機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第五話

著 火真還





 火星に向け、現在航行中。

 サツキミドリの休暇は順調に消化され、早々に私たちナデシコは飛び立ちました。


「ふあ〜、暇だねぇ」


 艦長、だらけきっています。

 もっとも、この宙域にいる木星蜥蜴は、ナデシコのディストーションフィールドを破る事が出来ず、被害もないことから迎撃する必要がないため、作戦指揮が不要。

 そういうことですので、艦長が緩むのも無理はありません。が―――。


「ルリちゃーん、暇だよう。

 何か面白い事なぁい?」

「ないです」


 ―――二十四回目の会話。

 カウントをつけてる私も、暇といえば暇なのかも。


 ミナトさん、メグミさんも、今は休憩時間に入ってます。

 プロスさんは会計の仕事があるので自室作業。

 ゴートさんとフクベ提督は、提督の部屋で囲碁を打っているそうです。

 フィリスさんとアキトさんは食堂で勤務中。

 残るパイロット連中はシミュレーターで奮戦中。

 …………ふあ。

 ねむねむ。

 暇つぶしに艦内の様子でも見てみますか。



 ***



「なぁんでテンカワは練習につきあわねぇんだ?」

「アキトはコックが本業だからな。

 あいつ、結構うまいもん作るんだぜ?」

「へー、なんでコックなのにIFSつけてるんだろうね?」

「さ、さあ……。

 そーいう話はした事ねぇからなぁ」

「火星生まれじゃないの? 彼。

 火星って、車動かすのもIFS使うでしょう。

 子供がIFSつけることも珍しくなかったって聞いたけど」

「あー、そういやそうだっけな?

 博識だなイズミ、顔に似合わず」

「……喧嘩売ってる? リョーコ」

「へへ、負けたら晩飯奢りだからな?」

「望むところよ」


 アサルトピットを模した、シミュレーターのハッチがバタンと閉まり、月面での仮想対戦が始まった。


「……おたくら、いつもこうなのか?」

「あはは、いつもはもーちょっと騒がしいけどねぇ」



 ***



 〜〜〜♪


 料理を作るのは楽しい。

 おいしいと言って食べてもらえるのは、もっと嬉しい。


「はい、八宝菜あがり!」

「はーい」


 ホウメイガールズが出来上がった料理を客のところに持っていく。


 次は……お、火星丼か。

 誰だ? こんなマニアックな料理頼んだヤツは。


 ―――火星丼の味はけっこうバラツキがある。

 もともと火星の、栄養の足りない野菜と加工肉しか使わなかった料理だから、味なんぞ二の次で量だけが取り柄のシロモノだった。

 地球でも出すところはあるが、お上品な量の上に新鮮野菜、天然豚肉を使用しているから全然別物。

 ―――始めて地球で食ったときは、酷い詐欺だと思ったものだった。


「懐かしいなぁ」


 俺は記憶にある『故郷の味』を再現した。



うわ、なにコレ?

 見た事ない具材が乗ってる……。

 ホウメイさーん!」

「どうしたんだい、サユリ?

 ……おやおや、珍しいね。

 フィリスが作ったのかい? これ」

「ああ。

 ……やっぱりマズイか?」

「何も本家本元、火星の味を再現しなくても良いんだよ?

 どうせ、ここに来てる客は地球のヤツしか見た事ないんだからね」

「うわ、懐かしい!

 俺、子供の頃、よく食ってましたよ、これ」

「そういやテンカワは火星に居たんだったね。

 フィリスもかい?」

「あ、……ああ、まあ、そうだな。

 つい、やっちまった。

 作り直す」

「じゃあ、俺食べていいっスか? それ」

「……好きにしろ」



 ***



「だああ、卑怯な手ぇ使いやがって!」

「ふ、たまにはやるわ。私も」


 停止したシミュレーターからリョーコとイズミが出てくる。

 結果は遠距離から狙撃されたリョーコの負けだった。

 障害物を利用した陰湿なまでのハイド&ゴー、奇襲によって消耗したリョーコ機は、有効打を与える余裕がなかったのである。


「設定が悪かったねー、リョーコ。

 何もない宇宙空間だったら負け知らずなのに」

「猪突で悪かったな。

 ……って、誰だ、お前?


 訓練室を覗きに来たジュンは、誰呼ばわりされていきなり落ち込んだ。


「紹介はしたはずなんだけど……」


 苦笑いするジュン。見かねて、ヤマダは助け船を出した。


「副長だよ、ナデシコの」

「ああ、そういえば」

「名前が出てこない……」

「アオイ・ジュン、です」


 ……よほど印象に無かったらしい。


「で、その副長がどうしたんだよ、こんな所に」

「僕も、たまには訓練しておこうかと思って。

 今は結構、時間に余裕があるから」

「あれ、IFSがあるよジュン君。

 パイロットだったんだ」

「へー、珍しいな。

 士官候補生だったんだろ、アンタ」


 ヤマダは少々お節介なのかもしれない。

 ジュンが口を開く前に、余計な事をベラベラとまくし立てた。


「へっへっへ。

 あまり、いじめねぇでやってくれ。

 副長は、惚れた女を守る為にナノマシンを注入したんだからな」

「えー、うそー!」

「ほー」

「……そーいうことならいっちょもんでやっか!

 ほら副長、オレが相手してやる。

 こっちこいよ!」

「あ、ああ」


 ……ジュンが会話の主導権を握ることは、もうないのかもしれない。



 ***



 再びナデシコブリッジ。

 休憩していたミナトさんとメグミさんが帰ってきてます。



「ふぇ〜〜ん。

 アキトに邪魔だって言われちゃったぁ」


 ……艦長、居ないと思ってたら食堂行ってたんですか。


「酷いよねぇ、ルリちゃん。

 せっかく遊びにいったのに」


「食堂は忙しいと思いますよ?

 ヒマな艦長と違って」


 休憩から帰ってきていたメグミさんのきつぅい一言。


 があああああん。


「やることがない艦長は、艦内でも見回ってきたらどうです?

 ここにいても意味ないですし」


 更に追い討ち。


 ががあああああん。


「め、メグミちゃんがいぢめる〜〜〜〜!!」


 ……艦長、泣きながら走っていってしまいました。


「……意地悪ですね、メグミさん」

「……そうかな」

「そうですよ」

「そうかなぁ」

「そうですよ」


 私たちのループに入った会話に、ミナトさんが呆れています。


「どうしたの、メグミちゃん?

 艦長に何か含むところでもあるわけ?」


 メグミさんは、口元を人差し指で押さえて、躊躇いながらも話してくれました。


「はぁ、私、自分の仕事を満足に出来ない人って、好きになれなくて。

 さっきアオイさんに、艦長が全部押し付けて遊んでるの見ちゃいましたから」
 

 ……なるほど、それでですか。


「あー、それはあるかもねぇ。

 彼も、断りきれないところがあるんでしょう、いろいろと」

「戦闘指揮だけ出来れば良いって物じゃないと思うんです、ミナトさん」


 ちょっと思い出したのか、プンプンと頬を膨らませてます。


「あはは、ほーんと、普段の艦長見てると、とても優秀な成績だったとは思えないわよねぇ。

 けど、悪気は無いんでしょ?

 ずっと前からそういう関係だったんじゃないの?

 ……私も、尽くしてくれる男の一人も欲しいかな」

「もう、ミナトさんったら」


 ミナトさんの宥めで、メグミさんはようやく肩の力を抜けたように、笑みをこぼしました。



 ***



 今夜も、フィリスさんに特訓してもらわないと。

 そんなことを考えながら訓練室に入る。

 ―――あれ、みんなココに居たんだ。


「お、真打登場〜!」


 な、何が? リョーコちゃん。


「て、テンカワ君……」


 あれ、ジュン。何で真っ青な顔してんだ?


「何やってたの?」

「見てのとおりさ。

 まだ頭が揺れてるよ」


 勝敗モニター―――アオイ機、エステ全壊。

 そのまま、力尽きたかのようにジュンは倒れてしまった。


「いやあ、調子に乗りすぎちまった」

「酷いよね〜、素人相手に殴る蹴る!」

「プロレス技まで出してたわね」

「いや凄かったぜアキト。

 ありゃアサルトピットはミキサー状態だ。

 アオイ副長にゃ、ちょっときつかったかな」


 へえ、でも―――それって、普通なんじゃ……。

 俺、毎日ゲロ吐くまでやられてるんだけど。


「でも、シミュレーターって、こういうもんだろ?

 1機で20機相手にしたり、残弾ゼロで戦艦相手にしたり」


「「「「……はぁ?」」」」


 唖然とした顔で俺を見つめる四人。ジュンは倒れてる。


「……へ? 違うの?」

「どーいう訓練やってんだ? お前」

「だ、だから。

 敵に囲まれた後の、一対多を想定した状況とか。

 ライフルの残弾尽きて、敵艦を沈めないと味方全滅って状況とか。

 あとエステで格闘戦。さっきのスバルさんみたいに、相手が武術の達人っていう設定で、どれだけ耐えられるか、とか……」


「……普通、やらないわよ。そんな訓練」

「自殺志願?」

「冗談だろ?」






「待たせたな、アキト。

 ……って、なんだ、皆いるのか」


 それから直ぐに、フィリスさんが入ってきた。そういや少し遅れるって言ってたっけ、確か。

 少し複雑そうな表情をしている。


「フィリスさん」


「あれ、アンタ、コックの……」

「あれあれ?」

「…………」


 リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさんが三者三様な反応をする。


「フィリスさん、訓練室に来ることあったのか?」


 ガイが、不思議そうに俺を見て言った。


「俺の訓練してくれてるの、フィリスさんだから」


「「「「ええーーーー!?」」」」


 皆、一様に驚く。

 ―――そ、そんなに驚くことないじゃないか。



「エステバリスの訓練……だよな?」

「ココで料理はやらないでしょ、リョーコ」

「いや、敵は料理するかもね」



「……まあ、なんだ。

 シミュレーターは空いてるんだろ?

 アキト、入れ」

「うっス」

「……あー、暇なら、後でアキトと対戦してやってくれ、皆。

 まあまあ、手ごたえもついてきたと思うから」



 皆が、俺とフィリスさんの訓練とやらを見守っている。

 ―――ちょっと、恥ずかしいなぁ。


「手加減してください、フィリスさん」

「……ダメだ。

 死ぬ気でいけ」

「はい……」



 アサルトピットのハッチを閉じる。シートのベルトをロック。

 IFS起動。

 全方位レーダー、展開。

 装備確認。ライフル。ナイフ。

 ……ということは、


「孤立戦闘!」

「しゃべってる暇はないぞ」



 始まった!




 ***




 シミュレーターのサーバーシステム、オペレータ席。

 木星蜥蜴のバッタやジョロなどでは、訓練にはならない。

 アキトが"孤立戦闘"と題した作戦は、20機のエステバリスとの戦闘。

 初めは5秒で撃墜された。

 それが、今では30秒は生き延びる。

 最終的な目標は10分。もしくは敵の全滅だ。



「まずは0G戦10機。

 第二陣に砲戦2、残りは0G戦だ」

『了解!』



 月面にピンクのエステバリスが出現。


 それを取り囲むように三機を配置。

 その直後、さらに三機を投入。

 そして四機を後方に投入。



『でええええい!』


 ライフルを乱射。牽制だが、回避はなかなか上手くなった。


『なんとおお!』


 ……叫ばないと避けられんらしいが。

 一機に攻撃を集中するが、すぐにそれは自分の危険になる。

 10機の敵の配置を頭に入れないと、『避ける場所』も思いつかない。そういう戦いだ。


 追いかけてきたしつこい三機のうちの一機。先ほどアキトが攻撃を加えた機体だ。

 ダメージが蓄積したエステに、ライフルの銃撃を叩き込む!

 ボォオン!


『1!』


 『直撃を与えた弾数』で、破壊を判断する。

 直後にもう一機に照準をセット。しかし、それをさせまいと下から三機が接近。残る四機が無数の銃撃を加えてくる。

 あっという間にイエローゾーンにまでシールドが消耗。

 コレでも『避けている方』だ。並みのパイロットなら、初回の移動時に自機を爆発させている。


『おおお!!』


 10秒、経過。


『でええい!』

 
 加速、加速。急激なGをかけて、フェイント。

 振り向かず、『そこにいるであろう』敵にライフルを乱射。

 驚くべきことは、それでも命中率は50%を超えている事実だ。


『2!』


 ドゴオォン!


『ミスった!?』


 二機のうち一機しか倒せなかった。

 さらに加速し、直角に近い角度をバーニアと姿勢制御で乗り切り、密接状態からの銃撃。


『3!』


「バカが、動きを止めたな」


 近接で、移動方向と同じ向きで銃撃を加えたために、慣性の法則にしたがって急ブレーキがかかったのだ。

 ココで『続けて逃げること』、つまり次の回避に繋げる移動が出来れば一人前なのだが。


『し、しまった〜!』


 一気にレッドゾーン直前。

 物理的な打撃を受ける前に何とか危機を脱した。


「いくぞ、残り10機」


『ええええ!!

 もうそんな時間!?』


 20秒、経過。



『くっそ〜、こうなったら!!』


 キレ易いのもアキトの弱点だ。

 冷静に判断すればまだ、17機からでも逃げる場所はある。


『4っつめ! 』


 無茶な軌道を描いて、高軌道から銃撃を加えてくる0G戦を捕らえる。

 ライフルのマガジンパックを交換している暇はない。ためらわず投げ捨て、イミディエットナイフを手にする。


『うおおお!』


 ディストーションフィールドを纏って、0G戦の頭部を破壊。しかし、砲戦二機、および残った0G戦が銃撃を加えてくる。とくに砲戦のレールカノンは強力だ。あっという間にシールドが減少する。

 流石にこれ以上は無理だろうな。

 月面という有利な状況だが、それを利用できるまでの経験は積んでない、ということだ。

 リョーコ達なら、もう少し持つかもしれない。


 案の定、シールドの消滅した後も銃撃が加えられる。それも、一歩的に。


 ドカ、ドカ! ドカドカ!!


『ぐえっ、がっ、あ゛ぐっ、があっ!!』


 胴体を庇った両腕が破損。ついでに両足も。アサルトピットが飴のように捻じれ、爆発。


 プシューーー


 
「……うう、死んだー」


 ジュンほどではないが、頭を抑えながらアキトが這い出してくる。


「……それって訓練?」


 呆れているヒカル。


「虐待にしか見えねぇ……」


 リョーコが口をはさむ。


「でも……彼、素人とは思えない動きだったわね。

 あの状況で、四機の撃墜はたいしたものだと思うけど」


 イズミは冷静にアキトの評価をしているが―――。


「オレだったら半分はいけるぜ?」

「リョーコ。私たち訓練時間、400越えてるんだから、比較しちゃいけないよー」

「俺は200時間だな」

「……えっと、30時間」

「ほら」

「30そこそこでアレだけ動けたら、私ら立つ瀬無いね……」

んだとぅ! おいテンカワ、オレと勝負しろ!!」

「……だからリョーコ。

 今の実力で勝っても自慢にはならないんだってば」


 ヒカルが溜息を吐く。


「でもよー、フィリスさん。

 なんでアキトだけこんな特訓やってんだ?」


 ガイの洩らした言葉に、俺は、


「ほう。

 ガイもやりたいのか? お前なら30機くらい、相手に出来そうだな」


 挑発してみた。

 まあ、ガイの性格なら乗ってこない事は無いだろうが―――。


やる!

 見てろアキト!

 相棒である俺が、華麗なお手本を見せてやるぜ!」


『ぬおおおお!!』

『だりゃああああ!!!』

『うひょおおおお!!!』

『まだまだぁああああ!!!!』

『うらああああ!!!!!』

『うぬううううううう!!!!!!』

『どっせええええええい!!!!!!!』

『ぎゃあああああああああ!!!!!!!!』


 ドゴーーーーーン!


 ―――爆発までの2分間、狂ったように叫びまくったガイは、半死半生のような風貌で出てきた。


「へ、へへへ……。

 真っ白に燃え尽きちまったぜ……」

「2分ちょいか……まあ、もったほうだな。

 10機倒したのは、よくやった。

 誉めてやる」

「へへ、サンキュウ」


「じゃ次はオレだ!

 いいなフィリス!」

「いいだろう。

 機数はそのまま。但し、砲戦を4機とするぞ」

「へ、望むところよ!」


 リョーコ―――3分。流石に実力があるぶん、全体的に『戦い』になっている。

 撃破は16機。

 ヒカル―――3分50秒。意外に逃げるのがうまい。

 12機。

 イズミ―――2分40秒。

 13機。遠距離タイプのエステで、よくココまで戦えたものだ。



「リョーコは好機を躊躇わない判断力はあるが、それは少々無謀な面でもある。

 敵の懐に飛び込むリスクを考える事だ。

 格闘の素質は抜きん出ているんだから、後は精神的な―――修練をしたほうが良いのかもしれないな」

「ぐ、……そう言われれば確かに」


「ヒカルは回避が抜群にうまい。だが、戦闘を楽しみすぎている面があるんだろうな。

 何かとゲーム的なパターンに当てはめようとして、それに対応できなかったときに大ダメージを受ける。

 巧い熟練者から学ぶのが早道だが―――現状では無理か。

 まあ、そこまでして巧くなろうとも思ってないんだろ?」

「あはは、そーかも。バッタちゃんはそんなに強くないからねー」


「イズミは……冷静だが、押しに弱い。特にこんな格闘戦では実力が発揮できないタイプだな。

 それはそれでかまわないとは思うが。1対1なら、もう少しうまくできるだろう。

 あと、もっと勝利に貧欲になってもいいんじゃないか? 諦めが早すぎる」

「……耳が痛いわね、当たってるだけに」


「なあ、俺は?」

「お前は……1対1の状況を作るのは巧いが、そりゃサポートがあればの話だ。

 強引に撃墜数を増やしたは良いが、食らったダメージも一番多い。下手するとアキトに負けるぞ」

「があああん」


「あとはアキトだが―――。

 ……特には無いな。天狗にさえならなけりゃ、そこそこ行けるだろう。そう『教えている』からな」

「うっス」


「それとアオイ副長」



「は、はい! なんですか!?」


 ―――なんで敬語?


「パイロットになりたいなら、止めはしない。

 ただ、それで活躍してもユリカが振り向いてくれる保証はないぞ?」

「え、あ、……お見通しですか」

「お前がわかりやすいだけだ。

 ……艦長に頼まれた仕事、だいぶ抱え込んでるんだろう?

 まったくアイツも、ちょっとは自覚でも持てばいいものを」

「そ、その件については、ノーコメント。

 じゃ、仕事もあるし、失礼するよ」


 ジュンは苦笑いしながら訓練室を出て行った。



 ***



「ところでね、……私的に一番気になるのは、フィリスちゃんが何でエステちゃんのコトがそんなに詳しいか、なんだけど?」

「っと、忘れるところだった!

 そうだ、フィリス! お前ひょっとしてエステのパイロットなのか?」

「……いや。

 戦闘のGに耐えられる体じゃないんでな。

 Gキャンセルで、何度かシミュレーターを試してみた程度だ」


 肩を竦めて、フィリスさんは返した。

 そうだったのか、それでこんなにエステに詳しいんだな。


「へぇー、なるほど」

「じゃ、いっちょ手合わせしてもらえねぇか?

 シミュレーターなら、問題ないんだろ?」


 リョーコちゃんがフィリスさんを誘ってる。

 ―――ちょっと興味あるな。俺を鍛えてるフィリスさんがどれくらい強いのかは。


「……Gキャンセルだが、いいのか?

 かなりハンデになるが」

「おう、どーんと来やがれ!」



 ***



 宇宙空間戦闘。


「リョーコの得意な設定だね。

 これで負けたらしゃれになんないよ、リョーコ!」

『負けるつもりはねぇ!!』

『互いにノーマルエステだが、リミッターは外させてもらう。

 かまわんだろう?』

『おいおい、そんなことしたら操縦できなくなるぜ?』

『そうでもない』


 戦闘が始まった。


『なっ!!』

「「「はやいっ!!」」」



 俺たちは驚愕した。スバル機を嘲笑うかのように、黒いエステが鼻先を掠めたのだ。それも一瞬のうちに。


『ど、どこ行った!?』

「後ろだよ、リョーコ!!」


 振り返るスバル機。しかし、そのわずかな間に、無防備な背中へライフルの銃弾が叩き込まれていた。


『くっ!』


 スバル機の追撃を軽々とかわし、距離を保ちながら更に銃撃。


『でええええええ!!』


 命中率97%……おいおい。


「……大人と子供の戦いね。

 ぜんぜん食らってないじゃない、フィリスは」


 恐ろしいのはあの速度だ。まるで生き物のように―――自在に移動し、予測も出来ない動き。



『くそ、ちょろちょろと……!』

『照準を定めるのが遅い。

 かっこつけてる暇は無いぞ?』


 涼しげな声を出し、フィリスさんはそれを実証するかのように―――。

 瞬く間にスバル機のシールドをレッドゾーンまで削り、ライフルを投げ捨てる。

 そして、


『次は格闘戦だ。

 行くぞ』

『こ、来い!!』


 ディストーションフィールドのぶつかる光が弾ける。

 フィリス機のイミディエットナイフの先端が、スバル機の右手のナイフを弾いた。無重力の中を、ナイフがくるくると消えていく。


『おらああああ!!!』


 武器を失っても、戦える。そう言わんばかりに、足で蹴り上げる。


『いい動きだ』


 しかし、フィリス機はその足を抱え込み―――。


『なっ』

「えええ!?」



 投げた。そして、瞬時にそれを追撃。


 フィリス機を補足するために反転したスバル機に蹴りを入れ。

 そして―――ナイフを、アサルトピットに突き刺す。

 スバル機、沈黙。


 あっさりと、その戦闘は終わりを告げた。



「リョーコが一撃も入れられずに終わったなんて……」

「うそー!?」


 唖然とする、イズミさんとヒカルちゃん。


あ゛ー、負けだ負けだっ!!

 凄すぎるぜフィリスはっ、

 軽く捻られちまった」


 えらくサバサバした様子でリョーコちゃんが出てきた。だが、目はらんらんに輝いている。

 あれは、目標を見つけた人の眼だ―――。


「実戦じゃ役に立たんがな。

 Gの無い戦闘空間は、言わば電子戦。

 オモイカネクラスの、スーパーコンピュータ制御用IFSを付けている俺は、一度に扱える情報量が違う」


 出てきたフィリスさんが、皆に見えるよう手の甲を向けた。


「より、自分の意志に近いシンクロ率を出せるから、外部衝撃―――Gさえ感じなければ、負けはしない。

 それでもチャレンジするなら、いくらでも相手になってやろう」


 言い切った。



 ***



 そんな事もあって、翌日。

 ナデシコブリッジです。


「あ〜、我々は断固、この規約の撤回を要求する!!」


 メガホンで声を張り上げて、ウリバタケさんがブリッジインしました。

 続いて、リョーコさん、ヒカルさん、イズミさん。その他もろもろ。


 なにやら堅い意思を秘めた、異様な集団を前にして、びっくりした艦長が彼らを問いただします。


「ど、どーしたんですか? 皆さん」

「どうもこうもねぇよ。

 見てくれ艦長! この契約書!」


 ナデシコ乗艦時に手渡された契約書です。

 ネルガルの社員となる為に契約した、ということですが。

 ばばーん、と手にもったソレを突きつけるウリバタケさん。


「は、はぁ……あのう、それが何か?」

「ココだよ、艦長、ココ」


 人差し指で、問題の個所を差します。


「読んでみてくれ」

「えーと、

 『乗艦中は社の規則にのっとり、男女間の交際を禁じ、なお接触においても手をつなぐ以上のことは禁ずるものとする』

 ……ええー!?」


「まったくよぉ。

 ココはナデシコ幼稚園かぁ?」


 リョーコさんが憮然として言いました。


「大体、男と女がいっしょにいて、お手々繋いでスムワケねーだろうが!」


 ウリバタケさんが、隣にいるリューコさんとヒカルさんの手を取って、


「「ちょーしに乗るな」」

「ぐえっ」


 二人に肘撃ちを食らいました。……自業自得です。


「困りますなぁ、皆さん」


 騒ぎを聞きつけて、プロスさんがブリッジイン。いつものメガネをキラリと光らせて、


「その暴走した男女の関係の終着点はなんです?

 結婚、出産、色々とお金が掛かってしまうわけです。

 会社としても、そこまで面倒を見るわけには行きませんからね」



「うっせぇ!

 プライベートな関係に口をはさむのは、いい大人のすることかよ!

 それに、オレはまだそんな先のコトまで考えてねぇし……ブツブツ


 結婚、出産まで想像してしまったんでしょうか? リョーコさんが赤面。


「そーゆー訳で、この規約の撤回を求めてるんじゃねぇか!」

「しかし……」

「おっと、俺たちは本気だぜ!」


 チャキ。

 銃をかまえ、ウリバタケさんが凄みます。


「……困りましたなぁ、この契約書に書かれている限り、皆さんは了承したのでしょう?」

「んな、細かいとこまで目ぇ通すかよ!」

「しかし、契約は契約。規則は規則。

 この契約書ある限り、規則には従ってもらいます」


 契約書を突きつけて涼しげな顔のプロスさん。


 銃VS契約書。

 ……睨み合ったまま、両者硬直状態に入りました。



 ―――しかし。



 ドオーーーーーンン!!


「おお!?」

「なんだなんだ!?」



 突如、ナデシコを衝撃が襲いました。これは……。



「木星蜥蜴の攻撃です。

 これは、迎撃が必要なレベルです」



 私の声に、場を緊張が支配しました。



「んもう、皆さーん!!

 今はそんな事言い合ってる場合じゃないです!

 死んだら、いっぱいお葬式しなきゃならないんですよ?

 どうせならユリカは、結婚式のほうがしたーい!!」


 ……どーいう理屈ですか。

 しかし、艦長の叫び(主張)に興が削がれたのか、


「よぉし、整備班!

 この件は後回しだ! エステ出撃準備するぞ!!」

「「「おー!!」」」


 ウリバタケ以下、整備班はブリッジから退出。


「俺たちも行こうぜ!」


 リョーコさん達も、それに続きます。


「全艦職員、一次戦闘配備!

 これよりナデシコは戦闘に入ります!」


「ルリちゃん、敵の構成は?」

「チューリップはありませんが、戦艦5、機動兵器推定300、なお増加中」


 モニターに敵の配置、ナデシコの位置関係を表示。


「ミナトさん、艦首を30度右旋回。

 廻り込んでください!」

「りょ〜かい」



 さて、始まりました。

 ナデシコにとっては初の本格的な艦隊戦。


 二度目と言っても、やはり緊張します。

 それは、一度でも私が艦長として、クルーの命を預かったことがある、からでしょうか?

 ……今はしがないオペレーターですから、そんな苦労はありませんが。



「では、はりきって行きましょう!!」


 ユリカさんが皆を鼓舞しました。


ルリルリ航海日誌。

……名前だけのような気もしますが。

物語はのほほ〜んと進んでいます。

さて、次回は火星編。ちょっとだけドキッとして頂くかも知れません。

TV編と、少し違いますから。

 

 

 

 

代理人の感想

は〜、さっぱりさっぱり。

まぁ、シミュレーターは定番ですから置いとくとして、

「そうかなぁ」「そうですよ」は結構お気に入りなので入ってて嬉しかったり。

 

まぁ、まったりと楽しませていただきました(笑)。