機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












ウリバタケ秘密研究所に光る粒子が乱舞し始める。



現れたのは巨大な漆黒の機動兵器。
ブラックサレナだ。

無事に帰ってきたことに安堵のため息を漏らすウリバタケ。
すぐさまブラックサレナを誘導する。

ブラックサレナの胸部追加装甲が開放され、アサルトピットが姿を見せる。





「どうでぇ、この機体は?」


降りてきた黒いパイロットスーツの男に問うウリバタケ。

「いいですね。特に高機動戦闘時の戦闘力は凄まじかった」

黒いパイロットスーツの男はヘルメットを脱ぐと、自らの鎧を仰ぎ見る。

「お前だからそんなこと言えるんだ。
こんなバランスの悪い機体を褒めるのはお前くらいのモンだ。
まともなパイロットなら、間違いなくエステバリス・カスタムのほうがいいって言うぜ」


実際、ネルガルが抱えるテストパイロットたちにこの機体のデータでシミュレーションをさせても、たいした成果は得られなかった。
全員、エステバリス・カスタムやスーパーエステバリスでのほうが高いスコアを示している。
テストパイロット達の腕が足りなかったわけではない。
ネルガルが抱えるテストパイロットは皆、機体制御に関しては一流だ。
だが、極端な高機動戦闘に特化した技術を有しているものなどいなかった。

機体が特殊なら、必要とする操縦技術も特殊ということなのだ。


「でも対機動兵器戦で小回りが利かないのがちょっと・・・・・・」

「仕方ねぇだろ。運動性を犠牲にしての高機動力。
すべてを兼ね備える機動兵器なんて存在してねぇ。
はじめからわかってただろ?」


すべての能力が高く、その上で機動力を極めているという化け物マシンなら何の問題もないのだろうが、ブラックサレナは多数を相手に戦うことを前提として、他の能力を削ってまで機動力だけを突出させている。
そのため運動性能が高い機動兵器一機と戦うには不都合な点も多々存在しているのだ。
多数を相手に戦えるのだから、一機などたやすく倒せるなどと単純に考えてしまいそうになるところなのだが、実際にはそうはいかない。


「ま、ワンフレームからの新機動兵器が完成すりゃ今よりは運動性も高いのができらぁ」











「どうですか?」

アキトは機体をチェックしていくウリバタケに声をかける。

「とりあえず五体満足ではあるが・・・・・・」

機体のあちこちに被弾箇所が見られる。
全部かわしたりディストーションフィールドで弾けるくらいなら、最初から重装甲など付けたりはしない。
予定通りではあるのだが。

「胸部の損傷が特に酷いな。あの夜天光といかいう化け物がやったのか?」

アキトは頷くが、一言付け加える。

「化け物じゃないですよ、機体はね・・・・・・」






「まあとりあえず、追加装甲をばらさないとな」

追加装甲という代物は、付けたままにしておくことなどできない。
本体のエステバリスを整備した上で、もう一度装甲を追加していかなければならない。
そうでなければ万全の整備などできはしない。整備に要する時間は通常の倍では足らないだろう。
まさに整備泣かせの機体である。
コンセプトはブラックサレナとはかなり違うが、ネルガルが発案した強化装甲プランも、性能面だけでなく整備の困難さが運用上の大きな妨げとなって断念したのだ。





「戦闘データはこちらに貰うわね」

アキトがその声に振り返るとイネスがいた。

「解析して更なる機体の改良と戦闘スタイルの向上を検討するわよ」

イネスの言葉に頷くアキト。
それなりの成果はあったが、この程度で満足するわけにはいかない。
まだまだこれからなのだ。





「ブラックサレナ・・・・・・と名付けたそうね」

データを解析しながらイネスが言う。

「ええ」

「いい名前ね」

簡潔な感想を述べるイネス。
だが"呪い"の花言葉を持つ名を"いい名前"と言われても、アキトには納得いきかねる。
自分が付けた名前ではあるのだが・・・・・・。

「そうですか?」

”本当にそう思っているんですか?”と問うようなニュアンスが含まれていた。

アキトの表情から"きっと知らないのね"と感じたイネスは小さく笑う。

「黒百合の花言葉は"呪い"だけじゃない。"恋"という意味もあるのよ」

イネスの解説に"へぇ"と呟くアキト。
イネスの推測どおり、そこまでは知らなかったのだ。

「"呪い"に"恋"・・・・・・ですか。随分と両極端ですね」

無節操なところは自分に相応しいのかもしれないと自嘲気味に思うアキト。

「そうかしら?」

疑問ではなく、否定の意味合いが強いイネスの言葉。
"それは違うわよ"と言っているのだ。

「呪うも恋するも同じようなものよ。そこには紙一重ほどの差もないのかもしれない」

「詩人ですね・・・・・・。科学者は返上したんですか?」

イネスの見解に驚かされたアキトは、少し皮肉気な物言いをする。

「あら?実体験として話しているつもりよ・・・・・・私のね」

イネスは意味有り気な視線でアキトを見つめる。





(私はお兄ちゃんに呪いをかけたいもの・・・・・・。私以外目に入らなくなるように・・・・・・ね)




















宵闇月に帰還した真紅の夜天光。
その中から赤い義眼の男が降りてくる。

「ふん」

北辰は中破した夜天光を一瞥したした後、ブリッジへ上がろうとする。

「勘違いするなよ北辰!」

食って掛かるのは中破した夜天光のパイロット、南雲義政。

「俺は・・・・・・負けたんじゃない!
油断して隙をつかれただけだ!
今度やればあの程度の敵など!」

無視して立ち去ろうとする北辰。
その態度は南雲をさらに逆上させるに足るものであった。

南雲がその肩を掴みにかかるが、北辰と南雲の間に一人の男が割り込む。

「何だ貴様は!?邪魔を・・・・・・」

水煙の顔を見た南雲は、一瞬言葉を失う。
アキトに潰された右目には、黒曜石のような漆黒の義眼がはめ込まれ、異様な輝きを放っていた。


北辰はその間にブリッジに向かう。


気を取り直した南雲が水煙に文句を言うが、水煙は黙したまま中破した夜天光を見る。

先の戦闘で、アキトのブラックサレナを捉えられた北辰と、捉えられなかった自分。
機体の性能差と言いたいところだが、それだけが原因ではないらしいと思う水煙。

(それに、戦場での機体の性能差は実力差だ)

「テンカワ・・・・・・」

水煙は右目を押さえる。
はめ込んだ漆黒の義眼。
その色は黒い王子の”強さ”に対する敬意と、復讐を忘れないが為のものだ。

(俺は・・・・・・お前に"勝ちたい")

自分の右目を潰したアキトが憎くないわけではない。自分の手で殺してやりたいと思っている。
だが、結果としてアキトを"殺せれば"いいのではなく、あくまで"勝ちたい"のだと思う水煙。



心の底から沸き起こる強い情念。
それは熱血と呼ばれるものと似ているのかもしれない。










「お前がいてくれて良かった、北辰」


ブリッジに姿を現した北辰を手放しで賞賛する草壁。

「もったいなき御言葉、感謝します」

北辰は小さく頭を下げる。

草壁は頷くと、事後処理に当たっている新庄を呼ぶ。

「新庄」

「はっ」

草壁の決意を宿した表情に気を引き締める新庄。

「私はヒサゴプランの稼動時期の繰上げを図る」

草壁の言に驚きの表情を作る。

「は?今でも早すぎるぐらいですが?」

"そんなことはわかっている"という草壁。"だが"と続ける。

「ヤツの度重なる襲撃で継続的な研究もできんと山崎が言ってきておるし、戦力の増強もままならん。
なにより同志たちの不安が大きくなっておる・・・・・・」



アキトの突きつけた言葉。
それは火星の後継者にとって軽くない意味を持つ。
正義という言葉に酔っていてくれるうちはいい。
だがアキトの言葉は、自分たちの行為が何を生むのか、再考すべき切欠となりえる。

現在の不安定な状況は、不安定な精神を誘発する土壌となるだろう。
そしてそれは組織の崩壊に繋がりかねない。

だが公的機関であるターミナルコロニーに入れれば、状況も安定させられる。


「はやくターミナルコロニーに入れるようにせねば」

「しかし・・・・・・」

話はわかるが、実行するとなると簡単にはいかないのが現実というものだ。

「とりあえずは入れればいい。作業員としてでも入れるようクリムゾンと謀ってみる。
お前は着任予定であるアマテラスで便宜を図れ。
他の者にもそれぞれの着任予定コロニーに入れるようにやらせる。
ここで脱落者を出すわけにはいかんのだ」

「ハッ、やってみます!」

新庄は敬礼を返した。



「我らがターミナルコロニーに潜伏しているとは思うまい。
もし知られたとしてもターミナルコロニーには正規の軍も駐屯する。
いかにヤツとても簡単には手出しできまいて」




















襲撃の結果報告を聞くアカツキ。
もちろん最後に行ったアキトの"あれ"についても。


「やっぱり面白いね、テンカワ君は」

それを聞いたアカツキは可笑しそうに笑う。

「笑うなよ」

不満そうに言うアキト。
自らの感情の発露たる結果によって起こした行動。
自制が足りなかったのだと思う。

だがアカツキはアキトの行動を貶しているわけではなかった。
それどころか、賞賛に近い感情を抱いている。


アキトの行為。
それはアカツキに一つの可能性を示唆していた。


かつて火星においてゲキガンガーを語ったテンカワ・アキト。
それは多くの木連軍人が聞いていて、少なからず影響を与えている。

そのテンカワ・アキトが、再び火星宙域にて木星の人間に向かって発した言葉。
これが彼らにどれ程の影響を与えるのか?
それに関して明確な答えを出すことはできないが、影響がまったくないとは思えない。
少なくとも火星の後継者を構成する木星人の心に、楔を打ち込むだけの効果はあっただろうとアカツキは考える。

(最後の一押しがあれば、崩せるかもしれないね・・・・・・)

アカツキの頭には、木星人に対して心情的にも大きな影響を与え得る人物が浮かぶ。



「彼は僕のシナリオどおりに言葉を発してくれるものかな?」

(もっとも機会があればの話だけどね・・・・・・)





「ま、それはともかく今後も拠点の探索と襲撃を頼むよ」

アキトは”まかせろ”と頷く。

「で、火星付近で継続的に行動するには母艦が必要になるだろ?」

「できたのか?」

アカツキはニヤリと笑みを浮かべる。

「”ユーチャリス”・・・・・・だったな」

船の名前を反芻するアキト。
素直に美しい響きだと思う。

「まだ艤装が終わってないんだけどね。今は月のドックにあるよ」

アカツキの言葉に首をかしげるアキト。

「地球で作ってたんじゃないのか?確かセイヤさんも関わっているのだろ?」

「作ってたよ、地球でね。けど運用するとなると現在の場所じゃちょっとね。
だからジャンプ実験を兼ねてフレサンジュ博士に持っていってもらったんだ」

「ボソンジャンプもOKってことか。たいした戦艦だな」


人類史上初、ゲートを使用しない単独でのボソンジャンプを成功させたのは、ネルガル所有のナデシコ級3番艦・カキツバタ。
その流れを汲むユーチャリスもまた、単独のボソンジャンプを成功させていた。
どちらもA級ジャンパーという要素を不可欠としてのものではあるが。
ユーチャリスはジャンプフィールド発生装置を搭載してあるので、事実上、連続ジャンプすら可能としている。
非公式な存在ではあるが、現在では最高の戦艦ということになるだろう。


「で、これからは月を基点にして行動してもらおうと思う。
ウリバタケ君やフレサンジュ博士たちにもそっちに移ってもらう予定だよ」

彼らなしで運用などできようハズもない。
当然のごとく頷くアキト。
その脳裏にふとした疑問が浮かぶ。

「そういえばあっちのほうはどうなんだ?」

「あっち?」

「もう一機の試作戦艦のほうだ。
ユーチャリスとそのもう一機の試作戦艦のデータを合わせて作るのだろ?
俺達の・・・・・・"切り札"を」



「完成しているよ。運用データが取れるかどうかは返答待ちだけどね」




















「ナデシコ?」



地球連合宇宙軍・最高司令官室。
その部屋の主は、自分の対面に座っている初老の男に向かって疑問の声を上げた。

部屋の主たる男の名はミスマル・コウイチロウ。
対面に座る初老の男はムネタケ・ヨシサダといった。

「ええ、ナデシコ・・・・・・です。Bが付きますがね」

皮肉の要素を多分に含んだムネタケの言葉。

「ナデシコ・・・・・・か」

ミスマル・コウイチロウ個人にとっては感慨深い名であるが、宇宙軍という組織にとってはむしろ最悪の名であると言ってよいかもしれない。
なにしろナデシコは民間船として就航し軍と対立した。
後に軍に組み込まれてからも様々な問題を起こしている。
その損害は笑って済ませられるものではなかった。
そしてさらには戦争終盤、民間人に奪取され勝手に使われている。

ナデシコとは軍にとって不名誉が形となったような戦艦であったのだ。
それに戦争中、ナデシコと敵対したり攻撃を受けたりした軍人には、そう簡単に受け入れられるものではない。

宇宙軍に似つかわしくない戦艦の名としては、これ以上のものはないだろう。

宇宙軍へ貸与するならば、たとえ後継艦であるにしても、違った名前を付けてしかるべきところなのだ。


(これはネルガルの単なる配慮不足だったのか?それとも・・・・・・?)

「ネルガルの嫌がらせかな?」

思いついたところを口にするコウイチロウ。

「一番の稼ぎ口であるウチに嫌がらせしてもしょうがないでしょう。
ま、何か意図があるのかもしれませんけどね」

コウイチロウの根拠のない疑問を打ち消すムネタケ。
"さすがにそれはないか"とコウイチロウは頭を掻く。

「で、詳細は?」

「ワンマンオペレートを主眼に置いたデータをとるための試験戦艦だそうですな。
データ収集のためネルガルの干渉を多少は受けることとなりますが・・・・・・」

資料を提示するムネタケ。
ネルガルから無償で貸与される戦艦について説明を加える。

「ネルガルは何を考えとるんだ?ワンマンオペレートはマシンチャイルドを必要とする。
大戦中ならまだしも、現在においては批判が大きすぎる。
人材不足の宇宙軍としてはありがたい話だが、それでネルガルはシェアを増やせようはずもない。
どんな利益を得ようというのだ?」

髭を右手の指で繕いながら疑問を口にするコウイチロウ。

マシンチャイルドは数も少なく、現在では禁止されている上、人道的な見地からも兵器利用するのは一般社会から批判の対象となっている。
今後を考えるとワンマンオペレートシップが主流となることなどありえないのだ。

「わかりませんな。ですがそれは軍人の詮索する領域を超えていましょう。
差し出されたのなら悪びれず受け取っておくのも手だと思いますがね」

ムネタケは茶をすすりながらそう進言する。

「フム・・・・・・」

ムネタケの言うとおりだと思ったのか、コウイチロウも頷きながら茶をすする。


しばらく黙って茶を飲んでいたが、突然何かを閃いた表情を浮かべるコウイチロウ。

「いっそルリ君を艦長に据えようか。他にナデシコの艦長にできるような適任もいないし」

能力面だけでなく心情的なものも考えると、ナデシコの艦長を快く受け入れるものは数少ない。
コウイチロウは名案だと目を輝かせる。
しかし、ムネタケはため息を吐きながら上官の提案に首を振った。

「彼女は士官用の教練を終え、少尉になってもうじき半年。
そろそろ中尉にはなりますが・・・・・・艦長職は佐官待遇が通常でしょう?」

"これ如何"という感じで両手を広げるムネタケ。

「ならば少佐にすればいい」

事もなげに言ってのけるミスマル・コウイチロウ。

「信賞必罰を侵すのは感心しませんな。
いくら適性、能力があろうとも、功績なしで階級を与えるというのは・・・・・・」

士官用の教練を受けさせたとはいえ、15の少女を少尉にするのさえ先例と常識からすれば異常。
ましてや佐官にするともなれば・・・・・・。
組織としての体面を保つためには、あまり奇抜なことは避けたいと思っているムネタケなのだが。

「今更形式ばっても仕方あるまい」

ムネタケの対外的な建前論を一笑に付すコウイチロウ。
二人の間に沈黙が訪れる。



建前としてはともかく、軍部においては実績、実力によらない人事というのはそう珍しいものではない。

ミスマル・ユリカは連合大学を卒業してすぐ艦長に就任したが、これはネルガルという企業の都合によるものであり、通常、軍においてはそんなすぐには艦長にはなれない。
たとえ戦艦に乗ろうとも華々しい戦果を挙げる機会は簡単には訪れない。
機動兵器のパイロットをするものもいるが、それはむしろ例外的なものだ。

つまり軍人になりたての新米少尉は、武勲だけを拠り所としていてはスムーズな昇進などできないのだ。

しかし士官学校で金と時間をかけて育てた人材を能力の発揮しづらい役職で燻らせているのも問題がある。
だから”士官学校を卒業したか否か?その席次は?”という、いわゆるハンモックナンバーと呼ばれるもので昇進スピードが変わってくるのである。

これは軍にとって重要なシステムではあるが、同時に明確な武勲によらない人事が半ば公認されてしまったということになる。

ハンモックナンバーによる席次人事。これだけならさして問題ではない。むしろ当然だ。
だが、ここで様々な要素が絡んでくるようになるのが組織の悪いところだ。
その際たるものは派閥人事と言われるものになって顕著に現れている。

人事に影響を持つものは、自らの派閥の強化のため、自分の派閥の士官を昇進させようとする。
武勲の有無など関係なしに・・・・・・だ。
これに歯止めをかけるような明確なルールは存在しない。
明確な武勲に寄らない人事は半ば公認されているのだから・・・・・・。

そしてこれは逆の立場にいる者たちにも影響を与えている。
おべっかを使って人事に影響ある人物に取り入れば、武勲を挙げなくても昇進できるというわけだ。
わざわざ命の危険を冒すよりも、効率のよい昇進の仕方だと考えるものが出てくるのもある意味自然なこと。
かつてナデシコに乗艦していたムネタケ・サダアキなどがその際たるものではあるが、彼だけが特別なわけではなかった。

もちろん、健全に武勲によって昇進していく士官も大勢いて、これがすべてというわけではないが、派閥人事によって昇進していく士官も少なくないのもまた否定できない事実であるということだ。


ミスマル・コウイチロウやムネタケ・ヨシサダにしてみても、自分の派閥の勢力を維持するため色々なことをやってきている。
奇麗事だけでは済まないという事は、彼ら自身がよくわかっているのだ。



その上で、ムネタケはコウイチロウに反対している。


ムネタケは奇麗事を言っているのではない。
ただ"対外的に目立たざるを得なくなる【15歳の少女の佐官への任官】は控えて欲しい"
"隠れてできる範囲にしましょうよ"と主張しているのだ。


コウイチロウはムネタケの言うところを理解していた。
だが、それでも翻意しようとはしない。

彼の主張するところを要約すると

「もう以前とは違うんだからいいじゃないか」

ということになる。



――連合宇宙軍

かつては最大の武力集団であったのだが、現在では統合平和維持軍の登場によってその勢力は縮小を余儀なくされている。
最高司令官にミスマル・コウイチロウ。
総参謀長にムネタケ・ヨシサダ。
かつての極東方面軍のbPとbQがそのまま宇宙軍のbPとbQになったことになる。ある意味では出世なのだろうが、宇宙軍が一方面軍に毛が生えたくらいの規模の戦力しか有していないのでそう見るものは少ない。
なぜその程度の戦力しかないかというと、統合軍と拮抗する戦力があれば両者の対立が深刻になった場合、泥沼の抗争に発展しかねないし、それを維持するだけの予算もない。
"宇宙軍は統合軍に対しての圧力機構であればいい"というのが政府の見解だ。
議会でいうと野党といったところか・・・・・・。
後、元木連組の多い統合軍が元木連人を主体とした反乱を起こした場合、残る統合軍と宇宙軍を合わせれば確実に勝てる程度の戦力を計算している。

それらが現在の宇宙軍の存在意義なのだ。
時が進み、木星側との融和が進めばいずれ統合軍の一方面軍として取り込まれていくのは既定の事実だった。

で、現在としてはあまり重要視されていない宇宙軍はミスマル・コウイチロウにとって随分やりやすい環境となっている。
宇宙軍の勢力拡大を目指さなければの話だが。

士官として実績のない15歳のホシノ・ルリに少佐の位を与え、ナデシコBの艦長にしても外部からそれほど強い非難はこないかもしれない。
"落日の宇宙軍が人気取りのために悪あがきしている"と嘲笑を買うくらいのものだろう。




もう以前とは違うということだ。



コウイチロウとムネタケは視線を絡ませた後、同時にため息を吐く。

「ま、それもそうですかな」

最終的にムネタケはコウイチロウの主張を受け入れた。










こうしてホシノ・ルリは少佐へと昇進しナデシコBの艦長となる。

史上最年少の天才美少女艦長の誕生だ。




















月のコロニーに居を移したアキト。


ユーチャリスとはまだ対面していない。
ウリバタケは全部できてからだと言ってアキトには見せてくれないのだ。





月面の街を歩くアキト。
黒いスラックスに黒いワイシャツを着ている。
黒尽くめはあまり一般的な服装とはいえないが、顔を半分隠すバイザーを付けている時点で普通ではないので、いまさら気にしないことにしている。


街中にはネルガル系列の宣伝や傘下企業のビルが立ち並び、ネルガルが多くの資本を投下していることが容易に見て取れる。
ここだけ見れば、ネルガルが落ち目などという印象を持つものはいないであろう。

ここはかつて、アキトが二週間を過ごした場所。
ナデシコ級4番艦・シャクヤクを製作していたドックがあったコロニーだ。
そのドックは白鳥、月臣らの攻撃で潰されてもうないが、それでこのコロニーにおけるネルガルの影響までが消え失せたわけではない。
表からではわからない地下には、数多くのネルガル秘匿施設が存在している。

ユーチャリスの寝所もその中の一つという訳なのだが。





街を歩いていると、自分がいた時とは変わってきていることに気付くアキト。
細かいところまでは覚えているはずもないが、それでも街並みは確実に変化していると感じる。

今歩いている場所は、世話になっていた食堂の出前で通ったことのあった場所だ。
アキトの記憶と確実に違っているのは、鉄骨が剥き出しになっている建設中のビル、背の高くなった街路樹、そして街頭に設置された大型テレビジョン。

(あんなのなかったよな)

そう思いつつ画面を見ると、知った顔が目に入ってくる。

(あれは・・・・・・?)

その中で五人の女性タレントが踊りを踊り、歌を歌っていた。
いわゆるアイドルグループというヤツだ。


「ホウメイ・・・・・・ガールズ・・・・・・」

アキトは足を止め、呆然と見入ってしまう。


かつての同僚が、大勢の観衆の前で楽しそうにしている姿。
それは単純ならざる感情をアキトに呼び起こす。


曲が終わり、彼女達のトークが始まると我に返るアキト。
足早に街頭テレビの前を立ち去る。





世の中、動いている。

人も
街も

時はその刻みを止めたりはしない。


そのことを感じるアキト。


自分の時間は動いているのか?

ユリカは?
ルリちゃんは?
ラピスは?
イネスさんは?



アキトは頭を振って疑問を打ち消そうとする。
面白くない結論に達しそうになったからだ。


「そういえば・・・・・・」

一人・・・・・・月で時間を止めてしまった人物を思い出すアキト。
アキトは目に付いた花屋に入っていった。










アキトがたどり着いたのは墓地。
ネルガルの息が強いせいなのか、日本式の墓石が多く立ち並んでいる。

(そういえば俺の墓は?)

今の今まで忘れていたが、自分が死んだことになっているのら当然自分の墓もあるだろうことを考える。
さすがのアカツキも”君の墓はここにあるよ”とアキトに教えていたりはしなかった。

(いつか自分の墓に花を添えるのも悪くないか)

自虐的な笑いを浮かべるアキト。
ボソンジャンプで消えたり現れたりする自分を、幽霊のような存在なのだと思う。

(イネスさんの墓参りをするのも面白いかな?)

そう考えながらアキトは苦笑する。


それが意外な形で現実のものになることを、今のアキトは知るよしもなかったのだが。




それなりに長い時間をかけて、ある一つの墓を探し出す。

花屋で買った菊の花束を墓前に添えると、両手を合わせる。



「いつまでそうしているんだ?」


哀悼を捧げ終わったアキトは、一歩下がると墓を見つめたまま言葉を発する。

それは少し離れた場所でアキトを見ていた白い学ランを着た男に向けたものであった。

「気付いていたのか?」

そう言いつつアキトに近づいていく月臣。

「ここに着くまでは気付かなかった。気配の消し方が上手くなったんじゃないのか?」

「俺もSSとしてプロスに仕込まれているからな。いつまでも昔のままじゃないさ」

気付かれずに尾行できたことが嬉しいのか、どこか自慢げな表情だ。

「で?何の用なんだ?」

「お前が出て行くのを見かけたから・・・・・・その、なんとなく・・・・・・だ」

"なんとなくで尾行するなよ"とアキトは思うが、それを口にはしなかった。
月臣はアキトの隣に立つ。

「知り合いの墓か?」

「・・・・・・」

月臣の質問に沈黙で応えるアキト。
運命というものがあるのなら、今日、自分を尾行してきた月臣の行動もそうなのだろうと思う。

「お前・・・・・・この月で俺と戦ったこと、覚えているか?」

アキトは墓を見つめたまま月臣に問う。

「忘れるわけがない・・・・・・」

月臣にとっては初めて地球人と言葉を交わした時だ。
そしてかつては敵として戦ったその地球人と、今ここで並んで話をしている。
その立場の変転は、月臣を感慨に浸らせるに足るものであった。



だが次の瞬間、冷水を浴びせられることとなる。



「その時死んだ俺の知人だ」

月臣は驚愕して目を見開く。

「そ・・・・・・それは・・・・・・?」

月臣に視線を向けるアキト。重ねて月臣に宣告する。

「お前が殺した人だ」


黙したまま視線を絡ませあう二人。
迷いが現れているのは月臣のほうであったが、先に視線を外したのはアキトだ。

「まったくわだかまりがないわけじゃない。
”戦争の中での話だ"で済ませられるほど物分りのいい人間でもないんでな」

アキトは皮肉気に唇を歪ませる。

「だが俺も・・・・・・お前を責められるほど、清廉潔白な人間じゃない。
俺もまた・・・・・・罪人だから・・・・・・」


周囲に気配を感じたアキトと月臣は会話を中断する。
ここは墓地。
誰が来ても不思議ではないのだが・・・・・・。

「アキト・・・・・・さん?」

声をかけてきたのは一人の少女。心底驚いた顔をしている。
その少女はアキトの記憶にある姿よりも大きくなっていたが、間違いなくアキトの知っている人物だ。

「久美・・・・・・ちゃん」

少女の名前を口にするアキト。

「アキトさん・・・・・・死んだんじゃ?どうして・・・・・・?」

アキトはそれなりに有名人だった。
シャトル事故では代表的犠牲者として新聞の一面を飾ったこともあり、久美がアキトの死亡を知っているのは不思議なことではなかった。

「まあ、色々と・・・・・・だよ。
今ここで言える話でもないし、納得はできないだろうけど、黙っていて欲しい」

アキトは感情を表には出さず、平坦な口調でそう言う。

アキトを見つめたまま考える久美。
それなりの事情があるだろうことは察することができるし、問い詰めても言わないだろうことはアキトの態度から読み取れる。

それで納得がいくわけではないのだが、"このままでいるわけにもいかない"と思った久美は、仕方なさげに小さく頷いた。

「すまない、助かる」

アキトの謝礼にもう一度頷く久美。

視線を月臣に向けると、ある種の感情を表に出す。

敵意
憎悪
そういった類の感情だ。

悔しそうに奥歯をかみ締めると、母の眠る墓に向かって歩き出す。


「これ・・・・・・アキトさんが?」

墓前に添えられた菊の花束を見て問う久美。

「ああ」

アキトは短く答える。

「ありがとう」


母の墓前に向かって手を合わせる久美。
しばらくそうしていたが、不意に口を開く。

「私のクラスの男子にね、木星人の子がいるの。
その子のお父さんは今統合軍の軍人で、前は木連の軍人だったらしいの。
それでね、その子、いつも自慢しているの。
自分のお父さんは勇敢な戦士で、強大な地球軍と戦ったんだって」

久美の口調が震えたものになってくる。

「それを見るたびに思い出すの・・・・・・殺されたお母さんのことを・・・・・・」



あの戦争から2年半。
けして短くない時間だ。
身内や友達に犠牲者を出したものでも、多くの人間は前を向き歩き始めている。

だがすべての人間がそう強く在れるわけではない。
人によってはその心の傷はまだ生々しく、未来を見るよりもその傷の痛みでうずくまったままの人間もまた、少なからず存在している。
そして彼女もその一人であった。

「私・・・・・・やっぱり許せそうにないよ、お母さんを殺したヤツラのこと!」

涙を湛えた瞳で月臣を睨む久美。
白い学ランを着ているような酔狂な人間は木星人であるという先入観によってのものであるが、とりあえず今回については間違っていない。

「返して・・・・・・」

その瞳から涙がこぼれる。

「お母さんを返してよぉ・・・・・・」

そう言って泣き崩れる久美。



木星人というだけでこの有様だ。
もし月臣が母の仇そのものだと知れば、彼女はどうなることだろう?
そんなことを思うアキト。

彼女を慰めようと手を伸ばすが、その手は途中で止まった。

(今の俺に何が言えるというんだ?)

そう思いつつ所在をなくした手を引っ込める。


だが、アキト以上に居た堪れなくなっているのは月臣だ。

――まっすぐに正義に生きる。
彼の信奉してきた正義に則れば自らが彼女の母を殺した張本人であると告げるべきなのかもしれない。

拳を強く握り締めると、月臣は口を開こうとする。

「・・・・・・」

しかし、その意思に反して唇は震えるだけだった。


どんな敵を前にしても屈することのないように鍛えてきた月臣の心は今、
真実を告げる言葉を口にすることを恐怖していた。
今まで常備してきた勇敢さ、勇猛さは、彼女の涙の前では意味のないものだったのかもしれない。










世界の表も裏も見てきた二人

努力し、その手の届く範囲を伸ばそうとしてきた



だが彼らには

たった一人の少女の涙を止めてやることすらできなかった















自らの罪を忘れないように、彼女の涙を心に焼き付けていく月臣。



そして自分を責める権利を持った人間が、彼女の他にもいるのだということを感じていた。

















月臣をいじめてるわけじゃないですよ。


 

 

代理人の感想

いじめるというか、むしろ影の主役っぽい扱いかなと。

アキトとの対比や、話の上での立ち位置を考えると十分そうなるだけの資格を持ったキャラクターなんですけどね。

 

・・・・しかし、ここで久美ちゃん持ってくるかぁ・・・・・参った。