機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO















アマテラスに入港したナデシコB。


ルリはアズマ准将との面談後、子供達と共に社会見学を行っていた。

准将の隣にいたヤマサキ博士の案に乗せられた形に見えるが、ルリのほうはルリのほうで、それで一向に構わなかった。
元々、宇宙軍の権限で臨検調査できる範囲など高が知れているのだから。

ルリがやっているのは時間稼ぎ。
ナデシコBが入港している時間を長くするのが目的。

ナデシコBには"切り札"に搭載されているようなシステムは持ち合わせていないので、ターミナルコロニーに直接接続して情報の引き出しを行っている。

その時間を稼ぐために道化を演じていた。





「ああ、やっぱり・・・・・・。
公式の設計図にはないブロックがありますね」


ナデシコBのブリッジでアマテラスの情報を探っていたハーリーが、秘匿されていた施設の存在を見つける。

「襲われるなりの理由・・・・・・ってヤツかな。
さ、続けていってみよぉ!」

ハーリーの頭に手を置き、先を促す三郎太。
だが急かすまでもなく、すぐに核心に迫る情報が提示される。


《ジャンプ実験 結果報告》
《B級ジャンパーのリスト》
《イメージング並びにナビゲーション実験》

成功0%、失敗100%という結果が、この実験の困難さを物語っているように見えた。


「ボソンジャンプの人体実験?」

ここまでならまだありえる話だ。
だが次のデータが非公式なものであることを決定付ける。


《A級ジャンパーのリスト》


「これ、みんな非公式ですよ」

「おい、コイツは・・・・・・」

さすがに顔色が変わるハーリーと三郎太。
更なるデータを求めようとした時、その異変は始まった。

電子音の警告が響き、注意のウインドウが示される。


「あっ!?」
「ばれた!?」


「モード解除!オモイカネ、データブロック!
侵入ブロック、バイパスへ!」

慌てながらも冷静な対応をするハーリー。
その横で、三郎太は明らかな異変を目撃する。

「なに!?」

目に見えるスクリーンとウインドウが、あるパターンのアルファベットに占拠されていた。

「これは・・・・・・いったい?」

それはまったく異様な光景。
だがその光景に満たされているのはナデシコBだけではなかった。





「なんだこれは!?早く何とかしろ!大至急だ!
こんなとこ襲われたら、どうすんだ!?」

喚き散らしているアズマを尻目に、こっそりと部屋を出て行くヤマサキ。

(これからが忙しくなりそうだ)




アマテラス全域に溢れるウインドウ。
それらはすべて【OTIKA】と表示されている。

飛び交うウインドウを見つめるルリ。
タイミング的に思い当たる可能性を口にする。

「ハーリー君、ドジッた?」

その声に反応してコミュニケのウインドウが開き、ハーリーの顔が映し出される。
これはナデシコBのシステムをアマテラスから切り離し、いち早く復旧させたハーリーの手腕によるものだ。

『僕じゃないですっ!
アマテラスのコンピューター同士の喧嘩ですっ』

必死で反論するハーリー。

「喧嘩?」

『そうなんですっ、そうなんですよおっ』

パッと明るくなるハーリー。
自分がちょっかいをかけたことで、この騒動の切欠を作ったのではないのだろうかとは思っていたので、怒られなくなりそうなことを喜んだのだ。

『アマテラスには非公式なシステムが存在します。
今の騒ぎは、まるでソイツが自分の存在を皆に教えてるというか、単にケラケラ笑ってるっていうか・・・・・・』

ハーリーの言葉を聞きながら、金色の瞳にウインドウの文字を映す。


【OTIKA】のウインドウを見つめているルリ。
そのアルファベットが、不意に頭の中である単語に置き換わる。



【AKITO】



それはルリの勘の良さを示したものではない。
ただ、その名に繋げずにはいられない彼女の心が導いた結果であった。





『待ってください、艦長ぉ!?』

突然走り出したルリに驚くハーリー。
ウインドウはルリの後を追いかける。

『艦長っ、ちょっと待ってくださいっ。
どこ行くんですかっ?』

「ナデシコに戻ります」

走りながら答えるルリ。

『えっ!?』

「敵が来ますよ」

『えぇっ!?』





「ボース粒子の増大反応!」

謎のシステム暴走の復旧作業を行っている中、守備隊の指令所に敵の襲来を告げる声が響く。

「全長、約十メートル。幅、約十五メートル。識別不能。相手、応答ありません」



ジャンプアウトしてくる敵に備え、陣形を整え始める守備隊。
その中で、異質の動きをする戦艦があった。

敵のジャンプアウトポイントから離れるように、アマテラス外周部を航行する”ゆめみづき級木連式戦艦”。
統合軍の船籍を持ってはいるが、つい先程このアマテラスへジャンプアウトしたばかりで、守備隊には組み込まれていない。
そしてこの艦の乗員は統合軍の人間ではなかった。

『後7分で予定のポイントです。
ソコからなら短距離ジャンプでも遺跡のブロックへと跳べます』

ブリッジにいる赤い義眼の男へと報告を入れるのは、六連のコクピットで甲冑のようなパイロットスーツを着ている水煙。

「よし、お前たち3機は先に跳躍しろ。我も後で行く」

『ハッ』

敬礼を返す水煙。
水煙のウインドウが消えると、北辰は異なるウインドウに向き直る。
そこには黒いスーツとサングラスをした男が映っている。

「聞いての通りだ。ヤマサキに伝えておけ。
遅れると死ぬことになる・・・・・・とな」

そのウインドウも消えると、スクリーンを見ながら笑みを浮かべる。

「さあ来るがいい、復讐人。そして我が前に立って見せよ」

この陣容を突破してくることを望む言葉。
それは火星の後継者としては、あまり好ましくない状況を意味するのだが・・・・・・。




「テンカワ・・・・・・」

北辰と同じく、敵の来襲を心待ちにする水煙。
アキトに潰された右目を押さえつつ、狭いコクピットの中で呟く。
彼にとって草壁の理想や新たな秩序など、もはやついでのことでしかなかった。


「今日こそは・・・・・・貴様を」








「すいませんわざわざ」


社会見学用の電気自動車に搭乗しているルリ。
乗せてくれたピンクのコスチュームの女性に礼を言う。

「いいの、いいの。なんか燃えるっしょ!?こういうの」

ウインクするピンクのコスチュームを着た女性。
ピンクのカツラが飛んで黒髪が現れた。

彼女に笑いを返すルリ。
その笑顔は一見柔らかく優しいものに見えるが、本心からのものではない。
それは誰に対しても作って見せることのできる笑いの仮面だった。


意識を周囲からから切り離し、思考の海へと沈んでいく。

(予感は的中、敵は来た。あれは暗号?あれは偶然?でもあの人は)



【AKITO】



(あの人たちは・・・・・・)



【AKITO】



ルリが思い出すのは葬式の様子。

アキトの遺影。
それを持っていた自分。
自分を慰めるミナト。


それは確認作業。
もう彼はいないのだと自分に言い聞かせ、淡い期待を打ち消そうとするための。

期待は失望へと転化して返ってくるのが現実だと知っているから。
だから過去を確認し、生まれた期待を押し込めようとする。

だが




『ルリちゃん』




溢れた想いはアキトの姿を形作り、ルリに優しく笑いかけた。










既に4つのコロニーが沈み、過剰なほどの戦力を揃えることとなったアマテラス。
ジャンプアウトしてきた謎の機動兵器に対し、迎撃を開始する。

一斉発射されるミサイル群。

たった一機の機動兵器に対して使われたミサイルの数としては、戦史上最大のものだ。
それに続いて放たれるグラビティブラストと迎撃に向かう機動兵器の数も、同様に記録を大幅に更新するだろう。

その標的となるのは高機動ユニットを装備したブラックサレナ。
いくら現時点で最高クラスの機動兵器ではあっても、そのジェネレーターから捻出される出力にも限界があり、対艦ミサイルや戦艦のグラビティブラストをまともに受ければディストーションフィールドが持つはずもなく、あっさりと宇宙の藻屑となることは疑いない。

ブラックサレナがエステバリスに追加装甲を施しただけのものであるように、高機動ユニットもまた、ブラックサレナ本体にオプションを追加しただけに過ぎない。
それなりに小型化されたとはいえ、ジャンプフィールド発生装置の取る容量も大きく、やはり脅威の新兵器などではないのだ。


アキトは無数のミサイルに向かって非常識なほどの加速をかけ、ミサイルの信管が作動する前に通過する。
統合軍は、高機動ユニットを装備したブラックサレナのトップスピードを明らかに低く見積もりすぎていたのだ。

次いで放たれるグラビティブラストの雨を受け流す。
ディストーションフィールドは流線型を形成しているため、機首からずれた所で受ければ、このある程度強化されたフィールドでなら一瞬は受け流すことができる。
本来エステバリスの前腕部フィールド・ジェネレーターを改良したものを複数組み込んでいるため、一瞬の出力はかなり大きくできるのだ。

もっとも一瞬でも判断が遅れたり、僅かでも受けるポイントがずれたりすればアウトであるが・・・・・・。


アキトはその特異な技術を破綻させることなく、アマテラスに迫っていく。





「コロニーに近づかせるな、弾幕を張れ」

コロニー内部の指揮所にて指示を出す新庄。

「肉を切らせて骨を絶つ!」

突然そう言い放ったのはアズマ准将。

「な、何をおっしゃるのですか准将?」

「コロニー内およびその周辺での攻撃を許可する」

眉を顰める新庄。
それは自分とは正反対の戦術選択であったからだ。

「准将、それではコロニーが・・・・・・」

新庄が再考を促すが、アズマ准将は聞く耳を持たない。

「飛ぶハエも止まれば撃ちやすし、多少の犠牲は已むを得ん」

『おっしゃあ!』

アズマの命令に歓喜の声を上げたのはリョーコ。

もともと引き付けてから叩く予定だったので、アズマの命令はその作戦を認めるものとなり、躊躇うことなく戦えるのだ。


(これで好きにやれる!)


コロニー周辺にまでたどり着いた黒い機動兵器を確認し、戦闘開始を決めるリョーコ。

(マジで抜けてきやがった・・・・・・。
だが!負けるわけにはいかねぇんだ!)

「野郎ども行くぜ!」

『『『『『『『『『おう!』』』』』』』』』

ターミナルコロニーの外壁に布陣していたライオンズシックル。
覆われていたステルスシートを取り去って、エステバリスが次々と現れる。



【相手の射程内】
【前方12機確認】
【危険】
【回避】

ブラックサレナのコクピットのスクリーンに次々と情報が表示されていく。

アキトはブラックサレナに最大出力でリバースをかける。
高機動ユニット装備中ならば、回数限定で可能な行動だった。

そして即座に反転し、加速に入る。

だが、一度スピードを落としている重い機体。
高機動ユニットを装備していても、一瞬でトップスピードになったりはしない。


「遅い!」


加速しきる前を狙うリョーコ。
そう言いつつエステバリス・カスタムのレールカノンで狙撃する。

一撃目は外し、続いて第二撃。

だが漆黒の機動兵器は、常識外の急速ロールで回避する。

(なんだと!?あんな動きをしてパイロットは平気なのか!?)

軽く体が震えるリョーコ。
武者震いというやつだ。


(おもしれぇ!)


ライオンズシックルは、リョーコの赤いエステバリス・カスタムを先頭に、謎の機動兵器を追いかけ始める。










「おまたせです」

【おかえり】

ナデシコBに帰還したルリ。
ピースをしてブリッジインする彼女をオモイカネがウインドウを開いて出迎える。

「戦闘モードに移行しながらそのまま待機。当面は高みの見物です」

「加勢はしないんですか?」

ルリに問うたのはハーリー。

「ナデシコBは避難民の収容を最優先とします。
それに、向こうからお断りって感じですから」

『そのとおり!』

ナデシコBのスクリーンにアズマ准将が映し出される。

『いまや統合軍は陸海空、そして宇宙の敵をも打ち倒す無敵の軍だ。
宇宙軍など無用の長物。ま、そこでゆっくり見てるがいいわ。
うあははっ!はははは!』

そう言い放って通信を切るアズマ准将。

「なんか熱血ですねぇ」

「ハーリー君、もう一度アマテラスにハッキング」

「えっ、またですかぁ?」

「そう。キーワードは・・・・・・【AKITO】です」

「え、AKITO?何なんですいったいっ?ねぇ、艦長っ?艦長ぉっ?」

納得いかず、必死で聞くハーリー。
だがルリの意識から、ハーリーの声は除外されていた。

「IFSのフィードバック、レベル10までアップ。
艦内は警戒態勢パターンA。システム増設」

ウインドウボールが現れ、それに包まれるルリ。
その中で、自分に笑いかけてくれた青年を想う。

「アキト・・・・・・」

小さくその名を口にしてみる。



『アキトアキトばっか言ってんじゃないの!』

ナデシコでの情景が頭に浮かぶ。



ルリの口元に、少女らしい笑みが浮かんだ。








アマテラスから後退していく漆黒の機動兵器。

後方からはライオンズシックルが追いすがってくる。
そして前方右からは、一度突破したステルンクーゲルの部隊。
再編を終えて、ブラックサレナの頭を押さえに来ているのだ。



アキトはレーダーを見ながらタイミングを計る。

(今だ!)

アキトはブラックサレナのウイングバインダーをはためかせ、左へ機首を向けた後、一気にスラスターを吹かす。
スピードを保ったままの旋回ではなく、方向を変えてからの加速。
一瞬のタイムラグを生じ、場合によってはリョーコに付け入る隙を与える行動ではあった。
しかしそれは、右舷から迫っていたステルンクーゲルの部隊を利用することで解消する。

ライオンズシックルとの間に他の部隊を割り込ませることでリョーコが追いついてくる前に再び最高速にまでもっていくのだ。

「こら!邪魔すんな!そいつは俺ンだ!」

初めて見せた隙らしい隙を味方の横槍によって潰されたリョーコ。
苛立ちを抑えることができずに毒を吐く。








スクリーンで戦況を確認しながら渋い顔をする新庄。

火星の後継者たちはこの程度でアキトとブラックサレナを撃退できないことは身をもって知っているのだ。
だからこの後退がおそらく擬態であることも推測できる。
これが火星の後継者だけの部隊なら、更なる逆撃に備えるところだが、統合軍の部隊はライオンズシックルに引き摺られる形で、戦意に任せ黒い機動兵器を追い立てていく。

「第二次防衛ラインまで後退!」

「見たかね新庄君!これこそ統合軍の力!新たなる力だ!」

敵の後退に気を良くしたアズマ准将。
この戦闘の勝利を確信し、握りこぶしを作る。

「はぁ・・・・」

「宇宙軍のヤツらめ、戦争のときはでかいツラしていたが、今は違う!」

新庄はアズマの言葉を苦々しく聞きながら、戦況を分析する。
彼の分析の結果は、アズマのように現在の状況を喜べるものではなかった。

(ヤツの襲撃ポイントは13番ゲートから随分離れていたな・・・・・・。
まるでライオンズシックルがいるところへ向かっていったかのようだ。
そしてあっさりと後退・・・・・・何かありそうだ)

「統合平和維持軍バンザーイ!ヒサゴプランバンザーイ!」

次の展開を予測しようとしている新庄の前で、一人盛り上がっているアズマ。
だが次の報告は、無邪気に統合軍の力を称えているアズマの万歳を中断させた。


「ボース粒子の増大反応!」










ジャンプアウトと同時にグラビティブラストを放つユーチャリス。
伸びた隊列の脇腹を襲撃される形となった守備軍。
もちろんただでは済まない。


「守備隊の側面、グラビティブラスト、被害多数!」

これにより、勢いに乗って機動兵器を追いかけていた部隊にも混乱が生じる。
強力なグラビティブラストを有した戦力。
それが側背から狙っていると気付けば、追いかけっこをしている場合ではなくなる。

狩る側だったのが、一気に狩られる側へと追い落とされたのだという恐怖を感じていた。





ユーチャリスから戦況を見つめる金髪に白衣の女性。

「もう一撃よ」

メインブリッジ上部にある専用オペレートルームにいるラピスに、再度の攻撃を促す。


ユーチャリスからグラビティブラストが放たれ、沈んでいく多数の戦艦。

多くの人間が死んでいるだろう。
だがイネスは、眉一つ動かさない。


(私も変わったわね・・・・・・)

心の中でそう思うイネス。
ただこれは、無関係な人間を殺した行為に罪悪感を覚えないことにではない。

イネスはナデシコでも、他人の死に対してさしたる感傷を抱いたりはしなかった。
一年間、惨めで苦しい穴倉暮らしを共にしてきた同胞達が、ナデシコのディストーションフィールドで虫けらのように潰された時も冷静で、 皮肉を言う程度のものだったし、木星蜥蜴が地球人類だと知った時も、多くのナデシコクルー達が悩む中、一人平然としていた。
元々、一般的な倫理とはかけ離れた場所にいるのだ。
他人の死など、イネスの心に何の影響も与えない。


『私はここが違うの』


かつてナデシコにおいて、自分の胸、心を指しながら言った言葉。
それは今でもまったく変わっていないのだ。


変わったのは"探し物"が見つかり、その"探し物"の一つであったアキトために主体的に動いている自分自身。
勝ち取るために最善を尽くそうと必死になっている自分自身。

"探し物"を見つけた自分は、変わったのだと思うのだ。

他人からみれば、虚無から狂気へと変わっただけと思うかもしれないが・・・・・・それも仕方ないのかもしれない。

"探し物"は見つかったが、その結果として残ったのは、大好きだったママが木星人に殺され、お兄ちゃんが自分より年下になっているという現実。

せめて"探し物"の一つであったお兄ちゃんは・・・・・・。

その想いがイネスを衝き動かしていた。










「ナデシコB、アマテラスより離脱」

「あんなトロ船放っとけぃ!敵戦艦に反撃ぃぃ!」

動ける艦を集めて反撃を図ろうとするアズマ准将。
その横で新庄は溜め息を吐く。

(見事に乗せられたな。注意が戦艦に逸らされた。
これであの機動兵器はコロニー侵入が比較的楽になる。
私が指揮をしていれば・・・・・・いや、それでもあの男は止められんか)






【ラピス・・・・・・ラピス・・・・・・ラピス】

【ラピス】

アキトの呼びかけにより、バッタを出すタイミングを知らされるラピス。
改良されたバッタをユーチャリスから出撃させていく。

ブラックサレナと追撃する部隊の間に割って入るバッタ群。
混乱の中でもブラックサレナを追っていた機動兵器たちに襲い掛かる。
これによって、コロニーへの侵入が妨害なく行えるハズなのだが・・・・・・。



エステバリス・カスタムの左手に持たせたハンドガンでバッタに応戦するリョーコ。

「ちぃ!俺の相手はヤツだ!おめぇらなんかじゃないんだよ!」

リョーコはあくまで黒い機動兵器を追うつもりだ。

その類稀なる戦闘技術を駆使し、単機でバッタの部隊を突破していく。

「そこか!」

戦闘宙域から離れていく見つけるが、かなりの距離が開いていた。
即座にレールカノンを構え照準するエステバリス・カスタム。

(かなり距離がある・・・・・・。だが、ピンポイントで中心を捉えれば!)

レールガンを放つ。

アキトはレールカノンの射撃をディストーションフィールドで受け流す。
まったく軌道を変えなかったのは、リョーコの狙撃が微妙に中心からずれていたからだ。

【残念賞】

「へたくそ!」

外した自分を罵るリョーコ。
が、それも致し方ないだろう。
彼女の本領は遠距離からの狙撃ではなく、あくまで中・近距離での格闘を含めた総合的な技術にあるのだ。

その時、彼女のコクピットに複数のウインドウが開く。
それは彼女を追って、バッタを抜けてきたライオンズシックルの隊員たちであった。
しかし抜けてこられたのは、リョーコを除けば4機に過ぎない。
完全にとはいかなかったが、戦場を混乱させ、ブラックサレナをフリーにするという作戦はある程度成功していたと言うべきだろう。


『お供します』

代表でそう言う副隊長。
リョーコは不敵に笑う。

「これればな!」

背部にある二基のスラスターを全開にするリョーコ。
実際、エステバリス・カスタムでも追いつけるかどうかわからないのにエステバリスUが追いつけるとは思っていない。

(俺がヤツの足を止めれば別だがな)










「不意な出現、そして強襲。
反撃を見透かしたかのような伏兵による陽動。
その間にポイントを変えての再強襲」

黒い機動兵器と白い戦艦がとった戦術を確認するルリ。

『やりますねぇ』

そう応じたのはスーパーエステバリスのコクピットで出撃の命令を待つ三郎太。

「気付いたリョーコさんも流石です」

(実際、距離を置いて周りから見物しているから状況も整理できますが、あれだけかき回された戦場にいれば目の前の相手だけを倒そうとするものですからね。
でも、この戦術にはある目的が隠されている)

『どうします?』

「もうちょっと待ってください」

『はっ?』

「敵の目的、敵の本当の目的・・・・・・見たくありませんか?」


(突入ポイントを変えての再強襲。
つまりそちらが本命。何かがあるということ・・・・・・。
始めからそのためにこの戦闘は演出されてきた。
そしてそれは・・・・・・)



【AKITO】



それとは別にルリには気になることがある。

「あの黒い機動兵器の力・・・・・・どう思いますか?」

『正直わからないっスね』

「わからない?」

『機動兵器一機としては笑っちゃうぐらいすごいと言わざるを得ませんが、判断する材料が少なすぎますからね。
とりあえずわかる部分が、通常とは完璧に異なる機体と操縦技術だということくらいです』

「操縦技術もですか?」

ルリは聞き返す。
長距離ジャンプをしてきた機動兵器のパイロットがA級ジャンパーであることは間違いないと思っている。
そしてA級ジャンパーの機動兵器のパイロットなど、ルリは一人しか知らない。
だからアキトだという可能性が高いと思っていたルリには、三郎太の意見は意外であった。
アキトは特別な操縦技術などもっていなかったからだ。

『徹底した高機動戦闘用の技術だと思いますが、あんなのは正規のマニュアルには載ってないスからね。
一流かそうでないかも判断しかねるところです』

とりあえずうなずくルリ。
今度は異なる質問を口にする。

「パイロットについてはどうおもいますか?」

ルリが一番聞きたいのはこれだ。

『一言で言うと・・・・・・』

ルリは軽く息を呑んで続きを待つ。

『バカっスね』

思わずキョトンとしてしまうルリ。

「バカ・・・・・・ですか?」

三郎太は頷く。

『だいたい機動兵器一機でこれだけ戦力の整った拠点に攻撃を仕掛けること自体、正気じゃない。
まともなパイロットなら考えもしないことですよ』

三郎太も一機で多数と戦ったことはある。
ナデシコのエステバリス隊とテンジンで戦った時だ。
あの時は何もできずに、秒殺でアカツキに撃墜されたが。
機体の性質の問題もあるが、多対一で戦うことの困難さは、アニメで見るのとは訳が違うとサブロウタは思い知っているのだ。己の体験をもって。


(まあ、あの人は確かに"バカ"でしたけど・・・・・・)

他人に言われると少し面白くないルリ。
既にルリの中ではあのパイロットはアキトなのだろう。
いや、そう思いたいのかもしれない。


「同じ機体を使えば、三郎太さんなら同じことが可能ですか?」

『無理っスね。アマテラス周辺にたどり着く前にドカンすよ』

「そうなんですか?」

一流のパイロットたる三郎太がこれほどあっさり否定すると思わなかったのだ。

『どれだけのミサイルとグラビティブラスト、レールカノンが放たれたと思ってるんです?
それもたった一機に向かって。
機動兵器のディストーションフィールドで戦艦のグラビティブラストや対艦ミサイルをまともには受け止められないスよ。
トップスピードで突っ込みながらとんでもない数のミサイルとグラビティブラストの雨を受ける・・・・・・なんていう常軌を逸したシチュエーションでの訓練なんてしたこともなければ、当然実戦での経験もありゃしません。
ちょっとでも受けるポイントがズレたら即座にアウトですよあれ』

三郎太は一流のパイロットであるが故、過信はしない。
自分の力量を把握できないものは所詮二流なのである。
ただ、今まで考えもしなかったが訓練次第では何とかなるかもしれないとは思っているあたりに自尊心が顔を出している三郎太であったが。

「三郎太さんならあの機動兵器に勝てますか?」

『もしかしてあれと戦えってんですか?』

半笑いの表情を浮かべる三郎太。
それは勘弁して欲しいというのが本心なのだが・・・・・・

『今戦ってるライオンズシックルのスバル中尉が勝てないんなら、俺には無理っスよ』

三郎太は大尉でありリョーコより階級は上であるが、それは機動兵器戦の実力を示すものではない。
リョーコはパイロット上がりであり、三郎太は優人部隊出身であるという事情からくるものなのだ。
幹部候補生である三郎太は、現在の階級である大尉は次へのステップに過ぎないが、リョーコのようにパイロット上がりには余程のことがない限り尉官の最上位である大尉が最終的な階級となるだろう。
余程のことというのは、戦死での特進があったり、上から目をかけられ教練を受けて上級士官の道を進んだりするということである。
つまり階級が実力を示すものではないということと、リョーコの実力がサブロウタのそれを上回っているということだ。










「リョーコちゃんか・・・・・・さすがだな」


追ってくる赤いエステバリスを感じながら呟くアキト。

アキトはブラックサレナのスピードを緩めライオンズシックルに追いつかせようとする。

このままの距離を保っていっても、コロニー侵入時のゲートオープンの時間に追いつかれることは明らかだ。
運動性の高いエステバリスに包囲されれば、ブラックサレナといえどもただでは済まない。
だから手の込んだユーチャリスの出現とバッタまで使って注意を逸らそうとしたのだが・・・・・・。

こうなってしまっては仕方がなく、高機動戦闘中に交戦するのがベストだとアキトは判断したのだ。

(もうゲート付近。コロニー内部では高機動ユニットは逆に足枷になる・・・・・・。
ここで一気に使い切る)

「ここで止まるわけにはいかないんだ」





(追いつける?やつはパワーダウンしたのか?)

漆黒の機動兵器との距離が詰まってきていることに気付くリョーコ。

(いや!)

警戒してスピードを落としたエステバリス・カスタム。
その左右にエステバリスUが追いついてくる。


ハンドガンを放ちながら突出しようとするエステバリスU。

「バカ!」

リョーコはそれを制止しようとする。
リョーコの駆るエステバリス・カスタムならまだしも、ステルンクーゲルにすら劣る機動力しか持たないエステバリスUが追いつくのは、あまりに不自然であることにリョーコは気づき警戒したのだ。

その直後、漆黒の機動兵器から何かが切り離される。
全速で追っていたため、エステバリスUは回避することができない。

エステバリスUに接触して爆発するパーツ。
そしてブラックサレナから切り離されたもう一つのパーツも、2機のエステバリスUを捉えて爆発した。


「なにぃ!?」

次々と高機動ユニットを切り離していくアキト。
虚をつかれた形となるライオンズシックルに、両腕のハンドカノンを照準する。

(赤いエステバリスはリョーコちゃん。追尾不能にさえすれば・・・・・・)

だが、そんな甘えた射撃がリョーコに通用するはずもない。
本気で破壊するつもりで撃っても捉えることの難しい相手には・・・・・・。


リョーコはブラックサレナからの射撃をかわしてみせる。

「オメーはゲキガンガーかよ!?」



(当たらないか!?やっぱり並みのパイロットじゃないなリョーコちゃんは)

リョーコは外したが、他のエステバリスUはこの攻撃ですべて撃破した。
再びスピードを上げて引き離しにかかる。







『撃てぇ!』

アズマ准将がほえる。

ようやく単独で逃げるブラックサレナに気付いたのだが、追いかけられる機動兵器は既にリョーコのエステバリス・カスタム一機。
後はその付近にいる砲戦フレームだけ。
これを突破されれば後はなすすべがない。
力が入るのは当然なのだが・・・・・・。

「撃ちまくれぇぇ!」

砲戦フレームからの攻撃を何とかやり過ごすブラックサレナ。

「撃てぇ!落とせぇ!撃ちまくれぇ!」

だがアズマ准将はそれに気付かず、後を追っていたエステバリス・カスタムに砲撃を浴びせる結果となった。



『ばっきゃろう!てめぇら邪魔なんだ!黙って見てろ!』

「なにおう!?今はそれどころじゃない!お前こそ邪魔だぁ!」

『邪魔はそっちだ!』 

「貴様ぁ」

リョーコとアズマ准将がウインドウ越しに睨み合う。

(茶番だ)

新庄はそう思わざるを得ない。

『ゲート開いてますよ。いいんですか?』






「13番ゲート、オープン!敵のハッキングです!」

【第十三番「遺跡」専用搬入口 開門】との情報を示すスクリーン。

「13番?なんだそりゃ?ワシャ知らんぞ?」

あり得ないはずの報告を聞くアズマ准将。
思わず呆けてしまう。

「それがあるんですよ、准将」

思わぬところから帰ってくる返答。
アズマ准将は、その返答の主たる新庄に振り返る。

「ど、どういうことだ?」


「茶番は終わり・・・・・・とういうことです」

新庄はアズマに対して不敵に笑ってみせるが、その表情はすぐに険しくなる。
ターミナルコロニーへの侵入を果たしたブラックサレナが、スクリーンに映ったからだ。


火星でゲキガンガーを語っていた男。
ラボでモルモットにされていた男。
自分に刃を向けてきた男。

そして今、漆黒の鎧を身に纏い自分たち火星の後継者を追い詰めている男。

すべてが繋がるには、不可欠なものがあると考える新庄。
そしてそれは、きっとこう呼ばれるものなのだと思う。





「人の執念」










ロールをしながら次のブロックに進んでいく漆黒の巨人。


襲い掛かってくる無人のステルンクーゲル部隊。
アキトはブラックサレナをさらに加速させ、応戦せずに一気にすり抜ける。


「おわぁ!?」

追ってきたリョーコは、その部隊と戦うことになる。
侵入してくるものを無差別に攻撃するのだ。

しかし柔軟性に欠ける無人機でリョーコを落とせるはずもない。
エステバリス・カスタムは無人機を破壊していく。




『お久しぶりです、リョーコさん』

エステバリス・カスタムのコクピットに、ルリの映るウインドウが開く。

「ああ、二年ぶり・・・・・・。元気そうだな」

懐かしさを込めて答えるリョーコ。

(アイツが死んでから二年・・・・・・か)


『さすがですね』

「へっ、無人機倒したって自慢にゃなんねぇよ」

(実際ヤツは簡単にパスしていきやがったしな)

リョーコは先を見つめる。

『無差別に侵入するものを排除するトラップのようです』

「ほう・・・・・・?」

(ここは非公式ブロックだったよな?誰が仕掛けたのやら・・・・・・)

ブリッジでのやり取りを聞いていたリョーコは、現在の状況を不審に思う。

『この先にトラップはもうありません。案内します』

「すまねぇな・・・・・・。ああ!?」

"案内"という言葉の意味を吟味してあることに気付くリョーコ。

「お前、人ン家のシステムハッキングしてるな!?」

『敵もやってますし非常時です。あ、ちなみに張本人はこのハーリー君ですので』

『艦長酷い!』

「はははっ!」










「敵、第五隔壁に到達」

「プラン乙を発動。各地に打電。落ち着いていけ」

火星の後継者が潜伏しているのは、アマテラスだけではない。
ほとんどのターミナルコロニーにはその構成員が存在している。
それらに決起の合図を送るのだ。


「新庄中佐、何を企んでいる?君らはいったい何者だ?」

拘束されているアズマ准将が新庄に問う。

「地球の敵、木連の敵、宇宙のあらゆる腐敗の敵・・・・・・」

「なにぃ!?」

「我々は、火星の後継者だ!」

アズマ准将に振り返り、そう宣言する新庄。
統合軍の制服を脱ぎ捨てる。
その下からは火星の後継者の制服が現れた。


火星の後継者が、自らの存在を公に示した瞬間だった。










隔壁に到達するブラックサレナ。

『第五隔壁  パスワードの手動入力により 開閉可能  パスワード』

ブラックサレナのテールバインダーを扉に近づかせていくアキト。

突如、後方の壁が崩れ、そこから赤いエステバリスが姿を現す。


「よ〜し、そのままそのままぁ」

リョーコはエステバリスから通信ワイヤーを射出し、ブラックサレナへと飛ばす。

強制入力され、繋がる通信。
ブラックサレナのコクピットに、リョーコの映るウインドウが現れる。

『俺は頼まれただけでね。この子が話をしたいんだとさ』

感情を抑えてそう告げるリョーコ。
彼女として問答無用で戦いたいところなのだが・・・・・・。

この秘匿されたブロックやトラップの存在で、抱いていた疑念が再燃してきている。
そのため、ここは抑えることを選択していた。


リョーコのウインドウが消え、銀髪と金色の瞳を持つ少女が映るウインドウが現れる。

少女の金色の瞳は、漆黒の鎧を纏った男をまっすぐに捉える。

『こんにちは、私は連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです。
無理やりですみません。
あなたがウインドウ通信の送受信にプロテクトをかけているので、リョーコさんに中継を頼んだんです』


2年ぶりに聞く懐かしく、愛しい声。
"ルリちゃん"・・・・・・と、唇から零れそうになる言葉を必死に押しとどめるアキト。


『あの・・・・・・教えてください。貴方は誰ですか?貴方は・・・・・・?』


この上なく美しくなった少女の姿。
鈴を振るように響く声。
そして変わらない金色の瞳。


"少女はいつまでも、少女でいるわけではない"

そう言ったのはイネス・フレサンジュ。


アキトは今、その言葉の意味を、残酷なまでに深く理解させられていた。





【アキト】

ルリの姿と声に、呆然と魅入っていたアキト。
ラピスの呼びかけで我に返る。

今は他にやるべきことがある。

「ラピス、パスワード解析」

ただでさえ時間がないのだ。
本来なら、たどり着いた時点でしなくてはならないことであったのだが、懐旧の念とルリへの想いがそれを阻んでいた。

テールバインダーの先についたマジックアームが、隔壁の開閉装置へと伸びる。
入力されるコードは《SNOW WHITE》

「時間がない。見るのは勝手だ」

ロックが解除され、隔壁が開いていく。



開いた扉の向こうに見える光景。
それはリョーコの心を鷲づかみにした。

「なにぃぃ!?」

ブラックサレナに先行してエステバリス・カスタムを進ませるリョーコ。
敵であるブラックサレナに後ろを見せることになるのだが、そんなことは気にしていられなかった。

「ルリィ!見てるか!?」

『リョーコさん』

「なんだよ、こりゃあ?」

震える声を発するリョーコ。

『リョーコさん落ち着いて』

「ありゃ、なんだよ?」

『リョーコさん』

「なんなんだよありゃあ!!」

悔しそうに叫ぶリョーコ。
自分が積み上げてきた誇りが崩れていくのを感じる。
”自分が守ってきたのは、いったい何だったのか”・・・・・・と。
『リョーコさん!』

ウインドウを正面に回してリョーコを押さえようとするルリ。
つい大きな声を出してしまう。
実際、ルリ自身も平静ではいられないのだ。

『形は変わっていてもあの遺跡です。
この間の戦争で地球と木星が共に狙っていた火星の遺跡。
ボソンジャンプのブラックボックス。
ヒサゴプランの正体はコレだったんですね』

「そうだ」

答えたのは漆黒の機動兵器のパイロット。


「ルリ・・・・・・」

『えっ?』

「これじゃあ、あいつらが浮かばれねぇよ」

『リョーコさん・・・・・・』

「何でこいつらがこんな所にあるんだよ?」


『それは!人類の未来のため!』

大きく開くウインドウ。
リョーコの疑問に答えたのは、火星の後継者の制服を着た草壁春樹であった。


「草壁・・・中将!?」

『リョーコちゃん!右!』

天頂方向から3機の六連が降ってくる。
アキトは即座に反応してかわすが、動揺していたリョーコは反応が遅れその攻撃を受けてしまう。

三本の錫杖は、真紅のエステバリス・カスタムを捉えていた。










『ヒサゴプランは我々火星の後継者が占拠する!』

全宇宙へと通信を流す新庄。
火星の後継者の存在を、大々的にアピールするのだ。

『占拠早々申し訳ない。我々はこれよりアマテラスを爆破、放棄する。
敵味方、民間人を問わずこの空域から逃げたまえ。
繰り返す・・・・・・』

こういったポーズは政治的立場や今後同志を募る上でも重要となってくるのだが、そういった事情を察することのできないものから見れば

「律儀な人たちだなあ」

ということになるのだろう。


つぶやいたのはマキビ・ハリ少尉。

マシンチャイルドとして多くの知識は有しているが、それをより良く使うのは人間としての部分である。
知識はあっても教養はない。そういう状態なのだろう。
経験を積み、洞察力を身に付ければいずれ理解することができるようになる日も訪れるであろうが、今の彼には無理な注文である。
彼はまだ子供なのだから・・・・・・。

『データは取れた?』

「あっ、はい!」





『リョーコさん、大丈夫ですか?』

三郎太を出撃させた後、リョーコへと通信を繋ぐルリ。

「今度はかなりやばいかな」

『動けます?』

「危ねぇ危ねぇ」

エステバリス・カスタムの損傷を調べていくリョーコ。

(やっぱ訓練と実戦は違わぁな。勘が鈍ったか?実戦なんて少なかったからなぁ)

不意をつかれたから・・・・・・などと言うのは実戦を知らない新兵の戯言だ。
そしてそれを主張するときにはたいていあの世からのものとなるだろう。
戦場では常にそれに対応することが求められていて、それに対応できなければ撃破されている確率が高いのだから・・・・・・。
リョーコはその類稀な力量でコクピットへの直撃をかわし、きわどく現世に足を留めつつも自分の迂闊を罵る。

「くっそぉ」

エステバリス・カスタムの左腕と左足を切り離すリョーコ。
その眼前では、リョーコのエステバリス・カスタムを戦闘不能にした3機の謎の機動兵器と黒い機動兵器が戦っていた。





「テンカワァ!」

水煙の駆る六連の突進をかわした後、アキトは両手のハンドカノンで射撃する。
だが水煙も傀儡舞によりかわしてみせる。


(くそ!遺跡を目の前にして!)

アキトは毒づく。
この限られた空間では、ブラックサレナの最大の特徴である機動力を生かせない。
対して3機の六連は運動性に優れ、傀儡舞などを駆使してアキトに襲い掛かってくる。

猛烈なスピードで通り過ぎた六連は、あっという間に体勢を立て直し、再び攻撃してくる。
軽い機体ゆえの運動性能であろう。
ただその最大の武器たる錫杖は既に持っていないため、そのリーチも威力も少なく、ブラックサレナに致命的なダメージを与えられないでいるのだが・・・・・・。



ブラックサレナはリョーコのエステバリスの右前方へ降り立つ。

「お前は関係ない。早く逃げろ」

「今やってるよぉ!」

そう反論するリョーコに、コロニー全体を震わせる大きな衝撃が伝わってくる。

「な、なんだぁ!?」





シャリーン    シャリーン


ジャンプアウトする真紅の機動兵器。
それは北辰の搭乗する夜天光だった。

「一夜にて 天津国まで伸び行くは 瓢のごとき宇宙の螺旋」

夜天光の周囲に3機の六連が集結し、そしてまた3機の六連が新たにジャンプアウトしてくる。


「女の前で死ぬか?」

「女?」

遺跡が輝きだし、それを見たアキトの顔にもナノマシンの奔流が輝きだす。


つぼみが花開くように遺跡がめくれていき、その中心に遺跡と融合した女性の姿が現れる。




その姿はルリにとってもリョーコにとっても意義深いものであった。
そして敵の言葉。それが意味するところは・・・・・・

「アキト!アキトなんだろ!?だからリョーコちゃんて!?」

必死に問いかけるリョーコ。
だが、答えを引き出せるだけの時間的余裕を与えてはくれない。





北辰の合図と共に六連が襲い掛かってくる。



その瞬間、青いスーパーエステバリスが突入してくる。

「久しぶりの登場!」

それは三郎太の駆る機体であった。

攻撃を仕掛けはじめた六連であったが、再び遺跡の周囲へと舞い戻る。
この場でもっとも優先順位が高いのは、敵の殲滅ではなく、遺跡の確保なのだ。

その間にリョーコのエステバリス・カスタムへと機体を向かわせる三郎太。
リョーコのアサルトピットを回収し、即時撤退する。


「バカバカ!引き返せ!ユリカと、アキトが!」

「艦長命令だ・・・・・・悪りぃな」

「ルリィ!応答しろぉ!
聞いてんだろ!?見てんだろ!?
生きてたんだよあいつら!生きてたんだよルリィ!」

「今度も見殺しかよ!?ちくしょう・・・・・・ちくしょう!」

(何だよ、これは?
何なんだよ、これは!?
オレは平和を守ってきたんじゃないのかよ!?
オレのこの二年は何だったんだよ!?
オレは!?オレは・・・・・・!?)



「ちくしょうぉぉぉお!」

すでにピットだけになったリョーコには叫ぶことしかできなかった。










「このブロックは特別だ。いま少しはもとうが・・・・・・遺跡の確保が最優先だ。
ここは遺跡を回収して退く」

ブラックサレナを牽制している六人衆たちに告げる北辰。
今少し戦いに興じていたいというのが本音ではあるが、ここで遺跡を失うことは出来ない。
草壁が積み上げてきたものをここで崩すわけにはいかないのだ。


『ならば、ヤツは私に任せてください』

北辰の夜天光に通信を繋ぐ水煙。
アキトとの決闘を望んでいるのだ。


『お願いします』

「・・・・・・いいだろう」

右手に持っている錫杖を投げる夜天光。
それを受け取るのは水煙の六連。

『感謝します』

ブラックサレナに向き直る1機の六連。
夜天光と他の5機は、遺跡の周辺へと集結する。




「待て!」

北辰たちの意図を察したアキトは、それを阻みにかかる。
だが、その前に水煙の六連が立ち塞がった。

「貴様の相手は俺だ!」





遺跡を確保してジャンプにかかる北辰たち。

「いいのですか?隊長?」

六人衆の一人である烈風が北辰に問う。

「私情を完全に排しいかなる任務も遂行する外道となる・・・・・・。
言葉にするのはたやすいが、その実行の困難なことよ。
それは我とて同じ。完璧にとはいかぬものだ」

「隊長・・・・・・」

「人の情・・・・・・それは人の業そのものなのだ。
我らもまた、業深き者の集まり。外道とは称していてもな。
そしてヤツもまた・・・・・・」

(ヤツの戦い、できれば見たかったが・・・・・・。
さて・・・・・・水煙は生きて帰れるかな?)










ブラックサレナを抑える動きをしていた水煙。
北辰たちがジャンプするのを見送った後、ブラックサレナに対峙させる。

「ようやく・・・・・・貴様を殺せる」

「いいのか?機動兵器戦ではこちらが有利だ」

ブラックサレナと六連の性能差のことを言っているのだが

「ぬかせ。この限られた空間では、その機体の性能は存分には発揮できまい。
運動性に優れた六連を駆れば、先にこの錫杖が・・・・・・」


シャリーン


「黒百合のコクピットを貫く」

錫杖をブラックサレナへと突き出し、そう言う水煙。

「お前に俺とブラックサレナは落とせんよ」

不敵に言ってのけるアキト。
北辰の部下になど負けている訳にはいかないのだ。

奥歯を強くかみ締める水煙。

「自惚れるな。もしそうだと言うのなら・・・・・・」




「証明してみろ!」

それが合図となり、二人の戦いが始まる。










あっという間に接近しては一撃し、また離れていく六連。
ヒット&ウェイの戦法だ。

「チィ!」

舌打ちをするのはブラックサレナを駆るアキト。
スラスターを全開にしても、トップスピードに到達するはるか手前で壁にぶち当たることになるし、それを維持したまま旋回するスペースなどありはしない。
ブラックサレナという高機動戦闘に特化した特殊な機体は、ハーフスロットルでのコントロールは難しく、逆に不安定になるのだ。

巨大なウイングバインダーを駆使し、能動的質量移動を利用して運動性能を維持しているが、それも夜天光や六連のような運動性能に特化した機体に比べると些細なものだ。





接近してきて錫杖を横に薙ぐ六連。
アキトはブラックサレナの肩部装甲で受ける。

そしてそのままハンドカノン。

しかしハンドカノンの攻撃は、至近で撃ったにもかかわらず、六連のディストーションフィールドを貫けなかった。

水煙は返す刀で突きを放つ。
その攻撃が、左手に持つハンドカノンを捉えた。

「ちぃ!」

ブラックサレナがハンドカノンを手放し後退すると、ハンドカノンはその場で爆発して水煙の追撃を阻む形となった。

ブラックサレナの後退した場所には、エステバリス・カスタムの残骸が残っている。

(何もないよりはマシか・・・・・・)

左腕で突き刺さっている錫杖を掴むブラックサレナ。
だが腕がほとんど動かないため、その攻撃は機体ごとの突きに限られるだろう。




(ここで・・・・・・勝負を決める!)

歪な螺旋を描きながらブラックサレナに迫る六連。
時に、ディストーションフィールドに覆われていない背後や側面をも晒している。

それは水煙にとって一か八かの行動であった。

アキトはハンドカノンで射撃する。
向こうから弱点を晒してくれているのを黙って見ている手はないからだ。

しかし水煙の六連の動きは、アキトの予測を超えるものであった。
北辰にも匹敵しようかというその動き。
水煙にしても、もう一度出来る自信などない。
そんな動きをした。


射撃に気を取られていたアキト。
六連が背後に回ることを許してしまう。


「もらった!」

錫杖を振り上げる六連。

「チィ!」

ブラックサレナのテールバインダーが六連に向かって伸びる。

テールバインダーの先についたアンカーでの攻撃。
その一撃は起死回生となるかに見えたが・・・・・・

水煙は六連の左腕で、その攻撃を防いでいた。


テールバインダーでの攻撃は、以前北辰に使ったのを見て知っていたのだ。
だからこの攻撃は水煙の予測通り。
一度見せた技で虚をつけるほど、水煙は甘くない。


「死ねぇ!」

満を持して錫杖を振り下ろす六連。

「まだだ!」

ブラックサレナの巨大な翼が閃く。

「何だと!?」

ウイングバインダーが跳ね上がり、錫杖を振り下ろそうとしている六連を弾く。



「くそ!今度こそ!」

弾かれながらも両腕のハンドミサイルを照準する水煙。

ウイングバインダーの一撃にそれほどの威力があったわけではない。
弾かれはしたが圧倒的優位を保ったままであることは変わっていない。
距離は僅かに開いたがいまだ背後をとっている。


両腕のハンドミサイルを一斉発射させる水煙。
ミサイルがブラックサレナを襲う。
この限られた空間ではかわすことは不可能に近い。

(やった!)


背後から迫るミサイル群。
アキトはウイングバインダーを切り離し、ブラックサレナを前進させた。


その場に残ったウイングバインダーにミサイルが当たり、爆発する。



「なぜ貴様はいつも俺の予想を上回る!?」

爆炎により見えなくなっていくブラックサレナに叫ぶ水煙。



アンカーと錫杖を壁面に打ち込み、急ブレーキをかけるアキト。
即座にブラックサレナを反転させると、すべてのスラスターのノズルを露出させる。

(これで決めるしかない!)

決定的な危機を回避したとはいえ、ウイングバインダーを失って運動性能はほとんど無くなったと言っていい。
これ以上、敵の攻撃を避けることはできないのだ。

アンカーを打ち込んだまま、全スラスターを吹かしていくアキト。
だがアンカーで固定しているので、前には進んでいない。

スラスター推力が最大になった時、負荷に耐えかねたテールバインダーが千切れた。


限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のように、黒い塊は急加速していく。






突如、爆炎の中から飛び出してくる漆黒の巨体。



「なにぃ!?」

水煙は錫杖でカウンターを狙おうとするが、ブラックサレナのスピードは水煙の予測をはるかに超えていた。
この限られた空間の中では、これだけのスピードを出すだけの加速など行えないと思っていたからだ。

ブラックサレナの体当たりが六連を捉える。
そしてそのまま壁面まで運び、ディストーションフィールドの覆われていない背部を叩きつける。





衝撃により両手も脱落した六連。
まさに潰れた達磨となっていた。


「俺の・・・・・負けだ・・・・・・」

悔しそうに呟く水煙。
コクピットの内部がひしゃげ、水煙の左半身も潰れている。
まもなく冥府の門をくぐることは疑いないだろう。

「なら・・・・・・さっさと死ね」

「フ・・ン・・・・・・遅い・・か、は・・やいかの・・・・いだ。
次・・は・・・・・・・で」

その瞬間、光る粒子に包まれる六連。

水煙が跳躍しようとしているか、それとも装置が暴走しているのか。

ブラックサレナを六連から放すアキト。


数瞬後、水煙の六連は光る粒子を残して掻き消えた。





「何が地獄だ・・・・・・」

そう呟くアキト。
水煙が最後に言った言葉を聞き取っていた。


地獄など信じてはいないが、もしあるのならば、自分もソコへ行くことは間違いない。
そんなことを考えながらジャンプの準備に入る。
このブロックの崩壊は、既に始まっているのだ。



ジャンプに入る直前、水煙の六連が消えた場所が目に入ってくる。


(俺は・・・・・・どんな死に方をするのだろう?)

それはふと生まれた疑問。

出てくる答えは好ましくないものばかりだ。

もっともありそうなのが、あの男に敗れ、殺されるというものであるのだが・・・・・・。


(たとえそうなっても、一人で死ぬわけにはいかない)










近く来るだろう決着の時を思うアキト


その先に、自分の未来があるかどうかはわからないが

せめて自分の大切に思う者たちには

幸せな未来が待っていることを願っていた


















作者の愛情が著しく薄かった水煙。
ここで退場です。
北辰を最強に置いているので、アキトや月臣が活躍するためのキャラでした。




 

 

代理人の感想

哀れ水煙、所詮は噛ませ犬だったか(爆)。

 

さて死んでしまった奴のことなどさておき(ひでぇ)

しかし水煙の六連の動きは、アキトの予測を超えるものであった。
北辰にも匹敵しようかというその動き。
水煙にしても、もう一度出来る自信などない。
そんな動きをした。

この一節ちょっとゾクリと来ました。

この文章、とてもいいです。

直後の文章が完全に決まってれば、忘れられない印象を残したかもしれません。