蒼月幻夢

2/咎人の夢V


 

 

 

「しかし、本当にその編入生って来るのかよ」

修練所の一角。武蔵教官は一身上の都合により入院している為、半ば、自習と為った体術の時間。
生徒は個人個人で、己を鍛える。一応、責任者として教師はいるが、体技の教師は全員が予定が埋まっており、全く関係ない担任の老教師がお茶を飲みながら見学している。
各自が各自、自分の課題となっているような弱点を友達と指摘しあって改善したり、一人でひたすら型をなぞったりしている。

「有栖川さん、何か妙に元気ですね?」

背の低い、髪を逆立てるように固めている少年が、同世代と比べても一回りは体躯の大きな少年と談話する。

「仕方ないねぇだろ?浅葱、各務は教室に忘れ物して取りに戻ったから今はいないんだぜ。転校生をいびっても誰も文句をいう奴がいねぇんだぜ」

「御剣がいるじゃないですか?」

「あ、しまったあのお節介女がいたか。まあ、でも所詮は女だ。その気になった俺の相手じゃねぇ。少し凄めば引き下がるだろうよ」

有栖川 和真。
このA組を代表する能力者。
強化系の能力を持つ彼は能力の覚醒値自体なら『天才』と『鬼才』に匹敵するが、相性の問題で二人には敵わない。同じ理由で、御剣も彼には敵わない為、実力は拮抗するのに強気に出れる。
性格は極めて危険と言われる問題児。
強い者には為るべく刃向わず、弱い者にはとことん強気になる彼は彼の取り巻き以外の生徒だけでもなく教師の受けも悪い。

「でも、教官を病院送りにしたんでしょ?勝てるんすか」

「ハッ、マジでそんな事信じていんのかよ」

噂話を鼻で笑う。

「そんなの作り話に決まってんだろ?
大方医務室送りになった立つ瀬のない転校生が、教官がなんかの持病で病院に行くのに併せてそんな噂をばら撒いたに決まってる。第一、誰も教官が怪我したところなんて見てねぇじゃん」

「確かに・・・でも、教官と戦って医務室送りになんかされる奴が此処に入れるんすか?」

「どうせ、ガリ勉くんか、なんか変な能力持ってるだけだろ?それとも何か、テメェ俺の意見に文句あんのか?」

「い、いえ、別に・・・・」

「だったら下らねぇこと云って俺の機嫌を・・・ん?」

「どうしたんすか?」

突然、黙って小柄な少年の後方を睨む有栖川。
その先にいたのは、見慣れない二人の少年と御剣 万葉。

「来やがったか」

醜悪な笑みを浮かべる。
オレンジ色の髪は未だしても、あの黒髪の小柄な少年はとても強そうに見えない。
おそらく、あれが医務室送りになった方だろう、とかって目処をつけ、そちらに向かい悠然と歩き出した。

 

 

 

「すいません、此処が修練所ですよね?」

「え・・・ああ。そうだが、貴方たちは?」

一人で型をなぞり、基本の技のおさらいをしていた万葉に声を掛けたのはそんな暢気な声だった。
不意に眼に入る黒髪の少年。
ほっそりとした痩躯は力仕事などには不向きに見え、筋肉が全然付いていないように見える女の万葉でも力を込めれば折れそうな細い腕。
そして、少年の後ろにいるのはオレンジ色の髪の少年。
校則違反の髪に、やや眉を顰めるが、無視する。
それなりに体付きが頑丈に見え、喧嘩慣れしているような雰囲気が出ていて、少年の硝子の様な透明な雰囲気とは全く違う。

ただ、不可解なのは、と万葉は思う。

―――――何故、二人とも頬の片側が赤いんだ?


 

「ああ、僕は今日此処に転校してきた・・・刀崎 七夜です。宜しく」

「俺は乾 有彦。んまァ、宜しく」

雰囲気の印象は挨拶も影響があるのか、全く予想通りの挨拶だった。
刀崎と名乗る少年は極普通の平々凡々とした学生という雰囲気が漂う。まあ、しかし極身近に似たような雰囲気の『天才』がいるので、平々凡々と言う言葉に最近疑問を覚えずにはいられない万葉だが、
乾と名乗る少年は、髪のまんま。取ってつけたような挨拶には不快感しか感じない。

アンバランスな二人。そう胸中で呟く。
二人できたのだからそれなりに仲が良いのだろうが、正反対もいい所だ。
これでどうやって気が合うのか不思議で仕方がない。

しかし、と思考する。
何か、この刀崎という少年は引っ掛かる。
何か、変だ。
何か、違う。
外見は普通の少年。やや、顔付きは整っているが特記すべき事柄でもない。
ただ、何か自分には解からない異質なモノを内包しているような、そんな雰囲気がした。

 

――――――――馬鹿馬鹿しい。何だ其れは?

 

脳裏に翳めた微かな疑問を不審を振り放つ。
こんな疑問はただ単に、初対面の人間に対しての違和感に過ぎない。

 

「私は御剣 万葉。貴方たちのクラスメートと云う事になる。転校初日だから、体術指導を先生から受けた方が良いんだろうが、生憎と先生は今日一身上の都合で休みでな、どうする。誰か適当な相手と乱取りでもするのか?」

「え、いや、そんな事云われても・・・・どうしようか?」

アハハと苦笑いをする刀崎をいう少年に興味が湧く。
恐らく、件の教官を倒したのか、それとも医務室送りになったのはこの少年だろう。
オレンジ色の髪の方なら、その髪の事が噂にならないのがオカシイ。

「相手がいないなら、私が稽古相手になろうか?」

「へ、でも・・・・・良いの?」

「構わない。一人で型のなぞりを繰り返すのも重要だが、最優先事項というわけでもない。刀崎君、私と貴方は同じクラスメートになるんだし、困っているなら手を貸すぐらいはする。それに編入試験を突破するほどの貴方の実力を私は知りたい」

「そんな、大層な実力はないけど。それでも良いなら。あ、そう云えば僕の事は"七夜"って呼んでもらえないかな。刀崎って呼ばれると自分だって気がしなくて」

「?どういう事?」

「まあ、色々・・・・・」

苦笑交じりにそう呟く刀崎。
だが、その会話と突然の乱入者によって乱される。

 

「おいおいおい、抜け駆けするなよな御剣ィ?」

 

耳障りな不快な声。
その声に嫌と言うほど覚えのある万葉は苛つきを抑えながら、声の方を向く。

 

「有栖川・・・・何の用だ。お互い顔も見たくないだろうに?」

「ああ、テメェの面は見たくねェな。いや、面自体だけなら見ていても、愛でてても、別に構わないぜ、テメェのその性格さえ改善すればなァ?」

「貴様などに、私の性格を云々云われたくはない、それに私は何の用かと聞いているんだが。顔と頭だけでなく、耳も悪くなったかデカブツ?」

 

瞬間、周りにいた生徒は有栖川の身体が一回り大きくなったような印象を受けた。
彼の怒気が満ちた、威圧感を受けた故の錯覚だったが。

――――――ん?

万葉は奇妙な事に気付いた。

この有栖川という男は腐っても自分と互角以上の戦闘力を秘めている。
故に、この学校の学年では、彼に敵う者は少なく、彼の戦い相手になれる人間もそう多くはない。彼の大きな体躯とそれによって出る威圧感。力なき者にとってはそれだけでも脅威で身を竦めるだろう。

だが、何故、このクラスどの男子よりもほっそりとした痩躯の少年はこの怒気を微風の様に受け流せるのだ・・・・!?

怒気が生まれたのは一瞬だけだった。
何だかんだ云っても、有栖川も、御剣の実力は認めている。
少なくとも、自分に軽い悪態を付いても一応は許せるほどには。

「・・・・まあいい、それで黒い方の転校生、名前は?」

「刀崎 七夜。君は?」

「俺は有栖川 和真。おい、女と何かとじゃなくて俺とやらねェか?それとも実力がなくて、申し訳程度に噂話を振り撒く様な腰抜けで軟弱な奴には女の相手しか出来ねェか?」

 

馬鹿にしたような視線で此方を見ながらそうのたまう有栖川の言葉に今度は万葉はカッとする。
『女』
自分の努力を、実力を無にするように揶揄した言葉。
散々、影で叩かれた台詞だが、面と面向かって言われたのは久しぶりで、今まで、その暴言を吐いた奴を許した事はない。

一歩前に出て睨みつける。

 

「お?何だやる気か御剣?別に俺は構わなねぇんだが、止めた方が利口だぜ。どうせ勝つのは俺だしな、その綺麗な顔を傷つけたくねぇだろ?」

 

万葉には確かに今までの戦闘訓練でこの男に勝ったためしがない。
いや、通常戦闘でなら勝ち目はある。だが、能力を持ち込めば、其処に勝算はほぼ皆無。
それは実力以前の特性の問題なのだ。
そして、この男はどんな勝負でも負けそうになると能力の使用を躊躇わない。
故に勝った試しがない。

 

 

だが――――――――それがどうした?


 

私は私の実力を貶める人間を許さない。
例え、敵わぬ相手でも、私は許さない。

私の、孤児であり、自分の力以外頼る物がなくて、
それだけに縋ってきた私のちっぽけな誇りを、汚す者を、決して、許さない――――――――!!

 

「――――――謝って下さい」

 

凛とした声が万葉の怒りで興奮した思考を冷めさせる。

 

「謝ってください。彼女に、僕の事は別になんと言われて構わない。だが、女という下らない理由で彼女を誹謗中傷するのは止めて下さい」

 

脅えもなく、気負いもなく、ましてや偽りもない。
ただの本心からの言葉。真っ直ぐな、眩しすぎるくらいに真っ直ぐな言葉。
誰もが唖然とした。遠巻きに見ていたクラスメートも、周りで囃し立てた有栖川の取り巻きも、無論、有栖川本人も、

そして――――――――万葉も。

 

華奢な痩躯、女子とすらあまり変わらない様に見える同世代男子には一歩引いた細い四肢で同世代よりも大きな体躯を持つ少年を真っ向から睨みつける少年。
それも、赤の他人でしかない、万葉の為に、ただそれだけの為に――――――

 

―――――少年の名は―――――刀崎 七夜――――――

 

少年の名は少女の胸に刻まれる。
それは、まだ恋と言うには浅い想いだけれども。

生まれて初めて御剣 万葉が異性を真に異性として意識した瞬間だった。

 

 

「―――――――ざけんなよ」

 

驚愕から立ち直ればなんてことはない。
この少年が自分に刃向ったと言う事実だけしか残らない。
この軟弱な体付きをした転校生が、この、自分を、だ!

それは、有栖川という少年の逆鱗に触れる行為。
格下でしかない者に見下されたような気分。

怒気という言葉では生温い。
憤怒の感情は最早殺意と言う言葉に近く、歯止めはない―――――――!

 

「おい、刀崎だったか、テメェ俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 

ハッと気付く万葉。

このままでは七夜という少年が危険だと理解する。
有栖川は怒りのあまりに切れる一歩手前。
自分を侮辱した事を許すつもりなど毛頭ないが、それを訂正させるのは他ならぬ自分のすべき事。巻き込むつもりなどなかったし、あの華奢な痩躯では――――――――

 

「勝てる?別に戦おうというわけじゃない。ただ単にお前の不当な言葉を訂正しろと云ってるんだ。
それともこの程度の言葉を受けただけで喧嘩腰になるのか?
『女』云々と言っていた事で器が狭い男だとは思っていたが、思って以上に底が浅い―――――――」

 

初対面の相手に対しての丁重な言葉は既になく、辛辣な言葉は吐く七夜に有栖川は言葉ではなく、拳で答えた。
僅かに離れた距離を有栖川は詰めながら拳を打ち出す予備動作をする。

 

「最後まで人の話を聞けよ」

 

嘆息交じりの呟きが終わらぬ内に後ろの足、その付け根のふくらみで畳を強く蹴る。
爆発音に近い音が畳みから発生し、その反動で七夜は滑るように移動し、僅か一呼吸で接近する。

 

「な――――――!」

驚嘆の声を誰かが上げる。

 

「すり足」と呼ばれる技法。
構えを崩すことなく移動できる歩法の基本技であり、極意でもある技術。
躯が覚えている技術。

 

「寝てろ!」

行き成り接近され、慌てたように打ち出された拳を七夜は冷静に左の拳で人差し指と中指を横殴りに打つ。

力に逆らわないで力の流れを変える。
拳はいなされ、七夜から大きく外れた左側に流れる。

傍目から見ても解かる頑強な体躯。
だが、どれだけ頑強でも鍛えられないのが人体の急所。

 

即ち―――――鳩尾――――――

 

 

「シッ!」

息吹を放つ。と同時に拳も打ち出される。

ズドン!

肉を打つ鈍い音が静謐なまでに静かな、ざわめきなどはなく、ただ息吹のみが存在する修練所に響く。

 

「グボォ!」

 

嘔吐。鳩尾は思いっきり打ち抜かれた有栖川は為す術もなく倒れ、口から吐瀉物を吐き出す。床は胃液で溶けたかっての食料で犯され、有栖川はその吐瀉物に顔を突っ込んで倒れる。

 

 

「――――――――――な」

 

あの、有栖川 和真が。
強化系能力者としてこの学校でも屈指の実力者が、

全く、全然、為す術もなく、いともあっさりと、倒された――――――!?

 

その事実は万葉と有彦以外の其処にいた全生徒を驚愕させた。
有栖川は馬鹿かもしれない。しかし、雑魚ではない。
戦闘能力は能力だけでは決まらない。
どれだけ優れていても、基礎となる体の造りが確りしていなければ生かされない。
そして、それ以上に、技術がなければ使いこなせない。
木連式柔、準一級の資格を保持する、無手での戦闘を何よりと得意とする男が頭に血が上っていたとは言え、負けたのだ。それも自分よりも一回りか二回りは小さな少年に。

 

 

――――――ったく、教官ですら勝てなかったこいつの体術にお前如きが通用するかよ

 

有彦は解かっていた。
七夜が負けるはずがないと、昨日の教官の戦闘を見ていた彼は理解していた。
確かに、七夜は能力者ではないかもしれない。
だが、彼の体術は既に能力の域に達している達人芸であり、殺し技。
こと、無手での戦闘で勝てる相手ではない。
有彦とて、自身の力を使っても勝てるかどうかは解からないのだ。


 

 

万葉は何も解からなかった。
彼の実力も、有栖川の敗退の意味も。
ただ、疑問よりも、得体の知れない安堵感が広がった。

 

――――――良かった

 

そう考えて自問する。
何故良かったと思うのか自分で自分の心の機敏が把握できなかった。
まだ、出会って間もない、初対面の少年。自分よりも背が少し低い少年。
それを好意には微笑ましくは思っても――――――――

 

―――――なんだろう、この暖かな気持ちは?

 

感情の微かな揺れ。ただ、戸惑う彼女がそれの意味を知るのはあと少し先の話。


 

 

 

「ったく、来て早々問題を起こすなよな」

皆が呆然としている中、有彦が七夜に近付く。
解かりきった問題の回答を見せられた気分であまりこの勝負は面白みがなかった。と彼は思う。

「別に・・・・起こしたくて起こしたわけじゃない。今のは間違いなくアイツから突っかかって来たんだ。僕がしたのは反撃しただけだよ」

「・・・・過剰防衛じゃねぇか?」

視線の先にはピクピクと痙攣する物体。
かなりやば目な感じが良い感じに伝わる。

「医務室につれてったほうがいいんじゃねェの?」

「大丈夫だよ、多分。ある程度は加減して打ったし」

「多分?今、小さく多分って云わなかったか?」

「―――――気のせいだよ、有彦君」

「返事に間が・・・・・・」

そんな漫才のような会話を遠巻きに眺めていた生徒も漸く驚愕から晴れ、とりあえずどうするべきか思考する。

「・・・・・・あ、先生は?」

誰かがポツリと呟いた。
そうだ。先生がいたと口々言う。
責任者はこう云うときにいるのだ。と思い先生が座っていたところを見ると・・・・・・・

 

 

 

無人。

 

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

先生が座っていたところにはメモ用紙が一枚ヒラリと置いてあって、こう書かれていた。

 

『持病の病で早退します』

 

(あのボケ老人が〜〜〜!!)

 

そうして大多数の生徒が謎の憤怒に身を焦がしている間、有栖川の取り巻きの生徒たちが倒れている有栖川の元に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか、有栖川さん!?」

「確りして下さいよ!!」

「医務室行きますか!?」

 

それが、上辺だけの言葉なのか、それとも本心からなのかは解からなかったが、彼等は次の瞬間、一様に押し黙った。

薄く眼を開けた有栖川の形相は、まるで鬼ようだった、と後に彼等は語る。

 

「―――――――――ぶち殺す」

 

小さく呟き立ち上がる。
その強烈な剥き出しの闘気、否、殺意は一瞬で空気を、この修練所という限定空間の世界を変えた。
寒気に似た気配は壮絶なまでの殺意。
喧嘩などという言葉では終わらせられない雰囲気。
倒れた際に鼻を打ったのか大量の鼻血を垂れ流し、血走った目で睨む少年の眼には正気など残っているようには思えない。

 

「殺す、テメェは殺す!!」

 

凄まじい怒りが篭った声は今まで観客として試合を見守っていた生徒たちの背筋を例外なく凍えさせた。

 

「ガアアアアアアアアッ」

 

獣の遠吠えのように、身を震わせ、襲い掛かってくる有栖川の一撃。
文句なしに、先ほどの数段は速き一撃は不意を付かれた形となった七夜の頬に掠り、風圧で鮮血が跳ぶ。

 

「チィ!」

「死ねや!!」

 

怒涛のような連続で仕掛けられる体術。
あまりの速さに反撃する余地すらなくひたすらに躱し続ける。
だが、頭に血が上った状態で何時までも連続で攻撃できるほど彼は体術に優れてはいなかった。

 

「――――――もらった!」

 

僅かな隙が出来た瞬間。
七夜は滑るように移動し、僅か一呼吸で密接するほど接近する。

 

――――?
何故、こいつは避けようともしないんだ?

 

密接するほど接近され、リーチの長さ故に反撃も出来ない位置で下がりもせず、特に防御する気配なく、次の攻撃を行おうと備える有栖川。
頭に血が上っている所為かと判断し、思考を切り替える。

右腕を左側へと振り上げ、踏み込みと同時に、袈裟斬りの様に手の側面で相手の鳩尾を打つ。
通常の人間なら嘔吐する程の一撃を鳩尾に叩き込んだ瞬間、七夜は自分の失敗と相手の無防備さの理由に気付いた。

 

手から伝わったのは肉を打つ感覚ではなく、まるで鉄の塊に打ちつけたような奇妙な感覚だった。

 

「―――――っな!能力の使用!?」

 

驚愕する間すらも碌に与えられず、次に横殴りで飛んできた拳は七夜の身体を木の葉の様に吹き飛ばした。

その修練所の畳の床を転がるように吹き飛ばされる七夜は、壁のところにぶつかり、漸く止まった。

 

「チィ、左肩が折れたか――――――!」

 

付け根からぶらりと下がる腕には痛み以外の感覚はない。
しかし、と七夜は思う。
先ほどのはさして力が入った一撃だと思わなかった。
密接していた所為で、上手く攻撃が決まらなかったのだろうと思う。
だが、では何故此れほどまでにダメージを食らうのかが理解できない。
それに、先ほどの肉体の頑強さは?

「全く、能力者相手に能力の正体も碌に解からないままタイマンしろっていうのか?」

右手だけで構え、左はぶらりと揺れる。
両眼は鋭利な刃物よりも更に尖る。

 

 

 

「――――まあいいや。能力が絶対ではない、ということを教えてやるよ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「能力者というのは確かに普通の人間よりは遥かに強力な力を有している。私が思うに能力と言うのは人という種が生み出した最初にして最後の武器だと思うよ。
兵器とかさ、そういう問答無用のモノを抜かせば間違いなく人の持ちいれる最高の武器さ。
いや、時には兵器すらも無効化するかもしれない。
でもね七夜君、此処が大切だからよく聞いてね。
強力な力=最強ではない。まあそもそも最強という思想自体どんなもんだろうね。
今までの人類の歴史で最強なんてモノはなかったし、これからもないんじゃないかな。
私は在る意味「最強」という言葉を用いるのはそれに対しての最大級の侮辱だと思うよ。
何故かって?解からないかな。最強というのはこれ以上の上はないということ。つまり進化の終着点なんだ。それは在る意味『死』、いや『無』に等しい存在だ。
つまりね、最強というのは同時に最弱でもあり、そのモノに対する存在価値の否定と為る。
まあ、難しい事を云ったけどね。それはまあ置いておいて、最強ともいえるような絶対的な力でもない限り、どんな力にも隙はあるし、力自体に隙がないように見えるほど強力無比でも操るのが人間なら隙は出来るし作れる」

一息吐く。すると今までにはないほど真剣な瞳で七夜の身体を射抜く。
そして、一瞬にも満たない巡廻の後、こう続けた。

「もしも、将来、君が能力者と殺し相手するとしても気負う必要はない。事実、あんなモノは人間の種が生み出した最初にして最後、そして最高に見苦しい悪あがきさ。元々が霊長類である人を脅かす存在を抹消する為に、いや防壁となる為に出てきたようなもんだし、能力者という単体はいや、それが混血だろうが、退魔だろうが人の生み出したモノなんて取るに値しないんだよ。無論人の競争相手である魔もね」

「・・・・では何を警戒するんですか秋月先生は」

その質問は禁忌だったのか、彼は急に人が変わったように鋭い眼を見せた。
息を飲む。呼吸すらも息苦しい空間。本能は悲鳴を上げ、今すぐにでも此処から逃げ出したいと訴えかける。
それは一瞬だったのか、一分だったのか、一時間だったのか。
強烈な威圧感で身動きが取れないところに、静かに謳う様に囁いた。

「――――――――堕ちたる者さ」

底冷えするような視線と声。
さっきまでの秋月先生が偽者だとは思わないが、これも彼の本質。
久しく忘れていた、出会った頃の彼。

「まあ、基本的には全部警戒するべきさ。どんな強靭な生物も慢心と言う敵が一番厄介な者なのさ。だが、あえて私が、いや私たちが警戒するべきモノはそれさ。本来は戦争なんてやっている場合じゃないんだよ。誰も彼も。いや、戦争をするべきなのかもな。力というのは追い込まれたときこそ爆発的に発達するんだから。下手に平和時代を満喫していたらそれこそ大変な事になる」

「なんですか、その堕ちたる者って・・・・・?」

「其れは、まあ、また今度話してあげよう。それよりも能力者についてだったね。能力者は基本的に混血とは違い肉体的には普通の人間とさして変わらない。関節極めれば痛いし、脳天を撃たれれば死ぬし、血を流しすぎれば死ぬ。兎に角、彼等も生物の延長上にあるんだ。ならば、等しく倒せる。戦う前に弱点を探すんだよ、七夜君。自分が打てる全ての手を考えるんだ。思考しろ。考え続けろ。其れが能力者に対する唯一にして無限の武器だ。そして、躊躇わなければ君の勝ちだよ」

 

 

 

 

――――――恐らく、奴の能力は強化系

 

思考し続ける。敵の欠点を探す。
頑強な肉体と、ほぼタイムラグなしに来た拳。

特殊系でも肉体をホールドすれば出来なくはない技だが、精神力を多大に使うだろうから、そんな無駄なことはしないだろう。
そして、何よりも特殊系でホールドしているんならすぐさま懐から拳までエネルギーの移行は出来ないだろう。

 

――――――能力は、恐らく物質転換系能力。それも硬化能力!

 

 

 


―――――物質硬化能力―――――

筋肉の質を変化させる【強化系】に属した能力。
その名の通り、肉体の質を変化させるこの能力は能力者の意思力で効果時間と硬さが決まる。全神経を一点に集中すれば、戦艦の内部装甲すら破壊できる能力。
それは、相手の攻撃箇所さえわかれば、砲弾すら防ぐ事が可能だろう。

 

 

 

「死ねェ!!」

「――――――くっ!」

 

飛び退いた瞬間、大振りの蹴りが躯を掠める。
全くダメージの無さそうな、寧ろ、七夜の非力さ見て薄ら笑いを浮かべる有栖川に言いようの無い苛つきを覚えながらも怒涛のようにくる攻撃を躱し続ける。

腕の痛みが先ほどから酷くなってきている。

痛みはある程度、無視できる。しかし、ある程度はある程度、これ以上は精神的にもきつい。そして戦闘中で片腕が使えないのは大幅に戦力ダウンだ。
更に碌に動かない腕は格好の弱点になる。まあ、幸か不幸か、少年の攻撃は弱点などを狙う様な動きは無く、例えるならば弱点ごと全て殲滅するような勢いだ。

 

 

「だが、種が解かればなんてことは無い。―――――十分に潰せる」

 

 

腕の痛みを無視しながら、右足で畳を蹴り、反動で男の側面に左から回りこむ。
此方の攻撃が効かないと理解しているのか、碌に防御の構えも取らずに、こちらの攻撃が無駄に終わった後、直ぐ撃ち込める様に次の攻撃に移行しようとする男。

その慢心を七夜は嗤う。

 

 

「もう付き合いたくないのでね、悪いが此れで終わりだ!」

 

左の足で踏み込みながら足から腰に至る螺旋状のベクトルを作りながら掌で浸透性の打撃を頭に打ち付ける。

 

幾ら、身体が硬くても・・・・・・・・

 

反動でやや後方に揺れながら下がる男の足元に仕上げとばかりに身を屈め、足払いを掛ける。
それをもろに喰らい、男は地面に尻餅を付く。

 

「糞・・・・テメェ・・・何しやが―――――――」

 

 

バキ

 

 

喋っている途中で男の顔に回し蹴りを喰らわせる。

思ったとおり、今は先ほどまでの硬さが無い。
こういった、何かを変化させる能力には絶えず集中力が必要となる。
集中力さえ消せれば、此方でも致命打を与える事が可能だ。

 

「幾ら表面が鋼鉄の身体でも、脳震盪までは防げないだろ・・・今度こそ寝て――――――

 

ガクと膝が畳みに付いた。

 

「――――――――え?」

 

何が起こったのか自分でも解からずに、戸惑った声をあげた。

躯から力が抜けていく、躯の裡から何かに喰われていくようなこの感覚は・・・・・・

 

「まさか・・・・・こんな時に・・・・・・!」

 

それは『発作』。
行き成り、全身から力が抜けて、立つ事さえ、ままならなくなる。
ふら付く身体と、断裂していく意識の中、視界の端で何かが動いた。


ふと、視界が『発作』とは違った感じで変化する。
息が詰まり、身体に衝撃が走った。


恐らく脇腹が蹴られたのだ。
奴の脳震盪は思ったよりも浅かったらしい。

 

「―――――――――!」


「――――――――――!」

 

誰かの云い合いが聞こえる。が遠退く意識はその内容までは伝えてくれない。
ただ、片方の声は有彦に似ていた。

 

「―――――――――!!」

 

意識と共に消えてゆく痛み。
いつの間にか目の前には畳があって、倒れたということを他人事のように理解した。
幾度となく来る身体の震えの正体は恐らく蹴られるかどうかしているのだろう。

 

誰かの悲鳴が聞こえる。吐血したのか、目の前の畳が赤く染まっている。
鋼鉄の棒のような物に何度も叩かれているのにまだ生きている自分の身体の意外な強靭さに少々驚く。頻繁に『発作』が起きているから死に易い身体なのかと思っていた。

 

―――――いや、『発作』は精神的なものだったか?

 

思考もうまく動かない。
しかし、強靭とは云っても、こんなモノに何度も蹴られれば良くて後遺症、悪くて死ぬだろうな――――――――――

 

いつの間にか視界の揺れが収まっていた。

 

蹴りが止んだのだろうか、それとも死んだのだろうか。

そう考え、思考が途切れる瞬間、意識は黒い何かに飲まれた。


其れが訪れた時
黒くなりつつあった視界が

 

 

 

 

 

 

―――――朱色に 染まった。

 

 

 

 

 

「・・・ガ・・・ァ・・・ァ・・・ア!」

 

躯中の血液が沸騰するような感覚。
精神が裡から滲み出る何かに浸食され同化する恐怖と高揚。
脳髄感覚が救いようの無いほど壊れ始めて、脳の回線が焼き切れる寸前まで追い込まれる様な軋む様な頭痛。
表と裏がくっ付くほどに乾いた喉は酷い痛みが走る。

 

喉を掻き毟る。
餓えて、渇いた口内が求める≪何か≫。

 

白濁し、断裂する意識。
分裂していく視界。
その壊れていく景色の端で捉えたのは、黒い髪の少女と、黒い髪の少年と黒い髪を後ろで結んだ少年とオレンジ色の髪の少年の4人と、そして彼等と対峙する様に立っている4人よりも一回り大きい体躯を有する少年の計5人。

 

そして、脳裏に浮かぶのは規則性と云うものが皆無の言葉。
複雑性を持ち反複数を増す同意義の言葉の群。
永延と繰り返す其れは強迫観念を伴って、精神の隙間から次々と入り込んで来る。

 

 

 

 

「破壊」「自由」「無価値」「永遠」「破滅」「畏怖」「消滅」「闇」
「夜」「死」「両極」「世界」「狂気」「無」「狂喜」「魔」
「鬼」「吸血鬼」「混沌」「漆黒」「純白」「代行」「錬金」「魔法」「魔術」
「呪縛」「境界」「禁忌」「無意識」「退魔」「朱色」「金色」「月」「鬼神」「七夜」「直死」「死神」

 

 

 

 

 

 

最終的な意味、それは――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


――――――――殺せ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思考が改竄されていく、躯の裡なる命令に抗う気持ちさえも今はなく、

ただ激流の様な意識に身を任せ、流されていく――――――――――――――

 

 

 


いつの間にか頬を濡らした水滴の後のみが、彼自身の意思の現れだったかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*作中で出てきた言葉の意味*

【超能力】
人間の限界を上回る能力や人が人類の発展と共に捨ててきた能力の総称。
自然現象の延長線上にある魔術とは全く異なる脅威であり、先天的(極稀に後天的)に身に付けた力で訓練、薬物投与でそれなりの向上は認められるが、基本的にそれ以上は進化しない。
【強化系】と【特殊系】が二種類に分けられ、【強化系】は肉体に作用する能力。
具体的には、認識力の拡大、身体能力の向上、肉体補強などがある。
【特質系】はそれ以外の能力。
物理学の作用とは相反する様な不可思議な力が多く、作中で何れ出てくる【直死の魔眼】も此処に含められます。

【S.C(ソルジャー・チャイルド)】
世間ではM.C(マシン・チャイルド)の亜種と考えられているが実際は全然違ったりする。
ソレの形態は寧ろ【混血者】に近く、人工的に、【魔】の細胞や超能力者の細胞を移植した子供である。子供の理由は移植の際の組織の拒否反応が低いとかなんとか・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


* 作者の後書き。
咎人の夢U、V、漸く完成。えらく長くなりました。はい。
なんか予告と全く別物ですが、気にしないで下さい。
色々あったんです。
今回の登場人物は主人公の七夜君と有彦、そして時ナデから万葉さんと千里くんが登場。
オリキャラでの海斗も一応重要キャラです。
有栖川は別に重要ではないですが(単なるやられ役です)。
因みに、万葉さんをどうするか考え中です。
このままだと、七夜とくっ付く可能性大ですが、七夜とくっ付くと唯でさえ少ないガイに好意を持つ女性キャラが!という心境です。
別にガイがどうなっても基本的にどうでもいいんですが(わりと鬼畜)、ハーレム物は避けたいので、あんましヒロインを多くしたくないのです。
でも、月姫キャラ+αだから、既にハーレム物みたいなものですね。
まあ、真のヒロインを誰にするかは微妙ですが。
多分影護姉妹かブリュンスタッド姉妹かと(無謀にもアルトルージュを書くつもり)。
基本的にこの話での七夜と月姫の志貴は別物です。
だって、遠野家に預けられたというか拉致られた経過がないんですから。
性格はやや殺人貴寄! り。
と、いうか、少々ある小説の某キャラを意識してます(意識してるだけであんまし似てない)。

なんか、話の流れで孤児院の先生をツワモノのしてしまいました。彼は別に今後、回想以外で無理に登場させようとか思ってません(キャラが多くて大変だし)。ただ単に意味深なだけです(笑)。

北ちゃんたちの事も少し書かせて貰いました。彼女等怪談と化しとるし(爆)。
既に物語がナデシコと全然違ったりして、緋月自身も困惑してます。
能力者が沢山いたり、木連に何故か皇子様の機体があって、技術力がアップしてたりと。

作中で解かったでしようが、七夜君はまだ能力を使えません。
既に覚醒してるのですが、記憶を失ったついでに発動のさせ方も忘れてしまったという感じで。
作中で出てきた格闘技のシーン、私、格闘技は素人なので本とか参考にして適当に書きました。変でしたらすみません。


次回は『発作』の謎に触れる予定です。
未だ未だ未熟者で、小説も下手の横好きといった感じで拙い表現が多いですが、是非これからも応援してください。応援があれば書く気も段違いなので(他力本願)。

それでは感想のメールお待ちしてます。

 

 

代理人の個人的な感想

あー、文体を真似するのはいいんですが誤字の多さまで真似ないように(爆)。

どこらへんまでが本気の間違いでどこらへんまでが故意なのかわからないじゃありませんか。(核爆)

 

>強化系、特質系

なんだ、ニ種類しかないのか(爆)。