機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












氷に覆われた火星の極冠遺跡。
突如現れたナデシコCにより、草壁の叛乱は終焉を迎えようとしていた。

表面的な事象だけを見れば、宇宙軍所属ホシノ・ルリ少佐の超人的な力によって、すべてがひっくり返されたように見えるだろう。
だがその裏には、公には語られない幾多の戦いが存在していた。
それは、2年にも及ぶネルガル会長アカツキ・ナガレの戦いであり、テンカワ・アキトとその周りにいる人間達の戦いでもあった。

しかしまだ、すべてに決着がついたわけではない。
最後のステージを彩る役者達は、これから集って来ようとしていた。





「ボソン反応、7つ!」

ナデシコCのセンサーがボソン粒子反応を感知し、それをユキナが報告する。

「ルリルリ!?」

ミナトも近いところに敵がボソンジャンプしてきたことを知り、急いでルリにどうするのか問いかける。
この距離では、躊躇っている暇はないからだ。


「構いません」


ルリの言葉に驚くクルー達。
即座に対応しなければ、ナデシコCとて危ないのだ。
相手はボソンジャンプができるのだから。

だがルリは、その敵を倒すべき人物を待つ。


「あの人に・・・・・・任せます」










ボソンアウトしてきた7機の機動兵器。
ナデシコCを目指して、氷原を低空で飛翔する。


「いいんですか、隊長」

「ジャンプによる奇襲は諸刃の剣だ。
アマテラスがやられた時、我々の勝ちは五分と五分。
地球側にA級ジャンパーが生きていたという時点で、我々の勝ちは・・・・・・」

そう、わかっていた。
自分たちの負ける可能性が高いことは。
賭け的な要素が大きかったことは。
だが、それでも決起せざるをえない状況に追い込まれていたのが火星の後継者たち。


夜天光のセンサーがボソン反応を感知し、火星の後継者をその窮状に追い込んだ張本人の一人である男の来襲を告げる。

現れたのは白磁の肌を持つ美しい戦艦。
その艦首に立つ漆黒の巨人が、北辰たちの前進を妨げた。
夜天光を中心とする7機の機動兵器は、ユーチャリスの艦首にそそり立つブラックサレナと対峙する。


現在の状況を打破するためには、アキトを無視してナデシコCに向かうのが最良であろう。
その選択も確実な結果を招来するものとは程遠いが、ここで私闘に興ずるよりは、より良い可能性がある。
少なくとも草壁たち火星の後継者にとっては。

だが・・・・・・。

己の中にある感情が動き出すのを感じる。
戦慄と歓喜が体中を駆け巡り、北辰を昂揚させていく。


(申し訳ありませぬ、閣下。
我は・・・・・・この男と戦いまする)


虜囚となっている草壁に胸中で詫びる北辰。
感情のままに、宿敵との戦いに望む。


「決着をつけよう」






北辰の夜天光を見るアキト。
ナノマシンの奔流が浮かび始める。

ジャンプするまでは自分の感情を抑えられていたが、こうしてあの男の前に立つと、様々な感情が堰を切って溢れ出てくる。

だが、これでいい。

怒りも、憎しみも、恐れも、後悔も。
すべての負の感情をこの戦いで吐き出すつもりで開放していく。

ナノマシンの奔流は、かつてないほど輝き始めていた。




同時に飛び立ち、火星極冠の空へと舞い上がる8機の機動兵器。
夜天光と六連が、ブラックサレナの頭をとる。

ブラックサレナからの射撃をかわしながらハンドミサイルを照準する夜天光。
眼下から迫ってくる漆黒の巨人に発射する。

頭上から降り注ぐミサイル。
ブラックサレナへと着弾してくる。
機体をロールをさせながら、ミサイルの直撃を際どくやり過ごすアキト。
そのまま夜天光を追い始める。












【貴方は誰?】


アキトのサポートをしているラピス。
そこにルリの意思が介入してくる。


【私はルリ。これはお友達のオモイカネ。貴方は?】

【ラピス】

【ラピス?】

【ラピス・ラズリ。ネルガルの研究所で生まれた。
私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、アキトの・・・・・・】


自分がアキトの何であるのか。
その答えを見つけられていないルリ。
ラピスの答えは、ルリの心を軋ませる。

しかしラピスもまた、ルリに対して同質の感情を抱いていた。

ラピスは、自分より先にアキトに出逢い、数々の思い出と共に想われているホシノ・ルリに。
ルリは、今現在アキトの傍らにあり、その命すら支えているラピス・ラズリに。

互いが互いを羨望し、嫉妬し合う。



【貴方があの人の目だというのなら・・・・・・私にも、あの人の見ているものを見せてください】


それはルリの切実な願い。
ルリの想いは、ナデシコCのオモイカネからユーチャリスのオモイカネ・ドゥーエを経て、ラピスの心へと届く。
だがその想いは、ラピスには受け入れがたい。
自分こそが、アキトの隣にいるべき存在だと思っているのだから。


【・・・・・・ダメ】

【ラピスさん!】














火星極冠の空に、8機の機動兵器が舞う。


始めは北辰の夜天光だけを狙っていたアキト。
だが、すぐに六連が介入してきて、その意図は挫かれた。
空間をできるだけ広く使い、何とか包囲されないようにしてはいるが、アキト自身も好機を見出せないでいる。


(くそ・・・・・・宇宙でないのが・・・)


ブラックサレナは全地形対応であるが、どのフィールドでも最大限の戦闘力を発揮できるというわけではない。
火星の重力。
大気の抵抗。
それらは、大きく重いブラックサレナに足枷を嵌める。
宇宙空間に比べ、高機動戦闘に持ち込みにくいのだ。
対して北辰たちの機体は、小型で軽量であるため、それらから受ける影響はブラックサレナよりはるかに小さい。

高機動戦闘ができなければ、単独で7機の相手をするのは至難の業。
あまり分のいい戦いとは言えないだろう。



ブラックサレナを追い詰めようとする北辰。
部隊を2つに分けて、ブラックサレナを挟み込みにいく。

アキトとしては、北辰の思惑を逆用して、各個撃破で数を減らしたいところだ。
しかし、少ない方を相手にしても1対3。
上手くいく確率は少なく思えるが。

(それでも1対7よりはマシか・・・・・・)


ブラックサレナは、頭を押さえようと進行方向に回り込んできた3機の六連に向かっていく。

迎撃体勢を取る3機の六連。
ブラックサレナの進行方向に並んで、ハンドミサイルを照準する。
軌道を大きく変えさせ、スピードを鈍らせるつもりなのだ。
そうすれば、ブラックサレナの後方から追ってきている北辰たちと包囲できると。


(恐れるな!)


自らを奮い立たせるアキト。
全スラスターを露出させると、ハンドミサイルを照準してくる3機の六連に向かって更なる加速をかける。
それは、大気圏内では考えられないほどのスピードに達した。


「速い!?」


慌ててハンドミサイルを発射させる六人衆。
だが、ブラックサレナとの距離はあまりにも近過ぎた。

六連のハンドミサイルの信管作動には、自機への被害を避けるための安全距離が設けられている。
ブラックサレナは、その距離の中に入ってきていた。

ブラックサレナは、ディストーションフィールドでミサイル群を弾く。
信管が作動し爆発するのは、ブラックサレナを離れてからだ。


そのまま体当たりをかけるブラックサレナ。
驚く暇すら与えずに3機の六連を跳ね飛ばす。


「もらった!」


後方に抜けて、体制の崩れている六連を狙撃しようとするアキト。
この状況なら、ディストーションフィールドで覆われていない後背を撃ち抜ける。

両腕のハンドカノンから放たれるビーム。
それらは体勢を崩している六連へと伸びていく。
アキトは、少なくとも2機の撃破を確信していた。


だが、六人衆たちの連携がそれを阻む。
後方から追ってきていた残る3機の六連が、ブラックサレナとの間に割って入った。

前面に展開した六連のディストーションフィールドが、ブラックサレナのビームを軽々と弾く。


「ちぃ!」


数を減らすことのできる最大のチャンスを逸したアキト。
その苛立ちがブラックサレナの挙動へと現れ、一時的に動きを鈍くした。


「迂闊なり、テンカワ・アキト」


そこに、真紅の夜天光が襲い掛かる。

3機の六連と接触し、そのスピードを落としているブラックサレナ。
急速に迫ってくる夜天光を振り切れなかった。


「くそっ!」


夜天光を払い飛ばそうと、機体をロールさせるアキト。
ウイングバインダーにでも当たれば、軽量の夜天光を弾くことが出来る。
そう思ったアキトの行動だった。


「何!?」


しかし次の瞬間、北辰の駆る夜天光は、ブラックサレナを必殺の距離に捉えていた。

それは神業と言っていいのかもしれない。
夜天光とて、ブラックサレナのスピードについていくだけでも限界に近い。
普通ならば、回避するだけで精一杯のところなのだ。
それなのに北辰は、ウイングバインダーの間合いをも見切り、最高速のまま限界を超える傀儡舞を行い、ロールするブラックサレナの懐に夜天光を潜り込ませていた。


「滅!」


錫杖を突き下ろす夜天光。
ブラックサレナは回避することができない。


錫杖は、ブラックサレナの胸部装甲と肩部装甲の間に食い込む。
それは致命の一撃となるほどのものだった。
そしてそのまま、返す刀でブラックサレナを払い飛ばす。


「くぅぅぅぅ!?」


衝撃で激しく揺れていたブラックサレナのコクピット。
いつの間にか、システムエラーを告げる赤いウインドウが幾重にも表示されていた。

とにかく機体を立て直そうとするアキト。
だが・・・・・・。


「スラスターが・・・・・・作動しない!?」


ブラックサレナのスラスターが、自分のイメージ通りに動かないことに気付く。
いや、作動しないのはスラスターだけではない。
ディストーションフィールドの出力も低下していく。


「どうして!?」


北辰の放った一撃は、エステバリスと外部装甲との連動を断ち切っていた。
追加装甲という、通常にはない複雑なシステムを持つゆえのリスクだったのか。




堕ちていく漆黒の翼人。
まっ逆さまに地表へと引き寄せられていく。


「どうした!?動け!?」


コネクタを壊れんばかりに強く握るが、状況はまったく変わらない。
焦燥と恐怖がアキトの心を蝕んでいく。


「サレナ!!」


あらん限りの声で自らの鎧に呼びかけるアキト。





だが黒百合は応えてはくれない。









【アキト!】


ブラックサレナのシステムを回復させようとするラピス。

物理的に遮断された箇所を除外してシステムを再構築すれば、ブラックサレナは再び飛翔することが出来る。
だがその作業には、マシンチャイルドである彼女にも、約10秒という時間を必要とした。

それでは間に合わない。
北辰たちが黙って見ているはずはないのだから・・・・・・。

焦燥と無力感がラピスの心を責め立てる。


(アキト・・・・・・・)


無表情だったラピスの顔が僅かに歪み、冷たい汗が噴出してくる。


(私こそがアキトの・・・・・・。でも・・・・・・)






北辰の夜天光や他の六連は、落ちていくブラックサレナにハンドミサイルを照準していた。
全機から放たれるミサイル。
その数は、ブラックサレナの装甲すら砕くに足るだけのものであった。

3ダースに及ぶミサイルが、ディストーションフィールドを張れないブラックサレナに迫っていく。


「動け・・・・・・・・・・・・動けよ!」


まっ逆さまになって落ちているブラックサレナ。
頭上には地表が迫り、足元からは多数のミサイルが追ってきている。
コクピットから見えるものは、絶望と言うべき光景だった。




「ちくしょうぉぉぉおお!」




地表近くまで落ちていたブラックサレナを捉えるミサイル群。
大きな爆発が起こる。

大地を覆っていた氷をも砕き、巻き上げ、凄まじい爆煙が立ち昇った。








「殺ったか」


爆煙により一時的にセンサーが利かなくなっていたが、六人衆たちはそう確信していた。
長かった闇の王子との戦いにも、これで終止符が打たれたのだと。



だが次の瞬間、ビームの閃光が爆煙を切り裂く。

それは一機の六連が持っていた錫杖を捉え、弾き飛ばした。


「何!?」


爆煙から漆黒の巨人が飛び出してくる。
傷ついてはいるが、ブラックサレナは健在であった。

再び翼を広げたブラックサレナ。
北辰たちに射撃をしながら、火星極冠の空へと舞い上がる。





【アキトさん!】


アキトの心に響く声。
それはルリのものであった。


(ルリちゃん!?どうして・・・・・・)


絶体絶命の状況で、ラピスはルリに助けを求めていた。
リンクさせたナデシコCのオモイカネとユーチャリスのオモイカネ・ドゥーエを通じて、ルリとラピスは一体となり、アキトとブラックサレナをサポートしたのだ。

ホシノ・ルリとラピス・ラズリ。
共にアキトを想う妖精。
二人の想いと能力は共鳴し、瞬時にブラックサレナのシステムを再構築していた。
それは彼女達が起こした奇跡だったのかもしれない。


【アキトさん・・・・・・】

【ルリちゃん・・・・・・】


ラピスとのリンクを媒介として、ルリの想いが流れ込んでくる。


アキトを求めるルリの想い。
それがアキトの心に沁みていく。




二人の心は、今、初めて重なっていた。










再び舞い上がった黒百合を見つめる北辰。
愉しそうな笑みを浮かべる。


「たいした鎧よな・・・・・・しかし!」


六連たちをブラックサレナの頭を押さえるように動かす北辰。
再び地表へと追い落としにかかる。


ハンドカノンで牽制しながら、ゆっくりロールしつつ下降するブラックサレナ。
六連がその後を追撃してくる。

ブラックサレナは、地上に降りると背を向けて加速する。
各個撃破の可能性を求めて引き離しにかかったのだ。

7機の機動兵器は、その後を追っていく。







(これじゃ、よってたかってのなぶり殺しじゃねぇか!?)


そう思うのはエステバリス・カスタムのコクピットで待機しているリョーコ。
7対1で戦うということの意味を知らないリョーコではない。
その困難さはよくわかっている。
数というものが持つ力も、部隊連携がどれ程のものかも。
単機で戦っているブラックサレナが、いまだに健在であるだけでも驚愕に値する。
しかしだからこそ、アキトがこの先に勝機を見出せるとは思えないのだ。


「おい!俺はアキトのヤツを助けに行くからな!」


リョーコはIFSのコネクタを力強く握ると、ヒカルたちに告げる。


「でも発進の許可が・・・・・・」

「構わねぇよ!ハッチ開けやがれってんだ!」


『行いなさい』


エステバリス隊のコクピットに、イネスのウインドウが開く。


「イネス?」

『でも、隊長機には手出し無用よ』

「それって?」

『アキト君が自分で倒したい敵は・・・・・・あれ一機よ。
いいわよね、ホシノ・ルリ?』

『行ってください』


ルリのウインドウも現れ、リョーコに出撃の許可を与える。

アキトと心を重ねたルリ。
イネスの言葉の意味を正確に理解していた。


『あの人を・・・・・・お願いします』


ルリの言葉を聞くリョーコ。
ルリとイネスの・・・・・・いや、ナデシコの仲間達の想いを託されたのだと知る。


「まかせとけ!」










各個撃破を狙ったアキトの思惑は、当然北辰たちに読まれていた。
六連は部隊連携を重視したままブラックサレナを追い、アキトに付け入る隙を与えない。

そうこうしている内に、ユーチャリスから離れすぎてしまっていることに気付くアキト。
旋回して戻ろうとする。
だが、北辰たちはその隙を見逃したりはしない。

6機の六連は、旋回でスピードの落ちたブラックサレナを取り囲む。
そしてブラックサレナの加速を阻むかのように周囲を乱舞する。

機動力を生かせないまま包囲下に置かれるブラックサレナ。
突進してくる六連をアクロバティックな動きで回避して見せるが、機体自体のベクトルを極端に変える動きはできないので、結局は六連の包囲を抜けられない。


(このままじゃ・・・・・・)


戦闘時間が長くなり、既にバッテリー残量も少なくなっていた。
相手の攻撃をやり過ごしながら、重力波受信アンテナを伸張させていく。

その最中、アキトは夜天光の動きを見落とす。


「ヤツは!?」


あわてて真紅の機体を探すアキト。
六連のミサイルと錫杖の攻撃を何とかかわしながら周囲を警戒するも、その姿は捉えられない。
六連の影に入って接近しているのだ。

アキトはそれに気付き、夜天光をロストした場所からの北辰の動きをシミュレートして夜天光がいるであろう方向にハンドカノンを放つ。
北辰の動きと思考を度重なる経験から知るアキトだからこそ可能な芸当だった。


六連の影から現れる夜天光。
ハンドカノンの射撃を受ける。


「こちらの動きを読んだか・・・・・・だが!」


ディストーションフィールドを最大にして、ブラックサレナの射撃を弾く夜天光。
そのままブラックサレナに取り付こうとする。


「くっ!」


アキトは距離をとろうとするが、六連たちが持っていたすべての錫状を周囲に放ち、その動きを制限した。

ブラックサレナの懐に入り込む夜天光。
両の拳で乱打を浴びせる。


重いブラックサレナを押し込むほどの圧力。
その一撃一撃は、ブラックサレナの装甲とアキトの心に亀裂を刻み込んでいく。


「怖かろう。
悔しかろう。
たとえ鎧を纏うと・・・・・・心の弱さは守れないのだ!」


北辰の言葉が、アキトの心の傷を抉る。
アキトの罪を責め立てる。


心の弱さ。
それがこの現実を生んだ。
ユリカをあんな姿にした。
アキトにとって心の弱さとは、罪の象徴でもあるのだ。

夜天光の放つ一撃一撃は、自分という罪人に下された罰のように感じる。
このまま裁かれるべきであるかのようにすら思ってしまう。


(でも!)


支えてくれている人がいる。
想ってくれている人がいる。

だから

弱い心を抱えたままでも、進んでいける。
罪を背負ったままでも、生きていける。


【アキトさん!】
【アキト!】


二人の心と共に、前へと踏み出すアキト。

アキトはブラックサレナの全スラスターを全開し、北辰の夜天光を押し返そうとする。


夜天光のディストーションフィールドに押し当てられたブラックサレナの頭部。
その装甲が圧力に耐えかね損傷するが、夜天光のディストーションフィールドにも多大な負荷を与えていく。
元々瞬間張りすることを基本としている夜天光のディストーションフィールド。
これ以上はもたない。


「ぬぅ!?」


夜天光の脚部でブラックサレナを蹴り剥がす北辰。

アキトは、即座にバルカンをばら撒く。

ディストーションフィールドに出力が戻るまでには数瞬の間がある。
この距離でまともに受ければ、夜天光のフィールドは即座に崩壊するだろう。

回避を選択する北辰。
その技量は目を見張るものであったが。


(誘導された!?)


アキトの射撃は、夜天光を六連たちとは異なる方向へと誘導するように放たれていた。
そのまま夜天光を追撃しにかかるブラックサレナ。
追いながら射撃を続ける。





「隊長ぉぉ!」


北辰の援護に駆けつようとする六連。
そこに、待ったをかける銃撃が浴びせられる。

それはリョーコたちのエステバリスから放たれたものであった。


「騎兵隊だぁ!男のタイマン邪魔するヤツぁ、馬に蹴られて三途の川だ!」


六人衆たちに向かってそう言い放つリョーコ。


「馬その一、ヒヒ〜ン!」

「その二のヒヒン」

「おいおい、俺も馬なのかよ」


ヒカル、イズミ、三郎太たちも、軽口を叩きながらリョーコに続く。


「そうそう。馬だけに」

「リョーコはサブをしりに敷き」

「お、やるねえ」


ナデシコC内でも三郎太のことでからかわれていたリョーコ。
思わずカッとなる。

「バカヤロー!何が尻だ!」



リョーコたちの介入で、北辰への援護を断念させられる六人衆。
こんなふざけた連中には負けられないとばかりに迎撃を始める。

三郎太のエステバリスに突進してく一機の六連。

「おおっと」

だがリーチが圧倒的に足りないため、簡単にかわされる。
相手が錫杖を持っていれば、話はまた違ったのだろうが。



数では六連が上回っているが、ブラックサレナとの戦闘で、その火力は底をついていた。
最大の攻撃力である錫杖を持つ機体は既に1機もない。
残り少ないミサイルでは、対抗しきれないだろう。
さりとて突進してみても、錫杖を持たない六連ではリーチがなく、かわされやすい上威力も小さい。
さらにはパイロットである六人衆たちもかなりの疲労をしており、まともに戦える状態ではなかった。

対するは4機であってもフル装備のエステバリス。
しかも今出てきたばかりで気力も充実している。



勝敗は既に確定していた。













氷に覆われた極冠の大地に立つブラックサレナと夜天光。
距離を置き、互いを正面に見据える。


「よくぞここまで・・・・・・・。
人の執念、見せてもらった」


あの弱かった男が、自分に怯えていた男が、今こうして自分を追い詰めるまでになっている。
それも、人としての弱さを抱えたままで。
自分の予想を上回って成長してきたアキトを大した男だと思う。




ヘルメットを脱ぎ捨てるアキト。
決意を瞳に宿して、最後の勝負に挑む。


「勝負だ!」


ハンドカノンを持った両腕を肩部装甲に引き込むブラックサレナ。


「抜き打ちか・・・・・・笑止!」


夜天光は、拳を回して拳撃の体制をとる。




北辰は、前方に佇む漆黒の機動兵器を見る。


(さて・・・・・・好機ではあるが・・・・・・)


ブラックサレナの重量から生み出される突進力は、夜天光の3重のディストーションフィールドをも破るだけのパワーがあるだろう。
だがそれも、あくまでその突進力を上手く利用した攻撃を打ち込むことができればの話だ。
ならば、それをさせなければいい。
相手の突進を逆手に取り、先にその勢いを利用した一撃を打ち込めば、そのパワーを逆用できる。
ブラックサレナの分厚い装甲とて、貫けるかもしれない。
少なくとも、多大なダメージは与えられるだろう。
そこから反撃を受けたとしても、突進力を失っていては、足枷のついたエステバリスのパンチに過ぎない。
それで、夜天光の3重のディストーションフィールドを貫けるかは怪しいものだ。

北辰にとって、リスクの少ない大きなチャンスであるかのように思える。
だが目の前にいる宿敵が、そんな愚かなことをするようにも思えない。

必ず何らかの勝算があるからこそ、挑んでくるのだと確信していた。


(先に攻撃を当てるだけの自信があるのか?
それとも別の何かを隠し持っているのか?)


さすがにすべてを読むことはできない北辰。
だが、それでいいと思う。
それでこそ、最後の戦いに相応しいと。



「いずれにせよ、これで決着となろう。
汝のすべてで挑んでくるがいい。
我もこの一撃に・・・・・・我がすべてを込めよう」






北辰の夜天光を睨むアキト。


(ヤツの駆る夜天光のコクピットを狙い打てるか?)


圧倒的な運動性能を見せ付けてきた夜天光と北辰の技量。
それを思うと、NOという答えしか出せない。


(ならばどうする?)


先に攻撃させて、動きが止まったところでコクピットを潰すしかない。
しかし、受け方を誤ればそのままやられてしまう。
特に胸部は、度重なる攻撃で強度が落ちている。


(結局、一か八かということか・・・・・・)

「でも・・・・・・」


リョーコたちが作ってくれたこの状況。
イネスやウリバタケの想いが作ったブラックサレナ。
それをラピスとルリが支えてくれている。

きっと、分の悪い賭けではないと思う。
少なくとも、自分の力だけで戦うよりは。



「勝ってみせる!」









最後の六連が撃墜されたのを合図に、両者の機体は動き出す。
共にスラスターを全開にし、圧倒的なスピードで突進していく。


両者の距離は、あっという間に詰まる。


(こちらが速い!)


先に拳を繰り出すのは夜天光。
だがブラックサレナは、この瞬間にも攻撃動作を見せてはいない。


「むぅ!?」


先に攻撃させることが、アキトの意図だと悟る北辰。
しかし、既に夜天光の右の拳は振るわれている。
止まれないことを知ると、その一撃にすべてを託して振り抜きにかかった。


激しい激突音と共に、ブラックサレナの胸部にめり込んでいく夜天光の拳。
そこに集約されているのは、ブラックサレナと夜天光の突進力の和。
その圧倒的なエネルギーは、すべてを貫くかのような衝撃となってブラックサレナを襲った。


アキトのいるコクピットにもその衝撃は到達し、前方スクリーンに亀裂が奔っていく。
その亀裂は、アキトに敗北と死を告げるものであるかのように見えた。


だがアキトは、亀裂の向こうに迫っている赤い機体を睨みつけたまま、瞬き一つしない。
それどころか、前方へとその身を乗り出し叫ぶ。





「サレナ!!」





今度はアキトに応える黒百合。
衝撃に耐え切り、亀裂の歩みを押し止める。

アキトは、即座にブラックサレナの右拳を振るわせる。


(持ち堪えおった!?しかし・・・・・・)


ブラックサレナは既に直立状態。
重量を生かした突進力は殺されている。
その威力は、エステバリスのパンチでしかないはず。
最大出力にした三重のディストーションフィールドを破れるものとは思えなかった。
だが。


「なんと!?」


その拳は、夜天光のディストーションフィールドを貫く。
そしてそのまま、夜天光のコクピットへと突き刺さった。

北辰の胸から下は、装甲挟まれて押しつぶされていた。

吐血する北辰。
自分が敗れたことを知る。
だが、後悔はなかった。

自らが選んだ宿敵と戦った末の結果。
悪くはないと思う。



「見事・・・・・・だ」





損傷が限界にまで達していた外部装甲。
それらが強制排除される。

そこから現れたのは、ピンク色のエステバリス。
もちろんまともな状態とは言い難い。
だが、何とか健在ではあった。


肩を上下させ、息を荒げているアキト。
最後の戦いを生き延びたことを知る。



最後に振るわれた拳。
それはただの一撃ではなかった。
抜き打ちの体制を作るため、肩部装甲に引き込んだ両腕。
そこで、ハンドカノンのエネルギーをも逆流させ、前腕部フィールドジェネレーターにすべての出力を集中させていた。
無理矢理エネルギーをチャージした結果、ほんの一瞬しかもたない一度きりの攻撃であったが。
しかし、その威力は他のどの武器をも上回る。
これが、夜天光のディストーションフィールドをも上回る最後の武器だった。
そしてブラックサレナに深くめり込んだ夜天光の拳が、互いの機体を固定し、その力を逃がさなかったのだ。








真っ先に駆け寄ってくるのは赤いエステバリス。
リョーコはアキトに呼びかける。


「おいアキト!生きてんのか!?」

「・・・・・・ああ」


アキトの返事に安堵するリョーコ。
今にも倒れそうなアキトのエステバリスを支えようとする。


「俺のことはいい。それより遺跡の確保を・・・・・・」

「でもよ・・・・・・」

「ユリカを・・・・・・頼む」

「!?」


ウインドウに映るアキトの顔を見るリョーコ。
しばらくその顔を見ながら考えていたが、アキトの望み通りにすることに決める。


「わかった」



ナデシコCが待機している極冠遺跡に戻っていくエステバリス隊を見送ったアキト。
深々とシートに体を沈めると、リンクを通してラピスに語りかける。


【ラピス、こっちはもう動けない。回収してくれ】

【ウン。アキト、大丈夫?】


”大丈夫だ”と答えるアキト。
自分を気遣ってくれるラピスに、伝えたい気持ちがあった。


【ラピス】

【なに?】



【ありがとう】



支えてくれて
守ってくれて
傍にいてくれて


様々な思いを込めて感謝の言葉を贈るアキト。
これからは、自分が報いていく番なのだと感じていた。














極冠遺跡の内部に侵入していくリョーコたちのエステバリス。
重力波は届かなくなるが、即座に動けなくなるというわけでもない。
そのまま草壁たちの制圧に入る。


侵入してきたナデシコCのエステバリス部隊を見る草壁。
極冠遺跡の内部にいる火星の後継者たちは、重火器をもってはいない。
遺跡内部で戦うなどというシチュエーションは想定していなかったからだ。
そのようなシチュエーションに陥ること自体が、敗北を意味しているのだから。
携帯用の武器ぐらいではエステバリスのディストーションフィールドは破れない。
さっさとハンドガンでも撃たれれば、1分もせずに全員殺されるだろう。

草壁は、無駄な抵抗はせずに拘束されることを選んだ。


ルリが姿を現した時には、火星の後継者側からいくつもの罵声が飛んだが、拘束され、エステバリスの銃口が狙っている中ではそれ以上のことはできなかった。
そしてなにより、草壁にその気がなかったので、その罵声もすぐに静かになった。


火星の後継者達を拘束したナデシコCのクルー。
遺跡を地表まで運び出し、ミスマル・ユリカを遺跡から分離する作業を始める。





「あ、あれは・・・・・・」


それに気付いたのは、ハーリーが一番初めだった。

ハーリーが指差す方向を見るナデシコクルー達。
その方向からは、黒いパイロットスーツを着た男が歩いてきていた。

黒いパイロットスーツの男は、薄桃色の髪を有する妖精と手を繋ぎ、ゆっくりと歩いてくる。
その姿は、どこか現実味の薄い光景に感じられた。

誰もが動きを止め、アキトとラピスの歩みを見る。

いや、一人だけ動く人物がいた。

それは両腕を拘束されたままの草壁春樹。
ナデシコのクルー達は警戒して銃を構える。
しかし草壁は、向けられる銃口を無視して、アキトの歩く進路の脇に立った。



近づいていく二人の距離。
それがゼロになった時、何かが起こると誰もが思った。



だがアキトは、草壁の前を通り過ぎる。
何事も無かったかのように、ただまっすぐ遺跡を見つめたままで。


通り過ぎたアキトに振り返る草壁。
その背中に言葉を投げかける。


「テンカワ・アキト」


草壁の呼びかけに歩みを止めるアキト。
草壁を見ることはないが、その意識は彼へと向けた。


「私が憎くはないのか?」


アキトに問いかける草壁。

草壁は、即座に殺される覚悟でアキトの前に立っていた。
いや、或いはそれをこそ望んでいたのかもしれない。
アキトがここに現れたことで、盟友が死んだのだということを悟っていたから。


「憎いさ・・・・・・このまま殺してやりたいほど」


アキトは、北辰を相手にすべての憎悪を吐き出したかのように思っていた。
だが、それでも憎しみは尽きない。
生きている限り、火星の後継者に対する怒りと憎しみは、消えることはないだろうと知った。


"でも"と付け加えて、自分の手を握るラピスを愛しそうに見るアキト。
見つめ返してくる金色の瞳は、荒れた心の波を静めてくれる。


「もうこれ以上・・・・・・この子に憎しみを教えたくない」


自分を支えてきた少女。
自分は、彼女に何も与えてやれていないと思う。
せめてこれ以上、彼女の心に黒い染みを付けたくなかった。


アキトの隣にいる少女を見る草壁。
この期に及んで、自分でない誰かを思いやれるアキトの心を知る。
それは、草壁の心を揺すった。



「一つだけ・・・・・・教えて欲しい」


草壁は、志を高く持ち、そこへ邁進することこそ至高の価値があると思ってきた。
自分の理想である新たなる秩序。
それを理解できない者には何の価値もないと。
だが・・・・・・

『個人の幸せを大切にしないお前に平和など創れるものか』

それは以前、アキトが自分に言った言葉。
それを聞いて以来、知りたいと思い続けていたことがあった。


「君の幸せとは・・・・・・いったい何なのだ?」


嘆願するような表情で、アキトに問いかける草壁。


「教えてくれ・・・・・・」




(幸せ・・・・・・か)


草壁の言葉を考えるアキト。
改めて幸福の意味を自らに問う。


普通に生きられること?
五体満足であること?
味覚があること?
コックになる夢を追いかけられること?

確かにそれらは幸せなことだろう。
自分にとって幸福と言うべきものだ。

でも、一つだけ選ぶとするならば・・・・・・。



「大切に想う人が・・・・・・笑っていてくれること」



アキトの答えは、草壁の心に刻み込まれる。


(大切な人の・・・・・・・笑顔か)


アキトの言葉を反芻する草壁。
自分の生き方が間違っていたとは思わない。
でも、答えが一つではないことを理解する。
人という存在の、価値の在り方も。


再び歩き出したアキトの背中に、草壁は二つの言葉を贈る。


"ありがとう"と"すまなかった"を。







遺跡の前まで歩いていくアキト。
遺跡との分離作業が始まっているユリカを見る。
いまだ遺跡と同化したままで、彫像のような姿を晒しているユリカを。

ユリカの姿は、女神像のように美しい。
だがアキトには、これ以上ないほど痛々しく感じた。


アキトはバイザーを外し、ぼやける視界でユリカを見つめる。
抑えきれない感情がアキトを昂ぶらせ、ナノマシンの奔流が強く現れた。


「ユリカ・・・・・・」


ユリカのうなじに手を添えるアキト。
その手に伝わってくる感触は固く、そして冷たかった。

自分のせいでこうなったのだと、改めて思う。
自分の弱さが、彼女をこのようにしてしまったのだと。


「ゴメン・・・・・・ユリカ・・・・・・」


哀しそうな顔で呟くと、そのままユリカの頬に口付けをする。

それはまるで、神聖な儀式の様でもあった。






唇を離すと、再びユリカの顔を見るアキト。
もう一度、静かに口を開いた。


「ゴメン・・・・・・」










「ねぇ・・・・・・あれ・・・・・・」


ユキナは、ユリカへと視線を向けたまま、隣にいるジュンの制服の裾を引っ張る。


「あ、ああ・・・・・・わかってる・・・・・・」


ジュンも、ユリカに視線を固定させたまま返事をする。

視線を外せないのはジュンやユキナだけではない。
そこにいる者たちすべての意識が、ユリカへと釘付けになっていた。


目の前の・・・・・・光景に。


石像のようだったユリカの肌は、アキトが口付けをした場所から、本来の色を取り戻し始めていた。
ゆっくりと・・・・・・輝く光を放ちながら。


それはまったくの偶然。
単にそこから、分離作業の効果が現れ始めたというだけに過ぎない。


ただそれを見るものたちには、御伽噺のワンシーンを見るかのような幻想的な光景に映っていた。









遺跡との分離作業が上手くいっていることを見届けると、その身を翻すアキト。
その前に、長い銀髪と金色の瞳を持つ少女が立っていた。


「このまま・・・・・・一緒にいてはくれないのですか?」


ゆっくりと首を縦に振り、肯定の意思を表すアキト。
ルリにとっても予想通りなので、驚いたりはしない。


既にアキトと心を重ねたルリ。
アキトの気持ちはわからないでもない。
色々なものに答えを出すには、もうしばらくは時間が必要なのだと思う。
それだけの時を、戦ってきたのだから。



(私は貴方のなんですか?
貴方は私のなんですか?)


横を通り過ぎるアキトと、そして自分自身に問いかけるルリ。

”家族だから”
きっとそれが、誰も傷つかない最良の答えなのだと思う。

でも

自分の中に、動き始めた感情があることを知っている。
あふれ出した想いは、もう堰き止めることはできない。

ナデシコで形成されたルリの価値観。
それがルリの感情と想いをある方向へと向かわせる。


アキトとメグミの間に割って入ろうとしていたユリカ。
ゴートと付き合っていながら白鳥九十九に走ったミナト。

それらを見てきたルリは、
"本当に好きならば・・・・・・"
そういう価値観を少なからず植えつけられている。

世間の道徳屋が手を叩いて喜ぶようなモラルの所有者でもなければ、恋に恋する少年が理想として描くような、聖女のごとき生き方をしたいとも思っていない。



遠ざかっていくアキトの背中を見つめるルリの心には、”家族”以外の答えが生まれていた。








「色々聞かせてもらえるわよね?」

拘束されている白衣の男に近づいていくイネス。
冷たい瞳と口調で山崎に問いかける。

「何をですか、フレサンジュ博士?」

イネスの態度など意に介さないかのような山崎。
視線をイネスとは違う方へ向けたまま答える。
まるで助手から質問を受けているかのような対応だ。

「アキト君に行った実験の詳細について・・・・・・よ」

”う〜ん、どうしようかなぁ”と呟きながら考えるそぶりを見せる山崎。
それはふざけているようにも見えるが・・・・・・。

「助命してくれるように図ってくれるなら、ご期待に応えないこともありませんがね・・・・・・」

その高慢な態度に、イネスの眉が僅かにつり上がる。

「別にお願いしないくても、方法はいくらでもあるわ」

ただでさえアキトの五感を奪った憎い相手なのだ。
容赦してやろうなどという気持ちは欠片も持っていない。

「それは怖い。ま、できうる限りは協力しましょうかね」

”できれば、助命のほうも考えておいてください”と、まるでどちらでもいいかのように言う山崎。
相変わらずの薄ら笑いを絶やしたりはしていないが・・・・・・イネスはどこか違和感を覚えた。
山崎のその目は、自分を見ることはなく、常にある一点を追っていたからだ。

イネスは山崎の視線の先を探る。
そこにあったのはアキトの姿。
それを見る山崎の顔は・・・・・・

「何で嬉しそうな顔してるのよ?」

「これが地顔なんですよ。
真剣な話の時もへらへらしてるもんで、よく注意されて困ってるんですがね、僕も」

”やれやれ”と頭を掻く山崎。
ふと、真剣な表情が掠める。

「でも、嬉しいのかもしれませんねぇ・・・・・・」

山崎は、人間性を貴重に思いつつも壊してやりたいという、矛盾を孕んだ狂気を持っている。
しかしその狂気は、更なる矛盾を隠していた。

壊そうとしても壊れなかった。
あくまで人間として戦い抜いたアキトの姿を、何故か嬉しく思う。

狂気に堕ちるのは簡単だ。
人間性や弱さを捨て去るのも。
そう、自分や北辰のように。

でもアキトは違った。
そしてその姿は、自分や北辰には眩しかったのだと気付く。
だからこそ、強く意識せざるを得なかったのだと。


機会があればまた壊してやりたいと思うかもしれないが、とりあえず今は、人間らしくあり続けたアキトを満足そうに見ていた。











遺跡からの分離を終えたユリカ。
程なく、その意識を取り戻す。

ゆっくりと開いていく瞳に映るのは、かつての仲間達の姿。
だが、ユリカの記憶とは僅かに重ならない姿。


「あれ、みんな・・・・・・。
みんな、老けたね」

「よかった、いつものボケだ」


安堵のため息を漏らすナデシコのクルー達。


「私・・・・・ずっと夢見てた・・・・・・アキト・・・。
アキトは・・・・・・どこ?」


ずっと見てた夢。
それは楽しいものだった。
でも頭に、心に残っているのは、たった一つの言葉。


『ゴメン・・・・・・ユリカ・・・・・・』


(これはいつ聞いた言葉?
さっき夢の終わりにアキトが言った言葉?
それとも"あの時"の・・・・・・?)


"あの時"のことを思い出すユリカ。
それは彼女の心を締め付ける。


「アキト・・・・・・ゴメンね・・・・・・」


ユリカの瞳から涙が零れた。


「ユリカ?」

心配そうに覗き込むジュン。
だが彼には、その涙の意味はわからなかった。




夢の世界から目覚めたミスマル・ユリカ。
彼女の物語も動き始める。
彼女がこの先何を思い、何を求めていくのか。
それはまだ、秘められたまま。

彼女だけが、彼女の物語を紡いでいくだろう。













"さよ〜なら〜"と叫びながら手を振るヒカル。
その視線の先、オーロラが彩る火星極冠の空では、ユーチャリスが光る粒子と共に消えていく。


「って、ホントに行かせてよかったの?」

「行くってもんを、無理に引き止めらんねぇよ?」

ヒカルに答えるのは三郎太。
自分もまた、その権利を持っていないのだから、と。


「でも・・・・・これからどうすんだよ、アイツ」


複雑そうな表情で見上げるリョーコ。
その後ろから、声がかかる。



「帰ってきますよ」



それはルリ。



「帰ってこなかったら、追っかけるまでです」





「ルリルリ?」





「だってあの人は・・・・・・」





「あの人は”大切な人”だから」







(大切な人・・・・・・か)


ミナトは、ルリが”家族だから”とは言わなかったことに気付く。
振り返ったルリの笑顔に、迷いが消えていたことにも。


ルリの想いの在り方に、決意のようなものを感じていた。
















ユーチャリスがジャンプした先は、月のネルガルドック。
さっきまでの火星の光景とは違い、無機質なドックの内壁がスクリーンを占領する。

しかし艦長席に座るアキトの脳裏には、いまだ火星でのみんなの姿が焼きついたままだ。
その余韻が消えないように、瞼を閉じるアキト。
一つ一つ思い出しては、かみ締めるように心に刻んでいく。

そして最後に浮かぶのは、ルリとユリカの顔。
それはアキトの心を強く揺さぶるが・・・・・・。



「ホントにこれでよかったの?」


オペレートルームからブリッジに降りてきていたラピス。
いつの間にか、目の前にまで来ていた。

瞼を開けて、ラピスを見るアキト。
戦いが終わっても、心配をかけ続けている自分に笑ってしまいそうになる。


「さあな・・・・・・。
明日には後悔してるかもしれない。
でも・・・・・・今日はこれでいい」




「これからどうするの?」


「わからない・・・・・・」




”けど”と繋げるアキト。
ラピスを持ち上げ、膝へと乗せる。




「一緒に生きていこう。
一緒に考えて、一緒に答えを探していこう」




「一緒に・・・・・・?」




アキトのバイザーを取ると、鼻の頭をくっつけるところまで顔を寄せるラピス。
アキトの漆黒の瞳を覗き込むように問う。










「そう・・・・・・。
ずっと・・・・・・一緒に」




















「うん」





















少女は、精一杯の笑顔を浮かべて青年に抱きついた。