼むか、感想無しを要望すればいいんです。
 最近ではアクションのTOPのお言葉も責め言葉から励ましだと感じるようになりました。
 どうか長い目で見てください。

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

あー、一応当人はからかい混じりの励ましのつもりではあります(苦笑)。

ともかく擁護(?)ありがとうございました。

 

それはさておき・・・・残念ですが相変わらず読みにくい上に文章のてにをはが間違いだらけです。

 

>より正確な空間演算能力が高められていく。

 

例えばこの部分。

「より正確な演算能力」の後ろに繋がるのであれば「より正確な〜へと」とか、

「空間演算能力はより正確に、精度を高められていく」などとすべきで

はっきり言って推敲が足りません。

まともな文章の書ける人に校正をお願いするのが一番いいのですが・・・・。

何はともあれ頑張ってください。

では。