月で待機命令を出された後、ナデシコは連合軍から連絡がないのをいいことに、大幅な改良作業に突入しています。

 改良された相転移エンジンの追加―――シャクヤク用に開発された筈のYユニットの接続作業を見物しながら、


「連合軍に渡すのはもったいないからね。

 せっかく開発したんだから、使わなきゃ損だろ?」


 と、某会長は言ってくれましたが、


「シャクヤクの為に作ったのにねぇ……」


 と会長秘書にため息を吐かれたのには、かなり辟易した様子。


「……実は結構、根に持ってるな? エリナ」


「そう感じるのは心に負い目があるからでしょ。

 会長が良いって言ってるんだから、それでいいじゃない。

 ―――それより、ラピスのことよ。どうするの?」


「…………」


 アキトさんとフィリスさんが月で合流して一週間。

 親子かどうかはともかく、姉妹ならいっしょに暮らしてもおかしくはないし、私もそのつもりで部屋の整理をしてたんですけど、フィリスさんはそのへんに関してノーアクション。

 ラピスは今も、エリナさんと同室中です。ちょっと拍子抜け。


「喜ぶと思ってつれてきたんだけど。

 ちょっと残念」


「人間開発センターから連れ出してくれたのは感謝している。

 ―――ただ、な。

 俺は、この戦いが終わってからでも遅くは無いって思ってたんだ。

 ……今は戦時だからな。

 ―――それに」


 言いにくそうに言葉を切って、


「あれは……俺の知っているラピスじゃないんだ。

 ―――いや、そんなことは関係ないってことは分かってる。

 言い訳にもならないってのはな」


「……そんなに違うのかい?

 君の知っているラピスちゃんと、今のラピスちゃんは」


 アカツキさんが、ちょっと驚いた様子で口を挟みます。


「……子供のころに見せられたホラームービーって、トラウマだよな?」


「?

 まあ、そうかな」


「あれを多種多様おり混ぜて100本くらい視聴したら……まあ、そういうコトだ」


「……それは性格変わるねぇ」


 納得するアカツキさん。

 ……それで納得するのも、どうかと思うけど。


「まあ、どっちでも良いんだけど―――引き取る?

 それとも今のまま、二人のほうが良いの?」


 ずっと、二人っきり―――?

 ポッ、と頬を赤らめてみたり。


 そんな私の様子を見て、アカツキさんとエリナさんは疑惑の視線をフィリスさんに向けました。


「……いやいや、何もしてないって。

 そんな趣味はないぞ?」


 フィリスさんは冷や汗を拭いながら、誤魔化すように言葉を続けました。


「三人で住むとなると、今の部屋は手狭になるな……引っ越すか?」


「何処へですか?」


「提督の部屋。

 使ってないんだろ?」


「ハイハイ、引き取るのね。

 ……えーと、提督が帰ってきたらどうするの?」


「そのときはそのときだ。

 なんとか妥協してもらおう」


 妥協っていうか……強制的?

 ま、いいけど。


 ……?


「ハーリー君は誰の部屋で寝てるんですか?」


「アキト君と同居してるハズだけど?」


「そーですか」



 ぴ


 ちょっと様子が気になったりして。

 アキトさんの部屋へ、映像回線を開いてみました。



『ハーリー君、お皿用意してくれるかな?』


『はーい。

 ラピス、箸を並べといて』


『…………』


 どうやら、朝食の真っ最中だったみたい。

 というか、何故ラピスまで居るんでしょうか?


『わ、おいしそうですね』


『ありがとう、一応これでもコックだからね。

 ―――どうかな?』


『グッドですよ、テンカワさん!』


『はは、アキトでいいよ。

 いっしょに住んでるんだから、他人行儀でいるのも変だし』

 
『はい!』


 …………。



「仲、良いですね」


「……ラピス、あそこで朝食食べてたのね」


「他人のプライベート……」


「何か?」


「いや、いいんだ……」


 アカツキさんが何か言ってるけど聞こえないフリ。


「……世間ではもう朝か。

 俺達もさっさと作業を終わらせて休もう」


「そうね。

 ―――それにしても、いつまでやってるのかしら、アレ」


 エリナさんの視線の先。

 Yユニットの上部によじ登っているウリバタケ班長が、血走った目で指示を出しています。


「電気系統のチェックは怠るなよー!

 なにしろこいつはナデシコ本体よりデリケートだからなぁ!

 動きませんでしたなんてコトになったりしたら、お前ら全員宇宙にほっぽり出してやる!」


「「「うーっす!」」」


「班長、昨日言ってたアレ、やっとくんですか?」


「おうよ、Yユニットのおかげで出力はウナギ昇り!

 この有り余ったエネルギーを生かさねぇ手はねぇだろ!」


「流石です班長!

 イカれてますな!」


「そう褒めるなって!

 わは、わはははははははは!!」


 整備班を総動員して三日目突入らしいです。

 もぉ何を口走ってもオッケーみたい。

 ―――誰か止めてやってください。





機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第18話

著 火真還







 『かんなづき』ブリッジで、じっと前を見据える男がいる。

 大柄でがっしりとした体躯。

 思案中なのか、両腕を組んで微動だにしない。

 白鳥九十九、月臣元一朗、そしてこの男の三人を、木連の三羽烏と評する者もいるらしい。

 そう、その身を包む優人部隊の制服は、エリートの証だ。


「秋山艦長、そろそろ月軌道です。

 跳躍で、一気に月表面に移動しますか?」


「落ち着け、三郎太。

 この作戦、我々だけに任されたものではないからな。

 ―――アララギを待つ」


 窘(たしな)められた副長―――高杉三郎太は、納得の行かない表情で、秋山の目を盗み見た。

 ―――相手を恐れているのか? 艦長は。


「相転移エンジンを搭載しているとは言っても、所詮、地球人の戦艦じゃないですか。

 この跳躍砲とダイデンジンがあれば、どんな相手だろうと殲滅できます!」


「白鳥と月臣が敗北した艦だぞ? 三郎太。

 相手を過大評価するつもりはないが、事実は受け入れなければならん。

 ……ナデシコは危険な艦だ。

 草壁中将の命令、しくじるわけにはいかん」


「……はい」


 秋山源八郎は、静かに時を待つ。


 ―――慎重過ぎはしませんかね、秋山さん。

 まだ未熟な、血気にはやる三郎太には酷な試練だった。



 アララギの艦は、まもなくやってきた。


 念密な打ち合わせを行なった後、秋山は己の作戦に絶対の自信を見せていた。


「さあ、実力を見せてもらうぞ、ナデシコ!」




 ***




「どういうことなんでしょうね?」


 メグミさんが、首を傾げています。

 月面に現れた突如現れた一隻の木連戦艦は、ほぼ同じ地点から動こうとせず、何かを待っているみたいです。


 ミナトさんは、艦長のほうを向いて、


「こっちが出てくるのを待ってるんじゃないの?

 やっぱり」


 副長も同意したらしく、


「向こうはナデシコが標的ってことかな。

 ……和平は、まだ具体化したワケじゃないから。

 ユリカ、降り掛かる火の粉は払わないと」


「うん―――分かってる、ジュン君。

 でも、今までとは違うんだよ。

 ―――あの戦艦、人が乗ってるんだよね」


 ユリカさんは迷いを口にしました。


「…………」


 重い沈黙。

 相手が人であっても、今までのように戦うことが出来るのか。

 殺せるのか。

 殺さなければならないのか。

 そんな葛藤を抱えたまま―――戦うことは、出来ないのかも知れません。


「エステバリス隊は準備完了した、いつでも出られる。

 ……何を呆けてるんだ?」


 遅れてブリッジに上がってきたフィリスさんが、訝しげに艦長を見ます。

 その、微塵も迷いの無い瞳に艦長は、


「だって、相手は―――人間だから」


「……戦争だからしょうがない、とは言わないが。

 和平の考えを根付かせる為には、まだまだ時間が掛かるのは確かだ。

 それこそ、昨日今日でケリがつく話じゃないだろう?

 だが、木連からしてみればナデシコは依然、脅威だ。

 だからこそ、白鳥九十九や月臣元一朗がナデシコや―――ネルガル月面研究所の新造艦を狙ったんだからな。

 イヤだといっても向こうが放って置かない。

 まあ、こっちだってやられるわけにはいかないから、適当に相手をしてやればいいだろうさ」


 肩を竦めて見せるフィリスさんに、艦長は肩の力を抜いて、


「そっか。

 必ずしも倒す必要はないんだよね。

 ……ナデシコの実力を見せ付けてやればいいってコトかな?

 ―――うん、それなら……なんとかできるかも。

 ミナトさん! 発進よろしく!」


「はいはい」


 相転移エンジンがうなりを上げます。

 ナデシコの整備されていた頭上のハッチが開き、飛び出すようにして上昇。

 目標の敵戦艦を目指して加速しました。


「ルリちゃん、敵の装備は推測できる?」


「敵艦補足。

 該当する同系艦無し。若干『ゆめみづき』に似ていますが……。

 ―――あ」


 モニターに出力された敵艦のフレームには、見覚えがあったりして。

 思わずフィリスさんと目を合わせ、


「……もう遅いな」


「ですね」


「―――へ?」



「敵艦、主砲発射……直撃来ます」


「へ!?」


 どがああああん!!!



 ナデシコが激しく揺れて、私たちは座席から投げ出されそうになりました。

 私の後ろに居たハーリー君とラピスは私の座席にしがみ付いて耐えていましたが、支えの無かった人達は投げ出されてしまったみたい。


「わきゃあああ!?」


「ディストーションフィールドが突破されたのか!?」


 ゴートさんが驚愕の声。続けて、プロスさんもメガネを直しながら、


「なんと……!

 敵の新兵器でしょうか?」


 そんな声を聞きながら、状況を報告。


「第8ブロックで爆発!

 ただし、周囲のブロックに影響ありません」


「え、ホントに!?」


 私に聞き返す艦長。

 隣接するブロックは、通常では爆発の余波で吹き飛んでる筈。

 もちろん、それは―――。


 ぴ!



『うわはははは!

 見たか見たか、ウリバタケ渾身のスーパーテクノロジー!

 こんなこともあろうかと!

 こんなこともあろうかとっ!!

 ナデシコのブロック単位でディストーションフィールドを発生!

 被害を最小限に抑えるディストーションブロック!!

 いやー、Yユニット換装前だったら沈んでたところだぜぇ?』


『ボース粒子を観測したわ、艦長!

 あれはボソンジャンプよ!

 爆弾をボソンジャンプさせてディストーションフィールドを素通りして、ナデシコに直接、爆弾を送り込んだの!

 言うなればボソン砲!

 今までの敵機動兵器のジャンプ距離から推測すると、射程距離は2800未満!

 その範囲なら、何処にでも送り込めると思ったほうが良いわね……!』


 モニターに現れたお二人―――。

 ウリバタケさんとイネスさんが続けざまに艦長に報告。

 すぐに事情を理解した艦長は、


「て、転進してください!

 ミナトさん、ナデシコ最大戦速で離脱、お願い〜!」


「りょ〜かい!」



 煙を吹き上げながら、ナデシコは上昇。そのまま木連の戦艦から遠ざかります。

 距離、2400―――2500―――2650。

 相手はすぐにこちらの意図に気づいて追ってきますが、Yユニットを装備したナデシコは今までの倍以上の速度で離脱中。

 加速するナデシコは、なんとか射程外まで振り切る事に成功しました。



「あー、びっくりした……」


 こくこく。

 皆が安堵したのを見て、ハーリー君とラピスは溜息。

 ブリッジの雰囲気に慣れてないのか、間近で見る戦闘が怖いのか分かりませんが。

 ―――今は、二人に構ってる時間はありません。



「どうしますか、艦長?

 ……このまま逃げるわけにも」


 プロスさんの指摘に、艦長は思案顔。


「もう一度、食らう覚悟で迎え撃つというのはどうだ?

 一撃耐えれば、グラビティブラストでボソン砲を破壊できるかもしれん」


 ゴートさんの意見に、


「食らう場所によっては、グラビティブラストの発射が不可能になりますよね。

 ―――ちょっと難しいです」


 艦長はそう答えます。




「そうだ!

 ウリバタケさん、ブラックサレナは準備できますか?」


 艦長はウリバタケさんを呼び出して訊ねました。

 ―――確かに、機動兵器で長時間単独活動可能なブラックサレナなら、追ってくる敵艦のボソン砲を破壊できるかも。


「なるほど、アレだったら単独で接近できるわね、敵艦に」


 エリナさんも頷きますが―――。


 しかし、ウリバタケさんは申し訳なさそうに首を横に振って、


「すまねぇ、艦長。

 ナデシコのYユニット換装と、テンカワSplの修理だけで手一杯だったんだ。

 まだ、ブラックサレナの改修は終わってねぇ」


「そ、そーですか……」


 ブリッジは意気消沈。


 そこに追い討ちをかけるように、オモイカネの報告。


 ぴ!


「レーダーに新たな敵艦出現!

 ボソンアウトしたものと思われます。

 前方、2500!」


 ―――私の報告に驚愕するブリッジ。


「挟み撃ちってワケ!? どーするの?」


「……か、艦長!」


 ミナトさんとメグミさんが艦長を振り返ります。


「…………」


 じっと考え込んだ艦長は、


「……ルリちゃん、前方の敵艦は、追ってきてるのと同じやつ?」


 解析。


「わかりません。

 ―――多少、構造に違いはありますが、ボソン砲を装備しているかどうかは不明」


「……持ってないと判断します!

 強行突破!」


「「ええー!?」」


「ユリカ、危険じゃないのかい?」


 副長の問いに、


「……撃つつもりなら、もう撃たれてます!

 射程距離内の筈だから」


「な、なるほど」



 レーダーで、急速に迫ってくる前方の敵艦。

 そろそろ肉眼で確認できそう。


 ふと、レーダーで敵艦から極少の熱源体が多数離脱。


 ―――これは!



「敵はこちらの意図に気づいた模様!

 無人兵器、放出しました!」


「―――!」


 ブリッジに緊張が走ります。



『流石に簡単には抜かせてもらえないってか!

 フィリス、俺たちが出るぜ!』


 格納庫からリョーコさんが通信。


『……でも、ナデシコの最大戦速だと置いていかれちゃうよ?

 私たち』


 割り込んでヒカルさんが呟きます。



「このまま無人兵器の群れに飛び込むと、出力がディストーションフィールドに割かれる。

 どの道、最大戦速は保てんな……」


 フィリスさんの呟きに、私はシミュレートして推測を報告。


「予想では、無人兵器との交戦後、ナデシコは徐々にスピードダウン。

 ……30分前後にボソン砲の射程内に入ります。

 ―――接触まであと10分」


「つまり、40分後には私たち、終わりってワケ?」


「うう、そんな冷静に言わないで下さい、ミナトさん」


「……ごめん」



 しーん。




 ***




「フム、完璧な作戦だな……。

 流石、秋山さんだ」


 感心したように目を見張る男は、自慢の前髪を撫で梳きながら一人呟く。

 相転移炉を搭載した敵戦艦、ナデシコは逃げる以上の行動を取れていない。


「無人兵器、放出しました。

 アララギ艦長、主砲射程距離まで後、1000です」


 部下の報告に、アララギは少し考え込んで応える。


「いや、主砲はまだだ。

 ナデシコは一気にこちらを突破しようとしている。

 主砲を撃つ暇があったら、置いていかれないようにしないとな」


「は、はい!」



 敵戦艦はこちらの策に嵌りきってるように見えた。

 アララギは、レーダーを見ながら獲物の動きをじっくりと追っている。

 こういうときは、気分が良い。


「さあ、どうするナデシコ?」




 ***




「……ダイデンジンの出番はなさそうだな?」


「そうですね」


 ナデシコを追って20分を経過していた。

 高杉三郎太は、秋山の策略に嵌るレーダー上のナデシコを、複雑な表情で眺めている。

 ―――なんの面白みも感じない戦闘だ。

 三郎太はそっと息を吐いた。


「ナデシコ、機動兵器を展開!

 アララギ艦長の艦と接触します」


「うむ、さすがアララギだ。こちらの意図を理解しているな。

 ―――逃がすなよ、ナデシコを」


 秋山はニヤリ、と笑った。

 もう、ナデシコに逃げ場は無い。




 ***




「…………」


 八方塞。

 時間だけが経過する中、艦長は沈黙したまま。

 それも無理はありません。

 現在、敵が行っている戦術は、従来のものとは勝手が違います。

 いくら艦長が最良の手を打ったとしても、ボソンジャンプの前ではすぐに覆されてしまうというコト。


 しかし、手が無いわけではありません。

 それは、艦長も気づいている筈。


『……ユリカ、どうしたんだよ。

 ―――俺があのボソン砲を潰せば良いんだろ?』


 テンカワSplのアサルトピットの中から、アキトさんが通信。


「アキト……行ってくれるの?」


『もう、それしか手が無いんじゃないかと思ってさ。

 ―――大丈夫、うまくやるよ。任せとけって』


 内心はともかく、アキトさんは胸を張って応えました。

 頷いて、艦長は指示を出します。


「ナデシコの命運、アキトに託します。

 テンカワSplにCCの付着、お願いします!

 アキトが後方のボソン砲を破壊するまでの間、前方の戦艦、及び無人兵器はエステバリス隊の皆さんで迎撃してください!」


「命令追加だ。

 テンカワSplに追加バッテリーを。

 武装はハンドレールカノン。それとミサイルランチャーを持たせてやれ。

 アカツキとガイは状況に応じてアキトの援護。

 後ろの艦がボソン砲以外の手段を持ってないとも限らん」


『『『了解!』』』


「アキト、ボソンジャンプ後、すぐにレーダーで敵艦を確認。

 5秒後にはチャンスを失うぞ」


『了解!』


「がんばってね、アキト!」


 頷いてモニターを閉じるアキトさん。


 ボソンジャンプユニットの無いテンカワSplでは、この作戦は一発勝負。

 ―――アキトさん、がんばってください。



 ***



『テンカワさん、お先です』


『後ろのは任せたからな、テンカワ!』


 出撃しようとするイツキさんとリョーコちゃんを押しのけて、ガイが踊り出た。


『おっと、出撃は俺が先だ!

 くっくっく、今宵のゲキガン・ソードは血に飢えておる……!』


『よっ、だいこん役者!』


『分かってんだろうな、ガイ!

 そのイミディエットブレードのフィールドキャンセラーはフレームのバッテリー駆動なんだから、あんまり使うと充電が追いつかねぇぞ!

 無理すんなよ?』


『まかせとけ博士!

 木連の連中には悪いが、今の俺は絶対―――』


『いーからさっさと出ろっ!!!』


 ゲシッ!

 リョーコちゃんのエステに蹴り出されたガイのエステが、


『バカなぁ!?』


 と声を残してカタパルトを滑っていった。


『ヒカル、イズミ、イツキ!

 オレ達は、ホウセンカの陣形を取りつつナデシコの前に出る!

 ロンゲはあのバカをサポートしてやってくれ!』


『ハイハイ。

 無理して死なれちゃ面白くないからね……!』


 次々に出撃するエステバリスを見送りながら、俺はいつものように振舞う仲間に感謝していた。

 励ましあい、腕を競い合い、背中を預けられる仲間達を。


 ―――俺も、負けては居られない。



「テンカワSpl、行きます!」


 戦艦の下に出現するイメージ―――こんなんで良いのかな?

 かなりアバウトだけど。


 ええい、とにかく……ジャンプ!






 跳躍は、一瞬だった。

 突然、辺りの景色が真っ黒に―――いや、無数の星の海になって、俺は宇宙に放り出された事を知った。

 ―――ここは何処だ? うまくいったのか!?


 『敵戦艦、頭上を通過』


 レーダーで確認する前に、メッセージが表示される。

 言われるままに、上を仰ぎ見る。

 正確には上ではないけれど、機体の方向から見ての頭上―――敵艦を発見!


「さんきゅ、助かった!」


 言いながら、ミサイルランチャーを跳ね上げ、照準。


 『どういたしまして』


 3、2、―――律儀にカウントダウンしていたメッセージが0を刻む前に、トリガーを引く!


 バシュ! バシュ!


 ロックされたミサイルは、無防備なボソン砲ユニットに突き刺さった。


 ―――爆発!!



 ***



 三郎太は面白くなさそうに戦況を見守っていた。

 戦艦同士の戦いでは、補佐である自分の出番は無い。

 艦隊戦を熟知している秋山の下では、特にそれは顕著だった。

 ―――俺の望む機動戦は、夢のまた夢か。


 彼が諦めかけたその時―――。



「艦長!

 本艦の真下にボース粒子反応があります……!

 これは!?」


「なんだと!?」


 ドゴオオオン!!


「直撃です!

 敵、機動兵器の攻撃!」


 足元を襲った振動と部下の報告に、秋山は唸り声を上げた。

 艦の状態を示すステータス表示の左側、跳躍砲ユニットにレッドアラームが点滅している。


「うぬぬぬぬ、跳躍砲を破壊されたかっ!

 まさか地球連合に、あれほど小型でボソンジャンプ可能な機動兵器があったとはな……!」


「機関部にもダメージがあります!

 速度、徐々に低下中!」


 悲鳴に近い声で部下は報告。

 三郎太は、自分好みの展開になってきた事を密かに喜びながら席を立った。


「艦長、こうなったら機動戦しか無いでしょう!

 俺がダイデンジンで出ます!」


 内心喝采を上げながら、ブリッジから駆け出そうとする。

 ―――敵にもなかなか面白いやつが居る!

 たった一機で、この『かんなづき』を奇襲するとは。


「三郎太、無理はするなよ!」


「分かってますって!」


「アララギに連絡!

 作戦変更だ!」


 ブリッジで秋山が指示を出しているのを尻目に、三郎太はダイデンジンの格納庫を目指した。



 
 ***




「かんなづき、跳躍砲を破壊されました!

 作戦変更、『挟み撃ちせよ』とのこと!」


「なんだと!?」


 アララギは思わず椅子から腰を浮かせた。

 確かに、『かんなづき』は既に射程圏内まで迫ってきているが、跳躍砲を打つ気配は無い。

 予想外の事態に数瞬、指示が遅れる。


「ナデシコの前に出ろ!

 反転して、主砲をお見舞いしてやる!」


「了解!」




 ***




 レーダー上の敵座標が刻々と変化していきます。

 もう時間が無い―――ボソン砲の射程圏内に入る直前、作戦成功のメッセージがアキトさんから届きました。


「テンカワ機が、ボソン砲の破壊を確認!」


「アキトかっこいい!」


 艦長が歓声を上げますが、

 ぴ

 テンカワSpl、ジンタイプ機動兵器とエンゲージマーク。


「テンカワ機、敵機動兵器と交戦に入りました!」


「ガイ、アカツキ!」


『分かってるぜ!』


『聞こえてるよ、すぐに向かう!』


 二つの光点が後方に走っていきました。

 それを見届けた後、艦長はレーダーを再確認して、


「右に回りこみます!

 グラビティブラスト発射準備は?」


「いつでもおっけー」


 レーダーマップから、ナデシコの前後を挟む敵艦の位置がずれ始めました。

 平走している敵に対してグラビティブラストを撃つには、艦首を向けなければなりません。

 それは、敵も同じ。

 ボソン砲による攻撃が不可能になった為、敵艦もまた、艦首をこちらにむけようとしています。

 でも、こっちのほうが早い。


 完全に艦首が向く前に、フィリスさんがエステバリス隊に連絡。


「エステバリス隊、敵艦との軸線上から退避しろ!」


『『『『了解!!』』』』


 正面に居たリョーコさん達が離れるのを見計らった後、


「グラビティブラスト、集束率110!」


「目標、左側の無人兵器格納庫!

 てぇー!!!」


 バシュウウウウウウ!!


 どがあああああん!!



「命中!

 敵艦、後退します!」




 ***




「く……!」


 ダイデンジンの小型グラビティブラストを避ける。避ける。

 テツジンやダイマジンより更に一回り大きい巨体は、強固なディストーションフィールドで守られ、ハンドレールカノンの一撃さえ弾いてしまう。それ以上の装備を持たない今のテンカワSplでは、どうしようも無かった。

 もとより、ナデシコの重力波リンクの外で戦うのは無謀だろう。


 追加バッテリーの消耗を計算に入れながら、ナデシコに向かっておびき寄せようとはしているけれど、連射性能の高いグラビティブラストを避けているためか、持ちそうに無い。


『つまらないな、逃げてばかりか地球人!

 ダイデンジンの力に臆したか!?』


 好きで逃げてるわけじゃない。

 こっちにも都合がある。


「だから、白鳥さんか月臣さんから話を聞いてないのか?

 ナデシコは、別にあんた等と戦いたいわけじゃない!」


『戯言を抜かしてんじゃねぇよ!

 どうやってこちらの情報を知ったのかは知らんが、そんな手に乗る俺じゃないぜ!』


 ―――こいつら、白鳥さんと入れ違いに来たのか!?

 だから、ぜんぜん話が通じない?


 などと、戦闘から意識が逸れたのが拙かったらしい。

 追加バッテリーが切れて、自動的にパージされる。


「しまった、バッテリーが!?」


『勝負あったな!

 とどめだ、正義のゲキガン・シュート!!』


 バシュウウ!

 グラビティブラストが迫る!


 ―――ヤバイ!



『うぉりゃあああああああ!』


 視界の隅からゲキガンフレームが飛び込んで来るのが見えた。


『唸れっ、ゲキガン・ソード!!!』


 ずしゃあああああ!


 重力波がエステバリスを避けるように分かれて通り過ぎる。


 唖然。


『なっ、ゲキガン・シュートを切りやがったぁっ!?』


 ダイデンジンの驚嘆の声。

 いや、驚いたのはこっちも同じ。

 ……熱血って、凄い。


『危ないところだったな、相棒!

 ここは俺に任せて、お前はナデシコに―――あ、あれ?』


 きゅううん、とガイのゲキガンフレームもパワーダウン。

 ……おいおい。


『まったく、予想通りのことを……ウリバタケ君に言われただろ?

 フィールドキャンセラーのエネルギーはフレームから取ってるって。

 頼むから手間掛けさせないでほしいもんだね』


『すまねぇ』


『助かったよ、二人とも』


 アカツキが俺とガイのフレームを引っ張りながら、逃走を開始。

 あまりの事態に行動が遅れたダイデンジンは、


『……ふ、ふざけやがってっ!

 俺たちの神聖なゲキガンガーの真似事までするとは―――ゆるさん!

 ちょっとカッコイイとか思っちまったじゃねーか!』


 と、猛追してきた。


 ……なんとなく気持ちは分かる。

 でも、ここは逃がしてほしいなぁ。

 アカツキのフレームだって、そろそろパワーダウンする筈だ。


 黙っとけば良いのに、さらにガイは、


『フッ、お前のゲキガン魂はそんなモノか。

 俺の相手じゃないな!』


『なんだとおおおおお!』


『あ、あんまり刺激しないほうが良いんじゃないかなー?』


 グラビティブラストを何とか避けながら愚痴るアカツキに、自力で動けないくせに何故か余裕たっぷりの表情を浮かべたガイは、


『分かってねぇなぁ、アカツキ。

 ワザと怒らせてんのさ。

 あれなら、ボソンジャンプで廻り込むような機転は思いつかねぇだろ』


『……そーゆー手があったか!』


 ダイデンジンのパイロットが応える。


『おうよ。

 ―――へ?』


『『アホか〜〜〜!!』』


『じゃんぷ!』


 シュン


 あっさり廻り込まれてるし……。


『バカな奴らだ!

 墓穴を掘ったな、地球人ども!

 あの世で悔やむがいい!』


『まあ待て。

 お前には……俺たちは倒せねぇぜ?』


 ガイが人差指を横に振りながら、何か言ってる。

 その自信はどこから涌いて来るんだよ……。


『……命乞いか?

 フン、見え透いた真似を―――』


『俺のゲキガンフレームの中には、お前達が喉から手が出るほど欲しがってるものがある!』


『―――なんだと?』


 ……それって、まさか。


『お前達にとっては幻となった―――そう!

 ゲキガンガー9話、13話、33話のムービーディスク!

 こいつを消し炭にしたくは無いだろう!』


 どどーん!



『…………』

『…………』

『…………』

『…………』



 ダイデンジンはピタリと凍りついたように動かない。



『な、なんてことを……!

 貴様! それが人間のすることかぁ!!』


『……効いてるのかい? アレ』


『……みたいだね』


 ―――信じられない……ガイの作戦(?)が上手く行くなんて……。


『いやぁ、今度白鳥のヤツに会えたらコレ、渡してやろうと思って持って来てたのさ。

 俺ってイイヤツだよなー』


『はー……』


『大丈夫か? アカツキ……。

 気持ちは判るけど』


『僕はダメだね、どーもこういうノリは』


 ウンザリした様子で嘆くアカツキに、俺は苦笑いを返す。


 ぴ


 テンカワSplのアンテナが、重力波リンクを捕らえた。急速に回復するエネルギー。

 ナデシコがこちらに来ている。


『ち、ここまでか……』


 ダイデンジンのパイロットが舌打ちする。


『向こうも戦闘は終わったようだな……おいそこの木連のパイロット!

 土産だ!

 持って帰って、白鳥に渡してやってくれ!』


『俺の名前は高杉三郎太だ!

 ……いいのか? 敵の俺に―――』

 
 既にアサルトピットから顔を覗かせているガイが、小さなハードケースを投げる。

 ダイデンジンの手がそれを受け取った。


『そいつは、未来への投資ってヤツさ。

 詳しい話は白鳥九十九なら聞いてくれ、俺たちの話じゃ信用できないっていうんならな』


『……いいだろう。

 ここは―――退かせてもらう』



 ボソンジャンプ。



 ***




 戦闘終了後。


「なんとかなったねー」


「一時はどーなるかと思いましたよ……」


「一次戦闘配備の解除よろしく、メグミちゃん」


「あ、ハイ」


 慌しいブリッジは、ようやく一息。

 被弾したブロックの修繕作業、Yユニット実戦稼動後のチェック作業、いろいろと忙しいんですけどね。



 そんな中、私のそばに来たフィリスさんは、幾分躊躇いがちに―――ラピスに視線を向け、


「……あー、えっと……。

 ちょっと来てくれるか、ラピス」


 フィリスさんを見上げるラピス。

 その目には、何の感情も見えません。

 そして躊躇いもせず頷くラピスに、フィリスさんは少し苦笑を浮かべました。

 ―――ラピスは、たぶん誰にでもそういう態度を取ってきたのだと。

 不意に、私も悟りました。


「私も良いですか?」


「ああ」


「ハーリー君、後よろしく。

 つまらないコトをしたらオモイカネから報告来ますのでそのつもりで」


「え、ええ!?」


 席を立った私に代わり、ハーリー君は慌ててオペレーター席に座りました。


「いきなり言われても……ええと……わ、これって……!?」


 オモイカネにアクセスしたハーリー君は、感嘆の眼差しでこちらに目を向けました。


 ナデシコのオモイカネは、カスタム化によりオリジナルの効率を遥かに凌駕しています。

 彼がネルガルで扱っていたスーパーコンピュータとは、ほとんど別物のハズ。



「どうやったらこんな……すごい」


「見るのは結構ですけど、壊さないでください」


「は、はい……!」


 本格的に操作を始めたハーリー君の手際を少しだけ観察。

 ―――まあ、大丈夫かな。






 フィリスさんとラピスに続いて、ブリッジを出ました。


 行き先は―――提督の部屋。

 いえ、これからは私達が住む部屋です。


「ラピス、お前に会わせたい人が居るんだ。

 ―――ルリ、鍵と記録抹消、よろしく」


「はい」


「……?」


 ラピスは意味がわからないのか、きょとんとしています。


「フィリス・クロフォード。

 この身体の―――本来の持ち主だ。

 長い間、お前に会いたがっていたが、俺の意識が拒んでいたから―――会わせられなかった。

 ……だが、これからはいっしょに暮らすんだ。隠し事は無しにしておこう」


 すぅーっと息を整えて、フィリスさんは瞳を閉じました。

 おそらく、フィリス・クロフォードに意識を渡す為。



 …………。


 やがて、まったく雰囲気の異なるフィリスさんが、私達の前に現れました。

 ラピスの驚きの表情―――初めて見たような気がします。


「……こんにちわ、ラピスちゃん。

 初めまして―――もう、こんなに大きくなっちゃったんだね。

 ずっと、いっしょに居てあげられたら良かったのに」


「……え」


「会いたかったよ―――お姉さんらしいこと何もしてあげられなくてごめんね。

 いっしょに遊ぶって決めてたのに、居なくなってごめんね。

 こんなふうに、抱きしめてあげたかったの。

 ―――ずっと」


 フィリスさんはラピスの細い身体を自分の胸に抱きました。

 ラピスは抵抗しません。


「あ―――」


 そして、ようやくフィリスさんの語った言葉の内容が頭に入ってきたのか、


「お姉……さん?」


 天涯孤独で、身元も何も無く。

 ただマシンチャイルドとして―――性能だけが全ての世界で。

 生きていた少女にとって、それは……ありえなかった関係。自分の姉妹。


「そうよ……」


「う……あ」


 フィリスさんの腕の中で、躊躇いながら―――背中に両手をまわして。

 ラピスはうまく言葉に出来ないもどかしさを感じているのでしょう。

 マシンチャイルドとして、ずっと教えてもらえなかった感情が、頭の中を渦巻いているはず。


 私が、前はそうだったから。

 機械だった私が人間になれたのはココ。

 そして、できればラピスにも、そうなってほしい。




「ルリちゃんもおいで、ほら」


「え……私は、その」


「こっちこーい」


「あー……ハイ」


 フィリスさんに近寄ると、優しく頭を撫でてくれて。

 自分の顔が赤くなってるのが分かります。


 ―――あう。




 結局、フィリスさんの意識が元に戻るまで、そうやって撫でられつづけました。

 何というか……嫌ではなかったです、ええ。




 ***




 再び『かぐらづき』を訪れた白鳥九十九は、己の意思を―――草壁中将に伝えた。


 ―――はい、と。


 彼は、草壁中将の提案を受け入れたのだ。

 受け入れざるを得なかった。

 断る事は出来なかった。

 それだけの秘密を知らされてしまった以上、逃れる事の出来ぬ道だった。

 そして、彼の選択を、草壁はひとまず喜んで頷いた。


「……賢明な選択だと言わせて貰おう、白鳥君。

 早速だが、君には近々集結する木連艦隊の司令官を担ってもらいたい。

 知っているとおり、敵の目を集め、味方を纏め上げる大変な仕事だ。

 なにより、アレの為でもある。気を引き締めて掛かってもらいたい」


「はい……」


 そして、草壁春樹は更に恐ろしい提案を告げた。


「近頃は、穏健派が熱心に和平を訴えているようだが……。

 君はそれが如何に的を外れた手段であることを知っているな。

 何より、君自身がそれを望んでいたのだから」


「…………」


 反論したい気持ちはあったが、大人しく首肯する。


「君の友人である月臣元一朗も和平を望んでいると触れ回っている。

 残念だが、彼は穏健派として君を懐柔しようとするかもしれん。

 そこでだ、君の妹―――白鳥ユキナ君の身柄を一時、私の別邸に移してはどうだろうか?

 悪い話ではないと思うのだがね……」


 ―――結構です。とは、言えない雰囲気だった。


 自宅は安全な筈だった。だが、草壁の言う世間的には確かに危険かもしれない。

 それが穏健派の手の者なら、いっそ彼らにユキナを連れ出してもらえる方が安全かもしれないが。

 そんな事を言えるはずが無い。


 否定は―――いらぬ疑念を生む。

 今は、耐えるほか無かった。

 そうすることしか出来ぬ自分に腹が立つ―――が、仕方が無いことだ。


 ―――妹を巻き込んでしまうのか、俺は……!


 彼の祈りが懺悔となるか、悔恨を生むか―――。

 それは、誰にも分からない。


 九十九は、草壁に対し、黙って首肯するしかなかった。



 ***



 暗闇の中で目がさめたユキナは、自分の身に起こったことが一瞬理解できなかった。


 ―――あ、捕まったんだっけ、私。


 理由は不明だ。後ろからいきなり襲われて車に詰め込まれたのだから仕方が無い。

 その後、意識を失ってしまったので、現在地も不明。

 木連であるまじき誘拐劇だったが、まさか自分が対象になるとは……。


 こういうときは落ち着いて……現状を把握しないとね。

 身体の強張りを直しながら、気分を前向きに換えて。

 深刻に考えるからいけないのよ、もっとこう、気楽に……。


「貴重な体験しちゃったなー。

 ……絶体絶命、現在進行形だけど」


 呟いてみる。

 ……ぜんぜん気楽になれなかった。



 しかし、効果はあった。

 彼女の声に反応したらしい、隣部屋からの誰何の声。



「ユキナ……白鳥ユキナか?」


「わ、え? ええ!?

 なんで私の名前知ってるの?

 あんた誰者!?」


 聞こえたのは、少し掠れた感じのある声音だった。

 男だろう。それも、兄とそう年齢が違わないくらいの。

 自分を知っているらしい男―――しかも、同じように捕まってる人がいること―――に、ユキナは驚きながらも、疑問をぶつける。


「……ひょっとして私の隠れファン!?」


「…………」


 返事はなかった。……違うらしい。


「がっくし。

 せめて何か反応を返して欲しかったわ……ま、いいや。

 ねぇ、教えてくれない? ここが何処か」


「…………」


 沈黙―――いや、痺れを切らしてユキナが再び口を開く前に、


「……草壁春樹の私邸だ。

 もっとも、奴が帰ってくるのは月に一度、二度あれば良いほうだが」


 返事が返ってきた。

 何かを言おうとした口を閉じて、ユキナは考えを巡らせる。が、理解には程遠い。


「……なんで草壁中将が私を捕まえるわけ?

 ―――私、何もしてないよ?」


「……用があるのが君ではない、ということだろうな。

 そうか―――目的は、九十九か」


「お兄ちゃん!?」


 ―――何を言っているだろう、この人は。

 白鳥九十九は木連軍優人部隊に所属していて、草壁中将の忠実な部下なのだ。

 だから、軍がそんな事をするはずが無い。する理由が無い。


「なんでお兄ちゃんが関係してるのよ!

 えーと……」


 相手の名前が分からないから、言葉に詰まる。

 それを察して、男は躊躇いながら、


「……俺にはもう、名乗る名前は無い。

 ―――亡霊だ。ゴーストとでも呼べばいい」



 しーん。



「ごーすとぉ?

 何それ、カッコつけてるつもり?」


「…………」


 幾ら待っても返事は無かった。

 ―――機嫌損ねたかなぁ?

 いや、マジでそう思ったから否定するつもりはないけどね……と、ユキナは心の中で付け加える。


 しーん。


 半ば不安になりながら、もう一度声を掛けようとするが。



 ガチャッ



 カツッ、カツッ……




 ユキナの閉じ込められている部屋の隣。

 おそらくゴーストと名乗る男の前で止まった足音は、僅かな身じろぎの後、冷徹な声音を紡ぎだした。


「―――屋敷内では自由にしてよいと……草壁閣下から言われなかったか?

 天河明人よ」


「……俺の勝手だ。

 暗いところが好きなのさ。―――気が紛れる」


 先ほどユキナにゴーストと名乗った男は、あっさり名前を暴露されて、煩わしそうな口調で言い返した。

 その声は、ぞっとするほど低い。


「―――出立の時が来た。

 貴様にも手伝ってもらう」


「誰が……、くっ。

 っ、はー、はー、……はは、この身体で何ができるって言うんだ」


「そろそろ時間だろうと思ってな。

 お前がもっと分かりやすい場所に居れば、その苦痛もなかったのだが……」


 何かを嚥下する音。


 時間を置いて、明人は口を開いた。


「―――これは好きじゃないな……どうも頭の働きが鈍る」


「ふむ、そうらしいな。

 所詮、薬物で維持しようにも……いや、それ以上は言うまい。

 ヤマサキの造る物は、どこか信用が置けぬ」


「……同感だ」


「準備を急げ」


「……どこに連れて行くつもりだ?」


「―――地球。

 ナデシコという戦艦に乗っているオペレーター……マシンチャイルドの暗殺だ。

 つまらん殺しの仕事だが、閣下の命に背くわけにもいかん」


「…………」



 二人の男が出て行ったらしい。

 足音が遠ざかる。



 ユキナは、二人の交わす言葉が信じられなかった。


 ―――暗殺? 殺し?

 なんなのよぅ、それ……。


 しかし、それを否定してくれる者は、今は誰も居なかった。












ども、火真還です。




後書き(ちょいと今回言い分けいっぱいバージョン

17話と話のバランスが取れてない……。
イベントにばらつきがあるなぁ……17話はなぜなにと木連側ですませちゃったからか……むう。

ラピスの話は17話でもよかったねーって、そんとき気づいてれば書いてたんですが(笑

…………。

ま、いいや。完結させてから直そう。他の誤字脱字とかといっしょに。うん。



懺悔

……えーと、メールで黒アキト出ないですよね? って言ってた人、ごめんなさい。
あの時俺、黒アキトはフィリスですからねーって否定したんだけど……。

そのネタ、使わせてもらいました。
あれからずーっとそのコトが頭の片隅に引っかかってて、黒アキト出せんかなーって。

ちょいとシナリオ改変したらうまいこと行きそうだったんで、強行しました。
16話以降、ふつーにフィリス=黒アキトで進んじゃうと……先の展開読めて、書いてるほうも辛いのよ。
俺、自分で、この話どーなるんだろ、ってハラハラしながら書いてますんで(笑

……フィリスには酷かも知れませんけど(汗

とりあえず、愛と勇気で乗り切って頂戴(……愛はないかも。



解説

パワーアップした装備もそろそろ活躍しないとねーってコトで。
ここしばらくアキトしか活躍してないんで、ピースランド行く前に一戦闘。

ウリバタケ氏めちゃ忙しそう。
ガイ、かっこいいよね? ね?
ラピスは……すまん、感動の対面ってほどテキスト多くない……書いてて(俺には)向いてないなとつくづく思った。
書きやすさ:ギャグ>陰謀>感動>恋愛

そんな感じ。

 

代理人の感想

おろ。

おろ。

おろろろ。

おろろろろろろろろろろ〜〜〜〜〜〜〜〜!?

 

 

う〜む。

むむむ。

むむむむむ。

むむむむむむむ〜〜〜〜〜?!(もうええっちゅうに)

 

 

しかし、本気で意外でしたねぇ、今回。

そーするとフィリスは一体何者?

それとも天川明人が何者?