蒼月幻夢





蒼月幻夢


4/Oblivion of World








カチ、カチ、カチ、カチ、カチ・・・・



暗闇の中、音が聞こえる。
神経質なほどに正確に時を刻む音が。



――――静謐な空間に痛いほどに響き渡る音、
何の根拠も無い。
でも、それは徐々に迫り来る何かの到来を僕に教えようとしている気がした。





これは夢。

そう、僕は夢を見ている。



頭上に在るのは、まるで此の世の終わりの様な禍々しき朱色の月。


夢の中の僕は、現実感の無い蜃気楼の様な漆黒の城に囚われている。








カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ・・・・・・






時の刻む音は静かに、だが確実に続く。



それは無骨な灰色の壁を隠さずに調和する煌びやかに装飾された空間だった。


広々とした円形の空間。
天井の中核はクリスタルで造られ、
計算されたように頭上から室内を照らす月明り。



その月の明かりの下に僕は居た。



千にも及ぶかに見える無数の銀色の鎖に全身を拘束され、翡翠の玉座に繋がれた僕。
肉体だけでなく、精神すらも拘束されたような奇妙で不愉快な感触。
無数の鎖は天へと続き、無骨な無数の歯車から伸びていた。


月の光に照らされた静謐な空間。
まるで中世の城を彷彿させる造りの室内は朱い月の光に相まって酷く幻想的で、同時にこれ以上とないほど無為な世界だった。





カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、―――――――カ―――――――チ―――――――。











――――――不意に、音が止まった。













対峙する様に対面に立つのは一人の少年の影。




処女の鮮血が飛び散った瞬間、空気に触れ微かに腐食するその時が刻む一瞬を魔法で止めて生み出した様な生々しい朱色に染まった絨毯の上に一人の少年が立っている。

不適な笑みをその貌に浮かた少年。


飾りっ気がまるで無い上下とも黒一色の無地の服。
この静謐な空間と時代掛かった中世の城。
その雰囲気に相まって、「彼」は聖職者の様にすら見えた。
だが、ポケットに両の手を入れ、此方に薄ら笑いを向ける「彼」は贔屓目に見ても神様に人生を捧げていそうには見えなかった。


黒い服と対照的な、白い髪の少年。
月の光では足りないのか、「彼」の輪郭はぼやけていて、闇と半身が同化しているように見える。だが、ぼやけた輪郭の中、顔の、否。表情ははっきりと見える。



虚ろなる世界に存在するは、ただ二人のみ。


罪人の如く鎖に繋がれた僕とその対面に不敵な笑みで立つ「彼」。


広々としたホールに足音が反響する。
段々と此方に近付いてくる「彼」。段々と距離を縮められる僕。


やがて二人の距離は限りなく零に等しくなり、「彼」は僕に身体に手を伸ばす。





























「ようこそ、我等の忌むべき業の始まりの地、このOblivion of Worldへ」






























声が聞こえた。
僕はその声を聞いても、「彼」の言葉だと気付くのに数瞬を要した。
何故ならば、彼の声は、そう、酷く似ていたのだ。


手が頬に軽く触れる。
指が軽く当たり、黒く曖昧だった輪郭は精密なカタチを取り戻していた。






――――――愕然とした。何故ならば







薄っすらと微笑を形作る「彼」の貌。
その微笑みは嘲笑とも云えるカタチで固定されていた。







――――――「彼の貌」は他ならぬ








耳に微かに残る「彼」の言葉。
反復数を脳裏で増し、言葉を否応無しに意識させる。
夢だというのならば、これは悪夢だろう。
鎖に繋がれたまま邂逅する人物。
嘲笑に近い笑みを浮かべたまま頬を触れるのは鏡に映った虚像。
何処までも同一なのに、何処かが致命的に違う出来の悪い喜劇。






――――――「僕の貌」だったのだから








「夢?悪夢?
確かにそうさ、これは君の悪夢だ
だが、夢と一言に云っても色々ある
「深層心理で求める願望」も夢なら、「過去との対面」も夢。
「予知夢」も夢だし・・・・・・・・「現実の逃避」もまた、夢には違いない
そして、この悪夢もまた、一つの特異な夢。
此処は我等二人の意識を繋ぐ世界の一つ
それが「千年城」というのが、我ながら悪趣味だとは思うがね」



「お前は・・・誰だ?」



気持ち悪い。
自分と同じ顔をした奴がしたり顔で何かをほざくのが耐えられない。

そう、眼前の人物は眼と髪の色。
それ以外は全くと言って良いほど同一で気味が悪い程似ている。




「俺が誰かは君が誰より良く知っている筈だろ?
俺に聞かずに、自分の胸にでも聞けよ」




嘲う。侮蔑の眼差し。
解かった事は、僕がコイツを嫌いなように、コイツも僕を心底嫌っていると言う事。




「僕は・・・・・・・お前なんて知らない。知らない筈だ」

「それは君の逃避。それこそが、「俺を君が知らない事」自体が君の願望。
忘れたがっているんだろ?過去を、自分を。
なら、今更俺の正体を詮索するほど無意味で無価値な事もないだろ?」

「ワカラナイ・・・・・誰なんだよ・・・・・お前も・・・僕も・・・・・・」






嫌になる。
どうして夢にまで悩まされなければならない。
毎日が不安で、不安で、不安で仕方がないのに。
そんな不安を紛らわしながら何とか生きているのに。
自分が何者なのか。
確立しれきれていない自己。それは曖昧な存在で、記憶を求めている。
常に、この心に空いた穴を埋めることだけを考えて――――――――






「記憶を求めている?本当にそう、言い切れるのか?」


「当たり前だ!僕は――――――――――」


「居心地の良い、『今』を捨てても?」


「―――――――――――――!!」


「言葉に詰まったな。
ほら見ろ、君の覚悟なんてその程度さ
醜いんだよ、本当は記憶なんて知りたくないくせに「常識」に囚われて求めている振りをしている。
そんな君に何の価値がある?
そんな君に過去を受け入れられるのか?
そんなのだから、さっきもあんな雑魚に遅れを取るんだ」


「あれは『発作』が!!」


「『発作』ねぇ。自分の体が危い事を知っていたんだ。そんなのが理由にはならない
君が最初から早期決着を試みれば、そんな事にはならなかっただろ?」





一言一言が痛く、胸を締め付ける。
コイツの言葉は自分自身が昔から思っていたことだから、余計に痛い。



まるで鏡だ、と七夜は思った。
自分自身への悪意を映し出せば、きっとこうなるに違いない。



「残念ながら、俺と君は別物さ。両極端だから、それ故に酷く似ているとは感じるだろうけどな」



「両極端?」



「俺は君の影。君は俺の虚像。IFの世界さ。もしかしたらこうなったであろう自身の姿。
それが我等二人の繋がり。同一であり、対極だった鏡の世界の自分が互いに一歩だけ近くなり、一歩だけ遠くなった事で出てきた差異。それが「彼」を『殺人貴』と『殺人騎』に隔てた」





『殺人貴』



『殺人騎』




酷く懐かしい単語。
その符丁は誰の『何』を現したのだろう。





「君と俺は未来永劫の宿敵、殺意の対象。共に歩む事はないだろう。
だが、それでも俺は君にとって、君は俺にとって最大の理解者である
いずれ君は俺と対峙する。互いを殺しあう為に。
これは予言さ、霊長の意思は必ずその場を用意する。
君が完全になる為に、な
戦争が始まるだろうよ。運命に縛られたこの世界で、人の種の滅びへの序曲が」


「戦争?木連と地球の・・・・か?」


「それもまた一つの事象。
定められているんだ。遥か太古からその為に鍵を握る者達が近いうちに現れる。
予言されている幾多のキワード。『二対の姫君』、『朱い魔王の降臨』、『逆行者』、『堕ちたる者』。
全てのリセットを役割は我等「世界に死を与うる者ワールド・エンド」に。
だから『王冠メレム』如きの遊戯などで君を殺させてやるわけにはいかないんだよ」






頬に触れていた手が突如として頭を鷲掴みする。
突然の事に驚き離れようとするが、鎖に繋がれた四肢は動かず、逆にその手は食い込むように力を込めて来る。














































「君を殺すのは俺なんだから」







































それは酷く奇妙な感覚だった。
例えるならば、水と油が溶け合う感じ。
決して融合できないと世界の法則で極められていたものを捻じ曲げる。
世界と言う情報の海の一部を書き換える様な感触。

黒と白は交じり合う。でもそれは決して灰色にはならない。
黒と白の両方の性質を持った無色が出来上がるのみ。






















そう、限りなく朱色の無色が―――――――――
























暗転、そして視界が回復する。
頭が、からだが、熱があるように熱く、意識が朦朧とする。







自分のからだがそうではない様に勝手に動き出す。

それはまるでからだの中に、何か不純物が混じり、拒絶反応を起こしているように強い熱が感覚の機敏さを奪う。











――――――――――熱イ。











現か幻か。視界すらも、普段とは違う姿を見せる。








――――――――――何モ考エラレナイ。









世界の色が違う。
今なら解かる。普段の自分は危い一本の線の上にいると言う事を。
少しバランスを崩せば、直ぐに踏み越えてしまう境界線。
そう、こんな風に。



















――――――――赫と闇に塗りつぶされた世界にただ一人――――――――



































――――――――――嗚呼・・・・・世界ハ何テ醜クク脆ク、ソシテ美シイノダロウ




























ドックン、と鼓動が鳴る。

軋む様な痛みが頭を走るが緩慢で鈍い神経は伝達しきれない。
痛みが、からだを駆け巡るが、闇の血に取り込まれて消える。



赤黒い世界に「線」が走り出す。
この踏み越えた世界よりもなおも暗い狂気。
「線」は死。終極へと全てを誘うモノ。


廻る、廻る。「線」が世界を廻る。
壁も、ヒトも、大気も、何もかも世界の脆さ。世界の死。


僕を「世界に死を与うる者ワールド・エンド」足らしめる異能。



「僕だけ」では全てが視えない。
全ての終極へと至る道筋を知覚しきれない。



だが「今の僕」ならば、二つの相反する特性を内包した僕ならば、視える。
完全ではないけれど、破滅へと誘う異能を使える。





襲い掛かってくる「犬」の様なカタチをした見えない獣たち。
見えないけど、視える。
ソレに走る幾多の「線」。それを形作る「終り」が視える。



短刀を出す。

頑丈な作りの短刀。これは鋼鉄などではない。

これの材質はヒトの骨。

ただの武器ではない。

血を吸いすぎた為に自らが意思を持つに至った霊刀アストラル・ソードの一種。








―――――――――――故に、同調できる。











メキメキと音が聞こえた。
一瞬。その僅かな時間の間で、短刀は脇差程の長さに「変わる」。
紫に煌々と輝く刀身。自身と同化したエネルギーの残滓。



手の延長のような感覚でソレを振るう。













斬る         切る          キル            きる            斬る


      切る         キル           きる            斬る           切る



















―――――――――――――足リナイ


















斬る    切る     斬る      切る      斬る       切る      斬る      切る     斬る


    斬る     斬る      切る      切る       斬る      切る      切る      斬る


切る    斬る     斬る      切る       斬る      斬る      切る       斬る


    切る     斬る      切る      切る        切る      斬る      斬る      斬る


















―――――――――――――――――――マダ、足リナイ。












斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


       斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


       斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


      斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


      斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


     斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


      斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


      斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


      斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る   斬る


























――――――――――――――――――――殺シ足リナインダ。























虚ろな意識。無意識ではなく、間違いなく意識して振るわれる七ツ夜。





壊そう。――――――――自身に刃向う全てを。






滅ぼそう。―――――――この血が命じるままに。







世界に死を与うる者ワールド・エンド」の名に沿って、道化として踊り続けよう。










































「何度も云うようだが、今の木連に地球と戦うだけの余力はない!」



木連のこと、
「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球同盟連合体」。
その主要都市の一角である「エウロパ」の「管理区域」で「最高評議会」は現在「対地球外交」に対する今後の方針を議論していた。
四大都市である「ガニメデ」、「カリスト」、「エウロパ」、そして、三つの都市間の貿易を繋ぐ「中央都市群」。いずれも、古代人の遺産である「古代遺跡」を流用する事で生まれた衛星国家である。


「最高評議会」とは、「四方天」と呼ばれる各部門の最高責任者、つまり「軍部」を司る南雲家、
「経済」を司る西沢家、「政治」を司る東家、そして「工作」を司る影護家に、衛星間国家の其々の代表者である「四賢人」。
そして「草壁一族」の現当主とその補佐のある十人により運営される議会である。


木連の方針を定める重要な議会は平時、主に月一程度の定時報告が常であったが、今現在はやや事情が異なっている。
つい先日の話だ。
エウロパに在住している木連最高の科学者である山崎博士が「空間跳躍」に関する実験データ―を詳しく纏めた資料。それを最高評議会に提出してきたのだ。
それには未だ、生物の跳躍は不可能だが、こと無機物の跳躍ならば約七割の確率で成功するに至った。
このままの速度で研究を進めるならば、二三年以内には無機物での跳躍は九割を超える確率での成功が可能となる、と。



「空間跳躍」は対地球外交に必須の代物。
その完成の目処が程度に達した現在、そろそろ本腰を入れて対地球に対してのどういった対応を取るのかを進める必要があった。





「第一、我々木連は創立するときに二度と地球には関わらぬと決めたではありませんか。
それを今になって・・・・」

「落ち着け、東殿。これは仕方のないことなのだ」

「西沢殿、そも貴方こそ理解しているでしように!
今の木連の経済では開戦したところでとても戦線を維持できるだけの物資を補給しきれないと」





政治と経済。木連は今、深刻な問題に悩まされていた。
即ち、物資の不足。
軍事力を整える鉱物系の物資は豊富な木連だが、人が生きる為の食料が慢性的に不足しがちであり、餓死者こそまだ出ていないものの、それも時間の問題だと言うことを上層部、延いては政治と経済の長は理解していた。




「解かってくれ東殿。我々は戦うしかないのだ。経済は遠の昔に破綻の兆しを見せている。
地球との外交関係を正式に結ぶ以外には生き残る道はなく、さりとて地球の上層部が我等の存在を認知する筈がない、戦って、勝ち、領土を得る。其れだけが生き残る道なのだ」

「その通り!
これは『聖戦』なのだ。我等の祖先から百余年の長きに渡り、
我等を苦しめてきた奴等に対する裁きの鉄槌を下す為の!!」





諦めと歓喜。西沢と南雲の二人の心情はそれに尽きた。
西沢は既に木連の経済を自力で立て直す事をそのあまりの絶望さ故に放棄し、南雲は生来の武人気質から主戦論を唱える。


東はその両者の姿を見、唇を強く噛む。


南雲は理解しているのだろうか?西沢は容認したのだろうか?
開戦すれば、双方ともにその被害は天文学的なものになると。
現在、漸く此処まで木連は立ちなおしたと言うのに。
負ければ再び全てを失うと言うのに。



そもそも、早期終結を望むというが、早期とはどれだけだ?

半月か?


半年か?


それとも――――――――――――



現在の木連の経済では軍事力では其れをまかなう事は『不可能』だ。
餓死者が、大量に出るだろう。一般人が大量に徴兵されるだろう。
そうなれば社会体制が維持できるはずもない。



早期の間の戦争で受ける被害。其れが木連の許容量を越えるのは想像に難くない。
問題はどれほど越えるかだ。



果たして、戦争に勝ったとして、その後の経済を維持できるだろうか?
と云うより、維持できるだけの能力と数の、時代を担う若人が生き残れるだろうか
もしかすれば戦争が終わる前に、木連の社会が崩壊する可能性も・・・・・・・・




「・・・・・・我々には」




濁す様に言葉を紡ぐ。




「我々には、確かに戦いは避けられないかもしれない。
だが、今、戦うのは無謀です。戦って勝てるならばいい。だが、空間跳躍は未だ生体を跳ばすに至っていない。切り札でさえその状態を一脱しておらず、漸く「無機物ならばある程度」の領域に着たばかり。
無人機とてハードは兎も角、ソフト面には未だ問題を抱え、未だ改良の余地の立たない欠陥兵器。
どうやって攻め込むんです?現在の木連の艦隊は地球までの距離に艦隊を維持して航海など不可能。仮になんとか辿り着いたとて、奇跡的に奇襲できたとしても、火星駐留艦隊にすら勝てるかどうか。
D.S.フィールドは在るが、そんなモノは焼け石に水。火星駐留艦隊に地球からの援軍まで粘られれば、勝機などない。仮に落としたとして、現地住民の反感を買いつつ、火星での篭城戦など行なえるのか。
篭城したところで、負ける期間を延ばすだけ、勝ち目などないでしょうに」



「――――――東殿」



草壁 秋人総帥。
今年で齢六十にのった老人であり、木連という軍事国家の君主たる存在。
その老人が重い口を開いた。



「問題はない。既に東殿の上げた問題点は解消されている」


「――――――――初耳ですぞ」




眉を顰める。
そんな画期的なモノを開発したのなら先に云うべきだと内心で罵る。

だが、東の聞いた答えは、正に悪夢の再来を告げるモノだった。





















「か・・・・・火星に・・・・・無人機を大量に送り込む・・・・と、今、仰いましたか、総帥?」



「その通り」



その答えに場は静まり返った。
四賢人たちは気まずそうに顔をあわせ、西沢は蒼白な顔で黙り込む。
主戦論を唱える南雲でさえ眉を顰め、顔色を変えていないのは発言者の総帥と北辰、そして補佐官たる「草壁 春樹」だけだった。



「そ、それが何を引き起こすか、解かっていて仰るのですか!?」

「「外敵」の「駆除」だ」



「駆除」の言葉に出席者は眉を顰める。
同じ人間に使う言葉ではない、その想いを汲み取ったか総帥は重々しく口を開く。



「先に我等を人間扱いしなかったのはあちらの方だ」


「それは!百年も昔の事です!!」


「だが、事実だ。そして我等にはこれ以外に勝つ術などなかろう。この先何年待ってもな。
それとも君にはあるというのかね?東殿」


「それは議論のすり替えです。総帥!考え直してください!
我等に悪しき先例を繰り返せと申すのですか!?」





無人機大量投入による火星の植民地化。
それは火星の住民の大量虐殺、もしくは皆殺しと同意義であった。





「私の案を罵れるほど、君に妙案でも有ると言うのかね?
ないのなら黙りたまえ、五月蝿くてかなわん」


――――――――――!!
有ります。戦争しなければ良いのです。
軍事力、延いては技術を見返りに地球政府と交渉すれば、或いは――――――――」


「口を控えよ!
母国を売るようなその発言。
それ以上の発言は政治犯として取り締まるぞ!」


「な――――――――――!」


「技術の公開など認めてみろ!
奴らは得るものを得れば、直ぐにでも攻めてくるぞ!」


「ですが、メディアから絡めれば・・・・・・・・・」


「発言を控えよといっている!
牢獄へ行きたいか!東殿!!」


小さく舌打ちする。





―――――――自由に発言できないで何のための議会か!!




そんな東の様子を注意深く眺め、微かに草壁春樹は嘲う。




百年の妄執に縛られた老人も
大した益もない反戦論を唱える奴も必要ない。
そろそろ舞台から退場願おうか。
私のシナリオに沿って、な。先ずは、東殿。そう、貴方からだ。



微笑を深め、北辰に目配りをする。
御意の意を示す隻眼の男を見て思考する。
この戦争の辿り着くべき先を



























「――――――――!!」



眼が醒めた。
悪夢から解放され、体中汗で濡れていて張り付く服が気色悪い。



「また、此処か」


天井を見やる。見知らぬ、二度目の天井。
それが意味するのは、



「負けたんだな・・・・・僕・・・・・・」



偉そうな事を云っておいて、結局、歯が立たなかった。
相手を甘く見ていた。
能力者の力、その認識が甘かったのだ。



「勝てる自身があった。けど、結果は―――――――――」



結局、自分は何をしたかったのだろう。






彼女を庇いたかった。






何故?








許せなかった。






何を?







僕の―――――――――








「誰・・・なんだろうな、僕は・・・・・・・」






『記憶を求めている?本当にそう、言い切れるのか?』











「――――――――――くそっ!」







脳裏に響く声。
嘲笑じみた言葉が心を抉る。




自分が、自分が決して社会的にまともな人間だったとは思っていない。
高度な戦闘技術もそう。
だが、それ以上に、心の裡から来る衝動めいたこの感覚が、僕は怖い。
何もかも、自分を含めた周囲の全てを壊してしまいそうで。




――――――――怖い。





「・・・・・・・記憶・・・・・・か・・・・・・・」







『俺が誰かは君が誰より良く知っている筈だろ?
俺に聞かずに、自分の胸にでも聞けよ』











自分とそっくりな少年。
髪が白く、眼が赤いという違いしか見当たらなかった自己の影と称した少年。
お節介な忠告じみた言葉を言ってきた彼もまた自身の過去と係わり合いがあるのだろうか。


それとも――――――――――





「馬鹿馬鹿しい。所詮夢の話じゃないか。何を真剣に考えているんだ」




記憶がなくて、精神が不安定なだけだ。と決め付け、忘れる様に強く瞼を閉じる。
たが、脳裏に刻まれた刻印は消えない。




『殺人貴』




自分を指してそう称した彼。
それが不思議と心にぽっかりと空いた穴を少しだけ埋める。
自分自身を構成する重要な要素であると言わんばかりに。





世界に死を与うる者ワールド・エンドか・・・・・・ご大層なあだ名」


記憶を失った不安はあっても、七夜は自分が特別な人間だとは少しも思っていない。
危険な人生を送っていたかもしれないが、『世界』だ、なんだのに干渉するほど選ばれた人種ではないと思っている。
それを不満に思っている。ということはない。
寧ろ、そんな面倒な事に関わりたくないというのが本音。




――――――第一、人一人の存在で世界が変わるものか。





それほど、世界は不安定でも壊れてもいないだろうと思っている。




「英雄願望でもあるのかな?」




だが、英雄願望にしては『世界に死を与うる者ワールド・エンド』は相応しくない。




――――――寧ろ破滅願望の方が―――――――













カサッ






一瞬した物音に思考を切り替える。



――――――――何か、いる。



バッ、と布団を捲り上げる。
骨折した方の腕はギプスで固定され、体の至る所に治療の跡があり、
布団を捲り上げる衝撃はかなり痛かったが、そんなことは気にしていられない。



「誰・・・・だ・・・・」




恐らく空腹度から見て、昼過ぎあたりだろうと辺りをつける。
医務室に誰が居ても可笑しくはない。
だが、視界には誰も見えず、誰の気配も感じない。
だが、この第六感とも云うべき勘が何者かの存在を告げる。
そして、僕はその勘を信頼している。




「こんにちは♪」






――――――――――真後ろ!?





バッと振り向く。
気配以前に存在感が「ない」。
そんな得体の知れない人間に接近を許した自分。
その事実に恐怖する。
高度な戦闘技術と共に身に付いていた、洗練された感覚を越える存在は今までに秋月先生しか存在しなかった。






――――――――敵ならば、死んでた。







驚愕、そして冷や汗をかきながら向いた先にいるのは一人の少女。









――――――眼を――――――奪われる―――――――










純粋無垢な微笑みを浮かべる少女。
少女は綺麗だった。今まで見て、記憶している誰よりも。
肌は化粧では放てない瑞々しさを放つ、まるで透き通るよう白さ。
唇は血で染めたように赤く、可憐で、瞳は極上のルビーのような赤さを持っている。
髪は染めたのではなく天然だとわかるほど流れるような美しさを持ち、それを整え、背中に垂らしている





「――――――――――」





奪われる。眼が、意識が、暴力的とすら言えるその魅力に。
言葉も紡げず、ただ白痴の様に見続ける。
少女を、赤き髪の姫君を。


「刀崎 七夜」はこの日、この時、「影護 枝織」と出会った。
それは彼にとっての一つの分岐点と言っても差し支えなかった。
それが、良き方向にか、悪き方向にかは別問題だが。














「はぁ はぁ はぁ はぁ」





人気のない校舎裏。
そこに有栖川は居た。
ゲッソリと痩せ、心臓を抑え、喘ぐように呼吸しながら、此処に来る筈の人物を待ち続けている。
その姿は薬物の禁断症状を連想させる。



「やあ、待ったかい?有栖川君」




のんびりと緩慢な動作で、だが隙のない歩み。
普段の温和な微笑みを浮かべた浅葱海斗が木々の隙間から現れた瞬間、有栖川が縋るように抱きついた。



「た・・・・・助けてくれ!浅葱!!」


「君に処罰を与えようとする教師陣とかからかい?それは無理だよ」




あっさりと斬って捨てる海斗の言葉に有栖川は大袈裟なほど激しく首を横に振る。



「違う!違うんだ!!」


「何が?」


「あ・・・・あれは、転校生をあんなのにしたの、俺じゃねぇんだ!!」


「君以外には見えなかったけど?」


「お、俺だけど、俺じゃないんだ!!信じてくれ!!」





支離滅裂な事を口に出し喚く有栖川を言葉からは取れないほど意外に真剣な、だが冷淡な目で見る海斗。
その様子に気付いていないのか、それとも気付いていても聞いて貰えればそれで良いのか、有栖川は捲くし立てる。




「俺は、俺はあそこまで転校生や御剣を痛めつけようとは思ってなかったんだ。
だけど、だけど!!」



「だけど、なんだい?」



「あ・・・あの薬!街で買ったあの薬が、凄ぇぶっ飛びもんだって云うから買った『あれ』が!!
『あれ』・・・ただの薬じゃなかったんだよ!!」




「薬の所為?信用度は低そうだね、薬で前後不覚になった、と。君は言いたいのかい?」



「違う、いや、わかんないんだ!何も解からなかった!
体が俺の意思じゃ動かないんだ。勝手に、転校生を痛めつけて、それで!!」




「薬の名前は?」



「え・・・・た、確か、そう!CB、『Contract of blood』だった筈だ!」



「『Contract of blood血の契約』・・・・・か。それで、俺にどうして欲しいんだい?」



「た・・・・・助けてくれよ。こいつが俺の魂を食い荒らすみたいな感じがするんだ。
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、吐いても、
血が出るまで吐いても、治らないんだ。可笑しいんだよ。
身体が、俺は生きているのに、どんどん冷たく、腐っていくんだ!!
頼む、マジに助けてくれ!!!」




必死の眼で縋る有栖川を眺めながら、冷淡な口調を崩さず海斗は答える。



「それは・・・・・教師陣以上に難しいね」



その答えに反応したのは有栖川ではなかった。































「フフッ、最近の若人の精神は腐敗しているね。
薬慣れしているもんだから、中々意識が消えないんだよ。こいつ」




































甲高い子供の声。
それは修練所で聞いたものと全くの同一であった。



「やはり、君か。埋葬機関にして死徒二十七祖、「王冠」のメレム・ソロモン」


「久しぶりだね、元気してた?」




温和な微笑を打ち消した海斗の刺す様な眼差しを受け止めながら朗らかに笑う者。



『フォーデーモン・ザ・グレータービースト』
悪魔使いの異名を持ち、失った四肢を使い魔たる悪魔を変化して補う、
千の時を経た最古の吸血鬼の一人。




「君とこうして会うのは何年ぶりかな?
暫く見ないと思っていたら、こんな僻地に転勤していたんだね」



「君こそ、教会の司祭っていうのはこんなとこにも巡廻にくるのかい?」



皮肉に皮肉を返す。
眼を細めて笑う。
その嫌な笑い方自体、こいつが今はメレム・ソロモンという存在であると確信できる。



「フフッ、埋葬機関の仕事とは別件さ。
こんなとこに死徒が居るとは僕もナルバレックも思っちゃいないし、此処まで遠征するほど暇でもない。
ただ、代わりに面白い者が居たけどね」


「転校生・・・・・だな」




それは疑問ではなく、確認。



脳裏に描かれるのは幾多の使い魔を消滅させた少年の姿。
奇妙な人物だった。
人でもなく、魔でもない。
如いて云えば混血が一番近いが、それとも少し違う気がする。



「彼は・・・・・・何者だい?」


「どうしてそれを僕に?」


「君の目的が何かは知らないけど、間接的にか直接的にか、あの転校生も関わっているんだろ」


「君が警戒するほどご大層な目的なんてないさ。
ただ、旧知の友人の顔を見に来た。
僕の目的なんてそんなものさ」


「生憎、俺は君をそんな過小評価はしない、君が動いたんだ。事はそんな平凡な事でもないだろ」


「それは過大評価だよ、所詮僕はナルバレックの使い走りさ」




能面のような笑顔。
それは、この木連のある狂気の科学者を連想させる。
本心を悟られない表情。
齢千歳は伊達に越えていない。




「平行線だな、まあ良い。君の目的なんて知らない。俺の邪魔さえしなければ、ね」



どの道、この妖怪と化かし合いとしたとて勝ち目などない。
ならば、無駄な会話をする必要などないと考え、海斗は早々に会話を打ち切る。



「僕とて君を敵に回そうとは思わないよ」


「それが本心ならば有難いけどね」


「僕はいつも本心で語り合っているさ」


「そうかな?」


「フフッ、子供相手にそんなに睨まないでよ。
大丈夫、君の邪魔はなるべくしないさ。僕も本職の仕事がある身だしね。
色々大変なんだよ。最近は教会庁がとある企業と秘密裏に同盟を結んで、僕の仕事は激増さ。
だから、この『素体』も大事に使わせてもらうよ。この地での手駒は少ないしね、それではご機嫌よう、「魔王」様」





瞬間、有栖川の身体が徐々に虚ろになり、ついには霧の様になり消えた。








「「魔王」・・・・か」







小さく呟いた言葉は風に攫われ、木々の隙間へと拡散し消えた。
青々とした人工林にいつもの作られた明るさはなく、ただ、薄気味悪さだけが残る。
吸血鬼の狂気と瘴気の残滓が残る地を後に、海斗の姿もまたいつの間にか消えていた。

































「それで、枝織ちゃんは此処の生徒じゃないの?」



この何処となく精神的に幼い雰囲気を漂わせる少女の存在に始めは驚いて上手く会話にならなかったが、あちらが喋りたがっているというのと、その人を寄せ付ける魅力が相まって七夜の警戒心を徐々に引かせていき、僅か三十分足らずで、仲良く話すまでの仲になった。



「うん。私はね、此処より下の階に住んでるの」


「ここより下の階?」




―――――――ということは「管理階層」か。



この年よりも幼い雰囲気はお嬢様育ちだからかな、と一瞬疑問に思ったが、先ほどの気配の消し方はお嬢様育ちの女の子が出来るモノではない。


もしかすると、自分は単に疲れていて気配を見逃しただけかもしれない、とまで考える。


七夜は自分の感覚にはかなりの信頼を持っていたが、
この春の陽射しのような暖かな雰囲気を持つ少女があれほどの技術を得る為にした過酷な訓練をどうしても想像できず、
予想以上の疲労をしていたのかもしれないと、自身を納得づける。



「ねぇ、なー君」

「なー君って・・・・何?」

「なー君のあだ名。七夜だからなー君、どう?」






―――――――七夜ってそんなに呼び難いのかな?






自分で付けた名前なだけに少々複雑な心境になる。




「私ね、父様達以外、此処に『仲間』がいるなんて知らなかったんだ」


「『仲間』?」


「うん、なー君も『混血』なんでしょう?他の混血の一族がエウロパに居るなんて始めて知ったよ」


「――――――――『混血』」




知らないわけではない。

否、よく知っている。

かって、孤児院の先生である秋月先生に聞いた事が脳裏で反芻される。









『「魔」という存在についてはこの間教えたよね、七夜君』


『ええ、確か人間以上の能力を持つ知的生命体・・・でしたよね?』


『まぁ、簡潔に云えばそんなところかな。別段それ程深く理解する必要はないしね。
昔ならいざ知らず、現在は「魔」という存在自体がもう人との生存競争に負けて衰退し、現在ではかなり数が減少しているから。
純粋に「魔」と呼べる存在はもう、百も居ないだろうしね。
そして、今いる「魔」の多くは、控え目に云っても人に対してそれほど友好的でもないし。
どうせ遭遇すれば、戦うか、無視されるか、まあそんなところだし。まあ気になるんなら、今度きちんと話すさ。
それで、混血と言うのは「魔」と人の間に生まれた子供、もしくはその子孫さ』


『人以上の知的生命体である「魔」と人の子供など良く出来ましたね』


『そうでもないよ。「魔」と一言でいっても色々だしね。
東洋で伝わる竜みたいな馬鹿でかいモノから、鬼とか人狼とか、人と生殖行為が可能そうな生物までまさに多種多様。
子供作りも不可能ではないさ』


『いえ、僕が言いたいのはそういう事じゃなくて』


『うん?』


『人以上の存在が、態々種として劣る能力しか持たない人間とよく子作りする気になりましたよねって言いたかったんですけど』


『ああ、成る程ね。それの答えは人の業の深さを物語る話さ、人はね、力に憧れるんだ。
大抵の奴は心の奥で強靭な力を求める。それが単純に「武力」とは限らず、「知力」、「権力」も其れだね』


『「知力」はわかりますけど、「権力」も・・・・ですか?』


『あれこそ、人の力を求める姿が浮き彫りになったカタチだよ。「権力」は言葉一つで他人の人生を狂わす事も可能だ。確かに君の言いたい事もわかるよ。「権力」とは所詮、他人の力を基盤に積み重ねた力であってその人の力とは関係ないのじゃないか、だろ?
でもね、それを理解する人、覚えていられる人、それにより自己を戒める人は少ないのさ。取り分け権力を握った人間は特にね。社会という一つの世界のみにおいてほぼ万能の力を振るえる「権力」を持つ事で彼等は自身が至高の存在だと錯覚するんだよ。下に誰も居なければ容易に崩れる砂の玉座に座っている事を知りながらね。「権力」を振るうにあたって必要となる「義務」も何世紀か前から随分廃れているしね。より強い「権力」をもつ人間ほど、自分の「義務」を疎かにしがちだ。法律なんて物も「権力」の力を象徴する一つさ。元は社会の規則を作る為だったのに、近代では、いや人類社会がある程度確立した頃から、権力者は規則という概念が壊れない程度に自分たちの都合の良いものに変化させていったしね。
それが悪かと言えば議論のわかれるところだけど。それを容認する社会、延いては民衆が悪なのか、それとも容認させる権力者が悪なのか。まあ、「権力」についてはこれで良いとして、この世に混血が生まれたのは人が「魔」の強大な力に眼を付けたから生まれたのさ』


『眼を付けた・・・・・・「魔」からの干渉で生まれたのじゃなくて、人の方から干渉したのですか?』


『そう、無論、種を越えた大恋愛の末、生まれたのもないとは言わないよ。
それに「魔」が遊び半分で生んだ例もあるだろう。
だが、大半は人が無理矢理捕らえた「魔」を犯して生んだケースの方が多いと私は思うよ』


『どうして・・・・ですか?』


『決まっている。大多数の混血は古くから国の中枢に近い存在や、地方での名家などになり遂せているからさ。
もし、「魔」が遊び半分に作ったのなら、恋愛結婚で生まれたのなら、大抵は迫害されたりなぶり殺しにされたり、
悲惨な目に遇って、とてもそんな存在にはならないだろう。
けど最初から「魔」の持つ力に目を付けていて、自身の有効性を時の権力者等に示せれば、どうだい?
初めからそういう目的で作り、其処に至る為の人脈を持っていれば、あながち不可能でもないだろう。
夜な夜な「魔」が跋扈していた程の昔は今と違い、純粋に力を持つ者が出世しやすかったからね。
まあ当時の記録はもうないから判断のしようはないから、もしかしたら違うかもしれない。
確実な話ではないけど、確率論で論じるなら、あながち的外れでもないさ』


『秋月先生、でも「魔」の様な強力な力を人が制御できるんですか?』


『不可能ではない。だけど、「魔」の血に流れる意思は人のそれより格段に上でね、
一端「魔」に、力に飲み込まれれば、人は堕ちて、肉体的には「混血」だが、立場的には「魔」となる。
必ず、という訳ではいけど、力に魅入られればられる程、力を求めれば求めるほど、堕ちる可能性は増す。
これを一般的には「反転衝動」と呼んでいる。裡から来る意思、衝動に乗っ取られるって事だよ。
まあ、「反転衝動」は「混血」に限った話でもないけど。
七夜君、もし君が「堕ちた混血」と戦う事があるなら注意した方が良い。
下手すると純粋な「魔」以上にやり難いかもしれないからね』


『それはどういう意味――――――――』


『おっと、食事の時間だ。講義は此処までだね』


『え、秋月先生、気になるんですけど』


『大丈夫さ、君なら「魔」だろうが混血だろうがその半分には多分勝てるから』


『は?何で・・・ですか?』


『その、「女殺し」の微笑で一発。良いよね、色男は』


『な・・な・・な・・・なに云ってんですか!!?』


『照れない、照れない。この間も年上一人落としたくせに。私に隠そうとしてもそうはいかんぞ?』


『落としてません!』


『そうかな?顔赤らめていたけど。彼女、多分ショタに目覚めただろうな』


『なんですかそれは、大体僕がそんなにもてるわけないじゃないですか』


『じゃあ何で君の周りには女の子が多いんだろうね』


『あれは友達でしょう?彼女たちとは何の関係も・・・・・・』


『言い換えよう。何で君の周りには男の子が少ないんだろうね。極端に』


『・・・・・・・・・・・・・』


『この間彼等がA・N(アンチ・七夜)同盟なるものを結成していたなァ。いやぁ君がいると退屈せずにすむよ』


『(この間の好意に値する云々にはそういう意味もあったんですね)』










――――――――そう云えばそんな人だったな、あの人は。






恩師の事を思い出し、少々頭を抱える。
悪い人じゃないんだけど、他人のトラブルを楽しんで更にトラブルを拡大させる様な人だったな、と思い出した。




「お、早々と混血を一人落としたのかい?」








―――――――――――ん?





幻聴か今の?





「今、何か聞こえなかった枝織ちゃん?」


「え、混血がどうのこうのって声が聞こえたけど・・・・・どこにいるんだろ。わかんないや」


不思議そうな顔で周りを見渡す枝織の姿に七夜はあれが幻聴ではないと確信する。




な、なんでいるの?

つーか何者、あの人?

存在つかめない以前に、心まで読んでない?







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っていうか、
「孤児院」は「中央都市群」にあるのに、何で此処にいるのさ!!?」







ドン



「きゃ」


「あ、ごめん」


突然叫びだした七夜に驚き、ベットに腰掛けていた枝織はずるりと落ち、地面に尻餅を付いて痛そうに顔を歪める。


「酷いよ、なー君」


「そうだぞ、女性は大切にしないともてないぞ、七夜君」


「ごめんね、枝織ちゃん。驚かせて」


後半の謎の声は無視。



すると、「良いさ、良いさ。それに今日は七夜君と遊んでる暇ないし、仕事に戻るさ」とかいう声がどっからともなく聞こえ、遠退いていった。









――――――――よし、妖怪は去った。








その事実に少し満足し、枝織の手を七夜が持ち、起き上がらせる。



「えへへ」


「どうしたの、枝織ちゃん」


「初めてなの。誰かにこうして、手を握って優しくしてもらったのは」


「-―――――――――――」



はにかむ様な笑顔に目を奪われる。
綺麗な笑顔に見惚れる。
嬉しそうに起き上がった枝織は七夜の起き上がらせてくれた手を両手で握り、花が咲くような笑顔でこう言った。


「私と、友達になって」


「う・・・・・・うん」


それは、七夜の思考回路を奪い、反射的行動で返事を返させた。
神聖ですらある、聖女の様な純粋無垢な笑みと手を包む柔らかく暖かい白い肌。
七夜は己の顔が赤面するのを自覚した。


枝織さえいれば、あの悪夢も、自分の記憶さえも問題なくなるような、そんな感情を抱く七夜と、

七夜という友人さえいれば、自分の今までの、そしてこれからの一人ぼっちの孤独も耐えられる、と感じる枝織。




































その二人を扉の影から覗く影があった。


バスケットに入った果物。見舞い用の品に目を落とす。




「私は、何をやっているんだろうな」



寂しげに笑う少女は後ろで結んだ黒髪を片手で弄りながらそう呟いた。
その少女、万葉は胸に走る小さな痛みを先ほど「訓練事故」で受けた後遺症だと流し、足音を立てずに立ち去っていった。



















【同盟反逆罪】
それは簡潔に云えば「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球同盟連合体」が定めた法に反する行為のことで、軽いものから重いものまで様々である。
だが、大抵其れは「違法行為」と言い、態々言葉で正式に「同盟反逆罪」を使う場合はかなり重要な場合が多い。例を上げるなら能力者の暴走、能力者同士の能力を用いた私闘行為も此処に含まれる。
能力者は木連の軍事関連の世界では人権を持つ傍ら一種の優れた兵器と考えられており、それが暴走したとき等は一般人には止める手立てがないことを危惧した故の法令だと言われている。


【魔】
自然の中にありながら、その流れを歪めるものとして世界、ひいては人類に必要とされなかった力の総称。
様々な種、類があり、正統(人類)な流れにある者には邪に映る輩。
陰陽の理を無視した規格外の力(自然干渉法)を持つ。
種としては人よりも遥かに優り、能力者とは比べ物にならないほど強力な存在。


【混血】
人と魔の血を引く者達。
魔には様々な種が存在し、故に人との子を為すことが可能な種も存在した。
古来より、強大な力に憧れた幾多の人がそれを欲し、その血を取り込んだ血統たちの末裔。
魔としての側面と人としての側面を持つ存在で、理性で魔としての本性を抑えて暮らしている。
そして、一度魔としての意思が人としての意思に優れば、反転し、その深度によっては人に戻れないと言われている。

【死徒】
吸血種の中でも誰もが連想する一般的な吸血鬼のことで「吸血鬼になった者」の意。
血を吸わなければ生きれないが、血を吸えば半永久的に生きられる。
が、元は人間の者が多く、そういった方々は動物などで破損部分を補うなど、色々な方法で肉体の破損を食い止める方法を使っている。

【真祖】
吸血種の中でも特異な存在。
精霊種といっても良い存在、自然が生み出した超越種であり、人を律する者として生み出された。
だが、誕生に何かしらの欠陥があったらしく、律する対象の人間の血を吸いたいと言う衝動とも言える欲求を持ち、普段はその強大な精神力で抑制する。
彼等は「思う」だけで世界の在り方を変える力を持ち、その力の大部分を吸血衝動を抑えるために使用している。だが、永遠に抑えられるわけでもなく、衝動に負けた真祖は自ら永劫の眠りにつく。彼等の肉体には寿命と言う概念はなく、吸血衝動に負けたときこそ、彼等の寿命と言える。
だが、衝動に負け、血を吸った真祖もいて、彼等は「堕ちたる真祖」、「魔王」と呼ばれ人間種では太刀打ちできないほど絶大な力を人に対して振るう。それを止めるのは同じ真祖の役割であり、彼等は仲間に処刑される。
現在、彼等の大部分は滅ぼされ、純血の真祖で確認されているのは一名だけである。



【死徒二十七祖】
最も古き死徒二十七名を指す。
中には次代の死徒に後継にした位もあり、現在では派閥をさして呼ぶ場合も多い。
多くの祖は領地と死徒で死者の王国を作っているが、中には領地をもたない特殊な祖もいる。
基本的に互いに不可侵だが、現在の彼等は大きく二つの派閥に分かれている。
現在では間違いなく最大規模の魔の組織であり、人類社会に対してもかなりの権力、発言力を持つ祖もいる。
因みに現在は半数ほどが教会に捕まり封じられている。

【王冠】
死徒二十七祖の第二十位にして、神の代行者である埋葬機関の五である人の異名。
秘宝コレクター。埋葬機関ですら彼の真の姿を知るのはほぼいないらしい。


【埋葬機関】
教会庁に存在すると言う特務機関。
それぞれが特別な権力を持つ異端審問官により構成されており、彼等は神の代行者と呼ばれ畏れられる。
異端審問は全て事後承諾、しかも信仰は二の次。異端を抹殺する力のみを要求された暗殺部隊である。人員も性格破綻者が多く、本気で神に喧嘩を売るような組織である。
構成員は七名+予備一名。
死亡確率が目茶苦茶高く、常に人員が変わる。
ちなみにナルバレックはその組織の長。
代々の長が同じ家系から生まれ、ナルバレックの名を世襲する。
因みに現在のナルバレックは女性。性格破綻者で癖がありまくりの人材が集まる埋葬機関の面々がいつか殺したいと言わせるほどの女傑。


















*後書き

蒼月幻夢の3/狗神と4/Oblivion of Worldを何とか書き終えました。
有栖川は一応生きてますけど、死んだも同然と言うか。またいつか出てきます、近いうち。
今回は有彦が私的に大活躍。結構強いキャラになっちゃいました。
別に有彦が「月姫」で陰陽師なんて設定は何処にもないので、そこんとについては抗議しないで下さい。
というよりこの話はほぼオリジナルです。

因みに現在の七夜の通常モードより枝織ちゃんの方がだいぶん強いです。
ブチ切れモードだと逆転しますけど。
北斗と枝織だと北斗の方がやや上です。
って、北斗まだ出てなし。

そろそろ外伝でアキちゃんのその後〜も書こうかとか思ってます。

期待している人がいたら悪いですけどアキトが出るのはまだまだ先です。
七夜編の話が終われば、アキトが主人公の話にもっていきますから、それまで長い目で見ていてください。

ああ・・・・ナデシコ書いてるって考えが最近浮かばない(笑)。

次回は漸くまともに話が進む・・・・・のかな?
取りあえず、まともに授業に入るのは間違いないです、多分。





管理人の感想

緋月さんからの投稿です。
枝織は北斗のクローンですか?
う〜ん、それなら確かに・・・零夜は北斗の所に行くなぁ
そして枝織と七夜の遭遇。
木陰からそれを目撃する万葉(笑)
ついでに生暖かい目でそれを見守る秋月(爆笑)
有彦は私も好きなキャラなので、頑張って活躍してほしいです(できればななこも)
どんどんオリジナル化していると、危惧されているそうですが・・・このままいきましょう!!
自分で面白いと思う作品を書く事が、一番楽しいんですからね!!