FLAT OUT

(48)






 ハリの方がガレージ一つ分、近かった。視界の隅で彼の背中を見送りながら、短距離走の練習もしようと明人は改めて思った。
「2分後にフォーメーション・ラップが始まる。作戦を変えるぞ、お前は急いでクルマに乗れ!」
 明人はガレージに飛び込むやいなや、スペアカーのコクピット脇に両手を立てて身体を支え、足先から滑り込んだ。すぐさまメカニックがベルトを回し、エリナは脇から手を突っ込んでイグニッションをオンにする。無線のコードを繋ぐ頃には、早くもエンジンがかかっていた。
『明人君、聞こえる?』
「聞こえる。ピット・スタートだろう?」
 それでも、ハリより先にピットロード出口につきたい。最後尾から追い上げるのに、カヴァーリの相手をしながらというのは避けたかった。
 エリナがピットロードに走り、手を回す。スタートの合図だ。明人は遠慮なくアクセルを踏み、まるでレースにスタートするかのようにガレージを飛び出した。
 明人がカヴァーリのガレージ前にさしかかった時、ハリの赤いマシンも同じように出てきた。彼の方がガレージに入ったのは早かったのに何故だろうと思って、明人は気付いた。たぶんカヴァーリもネルガルと同じように、スペアカーのセッティングを北斗仕様にしていたのだろう。それをハリ用に最低限の再セッティングを施していて、遅れたのだ。すんでのところで、明人はハリの前に出ることができたのである。

 それでも明人は、苛立ちを必死で抑えようとした。ピット・スタートでは、レースがスタートしても、コース上からスタートするマシンが全てピットロード出口を行き過ぎるまで、スタートできない。最後尾スタートよりもさらに分が悪いのだ。
 北斗が明人と同じペースで走ることができたら、勝てる可能性は皆無に等しい。いくら明人が速く走っても、先頭を守るだろう彼女に比べ、明人はまず17台を追い抜かなければ彼女と闘うことすらできないからだ。
 誰かに文句を言うつもりはないにせよ、一気にタイトルは遠のいた。それが悔しくてならなかった。
『明人君、冷静に走りなさい。勝機はまだ潰えたわけではないわよ』
 相変わらず明人の心を読んだかのように、エリナの声が耳元に届いた。北斗とは違った意味で、彼女もまた明人のことをよく分かっている。自惚れを許されるなら、彼女のその言葉はチームの為ではなく、本心から明人のための言葉であったのだろう。
 もう一度明人は、深く吸った息を吐いた。胸の毒がずいぶん吐き出されたように思えた。
「……わかってる。計算はできた?」
『ええ。そのエンジンは完全な新品。当りをつけるのに回しただけだから、寿命はほぼ百パーセント残っているわ。だから最初から最後まで、RPM1を使いなさい』
 明人は驚いて、バックミラーに小さく映るエリナを見る。
「大丈夫なのかい」
『彼が大丈夫だと言うんだから大丈夫よ。例によってマージンはほぼゼロだけどね』
 明人の緊張をほぐす為か、エリナは努めて強気な口調だ。それに助けられて、明人ももう一度ハンドル上のディスプレイを見る。全ては正常に作動していた。
 そして午後二時十六分、二度目のフォーメーション・ラップが開始されたのである。

 


 赤旗からの再スタートは、停車状態からのスタンディング・スタートではなく、セフティカーの先導によるローリング・スタートだ。隊列が戻ってくるのを、明人はじっと待ち続けた。
 北斗は、失望したろうか――明人はそんなことを思った。
 あれだけ待ち望んでいた決戦である。レースが終われば必然的に決着はつくが、こんな形のそれを彼女が望むはずがない。そうかと言って、彼女はわざと明人を待つような真似はしないだろう。レースは、レース。二人にとって納得のいく決着をつけるには、例え不可抗力であれ本来のスタートラインから外れてしまった明人が、何とかするしかないのである。
 明人は頭の中で必死に作戦を立てた。いや、作戦は一つしかない。問題は、それをいかに滞りなく運ぶかである。それには自分のマシンの性能、他のマシンの性能、そのドライバーの技術に癖、そしてこのサーキットの特性までも全て理解していなければならない。
 いくら職業レーサーでも、明人が隅々まで知っているサーキットと言えばFAではイギリスのシルバーストンくらいである。イモラは去年、そして一昨年と、FAとユーロ・マスターズのそれぞれで走っているが、百パーセントというわけではなかった。だが、やらねばならない。
 ハンドルを握りなおし、目を瞑ったところで無線が入った。
『来たわ、いま「リヴァッツァ」。セフティカーが……入った。スタートするわよ』
 エリナの声である。明人はゆっくりと目を開き、ピット出口のシグナルを睨んだ。 
 ピットウォールの向こうで、十八台分のエンジンが咆哮を上げた。真っ先に明人の視界に入ってきたのは、やはり北斗であった。先頭を保持し、矢のように『タンブレロ』に向かって駆け抜けてゆく。
 台数を数えることはなく、明人はピットロード出口の信号だけを凝視していた。
 そして最後尾のマシンが通り抜けた瞬間、グリーンランプが灯る。
『グリーンランプ、グリーンランプ。行って、行って!』
 エリナの無線を、明人は同時に始まった強烈な加速の中で聞いていた。

 ハリは明人が再びスタートできない場合を考えてか、ピットレーンの出口に少し車線をずらして停まっていたが、その警戒がグリーンランプの点灯からブレーキを放すまでに一瞬の躊躇を与えたのかも知れない。彼は少し遅れた。
「北斗はどこにいる?」
『タンブレロ』を抜けたところで明人は尋ねた。200メートルほど前方には、既に後方集団の最後尾が見える。
『いま、「トサ」から「ピラテラ」に向ってるところよ。ギャップはおよそ18秒』
 18秒。スパでの三分の二ラップに比べれば遥かにましだ。
『バランスはどう?』
「悪くない。少しアンダーだけど軽くなればちょうどよくなると思う」
『わかったわ』
 これには明人もほっとしていた。まったく同じセッティングが施されているスペアカーでも、マシンそのものの個体差で若干感触が変わるということはよくある。それが悪い方向だったら万事休すだが、今はそうではなかった。むしろ予選時のレースカーよりも少しばかり良いくらいである。希望の光が、一回り太い筋となった。
『明人君、これから私はペース指示をしないわ。最初から最後まで、全開で行きなさい。それだけが頂点への道よ』
 エリナの言葉は、ますます明人をどう猛にした。それでも、冷静さを欠けば結果には繋がらない。胸の内から湧き上がってくる得体の知れない興奮を、明人は息を吐いて抑えた。
「わかった。ありがとう、エリナ」
 そう言って、再びアクセルを踏み付けたのだ。

 オープニング・ラップでは、後方グループのマシンは混乱して、速く走れない。瞬く間に明人はその最後尾に追いついた。
 細微に渡る規格に基づいてつくられたFAマシンが、そのトップと最後尾で1ラップあたり3秒も違うのは、残念ながら、資金力の差である。もし明人の望むような力関係がこのFAで実現していたとしたら、このレースで明人は優勝どころか入賞すらも諦めなければならないだろう。
 しかし今、希望は二つある。一つはこの現実。速いマシンと遅いマシンがあるということだ。後方集団の数台は、今の明人ならば苦もなく抜けるだろう。
 もう一つは、北斗がおそらく2ストップ作戦であること。このコースでの1ストップや3ストップの作戦は、賭けである。何もトラブルの無い彼女がそれを選ぶとは思えない。それならば彼女は少なくとも1回、明人より多くピットインするから、一気に追いつくことができる。ただしこれは、明人が彼女と遜色ないタイムで走り続けるという条件付きだ。
 こうなれば、明人がすることは一つである。それは、前を走る十七台を速やかに抜いて、北斗よりも速く走ること。邪魔者のいない北斗はいま、誰よりも速く走れる位置にいる。それを追いかける明人は、十七台のライバルを抜きつつ、さらに彼女よりも速く走らなければならないのだ。
 4周目――これには二度のエクストラ・フォーメーションラップと明人の事故のラップも含まれているので、再スタートから数えればまだ1周目である――の『リヴァッツァ』でまず最後尾の一台を喰った明人は、それが本当に可能かも知れないと微かに思った。

 

 北斗は、速かった。二番手は赤月が、三番手のナオを引き離しつつも彼女を追いかけていたが、それでも仕掛けるほど近付けなかったのだ。じわじわと赤月を引き離し、8周目には3秒のギャップを築いて独走態勢に入りつつあった。
 しかし、観客が目を奪われていたのは彼女ではない。国際放送用のテレビカメラでさえ、独走の彼女ではなく、違う一台を映し続けていた。それは、最後尾から怒涛の勢いで追い上げる明人である。もちろんそれに追従するマシンも、速い。
 純白に赤のストライプが微かに映えるマシンと、対照的に真紅を纏ったマシン。その二台は、他の色とりどりのマシンの間を一直線に走り抜けていくかのように、速かった。

 そして10周目である。後方集団の先頭を走るマシンが、明人の目の前にいた。つまり明人は、再スタートからの僅か5周で、7台のマシンを抜き去っていたのだ。いま眼前を走るその1台も、1周前にはまだ数百メートル先にいたのである。
 スリップストリームに入り、速度はどんどん上がった。ブレーキングまで2秒。まだ明人は仕掛けるほどに近づいていなかった。ブレーキングに入ったらラインを変えてはならないというのは、十二年前から同じである。
 それでも明人は、アクセルから足を放す寸前にラインを変えた。
 ドシンという衝撃が全身にかかり、視野が狭まるなか左手でダウンパドルを4回、弾く。右前方にいたマシンはその間に後退し、再びアクセルを踏む時にはもうミラーの中だった。明人自身が驚くほど、あっという間に抜き去ってしまったのである。

 スタート直後の事故に落胆していた観衆は、この身の毛もよだつような展開に数周前からなりを潜めてしまっていた。カヴァーリだけがその象徴であるティフォシたちですら、野次を飛ばすこともできず、ただこれから再び始まろうとしている死闘に目を奪われていた。
 14周目、北斗が後方集団に追いついた。ここからは彼女も周回遅れを抜きながらのラップとなる。青旗が振られるが、全開で走れないことに変わりはない。それを無線で聞いた明人は、さらにペースを上げた。ハリは、さすがに明人のペースにはついてこれず、差は4秒ほどに開いていた。
 16周目、明人はついに先頭集団の最後尾を射程に捉えた。ここからは6秒ほどのギャップの中に7台がおり、そこから抜け出しているのが北斗と赤月である。後方の周回遅れとは違って、名実ともにトップチーム、一筋縄ではいかない相手ばかりである。
 理屈からすれば、待つのが利口で得策だろう。あと数周で、彼らは一回目の給油へとピットインするはずだ。明人のそれはまだ先である。彼らが燃料を積んで重くなっているうちにどんどん飛ばして引き離し、自分が一回のピットを終えてコースに戻る時には前に出られるだろう。ピットストップのマジックである。
 しかし明人は、その選択肢を一瞬脳裏に浮かべただけで、あっさり排除した。そして、まず最後尾の一台に襲い掛かったのである。

『ヴァリアンテ・アルタ』では、いつものように明人のほうが速かった。サスペンションのセッティングももちろんだが、どうやら縁石の乗り方が違うのだろう。他のマシンはその瞬間だけ加速が鈍るのだが、明人はそうではなかった。
 スリップストリームから飛び出し、ブレーキ勝負。場所は難関の『リヴァッツァ』である。しかし成功させないわけにはいかなかった。
 ハンドルを切り始めるところまで残したブレーキが、いつもより少し多い。案の定、リヤがスッと流れた。しかし減速し切れていない今、ブレーキを放すわけにはいかないのである。
 観客席がわっと動くのが見えたような気がした。前輪からわずかに白煙があがる中、明人はカウンターステアを駆使して後輪の横滑りを相殺し、左コーナーの縁石めがけて飛び込んだ。しかし、スピンしようとするマシンを絶妙にコントロールしてねじ伏せることが、今すべきことではない。前輪が縁石に乗ったと見るや、遠慮なくアクセルを踏んだ。
 外側に一台が走れる余裕だけは空けて、加速する。さすがに実力のあるトップ集団のマシンは、その程度で抜かれてはくれない。明人よりも一瞬遅く弾けた彼のエキゾーストは、まだ明人の耳元だった。
 それでもここまでくれば、インを奪った明人の方が有利である。同じ左コーナーが二つ続く『リヴァッツァ』、二つ目でもまた縁石に乗った明人は、耳元にもう1台のエキゾーストが無いのを確認して、今度こそ反対の縁石目掛けて加速した。同じように加速しようとした相手の鼻先を抑えたのだった。

 そしてさらに2周後の『タンブレロ』でもう一台を抜くと、そろそろ一回目のピットストップに入るマシンが現れ始めた。北斗は、まだ入っていない。
「エリナ、北斗までは?」
『13.7秒。今あなたの前にいる連中よりは速いけど、あまりペースが上がってないわ。クリアラップだと1周で0.3秒、縮められるわよ』
 0.3秒というと、FAのトップ争いにおいては致命的な差だろう。北斗が不調なのか、それとも明人が速いのか、今の明人にはまだ答えは出せなかった。仮に彼女が不調なのだとしても、まだ第1スティントである。最初のピットインでタイヤの空気圧やフロントウィングの角度を変えて、万全の体勢になって戻ってくることは目に見えていた。
 他のマシンは次々とピットに入り、20周目、再び明人は前に誰もいない状態で全開アタックを繰り返していた。
『タンブレロ』は縁石をいっぱいに使って走り、『ヴィルヌーヴ』の右コーナーはタイヤが縁石の端から落ちるところだった。『ピラテラ』も、外側の縁石に乗せすぎるのが危ないことはよく分かっている。しかしそれも横Gを残したまま乗るから危ないのであって、そうでなければそれほどでもないとわかってからは、遠慮なく攻めた。
『アクア・ミネラーリ』で2速に落とさないのは、もはや明人だけである。高いギヤでスムーズに曲がるのではなく、NF211のギヤ比と明人の高いコーナリング速度が相まって、2速に落とす必要がないのである。
 タイヤが減ってくると、『リヴァッツァ』の進入で時々リヤが流れた。しかし明人はもうそれを経験済みである。むしろどこでどのくらい流れるのか分かっているので、時にはそれを利用してマシンの向きを変えながら、動ずることもなく全開で駆け抜けた。

 23周目である。少し遅めだと思っていた北斗が、ついにピットインした。この周で入るということは、やはり彼女は二回ストップである。
 12秒しかなかったギャップのおかげで、明人は苦もなく彼女を抜き去った。問題は、ここからどのくらい飛ばせるかということ。そして、ピットアウトした彼女が燃料を積んだ状態でどのくらい速いかということだった。
『明人君、北斗は8秒後方でコースに戻ったわ。タイムは貴方の1.1秒落ち。思っていたよりも速いわよ』
 エリナの報告に、明人はやはりと思った。たぶん、路面温度や路面そのものの状態のせいで、セッティングが微妙にずれていたのだろう。それを再調整して戻ってきたというわけである。
 残るピットストップは、今この時点で明人、北斗ともに一回ずつ。ただ、明人はもう少ししたらピットインして再び後半を走るだけの燃料を積まなければならないので、タイムががくんと落ちる。対する北斗は、少なくとも最後のピットインをするまでは、その状態の明人よりは軽い。
 予想される北斗の最終ピットストップは、最初のスティントが比較的長かったから、残り15から18周くらいだろう。そこから先は、ゴールした時にガス欠寸前になれば一番良いわけだから、二人ともほぼ同じガソリンの搭載量になるはずである。
 つまり、北斗が最終のピットストップを終えたとき、そこで前にいた方が、絶対的優位に立つのだ。
「ペースは悪くない?」
『悪くないけど、微妙なところ。北斗がペースアップしてきたから、読めなくなったわ』
 明人は燃料ミクスチャーのダイヤルを見た。レースが始まってからずっと、それは「2」を指している。5段階の「2」は、前を走るマシンを抜く時に一時的に「1」を使う以外では、最も燃料を濃くしたセッティングである。「RPM」、回転リミットも「1」のままだ。今シーズンのレースの中でも最も酷使されているというのに、エンジンは弱音の一つも吐かずに回り続けた。

 

『ヴァリアンテ・バッサ』からホームストレートを加速して、木々のトンネルへと入る。晩秋のイモラを包む空気はひんやりと澄んでおり、ヘルメットの上を流れる空気の層から僅かにコクピットにも流れ込んできた。傾きかけた日の淡い陽光をともなって、レース中だというのに、明人の心の中に感傷を呼び込むのである。
 路面は、上海やバーレーンの近代サーキットのように、滑らかである。明人は、そこが改修される前、父と北辰が戦っていた頃の路面を知らない。でこぼこももう無いし、父の親友であった彼の言った奇妙なわだちも、走っていて感じるものではなかった。ただ、ドライバーの闘争心をくすぐるようなレイアウトだけが健在なのである。
 コース上の落葉が数枚、究極の空力マシンと呼ばれたFAマシンの起こす竜巻きにあおられて、舞う。
 そんな光景を、もしかすると十二年前に父も見ていたのかも知れない。それに、北辰も。今はそれを明人が見ており、北斗や、他の友人たちも見ている。

――変わったのは遺された者の心だ。あの舞台すら、変わらなかったというのに――。

 いつか北斗が言った言葉を、明人は思い出した。
 コースは少し変わった。かつてのように、ひとつの週末に二人のドライバーが命を落とした危険なコースは、もう無い。それでも変わらないと思うのは、空気である。なにもイモラが特別なのではない。どのコースにも独特の空気があって、たまたま今は、十二年前と何一つ変わらずそこにあるイモラの空気を、明人は吸っているのである。
 父が、北辰が、或いは彼らのマシンが吸った空気。そして今、明人と北斗、それに各々のマシンがそれを吸っている。変わったのは自分たちであり、時代だ。始まりがあれば終りがある。それをこのサーキットは一つ一つ、見てきたのだろう。父の時代が終り、誰かの時代がきて、それもまた終り、いま明人がいる。
 ヘルメットの外を流れる空気が、壮大な時の流れを感じさせた。時速数百キロだか知れないが、たしかに明人と明人のマシンを包む空気は、視界を覆いつくす世界と一緒に、流れていた。
 とたんに身体中を駆け抜けた不思議な感覚に、明人は身震いをしそうになった。絶え間なく全身を襲う強烈なGとも違う。頭が妙にすっきりとして、指先にまで力がみなぎるようだった。
(武者震いなんだろうか?)
 明人は思った。しかしすぐにそれを否定する。本心からそれを望んだ対決に臨む、そんな心境ではない。もはやそれすらも些細な感情だった。
 明人の胸の中が、まるでそこにもう一つの空が現れたかのように、広々として爽快だった。初めてFAのハンドルを握った時の喜びが、或いは初めてソロフライトに飛び立った時の喜びが、全て一緒くたになって蘇った。嫌なことは全て忘れて、父と暮らしていた頃の思い出も、およそ喜びだけが明人の胸の中を渦巻いていた。
 明人は即座に悟った。
――この喜びこそが、自分の生きている世界なのだ、と。

(勝つよ、北斗)
 笑みを堪えられず、明人はヘルメットの下で独り呟いた。
(父さん、母さん、北辰さんに、ジロ。流もプロスペクターさんも。それにエリナも)
 自分を助けてくれたすべての人々に、明人は呼びかけた。名前を呼べなかった人だって、明人は顔を一人一人思い出した。それでも最後に彼女へと戻ってきてしまうのは、惚れてしまったからだろうか。
「勝つよ」
 誰にともなく、明人は言った。自分の口元がいつになく強気な笑みに縁取られているのも、分かったのである。










to be continued...


 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うーむ、今回は読んでいてサーキットには無縁の私でさえ、「サーキットの風」を感じましたねぇ。

マシンにまとわりつき、流れ去ってゆく風、

観客席から吹き降ろす熱く滾るような風、

レーサーの心に吹く、荒ぶる疾風。

いやぁ、燃えるっ!

 

「この風、この肌触りこそ戦場よっ!」(ぉ