機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第6話

著 火真還





 無数のバッタ、ジョロ。そして、それらを絶え間なく排出する敵戦艦。

 火星の一歩手前、木星蜥蜴の猛攻が私たちを襲います。



「エステバリス隊を出撃させます! ジュン君、お願い!」

「各機、出撃後0330まで近接遊撃。

 その後、スバル機を基点に戦陣を組み、2時方向より突入。10時方向までの敵を各個撃破!」


 副長がエステバリス隊の作戦ルートを決定、艦長は軽く頷きます。


『『『『『了解!』』』』』

『だが、女の後ろにつくのは納得いかねぇー!!』

『うるせぇぞ! ヤマダ!!

ガイと呼べといってるだろーが!!』


 ……緊張感のない人たちです。ところで、何時本名バレたんですか? ヤマダさん。



「よぉし、ユリカも頑張る!

 ルリちゃん、最も防御の薄い戦艦はどれ?」

「コレです。

 それでも、一度のグラビティブラストでの撃沈は無理です」

「……出力は70%に抑えて、そのぶん連続射撃!

 あ、ミナトさん。エステバリス隊を巻き込まないよう、角度調整お願いします!」

「りょ〜かい」



 ***



『いっくよ〜っ!』


 ヒカルちゃんが、バッタの一団を発見した。

 黄色い機体をディストーションフィールドの輝きが覆い、そのまま群れを突っ切っていく。


『ほぉ〜〜〜ら、お花畑ぇ!!』


 チュドドドドドドーン!!!


『おお、ゲキガンフレアだな!』

「どーやったの、今!?」


 ガイが喝采を上げる。俺は、何が起こったのか判らなくて思わず口走っていた。


『シールドを上げて突っ込むだけだよ〜』

『ナデシコの重力波リンクがあるからね。消費を気にすることも無いわ』

『そういう事だぁ!

 行くぜぇ!!』


 ―――突撃する四機について行く。IFSでシールドの上昇を確認しながら、手近な敵に体当たり。


 ドドォォン!!


『いいぞ、アキト!』

『よーし、ついでにオレたちの攻撃フォーメーションも見せてやる!

 ついて来い!』


 リョーコちゃん―――スバル機が、最も敵機動兵器の数の多い宙域を捉え、アマノ機とマキ機がサポートにつく。


『フォーメーション、サザンカ!』

『『了解!』』


 スバル機の加速に合わせ、三機が円を描くように回転。

 互いに干渉するディストーションフィールドが、広範囲に渡って拡大していく!


『おおおおおお!!!』


 ドドドドドゴゴゴゴゴゴオオオオオオオン!!!


 三機別々に破壊できる数の、ざっと倍の敵を一瞬のうちに殲滅した。


 ―――声も出ない。

 計算された動きと、仲間への信頼。その両方があって初めて成り立つフォーメーションなのだろう。


『すっげー! 俺もやってみてぇ!!』

「か、かっこいい!」


 一息ついて俺たちの口からでたのは、そんなありきたりな言葉だった。


『へへ、サンキュウ!

 お前らも、すぐに出来るようになるって!』

『大丈夫だよ〜、ちゃんと訓練すれば、身体が憶えてくれるから〜♪』

『私らもウカウカしてられないね。

 二人とも、筋は良いんだから』



 ***



 戦闘中。

 緊張のナデシコブリッジに、フィリスさんが入ってきました。


「おや、フィリスさん。

 一次戦闘配備中ですよ、食堂で待機していてください」


 プロスさんにそう言われても、聞いてないみたい。


「ルリ、戦況は?」


「順調です……と、言いたいところですが、苦戦中。

 敵艦の数が多すぎます。

 今はこちらのディストーションフィールドの出力を上回る攻撃はありませんが、どこまで持つかは」


 ついつい応えてしまいます。

 コックなんですけどね、フィリスさんは。


「作戦はあるのか? ユリカ」


へ? えーと、なるべく一対多にならないようにしてるんですけどー。

 ちょぉっと戦力差があり過ぎちゃて、困っちゃってまーす」


 えへへ、と笑うユリカさん。

 ―――そー言うことは、あまり言わないほうが良いんじゃないかな。



「戦艦を叩けば良いんだな?

 ジュン、エステバリス隊の指揮を替われ」


「は、はい」


 苦笑しつつ、席を替わるアオイさん。


「ほえ?」


 艦長がハテナ顔。

 あっさり引き下がったアオイさんに、目で訴えますが……。

 アオイさんは気づきませんでした。フィリスさんのやることを、一つも見逃さないつもりのようです。


「エステバリス隊。

 そのままでいいから聞け。

 機動兵器で戦艦を落とすための作戦を伝える」


『『『『『了解!!』』』』』


 驚く艦長、他、ブリッジ全員。


 無理もありません、機動兵器の役目は敵機動兵器の駆逐。

 戦艦を相手にするには、武装が貧弱すぎるのですから。

 しかも、それを指揮するのはコック


「気張る必要はない。

 バカに思えるほど、単純な方法だ。

 先鋒ガイ、アキト。

 オーバー・ディストーションフィールドを展開しつつ、敵艦の動力部の表面に沿って突撃。

 一時的に敵艦のディスト―ションフィールドを減衰させる。

 続くリョーコ、ヒカルの二人は、イミディエットナイフを装備。

 同ガイ・アキトの後方から、薄くなった装甲に傷をつけろ。切れ目さえ入ればかまわん。

 最後、イズミはその切れ目に向けて撃ち捲くれ。お前のライフルが一番強力だからな。

 それで敵艦は落とせる」


 ……言うのは簡単ですが、実践は難しい。

 しかし、五人は頷きました。


『やってやるぜ!』


「赤のマーカーを付けた艦。

 機動兵器を排出する厄介なやつだ。まずはそれを狙え。

 その艦のエンジン部は後方の下部」


 フィリスさんの指示で、各パイロットにイメージを送ります。


「その赤い部分であればかまわん」

『よぉしっ! 行くぜ、皆!!』

『『『『了解!』』』』




 それまで機動兵器による木星艦隊の撃沈は、未だ成されてはいませんでした。

 しかしその慣例は、昨日までということになりそうです。




『うおおおおおおお!!!』

『ゲキガン・フレアー!!!』


『え〜い!』

『でやああああああ!!!

 今だ、イズミ!』


『任せて』


 ドガアアアァァァァァアン!!!


 目標の戦艦を攻撃。動力部からの連鎖爆発で、その艦は轟沈しました。


「をー……す、すごーい、フィリスちゃん!

 エステにあんな使い方があるなんて!」

「いやはや、これからの戦闘の方式が変わりますな、コレは……」

「むう」

「……見事だ」


 艦長、プロスさん、ゴートさん、フクベ提督。


「ひょえー……」

「な、なんでフィリスさんが?」


 ミナトさんとメグミさんも、びっくりしてます。


「後は……何とかなりそうだな。

 済まんな、ジュン。邪魔をした」

「いえ」



 用事は済んだとばかりに、さっさとブリッジを出て行くフィリスさん。

 アオイ副長はそれを見送ると、再びエステバリス隊に指示を出し始めました。



 なんだったんだ、とばかりに皆が固まってます。



「―――戦闘、続いています。

 艦長、指揮を」


「あ、はいはい、ごめんねルリちゃん!」


 ようやく我に返って、艦長は舌を出しました。


「いえ。

 敵艦二つ目、エステバリス隊によって破壊。

 どうしますか?」


「はい、グラビティブラスト、フルパワーでお願いします!

 目標は目の前の1艦のみ!」


「了解、収束率120%まで引き上げます」




 ***




 戦闘終了後の格納庫。


「いやー……。

 オレたち、戦艦を沈めたんだなー……」

「びっくりだねー……」

「……とんでもないわね、フィリスの考えることは」


 三人は、乾杯したジュースの缶を握ったまま談笑中。


「へへ、いいねぇ。燃えたじゃねぇか畜生!

 アキトっ、特訓だ!

 あの技を完璧にするぞ!!」


 肩をバンバンと叩いてくるガイ。


「あ、ごめん、俺、食堂に……」

「バカヤロウ!

 お前はもうパイロットだ! パイロット兼コック。

 おら、行こうぜ!」


 ええー、フィリスさんに逢いに行きたかったのに。


「あ、オレたちも行くぜ!

 皆でやりゃあ、その分―――」


 ぐらり


 床がゆれた。斜めに傾いて?


「おわ、艦内重力が働いてねぇぞ! コラァ!!」

「滑っちゃうよ〜」


 リョーコちゃんの落としたが、ころんころんと転がってデッキのほうへ―――。


 スコーン!


「うわーーーーー」


 格納庫でエステバリスを整備していたウリバタケさんが、悲鳴を残して落ちていった、らしい。

 ……当たった?



「だ、大丈夫ですか、班長!」

「くそう、重症だ! 一体誰がこんな酷い事を!」


「「あわわわわわ……」」


 ……重力状態が戻って、タンカで運ばれていくウリバタケさん。

 しおらしく謝るリョーコちゃんに、整備班の人たちも強くは言えないようだった。

 ―――俺やガイだったら、袋叩きだよなぁ?



 ***



「降下地点の敵、殲滅しました」


「ようやく目的地ですな」

「むう……思ったより赤くないな」


 ゴートさんが、真面目な顔でおかしな事を言ってます。


「……ねぇねぇ、今の冗談よね?」

「えー、そういう顔じゃないみたいですよ?」



 ひそひそと、ミナトさんとメグミさんがなにやら囁きあってますが……。


「火星はテラフォーミング・プロジェクトの成果により、地球に近い環境に変わってます。

 火星が赤いと言われていたのは、前世紀―――2100年以前の記録のはずですが」


「そ、そうなのか?」


 珍しく照れ笑いを浮かべるゴートさんでした。







 ナデシコは大気圏に突入します。

 地球の大気圏と違うところは、空中に散布されたナノマシンが大気の層を作り、それが光のように輝いていることでしょうか。

 まるで光の渦を抜けるようにして、ナデシコは火星の空に降りてきました。




「では、オリンポス山に進路を取ってください。

 ネルガルの研究施設がありますので」


 プロスさんの説明に、メグミさんが疑問をぶつけます。


「あのー、逃げ遅れた人の救助が先じゃないんですか?」

「我が社の研究施設は、一種のシェルターになっておりまして、はい」

「ふ〜〜ん」


 そんな話をしていると、思いつめたような顔をしたアキトさんがブリッジインしました。


「あ、あの、俺!

 ユートピアコロニーを見に行きたいんです、エステを貸してもらえませんか?

 すぐ戻って来ますから!」

「ダメだ」


 にべも無く、ゴートさんは却下します。


「俺の、故郷なんです。

 確かに、あそこはチューリップが落ちて壊滅したけど、それでももう一度、見ておきたいんだ……!


 誰も、その慟哭に言葉を返すことが出来ません。

 自分の故郷―――私にとっての故郷は、ココ。ナデシコですから、アキトさんの気持ちも少しは判ります。

 私も、ナデシコAが無くなってしまった時は、そう思ったから。



「かまわん、行って来なさい」

「提督!」


 フクベ提督は、プロスさんに確認します。


「私はお飾りの提督でしかないが、それでも実質的な権限は艦長よりも上のはずだね?」

「は、はあ」


 肯定するプロスに頷き、


「ならば、問題ない。

 私が責任を持つ」


「あ、ありがとうございます! 提督!」

「ただし、極力戦闘は避けるように。

 危険だと思ったら、すぐに帰ってくること、それが条件だ」

「はい!!」



 ***



 砲戦フレームに換装したテンカワ機は、換えのバッテリーを大量に積んで疾走していた。

 ナデシコから離れる以上、大量にバッテリーを詰め込めない陸戦、空戦は却下。大気圏内で0G戦は論外である。

 ……それはいいのだが―――。



「……何で俺がココにいるんだ?」


 半開きになったアサルトピットの、上部ハッチから半身乗り出して、俺は誰にぶつけるでもない疑問を口にした。


「いいじゃないですかフィリスさん。

 フィリスさんもこっち(火星)だったんでしょ? 故郷は」


「ああ」


 風が心地いい。

 常時適温、外部の変化を受けることの無いアサルトピット内では、この刺激は感じられない。

 自分の操縦では味わえない開放感に、少しだけ俺は背伸びをした。

 確かに―――気分は良い。




「そろそろだな、ユートピアコロニー」

「ええ、あの丘の向こうです」


 ―――どこまでも続く平地。地球と比べて陸地が多いため、延々と大地が続くことも珍しくない。


 しかし、まったく予想もしていなかったものを俺は見つけてしまった。

 それは、アキトも同時だった。










 丘から見下ろしたコロニー。大きな窪地と化したそこに、それはあった。

 目測で8メートル。

 今乗っている砲戦フレームより大きく、遥かに禍々しい雰囲気を持つ、漆黒の機動兵器







「あれ、エステバリス? ……にしては大きいけど」

バカな……アレは!!

 ブラックサレナ!?


 俺は、自分の迂闊な言動を呪った。


「ぶらっくされな……?

 ……フィリスさん、アレ知ってるの?」





 答えることが出来ず、俺が沈黙したのを期に、アキトはその漆黒の機動兵器へとエステを進めた。


 ブラックサレナは起動していた。

 油断無く、両腕のハンドガンがいつでも撃てるような警戒態勢を取り、しかし、動こうとはしない。


 そして―――。



「人が出てくるよ! フィリスさん!」


「ああ……」



 ―――イネス・フレサンジュが、ブラックサレナのアサルトピットカバーを開いて、その姿を見せた。


 金髪、後ろに編んだ髪が、風に揺れている。

 切れ目の瞳。年相応の、思慮深い顔。

 しかし今は、戸惑いと緊張からか、強張って見えた。



「……まさか、持ち主が現れるとはね……貴方が、テンカワアキト君?」

!? 俺の名前、知ってるんですか?」

「…………」


「誤魔化さないでほしいわね。

 コレを探しに来たんでしょう? 貴方が必要としている力。貴方の鎧。貴方の―――」


「やめろ」


 ……それ以上は聞きたくなかった。


「……貴方がマシンチャイルドのラピス・ラズリ、かしら?」

「はあ?

 いえ、この人はフィリスさんって言って、……俺の……師匠っていうか、その

「……師匠?」


 ―――話がかみ合わず、沈黙がその場を支配した。




 ***




 私たちがこの機動兵器を発見して、既に一年が過ぎていた。


 ネルガルの研究職員として、相転移炉の開発チームに所属していた私は、相転移プラントの研究を行っていた。

 火星の極冠遺跡から極秘に持ち出された未知の機構。

 ディストーションフィールド、グラビティブラストはその副産物に過ぎないものだった。


 まもなく第一次火星大戦が勃発。

 木星蜥蜴が攻めてくるまでに仕入れたそれらの知識で、地球に新造戦艦のプロットを送り、火星を脱出する準備を進めていた矢先。


 ネルガル研究所の南部にあったユートピアコロニーは、チューリップと呼ばれる敵の母艦(……当時はそう思われていた)の落下により壊滅。


 同時に、研究所にある脱出手段―――ユートピアコロニーまでの航行能力しか無いシャトルでは、私たちはどこにも行くことが出来ず、ただ隠れて過ごす日々を送っていた。




 そんな折、この機動兵器はどこから現れたのか、ネルガル研究所の近くに不時着したのだ。

 研究所の観測設備ではその詳細が不明だった為、再び動き出す気配が無い事を確認して、機体を調査。傷や弾痕は確認できるものの、細部に支障はなし。

 同時に、誰も人が乗っていないことを知った。着陸は、オートパイロットによる緊急措置だったらしい。


 しかし―――。



 人は乗っていたはずなのだ、この機動兵器には。


 『ブラックサレナ』には、破損を免れたメモリーチップが幾つか残っていた。


 時間はたっぷりあったし、その秘密にも興味はあった。



 パーソナルデータから、搭乗者の名は『テンカワアキト』。

 理由は判らないが五感を失い、それでも戦うために、五感を補助するマシンチャイルド『ラピス・ラズリ』を伴い、『ユーチャリス』という戦艦に所属していたという。

 デバイスモジュールのログと、リンクデータから分かったのはそれだけ。

 但し、更新日付は―――2203年


 ブラックサレナを再度調査。

 内部に特殊なエステバリス『テンカワSpl』を有するこの追加装甲装備の機体は、今の地球の技術を凌駕している。

 それがどういう意味を持つのか、長い時間をかけて私なりの結論を出した。


 ―――この機体は、そう遠くない未来から流れ着いたのだ。




 その後、私たちは一度壊滅したこのユートピアコロニーに敵が寄り付かないことを知り、この地下に生活を移した。

 木星蜥蜴の迎撃機として、このブラックサレナを傍において―――そして今。


 ブラックサレナの索敵レーダーに、コロニーへと近づいてくるエステバリスの反応があり、アサルトピットの機体識別名『テンカワアキト』の名に、体を震わせた。

 まるで何かの符合を示すかのように、テンカワアキトはココへやって来たのだ。

 勘ぐらないほうがどうかしている。


 ―――だが、その当人は、この機体のことを、まったく知らないようだ。嘘をついているようにも、見えなかった。




 
 ***




「「…………」」


 沈黙したまま、考え込んでいた女性は、唐突に顔を上げた。

 強張っていた口元を緩めて、


「……そう、わかったわ。ちょっと勘違いしてたみたいね。

 改めて紹介させてもらいましょう。

 私はイネス・フレサンジュ。

 ネルガルの研究職員の一人」


「俺、テンカワアキト……って、知ってましたよね。

 あの、俺たち、ナデシコで地球から来たんです。
 
 火星に残った人たちを助けに!」


「……どうやら、そうみたいね」


 空を仰いで、イネスさんは告げた。


「待ちきれなくなって、向こうから来てくれたらしいわ」



 ***



「……テンカワアキト、フィリス・クロフォード両名、確認しました。

 現地の人間と思われる女性と会話中。

 同時に……所属不明の機動兵器を確認」


 呼吸が止まりそうになりました。

 声が震えているのが自分で分かります。



「大丈夫? ルリルリ」

「大丈夫……です」



 ―――何故、ブラックサレナが、ココに?

 あの機体を見て、フィリス―――『アキト』さんがどう感じたか、想像に難くありません。

 記憶の奥底に閉まってあった過去を、まざまざと見せ付けられ。

 拭えない罪を思い出させて。

 自分の手が血に染まっていることを―――。





「おや、あの方は……」

「知ってるのか、ミスター」

「我が社の、イネス・フレサンジュという研究者で、ドクターでもあります。

 ナデシコの基本建造データを作成した人ですよ」

「へー」
 

「こちらに来て貰いましょう!

 メグミちゃん?」

「はい、

 アキトさん、フィリスさん、お話の途中すみませんが、ブリッジでお話を伺いたいと―――」


「ルリちゃん、ルリちゃん?」


「は、はい。

 なんでしょうか」


「……大丈夫?

 近辺の空域の索敵、お願いできるかな?」


「はい」





 ***





 ブリッジインした、俺とアキト、そしてイネス・フレサンジュ。


 イネスはプロスと会話をしている。

 アキトの視線は、モニターに写る映像―――ナデシコに格納される機動兵器―――ブラックサレナにくぎ付けだった。


『おおいブリッジ!

 格納庫に入りきらねぇぞコレ!

 分解してもいいか? いいよな!? 沈黙は了承と受け取るぞ〜!!


 ウリバタケが突如通信してきて、誰も応えられないうちに切ってしまった。

 ……よほど分解したいらしい。


「いいんですか、イネスさん?」


 ユリカの言葉に、肩をすくめるイネス。


「いいんじゃないかしら。

 あの機体は、私が造ったものではないんだし、実際に分解したところも見てみたいわね」

「なんですと?

 しかし、資料を見せていただきましたが……」

「1年前に、極冠遺跡の研究所近くに現れたのよ。

 それ以上のことは、分からなかったわ」


「しかし……このデータは、本当ですか。

 ネルガル社製のエステバリスの追加装甲として、新型バッテリーをフレームに内蔵しながら、なおコレだけの剛性を保っているとは。

 それに、可変アンテナの受信密度、推測されるバーニアの出力。

 はっ、これでは―――」


 驚きの声を上げるプロス。


欠陥品よ……もしデータ通りの数値を示すならね。

 最大出力による加速は7G。アサルトピットの衝撃吸収で4Gまでは何とか減らせる筈だけど、それ以上は無理。

 0〜4Gの変動重力を受け続ける中、機体操作を出来るワケが無い。

 人間の扱える機体じゃないわ」

「しかし……パイロットデータは」


 ちらり、とプロスとイネスはアキトの様子をうかがう。半信半疑、しかし、データが嘘を言うはずが無い。


「……本当ですか?」

「何度も言わせないで。

 1年間、毎日その記録と向き合ってきたのよ?

 勘違いなんかじゃないわ」



 二人は、調査資料と題されたその一文を、同時に読み上げた。


「「ブラックサレナ、パイロット……テンカワアキト」」



「「「ええーーーー!?」」」


 ブリッジの皆が驚く中、アキトは呆然とイネスを見返す。


「アキトがあのロボットのパイロット〜!?」

「え、俺が……?

 冗談でしょう? そんな、見たこともなかったのに。

 同姓同名の別人なんじゃ……」


「その可能性は私も考えたけどね……。

 ユートピアコロニーの名簿、最新じゃない2194年板の住民データにテンカワという姓は幾つかあるけど、アキトという名前は。

 極冠遺跡の研究者だったテンカワ夫妻の一人息子。テンカワアキトのみ―――」


「でも、本当に。

 知らないんですよ、あんな機体―――。

 それに1年前って、俺、横須賀に居たし」


「安心しろ、アキト。

 確かに、アレはお前の機体じゃない」


 これ以上、その話題に耐え切れず、俺は思わず口走っていた。


「え?」




 ***




「アレを扱う必要は無い。

 お前がブラックサレナに乗る必要は、無いんだから」


 言い聞かせるように、フィリスさんはそう言った。

 どうしてフィリスさんが? ―――でも、俺が乗ってたと言われて、そう簡単には引き下がれない。

 意味深に自分の名を告げられて、関心を持たない人がいるだろうか?

 ブラックサレナに乗ってみたいという欲求は、俺の中に確かにあった。


「う、うん。

 でも一度、乗ってみたいな。

 どれだけ凄いのか、試してみた―――」


 ばきっ!!


 殴られた―――と気づいたときには、床に這っていた。


 フィリスさんが、俺を?

 いくら罵倒しても、直接手を上げることだけは、無かったのに。

 痛みより、戸惑いが先にあった。



「二度と……アレに乗りたいなどと言うな!!

 いいか、あの機体は―――
くそっ!


 表情は見えない。しかし、駆けて行く足音だけは聞こえた。



「だ……大丈夫!? アキト!!!」


 ユリカが駆け寄ってくる。


 上半身を起こして、俺は呆けたように首を横に振った。


「大丈夫―――あの、フィリスさんは?」


「出ていっちゃったよ? ……追いかけなくていいの?」


 ミナトさんに言われて、ハッと気づく。


「あ、俺、ちょっと―――行ってき」


ダメです。

 ―――アキトさん。そんな暇は、無いようですよ?」


 ルリちゃんが……冷たい瞳で俺を見た。非難するような、そんな表情で。


「どういうこと? ルリちゃん」


 ユリカが理由を尋ねた。


「敵、チューリップ3基捕捉。

 敵艦12、機動兵器推定2300。包囲するように接近中です」


「「「!!!!!」」」




 ***




「一次戦闘配備!!」

先手必勝! ミナトさん、グラビティブラスト発―――」

「ちょっと艦長!

 ユ−トピアコロニーを戦場にするつもり?

 あの地下には私の仲間たちがいるのよ!?


 イネスさんの言葉を聞いて、皆がハッと声を詰まらせます。


て、撤回します!

 最大戦速で後退! ユートピアコロニー離脱後、戦況を立て直します!」

「りょ〜かい!」


「それにしてもどうしてコレだけの戦力が、ナデシコに……」


 不思議そうなアオイ副長の呟きに、イネスさんは何を今更、といった感じで嘲笑します。


「決まってるでしょう。

 ナデシコを強敵と認めたのよ。

 木星蜥蜴が何故、無人兵器ばかりを送り込んでいるのか、考えた事はある?」



「敵艦、グラビティブラスト来ます」

「ええ!?」


 ドゴーーーーーン!!


 ディストーションフィールドに守られているとはいえ、凄まじい衝撃がナデシコを襲いました。



「こっちが考える事を、相手がやらないとでも?

 向こうだって考えてるわ。

 火星に入ったナデシコを、ココで確実に仕留めるつもりなんでしょうね。

 これが、彼らの作戦。

 実を言うとね艦長、私は火星の人たちを、この戦艦に乗せるつもりは無かったの。

 たった1隻の戦艦で、火星に来るなんて事は、自殺行為以外の何者でもなかった」


「……むう」


「静かにしていてください!

 ミナトさん! 相転移エンジンの出力は?」


「えーと、80」


「グラビティブラスト、発射!」



 ―――!!! 





「バッタ、推定280殲滅。しかし、その群れに阻まれて、戦艦のダメージ、僅かに15%程度と思われます」

「「「ええ!?」」」

「グラビティブラストも、一撃必殺って訳にはいかないわね。

 バッタの厚い層―――個々のディストーションフィールドが、ナデシコのグラビティブラストを押さえ込んだ。

 無人兵器だから、いくら消耗しても痛くも痒くもないのかもしれない」

 
 それは、私たちナデシコの最大の武器が封じられたも同然。

 そしてなお、チューリップからは新たに戦艦が次々と排出されます。その光景に、皆は―――愕然としました。


「そんな―――」


「今まで只の母艦と思われていたチューリップの、これが本来の姿なんでしょうね。

 後から後から、いくらでも沸いてくる。……そう、チューリップは母艦なんかじゃない。

 次元跳躍ゲートの可能性があると、私たちの間では示唆されていた」


「次元跳躍ゲート……?」


「端的に言えば、空間転移のことよ。

 あのチューリップは、どこかに―――おそらく木星蜥蜴の本拠地に、繋がっているの。

 だから、アレさえあれば、ボソンジャンプを使って何処にでも行ける。

 いくらでも増援を出すことが出来る」


「そんな……」


「撤退します!

 北上して、山岳ルートを抜けて下さい!」


 艦長の決断は、それでも遅いくらいでした。


「グラビティブラスト、来ます」


 ドゴーーーーーンンン!! ドゴオオオーーーーーンン!!


 ディストーションフィールドを抜けて、ナデシコを直撃が襲いました。


「右エンジン部被弾。核パルスユニット損傷。大気圏内機動力が低下します」

「相転移エンジンは!?」
 

「無傷です。ですが―――」

『ブリッジ! どーなってやがる! 戦うのか逃げるのかハッキリしろい!!』


 顔を油と煤だらけにしたウリバタケさんが怒鳴り声を上げ。


「さきほどグラビティブラストを撃ってしまった為、出力が上がりません」


 ―――先の、無意味な攻撃をしなければ。


「で、出来る限り……急いでください」


 艦長は、震える声でそう告げ、……ナデシコは敗走しました。


えーと、幾らか励ましのメールを頂き、ありがとうございます。

どうだったでしょうか? おー、とか思ってくれたらラッキーです。

(とはいえ、TV版準拠でなくなるわけではないのですが)

それと。

続けて7話に入りますが、どうも今回、ノリが少し悪いような気がします……展開を変えたせいでしょうか。

ストーリーは決めたのに、説明だけで話が終わるのは無念。もっとキャラを動かしたいんですけどね。

これでも三回くらい書き直したんだけどなー……はふぅ。

8話から、修行し直してきます。