そこは地球である。
皆が知る世界と同じように、人が生き、植物が根付き、獣が吼える異世界である
そう、異世界である。
星があり、
海があり、
土があり、
生があり、
圧倒的な科学と、
ごくまれな錬金術と、
人と、
獣人が住まう世界。
それが、この世界を現す言葉である。
機動戦艦ナデシコ
He said,"I am Ｂ"
第一話 「獣の声」
”疾風の鬼” テンカワアキト
サセボ・シティ。
この町は圧倒的物量を誇る工業都市として、２０世紀半ばより世界的な発展を遂げた。
その街のはずれ、海岸に面する西端が彼の現在の目的地である。
『連合軍サセボドッグ前〜連合軍サセボドッグ前〜お降りのお客様は〜』
やけに低い運転手の声が路線バスの中に響く。
利用客が二人しかいない路線バスもどうかと思うが、ともかくそこはそういう場所だった。
「ついたぞ、起きろラピス」
「うゆ・・・」
市街地から長い間バスに揺られ、すっかりおねむのお嬢ちゃんを起こしながらその男は下車準備をはじめた。
黒髪、黒いＴシャツ、黒いサングラス、黒いジーパン、黒いオールドジャンパー、黒いスニーカー、黒いスーツケース。
イヤミなほどに黒で塗り固められた男の名前はテンカワアキトと言った。
「足元に気をつけろ。転ぶぞ」
「うん・・・」
まだ開かない瞼を服の袖でこしこし擦りながら桃色の髪の少女が降車口のステップを降りた。
テンカワアキトに手を引かれているその姿は、アキトの見た目の年齢さえなければ親子に見えて相違ない。
彼女の名はラピス・ラズリ。
白桃のロングヘアー、白いブラウスと黄色い膝下スカート、白いソックス、美しい純金の瞳、歩く擬音はとてとてとて。
背中のリュックサックが不釣合いに大きいところもかわいらしい。
現在６歳、体全体から「らぶりぃ」を振りまいているお年頃だ。
アキトはまだおねむのラピスに言い聞かせる。
「いいかげんに起きろ」
「うん・・・・・・ここ？」
「ちょっと待っていろ。今プロスを呼ぶ」
広大な敷地をぐるりと囲む長い塀、その兵の向こうには無骨な外見の建物が幾つも見える。
ここサセボ・ドックは連合極東軍の主要基地のひとつである。
物量もさることながら、極東軍基地でも数少ないリアトリス上級機動戦艦の整備ドッグがあるからだ。
アキトは入り口の警備員にIDを見せ、呼び出しを頼む。
軍関係の施設という事で、ここいらの警備は結構厳重だ。
先ほど挙げた大規模整備ドックのせいもある。
日が真上にきた。
アキトの体内時計が正午をお知らせすると共に、基地からサイレンが鳴りはじめた。
・・・ちょっとずれてる。
もちろんサイレンがだ。
「・・・・・・」
ふと、ラピスが扉の影から入場警備室内に立つおねーさんに興味を寄せていた。
この子は人見知りするくせに、己の好奇心には逆らわない。
お目当ては、尻尾だった。
ふさふさの尻尾である。
なんともいえず、ほわほわの尻尾である。
毛は付け根から広がるようにふさふさで、先端に行くまでにきゅっとしぼんでて、先っぽのほうは毛が白い。
それが無意識のうちに右に左にほわりほわりと揺れるたびにラピスの心が同時に揺れる。
触りたい。
むきゅ。
「きゃっ！」
「ラピス！」
・・・ほわほわ。
素晴らしかった。
ラピスは尻尾のあまりのほわほわ感に怒られてるのも忘れて恍惚としてしまった。
あれは、いいモノだ。
一人恍惚とした表情を浮かべるラピスを他所に、アキトはサングラスをつけたままその警備員に詫びた。
「悪い、こいつは人見知りするくせに、他人の耳とか尻尾とかに触りたがる癖があってな」
「いえ、いいんです。子供のしたことですから」
警備員のおねーさんが理解のある人で助かった。
そのおねーさんの黒いショートヘアからとびだした黄色いふさふさした大きな耳がピクピクと反射神経で動いていた。
どうやらかなりビックリしたらしい。
警備員のおねーさんは確かに人の体を持っている。
そして、狐の耳と、狐の尻尾を持っている。
獣人種。
人と獣、両方の特質を持った人種。
人にあって人にあらず、ケモノにあってケモノにあらず、人にあってケモノにあり、ケモノにあって人にあり。
ニンゲンとは明らかなる異種が、この世界には存在していた。
現在、人類の約４０％がこの獣人にあたる種族である。
「この子も獣人に？」
「いや、ラピスも兆候はあるが、まだ完全にはなっていない」
「あら、そうなんですか。でもまだ子供さんですからね。ふ〜ん、ラピスちゃんって言うんだ」
おねーさんは笑いながら、ラピスの視線にあわせるために中腰になった。
そんなラピスは既にアキトの足から体半分出すような感じでおねぃさんから隠れていた。
やっぱり、人見知りするのである。
「ほ〜らほら、ちっちっち」
まるで猫をあやすようにラピスの目の高さで指を振る。
びくっ、びくっ。
ラピスの肩が動いている。猫が物陰から獲物を狙うような構えだ。
うずうずうずっ。うずうず、うず、うず、うず、ぴゃっ！
「きゃー、かわいい〜〜」
抱きっ「あうう〜〜〜」「ん〜、いい子ですねー」
ラピスは警備員のお姉さんに捕獲されてしまった。
お姉さんもよほどうれしいのか尻尾がパタパタ振られているし、耳もぴくぴく動いている。
アキトはそれを見るわけでもなく、ただ日陰でじっとしていた。
がしゃん。
そのとき、電磁扉が開いて赤いベストにチョビヒゲの見た目にも怪しい男が現れた。
ニコニコとしたスマイルフェイスは、アキトには既に見慣れた顔だった。
「いやいやテンカワさん、ラピスさん、お待たせしました」
「プロス、早かったな」
「あまり貴方をお待たせするわけには行きませんからな。ささ、ここではなんですのでどうぞ中へ。ご案内いたします」
「わかった。行くぞラピス」
「うん」
「ラピスちゃんまたね〜♪」
やっと解放してくれた警備員のおねーさんに礼をしつつ、アキトたちは歩を進めた。
この男、プロスペクターは地球圏有数の企業、ネルガルのスカウト（自称）である。
ある筋より彼と知り合いだったアキトは、直々の以来により今回の職にあり付くことになりここを訪ねたのだ。
どうやらプロスペクターは既にこの施設内では顔パスらしく、各ゲートをすんなり通してくれた。
各関門を幾つも通過し、最終的には地下整備ドック直通エレベーターへ。
「お披露目は初めてですな」
扉が開く。
目の前に広がる広大な空間、そしてその中にそびえる巨大な船影。
プロスペクターが自慢げに言を進めた。
「これが、我々ネルガルの作った最新鋭の戦艦、ナデシコで」
「変な形」
ラピス即答。
素晴らしい間のとり方だ。
「ラピス、そういうことは聞こえないように言え」
「テンカワさん、そういうことも聞こえないようにいうものです」
漫才に関してはなかなかいいトリオだった。
「ではナデシコ内を案内させていただきます。どこかご希望は？」
「ブリッジと格納庫、それからコンパートメント。コンパートメントはラピスと同室だな？」
「ええ、ラピスさんはテンカワさんの義妹ということですから、それは当然二人部屋で」
「そうか」
「役職の確認ですが、テンカワさんはパイロットという事でいいですな？」
と、一応ドック内の休憩室で契約内容を全て確認しておく。
これからの仕事と生活においてこれが決まりごとになるわけだから、全てを把握しておく必要がある。
「パイロットは通常時はブリッジにて待機、それから一日に３時間の訓練を義務とします」
「ふむ」
「ブリッジ待機は最低でも常時一名。これは夜間もですな。シフトは後で相談ということで」
「わかった」
「えー、それと危険手当のお話ですが・・・」
相手と絶対の約束をし、そして双方ともにそれを遵守する。
契約とは本来、そういうものだ。
やりたいことを契約で結び、やられたくないことを契約で禁止する。
両者の利害を確認するうえで、逃すことの出来ない階段だ。
「ラピスのも確認させてもらえるか？」
「結構です。ですが、ラピスさんの契約なので、一応ラピスさんにも確認してもらわなければなりませんが」
「結構だ」
契約書を一読し、ラピスに手渡し読ませておく。
保護者は大変だ。
もっともラピスの契約内容なんて『迷惑かけません』くらいの事しか書かれていないのだが。
全ての書類に署名と捺印を済ませると、書類をプロスペクターに渡し、これで契約終了である。
「ではこれをお渡しします。これはコミュニケといって、まあ最新型の通信機ですな。
個人専用なので艦内では必ず身につけるようにしてください。
あとこの基地内ではこれを見せれば自由に出入りできるように話してありますので外出の際もお忘れなく」
プロスがポケットから取り出した時計のようなものを二つ、アキトに渡す。
アキトはまず自分の腕にコミュニケをつけて、続いてラピスにもつけてやる。
なぜかサイズはぴったりだった。
「ではご案内します。ようこそ、我がナデシコへ」
ナデシコ内格納庫、エステバリスデッキ。
『うおおお、こりゃスゲェ！ 本当に足がある手がある立ってる〜♪』
「コルァそこのォ！ なぁにやってんだ！！」
「・・・ずいぶんと賑やかだな」
格納庫内は喧騒に包まれていた。
こういった場所は、性質上常に喧しいものだが、今日のそれはどうやらいつもとは少し質が違うようだった。
格納庫内には噂の二足直立歩行式機動兵器が数台あったが、そのうち一台がデッキ中央でくるくると踊っていたのだ。
「なんともはや・・・」
「あれもパイロットか？」
「アキト、あれ変」
格納庫の外壁に沿って設置してあるキャットウォークの上からそれを見下ろし、それぞれに言葉をもらすアキト達。
ラピスなんか指差してすでにアレ扱いだ。
下ではメガホンをもった男がまだ何かを言っていた。
「パイロットの乗艦は一週間後じゃねェのかーっ？」
『だってロボットに乗れるんだぜ！ ワクワクしちまって待ちきれねえんだよ！ ゲキガンガー・ゴーッ！』
はふぅ。
あちこちから漏れるため息数多。
「腕は一流、その他は度外視・・・あながち間違いでもなさそうだ」
「ま、それがナデシコの基本方針ですから」
ため息のうち二つほどはこの辺から出たものだ。
というか彼は自分もその一員であることを自覚しなければならない。
絶対に。
『行くぜ必殺！ ガァイ』
「やめろ！ そいつぁまだ整備中でバランサーが設定されてねーんだ！」
『スゥパァァァァ、ンナァッパァァーー！！』
ぐらり。
「あ、倒れる」
ラピスはいつまでも冷静だった。
バランサーが設定されていない機体、しかも整備中、その中で右手を高々と突き上げ片足立ち。
これはもう、倒れるなというほうが難しい。
「倒れるぞ〜〜〜〜〜っ！」
『お〜〜ッ、っと、っと、っと！！』
整備員の逃げ惑う姿、まさにきこりが切った木を避ける為に道をあけるが如し。
しかしそのロボットはなかなかしぶとく、重心があっちへ行ったりこっちへ来たり。
結局。
『よいしょぉ！』
どっしん！
四股を踏むように足を踏み下ろした。
そのとき、戦艦全部がゆれたような気がしたが特に誰も気にはしなかった。
「・・・あ〜あ〜あ〜、ムリに四股なんか踏みやがるから股関節ボロボロじゃねーか」
どうやら上長らしきメガホンを持ったメガネの男がロボット『エステバリス』のチェックにかかる。
やっぱりタダではすまなかったらしい。
「だぁっはっはっは！ やっぱいいねぇロボットは！ しかも思ったとおりに動いてくれんだからたまんねえや！」
「最新式のＩＦＳつんでんだから思ったとおり動くのは当たり前なの！ 大体おめえどこのどいつだ！」
「俺の名はダイゴウジ・ガイ！ 燃える男だ！」
ビシィっ！
胸部のコクピットブロックから出てきてポーズは決めつつその男は宣言した。
完璧だった。
しかし横でメガネがポツリと、
「おめ、登録名ヤマダ・ジロウってなってるぞ」
「それは世を忍ぶ仮の名前！ ダイゴウジ・ガイはおれの魂の名前だ！」
「あ〜はいはいわかったわかった。わかったからそこから退け」
「ぬはは、これからおれがゲキガンガーのパイロットにって何だお前ら掴むんじゃねえ、離せこらオイ〜〜っ！」
ダイゴウジ・ガイは整備員らしきつなぎの男二人に脇を抱えられて連行された。
行き先は未使用の武器用コンテナボックス、中からは絶対開かないし密閉性は折り紙つき。
バタン。（ちょっとまてーーーっ！）
連行終了。
実にテンポが良かった。
「・・・まあ、いい。プロス、俺は先にここで話をしていく。ラピスはどうする？」
「アキトについてく」
「おやテンカワさん、なにを」
「エステバリスのカスタム仕様の調整だ。乗る前に話をつける」
「なるほど、そういうわけでしたら私もついていきましょう。大きな仕事はありませんので」
「そうか」
というわけで連れ立って階段を下りる。
この格納庫だけでも機動兵器が１０機以上収まるほどの広いスペースがある。
確かこの艦にはこれだけでなく整備スペースや収納ブロックもあるはずだ。
戦艦の中でこれだけの設備を持つものはそうそうないだろう
プロスペクターが手近な整備員に話し掛けてみる。
「すんません、ウリバタケさんはいらっしゃいますか？」
「班長？ ちょっと待って、班長ーーおっ！ 客ッスよー！」
「待たせとけー」
「だ、そうで」
「わかりました」
どうやら先刻のメガネの男が責任者らしい。
大人しく待ってるのもなんなので、ちょいと格納庫を散策してみる。
エステバリス数台・・・のほかに、コクピットブロックが外れているフレームがいくつか。
これが噂の換装システムという奴か。
「おう、プロスのだんな。ナンか用か？」
「ウリバタケさん、こちらはパイロットのテンカワアキトさんです。お話していた１５番機に搭乗していただきます」
「テンカワアキトだ」
「俺はウリバタケ・セイヤ、整備班長だ。じゃあ、おめーか。あのカスタムに乗るのは」
「そういうわけだ」
ニヤリ。
ウリバタケの眼鏡の下に笑みが浮かぶ。
アキトは一切笑わない。
「まあ、カスタムっつっても基本的には他のとかわらねえからな。基本性能よりは確かに上がってるぜ」
「おや、もうできてますか」
「おうよ、このウリバタケさまの腕をなめんなってーの」
目の前にある白いエステバリスがそうらしかった。
他のものと比べて特に変わった点があるわけではない。
そもそも個人に合わせた改造は整備の作業効率を著しく低下させるだけで、大きなメリットがあるわけではない。
アキトの言うカスタム仕様とは、いわゆるソフト面での改造だ。
「反応速度のアップと各部関節の強化案な。一応これがシミュレートした結果だ。これで上の許可がもらえればすぐにでも改造に移る」
ウリバタケがアキトに資料をばさっと渡す。
アキトはそれをぺらぺらとめくりながら速読でチェックする。
「こっちが渡しておいたオリハルコンの適合具合は？」
「今、５班がいろいろと調整中だ。明日にでも結果が出る。にしても、アンタんとこのは質がいいな。参考になるぜ」
「それが仕事だ。注文どおりだな。腕のいい整備士がいて助かる」
ここまで仕上げてくれれば、あとは自分が慣らせばいい。
初の、二足歩行自立機動兵器。
この兵器の未来を生かすも殺すもここの整備チーム次第なのだ。
ズドォン！
「んなっ！」
「揺れた、地震か！」
違う、地震の揺れじゃない。
ズドン、ドンドドドドドォォン
・・・・・・これは、てきしゅうだ
「班長、この機体動くか？」
「ああっ、ばっちり動くようにゃなってる。あとはお前さんのパーソナルを記録するだけだ」
「やってくれ。３分で」
事情を、察した。
ウリバタケの口元が綻び、メガネに光が反射する。
「おうよ！ １分で出れるようにしてやらぁ！ 出撃準備ぃーッ！！ こいつを動かすぞぉ！」
『うぃーーッス！！』
「プロス、ラピスを頼む」
「わかりました。私どもはブリッジに行きますので」
「２日前に演習やったなぁーっ！ １班は機体の出撃準備、２班は発進準備と地上までの搬出路の確保だ！ 残った人員で武器の用意っ！」
「班長ブリッジに連絡どうしますかっ」
「バカヤロー緊急事態だっ！ どうせ連絡くるんだからその間に用意しときゃいいんだよ！」
『２班より連絡ー第３デッキより資材用エレベータのルート確定！』
『３，４班で手の空いているものは他の機体の出撃準備も進めておけ！』
『えーーーーっと、ルートの移動準備終わりやしたぁーっ！！』
『機体もオッケーす！ 武器はラピッドライフル一丁しか出せませんで勘弁して下さいッ！』
「パーソナル入力はとりあえず事前データを入れといた。アンタ腕は確かか？」
「少なくとも、死ぬ気はない」
ニヤリ。
「上等だ。ＩＦＳ入力にチト誤差が出るがこっちからリアルタイムで修正入れる。並行してパーソナル入力もやっからとりあえず頼むぞ」
「了解した」
「ぶっちゃけ、機動データまだ取ってねーんだ。動きは保障するがヤバイと思ったら離脱しろ！」
『ブリッジより通達、現在地上施設が無人兵器の襲撃を受けています！ パイロットはデッキへ向かい出撃してください！』
今更コミュニケで命令がかかる。
初弾命中から出撃命令まで２分強。
遅すぎだ。
「わかった。もう、いい」
その内容をジェスチャーで表現して、ウリバタケを退避させる。
だが、彼はそれに応じなかった。
「最後に一つ聞いとく・・・・・・あんたにゃ特別な設定を要求された。はっきり言って普通のパイロットじゃ耐えれねー。お前、何もんだ」
マジな顔だった。
そして、マジな奴にはマジで対応する。
アキトの信条だった。
「･･････信じるも信じないも勝手だからな」
「おうよ」
「俺は鬼だ」
１秒、２秒、３秒･･･
沈黙。
そして離脱、外部スイッチからハッチを閉鎖する。
「総員離脱ーーーっ！ こいつが出るぞぉーーっ！」
サングラスの下でそっと笑う。
いい。
久しぶりに、本気で戦えそうだ。
気分がいい。
整備班のナビコンからルートが指定され、それに続く。
全員が、格納庫にいる全員が自分に向かって何かしらの視線を投げかけているのがいやでもわかる。
その多くが、希望だということに気付く。
そう。
そうだ。
今から、ここにいる生物全てにとって初めての戦闘がはじまるのだ！
３分前 ナデシコ、メインブリッジ。
そこはやたらと騒がしかった。
「キーッ、襲われてんじゃないのよ早く迎撃しなさいよ！」
「迎撃用の武器がありませーん」
「キーーッ、じゃあ例の機動兵器を出しなさい！ 出せるだけ全部ッ！ それでちゃっちゃと倒しちゃいなさい！」
「そーゆー命令は艦長さんじゃないと出来ないのよねぇー」
「キーーーッ！ じゃあこの艦の主砲をぶっ放しちゃいなさいよっ！ ほら照準真上ッ！」
「副提督に作戦行動についての直接命令権はありません。言っちゃえば、主砲は前方にしか撃てませんし、何より動きません」
「キーーーーッ！ なんで動かないのよ！ このままじゃアタシ死んじゃうじゃない！」
「死ぬのはみんないっしょです。動かないのはマスターキーが無いからです」
「キーーーーーッ！ じゃあとっととマスターキーを挿しなさい！ ほらとっとと早く作業は迅速にが基本でしょっ！」
「マスターキーは艦長さんが持ってます。艦長は今現在到着していません」
「キーーーーーーーーッ！！！！！」
最もうるさいのは約１名以下であったが。
なぜなら、そいつは1名にすら認めてもらえぬキノコ副提督様だからである。
「落ち着けムネタケ。艦長がいない以上、地上の部隊に任せるしか無かろう」
威厳たっぷりにお答えになられたのは、専用席に座られているフクベ・ジン提督その人だった。
木星トカゲ襲来当初の火星戦における英雄であり、定年後も長く軍に居続けたがこのほど退職となり、ネルガルがスカウトした。
ネルガルにとっては思わぬ拾い物であり、手っ取り早い広告塔である。
「ホシノ君、地上部隊の展開の様子と戦況をモニターへ。あと念のために緊急出動準備の通達を各所へだ」
「了解しました」
「ナカザト君、指揮官がいない以上誰かが舵取りをしなければいかん。艦長が来るまでの指揮権を君に委任する」
「了解しました。ブリッジの指揮権をお受けします」
ナカザト・ケイジ提督補佐。
本来なら軍部からの出向として副提督の職につくはずだったが、その若さを理由にムネタケと交換された。
（早い話、将来有望なナカザトよりムネタケを左遷させたかったのである）
にも関わらず、己の意思でナデシコへの乗船を希望し、ついには軍部へ辞表を叩きつけた男である。
「レイナード通信士、防衛隊に撤退準備の連絡を。ただ今より緊急発進を開始する」
「って言うか、もう防衛隊ほとんど全滅しちゃってますよ？」
「なおのこと撤退要請だ。うちのパイロットを出して使う。パイロットに出撃準備」
「了解」
「ホシノオペレータ、ドッグ内を封鎖し、海水を注入。５割注水完了後に可能な状態だったら相転移エンジン始動」
「了解です」
「ハルカ操舵士、エンジン制御を一任する」
「了解」
ちなみに彼は御年二十歳。
連合士官大学の優秀卒業生である。
その実力、推して知るべし。
そのとき、プロスペクターはブリッジに到着した。
格納庫からブリッジフロアまでは直通のエレベータが通っているのだ。
「遅れて申し訳ありません」
「遅いぞミスター」
「キーッ、あんた何やってたの！ さぁはやく艦を動かしなさい今すぐ早く早急にッ！」
「お忙しいようなので簡単にご紹介いたします。今日からナデシコに乗ってもらいますラピス・ラズリさんです」
「・・・・・・」
キノコは無視。
きゅっ。
知らない人、知らない大人、うるさいキノコ。
その雰囲気にラピスは完全に飲まれてしまった。
自然と、唯一知っている、（比較的）信用できる、（まァまァ）優しいプロスペクターのズボンにしがみついてしまった。
赤いズボンからチラリとのぞく幼い少女。
一部の人間をヒットするのには十分すぎた。
「いや〜ん、可愛い可愛い可愛い〜♪」
「ミナトさんはしゃぎすぎです・・・あ、でも可愛い〜♪」
「ね〜、メグちゃんもそう思うでしょ〜？」
緊張感ナッシング。
「・・・艦長はまだいらしてないのですか？」
「まだです。プロスペクターさん、到着予定は？」
「正午です。おかしいですな〜、もうとっくに過ぎているというのに」
ばたばたばたばた
ぷしゅ
「遅れてすみませ〜ん。艦長の、ミスマルユリカで〜す！ぶいっ！」
「っはぁはぁはぁ、ユリカ早い・・・あ、副長のアオイジュンです・・・・・・」
「・・・馬鹿？」
ハイ、お約束。
「ミスマル・・・時間に遅れるなと何度言った？ あとアオイ、監督責任というつもりはないがせめて自分だけでも時間通りに来たらどうだ？」
「あれ、なんでナカザト君がここにいるの？ 連合軍にいたんじゃなかったの？」
「私はここの提督補佐だ！ 艦長ならクルーの事ぐらい把握してろ！ 頼むから！」
「ハァハァハァ・・・ごめんナカザト、とりあえず現状を報告・・・」
ちなみにこの３人は連合士官大学の同期生であり、ユリカ、ジュン、ナカザトの順で成績上から三番というメンバーだった。
同時に、在学中にユリカとゆかいな仲間達の異名を取り、ユリカにもまれた奴らでもある。
やたら不機嫌な声でナカザトが続ける。
「現状報告、現在地上施設が敵無人兵器により被攻撃中、本艦はドッグへ注水し緊急発進準備中です」
「地上の防衛隊は？」
「現在ほぼ壊滅状態。撤退要請を出し、本艦所属の機動兵器を出撃させます」
「わかりました。そのパイロットさんに囮をしてもらいます。ナデシコは海面へ浮上したあと主砲で敵を殲滅します」
「現在を持って指揮権を提督補佐から艦長に戻します」
敬礼。
軍隊らしい堅苦しい敬礼だ。
この辺に真面目くさいこの男の性格がにじみ出ている。
ユリカは遠慮なくマスターキーをセット、同時にエンジンが起動し一気に灯が灯る。
「通信士さん、パイロットの人と格納庫の人に連絡をとって下さい」
「てゆーか、もうロボット出てますよ？」
「へ？」
『ブリッジ応答願う』
「タイミングいいですね。はい、こちらブリッジ」
回線が開いて、メインモニターにコミュニケウィンドぅが展開される。。
上っているらしいエレベータの中にエステバリス、そのアサルトピットには黒ずくめの男。
パイロットスーツは着ていないが、彼が正式パイロットなのだろう。。
「えっと、所属と氏名をお願します」
『作戦部所属、指定パイロットのテンカワアキトだ。話は聞いた、囮をすればいいんだな』
「そーです！ 無理だとわかったらとっとと逃げちゃってください！」
『・・・そういう命令は士気に関わるぞ』
「パイロットさん、今からデータを送ります。そこの地点に８分後に到着するようにしてください。出来るだけ敵を固めといて下さいね」
『わかった。オペレータ、情報の逐次報告を頼む』
「了解です」
アキトは、そこで初めてサングラスを取った。
折りたたんでしっかりジャンパーの胸ポケットへおさめる。
しっかりと見開かれた、黒い瞳。
吸い込まれそうな丸い瞳が、静かに、
縦に割れた。
「えっ・・・・・・」
一瞬、ユリカの言葉だけがブリッジに響いた。
テンカワアキト、十八歳
獣人種族、鬼。
アキトの駆る白いエステバリスが、地上に姿を現した。
すでに地上軍はその姿を消していた。
バッタとジョロと呼ばれる敵の無人兵器がこちらを注視していた。
レッツプレイ ディス プログラム
さぁ、舞台の始まりだ。たっぷり、殺ってやる。
アキトの額に突起が二つ生まれ、徐々にそこの肉が盛り上がりはじめる。
コンマ数秒たたぬ間に、肉を突き破り、そこには白い骨のようなものがあった。
角だ。
アキトはゆっくりと息を吸った。
Ｕｏｏーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー！！！
その声は、凄まじく響き渡り、全てのものの心に刻まれた。
本物の鬼が、今目の前で、その姿を見せたのだ。
「うわ・・・」
「なんか、凄い・・・」
「確かに凄いですけど、あの人、囮してません」
「・・・ミスター、あれが例のＰＯか？」
「そうです。ってゴートさんいたんですか」
体は大きいくせに存在感のない大男、ゴート・ホーリー。
無口すぎて会話に入り込んでくることがまずない、そのせいでどんどん存在感が薄れていく不遇の人。
「流石だな。実力は折り紙付だが、機動兵器をここまで扱えるとは思わなかったぞ」
「それなりに修行は積んでいるのでしょうな。少々やりすぎな気もしますが」
「テンカワ機、現在被弾率０％。敵撃墜数３２。あ、３３になりました」
鬼、というのは見た目だけのことではなかった。
アキトは出撃してから、囮としての戦いをしていなかった。
殴る、蹴る、撃つ、貫く、潰す、屠る。
それは囮として逃げる戦いではなく、相手を全滅させる戦い方だった。
「なによなによ、あんなすごい戦い方が出来るパイロットなんかどこにいたのよ！いるんなら早く出せばよかったじゃない！キーーーっ！」
「しかし予想以上の戦い方だな。データでは基礎的な訓練しか受けていないとのことだったが」
「結構なことだよ。戦力は高いほうが・・・あれ、ユリカどうしたの？」
ナカザトとジュンは結構冷静に戦力を判断していたが、ユリカはそうではなかった。
ユリカは何かに脅えるような目をして、真っ青になっていた。
歯の根があっていない、カタカタと音を立てて震えている。
「テンカワ・・・・・・・・・・アキ・・・ト・・・・・・」
「ゆ、ユリカ？」
「オペレータの女の子！」
「ホシノルリです」
「ルリちゃん、あのパイロットの人の個人データ、登録してあるだけ全部表示！」
「了解しました」
艦長席の回りにオモイカネ特性ポップアップウィンドゥがいくつも開く。
気を利かせて目の前には顔写真入のプロフィールを。
「機動戦艦ナデシコ作戦部所属パイロット、テンカワアキト。１８歳。出身地は火星ユートピアコロニー」
「あれ、それって確かユリカと同じ」
「ナデシコ搭乗前は知人が起こした会社に就職していましたが」
「もういい」
ユリカはルリが朗読しているプロフィールを顔写真のみを残して全部閉じた。
顔色はさっきにも増して青くなっている。
「まさか、生きてたなんて・・・」
「艦長〜、ドッグ内注水率８０％、相転移エンジン稼働率７５％になったわよ」
「・・・・・・機動戦艦ナデシコ、発進します」
「了解〜」
「通信士さん、パイロットとの通信を切ってください」
「え？ でも、まだパイロットの人に退避命令出してませんけど」
「切って！」
「はっ、はい！」
「機動戦艦ナデシコはこのまま海底より浮上、しかる後に主砲掃射にて敵を排除します！ グラビティブラスト、チャージ！」
「チャージします」
矢継ぎ早の命令、だがしかし、その命令にはっきりと穴があることはわかりきっていた。
副長のアオイジュンがそれを止める。
「ユリカ、パイロットに命令を出さないと、彼まで巻き添えになるぞ！」
「大丈夫です。あの人ならきっと避けます」
その言葉に迷いはなかった。
だが、その表情はさっきまでと違い、一切の感情が抜け落ちているようだった。
「・・・ユリカ、キミは」
「ゲート開きます」
「・・・・・・・・・・・・アキトが悪いんだからね。私の前に出てこなければよかったのに」
その呟きは誰にも聞き取れなかった。
すでに敵の数は半数以下にまで減っていた。
だがそれでもゼロにはならない。
アキトは、無人兵器から飛んでくるミサイルを目で確認しつつ避けていた。
エステバリスのコックピットの中にいるアキトは、獣のように口を開けて大きく息をしていた。
疲れからくる過呼吸ではない。
それは、動物が獲物を狙うときの興奮に似たものだった。
そしてそれはまさにその通りなのだから。
「ハァッハッハッハ、どうしたどうしたぁ！」
それはさっきまでの口数少ないアキトとは対照的だった。
狩りによる高揚感に目覚めた獣、まさにそのままの姿だった。
額のツノ、縦に割れた瞳、そして大きく開かれた口には２本の牙。
鬼。
日本のみならず東南アジア各所の伝承に残る異形の怪物。
醜悪な形相と恐るべき怪力をもち、特徴的なのは額のツノと鋭い牙。
まさに今のアキトの姿がこれだった。
「・・・遅いな、もう８分は充分に経っただろう」
アキトがもう３桁に届くかという敵を殴り潰した時、ふとそう思った。
力に酔い、高揚していてもなおかつ冷静だった。
無人兵器どもはもうこの基地に興味がないらしく、遠巻きに自分を囲んでいる。
この状態で熱くなるばかりでは、命がないからだ。
アキトのコミュニケに通信が入ったのはその時だった。
『パイロット、すぐにそこから離脱しろ！』
「なに？」
『あと１０秒でナデシコは海面に出る！ 同時に主砲が行くぞ！』
『ジュンくん！ 余計なことしないでっ！』
最後の声にはしっかりと聞き覚えがあった、というより、アキトはそれが誰か知っていた。
だが反応はしない、そのままエステバリスを海に向かって走らせる。
確かに気配があった。
無人兵器どもが後を追ってくる。
『ルリちゃん、グラビティブラスト発射用意！』
『待てユリカ！ このままだと彼も巻き添えに！』
アキトは海に向かって飛んだと同時に後方のバーニアを吹かして空中に舞う。
所詮陸戦型、長い時間の滞空は不可能だが、その心配もなかった。
海面を割って、白い船体が姿をあらわす。
『敵、全て射程内。パイロットさんはすでに射程から離脱しています』
『・・・チッ、グラビティブラスト、発射！ 目標、敵まとめて全部！』
『発射します』
地上の爆撃音にまぎれて、ユリカの舌打ちは誰にも聞こえなかった。
そして、主砲、グラビティブラスト。
相転移エンジンから得られたエネルギーにより重力波を収束して打ち出すナデシコの主力武器。
その力は、実際に使ってみてはじめて実感できる威力だった。
まさに一撃必殺。
『敵無人兵器、全機消滅を確認しました』
『す、すごい・・・・・・』
『残存兵力ゼロ、戦闘を終了します。基地の被害は甚大なれど死者ゼロ。重軽傷はあわせて８０人てところですね』
『う、嘘よ・・・こんな馬鹿げた兵器あるわけないわ』
ジュンくんとかいってたから副長のことだろうが、彼の開いたコミュニケから喧騒が伝わってくる。
ともあれ初陣は勝利ということだろう。
アキトはゆっくり気を抜いて、自らの獣の部分を押さえつけた。
額からポロリ、と角が取れる。
「ふう・・・」
そのツノをもてあそびながら、アキトは通信画面に注目した。
賛辞を送るもの、見知った顔のもの、なんだか微妙な反応をするもの、さまざまだったが、アキトの視線は一人に集中した。
高い席で自分を凝視する一人の女。
ミスマルユリカ。
かつて・・・自分に傷を残した女の子。
「ふふ・・・・・・また、俺を狙うかな？ ゆ・り・か？」
その言葉には、自嘲が含まれていた。
サングラスをかけなおして通信を切る。
これが機動戦艦ナデシコの旅立ちであった。
久しぶりにナデシコ小説を書きたい欲求にかられて書いて見ました。
皆様いかがお過ごしでしょうか？ hiro-mk2です。
鬼っていいですよね。
童話では悪者なのにここ最近の漫画とかではそういう柵なくかっこいいですから。
だからとりあえずやってみたらこうなりました。
というわけで、この話の中では人が獣人に変身したりします。
成り行き上、ケモノ娘出し放題ですよ。
ネコミミもイヌミミもキツネミミもなんでもありですよ。
さてどうしてくれよう・・・
本当はこれ以外にもいくつかのコンセプトがあるんですけど、それはまたおいおいということで。
ま、とりあえず続けることを目標にします。
ではでわ。
代理人の感想
ふーむ。
第一話は素直に面白いですね。
つーかある程度でも面白いと思えた第一話は久し（ZAPZAPZAP)
―――――――――しばらくお待ちください―――――――――
おほん。
微妙にユリカヘイトになる可能性を残しているのが気がかりですが、
ちゃんと物語に昇華してくれるものと信じます。
ではまた次回。
追伸
継続は力なり、というのは「継続するには力が要る」という意味ではないかと思える今日この頃（自爆）