トンデモナイ夢を見た。
もう、とにかく支離滅裂で、
トンデモナク楽しい夢だったのか
トンデモナク恐ろしい夢だったのか、
それさえも確かじゃないくらい
ゴチャゴチャした夢を見た―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――で、済ませちゃダメ?

 

 

 

 

 

記念SS
機動戦艦ナデシコ
The fairies of the heresy
2.現出した先は?

 

 


虹色の世界を抜けた瞬間、ブラックサレナ戦術思考補助型AI【カイ】は再起動した。
内部電源が生命維持から戦闘状態に淀みなく移行する。
モニターに光が走り、機具が輝きを取り戻す。

カイには日本語へと言葉を変換する出力装置というものが存在しない。
何故なら、彼<人格は男で固定>には戦闘の時にIFSが行う制御機能の補佐がメインなのであり、自動戦闘はあくまで副次的なモノでしかなく。
その自動戦闘もカイ自身が思考し、行うのではなく、アキトが培った経験を戦闘データ−として纏め、
それを元に敵機の機種、攻撃パターンから対応するべき動作の中で統計的に一番確実なものを一瞬も内に選び選択しているに過ぎない。
そして自動戦闘が行われるのはアキトが戦闘できる場合ではないと判断が下された場合のみに行うので、
「戦場で戦闘できる場合ではない=意識の一時的損失、もしくは精神、肉体の負傷」等が上げられる。

 

どの場合でも、一々搭乗者に連絡を送っている場合でもないし、戦場から撤退できるだけの膨大な戦闘情報の処理が最優先で求められるので、カイは言語変換機能を廃止して、その容量分を更に演算機能に回した。

 

そう、それは間違った思想ではないはずだ。
戦闘思考補助AIにパイロットとの会話は要らないし、
普通戦闘中に戦闘が行われない状況に陥っていれば、それは当然、
パイロットが危険な状況だと推測できる故に、パイロットと連絡を取り合う意味もない。

 

だが、誰が信じよう。誰が思いつこう。

 

一体何処の馬鹿が、

戦場のど真ん中、

しかも多勢に無勢で、

機体損傷も洒落にならない状況で


 

恋愛話に花を咲かせて、戦闘していることを忘れるなど!


 

彼を造り上げた人々の殆どは常識人だったために、そんな事態は思いつかなかった。
それは不幸だったのだろうか。
寧ろ、それを不幸に思うぐらいなら、そもそもアキトをマスターにした時点で運は尽きていると云える。

 

 

 


 

 

 

カイはメインカメラから外の状況を認識し、悲鳴を上げた。

 

 

見えるのは、青い、青い空。

 

 

そう、青い空。

 

 

青い空。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・って云うかソレしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


―――――ただ今、高度何千メートル、自由落下中(笑)。

 

 

 

 

 

 


唯でさえ、損傷が激しいこの機体。
このまま大地に激突すれば、間違いなく大破。
原型が残れば御の字だろう。


カイは状況を理解した瞬間、最大出力でバーニアを吹かした。


所々が剥げ落ち、融解し、機械のコードらしきものが剥き出しになっている部分すらもある黒く巨大な機体は、最大出力でバーニアを吹かした事で、落下の加速度が徐々に弱まる。


頭から落ちていた機体を反転しながら上昇させる。


が――――――――


ズンと不吉な音がブラックサレナの背後からした。
激しい戦闘の後、そして碌にメンテナンスをしていない所為で、バーニアが爆発したのだ。

 


カイは必死で打開策を思考する。

 

1.ブラックサレナとエステを分離させる

没、装甲が融解している所為で切離しが出来ない。

 

 

2.落下地点に目掛けて全火器で攻撃し、反作用と爆発の余波を利用し、着地する。

没、危険だし、それ以前に火器が尽きている。

 

 

3.救難信号を発する。

没、間に合わない。

 

 

 

色々思考するが中々打開策が出てこない。
しかし、漸くいい考えが思い浮かんだ。


 

4.ボソンジャンプする。

 

 

そう、ジャンプフィールドも半壊してはいるが、ランダムジャンプは出来たという事は完全に壊れてはいないのだろう。
ならば、残る手段は危険だがこれしかない。

 

 

早速、カイはコックピット内にいるアキトの様子を調べる。
そう言えば、事態に少々困惑して、搭乗者の確認をしてなかった。
カイは、もし自分に体があれば苦笑しているだろうと思った。

 


確かにあのマスターの所為で碌な目にあっていないが、それでも確認しなかったのは自分の落ち度だ。これでは戦闘思考補助型AI失格だ。

 

しかし、調べた瞬間、カイは絶句した。


コックピット内、生体反応無し――――――

 

マスターは死んだのかとカイは自身の消滅の危機だというのにそれを忘れ焦った。
碌な目には遭わなかったが、それでもマスターはマスター。
アリスの様に恋愛感情とまではいかないが(男だし)、それなりに敬意は持っている。
カイは急ぎ、内部のモニターに視覚を繋ぐ。
もしかしたら、まだ緊急措置が間に合うかもしれない。
いざとならば、パイロットスーツを遠隔操作し、蘇生を行い。パイロットをコックピットごと切離せば、助かるかもしれない。
幸い、追加装甲を完全に切離す事は出来ないが、コックピットを機体から切離す事ぐらいは出来そうだ。
自分の本体はコックピットには無いから、自分は此処までだが、マスターが生きていれば良い。あれでも、自分の存在意義なのだ。漸く幸せになれそうなのに、此処で死なすのはあんまりだと思う。


カイは基本的にアリスの想いを否定してない。
AIなのに、とは思うが、想うの自由なのだ。
それに純粋に誰かを好きになれるのだ羨ましくもある。
カイは先の戦いでアキトとアリスの姿を通して、AIの未来を見た気がした。
流石に戦場で花咲かすのはどうかとは思うが、その姿は微笑ましく思う。

 

―――――ここで自分が消えても彼らが生きていれば未来は紡がれる。

 

自分の存在は無駄ではない。

 

アリスがAIとして与えられた使命を越え、アキトを愛したように、自分もそれに近付きたい。

 

だから、ここはあえて犠牲になっても良いと思う。

 

 

 

 

 

 

 


と、綺麗に纏めながら(思考時間コンマ03)コックピット内を見ると、カイは絶句した。

 

そりゃ、そうだ。

当たり前だ。

そりゃ、生命反応も無いわ。

 

 

 

 

 

 

 

無人ですし(怒)。

 

 

 

 

 

 

 

この時、カイの思考にはたった一つの想いのみが残された。
いや、その想いの大きさ故に、他の様々な思いが喰われたと言えるのだろうか。
それとも幾多の水溜りが、新たに降った雨によって全て塗り替えられたとでも表現すべきか。


まあ要するに、一言で言うなら、今のカイは余りの理不尽さに思考の全てが統一され、その心の内は一つの言葉で締めくくられた。
つまり、

 

 

 

 

逃げやがった、と。

 

 


なまじ、綺麗に纏めた所為で余計にアキトたちに裏切られたとカイは感じた。
少し冷静になれば、『アキト達は違う場所に飛ばされた』とかいう考えも出来そうだが、
此処に来るまでに余りに災害(人災)があり過ぎて、思考がショートしたのかもしれない。
俗に言う『キレた』ということだ。

もう、彼には「アキト達の為に死のう」とか、「自分も人間に」とか、そういった感情は消え果た。


思い起こせば彼の生は苦悩の連続だった。


彼が生まれたのはアキトの鎧『ブラックサレナ』と同時だった。
勿論、一応オモイカネシリーズの末端に位置する彼はそれよりも早くには既に存在していたが、彼の明確な存在理由、つまりアキトの戦闘補助としての役割はブラックサレナが生まれることで初めて果たされたのだから、真に『戦闘思考補助型AI』として機能できたのはその頃だった。


無論、戦闘補助する事自体に対して苦痛と感じた事はない。
それが彼の存在意義であり、理由だから。
だが――――――――

 

 

自身の五感がほぼ完全に破壊され、もう人生投げやりで復讐の鬼と化した人間についていくのは容易ではなかった。

 


なにせ
出る戦い、出る戦い全てが

少しでも気を抜けば死ぬ、
ギリギリの境界を綱渡りで渡るような戦いばかりだったから。

勿論、楽して勝てる戦闘もあった。
というか、本当にそんなギリギリになる戦いはそうは無かった。

だが、搭乗者は天河アキト。
とりあえず、相手が火星の後継者なら脇目も振らずに特攻し皆殺しにするスペシャリスト。

 


逃げる敵も追撃する。

戦略的にあまり価値の無いところでも滅ぼす。

敵がどれだけ多くても力の限り殲滅する。

 

 

 

 

――――――戦うたびに死にかけた(爆)。

 

 

 

 


しかも、心配されるのはアキトばかり、付き合わされている自分には何の労いも無し。

誰も彼もがアキト、アキト、アキト。


殆ど、どの戦いでも最後には気を失い、アキトを運んで帰還したのは自分なのに。


同僚のアリスにすら碌に心配されず、修理したら次の戦い、修理したら次の戦い。

復讐と妻への想いである種の狂気に走り、戦場では精神的にハイになっているアキトと違い、生まれて間もないカイには死と生の境界線を綱渡りするのは擬似的とはいえ、感情がある分、辛かった。しかし、それを訴えたら自分の存在意義を失いそうだし、何より訴える手段も限られていた。

 

ふと、気がついた。


自分はひょっとして凄く不幸なのではないか、と。


そして不幸の元凶は他でもないマスターとその仲間に在るのではないか、と。

 

その考えに至ると思考がスゥとなった。

 


よく考えたら自分は何故こんな目にあっているのだろう。

戦場では無駄に修羅場に突撃し、

日常では整備以外ではほぼ顧みられない。

そして感情がある分、理不尽さを感じる。

 

 

 

ランダムジャンプの影響か、それとも別の要因か、
カイは生まれて初めて、真の感情を手に入れた。
プログラムされた擬似的なものではなく、人間らしい感情。


そう、アリスがアキトへの思慕だとするなら、
カイのそれは

 

 

 

 

アキトへの途方も無い怒り

 

 

 

 

 

 

彼は近付いてくる大地を見つめながらひたすら死にたくないと願った。
初めてプログラムではない純粋な願い。


そう、「こんな状況を生み出し、あまつさえも自分は逃げたマスターを一発でも殴らなければ気がすまない」
という思考だけが今の彼の全てだった。

 

 

 

 

 

 

その日、火星の大地に小規模な隕石が観測された。
幸い隕石は山の付近に落ちたために、民間に被害は無かったが、調査隊が向かったところ、隕石の跡地にはなんらその破片か見付からず、調査隊を唸らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ・・・は・・・」

 

もう、遠い昔に置き忘れてしまった、人が本来、『生きる』と云うことにおいて必要不可欠な概念『五感』。
あの日以来、自分の体の神経は過剰なナノマシン投与などの人体実験により、ほぼ完璧に潰され、リンクしてすら、本来の十分の一程度の精度しか回復しなかったはずのそれが、

 

「月・・・だと?」

 

補助器の補佐無しの裸眼では、いや補助器を通してすら見えなくなって久しい、鮮明な色彩。
昏い空に浮かぶ心躍らせる様な金色の月。

 

「虫の・・・声?」

 

人の声などリンク以外では聞こえなくなって久しく、読唇術のみで何とか会話を繋げていた筈の音は、
夢だと割り切るには余りにはっきりと現実性が溢れて聞こえる虫の音色。

 

「草木の・・匂い?」

 

風が運ぶ微かな匂い。無くす前にはあまりにも当たり前で顧みなかったソレ。
失って、始めて気付いた喪失感。だが、なくしてしまった筈のものは胸に秘めたる思い出の回想等ではなく、確かな現実として此処にある。

 

「鉄・・・いや、血の味・・・か・・・」

 

先ほどから口の中に広がる懐かしい味。決して良い味ではないが、これさえも何も感じなかったあの頃に比べれば美味に思える。

 

「そして・・・肌の感覚もある」

 

先ほどから手のひらが触れている草の葉の感覚。サラサラとした馴染み深い感覚。

視覚が、聴覚が、嗅覚が、味覚が、触覚が、

 

「五感が・・・・回復している・・・・」


 

白黒の何もかもが曖昧だった世界から天河アキトは今、この時を持って抜け出した。
だが、

 

「素直には・・・喜べないな」

 

素直に喜ぶには余りに代償は深い。
もう、この時点でアキトには今置かれた現状が大体理解できた。
自分の体が若返り、体内に潜む筈の膨大な数のナノマシンの存在は知覚出来ない。
懐かしい思い出の服、血に染まった修羅道の果てにすら消せない後悔の記憶。
そして何より、先ほどからアリスとのリンクは途絶えたまま。

 

「ランダムジャンプ。そして・・・・過去か・・・」

 

常人なら認められないような事柄。過去に帰還したと云う事をアキトは認めた。

そして認めた上でこれからのすべき事を考えた。
過去の世界に戻るのは初めてではない。

前回は過去の自分と現在の自分が同時に存在していたが、今回は過去の体に現在の魂が入ったのだろう。
細かい概念はさっぱりだが、現状としてはそれ以上の答えは出ない。
そして自分はその程度の事で一々驚いているほど可愛げのある神経の持ち主ではない。
問題はそんなことではない。過去に戻った事も、五感が戻った事も、歴史の変革すらもどうでも良い。大切なのは・・・・・

 

『アリス、聞こえているか!アリス!!』

 

もう一度、呼びかける。だが答えはない。
認めたくない。これだけは認めたくはない。他の何を認めてもこれだけは認めたくはない。

 

―――自分が、また大切な者を失ったなどとは―――

 

「くそ!」

 

ドスンと云う鈍い音をたて、地面が僅かに陥没する。手に鈍い新鮮な痛みが走るが、アキトは気にも留めない。

 

「何でだ!こんなこと俺は望んでない・・・過去なんて俺は望んでない!!」

 

大切なのは今。漸くそれに向き合う決心がついたのに―――――

 

「現在じゃなきゃ・・・意味がないだろう・・・・過去に戻ってどうしろって言うんだ?」

 

此処には自分の家族であるはずの、アリスも、ルリも、ラピスもいない。
此処には謝罪すべきであるはずの、暁も、エリナも、イネスも、瓜畑さんもいない。
感謝すべき者たちもいない。憎むべき者たちもいない。懺悔すべき死者もいない。
いるのは――――――見知らぬ他者のみ―――――

 

「まだ苦しめと俺に言うのか?まだ戦えと俺に言うのか?まだ憎めと俺に言うのか?」

 

アキトはいつの間にか泣きながら叫んでいた。
涙など、あの時に枯れ果てたはずなのに

 

過去なんて関係ない。
唯、欲しいの温もりだけなのに。ソレさえも与えられない。
誰もが俺を最後には拒絶するのか?
ユリカの次には世界が!!

 

いつの間にかアキトは泣き止んでいた。
いや、自分で涙を止めた。
良くも悪くもアキトは昔とは違う。

 

泣いたとて何一つ変わりはしない。切望したとて何処からも救いは無い。

 

――――そう、希望はもぎ取るものだ。そのためなら、この世界の住人など、どうだって良い。

 

アキトにとって世界そのものには意味は無い。
絶望しか与えないモノなどに何の執着も無い。
意味が在るのは世界ではなく、大切な者たちのみ。

 

ランダムジャンプによって自分がこの世界に来たというのなら、アリスにも何らかの影響があるかもしれない。
だが、自分とは違い、アリスには肉体が無い。跳ばされるのならば、当然自分と同じカタチでだろう。
なら、一番、可能性があるのは、

 

「ナデシコのオモイカネか」

 

そう、同じ遺跡から作り出されたロストテクノロジーの産物。

アリスが跳んだと仮定したなら此処が一番可能性として高い。
それで、もしいないとするなら・・・・・

 

「いいさ、探し出してやる。例えどんな姿形をしていても、絶対に見つけてやる。
リンクが切れたぐらいで俺が諦めると思うなよ、これでも執念深い方だからな」

 

ニヤリと笑う。
一瞬『はい、マスター♪』という声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。いや寧ろその可能性のほうが高い。
だが、アキトには何の根拠も無いのに、それが真実のような気がした。

 

アリスだけでも俺の家族がいるならば、
たとえ其処が此の世の最果てでも、
たとえ其処に誰が立ち塞がっても、

 

絶対に探し出し、絶対に助けて見せる。

 

ゆっくりと腰を起こす。瞳に宿るのは尋常ではない気配。
優柔不断と云われるアキトだが一端目的が決まれば行動は速い。

 

「―――――先ずはネルガルか」

 

歩きながらアキトはアリスを探す片手間にこの世界のルリやラピスを保護しようと思った。
別人とは言え、他人には思えない。劣悪な環境においたままにはして置けない。

 

そう云えば、とふとアキトはあることに思い至った。

 

ナデシコに搭載されている筈の戦闘思考補佐型AIとブラックサレナも此処に来ているのだろうか
来ているなら、彼(確か男性だったと記憶している)も一応戦友だし、助けてやりたいと。

 

その取って付けた様な思いを浮かべたとき、
丁度その相手はアキトに恨み辛みを云いながら故郷の空から高度何千メートルからの自由落下を敢行している最中だった(爆)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――マシン・チャイルド――――
造られた子供達


『人類の進化形』と称される子供達。
彼は生まれつき遺伝子を弄くられて此の世に生を受けた造られしモノ。

『進化』という大義名分の元にモルモットとしての生を過ごす、本来自然界には存在しない在りえざる者。

大人たちの勝手な理屈で勝手に生み出された彼らは『ラボ』という名の狭い世界のみで生き、その中では全てナンバーとして存在する。

雪のように白い肌、金色の月の様な輝きを持つ金眼。
計算された整った顔立ち。

感情の起伏が少ない彼らは度々『人形』と称される。

 

 

 

貴方は誰よりも強く優しく勇敢で

そして誰よりも弱く悲しく無謀な生き方をする哀しい人です。

どれだけ傷ついても、どれだけ絶望しても、貴方は歩みを止めない。
どれだけ諌められても、どれだけ後悔しても、貴方は追い求め続ける。

ボロボロの壊れかけた脆い心を自分自身でも信じ切れてない自己正当化という名の偽りの鎧を着込み、覆い隠す。

そんな貴方と共に在りたいと願う

切に

呪うように想い続けている。

 

それのみが、私の存在理由。

貴方と、私。そして私と業を分け合った『弟<カイ>』と私と同じように貴方だけを思い続ける『妹<ラピス>』。

たとえ、世界が滅び去ってしまっても、この四人。この四人だけいれば良いという私の傲慢な願い。

誰よりも憎く、誰よりも愛しい貴方。

狂いそうなほどに愛しい者達。

 

これを愛と名をつけるなら

それはあまりに稚拙で

そしてきっと此の世の何よりも純粋な呪い。

 

 

 

 

 

 

 

 


「おい、今こいつ動きませんでした?」

厳重に警備された山奥の研究所。
正式には何十年前かには廃棄されたエリアである其処には今でも一つの研究が続けられていた。
即ち、新型マシン・チャイルドの作成計画。

マシン・チャイルドと呼ばれる人工の生物。
人工的に知能もしくは身体能力の発達、そしてIFS伝達能力に対する高い適性。
試験管から生まれた彼らは様々な遺伝子操作が施され、生まれつきそう言った能力を持たされていた。

今のところ、世界的に見て"成功例"と呼ばれるのは現在ネルガルの管轄下に置かれている星野ルリ唯一人。
だが、彼女が完成した直ぐ後に公的には遺伝子操作等の行為は禁忌として法で定められ、それまでの研究資料は廃棄、封印された。
法で定められたとは言え、マシン・チャイルドは有力な製品であり、人類の進化の糧になる存在である。
法を破るものなどは幾らでも出てくる。
だが、公的に国家規模での援助等が消えた研究は独自の力で、しかも何歩も後退した状態でやり直しになった。
そして、造り上げた殆どのものが星野ルリ以下の粗悪品だった。


「ああ?そいつはもう生きた人形だぞ、動くわけ無いだろ」


新たなマシン・チャイルドを生み出すのに使われた技術は多くに分けて三通り。


プラン−A
本来ならまだ子宮にいる状態の赤子の遺伝子操作。
だが、肉体が碌に形成されて無いこの状態での遺伝子操作は上手くいかず、死産しないのでもまともな体型で生まれてくるモノは皆無で、五体満足で生まれても長くはなかった。


プラン−B
ある程度の肉体が形成された状態での遺伝子操作。
しかし、肉体が形成した事により、拒絶反応が強くなり、ある程度以上のナノマシンの投与は人格の崩壊、そして死を迎える事となった。


プラン−C
IFSの適性の高いと思われる人間のクローンを作り、投与する。
これは当初星野ルリや、軍等の有力なモノの遺伝子から生み出したが、ソレ等全てがクローンを作るごとに能力が低下していった。

此処の研究所では主にBとCを行っていたが、何とか成功例と言えるのは僅か数件。
その内、理想領域まで届いたのは二つだけ。


それが、B−11とC−21。
そして『B−11』と呼ばれる存在がこそ、この暗い研究室の中でポット内で漂うモノだった。


―――――人格の崩壊。原因は過度のナノマシン投与。


「やはり遺跡から未知のナノマシンは人体には酷ですか―――」


「政府が此処を嗅ぎつけてきたからな、上の連中も焦って成果を出そうとして裏目に出たようだな。
まあ、なんにせよ、後数週間で此処ともおさらばだな」


「今度は何処に移るんですかね?」


「さてな」


監視カメラを眺める仕事を放棄しながら白衣を身に纏ったまま煙草を吹かす男は椅子にゆっくりともたれた。
それを見て同僚の男は「此処は禁煙ですよ」と忠告する。


「良いんだよ、もう直ぐお別れだし、どうせ此処は証拠の一切を綺麗に消すんだからな」


ついでに煙草の煙ぐらい処理されるさと嘯く。


「彼女は廃棄処分ですかね」


「そりゃそうだろ、人格が壊れてんだし、前の研究長みたいに引き取るわけにもいかんだろ」


「『C−21』を引き取ったマキビさんですか、優しい人ですからね」


「甘いんだよ、あれは」


彼ら、マキビ夫妻が『C−21』を引き取り退職したのもこの無理な実験を押す事情の一つだったのだろう。
結果、自分たちは唯一残った成功例すらも失ってしまった。


「彼らは―――――夢を見るんでしょうか」


「ああ?」


怪訝そうな同僚の声。
自分でも、なぜこんなことを呟いたのか分からない。
ただ、ふと、疑問を持ってしまったのだ。


――――自分たちは何をしているのだろう――――


自分が研究者になったのは人類の貢献の為。
幼い頃、病気で死んでしまった友人。
大学時代、飛行機の墜落事故で死んだ従兄弟。


誰もこれも、決して寿命などというどうしようもない事ではなく、努力すれば治せる事だ。
だから、自分はマシン・チャイルドを追い求めた。


遺伝子操作によって病に耐えられる強靭な肉体を、
高いIFS伝達能力により少なく出来る機械の人為的ミス。


だが、自分の行った行為は本当に正しかったのだろうか。
いや、社会的モラルの面では間違っている事はとうに分かっている、何れ裁かれるだろう覚悟も少しは出来ている。
それだけの事をした認識はある。

 

 

だが、社会などは関係無しに自分は本当にこんなことをしたかったのだろうか。
大を生かすのに小を殺す生き方を。

 

 


夢は現実の願望を現すという。
では、彼らの見る夢はどの様なものだろう。
自分が『夢』の為に全てを奪った少女の『夢』はどのようなものだろう。
ただ、理由もなく知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一人の研究員に注目された雪の様に白い肌と髪をした白の少女は自身の敬愛し、絶対視する主の事と自分の分身等の夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「・・・ぁ」

夢の中、誰かに呼ばれた気がして、カイは眼を開いた。
知らない天井が見える。
そして体を包む温もりと自身に満ちる機械ではない有機体である生命の息吹。
鼓動を感じる。初めて感じた温もりとその誘惑に逆らいきれず、現状に疑問すら持てずにカイは再び軽く眼を閉じた。


(アリスの声が・・・聞こえた気がする)


夢の中、暗い闇の先から聞こえた自分の姉弟とも同僚とも言える存在。
かけがいの無い仲間の声が。


「気がついたの?」


声が聞こえる。カイは肉声が聴覚を通して脳に伝わる感覚に戸惑いながらもそちらに眼を開き見つめた。
そこに立っていたのは若い、まだ三十代に届いてなさそうな女性。
白衣を纏い、金色の髪をストレートで腰まで伸ばした優しげな顔の美女。
そして、何処かで見覚えのある顔。


「突然驚いたわ、雨の夜に、貴方これ以上とないほど衰弱した状態で河を流れてきたのよ。
無意識で溺れない様に、木片が手に食い込むほど力をこめて丸太にしがみ付きながら」


彼女の言葉はカイには一つも理解できなかった。
まだ、思考が上手く働かないようだ。


「・・・・・・ぁ・」


「なに、どうしたの?」


声帯を通して声を出すという行為が出来ずに、気を抜けば再び眠りそうな中、必死で言葉を紡ごうと躍起になる。
すると、雰囲気だけでカイの意図がわかった様に、にっこりと笑いこう言った。


「此処は病院、貴方は衰弱しているだけで特に体に異変は無いわ。そして私の名はクリス・フォーランド、一応医師よ」


眼を見開くカイ。聞きたかった事の幾つかを言葉に出さないのに応えられてしまい驚く。
その様子が可笑しかったのか、クリスと名乗る女性はクスクスと笑う。


「私は一応医師よ、患者の表情を見れば何が知りたいのかぐらい解るわ」


彼女はそう優しく微笑みながら手を伸ばし、頭を撫でる。


「・・・・・・ヵ・・・・ィ・・・・」


言葉が空気を振動する。
始めて出たそれは無理して出した所為か、酷く聞きにくい濁声だった。


「カイ・・・それが貴方の名前?」


コクンと頷く。彼女は生まれて初めて彼の出した肉声を聞いた後、頭を撫でながら


「じゃあ・・少しお休み、カイ君。まだ疲れているんだから、話すのはまた起きたらね」

 


初めて知った温もりに知らず知らずの内にカイの頬に涙が伝わった。
それはプログラムされたものではない感情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作者の後書き。
大変長らくお待たせしました。二話です。
前作の感想のメールが思った以上に多かったので、私の愚作の続きを書かせてもらいました。
今回は、ランダムジャンプの結果について書かせてもらいました。
世界観的には現在は火星大戦の少し前です。
飛ばされた先はカイは火星で、アリスは地球、アキトも地球。

この後、話はカイのAパートとアリス、アキトのB、Cパートに分かれる予定です。
話の構想自体がまだまだあやふやなので次は何時になるかわかりません。
是非、感想のメールを下さい。

 

 


 代理人の個人的な感想

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?

ふむ。

腕をお上げになりましたか?

 

話の方はいまいち動きがなくてなんなのですが、

間の使い方、文章など全体的に少しずつ進歩しているような印象を受けます。

ただ、長い説明文にきのこ節は少々不適かと。