蒼月幻夢<br>




蒼月幻夢


5/権天使










学長室の扉に来客を意味するブザーが鳴り、
次の瞬間一人の若い女性が入ってきた。
年の頃はまだ若い、恐らく二十歳前半だろう。
肩ほどに切り揃えられた黒髪と笑えばさぞかし魅力的になるだろう、
その整った顔立ちは今はキリッと引き締められ、理知的な光を瞳に宿している。



「草壁学長、例の修練所の暴走事件。一応裏付けが取れましたわ」



彼女が入ってきたのは吹雪が学長室の大きな机で、書類に目を通していた時だった。



「―――――そう」



彼女は幾多に積もり積もった書類に許可、不許可の印を高速で書き込み続け、
その言葉に書類から目を離さないまま相槌を打った。
その女性は上司のそういう姿に見慣れているのか軽く苦笑を浮かべる。


「待ちました、吹雪ちゃん?」

「別に、それより報告の続きを言って」


無愛想に促す吹雪に再びクスリと女性らしい包容力のある包み込むような笑顔で笑うと彼女は報告の続きに入った。



「証言には不可解な部分や、曖昧な部分が多様にあり、全員が暗示等で記憶の操作をされたと思われます。ただ、監視カメラに残った映像の一部と証言を併せれば、あの事件は二年A組に在籍する生徒「有栖川 和真」によって引き起こされたと考えられます」



あの場に居た生徒三十余人全員の暗示。
そんな事が果たして可能なのだろうか、という疑問はある。
このEternalに在籍するどの能力者でもそんな芸当は出来ない。
優秀とは云え、所詮強化系に過ぎない有栖川という生徒にそれが出来たのか?
理論的に考えれば不可能である。


だが、他にあの事件の犯人に該当しうる人間がいないのもまた事実。



「この事件に関してこれ以上踏み込まない方が良い。
これまでの調査結果はライブラリーにA級機密で保存しといて」


初めて書類から顔を上げ、吹雪は彼女にそう話した。


「でも、それじゃあ!?」

「どうせ誰も正確に事を覚えてないだろうし、
監視カメラの映像も改竄された疑いがあるのだろう?
この件については此方で秘密裏に処理するから、貴方の方は事後処理を宜しく」



吹雪はそれで話は終わったとばかりに再び書類に視線を落す。

確かにこの事件は不鮮明な事が多く、確かな事が少ない。
背後に何かしらの存在が隠れているのは確かだろう。
だが、だからといって此処で手を引いては、自分は全くの役立たずではないか!?


吹雪の態度には慣れているとは言え、
そのいつも以上に素っ気無い態度にそう怒鳴りそうになる。

吹雪の言い分も理解できる。
Eternalは能力者の不祥事は極力隠し、そして秘密裏に且つ早急に粛清しなければならない。
でなければ、今の木連の危い社会体制は冗談抜きで瓦礫と化す。


現在木連の中で、能力者はどんどん増加し、
能力者とそうではない者の格差が際立ってきている。
表立ってはまだ何も起きていないが、
少し誰かが後押しすれば能力者とそうではない者の対立が始まる可能性が高い。
正直な話、この資源の不足と、地球という木連社会共通の敵が居なければとっくに殺し合いが始まっていてもおかしくないのだ。


―――――だが、理屈で割り切れない事もある。


今回の事件には彼女が弟の様に可愛がっている少年が巻き込まれていたのだ。
有栖川という生徒との戦闘で、彼は左腕骨折等、常人ならば全治四ヶ月程の大怪我を負ったのだ。
真相を確かめずに、有栖川という生徒に罰を与えずに済ませられずに居られる程、彼女は優しくも無ければ愚かでも無い。


「吹雪ちゃん。私にこの事件の全権を与えて。
必ず、秘密裏に犯人を捉えて見せますから――――――」

「駄目だ」


一拍も置かずに吹雪はその言を否定する。



「貴方はこういう任務をこなす為の特殊訓練を受けてないでしょう?
貴方じゃどうにもならないわ」

「でも―――――!」

「貴方らしくも無いわね。はっきり云ってあげようか?」



先ほどの口論の最中も書類に掛かりっきりだった吹雪は再び書類から顔をあげ、フレーム越しに冷たく、威圧するような瞳で彼女を射抜きながら平坦な声で続ける。



「この事件、貴方が居たら邪魔だ。解決できるものも貴方が居れば出来なくなる」

「――――――!!」

「本気でこの事件を解決したいのなら、貴方は関わるな。
私怨に飲まれている貴方じゃ命を落とすだけだぞ。
・・・・・それに、貴方は貴方にしか出来ない事があるだろう?」




―――――私にしか、出来ない事?




疑問が頭に浮かぶ。
この件に関して自分にしか出来ない事とはなんだろうか、と。



「貴方が気に掛けてる子、眼が覚めたようだぞ。行って来たらどうだ?」

「―――――――え」



「事件の解決は私の役割。だが、心のケアは貴方の役割だろう?
ねぇ、朱鷺恵?」



そこには先ほどの冷たい人間は居なく、
ただ友人として友の大切な人の回復を喜ぶ一人の女性が居た。



「は―――、う、うん、失礼しますね!!」



言うが速いか、朱鷺恵と呼ばれた女性は何時もの落ち着いた物腰の彼女に似合わずどもりながら駆け足で学長室を出て行った。




―――――あの朱鷺恵がねぇ



決して冷たい人間と言う訳ではないが、
対人関係において一歩引いたような接し方をしていた彼女。
友人は沢山いたが、全て上辺だけの付き合いでしかなく、異性関係に置いてはあの容姿で浮いた噂の一つ無かった。そんな彼女が心を許すのはたった一人の家族である父と自分を含める二人の親友だけだった。





―――――僅か五年。だが、されど五年か




大学を飛び級で卒業し、その後利用できる全てを利用してこの地位まで上り詰めた自分。
そう、たった一つの目的の為に、戦い続けた五年間。
五年経ち、自分の部下として改めて迎えた彼女は既に昔とは違っていた。










汚れてしまった自分。

綺麗になった朱鷺恵。

五年前はあんなに近かったのに―――――――








「どうでも良いけど、公的な場くらい、「吹雪ちゃん」と止めて欲しいのだが。
まあ、彼女が言って聞くようなら性格なら
そもそも大学時代からこんなあだ名が付く事はなかったけど・・・・
で、これでいいのか?」





朱鷺江が出て行った事で漸く書類に没頭する『ふり』を止め、
吹雪は自分以外には無人の室内でそう呟いた。


































「ああ、問題ないよ。――――――ありがとう」
























天井の光源。座っている自分がその光を遮り、小さな影を生み出す。
その影が突如として盛り上がった。
影は人型になり、やがて人間大の大きさまで膨れ上がる。
漆黒で覆われていた姿には徐々に色彩が彩られ、
気がつくと、そこには一人の青年が立っていた。





「貴方が出て来るなんて、一体何者の仕業なんですか、秋月先生。
いや、――――――『夜色の死線ナイト・デッド』」

「さて、私も確信があるわけではないからね」





青年は極普通の、何処にでもいる平凡な男に見えた。
顔立ちは整ってはいるが、誰もが気に止めるほどではない。
体格は木連軍人男子の平均体格よりも細く、低い。
ただ、唯一目を引く点があるとすれば、それは瞳。

闇。何処までも澄んだ、深く神聖な闇色の瞳。
漆黒の髪とはまた違う、それ自体が身体の器官から独立した様な闇の塊。



「後ろに誰がいるかは判らないけど・・・・
取りあえず教会は動いているようだよ。『王冠』が来ている位だからね」

「教会?―――――――ヴァチカンの埋葬機関か!?」

「そ、人類最大の退魔組織にして、
地球圏有数の軍事力を持つ、中立の宗教国家ヴァチカン。
彼等が誇る四つの騎士団の何れにも属さない枢機卿ナルバレックの私兵部隊、
死と恐怖の代名詞「埋葬機関」の中でも尚、最恐と呼ばれる存在、
『王冠』のメレム・ソロモン。――――――彼が現れた」




地球から遠く離れた木連とは言え、地球の情勢が全く入ってこないわけではない。

遠からず戦を仕掛けるのだ。色々な手段で幾人もの草(スパイ)を送り込んでおり、
地球連邦の現戦力、ネルガルや明日香、クリムゾン等、地球圏の技術力を調べられる範囲で調べ、本国にその詳細が送られてくる。

そして、地球連邦において盟主国であるヴァチカンについてもそれは同様である。

ヴァチカンは国家間の紛争に決して介入しない。
侵略に対しては抗戦するが、ヴァチカンから他国に侵略する事は無い。
それ故に、宗教国家ヴァチカンは銀行国家ピースランドと並び、
三大中立国として知られている。




「ヴァチカンはどちらかと言えば明日香インダストリーよりの国だった筈だ。
何故、木連の事を知っているんだ?」

「動くと言う事はそう言うことさ。一方的に干渉なんて出来るものじゃない。
地球に対して干渉すれば、少なくとも此方の存在はあちらにも知るところになる。
まあ、そういう意味では動いているのが教会だけ、というのは幸いだったね」




怪訝そうな顔付きになる。
地球連邦に対して絶対的とも言えるほどに強い影響力をもつ教会に知られたのは現状では最悪に近いはずだ。少なくとも敵に無用な警戒を抱かせるのは良策とは言えない。
このままの状態で進めば、遺跡から発掘されたO-Parts(Out of Place Artifacts)である空間歪曲場や空間跳躍、そして相転移エンジン等のお陰で恐らく緒戦で負ける要素はかなり少ないだろうが、だが不安要素は少ない方が良い。此方の方が遺跡の造詣が深いとは言え、あちらにも遺跡は存在し、そしてあちらには此方以上に研究者が居るのだ。




「―――――抱きこめるからか?」




連邦政府に対して最も影響力を持つ国家を、と聞く。
すると彼は笑って「違う、違う」と返した。



「ヴァチカンは企業じゃないんだ。クリムゾンなんかと違って取引できる手合いじゃない。
無論、国である以上利益は求めると思うよ。
だが、その取引相手は対等もしくは格下な仲間に限られるだろう。
彼等が行なう正義は今も昔も地球圏の人類を脅かす外的の排除だ。
そこに火星が含まれるかどうかは微妙な問題だが、間違いなく木連は彼等にしてみれば敵だな。
戦争が始まれば、例え発祥が同じ人類と理解していても、彼等は何の躊躇いも無く排除に乗り出すだろう」

「火星なら微妙で、木連では駄目なのか?」

「火星は半ば地球の植民地だからね。独立していると言っても、自立はしてない。火星は地球の影響下にあるから、彼等の主観では地球の一国家程度に考えているだろう。
でも、木連はそうじゃない。良くも悪くも木連の社会体制は地球とは断絶している。
クリムゾンにより技術提供は取引によるモノで、とても地球の影響下にあるとは言えない」




では拙いではないか、という吹雪の懸念を彼は笑って否定する。




「木連の存在も、正体も、彼等は公にはしないさ。寧ろ隠そうとするだろう。
ヴァチカンはね。確かに地球連邦の盟主国だが、それ以上にあの国は『教会』として存在しているんだよ」

「中立と言う事か?」

「それも在るかも知れないけど、それ以上に、ね。
此処が『木星』じゃなければ、『中央都市群』の様に、宇宙空間に漂流して存在しているのなら彼等の反応も違ったんだろうけどね」




彼等は『木星』という地に足を踏み入れる意味を知っている。
何故、地球圏には未だ数千分の一にも満たない能力者の割合が、
此処では五十分の一ほどにもある意味を知っている。識ってしまっている。

だから、未だ彼等は木連に手を出さない、――――手が出せない。

だが、と心中で呟く。







――――メレムは一体何が目的で七夜を追い込んだ、目覚めさせた?




初めて出会った時からあの名無しの少年が
酷く不安定な存在であるとは当然気付いていた。

彼は己の力と対極の力の波動を常にその身に感じている。
普段『発作』という形で発現していた反動の度合いを、
・・・・・・いや、侵食の段階を上げたのだ。

力を求めたとでも表現すれば良いのだろうか、普段は防壁を張って干渉を『発作』という最小限の段階で抑えていたのを、防壁を開放、いや寧ろ進んで吸収する事で『陽』に属する力に『陰』を混入させ爆発的に戦闘能力を上昇させた。

それは、双子の人間の間で生まれる『共感』という現象に似ている。
片方の脳が眠っている時、もう片方は通常以上の能力を発揮する事や、
その双子の間だけ発生するESPとは似て非なる擬似的なテレパシー能力。
それ等を可能とする不思議な力。

結果、その力は本来の彼が持っていたESPを開放、更には増幅させたのだろう。
直接的な力ではないものの、『狗神』の力さえ歯牙に掛けぬ強力なESPを・・・

メレムが用いた『殺人貴』という言葉も気に掛かる。
調べる必要性を強く感じ、彼は薄く笑った。








「だが、――――――これは良い兆候なのかもしれないな」

先ほど見た七夜の顔を思い出し苦笑する。

メレムのお陰、だけではないだろう。
此処を進めたのは彼にとってはプラスになったのかも知れない。

元々、七夜は自分を抑制していたような部分があった。
初めて出会ったときの彼は、無機質で人間味の無い瞳をしていた。
いや、あるいは、己の死期を察した老人の様な眼だろうか。

虚無の瞳。何も映さず、何も見ようとせず、全てを等価とした冷たい眼差し。

何を見て、何を知ったのか。幼い精神が崩壊寸前に成る程に、
彼の心は大きな絶望で満たされていた。

その原因には、恐らく未だ隠されたままの七夜の力も関係するのだろう。

未熟な身体から溢れんばかりの強大な魔力。
それを感知したからこそ『死線』は彼を己の庭に招きいれた。

此処を選んだのも、此処が、Eternalが特殊能力者の権威だからだ。
幾ら待っても施設では目覚めない彼の異能を目覚めさせるには同じ境遇の者がいるのかもしれないと思ったからだ。
別段、彼自身を心配して同世代の多い此処を選んだわけでもないのだ。
だが、優先順位は低いとはいえ、彼の心の傷が癒されるのならそれに越した事は無い。
傷が癒される事で、
過去のトラウマが解消される事で能力が再び開放される可能性もあるのだ。

ただ、あの変化が彼やそして周囲にとって喜ばしいものなのかどうなのかは、
未だ、わからないが・・・・・

孤児院時代、彼は礼儀正しい子供だった。
普段から起点も効く上に、我侭を言わず、集団の中にあっては周囲からそこそこの好意とほどほどの無関心を得る行為を無意識の内にやってのける、出来た子供。





――――一体何度、何が恐いんだ、と聞こうとしたか。




月並みな感想ではあるが、
少なくとも、あのときの彼の顔は『生きて』いた。

好きな子が出来たことで心に変化があったのか、
『仲間』を見つけた事で心のバランスが取れる様になったのか、
それとも―――――





「――――――『餌』を見つけたからか、七夜君?」

















だとすれば、

あの未知数の少年と、鮮血の姫君。

『喰われる』のは果たしてどちらなのだろう?












『殺人貴』。
それは主殺しの最強最悪の死神を意味する名。
伝説の暗殺技能者である者の異名。






















――――そして、二年前に死んだ少年の名でもある。




























四方天の一角。第七階層の東区域を統括する名門である東家の現当主は現在三人の使者と共にエウロパの中央歌劇場にその身を置いていた。
元々この歌劇場の構造自体はエウロパ同様に現人類が造り上げた建築物ではなく、"災厄の日"以前から存在した旧時代の遺跡である。そして移民の折に整備され、市民に開放した数少ない公共の娯楽施設である。
歌劇場の造りは洋風。ルネサンスを彷彿させる建築スタイルは絢爛華麗にして繊細。風格は中央都市群に構えられてある草壁宗家の屋敷に匹敵すると言ってもよい。外観はやや小さな印象を与えられるが、一歩踏み込めば銀と青に統一された内装は上品かつ荘厳で、神殿の如く見る者の眼を奪う。
広い室内には真紅の絨毯が敷き詰められ、どこぞの王宮もかくやの贅美ぶりである。



「・・・・ようこそ、我等が木連に、クリムゾンの使者殿。
遠路はるばる、良く御出でくださいました」



まだ四十に届いていないだろう男がそう切り出した。
男盛りと言ってもいい年頃。
整った知性的な顔立ちは眼鏡を掛ける事で一層その印象が濃くなっている。
男の名は「東 相馬」。東家現当主という立場に居るものである。




「なんだ、他人行事だな相馬君。私と君の一族は縁が深いんだ。
もっと親密に話すべきだとだと思わないか」



対して対峙するように円卓を挟んで立つのは三人。
中央に立つリーダー格の赤い服に身を包んだ男と脇を挟むようにして立つ二人の少年。
唯一会話に参加する男、その年は三十前半だろうか。上品に整った顔立ちは身に纏う真紅のコートと相まって良い意味でも悪い意味でも常人とはどこか違う違和感を感じさせる。
金髪の下、静かに笑っている碧眼は高い知性を感じさせる。
そして脇に立つ二人の少年はまるで同一人物ではないかと錯覚する程似ていた。
綺麗な整った顔立ち、華奢な痩躯。人形の如く存在する虚無の雰囲気。
唯一見分けるならば、それは銀と金に分かれた髪の色だけだろう。




「あと、クリムゾンの使者と称するのは頂けない。
私はシュポンハイムの次期学長だ。
あんな低俗で俗世塗れの連中と同一視されるのは甚だ不愉快だ」

「これは失礼。では、魔術師殿。
残念ながら、"災厄の日"の所為で一族の記録はほぼ損失しております。
故に、魔術の力も我々東家にはそれほど残ってはおりません。曽祖父と交流があったとの話ですが、その様な話は聞かされておりません」

「それは残念な話だよ。だってそうだろう?
東の魔術師は極東を代表する魔術師。
蒼崎ほどではないが、協会に置いても一目置かれていた人物だったんだ。
全く、私には凡人の猿どもの行為を理解できない」




そういって頭を振る。
男の名はアルバ。コルネリウス・アルバ。
真紅の特別顧問にして、協会に属する魔術師。
そう、「本物」の魔術師だ。
この木連に存在する技術を伝えるしか脳の無い魔術師ではなく、
常に高みを目指す、真の魔術師。




「ま、君が魔術師であろうがあるまいが、私にはどうでも良い事だ。
彼は確かに傑出した素質の在る若者だったが、結局、俗世を捨てられなかった愚者だ。
失礼。君の先祖の悪口を言ってしまったね。
まあ、君にとっては顔も知らない先祖に対しての事だ。許してくれ」






許してくれと言うわりには尊大な態度を崩さない男。

人が良さそうな笑みを浮かべているが、
腹の内では何を考えているか知れたものではない。






――――いや、そもそも正統なる「魔術師」という称号を連ねる者を
我々の尺度で測れるものだろうか?




三大欲求を越えるほどの知識欲を持つ者達。
ただ、ひたすらに永遠を求め、故に永劫に報われない者達。






「それで、協会の魔術師である貴方が何故此処に居るのですか?
ええ、貴方達ならば木連の存在を知っていてもおかしくはない。貴方たちならば今の平和呆けしているであろう地球軍の監視の目を掻い潜り此処に来る事など容易でしょう。
ですが、私が聞きたいのは其処ではない。
魔術は知らずとも、魔術師という人種については私も幾らか聞き及んでいます。
それ故に聞きたい。一体何故、―――――貴方が此処に居るんですか?」

「言っただろう?仕事さ、主にクリムゾンのね」






めんどくさそうな顔で受け答えするアルバ。

確かに筋は通る。
此処木連はクリムゾンと同盟を結んでいることは事実だ。
そして過去何度かこうしてクリムゾンの使者が視察等に現れた事がある。

だが、それでも別問題なのだ。
魔術師と言う人種が動くという事は。

魔術師は基本的に他者に縛られない、自立した存在。
企業に所属してようがなんだろうが、其処の自分の利益がなければ動かない。
彼が動く必要がある何か、彼を動かせる何かが、あるのだ。





「こんな僻地には貴方たちの知的好奇心を駆り立てる様な
狂気の産物などは在りませんよ」

「ははっ。随分嫌われたものだね、魔術師に恨みでもあるのか?
まあいい、まあいいさ。でもね、あるだろ?色々と。
黒い機動兵器とか、ね」






一瞬、――――何を言っているのか理解できなかった。

だが、その言葉が指す意味が漸く脳に浸透し、絶句する。

木連の最高機密の一つ。
誰も知らない筈の情報。特A級どころではない。
あれは存在しないグレードの機密なのだ。

決して知られるはずの無い機密。
それが知られた事で体裁を取り繕う余裕もなく冷や汗を流す。
そんな相馬の態度に興味が有るのか無いのか、
アルバは違う方向を向き、相馬自身には見向きもせず話し続ける。





「此処は素晴らしいところだよ。君は僻地と言うが、
だからこそ、此処には協会や教会の手が届かない。
計画の途中で彼等の邪魔が入らないのは極めて有利な利点だよ。
そして、研究資材も面の素晴らしい。この――――――――」




そういって壁に掛けてある装飾された剣を軽く手に取る。
その剣の刀身は鉄ではなく不思議な輝きをした鉱物だった。
地球に存在するどの貴金属とも違う不思議な輝きを宿した鉱物は持つ者の心を惑わす魔性の石の様な印象を受ける。事実、アルバも恍惚とした表情でそれを優しく撫でている。




「ミスリル銀やオリハルコンに並ぶ伝説の石。
現在地球には殆ど存在しない第五原子、「エーテル」の結晶の塊。
素晴らしい、百年ほど前ならば、これだけの量があれば、一財産となる。
幾人かの魔術師にとっては咽喉から手が出るほど欲しがるだろうね。
最も私には畑違いだが、まあアトラスの連中ならば今でもかなりわりのいい条件で交換してくれると思うよ」




魔術や能力に干渉する鉱物。
加工の仕方でその用途は変化するが、
純粋な結晶は持ち主の魔力を増幅する働きがあるという。



「まあ、そんな事、今はどうでも良いさ。それよりも好い加減、滞在許可を出して欲しいんだけどね。
君と話せたのも中々面白かったが、これ以上は意味がないだろう。
私の目的が何であれ、君の立場として正式に視察に来た使者を追い返す様な真似は出来ないだろう?
それともこんな簡単な回答も愚図愚図するのが君の流儀ということかな?
それとも思考速度が私の質問に追いつかないのかな?
だったら噛み砕いて懇切丁寧に説明して差し上げようか?
君は何も心配する必要も、疑問を持つ必要も無い。
紳士である私は、野蛮な吸血鬼や教会の司祭みたいなのと違い、
意味も無くこの地で暴れる予定はないし、君達が後生大事に隠してる鉄屑をどうこうする気もない」






―――――鉄屑。




その一言に心中で嘆息する。

全てを知られている訳ではない、という安心感からくる感情。
一応、偽装(フェイク)が役に立ったわけだ。




「そうですね。確かに私の一存でクリムゾンと事を構える訳には行きません。
許可を出します。立ち入り禁止の場所以外は見回って結構です。
身の安全は保障しますよ。ですが、それ以外の場所となると保障の限りではありません。が・・・・・・・」

「ああ。良いよ、それで、
別に君たちが精魂込めて造る鋼鉄の人形は専門外だから興味は無いしね。
行くぞ、ルヒエル、ラミエル」




その言葉を聞いた瞬間、ただの置物に過ぎなかった二つの人形は動き出した。
と、いっても人形が機械に変わった程度の差異しか見当たらなかったが・・・・



「彼等は貴方の弟子ですか?」



ふと、疑問を口に出す。
親子とも考えられたが、自らの家族と言う絆にある種の誇りを抱いている彼には、
彼等の関係が家族だとはとても思えないし、また思いたくなかった。



すると、魔術師はかすかに嗤う。



「大切な弟子を一々連れてきたりはしないさ。
彼等は私の護衛であり、クリムゾンのS・Cの成功例さ」



















「宜しいのですか?」



歌劇場を後にするアルバにルヒエルが機械的な表情を崩さず話し掛ける。
声は何の感情も入っていない。不満も、疑問すらも。
ただ、今後の予定の確認をしているだけに過ぎない。




「あの様なタイプの人間は不変だ。
金銭は問題外だし、情でも動きはしない。
欲望を律するのにも長けている、ああいった人間には下手な事は教えない方が良い。
・・・・・・騙せぬのならば、渡す情報を少なくするだけの事だ」

「警戒されているとなると動き難いですね。任務に支障を来たすかも知れません」



ラミエルが続けて呟く。

この任務は実行まで極秘裏に進めなければならない。
警戒されていては、任務に支障を来たす可能性はかなり高い。
この広い異郷の地で、手練とは言えたった三人ではかなり困難な任務になる。

だが、アルバは嘲う。



「要するに、標的を連れて戻れば良いという、ただそれだけの任務だ。
最悪、死体でも構わないと云われているんだ。
手段を選ばなければ幾らでも手はあるんだぜ」



酷薄な笑みを浮かべる。

そうとも、死体でも構わないと云っているのだ。
態々生者のまま連れて還るなど無益だ。

ああ、それと、と魔術師は言葉を付け加える。




「先ほどから此方を伺っている塵どもは殺せ。
意味は解かるな?―――――警告だ」




瞬間、ルヒエルとラミエルの姿が消える。
S・Cの中でも数少ない成功例の二人である。
Princes権天使級の彼等ならばものの数分と掛からないだろう。


「アオザキめ、姉妹そろってこの私を馬鹿にした事を後悔するがいい。
貴様の最高傑作。真紅の殺人騎の片割れは私が貰う」




















「――――――消えた?」



呆然とした表情で男はそう呟いた。
その行動は男にとって酷く、らしからぬ事だったが、無理も無い。
如何に市街地で遮蔽物が多いとは言え、
透視能力を保有する男にとって此処は唯の平地でしかない。

己の能力と経験を信ずる男にこの失態、たかだか三人の人間を見失う道理など無いのだ。



男は隊の中で『眼』に当たる存在の一人であった。
彼の部隊は隊の全員が特殊能力者で構成される特殊捕縛部隊、通称「猟犬ハウンド」。
四方天の一角、「東」が有する私兵部隊である。
こと、監視、隠行等に関しての技術は「影護」の一族にすら引けを取らない程の練度で構成された木連でもかなり有能なクラスに分けられる存在である。

無論、戦闘能力も侮れるものではなく、純粋な対人戦闘もかなりの実績を叩き出している。
捕縛、殺傷の為に「牙」の隊員は全員が戦闘能力に特化した強化系の能力者で構成されている。
「牙」の面々は戦闘技術を磨く為の戦闘訓練も然る事ながら、薬物投与で己の能力を限界値まで上昇させている為、並みの能力者や軍人では手も足も出せない。

その上、「眼」との連携攻撃で奇襲等を行なえる為にこのような特殊な任務でも、その成功率は九割以上と言う凄まじい成果を残している。

「眼」の機能は戦闘を優勢に進める為の大前提の一つである。
相手の情報が解かれば対等以上の相手でも優勢に事を進められるが、
逆に情報が行き渡らなければ対等以下の相手にも遅れを取る事がある。

そのことを深く理解している男は、
監視の間中相手の行動に神経を尖らせ、擦り減らせることで、
標的の僅かな不審な行動も見逃さないという精密機械にも匹敵する異様な行動を可能としているのだ。

その彼が、たった二人の子供に出し抜かれたのだ。
前情報にあったあの赤いコートの「魔術師」に出し抜かれたのなら未だしも納得できる。
だが、クリムゾンの特殊部隊とは言え、所詮は実験動物と同義に過ぎないS・Cの兵士相手に出し抜かれたと言うのは男の自尊を傷つけるに十分な過失だった。

だが、男もプロである。
失敗を引き摺らずに次ぎへと段階を移せるプロの兵士である。
例え、苦楽を共にした同僚が目の前で死んだとしても眉一つ動かさずに任務を続けられる程にプロとして完成している兵士である。

監視対象を見失った過失は何れ償う必要がある。
もしかしたら除隊される可能性もあるだろう。

だが、男の「眼」としての誇りが保身に縋る事を許さなかった。

少年兵を見失うなど、男は一瞬だけでも自分の存在意義を見失うほどの動揺に値する過失だった。
それほど在りえない出来事だったのだ。

故に動揺が生まれた。
それは、致命名ほどの動揺。

背後の気配に気付くのが遅れるほどの――――――・・・・・





「――――――滅びよ。我が主に仇なす者よ」




ザスゥ!

背後の罅割れた壁を突きぬけ、男の背から胸を突き刺す金武きんの鑓。

不思議と痛みは無く、事実、男には一滴とも血液は零れなかった。
だが、――――――それでも男の生涯は此処で閉じられる。



「霆」




無形の厳かな声が響く。
振り向く間も、言葉を理解する間すらない。
無慈悲なまでに強力な鉄槌が、男の存在を白く、消え失せるほど絶大な光を持って顕現した。



光。そう唯、光のみが顕現した。
音も何も無い。真っ白な閃光、―――――――無への還元。



それが暖かな聖光なのか、冷たい魔洸なのか、其れすらも感じられず、男は『消滅』した。
肉片の、細胞の一片に至るまで完全に―――――――





「先ず、――――――――一体」




金髪の少年、
Ramiel雷を司る天使」の宣言する様な声と共に、戦闘が始まった。






















「―――――殲滅戦、ですか?」



突然の命令の食い違いに隊員は怪訝な顔で問い返す。
当然だ。自分たちは確かに分類すれば戦闘集団で、その為の訓練も受けているが、
本来、この部隊は監視、捕縛を主としており、
相手を殺す気で戦う純粋な戦闘は他の部隊の管轄になるのだ。




一瞬、何かの冗談かと思った。




この部隊では殺傷目的の戦闘ですら実行するのはほぼ皆無なのだ。
手段を問わず相手を殺す『殲滅戦』など性質の悪い冗談にしか思えない。
監視対象は既に知識として頭の中に入っている。
連中相手に民間人すら巻き込む事を厭わない戦い方など必要とは思えないし、
第一、もしそれほど危険な相手なら、他の部隊に任せればいい。
今までもそうして来たのだし、それを厭う理由は無い筈だ。

だが、隊長の声は固い。
いつもながら昂揚に欠ける硬い声のまま、静かに言葉を繰り返した。

隊長と呼ばれる男はまだ三十路に入ったばかりだろうほどの年嵩だった。
鍛え抜かれた見事な体躯が服の上からでもわかる。

右目には縦一文に刀傷が痛々しく存在し、古き時代の剣客を連想させる。





「殲滅戦仕様装備だ。なお、この作戦での能力の制限は無い。
全力で、奴等の咽喉笛を掻っ切れ」

「ち、ちょっと待ってください!
連中はたかだか――――――――」




言い募ろうとした隊員は青い顔をして言葉を止めた。
その頭部に銃口を突き付けられたのだ。




「連中はクリムゾンの秘密兵器だ。侮れば隊の死を持って償わなければならない」

「・・・・・り、了解」

「悪い情報を教えてやろうか?」




口では了解と言い、顔の表情を消して戦闘状態に移行した隊員だが、
内心では未だ不満を持っていた。
其れを見越したのか、隊長は厳かな声で、畳み掛けるように言った。




「『眼』の監視が全て絶えた。全員が、―――――排除されたらしい」





瞬間、その隊員は心の底まで凍てつかしたような無表情となった。
続きを聞かなくても隊長の言いたい事が手に取るように解かったのだ。

遠距離から監視している者達が察知できないほどの隠行で姿を消し、
監視にそれを報告させる間もなく殺害を可能とする程の機動力。

要するに、自分たちは相手を潰さないと、もう逃げる事も出来ないのだ。
此処から全力で離脱しても逃げ切れる保障はなく、
仮に逃げ切れたとてプロにとって致命的な失態を犯す事になる。
そして、通信で報告してからだともう遅い。



捕縛などと言う生易しい手段で捉えられないのならば、
この場を切り抜ける手段はただ一つ。――――――殺すしかない



クリムゾンの真意は解からないが、その尖兵たる奴らは此方に対して明らかに敵対行為を取っている。
殺す、という事は既に警告の段階ではない。無条件に此方を殲滅する気なのだ。











そう、現在は我々『猟犬』こそが獲物で、――――――敵は狩人なのだ。































タンと軽やかな音を発て、跳ぶ銀髪の少年。
地面と平行な完全なる横跳びで銃弾の軌跡を回避する。

驚嘆すべきバランス感覚を見せ付ける様に、
平行飛行しながら少年は何も危なげなく手を翳した。

感情と言う「色」の無い銀の瞳。その直線上には一人の黒服の男がいた。
男は監視員の『眼』ではなく、戦闘要員『牙』の一人。
先ほどまで少年が殺害してきた連中とは桁が違う相手である。
だが、少年のやる事は変わらない。
そして、結果も恐らく、――――――変わらない。




「我を阻む者を切り裂け―――――風刃」




地面とは平行に勢いよく突き出した右手。
年端のいかぬ少年らしいほっそりとした真っ白の腕。
腕自体を述べれば感想はそれだけだ。
だが、―――――瞬間、少年は腕を『起点』に風を召喚した。



鎌鼬。




真空の刃が群をなし、標的に直線を描きながら疾走する。
術者である少年が意図に沿うかのような動き。

少年の意志が具現したのか、それとも風そのものの意思なのか、殺意は一閃に迸る。

遮蔽物など関係ない。コンクリート程度の強度ではこの風の刃を止められはしない。
地面を、壁を、削りながら人の認識できる時間ならばそれこそ一瞬で標的を『通過』する。

風が『通過』した瞬間、標的の男の身体は各部が鎌鼬の斬撃で弾け跳び、
天高く肉片が舞う。




路地裏に降り注ぐ生暖かい血流と肉片。
それは凄惨なまでに―――――『雨』を連想させた。




其は風を識る者。
Ruhiel風を司る天使は己の武器を手足のように扱い敵を殲滅する。

だが、殺した瞬間。ルヒエルが『牙』の一人を輪切りにした瞬間、
背後の闇から数人の『牙』が現れた。―――――総員は三人。
二人が己の手に得意とする獲物を構え飛び掛り、
一人が短機関銃を構える。

巧みに、射線を邪魔せず猟犬の様な移動術で高速に接近する二人。
得物は刀とナイフ。
近距離、中距離、遠距離の獲物がルヒエルに牙を剥く。
同時攻撃を仕掛けられれば、相当巧みな戦闘者でも勝ち目は無いだろう。

彼等、『牙』は敵を追いたて噛み殺す者達。
馬鹿でも、甘くも無い。




「逝ね、クリムゾンの飼い犬が!!」




肩から吊り下げた短機関銃を素早い動作で構え警告無しに発砲する。セミオートに設定された銃はバラバラという音を共に銃弾を発射し、銀の少年を蜂の巣にしようとする。機械駆動ではなくモーターで駆動する短機関銃はセミオートで一秒数十発の弾丸を発射できる。

背を向けているルヒエルには当然回避する手段は無い。
例え運良く回避したとて、
背後から二人の戦闘巧者が獲物を構えて迫ってきているから結局結果は変わらないだろう。




彼が「人間」だったら。




「風よ」





小さく、彼はそう呟いた。
風が巻き起こる。それは始めは小さな旋風だったが、
段々規模を変え、ルヒエルの周囲を旋回する。





「刃と化して、我が敵を裂け。」




手を頭上に伸ばす。
路地裏の暗闇。その上層部に気流が生まれた。
人に滅びを齎す、闇の疾風。

吹き上がる大気の流れに銀の髪をはためかせ、
少年は状況を弁えてないのか穏やかに目を瞑る。

そこには人形の様な無表情さは無い。
まるで、母の羊水で眠る赤子の様な安らかな、――――笑み。




風の守護を一心に受ける天使が振り上げた手を振り下ろす。







人の業を裁く剣。断罪の風が、今、この瞬間に、――――――為った







「風神之儀。―――――風滅」






発射された銃弾も、飛び掛る二人も、銃弾を発射した一人も、
全てが等しく、この空間に風の刃が降り注ぐ。

先ほど『牙』の一人を喰らった風の刃が頭上から無数に降り注いだ。
人間も、モノも、誰も逃れられない。
ナイフを持った『牙』はその手が根元から切断され、
刀を持った『牙』は刀がより鋭い刃で両断される。
銃弾ですら、その多くが風の圧力、斬撃に斬られ、押し潰される。

驚く間も碌に無い。頭上を見上げる間があったのは慈悲だったのか。
降り注ぐ刃は肉片すら残さず、完全に粉微塵に二匹の「猟犬」を切り刻む。




器は消え、ただ、大量の血流だけが舞い、
バケツをひっくり返したように路上を赤く染めた。













「ば・・・化け物」





無様に尻餅を着き、唯一生き残った男が呟いた。
先ほどの力も然る事ながら、風の力でも弾き切れなかった無数の銃弾を受けても傷一つ無いルヒエルに極度の恐怖を覚え、尻餅を着いたまま男は後ずさる。
だが、背後にあったのは巨大な壁。




これ以上は、――――――逃げられない。




恐怖に引き攣った表情、開いたままの口からは半瞬後から呆然とした笑い声が零れ出した。
恐怖が既にその顔に無く、
代わりに狂気の笑みが零れ、何も無い方向を見詰めてただ白痴の様に笑う。

彼とて無事と言うわけではなく、愛用の銃器とそれを支えていた両手が断裂していた。
だが、気の狂わんばかりの痛みよりも、この悪夢じみた現実こそが彼を狂わせたのだ。

だが、その笑い声もまた十秒も続かなかった。
息を吸い込む器官が、首から下が離れたからだ。





―――――風の刃が首と胴体を断絶させる。





男は白痴の笑みを浮かべたまま狂い、逝った。















クリムゾン。
その名が意味する真紅の言葉通りに、その尖兵達は世界を赤く染め上げる。
彼等こそ、クリムゾンが生み出した帝国、そして教会への牽制の為の手札の一つ。
魔を持って魔を制するという理論で生み出された奇形児達。


彼等は戦う事を義務づけられた、仕組まれた子供達。
即ち『Soldier Child』。
天使の名を与えられた子供達。
だが、実態は神聖さとは程遠い、大人の歪んだ欲望の玩具。


彼等は悲しき双子の片割れ。
例え、その生み出された理論、組織は違えど、
『Machine Child』に最も近い存在。悲しき双子の片割れである。


その「成功作」というだけあって、少年たちの戦闘能力は驚くほど高い。

罪無き子供の殺して幾星霜。

クリムゾンが生み出した回答の一つの形である完成形。
その『試作品』に過ぎない、彼等でさえ此処まで強い。


『Machine Child』が電脳世界を意のままに操るならば、
彼等は物質界でこそ、その真価を発揮する。





朱い天使を前にして、猟犬は成す術もなく、その命を散らしていく。
その様を見ている影があった。










「協会が行動を共にしているのは意外で面白いけど、
それ以上に、クリムゾンも面白い事をしているね」



くすくすと声の主は微かな息遣いで嗤いながら言った。
声は甲高くもあり、同時に低くもある。
それは、まるで二つの声質の二重奏。
二種の声は互いを阻害せず、一つに調和する。




――――――不思議な、声。




大人とも子供とも言い切れない。






「魔の血。その有効性を活用する。
人は愚かな種族だね。・・・・・再び、あの過ちを繰り返すか」



それは、『混血』の製造方法と何ら変わらない。
あの禁忌の種族を今度は人工受胎で生み出しただけの事。



「だけど、魔の血を弄ぶ行為をこうも大々的に出来るんだ。
人間側だけじゃない。―――――『帝国』も、絡んでいるんだろうね。
さて、どの祖が、何が目的でクリムゾンに協力したのか」




儚いものを愛しむ様に影は嗤う。
影はどちらにも手を貸さない。
彼はまだ、傍観者に過ぎないのだから、この局面で姿を見せない。



風の刃でボロボロになった鉄骨の上で影は微笑む。
予想範囲内の出来事でしかないその騒動を満足げに笑い続ける。



影には五体の一部が足りなかった。
だが、不自由そうな気配はまるで無い。
慣れている、というのとは違う。
まるで見えないだけでその足りない一部がそこに存在しているように影は振舞う。









彼の足元。先ほどの虐殺を象徴する死体の群の中には、
白銀の狼が一匹存在し、―――――ガツガツと音を発て、死体を貪っていた。























―――――第八階層、Eternal(エターナル)私立図書館






静寂、その中に混ざる微かな声と物音。
それを聞きながら、海斗は膨大な図書とディスクを机の上に置き、読みながらデーターを手持ちのノートパソコンに纏めていった。

木連の軍事関係を代表するEternalの私設図書館。その蔵書は前世紀、つまり災厄の日以前の物まで保管されているという。蔵書と言っても保存形式は『本』ではなく、圧倒的にデジタル化、ディスク等に書き込んで保存してあった。
これは災厄の日までにゲリラ活動の様な形で生きてきた祖先に「本を読む」という娯楽に属する行為をやっているゆとりが殆ど無かったのと、逃亡者である彼等には本を持ち運ぶより、武器、食料の方が遥かに重要だったという事である。

故に図書館に置かれている本はどれも新書ばかりで、古書を読みたければ当時のデーターが保存されているディスクを漁るしかないのである。

一限目で行き成り大惨事が起こり、自宅謹慎や入院した学友達。
全員がメレムによりあの時間に起こった記憶を刷りかえられた事で、あの惨事は「有栖川という一生徒が授業中に暴走し、幾人かの生徒に暴行を働いた」と教師陣には認識されていることだろう。

そんな中、無傷だった海斗は気になる事があったので寮から一人抜け出し、
私立図書館でこうして調べ物をしている。





「・・・・教会を動かすほどの価値・・・か」




入れれるだけ入れ、後は自作のプログラムが勝手に制御してくれる段階になり海斗は手を休め思考し始める。

教会とは教皇庁ヴァチカン
人類最大の退魔組織にして地球連邦に対する最大の軍事的影響力を誇る。
組織としての立場は世界紛争には関与しない、と中立の構えを取っており、中立国として銀行国家ピースランドに匹敵する財力を有している。とは云え、ピースランドとは違い、独自の軍事力を持つこの国家は地球有数の軍事国家としても名高い。
彼等が騎士団と呼ばれる強力な4つの戦闘部隊を始め、様々な軍事的力を保有している。
その強大な軍事力は一国のみで推し量るのならばアメリカ合衆国すら上回ると謳われる大国である。




そして、その中でも秘密部隊。
4つのどの戦闘部隊にも属さない枢機卿ナルバレック直属の私兵部隊があった。



その名は―――――埋葬機関。



構成員は僅か七名ほどしか居ない少数部隊。
だが、最も教会で恐れられる特殊部隊でもある。
文字通りに一騎当千を実現するほどの者達で構成される人知を超えた戦闘集団。
任務の際には常に単体行動を行い、埋葬機関同士で組むことは稀である。
彼等は立場上こそ一司祭に過ぎないが、任務上においてその権限は絶大である。
何しろ、組織のトップであり、物質界における神の代行者と称される教皇すら必要と判断すれば抹消する事も辞さなく、また其れが罪には問われないのである。




メレム・ソロモンはその埋葬機関の五。
人外的な実力者が集まる埋葬機関の中で文字通りに人外の彼は実力的には間違いなくトップクラスの存在である。何しろ彼は人類最強最悪の退魔機関である埋葬機関の五でありながら、同時に人類最大の敵対組織『帝国』の最高幹部に位置する死徒二十七祖の第二十位に名を連ねる存在でもあるのだ。




埋葬機関の切り札にして捨て駒でもある存在。





―――――勝てるだろうか?




海斗はそう思索する。
もしも戦闘することになったとして、あのメレム・ソロモンに勝てるだろうか、と。

他の埋葬機関の司祭なら、人間の司祭が相手なら決して不可能ではないだろう。
だが、死徒二十七祖にすら名を連ねるあの存在を滅ぼせるとは到底思えない。
この間会ったのは有栖川という人間を寄り代にした云わば「末端」に過ぎなかったが、本体であるメレム・ソロモン本人が此処に来ているという可能性も否定できない。

と、いうより恐らく此処に来ているだろう。

死徒二十七祖を相手にする時、最も厄介なのはその戦闘能力や特殊能力よりも通常の武器では奴等を滅ぼせないというところにある。
例えばミサイルを撃ち込んだとしても、
それが唯の物理攻撃に過ぎない以上は強固な復元呪詛を持つ彼等を並大抵の事では滅ぼせないのだ。本気で滅ぼす気があるのなら、それこそ大陸一つ潰す覚悟が居る。
彼等を個人で滅ぼす手段はそう多くない。
魔術か、同じ魔の力か、規格外である能力者の力か、強力な武装概念を用いてか、恐らくその四点しか存在しない。







―――――武装概念。
それは歴史ある武具の事で、
名刀、妖刀、霊刀、魔剣、聖剣等で呼ばれる武器である。
歴史という重みを背負う武器で、数百、数千の年月を活きた武器は特別な力が宿り、魔の様な特殊な生命種を滅ぼすのに適した武器と化すのだ。
付喪神という概念が日本にあるが、アレに似ている。
古い道具というのはそれだけ力あるモノとなり易いのだ。

能力者ではあるが、基本的には物理法則を順ずる強化系能力者である海斗には死徒二十七祖級の魔を滅ぼす異能はなく、魔術師でも魔でもない海斗には武装概念以外でメレムを滅ぼせる手段がない。

一つだけ、一つだけ海斗も強力な武装概念を有している。
それも死徒二十七祖に通じるほどのモノを。
だが、それ故に極端に扱い辛い。

これは珍しい話ではなく、武装概念、それも死徒二十七祖を滅ぼせる力を持った存在ともなると、全部が例外なく大なり小なり意思を持っている。


例えば、海斗が一度だけ合間みえたメレム以外の埋葬機関。
第四位に位置する「剣」の異名を持つ少年、Sult。
『地獄の騎士』と称され、恐れられる処刑人。
彼は神話級の武装概念である、炎の神剣「レヴァーティン」の所有者でもある。



神剣「レヴァーティン」は主を選ぶという。
その素質が無い者には炎の裁きを、素質ある者には炎の祝福を与える剣。




実際、戦った者の感想としてはあの武器は危険だ、と思った。
強力すぎて、本気で戦えば埋葬機関であるSultの手にすら余る物騒な代物。





―――――まあ、第一印象としては剣より、
Sultの方が遥かに物騒な人格の持ち主だったが・・・・





そう、思索に耽っていた時、
突然大きな電子音が静寂に満ちていた空間に鳴り響いた。
ジロリと周りに人間に睨まれ、PCを消音にするのを忘れていた海斗は冷や汗をかく。
流石に数十人の人間に一斉に睨まれれば落ち着かない気分にもなる。
立場的には学校をサボっているのだから尚の事だ。

軽く溜め息を吐く。

自分らしくない迂闊なミスだ。
やはりメレムが来ていた事に少々動揺していたらしい。





「それで、・・・・・刀崎七夜か」




刀崎七夜という人間は木連には居ない。
無論その名が偽名だという事は既に知っている。
海斗が解かったのは彼が過去、木連の勢力圏の何処にも存在してなかったという事だ。
生体データ−の登録は義務ずけられているし、仮に付けてない人間が居たとしてもその人物が物理的に存在していたのなら痕跡を探る手段は幾らでもある。
だが、彼には痕跡がまるで無い。
まるで、紙の上で生み出された架空の人間のように全く存在証明が出来ない。
彼の存在を証明しうるのは現在の彼、その身体しかないのだ。




「一体、二年前には何処に居たのか。
メレムが彼を知っているという事は、やはり彼は地球圏の人間なのか・・・・?」




その為にこの私立図書館に海斗は来た。
此処ならば木連に殆ど消滅している地球の情報が幾らかある。




『刀崎』と『七夜』。




彼の名として構成された二つの偽名。
木連には無い珍しい名字と名前。
膨大な資料の中にはこの二つの偽名に関係する情報があるのでは、と考えて海斗は膨大なデータ−をPCに収納したのだ。

「ビンゴ、だね」

そう言って海斗は薄く笑う。
『刀崎』という姓には幾つかデーターが残されていたのだ。

『刀崎』とは地球の極東の地に君臨する混血の一族『遠野』、
その分家筋にあたる家柄の中でも最も古い旧家の一つで帝国とも繋がりのある名家である。
彼等は骨師と呼ばれ、自らの骨を刀として鍛える一族で、
普段は鉄で刀を鍛えるが、相応しいとみなした相手には自らの腕を差し出しその骨をもって骨刀を作るという特異な一族であるらしい。




―――――七夜が持つあの短刀。




武装概念の一つだと見受けられたが、成る程と納得する。
人の骨を使うからこそ主の魔力と同調しやすい霊刀として昇華されたのだろう。
普通武装概念は前略でも述べたように固有の意思を持っていて武器とは言え、素直に持ち主の言う事を聞かぬことが多々ある。
歴史を積み重ねたといえば聞こえは良いが、
要するに積み重なるまで人を斬ったということでもある。

武装概念は人の業が染み付いた怨念の凝固された存在が多い。
神剣等と称される武装概念の多くは聖霊を宿す神聖で強力な武器だが、そんなモノは滅多に存在せず、大抵は教会、協会の管轄下である。
大抵の武装概念は動乱期に生まれた妖刀、魔剣という類である。

有名どころで言えば、妖刀 村正や魔剣 ストームブリンガー等であろう。
伝説となるほどの剣にこそ、強力な霊力も付与されるのである。

七夜の短刀も区分けすれば神剣よりも魔剣に属する武器であろう、と推測する。
聖霊の宿る神聖な武具は既存の数自体が恐らく十ほどしかなく、恐らく現在では全てが管理されている。
個人で手に入るものではない。

そして、これが一番の理由だが、あの刀には神聖さは感じなかった。

七夜と同調し、『狗神』を皆殺しにした紫に薄光する短刀。
禍々しさは感じても神聖さには程遠い。



「しかし、残滓が残るほどエネルギーを発するならば、
恐らく二十七祖級でも倒す事は可能だろうね」



案外メレムはあの短刀を狙っているのかもしれないと海斗は考えた。
秘宝コレクターと呼ばれる彼だ、その手のモノには目が無い。




「それなら話は簡単なんだけどね」




事はそう簡単でもないだろうと嘆息する。




『刀崎』に付いては調べられた。だが、『七夜』の方は全く当たらない。
これでは全く彼の正体が調べられない。
恐らく彼、もしくは彼に近しい者が『刀崎』と交流があったのだろう。
そして、その為にあの短刀を仕入れられた。
だが、それだけでは足りない。
そういった旧家の顧客のデータ−など調べられるモノでもないし、第一此処ではこれ以上の情報は存在しない。


『七夜』、その名が意味するものが結局のところ海斗には皆目見当つかない。









「・・・・・待てよ」








ふと、海斗の脳裏に過ぎる言葉があった。
此処で調べたデータ−ではない。海斗が直接聞いた情報だ。




「確か日本の退魔機関を代表する一族にそんな名前があったな」




それは魔術・法術の類を使用せず、
遺伝として伝える超能力をもって魔を退ける退魔の一族。
本来一代限りの超能力を、近親での交配を繰り返す事により色濃く遺伝させる事に成功。同時に暗殺術を磨き上げる事によって使い捨てだった超能力者を生還させるに至り、かつ身体能力を人間の限界レベルまで鍛え上げ、結果としてヒトの退魔意思を特出継承する特異な一族の名が確か・・・・・




「―――――七夜の一族だったな」




木連で言えば、影護の一族に位置する様な一族である。


―――――否、更に性質が悪い。


七夜の一族は影護の一族のような「混血」を滅ぼす為に特化していった一族である。
人に対して天敵とも呼べる強力無比な「混血」を能力者とは言え身一つで滅ぼす「混血」にとって天敵にあたる超人的な戦闘集団。
人間に対して「混血」の持つ様な慢心が彼等には一切無い。




―――――ある意味ではメレムよりも組み難い相手かもしれない。




「俺一人の手には余るね、これは」




そう言って苦笑する。
とは言え、木連内で組織に連絡する手段などほぼ皆無。
自力で何とかするしかないのだ。




「最悪のケースと言うのは常に想定しておくべきだけど、
この場合最悪なのは一体どれなんだろうね?」




メレムと敵対する事だろうか?

七夜と敵対する事だろうか?

そこまで考えて小さく笑う。

決まっている。最悪のケースとは即ち、死ぬ事と任務が果たせなくなる事だろう。
それ以外はたいした事ではない。
メレムや七夜への干渉はなるべくしないようにすれば良い。
極当たり前の考えだ。彼等は障害ではあれど、決して敵対者ではない。
戦わないでも済むなら、その方が面倒が無くていい。





「それとも、俺は戦いたいのだろうか」




小さく独白する。
馬鹿らしい考えだ。自分にはそんな事をする余裕も、権利も、存在しない。

自分を嘲る海斗は気付いていない。

協会の埋葬機関に所属しようとメレム・ソロモンという存在が死徒二十七祖という最悪の吸血鬼集団の一員である事が変わらない様に、
海斗も本質的には変化してない。

かって、S・Cの中でも『最悪の成功例』。
『醜悪な奇跡の魔物』と呼ばれたルシフェルの名を冠する『魔王』。
埋葬機関の司祭すら凌駕する、人類最強クラスの戦闘能力を秘めた固体。
その闘争本能は脳にスティッカ−を打たれ、記憶と人格、本能すらも封印されても消えていなかった。























―――――地球、ヴァチカン国境軍駐留基地











――――――漆黒なりし炎。

汝、原初の聖霊よ。

世界システムが混沌の頃から在りし、存在なる者よ。

ムスペッルヘイムを守護し、炎の民と共にある王なる称号を有する者よ。

天が黒雲で覆われて全て腐り落ちる日に、世界に破壊と再生を齎す使徒。

蛇の庭を犯す者どもに、

その燃え盛る剣で、裁きを与えよ。




汝こそは教会軍、栄光の天子。

最強の冠を頭上に抱く者。





漆黒の炎を司る者スルト

























「かねてから、再三に渡る最高会の招喚を悉く無視なさるとは、
四大騎士団の一翼、・・・・『炎の鎚』の長なる者とは思えぬ所業です。
今、我々教会、いや人類はより強い結束を求めているのです、
上層部の一員である貴方がそれでは皆に示しがつかない。有態に言えば志気に関わります」




二人の使者。共に最高会の使徒を意味する赤と白が入り混じった正規軍の軍服とは少し毛色が違う服を着込み、
片足を床に付いて頭と垂れている。
二人とも未だ若い。
最高会の使徒とも言えば、一般兵にも憧れる名誉職である。
この若さの使者も居ないではないだろうが、
とても最高会の使徒を名乗るに相応しい年嵩だとは思えない。


偽装しているのでなければ大した出世である。


だが、当人はそれを望んでいないのは明らかだった。
かすかに震える手足。『此処』に訪れた使者がどうなるのか嫌と言うほど噂話で聞いているのだから
仕方がないといえば仕方がない。
事、この噂に関しては真実味があり過ぎるのだから――――――――

周りで此方を眺めている嫌に戦闘的な彼の部下たちがその噂を強めた。




「最近では『帝国』軍の動きに加え、
その同盟社であるネルガルに救世主なる者が
加担したと囁かれているのはご承知の筈!
教会の国境警備隊である『炎の鎚』がこの事態に使命を無視するなど言語道断・・・!
幾ら貴方様が「埋葬機関」の四でもあると言っても限度があります。
この上は速やかに公共の場に参上し
教会軍の名に恥じぬよう、主への忠誠を皆の前で誓ってもらいたい」



バッと頭を上げ、睨みつけるように眼前の金髪の仮面少年に毅然とした声で言葉を募る。



「国境警備軍『炎の鎚』、最高司令官――――――スルト様!!」




突然出た大きな声に、仮面の少年はビクッと身体を縮込ませる。
その様子に二人の使徒は怪訝な顔になる。



最高会の招換を無視するほど不遜な男が、
使徒とは言え、たかだか一使者の怒鳴り声に脅える・・・・・?




その少女じみた反応に後味の悪さを感じながらも、
立場上此処で引き下がるわけにも行かずズカズカとスルトが座る玉座に歩み寄る。
その様子を見ても、部下たちは止めるどころかニヤニヤと笑い動かない、
中には爆笑している者もいる。




「部下の教育がなってませんぞ、スルト様!」


「そ、そ〜思いますか、やっぱり?」




一寸涙混じりのか細い少女の声は使徒には聞こえなかった。



「ですが、我等にも立場と云うものがあります。
今日はなんとしても返事を頂くつもりですぞ!!」



強く肩を掴んだ瞬間、「あう〜」と声が漏れて、仮面と鬘が零れた。



























瞬間、―――――時が止る。


























「あ、なたは―――――副司令官の、オファニエル殿・・・!?」



仮面と、金髪の鬘の下には、
長く、全ての光を反射する様な幻想じみた銀髪と
整った顔立ちの可憐な少女の貌があった。



「す、すいません。スルト様の副官のオファニエルと申します。
こ、この度の私達の行為は決して最高会に対する反抗を意図するものではなく、
その、えっと、ですから、ええっと、あぅ〜。
・・・・・ごめんなさいぃ!!」




涙目で誤る少女のその小動物じみた姿は、愛嬌と妙にそそられるものがあるが、
最高会の使徒として使わされた二人としては笑える状況でもない。




「では・・・・、一体、スルト様は何処に!!?」

「あ、っと・・・・・そのぉ・・・・・、あう〜」



どこかあらぬ方向に視点を移し探すが、見当たらないようで更に泣きそうに為る。




「くっ・・・・!
やはりここは異郷の地。かっての栄光など影も形も無い。
スルト様に対して出た使者が生きて帰ってこぬという噂も真実かもしれん。
この分だと、教会最強の戦士が、
実は威厳も何も無い赤毛の小男だという話も本当かもしれない」




鬘を持ってそう呟く使者。
その襟が突然後ろから掴まれ、勢い良く引き上げれた。































「だ〜れが、チビだと、固羅」


































アルトの声。
まだ変声期を迎えて幾分も立ってない様な少年の声。



二人の使徒が振り向いた先に彼は居た。
彼の姿は彼等が想像した通りのものだった。
公的には既に二十歳を越えて居る筈なのにその背格好は精々十四、五の少年の姿。
髪は燃えるように赤く、体は肌から直接、黒いジャケットで被っている異質な格好。
首に巻いたベルト等、とても教会軍のソレとは思えない格好だった。




「黙って聞いてりゃ、言いたい放題ゴチャゴチャと、くだらね―ことほざきやがって。
そんなに見たけりゃ拝ましてやらぁ
この俺が、『炎の鎚』のヘッドにして偉大なるあのスルト様よ!!




片手で、人間大を持ち上げる筋力は常人のモノではない。
首を締め上げられビクビクと痙攣している使徒を見かね、
もう一人の使徒とオファニエルが慌てて制止する。



ドサッ



「そうビクビクしなさんな。
幾ら俺でも爺どもとあのS女直々の使者をぶっ殺すわけにはいかねーよ」




解放され、ゴホゴホと咳き込む使徒の姿、それをニヤニヤと嘲笑の笑みを浮かべながら悪びれなくそう言うスルトの言葉と態度に使徒達は恐怖と嫌悪が混じった表情を、オファニエルは胸を抑えて安堵の溜め息を吐いた。



「だだよぉ。なんつーか、こう、
地味なんだよな〜会議だの、集会だのくっだんねぇっつーか、
退屈なんだよなぁ、マジに。
俺たちは戦うのが仕事であって爺や中年と顔を突き合わすのが仕事じゃねーっつの」



翡翠で脚色された玉座にドカっと腰掛け、手掛けの部分に足を乗せる。
本気でそう思っているのは明白で身体中から怠惰な雰囲気が発生している。



「うちの若いのは生きが良いからなぁ、
あんまし退屈な仕事ばっかり寄越すとその内爆発すんぞ?
テメェ等もそんなに『帝国』の状況が気になんなら行けば良いだろうが、
直接、得物を持って、あの吸血鬼達の根城によぉ。
そうすればくだくだ悩む必要なくなるぜ」

「げ、現段階で『帝国』と事を構えるなど・・・・!?」

「ジョークだよ、バーカ。――――ん、な真面目にくだんねぇー反応返すな」




『絶対本気だった』
とオファニエルは思ったが、当然口には出さなかった。
口に出せば取り合えず碌な目に遭わないのは良く理解しているのだ。




「そ――――いやさ―――――
救世主・・・って言ったよなァ?
あの謎の黒衣の戦士の事か・・・・?
確か、ネルガルに組してやがるって聞いたが・・・
そいつ・・・・・強え――のか?」

「・・・そ、それは恐らく・・・!
何しろ、108の同属殺しである『復讐騎』とすら、
対等に渡り合ったという情報もありますし。
彼の預言書に伝わる例の救世主像そのものの姿ですから・・・・・」









それは時の狭間よりいでし、世界と世界を繋ぐ者。

漆黒の衣を纏いて、朱色の魔剣を操りし、異界の戦士。

彼の者。蒼銀の光纏いて、世界を滅ぼす『破』と為らん。









以上が、教会が保有する預言書にして魔導書『裏死海写本』、
その一説にて書かれた救世主像である。
それが、人にとっての救世主なのかどうかは一向に書かれていないため、
教会でも手を焼く存在である。




「まァ、いいさ。最近退屈してたところだ。
そいつの命、俺が貰った!」

「なっ・・・・そんな勝手な行動は・・・・!!」

「うるせぇな。計算できねぇ邪魔者は消せって事だろ。
爺の言うことなんざ、聞くまでもねぇよ。
おい、こいつ等をつまみ出せ」




顎で使徒を指し、回りで屯していた部下に命じる。
すると、オファニエルの時には動かなかった部下は即座に動き出した。
こちらもスルト同様に軍人らしからぬスキンヘッドと長髪である。




「四大の一翼たるスルト様とは言えど、この無礼な態度・・・!!
最高会に報告させてもらいますぞ!
命令違反も甚だしい・・・・・!!」





二人の使徒は其々複数の戦闘員に引き摺られながらもそう叫び、
遂に『禁句』を口にしてしまった。




「流石は、あの忌わしき男の双子の弟。
クリムゾンから捨てられた失敗作。
――――堕天し、神の如き者ミカエルの名を抹消されただけはある!」




























瞬間、場の雰囲気が変わった。





























スルトは振り向き、

その部下たちは一様に恐怖に顔を歪め、

オファニエルは悲しそうな顔付きになった。





脇目も振らずに部下たちは全速で出口に殺到する。
そして使徒を抑えていた二人は、二人の使徒を勢い良く押し出し、
倒れたところを確認するや、全速で出口に向かった。




「――――一体、なに――――!?」




突然の変わりように驚いた二人の使徒。
倒れた衝撃で顔を歪めながら妙な熱気を感じ、
その方に顔を向け、―――――恐怖に身体を強張らせた。





「・・・・・てめぇ・・・・今・・・・」





圧縮されていた熱が解放されていく。
それは炎に姿を変え、焔と化してスルトの身体に纏わりだした。
突然発生した熱によって生じた上昇気流が、服をはためかせる。
それは、まさに灼熱地獄の使者か、炎の天使に相応しい御姿。























「なんっつたぁ!!!」





















轟という音と共に炎が吹き荒れる


スルトの身体から指向性を持たずに全方角に迸る紅蓮の炎。
大理石の柱を溶解し、教会軍の旗を消し炭に変える炎の祝福。

悲鳴を上げ、炎に飲み込まれる使徒達。
命を散らすかに見えたその二人は突然前に立ち塞がった影に命を救われた。





―――――銀の障壁が為った。





迸る炎を球型に展開した結界が拡散し、炎を退かせる。
だが、熱までは消えず、砂漠もかくやと言った空間にオファニエルは汗を滴らせた。




「スルト様、落ち着いてください
彼等を殺しても、何も変わりません!」




先ほどの情けない姿はなく、毅然とした声でスルトを制する少女。
その声が聞こえているのかいないのか、
炎の障壁に囲まれ見えないスルトの姿に何度も何度も少女は声を張り上げる。




「―――――チッ」




微かな舌打ち。
灼熱地獄で炎の燃え盛る音で染められた空間の中で不思議とその音が響いた。




「――――ふぁ」




突然消えた炎。
結界を張る必要性が消えたオファニエルは結界を消し、
同時に炎を防いだ為に身体に掛かった負荷に辛そうに息を漏らす。
全く一欠けらすら残らず炎の渦は姿を消し、その惨状のみが部屋に残った。
翡翠の玉座は融解し、部屋も至る所が溶けたり、焦げたりしている。
これからの財政のやり繰りを考えながらも、オファニエルは顔を微笑ました。




何故なら、『今回は』一人の犠牲者も出ていないのだから。



「―――興が削がれた、ってとこだな。
失せろ、オファに免じて殺さないでおいてやる」




憮然とした言葉で使徒にそう呟く。
命が助かったわけだが、それを喜ぶ余裕などなく、
二人の使徒は恐怖に顔を歪め、悲鳴を上げながらその場から逃げ出した。




「おい、オファ。あんな連中を助けて満足かよ」



助けてもらったのに礼も言わずに逃げる使徒とは名ばかりの愚者達。
だが、オファニエルはスルトのそんな皮肉を全く介せず、嬉しそうに頷く。




「だって、スルト様が殺さないでくれたんですから。
嬉しくない筈ないです」




服は焦げ、髪は刎ね、白い肌には黒い燃え滓が付着している。
だが、そんな姿でも彼女の美しさは全く損なわれない。
寧ろ、先ほどにも増し、映えている様にさえ見える。




「―――――チッ」




再び、舌打ちする。
何となく妙な気分になった自分を戒めるかのようにオファニエルに背を剥ける。
その間に帰ってきた部下達が口々にスルトが殺さなかったことを奇跡だと驚いている声を聞き、
「文句あんのかてめーらぁ」と声を張り上げた。





「チッ、大体良く考えてみればお前が影武者になんないからこうなったんだろーが、
その初対面の奴に内気になる癖を直しやがれ、この馬鹿!」




「使えねー奴」と言いながら蹴りを貰い、「あう〜」と泣き声を上げるオファニエル。
先ほどの毅然さは何処にもない。




「まぁいい!!
面白くなってきやがったからな!
オファ!出かけるぜ!!」

「へ、何処へですが?」

「決まってんだろ。あの餓鬼の住処だよ。
あのわけのわからん戯言を喋る神父の風上にも置けない似非神父。
いけすかねー秘宝コレクター!!
メレムの処だよ!!































―――――第十階層、Eternal(エターナル)医療研究施設メディカル・ラボ





「義眼の調子が悪い?」




へぇ、と呟き山崎は目前に座る人物を見る。
赤い和服を着込んだ爬虫類を連想させる顔付き。
左右の大きさが違い、一目で義眼と解かる剥き出しの大きな赤い瞳を保有する男、
その醸し出す雰囲気はとても堅気のそれではない。

男は自然な動作で義眼の方の目に手を突っ込み、顔色一つ変えず義眼を引き抜く。




「・・・・・北斗さん。そんな乱暴に扱ったら、視神経を痛めるよ」

「――――職業柄、人体には熟知している」





言外にそんなへまはしないと言われると山崎としたら黙るしかない。
確かに、彼は波の医者よりも遥かに人体に付いて熟知している。
効率良く仕事を進める上でその知識が必要だったのだ。



手荒に扱われた義眼を受け取り、山崎はそれを開き、内部機器と型番を見る。




「本当だ。結構ガタが来てるね。これは取替え時だ。
でもオカシイな、この型番号の耐久年数なら、後二三年は持つ筈なんだけど・・・・・」





そういって山崎は義眼を北辰に返す。
無言でそれを受け取った北辰は空洞となっている場所に再び義眼を埋め込んだ。




「一応、新しいのを調達するけど、何かリクエストでもある?」




暗視機能とかを付けるかと聞く山崎に北辰は通常の物で構わないと返した。





「貴様に任せて、妙な機能を付けられても敵わん」

「あはは、其処まで命知らずな真似は――――――」

「貴様ならするだろう」

「・・・・・だね」





肩を竦め同意する。
己の性格を認めたのか、単に北辰をからかっているのか。




―――――恐らく後者だろう。




それは北辰も気付いていたが特に何も言わなかった。
北辰と言う男は確かに一般的な常識に照らし合わせて考えれば危険人物だが、少々馬鹿にされた程度で逆上して人を殺すほど愚かでもなかった。
最も、北辰に対してそのような態度を取れる人物はそうそういないが・・・・




「そう云えば、北辰さん」




用事が済み、席を立つ北辰は突然、声を掛けてきた山崎に視線を向ける。




「北斗君は元気?」




その言葉に北辰は返事を返さなかった。
北斗とは北辰の血縁上での『息子』の名前である。
尤も両者の間には血が繋がっているという事実以上の繋がりなどはなく、最後に話をした事さえ碌に思い出せない北辰には北斗が元気かどうか等、当然知らない。

尋ねに来る友人が居る事と、食料が減っていくことを考えれば生きてはいるのだろう、と推測で考える程度の存在でしかない。




「実はね、東さん御自慢の特殊部隊猟犬ハウンドが全滅したらしいんだ。
それも援軍を呼ぶ間もないほど短時間でね。手口から見て能力者だって見解が強いらしいけど、僕的には「混血」の仕業だと思うんだ。短時間で「猟犬」を排除できるなんて、「猟犬」の倍の数ぐらい訓練された能力者が必要だからね。
一応、犯人の目星は既に付いてるんだけど、
でも、これが厄介な連中でね、クリムゾンの視察団らしいんだ。
下手に正規軍や暗部から手を出したらそれこそ外交問題だから、
軍でも色々手を焼いてるらしいよ」

「・・・・東のミスなど、我には関係ない」





彼等が民間人を虐殺したとかなら兎も角、
役立たずの「猟犬」を潰した程度では「影護」が動く理由にはならない。
軍でも手を焼いていると言う表現は、即ち内部で意見が統一してないと言う事。
そして、北辰の主に当たる草壁春樹少将から現時点で何の指令も来ない事を考えると、彼は静観する考えなのだろう。
ならば、自分が動く必要性はないどころか、逆に動くべきではない。




「うん、でもね。僕的に研究資材が欲しいんだ。
特に相手はクリムゾンの秘蔵ッ子のS・Cの成功例って話しだし、彼等がどれほど「混血」のメカニズムを解き明かして導入してるのか興味あるしね。
死体でもいいから被験者が欲しいんだ。
そこでものは相談なんだけど、北斗君を使えないかな?
彼は軍や暗部に在籍している訳じゃないから、それほど問題にならないと思うんだ」




正規軍が動いたのではなく一部の異常者が殺したのならば、
それほど強くは問題にはならないだろう、という山崎の言い分に北辰は顔を顰める。

外交関係が壊れるほど強い問題にはならないだろうが、それでも問題がない訳ではない。

一部の異常者の暴走を止められない木連社会。

そんな危険なイメージを抱かせるには十分な事件となる。
事が終わった後に、北斗を生け贄に差し出せば左程問題はないかもしれないが、
そうすれば今度は「影護」との関連性を突かれるだろう。




「駄目だ。―――――愚息は使えん」

「そう言うと思ったよ。でもね、クリムゾンも協力者とは言え結局は地球圏に属する会社な訳で、木連の潜在的な敵の一つには違い無いんだよ。
僕のやる事は大局で見れば+の行為だよ。こんな機会を逃す手はないと思わない」

「・・・・一介の暗殺者には過ぎた問題だ。それ以上は議会に申請すれば良い」

「それだと意味無いでしょう。
木連政府との関連性を作る訳にはいかないんだよ?」




だが、事は重大な問題である。
成功しても問題なのに、仮に失敗すれば北辰の首程度では済まされない。

とは言えこの問題を議会に上申するのも問題である。
議会の承認を得るという事実の拙さは北辰にも理解は出来る、
「猟犬」を葬ったとは言え、
その証拠の無い視察団に問答無用で攻撃を仕掛けるのだ。
これはクリムゾンに対する事実上、宣戦布告にも等しい。

だが、議会を無視する事の拙さも理解できる。
「影護」は常に草壁一族の懐刀であったからこそ、こうして存在しているのだ。
信頼を失えばどうなるか、想像に難くない。




「大丈夫。成功すればそれほど問題にはならないさ。
こんな時期にS・Cなんていう戦闘部隊を送り込んだんだ。クリムゾン側にもきっと後ろ暗い理由があるんだよ。だから、彼等もそう強くはいえないさ」




確かにそうだ、と北辰は思った。
S・Cは恐らくクリムゾンの切り札の一つに違いない。
それの成功作を送り込むのだ、余程の理由があるのだと邪推されてもしょうがない。




「―――――草壁少将にだけは連絡を入れておく」

「ああ、彼ね。まあ彼にまで秘密にしろとは言わないさ。
で、その言葉は「引き受ける」と解釈して良いのかな?」




答えず、北辰は部屋を出て行く。
そんな北辰の態度に山崎は苦笑した。

どうやら山崎の思い通りに動く事に少し腹が立ったらしい。










「枝織ちゃん。君のお父さんも可愛いもんだね」






































座敷牢。鉄格子の窓越しに見える夜の静寂。
無論、空は無い。どれだけ自然を忠実に再現しようが、
本質的に人が作った砦に過ぎない偽りの世界には月も、星も見えない。
だが、その何も見えない無明の闇こそが此処に住む者にとっては当然の事。
自然を知らぬ者達にとっては、この人工の闇こそが自然の在り方。

だが、否、だからこそ闇に対する人の怖れは消えない。
己の存在を飲み込むような果て無き無明の闇は心を擦り切れされる。
まるで、己以外は誰もこの世界に存在してないように、錯覚する。





それが、何より心地良いと彼は思った。





ジャラ、という金属の擦れ合う音が闇の静寂を乱す。
音の主は少年だった。彼は全身を包む死に装束のような白い外套を纏い、鉄格子越しに外を眺める。




「―――――血の、匂いがするな」




目元まで隠れた外套。その口がクスっと綺麗な微笑を浮かべる。
まるで死に化粧した様な血の様に赤い唇。
血が通ってないかに思える程に、――――――白い肌。




「誰だ、――――――お前」




虚空を見詰め、吐息のような呟きを洩らす。
少年以外は誰も居ない空間。
それでも問い掛ける様に少年は果て無き闇の先にいる、
まだ見ぬ人物に声を飛ばす。

無論、答えなど無い。
言葉は夜の闇の中に儚く消えていく。

だが、彼は威に返さず、赤い唇で歪な微笑を作る。






「お前は、―――――――俺を満たしてくれるのか?」





突如、ピィンという電子音が部屋の中に響いた。
カシャカシャと幾重にも掛けられた鍵を開く音が聞こえる。




・・・・・鍵を開くのか?



カチリという最後の南京錠を開く音が響く。




「いいのか、俺を此処から出すのか?」




笑いながら扉の向こうの住人に問い掛ける。




「いいのか?
扉を開けば、俺は此処から出るぞ」




ガシャンという音と共に暗闇の世界に光が差し込んだ。
闇を払拭し、光が獣の姿を浮き彫りにする。



何人も支配できない羅刹の化身。





その、朱色の獣の姿を――――――――





















感想
凄い久々です。
皆さんに忘れられた頃に漸く新作が登場する緋月です。
既に存在自体忘れられていそうですが、新作を出してみました。
早く書こう、早く書こうとは考えているのですが、
中々良い作品に仕上がらなくて・・・・。
本来では今回は七夜と北斗について書こうと思ったのですが、上手く書けないので、まず外壁から埋めようとしたら主人公の居ない話になりました。
秋月先生はあんまし登場させる予定は無かったのですが、何か度々登場してきてます。
今回で一番驚いたのはアルバを書いたことです。
まさか、赤ザコさんまで書くことになろうとは思ってもいませんでした。

今回の話のメインは一般の混血と有能な能力者の戦闘能力の差です。
他の月姫系SSは知りませんが、蒼月幻夢では極一部の能力者以外、人間が混血に勝つことはまずありません。
混血と戦って勝つのは不可能とは言わないでも、無茶に属する行為となります。
物理法則を無視するような反則級の能力か不意をつかないと能力者では敵わないでしょう。

地球圏における教会の権力は話で述べた通りです。
現連邦政府の盟主であるから、基本的に軍人の親玉みたいな立場に居る、と考えても良いと思います。
アキトを出す以上、両者は確実に対立しますね。

今回は地球の方も書きたかったので、地球の一地域を書かせてもらいました。
スルトとオファニエルの登場です。
二人は地球編に出ないと基本的に出番は無いので、木連の話を書いている以上、出てくる機会は少ないと思います。
アキトは既に登場しているみたく書きましたが、
そのシーンは後で改めて書くので『復讐騎』云々はまだ気にしなくても良いと思います。



因みに三大中立国というぐらいですから、教会とピースランド以外もう一国『帝国』という国があります。地球編に移行したらこの国が良く出てくると、思います。・・・多分。
三大企業の結びつきは
クリムゾン=木連
明日香=教会
ネルガル=帝国
という感じですから、当然と言えば当然ですが・・・・

それでは次回作は速く出せるように努力します(本当に)。
感想を貰えると意欲が違うので、皆様の感想お待ちしております。
では






代理人の感想

あ〜、お上手ですね。

お上手なんですけど・・・・読んでいて辛いものが。

趣味に合わないのかなぁ。