機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












「君の収集したデータから、火星の後継者の拠点がある程度の特定ができたよ」


「ある程度?」

「君があっさりやられちゃったからね」

「ぐっ・・・・・・」

「まあとりあえず、君のエステバリスがジャンプアウトした座標と迎撃が来たタイミング、方向から逆算すれば自ずと限定されてくる」

アカツキは拠点となっているだろうと思われる資源衛星の資料を提示する。

「で、早急に君に攻撃してもらいたい」

「早急に?」

「敵だってバカじゃない。
君が探りを入れたことでヤツらも対策を練るだろう。
一番ありえそうな話が、こちらの戦力が整う前の引越しさ」

「・・・・・・なるほどな」

「そこを狙って攻撃を仕掛けたいわけだが・・・・・・やっぱり距離の壁は大きくてね。
戦力を整えて移動させてると引越しが終わってる可能性が大きいし、移動中、統合軍にでも見つかったりしたら大変でね。
だから例によって君一人での襲撃となる」

「たった1機で拠点攻略が可能か?」

「無理だろうね。ユーチャリスが使えればよかったんだけど、まだ完成してないんだ。
でも、むざむざ指を咥えて見てるだけってのはね」

「嫌がらせに攻撃するのか? 俺はそれでも構わんが」

「嫌がらせとは露骨な表現だね。
否定はしないけどもうちょっと言いようがあるだろ?」

肩をすくめるアカツキ。

「まあ少なくとも戦力を削っておくに越したことはないか。
やつらに安穏と準備を整えてはいられないってことを教えてやるさ」










「さて・・・・・・と」

アキトが出て行くと、アカツキはずっと黙っていたエリナのほうへ向く。

「何か言いたそうだね?エリナ君」

「私は・・・・・・別に」

視線を逸らすエリナ。

「たかだか嫌がらせ程度で、テンカワ君の命を危険にさらすのかってところだろ?」

「わかってるなら!」

"まあまあ落ち着いて"とエリナを宥めるアカツキ。

「火星の後継者・・・・・・。
彼らは"万事予定通りに事は進む"とか言ってワイン片手に"フッフッフッ"と笑っている輩だと思うかい?」

「そんなアニメの悪役みたいな組織あるわけないでしょ」

「僕もそう思うよ」

「・・・・・・何が言いたいわけ?」

「彼らの目的は随分と大きなものみたいだ。
そこん所はアニメの悪役そのものといってもいいかもしれないけど、こと実行するとなるとそんな単純には行かない。
同士を集め、戦力を増強しつつ・・・・・・それらを極秘裏に行わなければならない。
これは結構難しいことだよ、もちろん精神的にもね。
彼らだって必死のはずだ。
草壁本人はともかく組織の構成員全員がまったく不満を抱かないということはないだろう。
連続して攻撃を仕掛けることで物理的にだけでなく心的にも不安と不満を増大させることができる・・・・・・と僕は踏んでいるわけなんだけど」

「ゲキガンおたくの狂信者たちの集団でしょ?
そういう連中はむしろ苦労や苦痛を自己陶酔のスパイスにして盛り上がるんじゃない?
そんなに上手くいくかしら?」

「じゃあまったく意味がないと?」

「・・・・・・」

「やってみなくちゃわからない・・・・・・だろ?」

「ですがNSSによって動向を監視しているだけのほうが・・・・・・」

「現在、ネルガルの諜報部はクリムゾンと火星の後継者の両者を上回るものではない。
ましてや火星までの長大な距離が存在している以上、NSSの追跡、調査だけでは火星の後継者の尻尾すら見失う可能性も高いとプロス君も報告している。
だからヤツラに足並み揃った行動をさせないことこそが・・・・・・重要だと考えたわけだ。
上手くいくかどうかは保証しかねるけどね」

「・・・・・・」

反論したいエリナだったが、彼女とて絶対上手くいくという代替案を出せるわけでもなかった。












「準備はできてるぜ」


黒い特殊なパイロットスーツを着込んだアキトに、ウリバタケが声をかける。

「拠点攻撃がメインとなるからな、とりあえず火力重視で改造してみた。
つっても時間がなかったから強化装甲つけて武器を持たしただけだがな。
今回はこれで我慢してくれ」

「強化装甲?」

「そうだ」

強化装甲とはエステバリスの強化案として立案されたプランであったのだが、これはコストパフォーマンスが悪く、運用や整備の面でも困難で、そのうえ期待したほどの性能が得られなかったという欠陥品であった。
これをウリバタケが持ち出して再開発しようとしているのだ。
もっとも、次の機動兵器の開発を見越したデータ収集用としてであるのだが・・・・・・。



「色は味方の誤認を気にする必要もねぇから、宇宙では見えにくい黒にしてある」

ウリバタケが指し示す方向に漆黒の巨体がたたずんでいた。

「まるで砲戦フレームだな・・・・・・」

漆黒の巨人は130mmカノン×2と大型ミサイルを装備している。
装甲は角ばった無骨な感じで、重装甲に重火器・・・・・・。
アキトの言うように砲戦フレームを大きくした感じに見える。

「似たようなモンだ。だが、130mmカノンはチューンしてあって射撃時の反動は遥かに大きいぞ」

「了解」

「撃つだけ撃ったらさっさと離脱しろよ」













「何だあの機体は!?」


指揮所のモニターに映し出される黒い機体。

「データ照合・・・・・・・・・・・・・・該当なし。機種不明です」

「ネルガルの新型機か?迎撃出せ!」

草壁は即座に指示を出す。

「了解」

「くっ、こんな時に・・・・・・。いやこんな時だからこそ・・・・・・か。北辰は!?」

草壁はオペレーターに北辰の所在を問う。

「宙路の確保のために出ています!」

「呼び戻せ!・・・・・・どのくらいかかる?」










「資源衛星・・・・・・あれか!?」


アキトは巨大な岩の塊に向かって機動兵器を向かわせる。



「ジンタイプまでいるのか?」

出撃してくる多数のステルンクーゲル。
その中でマジンの巨体がその存在を主張している。


即座にマジンに向けて130mmカノンを照準するが

(この距離で撃っても、相転移エンジンを使った高出力のディストーションフィールドには効かないか?)

隣のステルンクーゲルに照準を変更するアキト。


ドドン!

両腕に持った130mmカノンを同時に放つ。
その射撃はステルンクーゲルのディストーションフィールドを貫き破壊した。


「くっ、確かに反動が大きいな」

後方に弾かれる黒い機動兵器。
片方だけ射撃していればコマのように回転しているところだ。

再びスラスターを全開にして前進する。


正面のマジンから黒い閃光が放たれる。
グラビティブラストだ。

アキトは何とか回避。

だが、グラビティブラストをかわす為にとった大き目のアクションのため、
続けて多数のステルンクーゲルから放たれるレールガンまでは避けきれない。

肩部装甲に被弾する。

「くそ!機体が重い・・・・・・。これならパワーがある分だけ月面フレームのほうがマシだ」

(その場合はジャンプで帰れない・・・・・・か)


ドドン!ドドン!

砲撃の反動を移動、回避に利用しつつステルンクーゲルを落としていくアキト。
こういった既存のマニュアルにはない柔軟さはアキトならではだ。
かつてエステバリスで戦艦クラスを撃破して、一流のパイロットであるリョーコたちを驚かせたように・・・・・・。



正面にいたマジンが光に包まれ消える。


(短距離ジャンプか!)

左後方に現れるマジン。

即座にグラビティブラストを放ってくるが、アキトはかわしてみせる。

「今更・・・・・・。パターン解析はできている」

130mmカノンを撃ちマジンのジャンプを誘う。
そしてジャンプアウト予測地点に大型ミサイル。

ガオォン!

あっさり撃破されるマジン。
ジャンプのパターンを読めれば、機動兵器戦ではそれほど脅威ではない。
戦後の主力兵器とならなかったのも当然だろう。
A級ジャンパーたるアキトがボソンジャンプを使えば、パターンも無くもっと有効な戦術になるのだろうが・・・・・・。



アキトは資源衛星のドックに大きな機影を確認する。

「これは・・・・・・戦艦クラスか!?」


現在整備中なのか稼動していない。

アキトは残るミサイルを一斉発射。
さらに130mmカノンで攻撃。


ガオォーン!

資源衛星の中心部にある指令所にも戦艦の爆発の振動が伝わってくる。

「居待月が撃沈されました!その他被害多数!」

「くっ!貴重な戦艦を!」

怒りの表情を隠せない草壁。

「北辰はまだか!?」

「まだです!・・・・・・あっ、いえ、来ました!」








爆発に巻き込まれないように一度離脱する黒い機動兵器。

ピピ

7機の機影を新たに確認するアキト。

「北辰・・・・・・か」


(既にミサイルもない・・・・・・どうする?)






通信をつないでくる北辰。

『よくもまあこれ程の被害をだしてくれた・・・・・・。
さすがは”闇の王子”といったところか』

拠点の状況を見ながらそう言う北辰。

「"王子"・・・・・・だと?
何を言っている!?」

"闇の王子"と呼ばれて戸惑うアキト。

『汝の妻・・・・・・ミスマル・ユリカとか申したか』

「!?」

『研究者たちが眠り姫と名づけおってな。
コードネームはスノーホワイトとかだそうだ。
それを求めし汝には王子の名が相応しかろう?』

「・・・・・・」

『もっとも、血塗られた闇の王子の接吻で目覚めるものかどうかは・・・・・・な。
ククク・・・・・・クハハハハハハハハハハハハ!




「黙れ!」



ガガン!


130mmカノンで狙撃するアキト。

『フッ・・・・・・』

しかし傀儡舞の動きでかわされる。



上下左右に展開してから距離を詰めてくる6機の六連。
正面には夜天光が位置しているため、後方に下がることしかできない。

そしてそれは北辰たちの洞察するところだ。

あっという間に包囲下に置かれる。

「く!」





周囲を乱舞する六連。
機体が重くて、包囲から抜け出すどころか照準を合わせることすら困難な状態だ。

ステルンクーゲルが相手のときは、互いに砲撃戦が主体となっていたため大丈夫だったが、近距離にまとわりつかれるとどうすることもできない。



重装甲のおかげで何とか持ってはいるがジリ貧である。





六連の動きに気をとられているうちに、夜天光が懐に入り込んでくる。

「いつの間に!?」

『未熟なり』

夜天光が右手に持つ錫杖でコクピットを狙って突きを放つ。


ガシン!

何とかコクピットは避けたものの左肩の装甲が剥がれ落ちる。



『追加装甲を纏ったということか?』

北辰は外れた装甲と剥き出しになったエステバリスの腕を見て悟る。

「クソッ!」

アキトはスラスターを全開にして離れようとするが、夜天光はぴったりとくっ付いて離れない。

連続して突きを放つ夜天光。
腰部の装甲も剥がれ落ちる。


『クックックッ・・・・・・なんとも脆い鎧よな』

ウインドウに映る北辰は愉悦に満ちた表情を浮かべ舌なめずりをする。
北辰には脆弱な少女の衣服を剥ぎ取るような感覚なのだ。

「・・・・ぅ・・・・う・・・・」

その姿にアキトは押さえていた北辰への恐怖心が堰を切り溢れ出す。

『クックックッ。恐怖に屈するか? 心弱き修羅よ・・・・・・』


「くそぉぉぉぉ!」

ドンッ!

左の130mmカノンだけを放ち、その反動を利用して機体を急速に左回転させる。
そのまま右の130mmカノンの砲身で夜天光を薙ぐ。


ガン!

虚をつかれて避けきれず、左腕で砲身を受け止める夜天光。

『むぅ!?』

さすがに重量の差から弾かれるのは夜天光。
だが弾かれつつもミサイルを発射していた。


ガン!ガガン!

「うああああああ!」

ミサイルの着弾で激しく揺れるコクピット。
その中でアキトは意識を繋ぎとめるだけで精一杯だ。


「ヤツは!?」

コクピットの揺れが納まり周囲を確認するアキト。

夜天光は再びアキトの機動兵器へと接近してきていた。

アキトの目には錫杖を振りかぶっている真紅の巨人が映る。

『楽しませてもらったが・・・・・・ここまでよ』







夜天光は錫杖を左から右に薙ぐ。


ギャイン!

胸部の追加装甲が剥がれエステバリスの装甲がむき出しとなる。


右手の錫杖を振るった流れのまま、コクピットを狙って左の拳を突き出す夜天光。




ガシン!




『なんと!?』



驚いたのは北辰。


剥き出しとなったエステバリスの胸部装甲を貫いて、コクピットを潰すと思われた左腕部。
しかしその腕は、接触した瞬間に肘部から砕けたのだ。



押しやられる形となった黒い機動兵器。
すぐに光に包まれた。









北辰は砕けた左腕部の残骸を見つめる。


130mmカノンの砲身を受け止めた時に損傷していたのだ。



「強運・・・・・・いや、凶運と言ったところか・・・・・・。
テンカワ・アキト・・・・・・まだ死ぬ定めにはないらしいわ」















「こりゃあ・・・・・・まずいか!?」


ドックに現れた機体は、エステバリスの胸部・・・・・・コクピットがひしゃげていた。

夜天光の腕が砕けたとはいえ、その衝撃は伝わっていたのだ。


「おいアキト!?アキト!?」

ウリバタケが呼びかけるもアキトの返事は返ってこない。

コクピットを強制開放する。

「アキト!?」



そこには血に塗れた意識の無いアキトの姿があった。















「機体は中破してテンカワ君は全治1週間・・・・・・か」

医療が発達している現在では外傷で1週間の怪我は重症クラスだ。

「王子様はまだ眠りについたままかい?」

アカツキはイネスに問いかける。

「ええ・・・・・・」

「やっぱりアキト君には無理なのよ! もうやめさせるべきだわ!」

そう言ったのはエリナ。
彼女としては、このままアキトが諦めてくれたほうがいいと思っているのだ。

「何言ってるの? 確かに負けて帰ってはきたけど・・・・・・」

イネスは資料を提示する。

「何これ?」

「レコーダーに残ってた記録から解析した、アキト君のスコアよ」


ステルンクーゲル×3、ジンタイプ×1、戦艦×1
それがアキトの戦果だった。

一機で多数を相手にする戦闘の困難さを洞察できないほど、アカツキは愚鈍ではない。
もともとアカツキは、火星の後継者に対して"こちらはいつでも攻撃できるんだ"という印象を与えられればそれでいいという考えであった。
戦闘の結果などは二の次であったのだが・・・・・・。


「すごいね・・・・・・これは」

これが多対多での戦闘の中で挙げた戦果ならあり得る。
だがアキトは単独で攻撃したのだ。
それなのにアキトはこれだけのスコアを刻んでいる。
無論、火星の後継者全体から見ればたいした損害ではないであろうが、それは十二分に評価すべき戦果であった。










「アキト君のことは私に任せておいて。もっと強くしてみせるわ」



(お兄ちゃんの望みが叶えられるように・・・・・・ね)





「なら、僕はヤツらの引っ越し先を探すとしようか・・・・・・」











「何やってるのアキト君!?あなたはまだ安静中よ!」


イネスは体を引き摺って歩いているアキトを見つけ走り寄る。

この先にはシミュレーション室がある所だ。
おそらく訓練をしようとしていたのだろう。


「そんな暇ない!やつを倒すにはぜんぜん足りないんだ!」

追い詰められている表情をその顔に張り付かせているアキト。


続けて北辰に負けたという結果だけが、アキトに焦燥感を与えているわけではない。
問題はその内容だ。

二度の機動兵器戦は、どちらも勝機すら見出すことができなかった。
包囲され、対応しきれないまま撃破されている。
そしてそれは、何度やってもこのままでは勝てないという印象をアキトに強く与えていたのだ。


「どいてくれ!」


ふらつきながらもイネスを押しのけようとするアキト。
ラピスがアキトに寄り添っているが、彼女にはアキトを止めるという選択肢は持たないようだ。

「どかないわよ」

イネスは断固としてアキトを通さない。

「イネスさん!?」

「焦る気持ちはわからないでもないけどね・・・・・・」

アキトの戦闘の分析を行ったイネスは、アキトの心情をある程度予測していた。

「でもね・・・・・・ただ頑張ったからといって、いい結果は得られはしない。
前にも言ったでしょ?」

「しかし!」

「勘違いしないで。何もするなとは言ってないわ」










ベッドにアキトを戻した後、部屋にホワイトボードを持ち込んでくるイネス。
ゲストにはウリバタケを招いたようだ。

「あなたはただでさえ体を動かすことのほうに傾斜するんだから・・・・・・。
蛮勇だけじゃなく知性も揃ってこそ本当の戦闘力が手に入るのよ」

イネスの言に頷きながら”わかってるか?”と、アキトを見るウリバタケ。

ラピスも、ベッドで上半身を起こしているアキトの足の間に陣取り、その胸に背中を預けてイネスの説明を聞く。
そこが自分の場所だと主張しているかのようだ。


「質問があったらいつでも言ってね」

自分で考えるだけでは限界があるし、言葉のキャッチボールによって思考がよりよく整理されたり新たなことに気がつくこともよくある。
だからイネスも質問を歓迎している。

アキトはラピスの髪を撫でながら頷いた。





「機動兵器に関してはアキト君のアドバンテージを最大に生かす方向で考えたわ」

「アキトのアドバンテージってなんだ?」

ウリバタケが軽く挙手しつつ質問する。

「IFSへの経験値の高さ・・・・・・ね」

イネスが答えるが、ウリバタケは納得がいかないようだ。
さらに質問を返そうと口を開く。

「経験値って・・・・・・。
アキトのやつ、機動兵器搭乗時間は通常のパイロットより少ねぇだろ?
蜥蜴戦争戦ってるから、実戦での搭乗時間は負けてねぇだろうけど・・・・・・」

激戦区に回されていたナデシコのパイロットであったアキトは、実戦経験での搭乗時間はそうそう負けていなかった。

「だが、訓練とはいえその搭乗時間の差を舐めちゃいけねぇ」

ウリバタケの意見を聞いて嬉しそうに笑うイネス。
反論を説き伏せるのが説明屋としての本懐なのだろう。

「ウリバタケ君の言うことも理解できるけど、それでも現在の地球出身のパイロットよりアキト君のほうがIFSの経験値は高いの。
確かにエステバリスの総搭乗時間なんかは負けているでしょうけど、私が言っているのはあくまでIFS機器への総合的経験値のことよ。
火星出身で幼いころからIFSを使い、機動兵器以外のIFSシステムにも圧倒的に多く経験があるわ。
火星には以前から様々なIFS仕様の機器が数多く存在したから。
でも地球ではどうだったかしら?」

地球ではナノマシン・・・・・・異物を体内に注入するIFSは広くは受け入れられていない。
それゆえIFS仕様の機器の数も、火星と地球では大きな差が存在していた。
だから地球のIFS保持者は機動兵器以外のIFSをほとんど使ったことがなく、IFS機器への柔軟性も高くなかった。

「なるほどな・・・・・・」

「だから、人型以外の機関を使いこなす下地は十分にできている。
例えば過剰な数のスラスター制御なんかは、地球出身のパイロットよりもより良く使いこなせるはずよ。
それに手足以外の器官を付けてもアキト君なら使えると思うわ」

「なら・・・・・・色々できるかもしれねぇな」





「機動兵器戦闘のレクチャーも私がするわ」

「そういうのってパイロットに教わるもんなんじゃないんですか?」

アキトは疑問を口にする。

「あら?あなたいったいどんなパイロットになるつもり?」

「えっ!?」

「言っておくけど、一流・・・・・・いいえ超一流のパイロットになってもあなたがやりたいことなんて、できはしないわ」

アキトの表情が険しくなる。
超一流のパイロットになっても自分の目的を達成できないと断言されれば当然だろう。

「なぜなら一流のパイロットは圧倒的多数と一機で戦う技術なんて持ってない。
ナデシコに乗っていた一流パイロットたちを思い起こせばわかるでしょ?」

(そうだな、彼女たちは常に連携を考えて動いていた。
そしてそれは北辰も同様だ・・・・・・)

「一流、超一流のパイロットというのは、単体で多数と戦う戦闘技能が優れた者に与えられる称号じゃない。
偵察、戦艦や拠点の防衛、部隊連携などをはじめとした様々な技術の総合的な戦闘能力に優れたパイロットのことよ。
もちろん単体としての戦闘力も重要な要素であることは確かだけど、たいていその場合は一対一からせいぜい一対三までを想定した場合の戦闘力ね。

まず単独で多数と戦うという考え方自体が異端なの。
7対1で戦う技量を持ったパイロットなんて存在しないわ。

ましてやあなたの相手はそれより増えることはあっても減りはしないのだから、超一流のパイロットになっても目的を達成することはできないわ」

「じゃあ・・・・・・どうすれば?」

「だから通常とは異なるアプローチをするのよ」

「異なるアプローチ?」

「圧倒的多数に対して単独で戦闘をすることを命題とした戦闘スタイルの確立と習得。
そしてそれに伴い、その戦闘に特化した機動兵器の開発」


圧倒的な多数の戦力に対しての単独での戦闘・・・・・・。
それは常識的にはありえない発想であった。
あるとするならば、それこそテロリストの考え方であろう。





「通常の機動兵器戦闘においては、加速や減速を織り交ぜ、小刻みに旋回し多彩な軌道を描き、相手に動きを予測させず"正確な照準をさせない"ために必要な能力・・・・・・つまり運動性能こそが重要だとされているわ。

でもね、これはあくまで常識的な運用を前提とした時の話よ。
貴方の行おうとする戦闘には当てはまらない。

単独で圧倒的多数を相手にするような異常なシチュエーションを前提とするならば、
通常とは異なる要素が重要視されて然るべきなのだと、私は考えるわ。

どんなに優れた運動性能を持とうとも、多数で囲まれて全方位から攻撃されれば物理的に回避できなくなる。
だから単独で多数を相手にする場合、包囲されないことが最重要課題となると私は定義したわ。
そしてそのためには、常に高速で戦域を移動し続けるしかない・・・・・・」


イネスの説明を延々と聞くアキト。
ラピスはいつの間にか睡魔にその身を委ねていたが・・・・・・。


「一言で言うと、既存のマニュアルにはない超高機動戦闘というスタイルを生み出すというわけですね?」

「そう。そしてその高機動戦闘に特化した機動兵器を開発するということよ。
で、これが私の考案した機動兵器の概要。細部に関してはまだだけど」

ホワイトボードを裏返すとディスプレイが顔を現し、機動兵器のデータを映し出す。

「ほう」

ウリバタケが興味深そうに身を乗り出す。





「重装甲と共に大推力のスラスターを装備し、そのスラスターのベクトルを機体の後方に集中させれば、既存の機動兵器の常識を覆すだけの機動力を得ることが可能になる・・・・・・か。
でもそれじゃあ、ただまっすぐすっ飛ぶだけになっちまうんじゃねぇか?」

「一応そのあたりは対策を考えてるけど、まあ概ねウリバタケ君の言う通りね。
天頂、正面方向以外への加速、そして減速、旋回、姿勢制御など通常の機動兵器に必要とされる運動性能に関しては最低クラスになっちゃうわ。
稼働時間も限定される。
質量が大きい分、いずれのアクションにも通常の機動兵器より多大なエネルギーを必要とするから。

これらを是正するためには装甲材そのものの極端な軽量化か、圧倒的パワーを有するジェネレーターが必要となってくる。
そう、例えば相転移エンジンのような・・・・・・ね。
でも現行ではそんなものは望めない。
ならどこかを切り捨ててどこかを強化するしかないでしょう?」

「しかしこりゃあ・・・・・・極端すぎるだろ?
あらゆるベクトルに対応するように機体の各所にスラスターを配置するという、空間戦闘を行う機動兵器の常識と正反対だ。
汎用性の欠片もねぇぜ」

「けれど、そこまでしなければちょっと優れただけの高機動型で終わってしまうわ」

「・・・・・・歪んだ兵器だな」

「だから操縦技術も歪めるのよ。空間戦闘のセオリー無視でね」

エステバリスの操縦の延長線上にこの機体の操縦技術があるわけではない。
あくまでこの機体に特化した特異な操縦技術を必要としているとイネスは説明する。



「やっぱりまずは、エステバリスに追加装甲という形でデータを取っていくようにしたほうがいいわね。
できるかしら?」

イネスはウリバタケに挑戦的な視線を向ける。

「俺がやらねぇで・・・・・・誰がやるってんだ?」












怪我の癒えたアキトは即座にシミュレーション漬けとなる。
療養中にはイネスの講義で超高機動戦闘についての知識を身に付けている。



黒く巨大な機動兵器が虚空を飛翔する。
今はデータだけの存在であるが、いずれはウリバタケの手によって現実のものとなるだろう。


「くっ・・・・」


リミッターを切ったシミュレーターは容赦なくアキトの肉体に多大なGを与える。


『アキト君、減速は最小限に留めて。
相手の射撃は緩急ではなく最高速度を維持したままかわしなさい』

外部から指示を出すイネス。
その指示はある意味無茶苦茶であろう。

最高速を出している機動兵器は、まっすぐ突き進む質量弾のような物なのだ。
ましてや重装甲を纏っていては、その重量とスピードからくる慣性の大きさゆえ、そう簡単に軌道を変えたりはできない。

「そんなこと言われたって」

『ウイングバインダーを高速で振り出して能動的質量移動を行う。
それによって重心に歪みを発生させ、不安定にしたうえで、強引にロールに持ち込むのよ』


巨大な漆黒の翼がはためくと、高速で移動する黒い塊がブレ、ロールをし始める。

「くぅ!」

最高速を維持するだけでも困難な上、無理な回避運動に意識が飛びそうになるアキト。



背中に生えている巨大な漆黒の翼。
機動兵器自体の全長にも匹敵するほどの大きさだ。
これ自体、巨大なスラスターユニットになっているわけだが、それだけがこの漆黒の翼の役割ではなかった。
その巨大さゆえ、その質量もかなり大きい。
その質量を高速で振リ出すとにより、圧倒的な慣性を持って突き進む質量の塊たる機動兵器のベクトルに影響を与える。
そしてそれをきっかけにして横転、いわゆるロールに持ち込み、軌道をずらしたのだ。











「まるで戦闘機のような戦い方だな」

モニターに映し出される様子を見ながらイネスに言うウリバタケ。
もっとも、既存の戦闘機とは次元そのものが違っているのだが。

「運動性を犠牲にしてでも高機動戦闘を突き詰めていくと、そういう風になるのは仕方ないかもしれないわね。
でも、かつての戦闘機ではダメでも今の技術ならそれにプラスして戦闘機では無理な軌道をも描ける。
それを組み合わせれば既存の戦闘技術とは異なる概念で高機動戦闘を行うことが可能となるわ」

「なるほどな・・・・・・。新時代の戦闘機といったところか。
いっそのこと形状も戦闘機型にしてみるか?」

そう言いつつ自分なりにオプションを考えるウリバタケ。


「けど、あれじゃあユーチャリスを護衛する機動兵器が必要になるよな?」

ウリバタケはイネスを見る。

「あの機体は明らかに拠点防衛や戦艦の護衛には向かない・・・・・・。違うか?」

「さすがね・・・・・・。
確かにあの機体では、それらを目的とした・・・・・・つまり限られた空間で戦う状況では、たいした戦闘力を発揮できない。
アキト君が今得ようとしている技術を習得した後でも・・・・・・ね」

自らが戦闘を主導できる状況、つまり高機動戦闘に持ち込めれば高い戦闘力を発揮できるが、それ以外では火力、運動性能に優れたスーパーエステバリスに乗って普通の戦い方をしたほうが戦闘力としては高いだろう。

「まあ、強襲する側である限りは何とかなるか」









アキトが得ようとしているのは歪んだ強さなのだ。


















歪な黒き翼。

















それがアキトをどこまで飛翔させるのか?

















今はまだ、誰にもわからなかった。













まず最初に。

ブラックサレナについては、日和見さんの『なぜなにナデシコ特別編』第二回 「ブラックサレナ 意外と知られていないその真実」を参考にさせていただきました。
S型っぽいので拠点攻撃したうえ、北辰に負けるという展開もです。

非常に参考になりました。
この場を借りまして、御礼を申し上げます。




劇場版の戦闘シーンを自分なりに解釈して。

劇場版のブラックサレナは、とんでもないロールを使うシーンがあったんですよね。
リョーコが登場した直後、レールガンでの狙撃の2撃目をかわす時です。
だからロールを回避運動の軸にすることにしました。

しかしそれ以外には、たいした回避運動を行うシーンはなかったんですよね。
火星で北辰たち7機に囲まれた時には、クルッと縦に回転しているシーンもありましたが、
その軌道のベクトル自体は変わってなくて、その直後、夜天光に取り付かれてましたし。

だから運動性能はたいして高くないんじゃないかな・・・・・・と。


そういう自分なりの解釈を加味していった結果、コンセプトとしてはかなり歪んだものになりました。
運動性能を犠牲にしたうえでの高機動力なので、汎用性は全然ないです。



凄く強い機動兵器というのではなくて、あくまで高機動戦闘に特化した機体である。

そういうことを伝えたかったのですが・・・・・・。


 

 

代理人の感想

をー。

劇場版の火星における一対七の決戦を思い起こすと微妙に食い違う点もありますが、

説得力があるのでこれはこれでよしです。

イメージも格好いいしね。

格好いいってのは、とても大事なことです、うん。