機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

エピローグ

著 火真還





「家、残ってますかね?」


「フィリスの―――アイツの親戚の言ってたこと、信じるしかないな。

 無ければ無いで、別に構わないんだ。

 ―――ただ、確認しておきたい」


 復興を始めた火星コロニーの、まだ傷痕が残る路地をネルガル製のランドクルーザーで流しながら、ルリは運転席でそう言ったフィリスの視線を追った。

 ネルガル重工の開発したエステバリスフレームの派生、都市復興を目的とした土木作業用フレームが忙しく活動している。そんなものにさえ、ウリバタケの手が加えられている事実は、彼が未だネルガルの研究室通いをしている証拠だ。アカツキの誘いに半分だけ首を突っ込んで、好きなことをしているのだろう。


 蜥蜴戦争と呼ばれた大戦は、この火星で決着を迎えた。

 地球連合と木連が、和平を結んで1年。

 多くの遺恨を残しながら、しかし時間はその大半を洗い流した。

 火星のコロニーを復興させる為に、ネルガルを始めとする民間企業が入り込んできたのはここ数ヶ月の間だ。それを知って、フィリスには復興前に行っておきたい場所があった。



 コロニーの中心から大きく外れた、人目につかない入り組んだ路地の奥。

 破壊を免れたらしい家屋の前にクルーザーを停め、表札を確認する。


 クロフォードではない、別の姓が刻み込まれた表札を指でなぞり、二回、こつこつと弾く。この家に住んでいた家族は、既に居ない。戦争が始まるより前に、事故で亡くなっている。


「養子に出ていたというのは、本当みたいですね」


「……みたいだな」


 門から敷地に入り、預っていた玄関の鍵を差し込み、捻る。


「変だな、空いてるのか……?

 いや、これは―――先客が居るのか」


 すっと―――目を細めるフィリス。何年も人の入ってない家屋に侵入するのは、ロクな者ではないだろう。ルリに下がるように促し、呼び鈴を押した上で、扉を開け放して様子を伺う。


「…………」


 土足のまま、廊下に上がる。

 懐から取り出した銃の安全装置を解除―――残弾を確認する。


「何をしている」


 いきなり声を掛けられて、咄嗟に向けた銃口の先に、真っ黒な男が突っ立っていた。男の素顔を確認して、フィリスは銃口を降ろした。


「……なんで、お前が居るんだ?」


「それは、こっちの台詞だ」



 ***



 天河明人に促されて、フィリスとルリは応接間に入った。

 開け放たれたカーテンの明かりが照らす室内は、温かさに満ちていた。


 ルリは、テーブルの上に置かれている数枚のフォト・ディスクを何気なく手にとって、訊ねた。


「……アルバムですか?」


「ああ。

 ―――この辺は全て再開発されることになっている。

 残しておいてやろうと思って、物色していた」


「なんだ、じゃあ目的は同じじゃないか……」


 肩を竦めて言うフィリスに、明人は口元を綻ばせた。


「なるほどな。

 地球で暮らしていると聞いていたが、こっちに来たのはそう言うことか」


「そう言うことだ」


「ずっと、火星に居たんですか?」


「―――他に行くところもないしな。

 イネスの所に行く、月に一度のメディカルチェックを除けば、こうしてフラフラしている。

 ……何故あそこにユリカが居るのかが、解せないんだが」


 笑って、フィリスは返した。


「暇なら訪ねてくれば良いのに」


「……止めておく。

 お前に飼い慣らされたもう一人の自分を見るのは―――正直、しのびない」


「飼い慣らす言うな。

 ……今は居ないよ、日々平穏に泊り込みで自分の味ってのを探してる」


「お前は?」


「見ての通りさ。

 やっておきたいことがあるんでね、のんびりするのはその後だ」


「月臣が頻繁に訪ねて来るそうだな」


「あれでも一応親善大使みたいなもんだからな。

 確かに、毎回家に寄っているような気もするが」


「アカツキからのアタックも、激しいと聞いているが―――」


「このまえ、偶然居合わせて、夕食ご馳走してもらっただけだよ。

 ……だいたい、何処の情報筋だ、それは」


 後ろでこっそりと手を上げるルリ。

 それに気づかず、フィリスはため息を吐いた。


「一体、何を言いたいんだ、お前は。

 ……年頃の娘を持つ親父さんみたいな会話だぞ、コレ」


 そう指摘されて恥ずかしくなったのか、明人ははぐらかすように視線を逸らした。


「この前の、九十九とミナトの結婚式―――アレを見て。

 変わってしまった歴史の違いを……改めて実感できたような気がする」


 ルリ、ラピス、ハーリーがユキナを抱き込みつつ影で暗躍した結果、早々と籍を入れてしまった二人の話題は、それなりに世間を賑わした。ピースサインするルリに構わず、フィリスは苦笑を返す。


「何を今更なことを。

 大体、歴史が変わったってのは正確じゃないな。

 ―――こうなった以上、元の世界なんてモノは、何処にも存在しない。

 遺跡が……姿を消した以上、ボソンジャンプも出来ない。

 変革した証拠ってのは、私たちの頭の中にしか残ってないんだから」


「……そうだな」


 最近になって、フィリスは自分のことを俺、と呼ぶことを控えるようになった。その心境の変化に何があったのか、明人は聞きたくなったが、口には出さなかった。



 ***



 宇宙軍、機動部隊の宿舎へ向かうリョーコは、久しぶりに見た顔に驚いた。

 似たようなネルガルの制服を着た男女―――ガイとイツキが、自分を手招きしている。


「―――あれ?

 何やってんだ、お前ら。こんなところで」


「お久しぶりです、リョーコさん」


「お、来たか。

 ちょっと暇になってな、サブを飲みに誘ったんだけど、それならアンタも誘ってみるかって話になってさ。

 ……迷惑だったか?」


「へぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!

 最近、ヒカルもイズミも顔を合わせなくてさ、飲み足りないところだったんだ」


「それ、ライオンズシックルの―――おめでとうございます。

 昇格したんですね」


「へへ、サンキュー。

 元ナデシコのエステバリス・ライダーとしては、まぁ妥当な評価さ。

 イツキはテストパイロットの方、どうなんだよ?」


「最近は、割と地味な仕事がメインなんです。

 火星復興の話、聞いてません?」


「ああ、あっちのほうのテストなのか……さすがネルガル、手広くやってんなぁ。

 ―――お前は?」


 フッフッフと含み笑いを漏らして、ガイはふんぞり返った。


「今度の新型は期待して良いぜ?

 エステバリス3のタイプ2は、アルストロメリアのオーバースペックだ」


「マジか!?

 ちくしょー、搬入時期を見誤ったかなぁ……」


「サブの部隊には、それが搬入されるってよ」


「んだとー!?

 ……許せん、一体かっぱらうか……」


「恐ろしいこと言わないでくれよ、リョーコちゃん。

 ―――よぅ、ガイ。

 遅くなった」


「やっと来たか……何時の間にか時間にルーズになりやがって。

 だんだん不良軍人になってきてないか? お前」


「はっはっは。

 言い返せないなぁ」


「ま、いいさ。

 飲みに行こうぜ、早速。

 当然、誘ったヤツの奢りなんだろう?」


 リョーコがそう言うと、


「ワリカンだ!」


 きっぱりと言い切るガイに、三郎太はショックを受けた。


「お前、職業軍人の給料知ってて言ってるのか!?

 ―――頼むぜガイ、トモダチじゃないか!」


「そーだよなぁ。

 最新鋭のテストパイロットなら、幾ら貰ってるコトやら……」


「ち、しゃーねぇな……今回だけだぞ!」


「大変ですね、ガイさん……」


「何を他人事みたいに言ってるんだ……。

 アンタも払ってくれよ」


「私、未成年ですから」


「……それと金払わないことに、何の因果関係があるんだ」



 ***



「ハイ、分かりました。

 いえいえ、仕事、頑張ってくださいアキトさん。

 こっちは出前でも取りますから」


 電話を置いて、ハーリーはため息を吐いた。この所、アキトは日々平穏で泊り込みの修行を行っている。フィリスが居れば快適なこの暮らしも、今は地獄以外の何物でもない―――キッチンを盗み見る。


「ラピス?

 晩御飯は出前にしようよ。

 何て言うかさ―――その、多分、無理だよ」


「…………」



 エプロンを着け、包丁を握り締めて、無言のままくるりと振り返るラピスに、ハーリーはか弱い抵抗を試みた。


「そりゃ、ルリさんもラピスも料理はダメダメだけどさ……。

 フィリスさんとアキトさんが居ないときしか練習できないのも分かるけどさ……。

 その……よく分からないのを食べるのは、僕……なんだよね?」


 ゆっくりと頷くラピスに、ハーリーは天を仰いだ。


 ―――神様! 迷える子羊が大ピンチです!


 残念ながら、今までその祈りが報われたことはない―――が。

 その日は、違っていた。


 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン



「はいはーい!」


 玄関のドアベルを連打するのは、今のところ一人しかいない。


「やっほー、ハーリー」


「ユキナさん!

 やった、地獄に仏!!」


「何のこと?

 ……げげ、フィリス居ないの!? アキトさんも!?」


 くるりと回れ右して逃げ出そうとするユキナに、ハーリーはタックルをかましてしがみ付いた。


「見捨てないで〜」


「ええい離せ、ハーリー!

 隙を見てラブラブ夫婦の空気から脱出したあたしに、これ以上苦難を押し付けるなー!」




 ***




「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 溜息が二つ、部屋内に吐き出された。

 地球連合宇宙軍参謀室。

 ムネタケ参謀長は、手にした報告書に目を通した後、応接用のテーブルに座ったまま肩を落とす二人に、声を掛けた。


「……ミスマル提督、アオイ艦長。

 ―――ちょっとは、その……景気のいい顔を出来んものかね。

 ユリカ君が自分で決めたコトだろう、しばらくは好きにさせても良いのでは」


「「…………」」


 二人の無言の視線に晒され、参謀長は首を竦めた。

 ミスマルコウイチロウが、机に置かれているビデオメールを再生する。それは、数時間前にミスマルユリカから届いた、近況を記したモノだった。

 看護婦のコスプレのような格好(正式には看護婦ではないのである)をしたミスマルユリカが、晴れやかな笑顔をカメラに向けていた。


『こんにちは、お父様。

 火星は今、とっても忙しいです。

 いっしょにやってくれてたメグミちゃんは、声優のお仕事が入っちゃったので、しばらくこちらには来れないそうです。

 ユリカ一人でとっても大変。

 資格を取れば、もっと忙しくなるそうなので、ちょっと躊躇してます。

 だって、ユリカがココに居るのは―――』


 再生を停止して、コウイチロウは席を立った。これ以上、自分の愛娘の言葉を聞きたく無かったのだ。―――その口から、誰の名前が飛び出すのかを。


「ユゥリィカァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 ……何度目の絶叫だろう。

 手のひらを開き、指折り数えて参謀長は溜息を吐いた。

 13回目の再生で、ようやく続きが聞けるかと思えば、その後はずっと同じ箇所で寸止めである。その度にミスマル提督は絶叫後真っ白になって崩れ落ち、アオイ艦長は嗚咽を漏らして女々しく項垂(うなだ)れる。

 ―――いい加減、勘弁して欲しい。


 しかし、口には出さず、参謀長は窓の外を見やった。

 穏やかな夕暮れが、光を投げかけていた。



 ***



「すまんな、手伝わせてしまって」


 結局、フィリスとルリは明人の手伝いで一日を潰していた。

 しかし、そのお陰か、大分片付いたらしい。駐車したクルーザーに向かう三人は、短い別れの挨拶を交わしていた。


「そのために来たんだ、気にするな。

 ……じゃ、また」


「お邪魔しました」


「俺の家じゃないんだが……」


「不法滞在でも、住んでることには変わりありません」


「そんなものか……?」


 首を傾げる明人をひとしきり笑った後、


「―――あ、忘れるところだった。

 ルリ、トランクのアレ」


「ハイ」


 クルーザーから取り出したトランクを、明人に押し付ける。


「これもついでに頼む。

 アイツの―――17歳の記念に」


「…………」


 明人はトランクを開けて、口の端を歪めた。



「……分かった。

 預ろう」









 忘れないように、仕舞っておこう。

 ――― 一つの奇跡を。


 いつか約束された、未来が来ることを信じて。



 貴方に、出会うために。















 機動戦艦ナデシコ ROSE BLOOD 完











































後書き(余韻ぶち壊し長めバージョン


ども、火真還です。

終わりました。

きっちり、予定通り、26話+エピローグで完全完結!

全話通して、ストーリー前半と後半、ノリがまったく違うような気もしますが、如何だったでしょうか?

俺は書いてて楽しかったです(笑


さて、後は……誤字脱字を直さないとねぇ……(汗

(今まで直さなかったヤツが直すのかって?
 ハッハッハ、細かいことは気にすんな)

指摘されたメールでも見直して見るか……。



では、改めて。

今まで掲示板&メールで感想を頂いた皆さん、ありがとうございました。
返信しても、宛先不明で帰ってきたメールもあったりしたけど、
一応、マメに返すようにはしてたつもりです。

頂いたメールは墓の中まで持っていきます(ぺこり







後書きの後書き(ちょっと本性で語ってみたり)

始めたものを終わらせる事ができるのは、
やっぱり熱意・意欲があるかどうかに尽きると思います。
あと、作品に対する最低限の義務。

書き上げたら、何度も自分の作品を読み返し、
描写が甘ければ書き加え、くどければ適度に縮めて、
キャラに合ったセリフをチョイスし、
頭を空っぽにしてもう一度読み返して理解できたら完成。
これくらいの気概は欲しいね(俺自身出来てるかは別にして)。

俺にとっては幸いな事に、ROSE BLOODは、長編としては
途中、興味を無くすことなく継続できた、三つ目の作になります。

前二つは、別系統作品でした。
オリジナル小説で完結した処女作(全五話)。
そのあと書いたウルトラマン物(全十三話)。

その次がナデシコってのが、我ながらどうかしてるが(笑

勿論、途中で挫折したものもあります。
オリジナル戦記モノとか、KANONSSとか。

完結しなかった最大の理由? そんなの……。
主人公にそれだけの魅力が無かったってコトだろうさ……ふっ。


さて、次は何にハマって、SS書くハメになるんだろうねぇ。

…………。

おっと、誘われたか。

(FF11の画面に向き直り、火真還は『あ、お願いします』と打ち込んだ)



 

代理人の感想

んー・・・・。読んでたほうも感無量といったところですねぇ。

思い起こせば1年半程前、初めて作品を頂いて以来、毎回の更新をどれほど楽しみにしてたことか。

同時期に連載を開始して、面白かったものもつまらなかったものも、

等しく終わりを見ることなく散っていった(おい)作品達の中で、いま火真還さんの作品が完結したわけで。

ううっ、なんか涙腺が緩いよ今日のアタシは。

 

 

 

追伸

ところでキノコ(息子)は?(爆)