『ねえ、  の髪って綺麗だよね』





『そう?』





『僕知ってるよ。これって海の色と同じなんだって』





『それじゃ何も知らないって言ってるようなものよ。
海だって、場所によって色が変わるんだから』





『そうなの?   って物知りなんだ』





『ま、まあ私だって自分で見たことはないんだけどね・・・・・・』





『じゃあ、いつか見に行こうよっ』





『いつかって、いつ?』





『ここから出られるようになったら』





『一緒に?』





『うん、一緒に』





『じゃあ、約束よ』















『うん、約束だよ』












機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO

after story




「青」


















連合宇宙軍基地。
そこは落ち目と言われていた頃にはなかった賑わいを見せている。
草壁の叛乱後、功績の大きかった宇宙軍に対する重要性が増し、軍拡が行われたからだ。
それにより、大幅な人員補充も実施された。
ただ兵器とは違い、誰でも軍人にするわけにはいかない。
教練があり、最低限の技術や忠誠心の確認を経てから配属となる。
草壁の叛乱から一年。
宇宙軍の軍人が急激に増えだしたのはごく最近のことだ。

新米兵士を怒鳴る声はあちこちから響き、慌しい雰囲気に包まれている。
組織としては、活気に満ちているといっていいのだろうが。


歩くのは宇宙軍の士官服を着た青年と、黒髪をオールバックにした少年。
周囲を通り過ぎる人間のほとんどすべてが振り返って見ている。
この二人は目立つのだ。
特にハーリーは子供である。
子供が軍の施設にいることに違和感を覚えるのは当然であろう。
彼がマシンチャイルドであることを知っている人間も、そうでない人間も、とりあえずは興味を引かれるものだ。


「なんか気持ち悪りぃな・・・・・・。
女に見られんのはともかく、ヤローにも見られてるってのはさ。
大体なんなんだよ、この軍人の数は?」


向けられてくる好奇の視線を振り払うように髪をかき上げる三郎太。
三郎太が所属していた木連の優人部隊も、落ち目になっていた頃の宇宙軍も、さして大所帯な組織ではなかったため、こういう雰囲気は初めてだった。


「元々軍ってこういうもんなんじゃないですか?」


ハーリーはむしろ、生まれ育った環境から自分が特別視されることを知っているし、また慣れてもいるので、いまさらどうということはなかったようだ。


「まあ、そうなんだろうな」


三郎太は曖昧に答えながら、自分以上に注目されつつ平然としているハーリーを見る。
意外と図太いのか、それともどこかズレているのか。
そんなことを考えながら、足早に宇宙船ドックの方へと歩いていこうとする。
ドック内はここよりはマシだろうと思うからだ。

が、隣を歩いていたハーリーの足取りは重かった。
どこか上の空で、三郎太が足を速めたのにも気付いていない。


「どうしたよ、ボ〜っとして。
昨日の疲れが残ってんのか?」


声をかけられて、自分が遅れていることに気付くハーリー。
小走りになって三郎太に追いつく。


「えと・・・・・・今朝、なんか昔の夢を見まして・・・・・・」

「昔ぃ? ま〜だガキンチョの癖に」


"ぼんっ"と背中を叩く三郎太。


「言葉のあやってヤツですっ。
まだ施設にいた頃の夢で・・・・・・その、友達だった子が出てきたんです」

「女の子か!?」

「えっ?」

「女の子なんだな! 意外とやるじゃねぇか」

「確かに女の子ですけど、三郎太さんが思ってるような関係じゃないですっ。
大体いくつの時のことだと思ってんですかっ?」


三郎太は"な〜んで"と両手を頭の後ろで組む。


「一番親しかった子なんですけど、僕が今の両親に引き取られた時、別れたきりなんです。
その子、今どうしてるかなぁ・・・って。
僕みたいに、いい人に引き取られているならいいんですけど・・・・・・」


それなりに重い生い立ちを持っているハーリー。
彼が今のようにまっすぐ育ったのは、生来の資質によるものなのか、それとも引き取ってくれた里親がよかったのか。
それは三郎太にはわからないが、マシンチャイルドという存在の中では、幸せな部類に入るのだろうなと思う。
それでも将来を選べない、マシンチャイルドという存在の救われない面を痛感しながら。



「そういや知ってるか?
ナデシコCに新しい艦長が着任すること」

「一応聞いてますけど・・・・・・何か嫌です」


プイっと視線を外して不満げな表情を作る。
ハーリーにとって艦長とはホシノ・ルリただ一人なのだ。
たとえ毎日悪口を言っていても。
だから、ルリの座っていた艦長席に、他の人間が座るのを見るのは嫌だと思う。
勝手な感傷だとはわかっていても、そう簡単に割り切れるものでもない。


「思うのは勝手だけど、態度に見せんなよ。
ブリッジ内でギクシャクすると軍務に支障が出るからな」


三郎太は注意を喚起しておくが、"ま、心配いらねーか"と付け加えてニヤリと笑う。


「きっとお前も気に入るさ」

「知ってるんですか、誰が来るのか?」

「まあな」

「僕も知ってる人ですか? ねぇ、教えてくださいよぉ」

「ま、来ればわかるさ。
ハーリーが"お前なんて認めないぞ"って言ってたって教えようかな。
きっと、こき使われるぜ」

「そっ、そんなこと言ってませんよっ」

「そうだったか〜?
もう来てるかもしんないし、先行って教えてやろ」

「あっ? 待ってくださいよっ」


走り出した三郎太の後を追おうとハーリーも駆け出そうとする。
その時だった。


「なにっ?」


激しい揺れがハーリーと三郎太を襲う。
足元が揺れ、壁が軋む。


「地震・・・・・・? いや、これは爆発?」


地震ではない。
その証拠に、爆発音が耳朶に触れた。
繰り返し響いてくる音と振動。
基地内各所で爆発が起こっているのがわかる。


「何が・・・・・・?」


ハーリーたちの近くでも爆発が起きる。


「伏せろ!」


三郎太とハーリーが床に伏せた直後、爆風が襲いかかってくる。
熱く強い風が、ハーリーの背中を撫でていった。

爆心地からはやや離れていたようで、二人とも負傷はなかった。
起き上がって周囲を見る。
爆発が起きた場所付近では、複数の軍人が血に塗れて倒れていた。
そこは、さっき自分たちも通ったばかりのところ。
あと少し爆発が早かったら・・・・・・。
そう思うと、背筋が凍りつく思いだった。



程なくして救助や警戒に移ることになったが、十分に統制が取れておらず、混乱が生まれていた。
三郎太は、行き交う兵を呼びとめ状況の説明を求めるが、いまいち要領を得ない。
わかるのは、複数の箇所で爆発が起こっているということくらいだ。
新兵が多く、右往左往して混乱に拍車をかけているようにも思える。
少数精鋭に慣れている三郎太としては、なんとももどかしい状況だった。


「どうするんですっ?」

「司令部とのコンタクトを優先させたほうがいいかもしれない」


そう口に出してみるが、それも簡単なこととは思えない。
これがただの事故ならともかく、計画されたものであれば、指揮系統の分断も行っているだろうからだ。


(それでも全体の状況がわからないまま闇雲に動くよりはマシだな)















爆発により混乱の只中へと突き落とされた基地内を、目的を持って走る一団があった。
宇宙軍の軍服を着用した15名ほどの男たち。
いや、一人だけ女性が混じっている。
青く長い髪を振り乱して走る女性。
彼女の小さめの身長から、いまだ少女であろうことが見て取れる。
彼女だけは、顔を隠すような大き目のバイザーをしていた。


「各所での陽動は上手くいっているようだな」


士官服の男が、隣を走っている下士官の軍服を着ている男に問いかける。


「準備には万全を期しましたから」

「後はこちら次第ということか。
さあ、第一の関門が見えてきたぞ」


彼らの進む方向には、固く閉ざされたゲートが見える。
宇宙船ドックへと繋がるゲートだ。
ここを通るには、身分証を提示し、各種チェックを受けないと通過できないことになっている。
ここまでは、混乱の中で彼らを気にする者もいなかったが・・・・・・。


「何だ、貴様らは!?」


ゲートを守る警備兵がいた。
彼らはこの混乱の中でも職務に精励していたようだ。
10人ほどが小銃で武装している。

先頭に立つ士官服の男が手を上げて合図をすると、後ろにいた者たちは躊躇わずに銃を構え、撃ち放つ。
ゲートの警備をしていた兵達も応戦しようとするが、相手が自分たちと同じ宇宙軍の軍服を着ていたため、僅かな躊躇を孕んでいた。
そしてそれは、決定的な差となって結果に現れる。

40秒ほど銃声が響いた後には、ゲートを守っていた者たちは立ってはいなかった。


傷を負い倒れている警備兵の元へと近づく士官服の男。
そのまま拳銃を突きつける。


「ま・・・まってくれ。俺たちがいなければこのゲートは・・・・・・」

「開かない・・・か? それはどうかな」


士官服の男は、拳銃を突きつけたまま目配せする。
それに反応したのは青い髪の少女。
たった今、目の前で行われた惨劇など意に介さないかのごとく、平然とした態度と表情で前に出る。
ゆっくりと開閉装置に近づくと、両手をIFSコネクタへと触れさせた。

複数のパスワードが設定されていて、たとえオペレータクラスであろうとも、そう簡単にはいかないように思えるが・・・・・・。

バイザーの奥で彼女の瞳が輝くと、いともたやすくゲートが開いていく。


「そ、そんな・・・・・・」

「まあ、そういうことだ」


士官服の男は、拳銃の引き金を引き絞った。
警備兵の絶命を確認すると、転がっていた小銃を拾い上げ、仲間達に向き直る。


「ここから先、さらなる激戦が予想される。
我ら以外はすべて敵。容赦は無用。
・・・が、"彼女"の護衛が最優先だ。 それを忘れるな!」


彼らは一斉に頷くと、二列縦隊でゲートをくぐり始めた。



















ハーリーは、ナデシコCのあるドックへの通路を走っていた。
爆発の振動は散発的に続いていて、これが普通ではないことを教えてくる。

ゲートを守っていた警備兵は、銃撃によって殺されていた。
敵がいることは間違いない。
もし遭遇してしまったら。
そう思うと、冷たい汗が噴出してくる。
三郎太が司令部とコンタクトを取ろうとしている間に先行してきたのだが、その判断を今更ながらに悔やんでしまう。
腰にある拳銃の重みを感じてみても、不安は増すばかりだ。
だが、それでもドックへ近づくための足を止めようとはしなかった。


(ナデシコCに乗りさえすれば・・・・・・)


あの戦艦の中にいれば、とりあえずは安全だと思うのだ。
それに外部とも連絡が取りやすく、どんな状況になっても対応できる。
そう考えての行動だった。

通路を抜けると、純白の船体を目にする。
それはドックに鎮座するナデシコCのディストーションブレード部分であった。
ナデシコCに乗り込むには、もっと上の階であったことに気付く。

耳に飛び込んでくるのは銃声。
ドック内は、銃撃戦の真っ最中であった。

慌ててコンテナの陰に隠れるハーリー。
気付かれないように、息を殺して状況を把握しようとする。
主戦場となっているのは、ブリッジに乗り込むための上の階のようで、下からは確認しづらかった。
わかるのは、宇宙軍の軍服を着た者同士が戦っていることくらい。
これでは、どちらが味方なのか、すぐには判断できない。


(どうしよう・・・・・・?)


迷いながらも、さらに状況を調べていく。
だが、自分がどう動くべきかを決定付けるような情報を得られはしなかった。


その中で、ナデシコCへの桟橋を駆けている少女を見付ける。

海のような青い髪。
大き目のバイザーをしていて、その瞳は確認できない。
ただ、年齢は13,4ほどであろうとハーリーは思った。

軍施設にいるには、あまりにも不自然な若さだ。
もっともそれは、ハーリーの方にこそ当てはまるのだが。


「誰だ君はっ!?」


状況を忘れ、思わず呼びかけてしまうハーリー。
少女はその声に気付いたのか、周りを探すように首を振る。
そして数瞬の後、声の発生源を探り当てた。

見下ろす形でハーリーを見る少女。
しばし見詰め合う形になる。

少女の顔は、バイザーで半分隠れていて確認することはできないが・・・・・・


(あの子は・・・・・・)


ハーリーは、彼女を知っているような気がした。
そのまま見つめていると、不意に彼女の唇が動く。


「!?」


しかし、彼女の口か発せられた言葉は、銃声の中でかき消された。
ハーリーは、彼女の声を聞こうと、コンテナの陰から飛び出す。


「なんて言ったの!?」


少女を見上げ、銃声に負けない大きな声で呼びかけた。
だがそれは、敵を呼び寄せることになる。

少女とは違う方位から、連合宇宙軍の軍服を着た男が前に出る。
サングラスをしていて、それが誰かはわからない。
ただ、その意図は彼の右手に持った拳銃が十分に示していた。


「うわっ!?」


ハーリーは慌てて伏せる。
銃が火を噴いたのはその直後だ。

近くで跳ねる銃弾の音は、恐怖という傷をハーリーの心に穿つ。
このまま泣き出したい気持ちになるが・・・・・・

さっき見た少女が頭を過ぎる。

彼女の声を聞き取ることはできなかったが、彼女の唇は、きっとこの言葉を紡ぐ動きをしたのだと思う。

"ハリ"と。


(だとしたら、あの子は・・・・・・)


ハーリーは、横に転がると、上半身を起こす。
その手には、拳銃が握られていた。

上にいる男に向かって両腕で拳銃を構える。
照準は付けたつもりだ。
人に向かって撃つのは初めてだが、この状況では躊躇ってはいられない。
何より自分は、既に人を殺した経験がある。

引き金にかかった指に力を込める。


「えっ!?」


だが、引き金は動かない。
安全装置を解除していなかったのだ。

初歩的な、そして致命的なミス。
その間に、敵の銃口は正確にハーリーを捉えていた。

ハーリーの頭は真っ白になり、その体を硬直させた。


(ダメだ!)


観念し、目を強く閉じる。
しかしハーリーを襲ったのは、銃弾ではなく、横からの衝撃だった。
誰かに押されるように床へと転がされる。
その衝撃は痛かったが、銃に撃たれるよりは遥かにマシだ。

ハーリーは、自分に覆いかぶさっている人物を見る。


「三郎太さん!?」

「黙ってろ! 舌噛むぞ!」


三郎太は、体を起こしてハーリーを掴むと、敵が使っているタラップや桟橋から死角になるコンテナの陰へと走る。
もちろん敵も、黙ってそれを見ていることはなかった。
桟橋から銃弾を降らせる。


「うぁ!?」


コンテナまで後数歩のところで、三郎太の右腕を銃弾が掠める。
だが走っている勢いは止まることはなかった。
三郎太は、ハーリーを抱えたままコンテナの後ろへと倒れこむ。


「三郎太さん!?」

「ちょっとドジっちまったぜ・・・・・・」


ハーリーが三郎太を見ると、士官服の袖が破れ、血が溢れ出していた。


「ちょっ、ちょっと待っててください!」


ハーリーはポケットに手を突っ込んでハンカチを探し当てると、三郎太の右腕に巻き付ける。


「さて、これからどうするかだな・・・・・・」


自分の右腕を見ながら呟く三郎太。
傷は致命的なものではないが、これでは銃を撃つことすら侭ならない。
代わりに左腕で拳銃を構えてみるが、どこかしっくりこない。
精度は格段に落ちてしまうだろう。


「ぼ、僕が!」


三郎太の拳銃に手をかけるハーリー。
"自分が変わりに"という意志が見て取れる。
しかし三郎太は、ハーリーの手に拳銃を委ねようとはしなかった。


「バカ野郎! お前の腕で撃ち合おうなんて考えんな!」


三郎太に怒鳴られて、ビクリと体を震わせる。
"自分のせいで"
そう思っているハーリーは、叱られて萎縮してしまったのだ。


(そうだ・・・・・・。
元々僕が戦おうとしたから、三郎太さんも怪我をしてしまったんだ)


ハーリーは責任を感じ、泣き出しそうな表情になる。
こうなると、慌てるのは三郎太のほうだ。
"しまった"と左手を口に当てる。


「気持ちはわかるけどな・・・・・・。まあ、今は止めとけ」


三郎太は、言い方を変えて、左手でハーリーの頭を撫でる。
ハーリーも、普段なら"止めてください"と言うところだが、今は黙って撫でられていた。
オールバックにしていた髪も、既に乱れ放題になっているのだから。

しばらくそうしているうちに、二人とも落ち着いてきていた。
三郎太は、状況を整理し、どうするか答えを出す。


「焦るなよ。 ま、俺たちがどうこうしなくても何とかならぁ」

「えっ?」


元々銃撃戦は始まっていたのだ。
彼らにとっての敵は、自分たちだけではないはず。
こちらに拘泥してくることはないと三郎太は考える。
このまま息を潜めていれば、何とかなるのだと。
少なくとも自分たちの命を守るだけならば、これが最善だと思う。
その反面、敵の行動を阻止するという点では、何の効果もないのだが。

三郎太の考えを裏付けるように、こちらへの銃撃は程なくして止んだ。
ハーリーは、コンテナの陰から様子を探る。

いまだドック内では銃撃戦が続いているようだが、それはナデシコCへ乗り込むための上の階。
敵の数も多いわけではなさそうで、上での対応に追われている。
しかし、安堵のため息は出ない。
ハーリーの関心は、他にもあるのだから。

ナデシコCへと続く桟橋やタラップに視線を走らせる。


(あの子は・・・・・・?)


青い髪の少女を探すが、見付けることはできなかった。















ナデシコCのブリッジに、青い髪の少女が到達する。
彼女が入室すると、薄暗かった室内に明かりが灯った。

ブリッジのレイアウトを確認する少女。
そのまま艦長席へと向かう。
腰を下ろすのは、かつて"電子の妖精"と呼ばれた者が座っていた場所。

彼女が座ると、艦長席は前方へとせり出していく。


「IFSレベル10」


IFSコネクタに手を置き、ウインドウボールを展開させる少女。
その彼女の前に、複数のウインドウが現れる。


【君は誰?】
【ルリじゃない】
【ハーリーでもない】
【誰?】


「今からこの船は私の物よ。
過去のことは忘れなさい、オモイカネ。
そして、私に従いなさい」


そこまで言った後、顔を覆っていたバイザーを外す。
そこには、金色の瞳があった。


「私はアズーレ。
今から私が貴方の主人。貴方のマスター。貴方の王。貴方の神・・・・・・」


体中にナノマシンの紋様が浮かび、強い輝きを放ちだす。
宙に浮かぶ長い髪の一筋一筋にまで。
彼女もまた、妖精と呼ばれるに相応しかった。



「私の言葉は絶対よ」















ナデシコCから、重い振動音が発せられる。
それは相転移エンジンの駆動音だった。


「ナデシコCに火が入った!?
動く・・・のか? 誰が乗ってるんだ?」


三郎太は疑問を口にする。
ナデシコCを動かすには、マシンチャイルドが必要になってくるはずだ。
しかし、ハーリーはここにいる。
"もしかして艦長が?"とも思ったが、ハーリーの様子からそうでもないのだと思う。

呆然とナデシコCを見ていたハーリーも、三郎太の声で我に返った。
そして現在ある事実から、彼女がマシンチャイルドであろうことを確信する。


(やっぱりあの子は・・・・・・)


ハーリーは、拳を強く握り締めると、ドッグの出口に向かって走り出す。


「どこ行くんだハーリー!?」

「6番ドッグへ行きますっ」

「6番・・・・・・?」


三郎太は、僅かに考えた後、答えに行き着く。


(Bか!)


ナデシコBには、ナデシコCのような掌握をする機能はないが、ハッキング程度ならできるし、なにより掌握に対して抵抗できる。
悪くない選択だと思う三郎太。
ハーリーを追おうと駆け出そうとする。
その時、聞き覚えのある一つの声が、彼の耳に飛び込んできた。


「急げ! 後はお前達だけだ!」


目に付いたのは、タラップで小銃を撃っている男。
遅れている仲間の乗艦を支援している。

三郎太は、彼という人物を知っていた。



「南雲・・・・・・少佐?」













南雲は、ナデシコCのブリッジに入る。
ここにいるのは、艦長席に座るアズーレだけだ。
他にも南雲の同士たちが乗り込んでいるが、艦内の制圧でここにはいない。
もっとも、ナデシコCの搭乗予定人員は元々少なく、それはすぐに終わるであろうが。


「出航できるか?」


南雲が問うと、アズーレは南雲を見もせずに、小さく頷いた。

自分たち火星の後継者を打ち砕いた戦艦に乗り、今出航の号令を出そうとしている。
その事実は、南雲の心に皮肉な感情を呼び起こす。
そして、それと共に沸き起こる興奮。
南雲は、右手を大きく前に突き出すと、感情の命ずるままに口を開いた。



「ナデシコC、発進!」








宇宙船ドックの上部ハッチが開き、青空の下に姿を現したのは一隻の戦艦。
それは、草壁の叛乱において、単独で火星の後継者を抑えたとして名高いナデシコCだ。

ある程度の高度を取ると、今度は前進を始める。
そしてゆっくりと旋回すると、今出てきた基地を正面に捉えた。

閉じていたディストーションブレードが開いていく。
戦闘体制を取ったということだ。
最大の火力であるグラビティブラストも、チャージが完了すれば発射可能となる。

基地から対空砲火は来ない。
ナデシコCのシステムで抑えてあるからだ。
迎撃を抑えたところで、最大の一撃。
それで終わる。


「偽りの平和を貪る連中よ・・・・・・。
受け取るがいい。これが我々の宣戦布告だ」


南雲は、あたかも劇場のステージで演技するがごとく言い放った。
しかし、チャージが完了する前に状況は動く。

ナデシコCが出てきたのとは違う場所のハッチが開き始めたのだ。
自分に掌握されていない敵の出現に、アズーレの視線が険しくなる。


「ハッチが開いていくぞ! 阻止できないのか!?」


南雲は、艦長席の少女を見る。
アズーレは、首を横に振り、否定の意を示した。


「なら出てくる前に仕留める! 主砲発射しろ!」

「まだチャージが完了していない」

「構わん! 撃て!」













ナデシコBのブリッジでは、オペレーターの席に座ったハーリーがウインドウボールに包まれていた。
ナデシコBを一人で制御している上に、敵からの掌握にも抵抗している。
それは、ナデシコCの制御だけでも精一杯だった以前より成長している証だ。

【危険】
【敵が狙ってる】
【間に合わない】

ハーリーの周囲をオモイカネの警告ウインドウが乱舞する。


(赤いウインドウを見ると焦るんだよな)


そんな場違いなことを考えつつも、対応する手段を考える。
このままではやられるだけなのだ。


「オモイカネ、フィールドON」

【まだドックの中】

「いいから!」


ディストーションフィールドを張りつつ、無理矢理浮上させる。
開き切っていないハッチは、ディストーションフィールドの負荷でこじ開けるのだ。

ハッチを壊しながら、地上に姿を現すナデシコB。
出ると同時に全力加速をし、ドックに向けられているナデシコC主砲の射線上をたどる。
ナデシコCの砲門が火を噴いたのはその直後だった。

漆黒の閃光がナデシコBの船体へと伸びていく。


「オモイカネ! ディストーションフィールド出力最大!」


ナデシコBのディストーションフィールドの出力が限界まで上がり、黒い稲妻を受け止める。

ナデシコCから放たれたグラビティブラストと、ナデシコBのディストーションフィールドの力比べ。
それは、ナデシコBに軍配が上がる。
ナデシコBのディストーションフィールドは、ナデシコCのグラビティブラストを上方に逸らすことに成功した。



青空の下、ナデシコの名を冠する二隻の戦艦が向かい合う。



グラビティブラストを放ったナデシコCは、再びチャージするまで主砲は使えない。
真空ではない地球上では、それなりの時間を要するだろう。
一方のナデシコBも、無理矢理起動させて発進してきているので、さっきのディストーションフィールドが精一杯だった。
互いに物理的な攻撃力はミサイルだけ状態だということだ。
しかし、それでは決定打に欠ける。

後は電子戦ということになるが・・・・・・。




ナデシコCから掌握が仕掛けられてくる。
それに抵抗していく中で、ハーリーは知っているような感触を覚えた。


【生意気よ、ハリの癖に】


【アズっ? やっぱりアズだったの!? 何でこんなっ!?】


【邪魔しないで! 殺すわよ!】


【やめてよっ! 僕はアズとは・・・・・・】


【黙りなさい!】


【なんでさ!? 僕たちは友達じゃないか!?】


【そんなの、もう昔の話よ!
アンタだけじゃない!
ホシノ・ルリも、ラピス・ラズリも・・・・・・私が!】


【くっ!?】


やりあう感触から、彼女の能力がルリやラピスに匹敵するものではないことはすぐにわかった。
だがその代わり、彼女たちにはないものを感じる。
それは、負の感情を伴った攻撃的な意志と、強烈な憎悪。

体験したことのないほどの感情に触れ、思わず身震いしてしまう。
それでも踏みとどまれたのは、ハーリー自身、多少なりとも負の感情を持つようになっていたからだろう。





立ったままスクリーンを見つめていた南雲は、苛立たしさで表情を険しくする。
南雲は、電子戦に対する知識などもっておらず、アズーレとナデシコBのオペレーターとの間にあるものなどわからない。
が、これ以上膠着したままでは、都合が悪くなることはわかる。


「勝てるのか?
勝てるとして、後どのくらいかかる?」


南雲が問いかけるが、アズーレは前を睨んだまま答えようとしない。


「アズーレ」

「黙ってなさい!」

「それを知らねば、状況を動かせんのだ。答えろ!」

「うるさい! 私に命令しないで!」

「戦闘中は俺の指示に従え! それが契約だろう!」


ようやく視線を南雲に向けるアズーレ。
南雲は、殺さんばかりに睨んでくる金色の瞳を受け止めた。

しばらく沈黙が続いた後、アズーレは視線を外してため息を吐き出す。


「そうね・・・・・・それが契約だものね・・・・・・」

「もう一度聞く・・・・・・勝てるのか?」


アズーレは、強く下唇を噛んだ後に、小さく返答する。


「全システムを振り向ければ」


しかしその場合、その他の敵がフリーになってしまう。
まもなく、近辺の基地からも救援が来るだろう。


「だったら手は一つだ。 行くぞ!」








(艦長、指示をください!)


ハーリーは内心でそう叫び、後ろを振り返ってみるが、そこには空の艦長席があるだけだ。
隣を見ても、そこにはいつもいてくれる同僚の姿はない。

不安。
それがハーリーの心に入り込んできた時、前方のナデシコCに動きがあった。
張り出していたディストーションブレードが閉じていくのだ。


(巡航形態をとる? 逃げるの!?)


そうはさせられないと思うハーリー。
だが次の瞬間、ナデシコCは全力加速にうつる。


「なんでっ!?」


急速に近づいてくるナデシコC。
進路には自分の乗っているナデシコBがある。


「まさかっ!? 戦艦でのディストーションフィールドアタック!?」


"そんなバカな"と思うが、ナデシコCはさらに加速してくる。
そしてディストーションブレードが閉じきった時、ナデシコCのディストーションフィールドが一回り小さくなったことに気付いた。
張り出していたブレード分、コンパクトになったのだ。

同じ出力で張っているならば、その表面積が小さい方が部分部分での厚みで勝る。
ふくらんだ風船やシャボン玉と同じで、小さい方が頑丈なのだ。
大差があるわけではないが、ぎりぎりの競り合いになれば勝敗を分けるかもしれない。


(どうする? どうしたらいいんですか、艦長!?)


宇宙空間では艦の形で航行に影響が出たりはしない。
この巡航形態は、ジャンプフィールドを張る際、少しでもエネルギーを節約するためのものだ。
だからナデシコBでは同じことはできない。


(このままじゃ・・・・・・)


「オモイカネ! 不必要なシステムをすべてカット! 全出力をフィールドに!」


向こうは加速にエネルギーを使っている。
これで五分五分に持ち込めるはず。
が、ディストーションフィールドの出力はともかく、まともに当たれば、ディストーションブレードを閉じているナデシコCのほうが頑丈そうにも見える。
そんなことを考えているうちに、ナデシコCは至近に迫っていた。

ハーリーは耐ショックの姿勢をとると、迫ってくるナデシコCの艦首を睨みつける。
後はもう、運を天に任せるだけだ。




「えっ!?」




しかし激突寸前、ナデシコCの艦首が持ち上がる。
互いのディストーションフィールドの表面を滑るように、両艦はすれ違っていく。


「フェイントだったの!?」


ハーリーは、相手の意図を悟る。
しかしこの状況では、もう阻止することは出来ない。

ナデシコCは、後方へ抜けると、そのまま大空へと舞い上がっていった。










ナデシコBのブリッジに、大きなウインドウが開く。
そこには、青い髪の少女が映し出されていた。


「アズ!?」

『ハリ・・・・・・。次は殺すわ』

「何言ってんの、アズ!? 僕たちは友達だろ!?」


ハーリーは、身を乗り出して叫ぶが、その声は少女には届かない。
無情にも、ウインドウは閉じられた。


「待って!」


ナデシコCへと通信を繋ごうとするが、受け入れてはくれない。
後を追おうとナデシコBを旋回させようとするが、その前に三郎太の映るウインドウが開いた。


『追うな、ハーリー』

「でも!」

『一人じゃどうにもなんねぇよ』

「でも・・・・・・でも・・・・・・」

『命令だ』


ピシャリと言われて、追撃を断念させられるハーリー。
奥歯を強くかみ締めると、視線をつま先へと落とす。
その悔しそうな姿を見て、三郎太はハーリーに声をかけた。


『見てたぜ、お前が基地への砲撃を防いだの』


ハーリーが顔を上げると、三郎太は左手の親指を立てて、"よくやった"と笑顔を向けてきていた。
これほど素直に褒めてくれたのは初めてのこと。

しかし、今日のハーリーは、それを素直に喜ぶことが出来なかった。














それは、短い平和が破られた事件の始まり。
これがどの程度の脅威になるのか、今は誰にもわからない。
ただ、一人の少年に、戦う理由を与えていたことは確かだった。




















ハーリーはメールを書く。

ナデシコCが奪われて、宇宙に行けなかったこと。
代わりにナデシコBに乗ったこと。
基地を守ったこと。
三郎太に褒められたこと。

色々書いた後、最後に一つ付け加える。







『僕は今日、幼馴染の女の子と"再会"した』



















ガン○ム強奪イベント発生。

敵は南雲です。
「episode AKITO」の方じゃ雑魚役でしたけど、成長して帰ってまいりました。
DC版はやってなくて知らないので、好き勝手にやるつもりです。





 

 

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代理人の感想

なるほど、敵も味方もニュージェネレーションというわけですな(笑)。

「旧世代がでしゃばると折角の世代交代が無意味になる」というグレートマジンガー以来の法則が

ここのところ改めて証明されてることでもありますし、

個人的にはできれば新世代だけで話を進めて欲しいかなと思いますが、さてさて。