機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












黒い機動兵器が虚空を飛び、

無数の白い機動兵器がそれを追う。


その光景は、悪魔を断罪しようとする天使の群れにも見える。








「くそっ・・・・・・」

黒い機動兵器は浴びせられるレールガンの雨に被弾しながらも、ステルンクーゲルが無数に展開している戦域を高速で突き進む。



状況はあまり良くない。
無数のステルンクーゲルはそれぞれ連携し、黒い機動兵器を追い立てきている。

一度、戦域の外周部に抜けてから再度突入という形に持っていきたいところだが・・・・・・。



アキトは機体をコントロールしながら、戦域すべての敵機の座標を確認していく。

「あそこなら!」

敵の陣形に隙を見つけて機体をそこへ向かわせるアキト。



「なに!?」

しかし、もう少しで敵部隊を抜けようとした時、黒い機動兵器は敵の包囲下に置かれていた。












「ミッション失敗ね」



シミュレーターの扉が開き、イネスが顔を見せる。

「これはデッドエンドと呼ばれる戦術の一種よ。
わざと隙を作って敵を誘い込み、追い詰める。
予想したところに来るんだから、どんなに速くても即時反応、対応できるわ」


「くそ・・・・・・」

アキトはクシャリと髪を掴むと、視線を足元へ落とす。

「敵がアキト君を一機だと侮っている場合はともかく、本気になればそれなりの戦術を用意してくるハズ。
正面に分厚い陣を敷いて、高機動型であるこの機体の足を鈍らせて取り付く。
今回のように機体を誘導し、用意したポイントに追い込む。
このどちらか、あるいは両方の戦術を用いて包囲する形へ持っていくのが基本になるでしょうね。
だからそれらを洞察して逆手に取り、常に戦闘を主導する戦い方を習得するのよ」

「・・・・・・」

「たった一機で一個艦隊に匹敵する戦力に戦闘を仕掛け、そして戦場を主導する・・・・・・。
言葉にするのは簡単だけどね」

イネスは皮肉気に笑う。


「だいぶ慣れてきたんですけどね・・・・・・」

そう言うアキト。
確かに機体のコントロールを自分のものにしてきている。
驚愕すべき適応力だといっていいだろう。


「けど・・・・・・それでも撃破できるのは一個艦隊の2割から3割程度が限界だ・・・・・・。
このままじゃ火星の後継者の全部が相手となれば・・・・・・」

「勝てない・・・・・・かしら?」

「・・・・・・」

「それは当然よ」

イネスの言葉に顔を上げるアキト。

「私は圧倒的戦力に対して単独で"戦える"機動兵器を考案したのよ。
どんなに頑張っても圧倒的戦力を"殲滅"させられるハズないわ」

「どういう・・・・・・意味ですか?」

「もともと、たった一機の機動兵器に一個艦隊を殲滅させられる戦力を与えるなんてことは不可能なのよ。
だから私は、圧倒的多数を相手に戦って"生き残れる"機動兵器を考案した。
そういうことよ」

「けどそれじゃあ!?」

「目の前に敵が居たら全部倒さなきゃならない・・・・・・なんて決まりはないのよ。
戦場では戦略的要因を満たすため、あらかじめ設定した戦術的目標を達成できればいい。
進軍を阻止するために一定の損害を与える。
補給線を断つために後方を遮断する、もしくは補給部隊を潰す。
人的損害を与えるために旗艦を沈める。
時間を稼ぐ・・・・・・。
まあ色々あるわ。
時には攻撃を仕掛ければいい、ということもね。
アキト君の場合、強襲してある程度の損害を与える、旗艦を沈める。
そういったものがメインになるわ。
そしてそれらは私が考案した高機動戦闘による一撃離脱で十分達成可能よ」

「けど・・・・・・」

再び視線を落とすアキト。
言っていることは理解できるが、そう簡単には納得できない。

「結局は逃げ帰ることになる・・・・・・かしら?
全部倒さなきゃ気が済まない?」

「・・・・・・」

「そこは割り切るしかないわね。よく言うでしょ?戦略的撤退だって」

"我ながら陳腐な台詞ね"と思いながら、ため息をつくイネス。


「今日のシミュレーションはここまでよ。
今言ったことを割り切れなければ、このままやっても時間の浪費でしかないわ」



「・・・・・・」

アキトの反応は返ってこない。
イネスは再び盛大なため息をつくと、何かを思いついたような表情に変わる。


「そういえばアカツキ君が呼んでたわよ。会長室に来てくれって」

「・・・・・・わかった・・・」

足取り重くシミュレーション室を出て行くアキトを見送ると、コミュニケを操作するイネス。





「アカツキ君?」















『・・・・・・というわけでアキト君、そっちにやったわ。後は頼めるかしら?』



「OK,OK。何とかするよ」

『じゃあお願いね』

イネスが映っているウインドウが消える。

「さ、アキト君が来るまでに、ちゃちゃっと済ましちゃいなさい」

デスクに置かれた書類の山を指差すエリナ。

「やれやれ、面倒だねぇ」

やる気なさそうな声を出すが、手元はそれなりに速く動き出す。


「そういや先月、不幸な事故でなくなったネルガルTVの社長さんの引継ぎはどうなってるんだい?」

「こちらの推薦した人材に落ち着きました。
副会長の御子息ですから反発も少なかったようですし」

「カズ君ね。そりゃよかった。で、その間の損失は?」

「グループでフォローしていますので、たいしたものにはなっていません」

「とりあえず順調かな」

「新社長就任発表とアジア支局開設のセレモニーを同時に行いますので、会長にも出席していただくことになりますよ」

「いつだい?」

「今週の日曜です」

「僕の休みの日じゃないか・・・・・・」

あからさまに嫌な顔をするアカツキ。

「そんな悠長なこと言ってられる状況じゃないでしょ?
怠けてるとクリムゾンを追い落とす以前に、ネルガル内の抗争にも負けるわよ」

アカツキの態度に口調がきつくなるエリナ。

「でも人間、休みは必要だよ。心身共にね」







「どうだい調子は?」

「・・・・・・・」

アカツキが問いかけるが、反応がイマイチなアキト。


アキトは何かを言いかけて口を開くが

ボリボリ

横を向いて頭を掻く。

しばらくするともう一度何かを言おうとするが・・・・・・ため息をつくと天井を見上げる。


(フレサンジュ博士の言うとおり、随分とこれは・・・・・・。
確かに気分転換させないと・・・・・・)





「結構近場のミッションでね、君に任せようと思うんだ」

「俺一人でってことか?
しかし俺は諜報活動の技術は習得していない・・・・・・」

「別にいいよ。たいして重要なものじゃないし。
とりあえず仕掛けてくれればOKだよ」

「なんだそりゃ?そういうのなら他のヤツに回してくれ」

「機動兵器のシミュレーションで忙しい・・・・・・かい?
でも今、君以外に動ける人間が居ないんだよねぇ」

「なんで?」

「火星の後継者の引越し先を探しててね。
ソッチのほうに人数とられちゃってるんだ」

さすがに表情が変わるアキト。

「見つかりそうなのか?ソッチのほうは」

「プロス君は何とかなりそうだと報告してきている。
ま、期待しようよ」


(仕方ない・・・・・・か)

「いつだ?そのミッションは・・・・・・」

「今度の日曜。
朝に事前調査して、決行は夜明け前・・・・・・だって。
結構時間が空くから気分転換して来ればいいよ。
ラピス君も連れて行ってあげればいい。
僕も一緒に行きたいところなんだけど・・・・・・」

「会長にはネルガルTVアジア支局開設のセレモニーへの出席があります」

「・・・・・・らしいよ」

ヤレヤレといったジェスチャーをするアカツキ。

「っていうか、お前が一緒に行って何しようってんだ?」


火星の後継者関連のせいで、動ける人材が少ないのは確かだ。
しかし必然性などの面から見れば穴だらけの作戦立案である。

自分一人に任せようとする点。
ラピスを連れて行けという点。
それらからたいして意味がないことはアキトも洞察できていたが・・・・・・。











(まあ・・・・・・いいか・・・)


















そういうわけで、クリムゾンの研究施設を襲撃するために日本のある町を訪れているアキトとラピス。

アキトの格好は黒いスラックスに黒い長袖のシャツ、黒いバイザーと黒ずくめであることは変わらない。
ラピスは白いワンピースにピンクのリボンの付いた麦藁帽子を被っている。



「さて、どうしようか・・・・・・?」

下調べは終わったが、決行は夜明け前を予定している。
わざわざ帰る時間もないので、それまでこの町に滞在することになる。





アキトがラピスを見ると、ラピスは"くんくん"と鼻を鳴らしていた。

「どうした?」

アキトが呼びかけるとラピスはアキトを見上げる。

その瞳はいつもの金色ではない。カラーコンタクトでブルーにしている。
マシンチャイルドの特徴を隠すためだ。

髪の色は薄桃色のまま。
リョーコがそうであったように、髪の色を変えるのは普通であるため、それほど奇異には見られないからだ。



「塩分を含んだ空気・・・・・・」

「え・・・・・・?」

ラピスの言葉に少し驚くアキト。
そしてラピスの言葉の意味を咀嚼、吟味しあることに思い当たる。

「ああ、潮の香りか・・・・・・」

そう言いながらも、自分が"それ"を感じることができないことを残念に思うアキト。

「ここは海の近くだったな・・・・・・。
ラピスは海を知っているか?」

「知っているけど、見たことはない」

「そうか・・・・・・」



アキトはラピスと手をつなぐと海があるほうへと歩を進めた。




















ガギィ!





木刀が激突して鈍い音を立てる。

ここは火星の後継者の拠点にある訓練室。


闇に属する彼らも・・・・・・いや、闇に属するが故、自らの力のみが頼りとなる彼らは日々の鍛錬を怠ることはしない。


「腕を上げたな」

水煙の攻撃を受け流しながら、北辰が言う。

「まだまだです!」

水煙はさらに鋭く踏み込み右手の木刀を振るう。

「ほう・・・・・・なかなかのものだ」

北辰の賞賛の言葉に水煙は頬を緩ませる。

「ヤツにこれほどの技が撃てれば、もっと面白くなるものを・・・・・・」



ピク!



北辰のつぶやきに過敏に反応する水煙。

「ヤツ・・・・・・テンカワ・アキトのことですか?」

「そうだ」

「ヤツは死んだのではないですか?あの時エステバリスのコクピットは・・・・・・」

「あの程度でヤツは死にはせん。我にはそれがわかる。
またすぐに闇の王子の噂が耳に入るようになるだろう」

「あんなヤツ、隊長が気にするほどの男ではありません」

「それは我が決めることだ」

「それは・・・・・・そうですが・・・・・・」

水煙は奥歯を噛み締める。


「・・・・俺のほうが・・・・」

「?」

「俺のほうがヤツよりも強い!」





――水煙。
北辰六人衆の一人だ。

中肉中背、黒目黒髪という平均的な木連人で、顔の作りは悪くないが特別いいわけでもない。
硬く引き締められた口元が、彼の実直な性格を色濃く表している。

水煙はまだ若いが、純粋な戦闘力は六人衆でトップの実力を誇っている。

蜥蜴戦争の前は草壁に敵対する軍閥に所属していた。
しかしその軍閥が草壁の勢力に敗れた時、北辰に誘われ部下となった。

そのころの彼は若手の中でも白鳥、月臣に並び将来を嘱望されていた逸材であった。
作戦立案や指揮能力など戦術的能力はそれほどではなかったが、戦闘能力はずば抜けて高く、木連式"柔"は月臣に一歩譲るが"抜刀術"においては勝っていた。
将来、軍の中心たる優人部隊で戦うことも間違いないと言われていた彼にとって、木連の闇となることは容認できるものではなかったのだが、 木連のすべてを知り正しい方向へもっていきたいと思い決断したのだ。

草壁や北辰の心底を見極め、その行動に納得が行かなければいつでも裏切るつもりでいた。

だが六人衆となり北辰の部下として戦っていくうちに、理想実現のために完全に私心を排してどんな汚い任務でも遂行してみせる北辰の忠誠心とその戦闘力に憧れすら抱くようになっていた。

理想のために行っているのだから正しいこと、必要悪なのだと正当化し自らを正義だと主張するのは、過去幾度となく繰り返されてきた聞き飽きた詭弁だ。
だが北辰は、自らのしていることはいかなる理由があれ人としての道に反していることを認識し、その上で理想実現のためその道を歩き続けている。

だから自らを外道と称する。
けして自らを美化しない。

その姿は、水煙の目には自らを正義だと声高に主張するものよりも気高く映ったのだ。




だからこそ、アキトに対しては感情を優先させていると見える北辰の行動に納得がいかない。
そして北辰が気にかけるテンカワ・アキトが気に食わない。




嫉妬しているのだ。





「俺のほうが!」

感情を露にする水煙。

「確かに今はお前のほうが強かろう・・・・・・。
だが、ヤツはまだまだ強くなるぞ」

「なら、俺はそれ以上に強くなれることを証明してみせます!」




















「これが海だよ、ラピス」


ラピスは初めて見る海に目を丸くしている。

波打ち際に立ち海を見やると、どこまでも続く海と空が目に入ってくる。
その雄大さは星の海にもけして劣るものではなかった。



(広いな・・・・・・。これに比べれば人などちっぽけなもの。
やれることなど、限られてくるのも仕方ない・・・・・・か)





ザザ〜ン   ザザ〜ン



波打ち際に立つラピス。

寄せてくる波に濡れないように引き、引いていく波を追いかけるように進む。
そしてまた寄せてくる波にあわせて引く。

延々と続く波の動きはラピスの興味を引いたようだ。


しばらくそうしていたが、体力のないラピスは疲れてしまったようだ。
座って見ているアキトの横に来て同じく座り、いまだ続く波の動きを静かに見守る。


「アキトと同じ」

ラピスがポツリと言葉をこぼす。

「なにが・・・・・・?」

アキトが聞くが、ラピスは何も言わずにアキトを見つめる。



果てしなく続く海は、アキトが自分に向けてくれる優しさと同じで際限がない。
寄せては返す波は、アキトの心と同じで揺れ動く。
澄んでいるのに底の見えない水の色は、アキトの迷いと同じ。

それらを表現するだけの言葉をまだ持ってはいなかったが、ラピスは海をアキトと同じだと思う。






「さて・・・・・・と」

アキトは立ち上がると尻に付いた砂を払う。

「どうするの?」

「ん? 釣りでもしようかと思ってな」

「ツリ?」

ラピスも立ち上がると、アキトはポンポンと砂を払ってやる。

「ナデシコではホウメイさんに教わり損ねたんだけどな。
見よう見まねでやってみようかと」

戦いに身を投じたからといって、アキトの物事に対する興味が死滅したわけではないのだ。

ラピスを連れて近くにある釣具屋に入っていく。





「どうかしましたか?」

アキトはどれだけ揃えたらいいのか分からず困っていると、一人の中年男性が声をかけてくる。

「釣りをしようと思ったんですが・・・・・・初めてなのでよくわからないんです。
どれだけ道具があったら釣りができるのかも・・・・・・」

「よければ私がお教えしますよ」

「いいんですか?でも・・・・・・」

アキトは自分の姿を見る。
黒ずくめの格好で怪しさが滲み出ていることはアキト自身も知っているからだ。

「なに、釣りをしようとする人に悪人はいませんよ」

その男性は笑う。

アキトはその人に教わりながら必要な道具を揃えていく。




















「どう?進んでいるかしら?」


機動兵器の進行具合を確認しに来たイネスがウリバタケに語りかける。





「追加装甲というのも存外面倒なシロモノだな。
必要とする機能を内蔵した装甲をエステバリスにくっつける・・・・・・。
考え方としては単純なものではあるんだが、単純だからといって簡単だということにはならないらしい」

ウリバタケはスパナで頭を掻きながら、データが記載されたノート型のPCを提示する。
"でしょうね"と、呟きながらデータを解析していくイネス。

「想定していた数値とは誤差が生じているようね。
スラスターの稼動範囲も予定より幾分小さいし」

「本体との連結部分を強化したからな。
ちょっと小突かれたくらいで剥がれるんじゃ意味ねぇし。
だいたい追加したフィールドジェネレーターやスラスターとの連動からくるバランスの悪さは破滅的だ。
既存のソフトウェアじゃサポートしきれねぇぞ」

「そうね・・・・・・。このデータから新しいソフトを組んでみるわ」

「簡単に言うもんだな。
言っただろ?考え方は単純でも、実際にはそうはいかねぇってよ」

「プログラムに関しては世界最高クラスのエキスパートがいるのよ」

「エキスパート?」

「ラピス・ラズリよ」

「あのお嬢ちゃんがか?」
















そのころラピスはレジの横にある水槽に釘付けになっていた。



「うねうね・・・・・・」



水槽に入っているゴカイを見ながら呟いた。


















防波堤に座り、釣り糸を垂らす三人。
ちなみにラピスは子供用の小さな折り畳みの釣竿を手に持っている。





ビクビク
「ひゃう!?」



釣竿から伝わってくる魚のかかった感触に、驚きの声をあげるラピス。

「ククッ・・・・」

ビクビク
「うわ!?」

その様子を笑っていたアキトも当たりがきて驚いてしまう。


二人して教えられたとおりにリールを巻き、魚を釣り上げる。
そこには10センチほどの鯵がかかっていた。



「魚釣りは忍耐だ・・・・・・とか聞いていたんですけどね」

「そういう釣りもありますが、初めての海釣りはこういうほうが楽しいと思いまして」

大きな魚が釣れることはないが、確実に小物はかかってくれる場所と仕掛けなのだ。

「そうですね」





釣れた魚を針から外そうとして魚を掴むラピス。

「ぬるぬる・・・・」

その感触が気に入らなかったのか顔をしかめている。



ビビビッ!
「ひゃう!?」



ラピスの掴んでいた魚が暴れ、驚いたラピスが魚を手放してしまう。
防波堤の上で二、三回跳ねて海に落ちっていく魚。


「あ〜・・・・・・」

残念そうにしていたラピスだが、とりあえずは魚の脂でぬるぬるする手のほうが気になるようだ。
アキトのところへ歩いていき、アキトのシャツに両手を擦り付ける。

「こらこらラピス・・・・・・」

ため息をつきながら携帯しているウェットティッシュで手を拭いてやるアキト。





(けど・・・・・・・・・こういうのも悪くないよな)














「やれやれ、やっと終わったか」


ネルガルTV・アジア支局開設のセレモニーに出席していたアカツキ。

「まだ政治家なんかを招待したパーティーが残ってますよ」

「パスするよ。今日の主役は僕じゃなくてネルガルTV新社長さ。
それに行ったところで、献金をねだられるだけなのが目に見えてる」

席を立つアカツキ。

「ちょっと!」

エリナも後を追う。



「会長殿!」

アカツキを呼び止めたのは初老の男性。
アカツキよりも頭一つ小さいが、企業家として長年培ってきた威厳のようなものが見て取れる。

「これは副会長。どうかしましたか?」

彼はネルガルグループの副会長であり、アカツキに次ぐ権限を有した人物だった。

「最近、我々幹部に隠してなにやらやっておられるようですな」

射るような目線を向けてくる副会長。
良好とは言いがたい両者の関係を示しているかのようだ。

「何をおっしゃっているのかわからないな、僕は」

「フン、白々しい。
今は力を結集してクリムゾンに対抗すべき時。
勝手なことはなさらぬようお願いしたいですな。
貴方の御父上なら、そのようなことはなさいませんでしたぞ」


(僕はアカツキ・ナガレだからねぇ)

心の中でそう思うアカツキ。

非情になりきれた父、優秀だった兄はアカツキにとってコンプレックスであった。
父のように、兄のように。そう在らねばならないという強迫観念すら持っていた。

だが今のアカツキ違う。
ナデシコでの経験からそれを払拭できているのだ。

自分は自分である・・・・・・と。


「ならば亡き父の期待にも、そして貴方の期待にも沿えるネルガル会長であるよう努力しましょう」

「口ではなんとでも言える。
結果を出してこそ企業家として認められる・・・・・・そのことを覚えておかれるがよろしかろう」








「やれやれ、扱いにくい人だ」

「彼にも不幸な事故に遭っていただきますか?」

「それはできないよ。彼は現在的に不可欠な人材だ。
先月事故に遭われた社長君とはわけが違う。
僕は苦手なんだけどねぇ」

彼は代々ネルガルの幹部を勤めている一族で、先代の信望も厚かった人物だ。
だからクリムゾンへの対抗心も強く、対クリムゾンの先鋒にもなっている。
やり方の違いからアカツキと対立する面も多々あるが、ネルガルにとって重要な人材なのだ。

対立しているからといってすべてを排除していては、企業としてクリムゾンに対抗するだけの体力をも失ってしまいかねない。
アカツキも腐心している部分なのだが。





「ナ、ナガレ君!」


慌てながら近づいてくる青年。アカツキと同じくらいの年齢であろう。
先ほどの副会長とどこか似ている容姿を持っている。

「やあカズ君。社長就任、おめでとう」

カズは副会長の息子であり、幼少からアカツキと付き合いがあった。
そして今回、アカツキの推薦によりネルガルTVの社長へ就任している。
世代交代を図ると共に、ネルガル内部の勢力図を会長派に染めようとする計画の一端だ。


「お、親父のヤツ何か言ったのかい?」

ビクビクしながら聞いてくるカズ。

「いや。たいしたことじゃないよ」

「そ、そうかい・・・・・・。
この後のパーティー、君も出席してくれるんだろ?」

「いや、僕はもう退散させてもらうよ」

「それは困るよ!閣僚も招待してあるんだ。
グループ会長である君がいてくれないと・・・・・・」

自信なさげにそういうカズ。

彼はアカツキよりも2歳ほど年長であるが、それでも若すぎる社長であることに変わりはない。
だから自分への自信がいまだ持てないでいる。
そして自分と変わらない年齢であるにも拘らず、グループ会長を務めているアカツキに尊敬の念を抱いているのだ。
だからこそアカツキも、副会長の息子でもある彼を自らの派閥へと引き込めると踏んでいる。
そしてそれは副会長への牽制にもなると考えているのだが・・・・・・。


(経験は足らないでいるが、能力はそう悪くないんだ。
こうも弱気だとさずがに困るな・・・・・・)

「ネルガルTVの社長は誰だい?
君だろう?
自信を持ちたまえ」

「で、でも・・・・・・」

「ネルガルの若き獅子が僕だけじゃないと印象付けるいいチャンスだ。
次代の幹部としてのキャリアを積んでくれたまえ」

ポンっとカズの肩に手を置くアカツキ。

「君はネルガルの繁栄に欠かせない人材なんだからね」

「そ、そうだね・・・・・・頑張るよ」










「ヤレヤレ・・・・・・だね」

カズを見送ると歩き出すアカツキとエリナ。

「父親と違ってずいぶんと気弱ですね、彼は」

やや見下したようなエリナの言葉。

「誰もが父と同じようになるってわけじゃないさ。
それに彼のような人間も企業には必要だ。
皆が皆、野心満々の革命児では困るからね」

アカツキがチラリと視線を向けると、エリナは白々しく顔を逸らす。
彼女自身、強い野心を持っていた時期があるからだ。



「父親といえば君のところはどうなんだい?」

「ウォン・グループは変化なしでしょう。
新しい展開はできなくても現状維持は得意な人ですから」

「そうじゃなくて・・・・・・。
公人としてじゃなく私人としてはどうなのかなって・・・・・・さ」

その言葉にエリナは立ち止まる。
アカツキも足を止めエリナを見ると、エリナの顔には複雑な表情が浮かんでいた。

「うるさくてイヤなのよね・・・・・・。
さっさと身を固めろって、女は家庭を持って子供を生むのが幸せなんだって・・・・・・。
アンタいつの時代の人間よって言いたくなるわ」

"親もそれぞれだねぇ"と思うアカツキ。

「君はもう、ネルガル会長には興味ないのかい?」

「私が欲しかったのは地球最大の勢力を誇るネルガルの会長の椅子です。
まあクリムゾンを追い落とせたなら、もう一度狙って差し上げますが」

さっさと歩き出すエリナ。

「これは手厳しいね」

そう呟くと、アカツキも後を追う。



「それより先月送られてきたラブレターには、何と返事するつもりなのです?」

「ああ、あれね。告白したいから自分んちに来てくれっていう」

”う〜ん”と考える表情を作るアカツキ。

「一応、顔ぐらいは見に行こうと思っている。言いたいこともあるしね」

「ラブコールが届かない相手には痴情のもつれの末、殺害というシナリオも考えられますけど」

「それは怖いな。三面記事で主役になるのは勘弁願いたいところなんだが・・・・・・」
「でしたら場所の設定を変えるように申し入れておきます」

「任せるよ」




















ザザ〜ン  ザザ〜ン  ザザ〜ン



夜になり静まり返ると同じベッドに体を横たえる二人。

波の音が静かに降り注ぐ。


「アキトの鼓動と同じリズム」

波の音を聞きながらラピスが言う。

「ラピスも同じだよ」

アキトが後ろからラピスを抱きしめる。
二人の鼓動が互いに伝わり、その鼓動のリズムが同調していく。


「うん・・・・・・」




















二人のささやかなる休日。










明日になれば再び血塗られた戦いが始まるだろう。




















せめて、今だけは安らかな夢を見て欲しいものだ・・・・・・。

















アキトの”息抜き”の一日というところです。



ちなみに”カズ”のイメージはSEEDのカズイです。名前も彼から。
二度と出てこないんですけどね・・・・・・。

 

 

代理人の感想

ほのぼの〜。

ほのぼの〜。

一応伏線とかもあったりしますがやっぱりほのぼの〜。

嫉妬する水煙君も妙にほのぼのしてたりするのは気のせいでしょうか(笑)。

 

 

>カズ=カズイ

うわ貧弱っ(爆)!