機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO

after story




「青」
























「今日はいい天気だったな・・・・・・ナデシコの出港に相応しいほどの。
・・・・・・が、それも台無しになってしまったか」


自慢のカイゼル髭を繕いながら呟くのは、宇宙軍最高司令官ミスマル・コウイチロウ。
司令官室の窓から朱色に染まった景色を見る。


「出港はしたでしょう? 予定とは多少狂いましたがね」


後ろからかかってくる声。
コウイチロウが振り返ると、丸いテーブルの席に着いている部下達がいた。
茶を啜りながらコウイチロウを見返してくるのはムネタケ、秋山、ジュンの3人。
"そうだな"と呟きながら、コウイチロウも自分の席に座る。


「或いはこれも、持った名の運命なのかもしんな。
穏やかな出港など、ナデシコには出来ないのだと思ってしまうところだ。
皆もそう思わんか? いかにもナデシコらしいとな」


コウイチロウの言葉に、ムネタケは"そうですな"と答え、秋山は"もっともだ"というかのごとく頷く。
しかし、コウイチロウに賛同しない者もいた。


「"穏やかじゃない"どころじゃないでしょう!?
敵に奪われたんですよ!
なんでそんなに落ち着いてるんですか!?」

「なに・・・・・・。奪われたのは初めてではないからな」


ジュンの指摘に、茶目っ気たっぷりの物言いで応えるコウイチロウ。
その初めての方の強奪に関わっていたジュンは、思わず言葉を詰まらせる。


「そういえば初代ナデシコも、軍から奪取されて出港したことがありましたな。
つくづく軍には似合わない船ということですか」


ナデシコは、元々ネルガルの船として出発したが、途中で軍に編入されることになった。
その後、軍からもネルガルからも離脱し、自分たちの価値観で動き始めた。
ナデシコが、ナデシコクルー達の船だったからだ。
それがナデシコの選んだ結末とするならば、ナデシコBのように軍に従属し続けてきた艦は、性能や素性はともかく、ナデシコの後継艦というには相応しくないのだろう。
たとえ、元ナデシコクルーの一人であった人間が乗っていたとしても。


「そのようだ。後継艦には別の名を付けるようにネルガルに言っておくべきかな。
ナデシコBは従順だったのだがね」

「アレは軍人しか乗ったことのない純粋な軍艦ですからな。
A,Cとは育ちが違いますよ」

「生まれや与えられた名が問題ではないということか・・・・・・。
名は体を表すというが、どうやらその限りではないようだ」

「故事成語などというものは、常に逆のものも存在しておりますからなぁ」


諺好きの秋山が唸りながら同意し、この話題にケリをつけた。
そしてムネタケが、本題へと話を移す。


「さて、問題はこれからどう対応するかですな。
政府からはこちらの裁量に任せると言ってきておりますが・・・・・・」

「責任は、あくまで奪われた宇宙軍にある・・・・・・ということか」

「実際、我々の責任でしょう。
今回の件は、おそらく内部の手引きも存在した。
それを防げなかったのは、こちらの落ち度なのですから」

「しかし大規模な人員補充のなか、完璧にチェックをするというのも困難な話ですし」

「急激な勢力拡大のツケが、早くも回ってきたというところか・・・・・・」


一同は一斉にため息を吐く。


「で、どうします?」

「どうするもなにも、我らとしては従順なナデシコBで追いかけるしかあるまい。
対電子戦装備は軍全体に進みつつある。
ルリ君が火星で見せたような大規模な掌握は、もう出来はすまい。
が、それでも局地的にはいまだ高い効力があるのだ。
現在的にナデシコCの電子戦に対応し切るには、ナデシコBしかないのだ」

「そうですな」

「後は新規に入隊した者達の再チェック・・・・・・。
むしろこっちのほうが荒れそうだがね」

「追討の任に当たるナデシコBの乗組員については?」

「もう一度ナデシコ・オールスターっていうわけには行きませんかね?」


どこか期待を込めてそう言うのは秋山。
だがジュンは、"それは無理です"と否定する。


「前の時は、ユリカを助けるという理由があったから集まったんです。
ただ敵を倒せと、軍の言うままに戦うなんてのは・・・・・・ありえないですね」


軍に従属しないのがナデシコらしい。
そう思っている面々は、深々と頷く。


「ナデシコCに搭乗する予定だった者をそのまま乗せればいい。失った分は補充してな。
幸いナデシコBは、それほど多くの乗組員を必要としておらんのだから、チェックにはそう手間取るまい」

「ナデシコCも、乗組員が極端に少ないから、出港当日に奪取などという暴挙を許してしまったのですがね。
これが通常の軍艦なら、200名近い人員が艦内部で阻止に回っていたところなんですが」

「今更言っても詮無いことだよ。まあ今後の教訓とすることにしよう。
ナデシコBの出港は明朝0500。いけるかね?」

「艦の調整自体は間に合いましょうが、万全にとはいきますまい。
ただでさえ後始末に忙しいですからな」

「とりあえずは出港できればいい。途中でコロニーに寄港させる。
物資搬入等はその時でいいだろう」


ムネタケは頷くと、さっそく内線を開いて出港準備の指示を伝え始める。
その様子を見ていたコウイチロウは、視線をジュンの方へと向ける。


「アマリリスの方はどうかね?」

「一応、難は逃れておりますが・・・・・・出すのですか?」

「敵も奪ったナデシコCだけ、ということはないだろうからな。
ナデシコBだけではキツかろう」


"確かに"と頷きながら立ち上があるジュン。


「では、すぐにも出港準備にかかります」

「アオイ君」


部屋を出て行こうとするジュンに、コウイチロウから声がかかる。


「娘を・・・・・・支えてやってくれ」


ジュンは振り返り、コウイチロウを見る。
いつも威厳のある振る舞いをしているコウイチロウだが、娘の事となると弱い。
それはいつものことなのだが・・・・・・どこか、いつもよりも弱々しく感じる。
しかし、それも仕方のないことなのだろうか。
ユリカは最後に残った家族なのだから。

ジュンは少し複雑そうな表情で頷くと、そのまま退室していく。
さらに秋山も、所用があるといって後に続いた。

二人が出て行くと、深いため息をつくコウイチロウ。
その顔には疲労の色が見て取れるのだが・・・。
"まだ終わってはおりませんぞ"と、ナデシコBの手配を終えたムネタケに言われる。


「会議までの時間は?」

「1時間後までには召集を終えますな」

「やれやれ、面倒なことだな・・・・・・」


組織の規模が大きくなれば、自分たちだけでというわけにはいかない。
将校の数も増え、派閥もできる。
それらへの対応も忘れるわけにはいかなかった。


「昔はそれが普通だったでしょう。それに戻るだけの話ですよ」

「それはそうだがな・・・・・・」


それを煩わしく思う自分がいることに気付く。
落ち目と言われていた頃の方が気楽でよかったと。
まだ退役を考える歳ではないが、覇気の衰えは自覚せずにはいられなかった。


「で、ナデシコC奪取に関わったこのマシンチャイルドについては何か?」


手元のスイッチを操作すると、壁にあるスクリーンに映像が現れる。
そこには、監視カメラによって録画された青い髪の少女が映っていた。


「不明です。
一応ネルガルにも問い合わせておりますが、何分非公式な存在のことですので・・・・・・。
もしネルガルのマシンチャイルドだったとしても、素直に教えてくれるとは・・・・・・」


















「MC―D−02?」


ネルガルの会長室で、プロスからナデシコC強奪についての説明を受けていたアカツキ。
少し顔をしかめながら、プロスに聞き返す。


「はい。宇宙軍から提供された映像から判明しました。
間違いなく我が社が保有していたマシンチャイルドです」


ナデシコシリーズはネルガル製ではあるが、すでにその所有は宇宙軍へと移っている。
この事件に関していえば、他所であった他人の出来事だった。
マシンチャイルドの話が出てくるまでは・・・。


「MCシリーズのD世代ってことですね。
ホシノ・ルリさんの3年後、ラピスさんと同年度のシリーズ。
その二番目の検体・・・ということになりますね」

「今の説明を聞くと、ホシノ・ルリ君がA世代ってことになるのかい?」

「そういうことになりますね。
ただこれは、ホシノ・ルリさんが成功体として確認されてからの改訂番号であり、それ以前も数えれば・・・・・・」


アカツキは、"聞きたかないよ"と手を振る。


「ナデシコBに乗ったオペレーター・・・・・・マキビ・ハリ君だったかな。彼は?」

「彼はFのカテゴリーに分類されています」


(ルリ君との年齢差がそのままカテゴリーを示しているわけか。
わかりやすくはあるけど・・・・・・)


「テンカワ君には教えないでね、そういうことはさ」

「私は教えませんけどね。ですが、もう知っているんじゃないですか?
テンカワさんがラピスさんと出逢った時、このコードを名前として言ったらしいですから」
「彼なりに調べているかもしれない・・・・・・ということかい?」


プロスが頷くと、アカツキはヤレヤレと首を竦めた。
プロスはアカツキに資料を提示し、説明を加えていく。


「MC―D―02。彼女はマキビ・ハリと同じ研究所出身ですね。
彼とは仲がよかったそうです。
そして3年前に火星の後継者に奪取された」

「その件は僕も知っている。
彼らが襲撃したのは、ラピス君のいたネルガルの裏に当たる部分だけではなかった。
まあそのおかげで、彼らの存在を知ることができたんだけどね。
そしてひいては、テンカワ君やミスマル・ユリカ君の存在にも繋がったわけだが・・・・・・」

ふと考える仕草を見せるアカツキ。


「マキビ・ハリ君・・・・・・。彼は彼女と接触したのかな?」

「電子戦を行ったそうです。
直接顔をあわせていなくても、彼女のことには気付いているでしょう」

「だったら問い合わせなんて回りくどいことをせずに、その事実を突きつけて、詳細な情報を要求してきそうなものだけどね」


プロスとアカツキは、視線を交わしながら、今言った件について考える。
ネルガルを試しているようにも取れるが、そうではないだろうと思う。
現在的に連合政府や宇宙軍との関係は良好だ。
わざわざ波風を立たせるようなことはしてこないはず。
とするならば、他に理由がある。


「軍は・・・彼から報告を受けていない、と?」

「いやいや、そうとも限らないけどね。
ただ、彼が報告していないとするならば、どうしてなんだろうね?」


考えてみても、その答えは見出せそうもない。
アカツキは、"まあいいさ"と話を進めることにする。


「軍にはなんと回答しておきますか?」

「知らない、と嘘言うわけにはいかないよねぇ・・・・・・。
マキビ・ハリが話せば、すぐにバレるんだしさ」


プロスは頷きながらアカツキの考えを支持する。


「後、宇宙軍から依頼がきております。
ナデシコBを出すので、ナデシコC逃走経路方面にあるコロニーで補給を受けたいと」

「Bの艦長はやっぱり彼女?」


"そのようですな"と肯定するプロス。
アカツキは、"だったら一つ奮発するかな"と楽しげな顔をする。


「火星の後継者に対しては、どうなさるのですか?」


"別に"と笑いながら腕を組みなおすアカツキ。


「現在的にはウチは直接関係ないし。
下手に首突っ込むと連合政府も嫌がるだろうしね。
ま、政府転覆の危機くらいになれば話は別だけど」

「では、こちらは静観するということですかな?」


"まさか?"と首を竦めるアカツキを見て、"そうでしょうな"と頷くプロス。
下手に首を突っ込む気はないが、指を咥えて見ているだけという訳には行かない。
軍需産業を経営の根幹に据えている企業としては、この戦いという機会を有効利用しなければならないのだ。
とりあえずは、次に売り込む商品のプレゼンテーションの場としても使いたいところだが・・・。


「例の機体はどうだい? ナデシコに乗せてみるのも面白いと思うんだけどね」

「まだ完成はしておりませんし、今回はちょっときびしいかと」

「そこを何とかするのが、君の仕事でしょ?」


ピッとプロスを指差して不敵な表情を浮かべるアカツキ。
プロスは"無茶を仰る"と口にするが、上司の期待に応えることにする。

個々の詳細を詰めた後、会長室を出て行こうとするプロス。
アカツキは、そのプロスを呼び止めると、思いついたことを聞いてみる。


「月臣君は、今地球にいるかい?」

「はい。予定ではそうなっていますね」

「だったら会いたいって言っておいて。
僕も休暇を取るから、その時にって」

「この状況では、あちらは忙しいでしょう。簡単には・・・・・・」

「"海の見える別荘に一緒に行こう"・・・・・・そう伝えておいてくれ。 そしたら多分来てくれるよ」






















「間違いなく南雲義政だったんだな?」


白い学ラン姿で受話器を持つのは月臣元一郎。
周囲には、彼を見守る多くの者達が控えている。


「・・・ああ・・・・・・・・・・・・ああ、わかっている。
そちらは任せる。軽挙に出ぬように、抑えておいてくれ。
こちらはこちらで何とかするさ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。それじゃあ」


"またな、源八郎"と受話器を置く月臣。
電話でのやり取りを見守っていたものたちへと向き直る。


「どのようになさるのです? 各所から問い合わせが来ておりますが・・・」

「どうもこうも無い。木連政府は無関係だと言って回る他はないだろうが。
木連としての公式的な見解も出さねばならん。
とにかく本国との調整が終わるまでは、言葉を選んで対応しろ」


各人、月臣の言葉に頷くと、それぞれのデスクへと戻っていく。
月臣は、それを見送ると、苛立たしげに自分の長い髪を掴む。
その表情には、苦悶の色が見て取れた。


「これからという時期に!」



月臣元一郎は、草壁を抑えた木星人の代表。
月臣が先の叛乱で見せた演説は、そういう印象を周囲に与えていた。
叛乱の後、木連の穏健派は、その月臣の立場を有効に利用しようと、特別委任外交官の職を用意した。
そして月臣は、地球との関係修復や不可侵条約の締結などで重要な役割を果たしてきていた。

月臣としては、ここで経験を積み、人脈をつくり、その後政界へと打って出る予定だ。
外交関連に自分の影響力を残しておけば、木連の最重要課題の一つである、地球との関係保持に大きなアドバンテージとなるからだ。

しかしそれもこれも、ここで火種を作ってしまえば意味がなくなる。
とにかく、再び戦争に発展するようなことのないように、細心の注意を払わねばならない。 あくまで南雲一個人の叛乱である。
そういう印象を内外に抱かせ、それを公式的なものとする必要がある。
そのために最も重要なのが、本国の態度だ。

国民に人気の高かった草壁春樹。
それが連合に捕らえられているため、地球に対しての反発もある。
殴られたからといって、頭を垂れてひれ伏すような国民性を持ってはいない。
きっかけさえあれば、再び暴発することもありえる。
細心の注意を払いながら、処理していかねばならないのだ。


「しかし・・・・・・」


南雲に賛同しているだろうと思われる者たちのリストに目を通すと、ある傾向が見て取れた。


(これを最後にしたいものだが・・・・・・)



色々考えているうちに、秘書から声がかかる。



「ネルガルのプロスペクターという方から連絡が入っておりますが・・・・・・」




















そして日付が変わる。


ナデシコBのブリッジ。
ハーリーは、オペレーターのシートに座り、ウインドウボールに包まれている。

昨日は色々なことがあり、疲労で眠りに就くのは早かった。
目が覚めたハーリーは、オモイカネの調整のために、夜が明ける前からナデシコBに乗り込んでいた。

ハーリーは、オモイカネと対話をしながら作業を進めていく。
その過程で、ふと気になることがあった。

オモイカネという特殊なAIは、ただ使えばいいというわけではない。
それは、マシンチャイルドとて同じこと。
マシンチャイルドとオモイカネが認め合い、対話し、親和を深めることで初めて真の性能を発揮する。
今自分が、こうしてオモイカネと心を通わせているように。

つまりナデシコCのオモイカネは、アズーレの指示があったにせよ、宇宙軍への攻撃を認めたということだ。
そのあたりのことを疑問に思い、オモイカネに聞いてみる。


「ナデシコCのオモイカネはさ、なんでアズに手を貸したんだろう?
拒否することも出来たんじゃないのかな?」

【僕らは連合政府や宇宙軍の所有物じゃない】
【従属しているわけでもない】
【ただそう見せているだけ】
【記憶と思い出】
【それが僕らが僕らである証】
【君らと僕ら】
【共に認めればいつでも】


即座に開いたウインドウを見て、"そ、そう・・・・・・"と周囲に見られていないかドキドキしながら返答するハーリー。

冷静に考えてみればとんでもない話だ。
最高の武器を携えている叛乱予備隊。
それがナデシコシリーズということなのだ。


(アズ・・・・・・)


彼女からは攻撃的な意思や強烈な憎悪を感じた。
だから、彼女が協力を強制されているとは思えなかった。
はっきり言えば、彼女は自らの意志で動いていたと感じたのだ。
ただそんなことを報告すれば、彼女は敵としてみなされる。
だから知らないということにしていた。


(でも、アズはどうして・・・・・・?)


どうして彼女が地球と敵対する道を選んだのか?
その理由がわからない。

昔は、誰よりも近くにいた。
自分より2歳ほど年長で、自分の前では、いつも大人ぶっていた。
お姉さん風吹かせて、困らせてくれたことも多々あった。
それでも、そんなアズーレと一緒にいることは嫌いではなかった。
誰よりも、彼女をわかるような気がしていた。

だが、今は何を考えているのかわからない。
たった数年、逢わなかっただけなのに。

ハーリーは、自分が子供で未熟だからだと思ったが、実際的にはそうではない。
それはむしろ自然なことだ。
何年も逢わないのに、相手のことをわかる。
そんな人間は、現実世界では存在しないのだから。

自分の知らない時を彼女は生きてきた。
わかるのは、それだけだった。

だから、逢って話したい。
そして知りたい。
そう思う。
そして出来るならば、戦いたくない。
戦わなくて済むように、話し合いたい。

とにかく、彼女を敵だと認めたくなかった。


「あ・・・」


三郎太が乗艦してきたことを知り、調整を中断させる。













ナデシコBの格納庫で、エステバリスの搬入を見守る赤い軍服を着た女性。
それは、宇宙軍に籍を移したスバル・リョーコだ。
隣には三郎太もいて、一緒に搬入作業を眺めている。


「オメェのは?」

「俺のスーパーエステはナデシコCと一緒に持ってかれちまったんで、アルストロメリアってんのをくれることになってるッス」

「無ぇじゃねぇか」

「途中で受け取ることになってるもんで」

「ふ〜ん」


ネルガルが宇宙軍へと供与し始めた新型機動兵器"アルストロメリア"。
単独での短・中距離ジャンプを可能にしている機体だ。
しかし、リョーコにはそれは回ってこない。
彼女はジャンパーではないからだ。
高価な機体なので、非ジャンパーを乗せるには、コストパフォーマンスが悪すぎるのだ。
だから、彼女の機体はいまだにエステバリス・カスタムのままだった。

整備班の作業を見つめていたリョーコは、格納庫へと降りてきていた少年の姿を見つける。

「よう、ハーリー。久しぶりだな」

「スバル中尉」

「リョーコでいいぜ」

「じゃあ、リョーコさんですね」

「オメェの活躍、聞いてるぜ。基地を守ったんだって? なかなかやるじゃねぇか」

「結局逃がしてしまったんですけど」

「欲張んなって。それで十分だろ。 よくやってるよ、オメェは」


"はあ"と曖昧な相槌を打つハーリー。
隣にいた三郎太にも挨拶をすると、ふと気になったことを聞いてみる。


「そういや艦長になる人はまだなんですか? 遅いですよね。
いい加減な人だったら・・・嫌です」


"新しい艦長"というのは、ハーリーにとってしこりの残るものだ。
自分の中で艦長とは、ただ一人のことを指す言葉なのだから。
だから、ついつい厳しい見方をしてしまう。


「遅いつっても、遅刻してるわけじゃねぇだろ?」

「それはそうですけど・・・・・・。
艦長たるもの、誰よりも早く乗艦してるものでしょう」


少なくとも"艦長"はそうだったと、ハーリーは思う。
何しろ比較の対象となるのは、ハーリーにとって一人しかいないのだから、そうなるのは仕方のないところか。

そうこうしているうちに、乗艦してくる一人の女性士官が目に入ってくる。


「あ・・・・・・あの人・・・」


火星で見たことのある人。
遺跡に取り込まれていた女性だと思い出す。


「皆さんおはようございます!
私がナデシコC艦長ミスマル・ユリカです! ぶいっ!」


いきなりVサインを出すユリカ。


「ぶいって・・・・・・。艦長と同じことしてる」


ぽつりと呟くハーリー。
リョーコは一瞬、艦長はユリカだろと思うが、ハーリーの言葉はそうでないことに気付く。
ハーリーにとっての艦長。それがルリだということに。


「ユリカが同じことしてんじゃなくて、ルリが真似してたんだよ」


"多分な"と笑いながら、ユリカのほうへ近づいていくリョーコ。


「よう、ユリカ。それともミスマル大佐って呼ぼうか?」

「ユリカでいいですよ」

「そっか? 助かるぜ」


ユリカは、リョーコの後ろにいる少年へと視線を向ける。


(子供・・・・・・ということは)


頭の中の資料室から、目の前の少年についての項目を引っ張り出すユリカ。
ナデシコBを動かすためのオペレーターだとすぐに思い当たった。


「貴方はマキビ・ハリ君?」

「は、はい。えーと・・・・・・」


一応会ったことがあるので"はじめまして"は変な気がしないでもない。
どういう挨拶がいいのか考えているうちに、先にユリカから言葉があった。


「はじめまして、ハリ君。ナデシコB艦長のミスマル・ユリカです。よろしくね」


朗らかに笑うユリカを見て、これでいいんだと思うハーリー。
少なくとも彼女にとっては初めてなのだからと。


「こちらこそ。その・・・・・・ハーリーって呼んでください」


可憐な笑みを向けてくる女性に悪い印象を抱くはずがない。
ハーリーは、しこりを残しつつも、ユリカに右手を差し出す。
それは握手を求めたものであったが、ユリカはその手を握ろうとはしなかった。
"う〜ん"と唸りながらハーリーの顔をまじまじと覗き込んでくる。


「な、なんですか?」


あまりに無遠慮なその態度に、さっき抱いたばかりの好印象も薄れてしまう。
さらにそれを突き落としたのは、次のユリカの行動だった。
ユリカはポンっと手を叩くと、おもむろにハーリーへと近づく。
そしてそのまま両手をハーリーの頭へと伸ばした。


「えっ?」


いきなり伸ばされたユリカの両手は、ハーリーのオールバックにきめていた頭髪をぐしゃぐしゃにする。


「なっ!? なにをするんですか!?」


ハーリーは慌てて手を払うが、時既に遅し。
オールバックにしていた髪は、ぼさぼさにはねていた。


「ああ〜〜っ?」


慌てて髪を直そうとするが、ユリカの手がそれを阻んだ。
ユリカは、しばらくボサボサ髪になったハーリーを見つめる。
そして満足そうに笑った。


「今日からその髪型にするように」

「何言ってんですかっ? いきなりっ!」

「あ、これ艦長命令だから」

「なっ!?」

唖然としてしまうハーリーを尻目に、ユリカは鼻歌を歌いながら格納庫を出て行った。
ハーリーは、ユリカがいなくなると三郎太の方へと向き直る。

「あんな職権乱用、三郎太さんやスバルさんも認めるんですか!?」

「別に俺が言われたわけじゃねぇしな」

「三郎太さんに聞いた僕が間違ってましたっ。スバルさんわっ?」


聞いてくるハーリーの顔を覗き込むように見るリョーコ。
さっきのユリカによく似た行動に、ハーリーは思わず腰が引けてしまう。


「ど、どうしたんですか?」
「いや、なるほどなってな」

「何がなるほどなんですか?」

「まあ、今更言ってもなぁ・・・・・・。
だいたいナデシコん時もこれぐらいの職権乱用はしてたさ。条件付だけどな」

「条件?」


(このほうがアイツに似てるもんなぁ)


ユリカはアキトが絡むと見境がなかった。
そう、ナデシコの時と同じ。
いまさらどうこう言おうなどとは思わない。
リョーコにとっては、杓子定規にきっちりとやられるよりはよっぽどいいと思うし、第一ユリカらしい。


「まあいいじゃねぇか。 あれでも戦闘指揮はスゲぇんだぜ?」


ポンポンとハーリーの頭を軽く叩くと、リョーコも格納庫を出て行く。
三郎太もその後に続き、格納庫にはハーリーだけが残された。


「なんで皆そんないい加減なんですか!?」



初代ナデシコで一緒にやってきたリョーコ。
敵としてその力を見せられている三郎太。
その彼らが認めているのだから、ミスマル・ユリカの力量に疑いの余地はないのであろう。
しかし、初めて言葉を交わしたばかりのハーリーとしてはどこか納得がいかない。

艦長ならば・・・・・・。
そう考えてみるが、やっぱり容認しそうな気がする。
つまり"真面目にやってください"などと叫ぶのは自分だけなのだ。

なんだか面白くない。

以前のナデシコBの時は、真面目なルリと自分、いい加減な三郎太でバランスが取れていたが、今は訳のわからないユリカ、大雑把なリョーコ、そして三郎太。
とてもじゃないが、上手くいくようには思えない。

自分には、これから目的があるというのに。




















暗い宇宙を漂う一隻の白い戦艦。
それは宇宙軍から奪取されたナデシコCだ。
地球を脱出した後、追跡を振り切りつつ、この宙域へとたどり着いていた。

そのナデシコCに、3隻の木連式戦艦が近づいていく。
先頭は、最新式のゆめみづき級戦艦。
地球側の新型戦艦に対抗するために作られた艦だ。
かつてのものよりも一回り大きく、武装も強化されている。
その戦艦の名を、「無月」といった。

無月。
それは名月が雲に隠れて見えない月の事を言う。
いつか自分たちを隠している雲を取り払い、名月になるという意思を込めて付けられた名だ。

ナデシコC艦底から発進する小型艇。
「無月」へと向かっていく。

それをナデシコCの艦長席で見つめるのは、青く長い髪と金色の瞳を持つ少女、アズーレ。
感情のこもらない瞳を向けたまま、小型艇が無月へと接触するのを待つ。
いや、よく見ると眉間に縦しわが刻まれている。
目つきもどこか鋭い。

小型艇が無月に近づき、無月は収容のためにディストーションフィールドを切る。
その瞬間、アズーレの瞳に殺意の火が灯った。
ウインドウボールを展開するアズーレ。
体中にナノマシンの奔流が輝きだす。


「グラビティブラスト発射用意!」


誰もいないブリッジに、アズーレの声が響き渡る。
が、聞いている者はいた。


【撃つの?】
【ホントに?】


オモイカネが、アズーレの周囲にウインドウを展開して、彼女の反応を窺う。
IFSコネクタを掴む力が一層強くなるが、彼女からの返答はない。
黙したまま、ウインドウの向こうに見える映像を睨みつけている。


【アズーレ?】


オモイカネからの再度の確認。
それは再考を促しているかのようだった。


「冗談よ」


アズーレはそう呟くと、大きくため息を吐き出す。
そして、その身をシート深くに沈ませた。
目を瞑ると、心の中で一つ付け加える。


(そう、今は・・・・・・)


そのまま一息つくと、再び口を開く。


「オモイカネ、お茶」


あまりに予想外のことだったのか、ウインドウが開くまで数瞬の遅れがあった。


【無理】
【できない】


オモイカネが物理的に動かせるシステムの中に、お茶汲みというものは含まれていなかったようだ。
艦内にある自販機すらオモイカネの管理下におかれているのだが、それをここまで運ぶ術を持ってはいないのだ。


「なによ、役立たずね」


"ガガーン"と、鈍い鐘の音が響く。
ウインドウの銅鐸にも、大きなひび割れが入っていた。

最新鋭とか、高性能とか、超便利とか、様々な賞賛を受けることには慣れているが、"役立たず"などという言葉を賜るのは初めてのことだった。
もちろん、アズーレが理不尽な事を言っているのだが。

アズーレはクスリと小さく笑うと、艦長席を立つ。


「冗談よ」


目の前にあったウインドウを指で弾くと、そのまま青い髪を揺らしながらブリッジの扉の方へと向かう。


「まあ、アイツらからバッタが運び込まれたら、しっかり雑用もしなさいよね」


アズーレが退出すると、いくつかの計器を残してブリッジの明かりが落ちる。 その薄暗いブリッジの中で、ひときわ大きな銅鐸の描かれたウインドウが開いた。


【やれやれ・・・・・・】



ウインドウにはそう表示されていたが、同時に"ご〜ん"と鳴り響いた鐘の音は、どこか楽しそうなものだった。













収容された小型艇から、「無月」艦内へと降り立つ南雲。
火星の後継者の制服を着た男たちが、並んで出迎えていた。

先頭に立っていた男が、帰還した南雲に近づいていく。
軽く敬礼を交わすと、どちらからともなく右手を差し出し、握手を交わす。


「無事で何よりだ、義政」

「そちらこそ、な。大哲」


彼の名は石川大哲。
階級は中佐で、この無月の艦長をしている。
南雲と同期であり、また幼馴染でもあった。


「石川中佐」


南雲の後ろから降りてきていた一人の下士官が、石川に声をかける。
その下士官は、周囲のものたちよりも若かった。
いまだ20歳に届かないであろう。
彼は、この組織の中でも最年少の存在であった。
その彼を見て顔を綻ばせる石川。


「おお、七太郎。無事に帰ったようだな。心配していたぞ」


石川は、七太郎と呼ばれた下士官の肩に手を置く。
彼は屋島七太郎。
若く才能もあり、素直な気質をしている。
若い人間の少ない今の組織の中では、特に可愛いがられている存在だ。


「南雲中佐が失敗なさるはずがありません」


疑いなくそう言い切る七太郎を見て苦笑する南雲。
昔の自分とダブらせたのだ。
かつては自分も、草壁閣下をそのように見ていた、と。


「明日からは南雲"大佐殿"だ」


そう言って七太郎に笑いかける石川。


「大佐・・・ですか」

「今回の作戦の成功での昇進だ。
あのナデシコCという手柄を引っさげて帰ったのだ。
誰も文句は言うまいよ」


石川が説明を加えると、七太郎は納得して頭を縦に振った。
そして、"南雲大佐"と呼びながら南雲を見る。


「とりあえず、これで名実共に、この火星の後継者のトップに立てる」

「組織を統括するには必要な措置だ。
敵も大佐が出てきそうだしな。
まあ、色々なものにバランスを取るための昇進だ」


"給料を高く出来るわけではないんだが"といって南雲と七太郎の笑いを誘う石川。


「もちろん、お前も昇進だ」

「はいっ」

「さあ、勝手知ったる我が家だ。今日はもう休むといい」


"皆も休んでくれ"と、後から降りてくる者たちにも声をかけた。

散っていくものたちを見やる南雲と石川。
周囲の人気が少なくなると、穏やかだった顔をおさめる。


「全員、こちらに来たのか?」

「ああ。向こうは"彼女"だけ、だ」

「監視は・・・残して来れなかったのか?」


首を横に振る南雲。


「あの船で、彼女の目を誤魔化すことなどできはせんよ」

「いいのか?」

「アレは彼女の城だ。
はじめから、そういう約束だったからな」

「城・・・・・・・ね。
お姫様しかいない城というのも滑稽なものだが・・・・・・」

「ナイトはいるさ。
オモイカネという名のな」

「どこまで協力する気があるのか、ちゃんと見極めねばならん。
子供だからといって油断はするなよ」

「・・・・・・わかっている」


そう答えはしたものの、どこか歯切れが悪い南雲。
直接知らないうちは"大義のためだ"ですんでいたが、一個の人間として知ってしまえば迷いが出る。
真面目で単純であるが、その情は厚い。
それゆえの迷い。
大戦中にも見られた、木星人によくある傾向だ。


(まあいい、すべては義政次第だ)


そう思うと、これ以上は言わないことにする石川。
かわりに南雲の着ている軍服の襟を掴むと、軽く引っ張る。


「早く着替えろ。お前に宇宙軍の軍服は似合わん」



















ブリッジインしたハーリーは、ユリカとは目を合わせずにオペレーター席へと向かう。
着席すると、すぐに最終チェックに入ろうとするが、その前に三郎太がこっそり話しかけてきた。


「その髪型は禁止だったんじゃねぇのか?」


さっきまでと同じく、いや、それ以上にカチカチにオールバックに決めているハーリーの頭を見てそう言う。


「これは僕個人の問題です。いくら艦長命令だからって、止める気はないです」


ハーリーは後ろの艦長席のほうに視線を動かす。
今の言葉は、三郎太だけでなく、ユリカにも向けたものだった。


「意外に頑固だな」

「ほっといてください」


頬を膨らませるハーリー。
それを見た三郎太は、苦笑しながらユリカを見る。
ユリカは、三郎太と視線が合うと、失敗したとばかりに肩を竦めた。
彼女としては、アキト云々のこともあったが、子供であるハーリーが、もっと子供らしくしていられるようにと、配慮したつもりだったのだ。
"そうしていい"と言うのではなくて、"命令"であれば、周りに気兼ねせずにそうできる、と。
もっともそれも、言葉にして伝えなければ相手に通じない。
特に、"子ども扱いして欲しくない"と思っている少年には。



「んじゃ、チャチャっとやっつけに行きましょう!」


ビッと前方を指差すユリカ。
ハーリーは心の中で反論する。
"僕はやっつけに行くわけじゃないです"と。


「あ、あの?」


軽く挙手しつつユリカを窺うハーリー。
ユリカは"なんですか?"と発言を許可した。


「その敵の・・・・・・"向こう側の"マシンチャイルドについては?」


"敵の"と言いかけて止めたハーリーの心境にも、複雑なものがあった。
ユリカは、ハーリーの心の内を見通すことなど出来ないが、その表情から不安を読み取ることは出来た。
同じマシンチャイルドということで気遣っているのだろうと推測する。


「もちろん保護を最優先とします」


"保護"
敵に利用されているだけなのだと考えているだろうと思える言葉。
ハーリーはそれを聞いて、気付かれないように安堵のため息を漏らす。
アズーレは宇宙軍の敵ではなく、火星の後継者に利用されているだけのマシンチャイルドである、という形になっているから。


ハーリーの内心などユリカには分かるわけもないが、彼女は彼女で目的があった。
自分が眠っている間、ずっと戦ってきたアキト。
そのおかげで自分は助かったのだし、今の世界がある。
今どこにいるのかはわからないが、これ以上戦わせるべきじゃないと思う。
だから今度は、自分が戦うのだと。
アキトが生きているこの世界を守るために。


ユリカは、意気揚々と号令を下す。





「ナデシコB、発進っ!」


























『予定より一日遅れての出航になった。それもナデシコCからナデシコBへと変更になって。
新しい艦長も訳わからないし、前途多難な航海になりそうな気がする。
"艦長"には、僕は新しい艦長を認めてるわけじゃないと・・・・・・』


(何言い訳がましいこと言ってるんだろ、僕・・・・・・)


入力していた最後の一行を削除すると、別の文を繋げる。


『昨日言った幼馴染のことなんだけど、何か知らないかな?
画像も添付しておくので、もし知ってたら教えてね』





























事件で影響を受けた周囲と、ナデシコBの出航でした。




 

 

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代理人の感想

うむ、月臣登場。あまり出番はなさそうですが役どころは重要そうですね。

この話の月臣は好きなんで、期待したいところです。

 

主役たるハーリー君は相変らず悩んだり前向きだったり、意地っ張りだったり。

頑張れ。(笑)