「The prinse of darkness episode AKITO」とはまったく関係のない話です。
アキト×ユリカの話です。




















「クリスマス?」


「そうっ、クリスマスっ!
ねぇねぇっ!どうするのっ!?」


「どうって・・・・・・屋台出すけど」


「何言ってんのアキトっ!?クリスマスなんだよっ、クリスマスっ!?」


「わかった、わかった・・・・・・まあクリスマスの夜は休むよ。
けど、あんまいいところは連れてってやれないからな」


「うん、わかってるっ。アキトと一緒ならどこでもいいよっ!」




「じゃあ私、明日から仕事で空けるけど、クリスマスには絶対帰ってくるからっ!
だから待ち合わせ決めとこっ」


「帰ってきてから一緒に行きゃいいだろ?」


「だ〜めっ!待ち合わせするのもデートの一つなんだからっ」




















宇宙軍統合本部ビルの化粧室。
そこで鏡に向かっているのは青いドレスを着たユリカ。
鏡に映る自分とにらめっこしては、化粧の手直しをする。
元々化粧っ気の少ない彼女ではあるが、今日は気合が入っていた。
口紅を引き終わると、鏡に向かってにっこりと笑う。

(アキト、どこ連れてってくれるかな?)

鼻歌を歌いながら最終チェックをする彼女の周囲は、まるで冬をすっ飛ばして春が来たのではないかと思わせるような雰囲気があった。


「よしっ、これでOKっ! アキトったらいつもユリカのこと子供っぽいって言うけど、今日はそんなこと言わせないんだからっ!」


ドレスの上からベージュ色のコートを羽織ると、スキップになりそうなほど軽い足取りで、化粧室を後にした。












同じ頃、ビルの玄関フロアでうろつく男が一人。
キョロキョロしながら落ち着きのない雰囲気を漂わせている。
周囲を見回し誰かを探す仕草を見せるかと思うと、腕時計に目を落として不安げな表情をする。
かと思うと、うろうろ歩き出し窓に映った自分の姿を見て、既にこれ以上ないくらいに整っている髪をさらに撫で付ける。
普段なら不審がられるところだが、今日という日にはそれほど珍しくない。
地に足が着いていない男はそこ、ここ、あそこに溢れている。
今日はクリスマス・イブなのだから。

だから"彼"、アオイ・ジュンがすぐ近くのソファに座っている知り合いに気付かなくても仕方のないところだろう。

もう何度目になるのかわからない身だしなみのチェックをすると、再び視線を彷徨わせる。
探しているのは、長年想い続けた相手。
太陽のような笑顔と奔放な行動で、自分を惹きつけて止まなかった女性。
その女性は幼馴染の男の家に転がり込んでしまったが、それでもその想いは色褪せなかった。
それどころか想いはさらに募った。焦燥にも似た想いが自分を駆り立てた。
このままじゃいけない、と。

だから今日・・・・・・最後の勝負。

今日のために、出来得る限りの用意をした。
相談できる相手など少ないが、その中で一番信用の出来そうな人物を選び、たくさんのアドバイスを受けた。
その相手、ハルカ・ミナトの薦めるデートコース、レストランを設定し、いつもより大人っぽいスーツを買い、これだと思うプレゼントを用意した。
自分の有りっ丈の気持ち。自分の精一杯。
それらと共に、今日ここに立っている。
太陽のような彼女を探して。


そうこうしている内に、彼女がフロアへと姿を見せる。
彼女はいつもの士官服じゃなく、青いドレスを着ていた。
自分はまだ誘っていないのに・・・・・・。
元々在った不安がジュンの胸に広がる。


(わかってたことだ・・・・・・。ユリカがテンカワと過ごそうとしていることくらい・・・・・・)


でも、それでも諦めきれないからこそ、自分はここにいる。
そのことを確認し、震える足を踏み出す。


「ユリカっ!」

「あっ、ジュン君っ?」


満面の笑みを浮かべて走り寄ってくるユリカ。

ジュンは思いの丈を言葉に乗せて、愛する彼女に紡ごうとする。
だが、先に口火を開いたのは相手の方だった。


「ねえっ、聞いて聞いてっ! 今日アキトとデートなんだっ! 初めて二人きりで過ごすクリスマスなんだけど、上手くいくかなっ? いくよねっ? どうっ、このドレス似合ってるっ? う〜んとオシャレしてみたんだ。 大人っぽいっていう感じ? アキト気に入ってくれると思うっ? アキトどこ連れてってくれるかなっ? 楽しみだなぁっ!
あっ?ジュン君もおめかししてるっ。 ジュン君もデートなんだっ。 お互い頑張ろうねっ。 じゃあまたっ!」


ユリカは一方的に話しかけた後、寄ってきた時の勢いのまま離れていく。
ジュンは、呆然と見送るだけだった。


「ユリカ・・・・・・」


"彼女の勢いに負けた"などと言うのは言い訳だ。
無理矢理にでも引き止めていればよかっただけの話なのだから。
ただ、幸せそうにアキトとのデートの約束を話すユリカに、それをすることができなかった。
"どうせ告白しても、振られるんだから"と。
最後の最後で意気地が足らなかったのだ。
自分の背中を押すために色々なものを準備していたのだが、最後の一歩を踏み出す勇気だけは用意できていなかったのだ。
あまりの情けなさに涙が滲んでくる。


「ったく、情けないわね、ホント」


その言葉をかけたのは、赤いシンプルなドレスにサングラスをかけた少女だった。
さっきまで自分を隠すように持っていた新聞紙を脇に置くと、ソファから立ち上がる。


「ミナトさんが"もしもの時"のための代役に行っとけって言うから来たけどさ・・・・・・あんま暗いままじゃお断りだからね」


ミナトは"絶対そうなる"と自分を送り出したのだが、さすがにそれを言えるほど無神経にはなれない。
だから気を使ったのだが・・・・・・今のジュンには関係なかったようだ。
唇を震わせながら、涙を溜めた目で自分のつま先を睨み付けている彼には。

ユキナは深いため息をつくと、心の中でミナトに語りかける。

(行ったら美味しいもの食べれるって言ってたけどさ・・・・・・これじゃそれどころじゃないよ、ミナトさん)

ユキナはサングラスを外してポケットに入れると、ジュンに近づいていく。


「さっさと立ち直ってよね」


そう言ってジュンの袖を掴み、軽く引っ張る。
とりあえず、人目の多いこの場所から移動しようと思うのだ。
だが、ジュンは石像のように固まったまま動こうとはしなかった。


(こりゃ重症だわ・・・・・・)


再び深いため息を吐き出すと、さっきより強い力で引っ張ってみる。
その行為が、生ける彫刻と化していたジュンを揺らした。
これ以上なく溜まっていた涙が、瞳から溢れ出したのだ。

そして、ジュンの体も跳ねるように動いた。


「えっ?」


ジュンは、自分よりはるかに小さいユキナに抱きついていた。


「ちょっ、ちょっとぉ!?」
「〜〜〜」


ジュンは声を殺して泣く。力一杯縋り付きながら。
大の大人がこんな風に泣くとは思っていなかったユキナは、いきなりの展開に狼狽するしかなかった。

失恋。
その意味、その重さは、まだ彼女の知るところではなかったのだ。

この時になって、出掛けにミナトから渡された3枚ものハンカチの意味を悟るが


(これじゃ意味ないよ・・・・・・)


今、彼の涙を拭っているのは、自分の一張羅であるドレスなのだ。
一瞬、"うげっ"と振りほどきたい気分になったが、そこはなんとか我慢した。
泣いている人間に鞭打つような行為は人として躊躇われたからだ。
通り過ぎていく人たちが物珍しそうに向けてくる視線も、今は意識の外へと飛ばす。


(今日だけなんだからね・・・・・・)


ユキナはポンポンっとジュンの背中を撫でる・・・・・・優しく労わるように。






初めて見る大人の男の涙。泣き顔。
それらはユキナの心に何かを生んでいたが、それが形となるのはもっと後の話だ。






















「遅いなぁ、アキト・・・・・・」


白い息と共に言葉を吐き出すユリカ。
腕時計で時間を確認した後、さらに駅の時計台を見る。
どちらも同じ時間を指し示していて、時計に狂いはないだろうことを教えてくる。
時間通りでないのは、約束の時間を過ぎても現れないアキトのほう。
待ちぼうけを食らったまま1時間が過ぎ去っていた

家に電話しても誰も出ない。
アキトは節約のため携帯を持っていないので、こうなると待つことしか出来ない。
待っているのもデートの内。それは幸せな時間だと考えていた。
事実、アキトを待つ時間は楽しかった。
だがそれにも限度がある。
約束の時間から1時間以上も経過すると、幸せよりも不安が襲ってくるものだ。
約束した時間か場所が間違っていたのではないのか?
アキトに何かあったのではないのか?
もしかして忘れられているのだろうか?
小さな可能性がかき集められ、大きな不安となって圧し掛かってくる。
さらにはこの寒さ。
ドレスの上にロングコートを羽織ってはいるが、今夜の冷え込みようは格別だ。

今日、ここで誰かを待つのは自分だけではなかった。
わかりやすい駅前の広場なので、多くのカップルが待ち合わせに使っていたのだ。
だが、その姿ももうほとんどない。
皆、恋人を迎え立ち去っていった。幸せそうな笑顔と共に。
自分でない誰かが、目当ての人物を迎えるたびに、神経過敏になっていくことに気付く。
幸せそうに歩くカップルを見るたび、寒さが増していくような気がする。


肉体的にも、精神的にも限界は迫っていた。
















アキトは麺を茹でながら、自分の作ったラーメンを食べている客を見る。

今日はいつもの公園ではなく、そこから少し離れた人通りの多い場所に屋台を構えていた。
クリスマス・イブの夜ということで、よりいっそう多くの客の獲得を狙ったためだ。
その選択が功を奏したのか、屋台はいつも以上に繁盛している。
無論カップルなどがいるわけではなく、席に座っているのはさえない表情をした男ばかりだが。



「いい気なもんだぜ、皆よ。だいたい日本人はクリスマスの意味を取り違えてる。
なあ、兄ちゃんもそう思うよな?」


客の一人。30歳手前くらいの男がアキトに話しかけてくる。
それは独り身の僻みに類するものでしかないのだが、アキトは"そうっすね"と曖昧に同意する。


「そうだよな、そう思うよな!?よし兄ちゃんは同志だ!もう一杯貰うぜ!」


客は機嫌を良くして、ラーメンのおかわりを注文する。
クリスマス・イブの夜に屋台を出している男が彼女持ちのはずがない。
そういう認識が同族意識を持たせたらしい。


「てやんでぇ!何がクリスマス・イブだ!っつーわけでこっちもおかわりだ!」

「サンタのバカヤロー!」


両隣に座っている、同じく彼女のいない男たちが同調して叫ぶ。
独り身たちの僻みのフルコーラス。
アキトの隣にいた少女は、深い深いため息を吐きながら聞き流すしかなかった。

そんな時、さらに重なってくる声が響いた。


「バカァ!」


それは今までのむさい男たちの声とは違っていた。
高く、綺麗な女性の声。
アキトが声の発生源に目を向けると、それは肩で息をしている女性だった。


「ユ、ユリカ?どうしたんだ?」

「どうしたじゃないよっ!ずっと待ってたのに、なんで来ないのっ!?
大体なんで屋台出してるのっ!?今日は屋台出さずにデートしてくれるって約束してたのにっ!
酷いよアキトっ!」


"う〜っ"と半泣きになりながら唸る。
こうなっては、大人っぽく決めていた今日の衣装も台無しだ。
もっとも、それでも愛嬌は感じられるところは彼女ならではなのだろうが。


「今日はクリスマス・"イブ"だろ?約束したクリスマスは明日で」


ユリカの勢いに圧されつつも、自分がした約束を主張するアキト。
ユリカは一瞬意味がわからず"えっ?"と口を開けたまま行動を停止する。


「クリスマス・・・・・・クリスマス・イブ・・・・・・クリスマス・・・・・・」


確認するように口に出していくユリカ。
約束した時の会話を思い起こし、アキトが約束した日が、今日ではなく明日のことだと悟る。

しかしだからといっておさまりがつくわけではない。
長い間、寒い中で待っていたため、神経もささくれ立っている。


「女の子にとってのクリスマスっていうのは24日の夜のことなのっ!
来なかったアキトが悪いのっ!」

「んな無茶な・・・・・・。だいたい女の子って歳でもないだろ?」

「今日は誰でも女の子なのっ!
アキトのバカっ!もう知らないからっ!」


ユリカは身を翻すと走り去っていく。


「あっ、ユリカ!?」


アキトはユリカを追おうと駆け出すが、すぐにその足を止める。
屋台をこのままにしておけないからだ。
どうしようかと迷っているアキトの目に、いつもは自分がいるべき場所に立っている銀髪の少女が入ってきた。
少女はチラッとこちらを一瞥した後、そのまま目を伏せる。
本来控え目な彼女が、アキトがいるべき場所に立つ。
その意味は自ずと知れた。


「ゴメン、頼むよ」


そう言うとアキトは駆け出した。






少女は小さくため息をつくと、真っ暗な夜空を見上げる。
ここが明るすぎるのか、それとも雲が出ているのか、星の瞬きは確認できない。


「どうした?」


そんな少女の行動に、客の一人である中年男性が疑問を投げかける。


「・・・・・・雪でも降らないかと思いまして」

「お嬢ちゃんでもホワイトクリスマスのほうがいいかい?」

「いえ・・・・・・ちょっとは醒まして欲しいですから、あの二人。
でないと、こちらが居づらいです」


このまま喧嘩しようが、仲直りしようが、熱烈になるだろうことは目に見えているのだから。


「馬鹿だな」


そう言われて驚く少女。
馬鹿だといったことは数え切れないほどあったが、言われたことは皆無だったからだ。


「今日降る雪は温かいんだよ。恋人たちにとっちゃな」

「そういうもんですか?」


少女はちょっと斜に構えて中年の男を見る。
その視線は"恋人も持たずに屋台でラーメンを啜ってる貴方が言っても"と、疑いの成分が大量に含まれていた。


「俺にだって彼女のいたクリスマスはあったからなぁ」

「ホントに?」

「ホントだ」

「ホントに?」

「見栄じゃねぇぞ」

「ホントに?」


馬鹿だと言われた報復の意図もあって、さらに意地悪く聞き返す。


「だぁっ、しつこい!どうせ今は独りだよっ!」


そっぽを向くおじさんの姿に、少し笑ってしまう少女。
お詫びの意味も込め、チャーシューを一枚、おじさんのどんぶりへ。







「でも・・・・・・それは魔法ですね。温かい雪なんてものがあるのなら」

















アキトがユリカに追いついたのは、いつも屋台を出している公園。
狭くて遊具なども置いてあり、恋人達のステージには相応しく思われないのか、今日は誰もいなかった。


「そんな拗ねるなよ」

「拗ねてないもんっ。アキトはさっさと屋台に戻ってラーメン売ってたらいいんだもんっ」

「それが拗ねてるっていうんだよ」

「拗ねてないっ!」

「拗ねてる!」

「拗ねてないっ!」

「す〜ね〜て〜る!」

「拗ねてないもんっ!拗ねてないもんっ!拗ねてないもんっ!
アキトのバカァ!鈍感っ!おたんこナスっ!」


一方的な悪口にアキトもカッときそうになるが、ゆっくりと息を吐き出して自分を落ち着かせる。
吐き出した息はとても白かった。
火のある屋台の回りとは寒さの桁が違っていることに気付く。


(ユリカはこんな寒い中で待っていたんだよな・・・・・・)


そう思うと、アキトの心は優しくなっていった。


「あのなぁ、今日は掻き入れ時なんだよ」
「生活苦しいんだから、こういう時にこそ働かなきゃ」
「一人身のヤツは自棄酒、自棄食いしてる日だし」

一つ一つ、ゆっくりと説明していくアキト。
ユリカも本当はわかっていたので、一つずつ頷いて自分を納得させていこうとする。
その中で、次の台詞がユリカの心を惹いた。


「誰もが彼女持ってるっていう幸せ者ばっかじゃないんだ」


"幸せ者"
小さく呟くと、アキトに問いかける。


「アキトは幸せ?」


アキトにとって、自分はちゃんと彼女と認識されているのか?その確認作業。


「ま・・・まあな・・・・・・」


顔を真っ赤に染めて、そっぽを向くアキト。
ユリカは”どれぐらい幸せ?””私がいるからだよね?””ちゃんと言ってよ”と取りすがる。
ひとしきり騒ぎ、アキトから満足のいく答えを引き出すと、思い出したように懐を探る。
取り出したのは小さな箱。
リボンが付いていて、それがクリスマスプレゼントであろうことは容易に知れた。
アキトはそれを受け取ると、少し困った顔をする。
返すべきプレゼントは、手元ではなく家に置いてあるから。


「プレゼントは今持ってないんだ・・・・・・今日はこれで我慢してくれ」


アキトはユリカを抱き寄せると即座に唇を奪う。
いまだに慣れない接吻。
巧みなものだとは言い難いが、想いの量だけは誰にも負けないものだった。


「ラーメンの味がする」

「そりゃ味見とかしてたからだ。っていうか、雰囲気台無しにするようなこと言うな」


ユリカは”うん”と頷くと、アキトに体を預ける。


「ゴメンね、アキト」


それは今言った台詞に対してなのか、それとも今日のことに対してのものなのか。
おそらくは両方であろう。


「あ・・・・・・雪?」


気が付くと、白い結晶が舞い降りてきていた。
幻想的な光景が二人を包み込んでいく。


「この雪に誓うよ。次のクリスマス・イブは、必ず一緒に過ごすって」


雪が心を過熱した結果なのか、自分らしくないと思う台詞を紡いでしまうアキト。
もっともその台詞は、ユリカにとってはこの上なく嬉しいものであったが。



「じゃあ、次のクリスマス・イブ・・・・・・ここで待ち合わせしよ」


「ああ」






「約束・・・・・・だよ」















































あれから3年の月日が流れた。
約束のクリスマス・イブは、2年も前に過ぎ去っている。
でも女にとっては、今日が次のクリスマス・イブだった。


女は男を待つ。

寒い冬空の下で
約束の場所で
3年前と同じドレスを着て
それが、意味のない行為かもしれないとわかっていても

ただ・・・・・・男を待ち続ける。





不意に気配を感じ、振り返る。
いつの間にか、ライトの当たらない暗い場所に男が立っていた。


「アキト・・・・・・?」


漆黒のマントに身を包んだ男は、夜の暗さの中でははっきり見ることが出来ない。
まるで周りの闇に身を浸しているかのようだ。

バイザーは彼の目元を隠し、その瞳を覗くことが出来ない。
記憶にあるアキトとは違いすぎる男。
その男をアキトだとわかったのは、義妹からアキトのことを聞いていたからだ。


「アキト・・・・・・遅刻だよ」

「私も2年、遅れたけどね」

「でも・・・・・・待ってたよ」

「ねぇ、アキト・・・・・・」


語りかけてみても、男は言葉を返してはくれない。

ライトに照らされている自分と、闇に立っている男。
それは、それぞれの生きる場所を表しているかのようだ。

互いに、住む世界が違っていることを悟らされる。
許されているのは、ただ相手の姿を見つめることだけ。
そんな掟が、この場を支配しているかのようだった。



















少女は暗い空を見上げる。

星の瞬きは見られない。

あの日と同じように。



「今日降る雪に魔法の力があるのなら・・・・・・この街を温かい魔法で包んでください」



金色の瞳を見開き、両手を天に向かって伸ばし・・・・・・小さな奇跡を祈る。



「あの人たちの心を・・・・・・温めてください」



何度も何度も祈る。


大切な人の幸せを願って。
























「あっ・・・・・・雪?」


静かに降り出した雪。
それはあっというまに世界を包んでいく。
闇に溶け込んでいた男の体にも降り積もり、その存在を浮き彫りにしていった。

今なら、男の姿を全部見ることができる。
今なら、闇の束縛は解かれている。

男は、ゆっくりと歩を進め始めた。


「あの日も・・・・・・雪が降っていた・・・・・・」


初めて聞かせてくれた言葉。
以前より低く、昏い声。

2年という時の隔たりのある自分と男の間には、埋めがたい溝がある。
彼が以前と違っていることはわかる。
今の自分に、彼を理解することができないことも。
ナデシコに乗ったときのままであったなら、何も考えずに"アキトのことはわかってる"と言っていたかもしれないが。
人は人でしかないのだ。
彼が何を見、何を感じ、何を考えて生きてきたかなど、わかりはしない。

でも今日だけは、この天から降りてくる雪が覆い隠してくれる。
罪も、傷も・・・・・・3年という時の流れさえ。


「アキト・・・・・・」

「プレゼントは用意してないんだ・・・・・・。今日は・・・・・・これで我慢してくれ」


男は女を抱き寄せ、そのまま接吻をする。
3年前の夜のように。

以前より遥かにがっしりしている男の体は、自分の記憶にあるアキトとは別人のように感じる。
でも、不器用でありがならも想いの詰まったキスは、あの時と変わってはいなかった。
















男は女の体を離すと、光の当たらない場所へと退いていく。

雪はいつの間にか止んでいた。
男のマントにかかっていた白い雪も落ち、再び闇へと同化していく。


「また・・・・・・逢えるよね?」


女は男の背中に問いかける。
男は足を止めると、僅かに天を仰いだ。


「雪が・・・・・・導いてくれるなら」





光る粒子が現れ、男はその中で姿を消した。

残された光る粒子は、舞い上げられた雪と共に踊る。

女は雪と光のロンドを見終えると、小さく呟いた。



















「約束・・・・・・だよ」
































アキト×ユリカのクリスマスの話です。
「The prinse of darkness episode AKITO」の方じゃいいところがないので。

別々に生きることになった二人の”刹那の逢瀬”みたいなものにしました。
ジュンの話はついでのようなもので。蛇足だったかな?




 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

そうですね。ジュンとユキナを出すなら、何らかの形でラストに絡ませるべきだったと思います。

現状だと本当に蛇足なので。

後、落ちが微妙に弱いかな。セリフだけじゃなく、もう一押し欲しかった。