機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第二話

著 火真還



 ナデシコ食堂。


「よろしくおねがいしまーす」

「します」

「よろしくね」

「「「「「よろしくー」」」」」


 料理長ホウメイさんとの初顔合わせ。

 ホウメイガールズとユリカ、ルリ、あと野次馬が見守る中、コックとしての腕を見てもらうために、チキンライスを作ることになった。


 具を炒める。

 ご飯を加えてさらに炒める。

 卵を片手で割り、ボールに移す。


 〜〜〜♪


 っと、鼻歌歌ってる場合じゃないな。

 味付けっと。

 混ぜ混ぜ。


 ―――よし!


「ほぉー、フィリスはなかなか手際がいいね。

 一から見せてもらったけど、うん。合格だよ、非の打ち所はないね。

 そのまま待ってるルリ坊に持っていきな」

「了解」


「「おー」」


 野次馬に片手を上げて応え、アキトの様子を見る。



「あー、少しバラツキがあるね。

 まあ、気にするほどでもないか。緊張してるのかい?」

「は、はあ」

「味付けはしっかりね。

 最後に気、抜くんじゃないよ」

「うっス」



 などと師事されていた。


 クスッ、と苦笑いを浮かべる。

 そういえば苦手だったんだよなー。ライス関係。

 あれを克服したのは何時だったか―――さて。



「ルリ、お待ちどう」

「……頂きます」


 パクッ


 ルリちゃんの顔色が―――少し変わる。


……おいしいです」


 何故か驚愕の表情を浮かべて、食事を続ける。

 まあ、気持ちは判らないでもない。このルリちゃんは―――逆行者。つまり、俺と同じだということがわかったからだ。

 さっき格納庫で顔を合わせたときの表情。

 1回目と違う顔ぶれ―――俺のコトだ―――に、さぞ面食らったに違いない。

 そして今のチキンライス。

 未来のテンカワアキトと『まったく同じ』味付け。


「いいなールリちゃん。

 ねー、アキト。私のはぁ?


だーっ、ちょっと待て。

 味付けがこう……あれ? なんかフィリスさんと、味が違うぞ……?」

「時間をかけすぎだよ、テンカワ。

 もっとこう、一気にね」

「うっス!」


 ―――くっくっく。早速しごかれてる。

 苦笑。

 我がコトながらなんつーか……ああ、片腹痛い。


「? どうしたんですか?」


 食べ終わって、ルリちゃんが俺の笑いが理解できないのか、きょとんとした表情で尋ねてきた。


「あー、アキトのやつな。

 ……懐かしいなぁ、俺もライス関係では苦労したほうだから」


「はぁ」


 よくわからない、といった表情。



「あの……ソレ」

「ん?」


 俺の手の甲を凝視している。IFS―――オモイカネクラスのスーパーコンピュータを扱う為の、紋様を。


「マシンチャイルド……ですよね?」

「さあ、どうかな? 自分ではそうかもしれないとは思ってるけどな。

 まだオモイカネと接触したことは無いからなんとも言えない。

 そんな暇も無かったし」



「おまちどう、ユリカ」

わーい! いっただっきまーす!

 うん、おいしーよアキト!」

「うう、お前が食べると参考にならないんだけどなー」


「そういえば、何時こっちに来たの? アキト。

 私、アキトがコックさんになってるって知ってたら、毎日だって食べに行ってあげたのに。

 ねぇ、お父さんとお母さんは元気にしてる?」


 ユリカは世間話のつもりなのだろう、しかし、その話題は―――。


「……そっか、知らないんだっけ、お前。

 死んだんだ、俺の両親。

 俺が八つのとき、お前を宙港に見送りに行った帰りに、研究所が爆発して……。

 テロだってさ。

 それから孤児院入って、そこで料理の勉強始めたんた。

 で、成り行きでココにいるってワケ」


「「「…………」」」


 アキトの、その平々凡々な外観とは裏腹に、滅茶苦茶ハードな人生を聞かされて、周りにいた野次馬は沈黙してしまった。


「……ゴメン。

 私、聞いちゃいけないこと聞いちゃったね……」

「いや、いいよ、もう。

 それより、ちゃんとした感想を聞かせてくれよ!

 せっかく作ったチキンライスが冷めちゃうだろ?」

「ウン!」 


 ―――溜息。


 ネルガルの陰謀。

 両親が死んだ本当の理由を、俺はココで知った。

 『アキト』は、どう思うだろうか。

 ―――自分の人生が、他人に操られ、好き勝手に変えられてしまったのだということに。



 ***



 ナデシコブリッジ。


 主要関係者を集めて、プロスさんがナデシコの真の目的を明らかにする時間です。


 ミスマル艦長、アオイ副長、フクベ提督、ゴートさん、ヤマダさん、ミナトさん、メグミさん、そして、私。


 アキトさんとフィリスさんはコックですので、当然ですが参加していません。が、モニターを通して、すべての搭乗員がこの放送を見ているはずです。


 プロスさんは、私たちの顔を見回し、厳かに告げました。


「このナデシコのスキャパレリ・プロジェクト、その目的は―――」

「火星」


 と、フクベ提督が洩らします。


「そう、火星です!」


「「「「火星ー!?」」」」


「な、火星って、木星蜥蜴に占領されてるんでしょう? どうしてそんなところに!」


 アオイさんは、納得の行かない様子です。


「人も居ないんですよね?」

「何もないって聞いてるけどねー」


 一般の人に与えられた情報は、所詮上辺だけですから……。


「実はネルガルは火星に研究所が幾つかあるのです。

 そこには、このナデシコに使用された技術の、さらに進んだ技術がまだ残されています。

 その回収が一番の目的ではありますが、それだけではありません。

 軍は隠していますが、実は火星には逃げ遅れた市民が今も潜伏を続けています。

 彼らの保護も、このナデシコの目的です」

 
「そっかー、逃げ送れた人が居るんだ……」

「けど、1年も前の話よね。

 今も生きてるのかしら」

「それは……判りません。

 しかし、行かないままでいるより、行って真偽を確かめると言う意味でも、このプロジェクトの意味はあると考えているのです」


「「なるほどー」」

「燃える展開じゃねぇか! 俺は乗ったぜ、火星のみんな、待ってろよー!


 ……一人、暑苦しいのがいますが。

 そんなわけで一気に同調ムードが高まる中、それに水を差す人物が現れました。



「そうはいかないわ!!」


 ムネタケ副提督です。二人の武装した部下を伴って、ブリッジに入ってきました。


「これだけの戦艦を、みすみす火星になんか行かせはしないわよ」


「ムネタケ! 気でも違ったか!」


「フン! 甘いわよ提督。

 ワタシタチだって、必死なのよ。

 木星蜥蜴に勝てる戦艦。ナデシコはワタシが有効に利用してあげるわ」



「ぐ、軍とは既に話はついているのですが……困りましたなぁ」


 プロスさんがあまり困ってないような顔をしてそう言います。


「むう……」


 ゴートさんは……何を考えているのか判りません。



「! 前方、海面下より軍の戦艦が出現しました。

 照合、リアトリス級1番艦トビウメ」


「通信、届いてます!」


「開いてください」



 ……耳栓、耳栓。


「ユーーーーリーーーーーカーーーーーーー!!!!」


 立派なカイゼル髭を生やしたオジサンが、ドアップで叫びました。


「「「「おわーー」」」」

「「きゃーー」」



 ……犠牲になった皆さん、御免なさい。


「お父様!」

「元気だったかい、ユリカ。

 怪我はないか? 風邪は引いてないか?」

「もう、お父様ったら。

 今朝、見送ってくれたじゃないですか!」


 ―――も、耄碌ジジイですか……。


「で、お父様。

 これはいったいどういうことです?」

「すまんが、軍の決定を伝えに来たのだ。

 ナデシコを火星にやるわけにはいかん。

 それだけの装備、地球上の木星蜥蜴の殲滅のため、軍が徴収させてもらう!」


 そう断言しました。


「むむ、ということは交渉ですな。

 判りました。私と艦長、副長でお伺いします」

「うむ、では、ナデシコのマスターキーを抜いて、こちらに来て貰う」


「艦長っ、コレは罠だ! 抜いちゃいけねぇ!!」

「ユリカ、ミスマル提督は正しいよ!」

「う〜〜〜〜〜ん」


 艦長、考え込んでいます。しかし、マスターキーはもう、いつでも取り出せるように……。


えい! 抜いちゃいましたー!

「あああああ!」

「それでこそユリカ!」


「動力炉、停止します。

 ナデシコ、着水」


 これで、ナデシコは完全に身動きできなくなりました。

 しかも、ムネタケ率いる武装した兵士に成す術なく、私たちは捕まってしまいました。


 予想通りといえば予想通りですが……さて、どうなるのかな?



 ***



 捕虜となった俺達は、ナデシコ食堂へと集められていた。



「く〜、女房子供から逃げて一ヶ月。この天国ともお別れかぁ〜!


 流石に……不穏な発言だと思うぞ、ウリバタケ。


「いいの? 奥さん置いてきて」

バッカヤロウ!

 男のロマンってやつじゃねーか!

 愛するものより、俺は夢を選ぶのサ……

「「サーイテー」」



何だ何だ皆っ!

 しけた面しやがって! よぉし、俺がいいもん見せてやるぜ! じゃあ〜〜〜ん!!


 ガイ(ヤマダジロウ)がみんなの活気を取り戻そうと何かを懐から取り出した。

 目ざといウリバタケが、


「おー、年代もんのポータブルDVDだな。何か見せてくれるってのか? エロビデオじゃねぇだろうな。

 ここの装置じゃ規格が違うからなー、ちょっと待ってろ」


 簡単な回路を作成する。……その基盤と半田ごて、どこから出したんだ……?


おら完成したぞ!

 これを……こっちにつなげて……と、よし」

 食堂の大スクリーンに、ガイのポータブルDVDを繋げ終わったようだ。


「いいのか?

 ならば!

 いくぜっ、スロット、イン!



 ブーーン……




 ズンズンズンジャジャジャジャンジャンジャン ズンズンズンジャジャジャジャンジャンジャン


「ほー……、

 これが、良いものか?」


 怒りを押し込めたようなウリバタケがガイを問い詰める。


「ふ……ゲキ・ガンガー3、全39話。

 燃え燃えっすよ」


 全然臆することなく、ガイは悦に入っていた。


「あー、なつかしーな、このアニメ。

 子供のころ見てたよ。

 あれ? でも主題歌が違うような……」


 アキトがそう言うと、ガイは我が意を得たりと目を光らせて詰め寄った。


そう! そうなんだよ。

 初回放映時の3話で今のヤツに変わったのさ!

 それを知ってるとは―――お前、なかなかやるな?」




「あんた達は見ないのかい?

 なかなか楽しそうじゃないか、あっちの男子は」


 厨房の中から、ホウメイ師匠が声をかけてきた。


「お子様向けアニメでしょ?

 ちょぉっと、趣味じゃないわねー」


 気の乗らない様子で、ミナトは肩をすくめる。確かに、大人の女性が楽しめるようなアニメではないかも。


「私はナチュラル・ライチってアニメなら知ってますけど」


 と、メグミがこぼす。自分の出演したアニメしか、興味は無いのかもな……。


「フィリスとルリはどうなんだい?」

「はあ、あまり」

「俺は、……懐かしいかなってくらいで」

「懐かしい? 十六歳でしょう……再放送?」

「まあな。


 結構、熱中して見てたんだけどね―――ガキだったんだな」

 自嘲気味に答える。




 ゲキガンガー3視聴会は1話の佳境へと進んでいた。


「くうっ、この燃える展開!

 今のナデシコにぴったりじゃねーか!

 奪われた秘密基地!

 捕まった大人達!

 子供達だけでも何とかしてやろーとは思わないのか、皆!」


 ガイが何かに憑かれたように、皆に発破をかけている。

 この俺達の今の状況―――捕虜であるということがよほど腹に据えかねているのか。


「俺……火星に行きたい。

 初めは、別にどうでもよかったんだ。

 でも、もし逃げ遅れた人がいるなら、助けたい!


 あっさりと感化されたアキトが、感情を込めて拳を握り締めた。


よくぞ言った、テンカワ!

 コックにするには惜しい男だぜ、どうだ? 俺と一緒にパイロットやらねぇか?」

「ぱ、パイロット!?」

「二人でこのナデシコのピンチを救うんだよ!」

「だけどよー、お前、骨折してんだろ?」


 なんのかんの言って見ていたウリバタケが、ツッコミを入れる。


「がーん! そうだった〜〜!」

「となると……」


 みんなの視線がアキトに集中する。


「あ、あの、俺。

 ……わかったっ、わかったよっ。ナデシコは俺が守る!

 そして、火星に行くんだ!」

「良くぞ言った相棒!

 俺はうれしーぞ! テンカワ、お前の戦い振り、しっかり目に焼き付けさせてもらうぜ!」


 ―――こうして、ナデシコ奪還作戦は始まった。

 ……さて、行くとするか。





「でぇい!」


 ゴワァン!!

 アキトが、振り上げた中華鍋を思いっきり見張りの兵士にたたき付ける。もう一人が反乱に気づき、銃を構えようとして、


「貴様ら、歯向か―――ぐえっ」


 ゴートの拳があご先に叩き込まれ、あっさりと気絶した。



「どうする気だ、テンカワ!」


 ゴート、殴り倒した後で聞くか、そーゆー事を。


「え、ええ?

 ど、どうするって……」


「敵の本丸―――ムネタケはブリッジだ。

 それと、エステバリスのある格納庫。

 この二つを重点的に攻める。アキトはウリバタケら整備班といっしょに格納庫を占拠しろ。

 俺とゴートはブリッジだ。突入は各々に任せる。

 双方ともに、制圧したらコミュニケでルリに報告。ガイは女性陣を守る為にココで待機。

 ルリは出来る範囲でいい、敵の情報を随時送ってくれ」

「「「わ、わかった!」」」

「では、作戦開始!」





「……戦闘指揮の経験があるのか、フィリス」


 ブリッジに向かう廊下を駆ける。

 ゴートの問いに、俺は


「おかしいか?」

「……いや、よくわからん」


 むっつりとゴートは頭を振る。


「だが、状況判断能力が異常だ。

 統率力も。

 誰も、反論できないうちにお前の指揮下に入ってしまった」


「皆、心の中では鬱屈してたんだろうさ。

 だから、簡単に俺の言葉に従った。

 戦いは勢いがあるほうが有利だからな」

「むう……」

「くるぞ」


 ―――そう簡単にはブリッジに行かせてもらえないらしい。


「貴様ら!」


 ムネタケの私兵が、鎮圧用のショットガンを構えた。


 ―――撃たせん!

 隠し持っていたフォークを一閃。

 ズブリと手の甲に突き刺さったフォークに、ショットガンを取り落とす私兵。


「ムン!」 


 ごがっ!

 あっさりとゴートの体当たりで吹き飛び、気絶した。俺は拾ったショットガンをゴートに手渡す。


「いいのか?」

「俺にはこれがある」


 隠し持っているフォークは一つだけではない。ギラリと銀の輝きを見せるソレらに、ゴートは冷や汗を垂らした。


「……慣れているな、どこでその技術を?」

「秘密」



「ルリ、ブリッジに何人いるんだ?」

『4人です。そのうち、3人が武装を。しかし、まだ反乱の報告が上がっていないようです。アキトさん達が手間取ってるのか、そちらが早すぎるのかは判りませんが』

「判った……少し急ぎすぎたな。ま、おかげであっちは無警戒だ」

「うむ」

「俺があいつらの気を引く。

 ここから援護してくれ」

「むう、大丈夫か?」

「女のほうが警戒されにくい」


 扉を開ける。



な、貴様!

 食堂から出るなといった筈―――!」


 遅い。


 その瞬間にはフォークが太ももに食い込んでいる。

 俺に向けてショックガンを構える間に、ゴートが残る二人を狙撃。


「ガァッ!」「グフッ!」

「グハァ!」


 フォークの激痛に耐えかねた兵士を、ハイキックで沈める。


「な、なによアナタタチ! 

 捕虜がどうなっても良いって言うの!?」

「その捕虜を一箇所に纏めたのが、お前の敗因だ。

 まともな見張りが居なかったんだからな。

 ―――そして」


 ムネタケが腰の銃を取り出そうとして、ゴートにそれを吹き飛ばされる。


「お前を人質にして、残る部下の投降を呼びかける。

 ―――合理的だろ?」



 ***




『ルリ、ブリッジは制圧した。

 首謀者ムネタケを確保している。軍のやつらに聞こえるようにこっちの回線を繋いでくれ』


「はやっ!」

「うっそー、今出て行ったばかりなのに?」


 ―――15分、かかってません。ついさっき、格納庫のアキトさんから、これから突入するという連絡があったばかりなのに。


 艦内の至る所に、ブリッジの映像―――ぐるぐる巻きにされた副提督ら四人―――と、フィリスさんの声が聞こえてきます。



『ムネタケの部下共に告げる。

 こちらナデシコブリッジ。貴君らの上官はこちらの手に落ちた。無駄な抵抗はやめ、武装解除してもらう』




「おー……かっこいいねぇ」

「フィリスさん、すごーい」





 ―――なんというか、圧巻です。





『ルリ、ブリッジ要員をこっちに寄越してくれ。

 艦外の状況が知りたい』

「わかりました。

 いきましょう、ミナトさん、メグミさん」



 ***



「な、なんだなんだー?」


 フィリスさんの声とともに、俺達の反乱が成功したことを知った。


 ―――って、戦ってないじゃん、俺ら!


「わはははは、おとなしくお縄につけぇ〜!」


 武装解除した兵士達を、嬉しそうにウリバタケさんが手ごしらえワイヤーで引っ立てていく。


「何処に連れて行くんっスか?」

「とりあえず空き格納庫の一つにまとめて入れとこうぜ。

 後でフィリスちゃんにどうするか決めてもらってな」

「はぁ」


 ―――フィリスさん、いろんな事知ってるし、出来るんだな……。

 漠然と、俺はあの人に追いつきたい、と思った。

 それが、どういうことなのかもまったく知らないのに。



 ***



どぉだ、ユリカ。

 うまいか? 好きなだけ食べていいんだからな」

はいっ、頂いてます、お父様」


 トビウメのミスマル提督の個室。大きなテーブルに、色とりどりの一口ケーキが並べられている。

 ユリカは何の疑問を持つことなく、気に入ったものを口に入れていた。


「ほれででふね、おほうはま。

 ひふは」


「ああ、ちゃんと飲み込んでから話しなさい」

「―――ゴクン。

 実は、アキトがナデシコに乗ってるんです!」

「アキト? アキトとは誰かね」

「んもう、お父様ったら。

 火星でお隣だったテンカワアキトですよ」

「んー、おお、そういえば。

 あの少年か。テンカワ夫妻とはあれ以来会ってなかったが―――」

「アキトのご両親、テロで亡くなったんです。

 ご存知無かったんですか?」

「! 何時だね、ソレは?」

「ミスマル家が火星を離れた日です。

 アキトはテロだって言ってましたけど」

テロ……? ふむ……そういう話は入ってこんからなぁ。確かテンカワ夫妻は極冠遺跡の第一人者だったはずだが。……まさかそのせいで? わからん、だが―――」


 ユリカの父―――ミスマルコウイチロウ提督は、テロ、と一言では片付けられない何かを感じたが、しかし首を横に振った。

「そうですか……」



『パンジーより入電!

 破棄されたと思われていた、深海500メートルに沈んだ筈のチューリップが活動を再開しました!

 増援を求めています!』

「わかった、すぐにそちらに向かう!」

 ブリッジからの緊急連絡に席を立つコウイチロウ。

「ああ、ユリカは気にしなくていいからね。

 後でまた話し合おう」


 にっこりと笑う愛娘を置いて、コウイチロウは自室を後にした。




「状況は!?」

「クロッカス、チューリップの重力波に捕まりました!

 パンジーも時間の問題です!」

「なんということだ!

 トビウメ旋回! チューリップの出鼻をくじくぞ!」

「了解!」


 しかし、その挽回も空回りしてしまう。直後、新たな通信がブリッジに届いたのだ。



「な、ナデシコ艦載機、発進しました!」

「なにぃぃぃ!?」

 


 トビウメブリッジに入電。

『あ、お父様、ケーキご馳走様でした!』

「ユリカ、何故そこに!?」

『ナデシコは私の大切な艦です。

 それに、こちらに来たのはアキトのご両親のこと、聞きたかったからですし。

 そーゆーことですので、ナデシコ艦長ミスマルユリカは、チューリップ迎撃の為、ナデシコに帰還します!』


 ユリカはそう言うと、ビシッっと敬礼する。


『いやぁ、そういうわけですので。

 ネルガルと致しましては、交渉する必要は無いと。

 ナデシコは軍の指揮下には入りません!』


 話し合いを終えたプロスペクターは、最後にそう言って通信を切った。




「提督! どうしますか!?」

「むむむむむ、今はチューリップを叩くのが先決だ!

 艦長、指示を出せ!」

「はっ!」



 ***



『ブリッジから格納庫へ。

 海中のチューリップが活動を開始! トビウメの僚艦、クロッカスとパンジーがチューリップに飲み込まれました。

 現在、艦長はマスターキーを持って帰還中です。

 エステバリス、迎撃準備を行ってください』


「ええ!?」

「よぉしっ、アキトのアサルトピットを空戦フレームに乗せ換えるぞー!」

「「「「おおー」」」」


 ―――すっかりパイロットとして扱われてない? 俺。


「テンカワ、俺の代わりに頑張ってくれ!」


 ガイが俺の肩に手を置いてニカッと笑う。


『テンカワ、しっかりやんなよ』


 ホウメイさん……。


『『『『『がんばってねー、テンカワさーん』』』』』


 ホウメイガールズの皆……。


 成り行きでアサルトピットに押し込まれそうになって、俺は喚いた!


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!

 俺、空中戦なんかやったことないんだけど!」


 ―――不安。今度の相手はバッタじゃない。その母艦と言われているチューリップ。

 思わず涙目になってしまう。

 皆を守りたい気持ちはある。だけど、直接戦うのは俺だけなんだ。

 ガイが怪我をしていて仕方ないのも判る。

 でも、どうして? 何故、俺なんだ!?

 俺がただ火星生まれだから―――IFSをつけてるから、こんな目に遭うんじゃないか?

 くそっ、なんか理不尽じゃないか!

 

「落ち着け、バカ


 目の前に落ちる影。


「フィリスさん……」


 ―――マジな顔だった。俺の弱音を見透かし、しかし縋る事を許さない、そんな表情。


目的を履き違えるな。

 お前の仕事は、艦長が無事、ナデシコに戻ってくるまでの、時間稼ぎだ。

 この―――」

 ポンポンと空戦フレームを叩く。

「エステバリスは、お前の思うとおりに動いてくれる。

 チューリップの攻撃なんか目じゃないスピードでな。

 だから、飛び回ってりゃいいんだ。

 ―――行けるな?」

 そこまで言われて、俺が返す言葉は一つしかない。


「……行きます!」

「よし」


 アサルトピットカバーが閉じられる。

 不安はまだある。しかし、俺は迷いを断ち切った。


『電磁カタパルトの電力が供給されていないため、マニュアル発進になります。

 でわ、よーい』

『どん』

 メグミちゃん、ルリちゃんの合図に、俺はカタパルトを走り始めた。


『滑走するイメージをエステに伝えろ。

 すべるような感じでな』

「はい!」


 足が浮く。

 背のバーニアを使って、それほど長くないカタパルトから射出される。


 ―――く!


 不意に上下感覚が麻痺する。いや、上が空で下が海なのはわかるんだけど、機体が上がってるのか下がってるのか判らない!


『太陽を視野に入れろ。

 そこから下を覗き込むように。

 太陽がなくなったら、水平だ』


「了解!」


 俺の意思に従って、バーニア出力が調整される。


『艦長達がちょうどチューリップとナデシコの間に入った。

 右端にいるチューリップを視野に入れて、

 そこから更に右。

 見えるか? 白い点が』


「……見えた! ナデシコに向かってるのが判る!

 アレを守ればいいんだな!」


 フル加速!


 チューリップが触手のようなモノを吐き出した。

 あれで艦載機を落とそうというのか!?


「させるかぁ!!」


 触手を誘うように、わざとチューリップを横切る。

 案の定、ほとんどの触手が俺のほうに来る!


『絶対にチューリップを見失うな。

 レーダーに映るオレンジの線が触手だ。

 その隙間に機体を押し込め』


 バシュウウウウ!!

 当たらなかった!

 ―――冷や汗が出る。


『今、艦長達が着いた。

 ブリッジに向かってる』


 ―――後、少し!


 避ける、避ける、避ける。

 内臓が持ち上がり、引っ張られ、押し付けられる。

 ジェットコースターの連続。しかも、安全性はまったくナシ。それでも。


 ―――へへっ。


 なんか―――判ってきた。

 自分が飛んでいるのが判る。エステバリスが風を切って、触手を避けているのが。

 それは、ちょっとした快感だった。もちろん、死の恐怖が去ったわけじゃない。でも、この―――チューリップの攻撃は単調で、あしらい易い。『俺でも』こんなに簡単に避けられるじゃないか!


『お待たせ、アキト!』

 ユリカの声!

 ナデシコが動いている。


『アキトさん、ナデシコの左右か上に避難してください。

 グラビティブラスト準備中です』


「了解!」


 ナデシコのディストーションフィールドがチューリップの口のような部分に押し付けられる。





『てぇーーーー!!』



 ドグォオオオオーーーンンン!!



 ***



 帰還するピンクのエステバリス。

 それを収容し、地球の引力を振り切るかのように上昇していくナデシコ。


「……追いかけますか?」

 艦長の言葉に、

「無駄だ、このトビウメの装備では、彼らは止められんよ」

 なにやら感慨深いものを感じ入って、ミスマルコウイチロウはフッと言葉をもらした。

「子供だ子供だと思っておったが……立派な艦長になったな……」



「ゆりか〜……」

「むおっ、なぜココにいるのだね、アオイ君!」

「置いていかれたようですな……」

 すっかり同情されてたりする。


フィリスがちょっとだけ活躍しましたが、他はTV版と同じ……。

……やる気あるんだろうか、逆行者アキト。

このまま馴染んで終わったりして……。

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・じぇんじぇん動きませんな〜。

逆行ルリも殆ど出番がないし動かないし。

このままだと只のほのぼの話で終わりそうな・・・・・・・・・まぁそれはそれでいいけど←いいのか?

あるいは「フィリス姉サンのアキト育成日記」になるのもアリかも(爆)。