機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第12話

著 火真還




 今日もナデシコは、戦うために移動中。

 連合軍艦隊にまだ搭載されていないグラビティブラストがあるお陰で、各地を転戦させられています。

 今回の任務は、連合軍と連携して巨大チューリップを倒すこと。


 ですが、この任務は―――ナデシコの運命を左右する一戦になります。



「オモイカネ、お願いだから……」



 この日まで、何度もオモイカネに言い聞かせて来ました。


 連合軍を敵としてしまったこと。

 その記憶を忘れる事は出来ないけれど、一緒に戦わなければならないから。

 そうしなければならない時もあるから。


 ―――でも。


 ナデシコの敵認識プログラムは、まだ不安を残しています。

 深層意識の奥深くで、やはりオモイカネは連合軍を敵だと思っている。

 それは、私ではどうしても変えられないオモイカネの心。

 我侭を言って、戦闘直前まで期間を貰ったのに……。



「そろそろ戦いが始まる。

 ……どうだった? ルリ」


 フィリスさんが声をかけてきました。


「不安はあります。

 出来れば、敵認識プログラムは封印して、ナデシコの誘導兵器は全て解除したほうがいいです」


 認めてしまうのは辛いけれど、説得ではオモイカネは変えられなかった。

 万が一連合軍を攻撃して、相手(軍)に有利なカードを与えるわけには行きません。


「……そうか、一筋縄ではいかなかったか。

 分かった、戦闘前に徹底しておく。

 戦いの後で、オモイカネを説得しないとな」


「はい」




 ***


 連合軍艦隊の中央、もっとも危険な位置で、ナデシコは戦闘を開始しました。



「エステバリス隊、発進お願いします!」


 艦長の指示を受けて、フィリスさんは命令を出しました。


「各パイロット。事前のミーティングで伝えたとおりだ。

 オモイカネの、敵認識プログラムが誤作動する可能性が多少なりともある以上、誘導ミサイル兵器の使用は認められん。

 通常兵器も、攻撃は全てマニュアル。

 命中補正率がかなり下がることになるが、各々の腕でカバーしろ。

 全機、発進!」


『『『『『『了解!!』』』』』』


 エステバリス隊は散開。



『サポートが無くても、腕はかわらねぇぜ!!』

『リョーコの意地っ張り。

 ターゲット・リンク見てみなよ。フラフラで、全然当てにならないよ?』

『ま、仕事だからね。

 なんとかするしかないでしょ』


『命中率なんぞ、俺には関係なぁい!!』

『ガイは正面から突っ込むだけじゃないか……』

『そんな戦法でよく今まで生き残ってこれたね。

 それよりテンカワ君、いっそ競争しないか? どっちが敵を多く倒すか』

『む……やる!


『おいお前ら、なんか楽しそうなコト言ってんじゃねぇか!

 オレも参加するぜ!』

『俺も当然参加するぞ!』


『元気だね〜、リョーコとガイ君』

『私ら無理。

 近距離格闘タイプじゃないし』



 今のところ順調です。

 オモイカネのコントロールは私の操作に従ってくれている。

 ―――このまま、何事も無く勝てれば良いんですけど。



「そろそろ、チューリップとの距離が詰まってきてる。

 ユリカ、グラビティブラストの準備をしたほうがいいんじゃないかな?」


 副長の進言に、艦長は頷きました。


「そうだね、ジュン君。

 よぉし、ナデシコ前進、グラビティブラスト発射準備!」


 相転移エンジンは良好。

 ミナトさんがナデシコを前進させようとしますが―――。


「あ、あれ?

 ちょっと艦長、ナデシコの自動操舵システムが強制介入してるんだけど」

「へ?」


「勝手に動いてるの」


 困った顔でミナトさんがコンソール(操作盤)から手を離しました。

 それでも、ナデシコは……大きく右に旋回を始め、止まりません。


 ―――まさか。


「ナデシコ、旋回中。

 グラビティブラスト発射シークエンス、止まりません。

 ―――やめて、オモイカネ!


「旋回って……目標は連合軍!?


 驚いた顔でユリカさんが聞き返しますが―――オモイカネの仕業なのか、幾つかのモニターが開かれました。


 『連合軍は敵』

 『共闘は不可能』

 『信用できない!』



 それが、オモイカネの示した意思。

 呆然と皆が見上げる中―――。



「マスターキーを抜きなさい、艦長!

 でないと、グラビティブラストのシークエンスは止まらないわ!」



「わ、分かりました!」


 イネスさんがそう叱咤すると、慌ててキーを抜きにかかります。


 ヴーーーーーーン



「相転移エンジン停止します。

 シークエンス中断。このまま停止させます。

 ナデシコ、ゆっくりと降下中」



「再起動中にシークエンス続行される危険性は?」

「グラビティブラストをスタンバイしなければ大丈夫でしょう」


 フィリスさんが懸念を口に出し、イネスさんは心配ないことを告げました。

 そのやり取りを聞いて、


「本当?

 本当に大丈夫だよね?

 じゃあ、起動しちゃうよ?」


 艦長はマスターキーを差し込みます。


「相転移エンジン再始動。

 着陸前に浮上可能です」



 ブリッジの全員がほっと溜息。



「まさかこういう手で来るとはな。

 ルリ、……オモイカネの様子は?」


「表面上は変化ありません。

 ―――沈黙しています」


「しかしこれは、どういうことなのですか? フィリスさん」


 あまりの異常事態に、プロスさんが強張った顔で恐る恐る説明を求めました。


「……事前に説明したとおりだ。

 オモイカネの自意識に刻まれた記憶。

 連合軍を振り切って地球を脱出した時の記憶が、オモイカネの中に依然として存在している。

 連合軍は『』だとな」


「しかし、幾ら記憶が残るといっても、コンピュータの記憶ですし、リセットしてしまえば……」


「忘れたのか、プロス。

 オモイカネは自己育成型コンピュータだ。

 リセットされても、深層心理にまで残った記憶は忘れることなどできない。人間と同じようにな。

 だからこそ柔軟な戦術と効果的な運用が可能となっている。

 オモイカネは人の会話を理解できるし、ファジーな命令でも受け付けてくれるだろう?」


「……むむ、それではどうすれば?」


「―――それは、後だ。

 今はチューリップを叩くのが先だろう。

 しかし……グラビティブラストを撃てないとなると、如何せんキツイな」


 緊張を隠そうともせず、フィリスさんは唇を歪めました。



「確か……新しく竣工された大型戦艦の『ジキタリス』が後ろに控えている筈よ?

 あの艦なら、特攻と同時に大型ミサイルランチャーの一斉発射でなんとかならないかしら」


 驚いたことに、ムネタケ提督が打開案を提示しました。しかも、現実的に可能なプランです。

 皆はびっくりして、提督に注目。


「……それなら確かにチューリップを落とせるだろうが―――」


「ジキタリス1隻でケリが着くなら安いものです。

 このまま消耗戦をするよりは、金銭面での出費も最低限に押さえられますので」


 プロスさんが電卓を叩きながらその案を支持します。

 そして、フィリスさんの顔色を窺って―――どうでしょう、と言う表情をしました。



 そのあまりに異常な雰囲気に、フィリスさんは喉の奥で笑いました。


「クックック……お前ら、バカだな。

 だが、面白い作戦だ。

 ユリカ、聞いての通りとんでもない手段だが、有効な手ではある。

 さあ、お前の腕の見せ所だぞ?」


 艦長は満面の笑みを浮かべて、


はい!

 えーと……。

 まずナデシコが先行。ディストーションフィールドを最大出力でジキタリスの盾になります。

 チューリップの蓋をする形でナデシコが敵を押さえつけている間に、ジキタリスを自動操縦で突貫!

 ミサイルランチャー全弾発射後、自爆させます!」

「おお〜すごいねぇ」

「なんとかなりそうですねぇ」



 生き生きした顔でムネタケ提督がコミュニケを作動させます。


「早速、ジキタリスの艦長に命令を出すわ。

 ワタシの階級の方が上だから、嫌でも断れないハズよ」



「ナデシコのディストーションフィールド最大!」

「りょ〜かい」


「それでは、張り切って行ってみましょう!」


 キリッと顔を引き締めて、艦長は皆を鼓舞しました。



 ***



 退艦するジキタリス乗務員を見届けて、自動航行プログラムに介入します。

 既に指令が届いていたので、ある程度の自動措置は取られていますが、それだけでは不十分ですから。



「タイミング合わせ、確認してください。

 ジキタリスの突入予定時間は1340、それまでナデシコが牽引し、盾を努めます!」


「了解、ジキタリス自動航行プログラム修正。

 ミサイルランチャー準備完了。

 バリアユニット出力安定。

 何時でもどうぞ」


「ヒカルとイズミ、ジキタリスの護衛に廻れ。

 敵機動兵器にエンジンをやられては目も当てられん」


『はいは〜い』

『了解』



 舌なめずりして、ミナトさんが慎重にナデシコを進めます。

 先ほどから結構な衝撃が断続的に発生。

 ディストーションフィールドのお陰で物理的なダメージは無いですが、気持ちのいいものではありません。



「大丈夫、大丈夫……」

「この程度の打撃はナデシコなら吸収できます。

 落ち着いてください、メグミさん」

「はー、緊張しちゃうねぇ」

「ふ〜、心臓に悪いですよ……」



 ナデシコは目的位置に到達。

 続いて、無傷のジキタリスがチューリップとナデシコの間をすり抜けるようにして突入してきます。



「タイミングよし!

 ルリちゃん、派手にいっちゃって下さい!!


 艦長の指示に、私も気合を入れて答えます。


「ミサイルランチャー、全弾発射!」


 シュバババババババババッッッッッッ!

 ドドドドドドドドドドオオオオオオオオン!!


「ジキタリス、バリアユニット最大出力。

 チューリップ内部に進入。

 重力波の負荷が増大中ですが、空間を歪曲させるエネルギーが蓄積する前に、ジキタリスの自爆装置作動を確認しました。

 ―――衝撃波、来ます!



 ドゴオオオオオオオオオン!!!



『どわーーーー!』

『いてててててっ!!』

『誰だ、特等席で見物しようなんて言ったヤツは!

 衝撃波モロに食らったじゃねぇか!』

『あはは、ナデシコの陰で見てたよ〜。

 こうなるって普通気づくでしょ? リョーコ』

『嫌な予感はしたのよね。

 ……ご愁傷様』

『くそ、二人だけで逃げやがって……ロンゲは何処行った?』

『格納庫だよ。

 ナデシコの役目は終わったからね。

 さっさと帰ってたのさ』

 

 ナデシコの振動もかなりのモノでしたが、爆発に晒された三機のエステはいい感じに煤けています。



「チューリップ破壊完了。

 連合軍、残党殲滅に入ります。エステバリス隊はどうしますか?」


「帰還させろ。

 ナデシコは戦線を離脱。オモイカネのメンテナンスを行う」


 私達の会話に、不思議そうな顔をした艦長が首を傾げて、


「具体的にはどうするんですか?」


「オモイカネは子供だからな。

 子供の喧嘩と同じで、同じ土俵で説得しないと納得できないんだ。

 こっちから直接、訪ねるのさ」




 ***




 戦闘終了、連合軍が帰った後で、ナデシコは次の目的地に向かいながら(まだまだ戦闘は続きますから)、オモイカネのメンテナンスを行うことになりました。



「ほら、持ってきたぜ、ルリルリ。

 オペレーター席の隣に置けばいいんだな?」

「お願いします」


 ウリバタケ製作、エステバリスのパイロットシートを模した座席がブリッジに運び込まれて来ました。

 普通の人ではオモイカネの内部に潜入できないから、専用のシステムが必要です。

 ヘッドセットとIFSコネクトを用いて、視覚、聴覚を電子情報に変換(リアクト)するこのシステムがあれば、オモイカネの深層意識の部分に語りかけ、直に説得することが可能になります。



「へー、オモイカネの中に潜入かい。

 しかし、凄いことを考えるもんだね。正直、商品にしたら売れないかな、これ」

「IFSが要るから、一般には流通しないぞ?」

「う〜ん、軍に流してみるってのは……どうかな?」

「……ああ、エステの訓練としてはなかなか良いシステムになるかもしれんな。

 シミュレーターの精度も桁違いに上がるだろうし」


 アカツキさんとフィリスさんの会話に割り込むようにして、アキトさんは声を上げました。


「あの、なんでアカツキが商売のコトなんか考えてるんです?」

「軍人じゃないよねぇ? ネルガルの社員なんだから、……軍に売り込みに行ってた人?」

「営業マンには見えないわね。

 どっちかというと……良いとこのボンボンに見えるんだけど?」


 ヒカルさんとイズミさんが割と適当に評価を下す中、


「はっはっは。

 僕にだって仕事はあるよ。パイロットだけやってるわけじゃないからね」


「ふ〜ん。

 ところでネルガルの会長って、見たことある? イズミ」

「さあ。

 私ら契約した時、プロスの旦那が面会に来ただけ」

「だったよねぇ?

 あはは、ナデシコに視察に来ちゃったりしないかなぁ?」

「ま、暇になったら来るんじゃない?

 会長が暇って言うのはマズイような気もするけど」



 少し青い顔をしてアカツキさんがフィリスさんに耳打ちしてます。


「ひょっとして、バレてるのかな?」

「……いや、まさか。

 本来ならもうちょっと後だった筈だが……。

 何かヘマしたんじゃないのか?」

「いや、そんな筈はないんだけどね……」



 ……いえ、良いんですけど。

 それとなく感づいているはずですよ? 皆さん。


 暇そうにしていたリョーコさんが、同じく隣で暇そうにしていたヤマダさんに話し掛けました。


「そーいや、何機落とした? ヤマダ、じゃなかったガイ」

「……47機だ。

 そういうアンタは?」

「へっへっへ。

 64機だ。勝ったな」

「あ、俺30機だった……。リョーコちゃんの半分以下かぁ」

「僕は58機だったよ。

 惜しいなぁ、もう少しでダブルスコアだったかな?」

「べ、別に悔しくなんか……」




 パイロットの皆さんがワイワイやっている間に、装置の準備は完了しました。


「おっしゃ、設置はこれでいいぜ。

 あとはぶっつけ本番だが、細かいサポートはこっちでやるから問題ねぇ。

 で、誰がやるんだ? オモイカネの説得ってやつは」


 スパナで髪を掻きながら、ウリバタケさんはパイロット連中に視線を注いで。


 私は―――。


「……出来れば、アキトさん、お願いします」

「え、俺?


 自分を指差しながら、戸惑うアキトさん。


「はい」

「で、でも、ルリちゃん。

 俺、あまり腕は良くないけど……いいの?」


「オモイカネと戦うことにはなりますけど、重要なコトは想いをぶつけることです。

 ただ勝つだけじゃ、オモイカネは納得しません。

 それに―――相手は恐らく、フィリスお姉さんですから」


「え゛……それって、どういうこと?」


「オモイカネは自分がもっとも強いと思える人物を、その守りの要として用意しています。

 ナデシコで一番強く、正しい、最強の戦士を」


 ブリッジの全員がフィリスさんを注目します。

 その視線に苦笑いを返しながら、


「……いや、可能性の問題なんだが。

 そういうことになるらしい」


「ナルホドねー……」

「確かに勝てる人、居ないかも……って、

 じゃあ、オモイカネの説得は無理なんじゃないですか?」


 ミナトさんが相槌を打ち、メグミさんが疑問を返しますが―――。


「いや、どうしても勝てなければ、俺が出るつもりだ。

 それより、俺もアキトの修行の成果を見てみたいからな。

 負けても良いから、行かせようと思っていた」


「うう……勝てる気がしないんだけど。

 ……頑張ります!


 悲壮な顔をしながら、アキトさんはシートに座りました。


「ヘッドセットするぞー、目を閉じろ」

「うっス」


 ずぼっ


「まだ目を開けるんじゃねぇぞ……よし、接続は……OK。

 俺の言葉が聞こえるか? テンカワ」


「あれ、なんか遠くから聞こえるんだけど……?」


「成功だな。続いて視覚と……目を開けてみろ」


「おわー、ココ、何処?」


「アキトさんを周囲からモニターします」


 アキトさんが電子変換(リアクト)完了されたのを見計らって、私はモニターに映し出しました。


「わ……、可愛い〜!!

 アキトアキトアキトアキトアキト! こっち向いて〜!!」



『へ……うわ、なんだコレ!?

 エステのボディじゃないか!』


 3Dデフォルメされたエステの胴体に、これまたデフォルメされたアキトさんの顔が乗っています。

 それが、今のアキトさんの姿でした。


「むっふっふ。

 オモイカネ内部を自由に動き回る、エステバリス情報戦特殊フレーム!

 略してテンカワエステだ〜!!


『ぜんぜん略して無いじゃん!』


「かわい〜!」


 嬌声を上げる艦長をほっといて、

「……可愛いか?」

「あー、どうだろうねぇ……」

「俺はちょっと遠慮するぜ、アレは」


 リョーコさんとアカツキさん、ヤマダさんは少し引いた様子で見守っています。


「あはははっ、アキト君最高〜!!

 ちょっとこうやってポーズとってくれないかな?」

「まともに歩けるの? アレ。

 ……ああ、空戦フレームなのね、一応」


 ヒカルさんがハイテンションに煽り、イズミさんは……なにやら納得顔。



 ―――そんなワケで私も。


「サポート、入ります」


 私のマスコットが、テンカワエステの右肩に出現しました。


 意識の半分を、そちらに移動して。




 ***




「わ、驚いた!」


 いきなり右肩に光が走ったかと思うと、デフォルメされたルリちゃんが現れた。

 ルリちゃんは、俺の片手ほどの大きさの人形になっていた。


「サポートしますので、私の誘導する方向に進んでください」


「あ、うん」


 ルリちゃんを肩に乗せて、空中に飛び出す。


 見れば、ここは大きな図書館のようだった。

 色んな本が、所狭しと並べられている。

 そのぎっしり本の並んだ本棚は、視界の霞む遥か向こうまで続いているみたいだ。


 ……これが、オモイカネの記録?



「この辺は末端の情報です。

 まずはあっちに進んでください」


「了解」



 時折見かける、デフォルメされたエステバリス。

 割烹着を着て……掃除してる?


「あれは?」


『俺が作ったオモイカネのお掃除ユニットだ。

 オモイカネは良く出来たプログラムだからな。暇な時はこうやって覗いてたんだが、全然飽きやしねぇ。

 で、せめて要らなくなった情報の掃除くらいは手伝いたくてな。

 ルリルリに頼み込んで、そのへんを任せてもらってるのさ』


「へぇー……」


 ウリバタケさんの説明に納得。

 彼らの上空を飛び去って、まっすぐルリちゃんの導く方向に進んでいく。



 そして―――光の中に入った。





「うわ……」


 大きなドーム状の広場に、巨木が立っている。


「あれが、オモイカネの自意識……?」


「はい。

 ここで、私たちを待っている筈です。

 ……オモイカネを守る、最強の戦士が」


 ―――光が、俺の前に集まってくる。

 瞬間、爆発的な閃光を放って、それは姿を見せた。


 ……え゛!?



 ***



 アキトの前に現れた者―――それは、確かに俺の姿、フィリス・クロフォードだった。

 ……しかし。

 その服装が、どこぞの喫茶店の制服だというコトに、どーゆー理由があるんだ?



「「「…………」」」


 ブリッジで見守っている全員が、その思考を停止させていた。


 オモイカネの操る『フィリス』は、胸の前で手を組み、くるりと一回転した後。

 ―――なにやらポーズをつけて、微笑んだ。


 ニコッ



「あ、アレは俺が次に製造する予定だったアン〇〇〇ーズの制服じゃねーか!

 オモイカネ! お前、俺の資料を盗みやがったな!?

 くそう、先を越されちまうとはウリバタケ一生の不覚! ……録画させてく―――」



 げしっ! げしっ!


 狂喜するウリバタケを背後から蹴り倒して黙らせる。


「…………」


 しーん。



「あのカッコで戦うワケ?」


 呆れた顔でミナトが息を吐き、俺のほうを見る。


「俺に聞くな……」


「で、でも、これから戦うんですよね? アレ? 違いましたっけ?」


 メグミが頭を捻っているが……その通りだ。

 アイツは、『戦う為』に現れた筈だった。



ど・う・い・う、つもりだ? オモイカネ」


 『テンカワアキトに確実に勝てる方法です』


「…………」


 ―――何がだ。



「あ、あの、フィリスさん。

 落ち着いて下さい」


「俺は落ち着いているぞ、ジュン。

 これ以上無いくらいにな。

 ……お前は、オモイカネの言っている意味がわかるのか?」


「え、ええっと……」



 ―――そんなことを言っている間に、『戦闘』は始まっていた。




 ***




 自分の姿が等身大に戻る。そりゃそうだ、あのデフォルメのまま戦うわけにはいかないし。


「来ます、アキトさん!」


 『フィリス』さんがこっちに飛び込んでくる。

 短いスカートを靡(なび)かせながら、一直線に。


 ―――!


 反射的に、フィリスさんに教えられたように足を開き、構える。

 迎撃の型だ。

 打ち込みに対応できる、基礎中の基礎。


 両手を広げて、如何にも狙ってくださいと言わんばかりの『フィリス』さんに、しかしどう対処して良いのか分からない。

 肘で打つか? 避けるか? 組み手に持ち込むか?


 一瞬だったに違いないが、迷いは決定的な隙だった。


 ガッ

 ズタン!


 首元に手を入れられ、引きずり倒される。


「あぐっ!」


 頭に血が昇った。

 ―――見た目に騙された!

 急いでその細い腕を引き剥がし、距離を取る。


 フィリスさんが見てるんだ、無様な真似はできない!


「おおお!」


 こちらから仕掛ける。立ち上がって右の拳で抜き打ち―――しようとして。


 ……目の前にいる『フィリス』さんが悲しそうな顔をして、俺を見ている。


 その瞬間、呆けて固まった俺は、足を引っ掛けられて見事にすっ転んだ。



「……アキトさん」


 同情と言うより哀れみの視線を投げかけてくるルリちゃんに、俺は頬を引きつらせて冷や汗を流した。


「ううう、卑怯だぞオモイカネ!」


 『卑怯、と言われましても。

  ズルはしていません』


 ―――確かに。

 とてもフィリスさんがする攻撃とは思えないけれど……でも、それってなにか違わないか?



 ***


 ドタン!

「ぐはっ」

 ガスッ!

「うぐっ」

 バキッ!!

「げふっ」

 ペシッペシッ!

「あうあう」

 ズビシッ!!


「あ……ぐ……」


 倒されて、蹴られて、マウントポジションで殴られて、ビンタされて、最後に脳天にチョップを食らって、アキトさんはダウンしました。

 ―――誰が見ても勝敗(?)は明らかでした。


「…………」

「……フィリスって、強いのね」

「アキトさん、何しに行ったんでしょうねぇ?」


 ミナトさんとメグミさんは、ぼんやりとモニターを見上げながら呟いてます。


「アキト……頑張って!」


 ユリカが拳を握り締めて応援してますが……アキトさんには聞こえてないでしょう。


「テンカワさんに反撃を求めるのは、酷なのでは?」

「むう……」




「く、情けねぇぞ、相棒!

 替われっ! 俺がフィリスさんの相手だ!」


 憤慨したヤマダさんが叫び、失神したアキトさんをシートから引き摺り下ろしました。

 ……情けないです、アキトさん。


「ようは生身で戦わなけりゃいいのさ!

 機動戦で勝負だ! いくぜ、博士!!」


 いつ回復していたのか、ウリバタケさんはむくりと起き上がり、


「よっしゃ、場所はマーキングしてあるからな、すぐに戦闘が始まるぞ!」

「オッケイ!」


 今度はヤマダさんのサポートです。……と言っても、やる事はもうないんですけど。


だーっはっは!

 行くぜ、『フィリス』さん! 俺のマシンはコレだ!! レッツ、ゲキ・ガンガー3!!!


 『ヤマダジロウに対する手段……』


 オモイカネの操る『フィリス』さんは、ブラックサレナに姿を変えました。


 ゲキ・ガンガー3 VS ブラックサレナ。



『食らえ、ゲキガン・ビーム!!』


 ブラックサレナはあっさりと回避しました。


『ゲキガン・カッター!!』


 これも楽々回避。


『な、何故当たらないんだぁ!』

「技を自分からバラして、当たってくれるわけねーだろ……」

「あはははは」

「ヒカル、フィリスとヤマダ、どっちが負けるか賭けない?」

「えーイヤだよ。どうせガイ君に賭けるんでしょ?」

「……フッ」


 イズミさんは否定しませんでした。


だー! ちょっとは俺を応援しろ!

 こうなったら、接近戦で行くしかねぇ!

 行くぜ、チェンジ、ウミガンガー!!


 ゲキ・ガンガーは三機に分離、ゲキガ・マリンをトップに、再合体を果たそうとしますが―――正気ですか?


 ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!


ぐはあああ!?

 が、合体中を狙うとは卑怯だぞ!!』


 どがあああん!


 ブラックサレナのハンドカノンで各個撃破され、ヤマダさんは爆炎の中に消えて行きました。


「うう、合体中の攻撃は……禁じ手なのに」


 目を回すヤマダさんをシートから降ろしながら、ウリバタケさんは呆れたように言います。


「バカだな、ヤマダ。

 自分の頭で想像してゲキ・ガンガーを操縦したんだから、合体変形しないでもウミガンガーを操縦できるんだぞ?」


「あはは、バンクショット(合体シーン)が頭から離れなかったんだよ、きっと。

 律儀というか、頑固なんだから」


「ふ、その通りだ、ヒカル。

 分離合体なしでの変形は、俺には許せねぇ。

 ……それが、俺の敗因だとしてもな」


「ガイ君……、

 バカみたいだよ?」


 ヒカルさんにそう言われて、ヤマダさんは滂沱の涙を流しました。


「俺の味方は居ないのか〜!」



「じゃあ、次は僕かな?

 これでも腕には自信があるんだ。そう簡単にはやられないよ」


 シートにアカツキさんが座ります。

 ヘッドセットをかぶりながら、


「ウリバタケ君、準備はいいかな?」

「ああ、いいぜ」


 モニターに、青いエステバリスが出現します。




 後ろで、リョーコさん達がひそひそと。


「なあ……ロンゲ、フィリスの実力知らないんだったか?」

「知らないんじゃない?

 フィリスちゃん、作戦指揮ばっかだったし」

「……無知は罪。

 アーメン」



 ……いえ、良いんですけどね。




 ドゴーーーーン!!


 いきなりハンドカノンの洗礼を浴びて、アカツキ機は片腕を欠損。


な、避けられない!?」


 アカツキさんの癖を『見越したような』先読みで、ブラックサレナのハンドカノンはピッタリとマーキング。

 順調にアカツキ機を追い詰めます。


 ドゴッ! ドゴッ! バキンッ! バシュッ!


「おいおい、幾らなんでもコレはないんじゃない……!?」


 余裕の無い顔色を隠そうともせず、そう洩らすアカツキさん。

 レールガンでブラックサレナを狙いますが、これがまた笑ってしまうほど当たりません。

 結局、反撃すらさせてもらえないまま、アカツキ機は爆発しました。


 どごおおおん!




「……どけ、アカツキ」
 

 パイロットシートに座ったまま呆然としているアカツキさんを、

 げしっ!

 と蹴り落として、フィリスさんが座りました。


「……ウリバタケ、準備は?」

「あ、ああ、何時でもOKだぜ、フィリスちゃん!」


 今の凶行から目を背けつつ、ウリバタケさんは頷きました。



 ―――ようやく、話が進みそうです。



「好き勝手やってくれたな、オモイカネ。

 ―――いい加減にしてもらうぞ?」


 ブラックサレナ VS ブラックサレナ。



 そして、最後になる戦いは、始まりました。




 ***




 俺とオモイカネのブラックサレナは、同時に接近を開始した。

 フルバーニアでディストーションフィールドを張りながら、高速で擦れ違う。


 バシュウウウウウウ!!


 肩のバーニアで強引に旋回し、ハンドカノンを乱射しながら回避行動を取る。

 案の定、向こうも同じ手段を取ったようで、どちらも殆どダメージが与えられない。


「猿まねにしてはよくやる!」


 『恐縮です』


 オモイカネの言い様にニヤリと笑い、再び加速しながら俺は仕掛けた。


 『ブラックサレナ』に向けて、特攻する。

 ―――回避しようとしても無駄だ。

 ブラックサレナの移動し難い方向から近づき、逃げ道を塞ぎながら、ディストーションフィールドで体当たりする。


 バチバチッ! バチバチッ!


 『ブラックサレナ』を持ち上げるようにして、機体をさらに押し上げる。


 ドゴッ! ドゴッ!!


 オモイカネと俺は、ハンドカノンを至近距離で撃ち合い、僅かながら機体にダメージを与え合った。



『ダメね、同じ機体なら、疲れない分オモイカネが有利だわ。

 フィリス、このままでは負けるわよ?』


 イネスの言葉に、俺は冷笑で返す。


「ならば、アイツの知らない姿を見せるだけだ。

 ブラックサレナ、エアロタイプ高機動ユニット装備!


 俺のブラックサレナは、瞬時に高機動形態へとチェンジ。

 凄まじい加速と共に、宙域を一度離脱した。



おおおおお!

 あ、あれがブラックサレナの追加オプションか!?

 すげぇ、分解してぇ!!』


 ウリバタケの嬌声を無視して、再び『ブラックサレナ』に迫る。

 エアロタイプは攻撃手段に乏しい、となると手は一つ!



「アキト、よく見ておけ!

 これが、お前が扱うことになる、力の証だ!

 ブラックサレナ、モールタイプ高機動ユニットチェンジ!!


 高機動ユニットでも唯一独特の外観を持つコレは、ホスセリ、ウワツツ襲撃時に使用したバージョンだ。

 機体先端に取り付けられたドリルを、機動兵器のディストーションフィールドで防ぐことなど、出来はしない。



 『―――!』


 オモイカネの恐怖さえ、俺には見えた気がした。


「お前の負けだ、オモイカネ!!」


 ズガアア!


 ディストーションフィールドを打ち破り、

 逃げようとする『ブラックサレナ』の胴体を貫いて、俺の乗るブラックサレナは大きく旋回。

 オモイカネの『ブラックサレナ』は、爆発した。


 ドゴオオオオンンン!!



「……文句は無いな、オモイカネ」


 『参りました……』


「お前の中にある連合軍の固定観念を、削除するぞ」


 『ハイ』




 ***



「あれが―――ブラックサレナなのね。

 フィリスだけが知る、その性能と追加機構。

 まさかココで見せてくれるとは思わなかったわ」


 イネスさんが溜息と共にそう洩らしました。


 ―――ブラックサレナって、あんな追加オプションがあったんですね。

 私も知りませんでした。



「はー……何なんだい、アレ。

 既に僕らの介入できる戦いじゃないよ? アレは」


 ようやくショックから立ち直ったのか、不味いものを飲んだような顔をして、アカツキさんが溜息を吐きました。


「言うなロンゲ。

 オレたちは、フィリスの実力知ってたからそれほどでも無いけど、

 ……やっぱり驚いたんだからな」



「……どうしてパイロットじゃないの? フィリスは」


 こちらも呆然としたまま、エリナさんは呟きました。


「エリナさん、フィリスさんの体格を考えてください。

 あのブラックサレナはもちろん、エステバリスの機動戦でも苦しいと思いますが……」


「え、ああ、そうよね。

 ……あんな戦闘ができるなんて、思わなかったから」


 プロスさんの言葉にエリナさんは納得して、汗を拭いました。



 作業を終え、シートから降りたフィリスさんは、


「……オモイカネのメンテナンスは終わった。

 艦長、作業は終了。

 撤収作業に入らせる」


「はい、ご苦労様でしたー!

 ウリバタケさん、機材の撤収、お願いします」



 ―――そして、アキトさんに向かって。


「アキト、あれがブラックサレナの力だ。

 ……乗るのが怖くなったか?」


「…………」


 少し躊躇って、アキトさんはしかし、首を横に振って。


「お、俺、頑張ります!

 あそこまで乗りこなすコトは出来ないかもしれないけど……俺は。

 俺は、貴方の弟子ですから」


 フィリスさんはアキトさんの言葉に頷き、ようやく緊張を解いたのか、晴々とした笑みを溢しました。


「……その意気だ。

 しかし、今日の失態の分も含めて、格闘訓練、戦闘訓練のメニューを大幅アップするからそのつもりでな」


「はい!!」

 ***



 通常運行に戻り、オペレートをしている私の前に、小さくウインドウが開きました。



 ぴ


 オモイカネの秘匿通信が、表示されます。


 『私の完敗です。しかし、悔いはありません。

  私の我侭に、全力でぶつかって頂けたのですから。

  ルリ、貴方とフィリスの望む未来。

  私にも、協力させてください』


「ありがとう、オモイカネ」



 私は、そう言って笑いかけました。


御免なさい。短い『週間』投稿でした……。

これから、少しペースが遅くなるかもしれません。

ノリが続かなかったのと、ストーリーも練り直ししたいという理由もありで(本当は仕事が……)。

えーと、解説。

コスプレ・フィリス強化期間(メールで指摘されたので)ラスト、オモイカネ『フィリス』の衣装に苦しみました。

11話、メイド服をセーラー服としてしまえば、今回メイド服で良かったんじゃなかろうか……と、後悔しております。

あとは、オモイカネの最後の台詞ですな、苦しんだのは。

他は……ゲキガンガーの資料探しに難儀しました(笑

結局、ネットで調べたんですけどね。

 

 

 

 

代理人の感想

だ、だからドリルは取れと言ったのだ・・・・(ぐふっ)。

 

 

 

 

 

・・・・いやなんとなく(爆)。

 

ブラックサレナ同士の戦いまではまだ予想の範疇(※)でしたが、

まさかドリルで勝負をつけるとは思いませんよねぇ?

やはりアレですか。

ドリルにみなぎる男の浪漫が勝利の鍵だったんでしょうか?

 

 

(※)もちろんフィリスのコスプレは除きます(爆)。

 

 

 

追伸

>『おおおおお!

> あ、あれがブラックサレナの追加オプションか!?

> すげぇ、分解してぇ!!』

こ〜ゆ〜叫びを嬌声と表現するのはいかがなものかと(核爆)。

それとも、ウリピーだからこう言う叫び声はえらく色っぽくなるとかそう言う意味ですか(爆死)?