地球にはその周囲を覆うようにぐるりと地球防衛ラインがしかれている。
その概要は以下の通りだ。
通常戦闘機による、最終防衛ライン。
地上からのスクラムジェット戦闘機による、第６防衛ライン。
同じく空中艦隊での攻撃による、第５防衛ライン。
地対空弾道ミサイルによる、第４防衛ライン。
宇宙ステーションから発進する機動兵器による、第３防衛ライン。
戦闘衛星からの高高度ミサイルによる、第２防衛ライン。
ビッグバリアによる、第１防衛ライン。
現在宇宙に出るためにはこれだけの防衛ラインを全て突破しなければならない。
これは地球外から地球への場合も同じだが、こと敵性体に関しては決して有効な手立てではない。
小型、中型はともかく大型のチューリップなどには無理に突破されてしまっているからだ。
ともかく、ナデシコが宇宙に出るためにはこのビッグバリアを突破しなければならないのだ。
機動戦艦ナデシコ
He said,"I am Ｂ"
第五話 「獣の昂ぶり」
”燃える男” ダイゴウジ ガイ
『ナデシコ、許すまじ！』
スペイン、マドリードの郊外に位置する地球連合統合作戦本部には怒号が響いていた。
ここはその総司令部内大会議場。
地球連合軍の各方面、各国の代表が肩を並べて一人の男の演説を聞いていた。
『国家対国家の紛争が終わった今、地球人類は一致団結して木星蜥蜴と戦うべきである！』
その男は黒人で、若くして地球連合軍総司令の職についた男だった。
まだ５３歳、働き盛りまっしぐら。
そしてこの会議の内容は、ネルガル重工社製の機動戦艦ナデシコについてであった。
『しかしナデシコは火星に行くという！ 我々地球連合軍はこれを許してはならない！』
総司令は血気盛んで正義感に溢れた男だった。
彼の正義の中では、ナデシコは力をあわせて戦う連合軍を裏切って火星に行く反逆者なのである。
『総司令、緊急連絡です』
『なんだと？』
『その・・・・・・ナデシコからです』
回線オン。
『あけまして、おめでとうございまーーす！』
「Ｏｈｈーー！」
「Ｆｕｊｉｙａｍａー！」
「Ｇｅｉｓｙａー！」
口々に叫ぶ各国代表の皆様方。
何百年経とうと日本のイメージなんてそんなもんである。
大会議場の壇上には話題の機動戦艦ナデシコの艦長、ミスマルユリカ嬢が大写しになっていた。
しかもなぜか着物で。
後ろではフクベ提督が渋い顔をしている。
『艦長、やはり私が代わろう。君は緊張しているようだ』
『いいえー、このくらいのことは私にやらせてくださいよ。それに向こうは日本語わかりませんし』
「・・・・・・キミは、まず国際マナーを身につけるべきだな」
『・・・・・・あら？』
総司令たるもの、語学に秀でていて当然である。
極東方面軍１０年勤務は伊達ではない。
ちなみにナデシコのブリッジではユリカ他、ミナト、ルリ、メグミも着物に着替えていたりする。
場慣れしているミナトとメグミは愛想を振り撒いたりなんかしちゃったり。
『ほら、ルリちゃんも笑って笑って』
『ミナトさん、複雑です』
少女本人はどうしていいかわからないご様子。
それはそうとユリカが話を切り出した。
『時間がないので手短に説明します。ナデシコは２時間後に地球引力圏を脱出したいんですけどぉ、
このままだとバリア衛星を破壊して突破していくことになっちゃいます。
で、私たちもナデシコを傷つけたくないので、バリア衛星を解除してくれたらユリカすっごくうれしいです！』
「バリア衛星を解除しろだと？ 冗談は止めたまえ。大体キミ達は我々の制止を振り切り火星を行こうという反逆者なのだぞ！」
さて、ここからがユリカの腕の見せ所である。
『あら。じゃあ地球連合軍は火星の人たちを助けに行くつもりはないんですね？』
「そうは言っていない！ 我々も火星の奪還は重要な任務として位置付けている。だが今はそれをする時ではないのだ」
『結果的に行くってことですよね？ じゃああたし達が先に行っても問題ないんじゃないですか？』
ユリカの言っていることは正しいように聞こえるが、実は詭弁である。
現状においては、連合軍にとっては地球防衛と月の奪還が最重要課題なのだ。
だが、この交渉の場、はったりをきかせた方が優位に立つ。
「ミスマルユリカ艦長。キミはヨコスカ連合士官学校で最優秀生徒だったと聞く。その君がそんなことを言うとは失望したよ」
『あら、士官学校では軍人が最優先するのは人の命だと教わりましたわ。火星の人の命が大切でないと総司令は？』
「そうは思っていない。私は現状の話をしているのだ」
『現状でも火星の生き残りの人たちは生命の危機にさらされています。それを助けるのは義務だと存じますが？』
総司令は伊達や酔狂でその職についているのではない。
実力も、信念も、指揮能力も突出している。
その総司令と互角に渡り合う士官学校を出たてのこの小娘、一体何者だ？
『それに、ナデシコは無断で出るわけではありません。事前に航行許可証をいただいているはずです』
「確かに連合軍は一度ネルガルに対し地球外航行許可を出している。
しかし、その期日は３ヵ月後のものであり、航行理由も『ネルガル月ドッグと実験コロニーへの寄港』ということだった。
しかし君たちナデシコが火星を目指すというのなら我々は偽証罪で君たちを訴える事もできるのだぞ」
『あら、ナデシコが月ドッグとコロニーに行くのは間違いではありませんわ。そのあとに火星に行くんです』
「同じことだッ！」
まったく互角の押し問答、ではない。
交渉を有利に進める条件は相手の意見を黙殺しつつこちらの意見を伝えること。
つまり、論点をずらして自分に有利な状況に持ち込む。
この時点でユリカは優位に立った。
『それに、ナデシコもこのままタダで出ようとは思っていませんわ。妥協案をご用意いたしました』
「・・・ほう、聞こうではないか」
『ナデシコを何の抵抗もなく出してくれたら、ビッグバリア外を周回しているチューリップ１４基、全滅させてみせます』
「・・・・・・・・・・・・なんだと？」
今まで戦艦一隻でチューリップを破壊した記録はない。
地球防衛ラインが幾度となく防いだ例はあるが、それも第５防衛ライン・空中艦隊による砲撃においてまでの事だった。
「馬鹿馬鹿しい！ ナデシコにそんな力があるかどうかはハッキリしていないし君達がそれをするとは限らない！」
『ネルガルはこの件について契約書を用意し、それを破棄した場合は１億アメリカドルの賠償金を払う用意があります』
どよっ
この発言に会場が沸いた。
その金額は、下手な国の国家予算程度なら軽くまかなえるほどの金額だった。
一体どれほど自信があるというのだ。
ちなみに、通信のユリカの後ろでちょび髭の男が青い顔をしていたが、誰も気づかなかった。
「たいした自信だな。しかしキミ達は」
『あ、それといろいろ情報提供とかもしますよ』
突然、ユリカの調子が軽くなった。
張り詰めた空気はどこへやら、ニパニパと笑いを浮かべて資料をいじっている。
『え〜〜とぉ〜〜』
「おい、キミ・・・」
『あ、ありました。ナデシコ試算「もしも連合軍がナデシコ地球脱出を阻止したときの費用対効果」〜〜♪』
「・・・はい？」
調子を崩していく総司令。
それを意にも介さずにユリカが話をすすめていく。
『連合軍にはナデシコの資料を提出してますよね？ それを基準に行きます。
まずは最終、第６、第５防衛ラインについてですが、これについてはナデシコにはまったく通用しません。
ネルガルには木星蜥蜴と同じディストーションフィールド・・・ひらたく言えばバリアが積んでありますから。
第４防衛ラインも同じ理由で効かないと見てもらって結構です。
地上から何発打つのかわかりませんけど、ミサイル１発５０万ドルとしても１００発として５０００万ドルですねぇ〜♪』
総司令および各国代表の方々が慌ててナデシコの資料を引っ張り出してくる。
それと睨めっこしつつ、ユリカの話に聞き入っている。
ユリカは尚もニコニコ笑いながら話を続ける。
『第３防衛ライン、デルフィニウムについてですがこれもナデシコ所属の機動兵器エステバリスと戦えば何とかなります。
そもそも第４防衛ラインが通用しない時点で第３防衛ラインの攻撃は通用しませんし。
ここでデルフィニウムが使うミサイル1機４発１２体として４８発。一発１００万ドルでまた５０００万ドル追加ですねー』
エステバリスの資料、ならびに先日の海上会戦の映像に見入る代表方。
予想以上の性能に驚いているものもいるようだ。
『第２防衛ライン。戦闘衛星からのミサイル攻撃ですが、ナデシコのフィールドの出力ですとこれも防げます。
このミサイル高いんですよねー、確か１発３５０万ドルくらいでしたっけ？
２０発も撃つと７０００万ドルですよー』
ざわざわざわざわ・・・・・・。
徐々に会場がざわつき始めた。
徐々に雰囲気がユリカペースにはまっていく。
『最後に第１防衛ライン、ビッグバリア・・・・・・これも破れます。場合によってはビッグバリア、壊れちゃうかもしれません。
そのときの修理費・・・億単位ですみますかねー？
それに止まってる間、もしかするとチューリップとか入ってきちゃうかも。
そうなったらお金どころの話じゃないですよね〜？』
「つまり」
総司令は冷静である。
そう、見た限りは。
「我々が・・・連合軍がいくら阻止したところで無駄だと・・・経費の無駄遣いだというのだね？」
『ハッキリ言っちゃえばそうです』
ぐっ、総司令は静かに拳を握り締めた。
何が軍の威光か、これでは、一体何のために軍が存在しているのだ。
総司令は優秀である。
優秀であるからこそ、ネルガルの資料とユリカの言葉が正しいとわかってしまうのだ。
しかし、それでも。
「・・・・・・だが、我々は連合軍の名にかけて君たちのような跳梁跋扈を許すわけにはいかんのだ」
『・・・そのお心は立派です。しかし、それを私たち同じ人間に向けるのは間違いだと思いませんか？』
ユリカがフゥ、とため息をついた。
さっきから、軽くなったりシリアスになったり、この女の本性というのは一体なんなのであろう？
読めそうにない。
『仕方ないですね。これは最後の情報提供です。警備員の人、出入り口を固めてください。誰も逃げられないように』
ユリカが大会議場の入り口を固める警備員に指示を出す。
突然のことに戸惑ったが、「言うとおりに」という総司令の指示に従うことになった。
会場中がなんだかざわついてきた。
「で、なにを出してくれるというのだね？」
『総司令がお調べになられていた全てを』
「何？」
ユリカはまた資料を一つ取り出した。
それは、ここにいる一部の者達への最後通告。
『連合軍がビッグバリアならびにデルフィニウムを正式採用した際に某企業から軍幹部に流れた不正収賄・・・そのリストです』
ガタタ、ドカカカカ、ブフゥーーー！
急に大会議場が賑やかになった。
立ち上がるもの、とっさに逃げようとするもの、飲んでいた水を吹き出すもの。
「動くなぁァァァァッッ！！！」
しかし、一声。
総司令、ケルガー・ヴロンデッドは正義を良しとし、悪を憎む漢である。
そして彼がもっとも憎むのは不正行為である。
かつて自国の大統領や大臣の不正行為を暴露し、退任にまで追いやった過去もある。
その彼の形相が、今は正視できないほどに歪んでいた。
「・・・ミスマルユリカ艦長、その資料は我々のほうで詳しく調査する・・・・・・ご協力を感謝する」
『いえ。私はただナデシコを宇宙に出したいだけですから』
「わかった。私の責任でビッグバリアの解放を約束しよう。詳しくはあとで司令部と打ち合わせをしたまえ」
『ご協力に感謝します』
「ちょっと総司令っ！？」
「本気ですか！」
ぴょこん、とケルガーの耳がケモノのそれに変わった。
騒ぎ始めた会議場を一瞥して、リストに目を通す。
ちなみに出口付近では数名の軍人と警備員がもめているようだ。
「ネルガルより提供のあったリストに関しての調査委員会の発足をここに宣言する・・・・・・貴様ら覚悟出来てんだろうなコラッ！！」
ケルガーの体に異常が起こる。
その眼が獰猛な肉食動物のそれに変わり、牙が、爪が、そして美しい黒の体毛が全身に生えそろっていく。
ケルガーは漢である。
しかしながら、あまりにも己の正義にこだわるため、悪に対しては非常にキれやすいという困った性格である。
「ひいいっ！！」
「総司令っ、落ち着いてくださいっ！」
怒った総司令の怖さを知っている軍人達はこぞって逃げようとした。
当然、その中にはさっきのリストに入っていた人間も多数含まれているわけで。
壇上にいる人の姿をした黒いオオカミの瞳は、獲物を狙うそれだった。
「逃げんなっつってんだろうがコルァッ！」
「ケルガー総司令落ち着いてくださいってばっ！ 誰も逃がしませんからっ！」
「ええい離せパパスっ！ 離さんかいっ！」
今まさに壇上から飛び掛らんとするオオカミ総司令を後ろから羽交い絞めにするパパス総督（マウンテンゴリラ）！
パパスに続いて数人の兵士達がケルガー取り押さえに参加する。
いい人で、優秀な軍人なんだが、この癖だけはどうにかしてもらいたいもんだと心の中でため息をつきながら。
「ウオオオオオオオーーーーーーーン！」
「ああっ、もうこの人はっ！」
「ケルガー総司令、デンチュウデゴザル、デンチュウデゴザルーーッ！」
そこの白人兵士、何人だ貴様。
かくして大会議場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
もちろん誰もナデシコのことなんか気にしちゃいなかった。
「ぶいっ！」
「さすがですなー艦長。これで連合軍とトラブルを起こさずにすみます。強行突破だけは避けたいところでしたからな」
ユリカの交渉の成果にプロスペクターが感嘆の声を漏らす。
違約金だなんだの話のときは参ったが結局契約書もないのであの話は無効だ。
ネルガルとしての痛みは何一つないわけである。
「でもかわりに出した条件がチューリップ撃破か・・・実戦経験だと思えば悪い条件じゃないね」
「そうだねジュンくん。というわけで脱出後の段取りと戦闘計画よろしくね」
「了解。司令部との打ち合わせは任せるよ」
立派なネゴシエイターに成長しつつあるユリカであった。
「えーい、１時間後に戦艦１隻のお通りですね。んじゃ、出口あけて対処しときまーす」
連合宇宙軍ビッグバリア防衛担当基地、タカマガハラコロニー。
その名の通り、ビッグバリアの防衛から第２、第３防衛ラインまでの全てを取り締まっている中央管制基地である。
ビッグバリアの解放は当然、この基地からの操作が主となる。
「民間企業の作った戦艦か。世の中金のあるとこにゃあるんだねえ」
「ぼやくなぼやくな。それよりすぐに定期便の着艦だぜ。やっとみかんが食えるぜー」
「おー、俺もヨコハマの冷蔵ラーメンが届くんだよなー。宇宙勤務は楽しみが少なくていけねえや」
オペレート席にいる連中の気はけっこう緩んでいた。
このコロニーの警護は連合軍関係の中でも特に厚いことで有名である。
そのせいか、普段からあまり危機感というものは持っていないようだった。
彼らは軍人で、ここは戦場で、しかも最前線であるというのに。
「お、噂をすればなんとやら。定期便のご到着だぞ」
「アイサー！ 着艦準備いたしまーす！」
１０分後。
「各部署、押さえました」
「管制室、押さえました」
「デルフィニウムデッキ押さえました」
「よし、そのまましばらく待機だ。ちゃんとそいつら眠らせておけよ」
「御意」
タカマガハラは、ジャックされていた。
減圧室の扉にもたれかかっていた指揮者らしき男がゆっくりと宙を舞う。
重力制御を切ったここはすでに無重力。
「戦艦ナデシコの破壊・・・たった２時間の準備時間でよくこんな命令しやがるぜ」
話を聞いて３０分、定期便に乗って３０分、ここを押さえるのに１０分。
男はつまらなさそうに懐からチョコレートを取り出して、一つ口に入れる。
「ま、せっかくだから楽しんでやろうや」
男はデルフィニウムデッキに向けて体を進めた。
その男は、無表情にもかかわらず狂気に満ちていた。
「ええい、早くこの縄を解け！」
「これは確実に捕虜条約違反だぞッ！」
格納庫内のコンテナの中に閉じ込められているのは先ほど反乱を起こした軍人達だ。
全員が後ろ手に縛られている。
「じゃかぁしい！ お前らの始末は宇宙に出てからつけるってことだからそれまで大人しくしてな！」
ウリバタケがそう言ってコンテナの扉を閉めた。
途端に軍人達はざわざわと騒ぎ出す。
「あんた達、早く解きなさいよ！ 逃げらんないでしょ！」
「しかし、この縛りかたっ・・・・・・解けないッ・・・！」
「何で縄でこんな縛り方が出来るんだよ、あの北辰とか言うヤツは！」
全員の頭の中で北辰がニヤリと笑った。
嫌すぎる。
「とにかく！ アタシはこんなところに長くいるつもりは無いのよ！ 宇宙に出るまでに何とかしなさい！」
「だーもう、誰かナイフ無いかナイフ！」
「身体検査でもってかれた。ついでにライターもねえ」
「確かお前、靴の中に仕込んでなかったか？」
「ああ、見破られた」
「・・・プロの仕事だなァ」
「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ！！」
ユリカの統合軍とのネゴシエイトから３時間後、ナデシコはビッグバリア突破の許可をえていた。
「相転移エンジン出力上昇」
「あいさー」
ユリカの号令のもと、ナデシコは徐々にその高度を上げていく。
心配されていた木星蜥蜴の攻撃も今のところない。
「いや、問題なく出港できるのはいいことですな」
「エンジン臨界まであと１万５０００キロメートル」
「司令部より通行ルート指定受け取りました。ミナトさんに転送します」
「メグちゃんさんきゅ」
ブリッジ下部の３人がそれぞれの仕事をこなしていく。
ザ･ライトスタッフ。
「艦首あげ、全速前身」
「艦長、前方に連合軍デルフィニウム部隊展開中です」
「ほえ？」
「護衛か？ そんな話は聞いてないぞ」
メインモニターには確かにデルフィニウム部隊が展開される様子が映っている。
計１０機、１個小隊。
確かに連絡船などにデルフィニウム部隊が護衛につくことはある。
だが、戦艦であるナデシコに、しかも連絡なしでそれをつけるか？
「総司令部およびタカマガハラに連絡して確認。パイロットは発進準備！」
「パイロットを出す！？」
「念のためです。もしアレが護衛だったとしても出迎えに対する礼儀として言い訳できます」
ユリカの司令に艦内が急にあわただしくなる。
パイロット発進準備、通信、準戦闘体制への移行、そしてデルフィニウムへの呼びかけ。
だが、デルフィニウムからの反応は一切無い。
だが。
「パイロット発進しました」
「艦長、デルフィニウム部隊から攻撃。ミサイル来ます」
「ディストーションフィールド展開！」
ルリの報告に一斉に時間が動き始める！
指令を出すユリカ、それを受け通信するメグミ、舵をとるミナト、状況を分析するルリ、戦闘指示に立つジュン。
各員、戦闘配備。
「前方デルフィニウム部隊を敵と認識、ナデシコはこれより戦闘に入ります！」
ミッション･スタート。
「何事だッ！」
「ナデシコより入電！ タカマガハラ所属のデルフィニウム部隊が展開し攻撃を受けているとの事です！」
連合軍総司令部ではパニックに陥っていた。
鳴り響くアラートの警報と世界各地から入ってくる情報、そしてナデシコ。
事態は確実に今まで自分達が味わったことの無い領域に入っていた。
即ち、スペース・ジャック・テロ。
「タカマガハラとの連絡は取れんのかッッ！！」
「さっきから通信を繰り返していますが反応ありません！ こちらからの指令も受け付けません！」
ケルガー総司令はこの事態に直面してなお冷静であろうとした。
冷静でなど、いられるものか。
だが、ここで己が慌てて何の得があろう。
指示を出す。
「なんとしてでも通信を開け！ タカマガハラ管制コンピュータをジャックしてコントロールを取り戻すんだ！」
「イエッサー！」
「サリサ、レナ、君たちはビッグバリアと第２防衛ラインの統制を奪い取りたまえ！」
「イエス、サー！！」
「いいか、何があろうと我々はテロには屈しない！ 全力でタカマガハラを奪還するのだ！」
ケルガーの怒号のもと、総司令部のオペレータがいっせいに行動を開始した。
こちらもナデシコに負けず劣らず、ザ･ライトスタッフ。
しかも性格も一流、腕も超一流という逸材ぞろいだ。
「タカマガハラと通信つながりました！」
「こちらは連合軍総司令、ケルガー･ヴロンデッドだ。貴様ら一体何を企んでいる」
『・・・これは聖戦である。我々はアッラーの神の名のもとに正義の鉄槌を下す』
モニターには、ターバンと布で顔を隠した男が１人。
声はくぐもっていてよく聞き取れない。
「貴様ッ！」
『繰り返す。これは聖戦である。愚かな異教徒に正義の鉄槌を下す。アル・メイーダの名のもとに』
ブツッ。
「通信、切れました」
「アル･メイーダ･･･・・・イスラムの豚どもがぁぁッ！！」
ケルガーは、吼えた。
「名演技」
「へへ、これで連合軍様の標的はあの忌々しいゲリラどもにうつるってワケだ」
「さて、後はこのプログラムを仕込んで逃げるぞ。長居する必要はないからな」
「了解」
『攻撃してきやがった！』
『ククク、どこの誰ぞとは知らんが、ずいぶんと威勢がいいな。迎撃する』
「了解」
ナデシコパイロット３人が発進する。
３人とも空戦フレーム、武装はラピッドライフル、イミディエットナイフ、ハンドカノン。
『高高度ではスラスターの反応にいまいち不安が残る。そのあたりをよく考えて戦え』
「了解だ」
『わかったぜ隊長！』
北辰が先頭に立ち、ナデシコの楯になるように陣形を取る。
先ほどのミサイルは全てフィールドが防いだが、何発も同時に来られると全て防ぎきる保証はない。
そのことを充分に考えて戦わなければならない。
『機動戦艦ナデシコ、作戦部隊長の北辰だ。貴様ら、何の目的があって我らを攻撃するのか説明してもらおう』
『・・・・・・ザザ、お前らを・・・ザザ潰す。それだけだ』
ノイズがかかっていた通信が徐々にクリアになっていく。
だが映像は無くサウンドオンリーだ。
『悪くは思うなよ。貴様らに恨みは無いが、ここで落とさせてもらう』
『はーッはっはっは！ 残念だがそう上手くはいかないぜ！ このダイゴウジガイ様がいる限り地球の平和は守る！』
通信の挑発に、何を思ったのかガイが一人突貫する！
ラピッドライフルを構えてデルフィニウムの群れに突っ込んでいく。
『テンカワ、続くぞ』
「了解」
ガイの後を追って北辰とアキトがスラスターをふかす。
確かに高高度では地上ほどの高速戦は展開できない。
だが。
「それでもまだ貴様らよりは早いッ！」
アキトの瞳が縦に割れる。
戦闘による高揚、それに引きずられるように体の鬼化が進行する。
それにより体の各筋肉が飛躍的に発達、耐Ｇ能力や動体視力が爆発的に上昇する。
獣人化による、体の異変。
「ウオおおおおーッ！！」
雄叫び一閃、アキトのエステバリスが加速する！
先に突貫していたガイと並びラピッドライフルを構える。
掃射！
デルフィニウムの一機のブースター部分に当たり、ミサイルに誘爆する。
『デルフィニウムはコックピットブロックだけが独立して大気圏突入が可能だ。それ以外の部分なら破壊していいぞ』
北辰の指示が出るが、アキトは聞いちゃいない。
散開するデルフィニウムの一機を目標にして後をつけていく。
空中でまるで直角に曲がるほどのターン、普通の人間なら横Ｇに潰されかねない！
『早いッ』
繋ぎっぱなしになっていた通信から男の声がもれた。
そもそもエステバリスとデルフィニウムでは開発コンセプトが違う。
ナデシコの艦載機として、無駄を徹底的に省いたエステバリスと、高高度ならびに宇宙でのスタンドアローン兵器としてのデルフィニウム。
一概にどちらが優秀とは言えないが、ただ一つ確定的なことがある。
デルフィニウムは以前より配備されていたいわば旧式、そしてエステバリスはロールアウトされたばかりの新型だということだ。
量産兵器において、新型と旧型、どちらのほうが優秀か。
言うまでもない。
「まずは一機ッ！」
アキトのエステバリスがデルフィニウムの頭部を打ち抜いた！
北辰、ガイもそれぞれに敵を撃破していく。
今この場では、強いものが生き残るのだ。
「おりゃーーっ！」
ガイがディストーションフィールドを手にまとわせたパンチで敵を撃破する。
これで２機、他の二人からはわずかに離れたが、まだナデシコの重力波圏内にいることを確認する。
目の前の一機がとりあえず最後。
「よーしそこの！ 勝負だ！」
『待て！』
通信は、目の前のデルフィニウムからだった。
『その声、その暑苦しい勢い・・・・・・ホーリック！』
「んげ」
今までサウンドオンリーだった通信が画像付で展開された。
赤毛の西洋人が驚いた顔でそこに座っている。
『やっぱりホーリックか！ ナミビアで会って以来だな』
「そういうてめーは誰かと思えばジンドラック！ 生きてやがったのか！」
古き友との再会を懐かしむように二人は笑いながら通信を交わした。
ガイのエステバリスがラピッドライフルを構え、ジンドラックのデルフィニウムがミサイルを発射する。
『最近噂を聞かなくなったからどうしてたかと思ったら、こんなところにいやがったのか』
「は。お前こそモレアで作った女はどうしたんだ？ ほっといてこんなところにいるんじゃねえよ」
ガイがミサイルを撃ち落すとデルフィニウムがすでに迫り、マニピュレータで殴りにかかる。
しかし、ガイはそれを察知してすぐに避ける。
『ティファナなら死んださ。もう大分前の話だぜ』
「ほほうそうかい。ならお前の慰めは今誰がやってんだ？」
『は、俺の右手のテクはすげーゾ？ 味わってみるか？』
「断固として拒否だ」
デルフィニウムがミサイルを再び撃つ。
二人とも笑いながら昔話をしているが、戦いには一切手を抜いていない。
本気、だ。
『しかしなー、命を助けてもらったこともあるお前と今こうやって戦ってるんだからな』
「しょうがねーだろ。俺らは雇い主のために働いて雇い主のために死ぬんだ。昨日の味方は今日の敵、だ」
『ああ、そうだな』
ガイのエステバリスがディストーションフィールドをまとってデルフィニウムへの体当たりを。
ジンドラックのデルフィニウムがミサイルを。
「だから、行くぜ！」
『おお！』
『「ゲキガンガーーーっ！ ゴーーーーーッ！！」』
笑いながら、潰しあう。
北辰は逃げる。
後ろからは追ってくる４機のデルフィニウム、ここはすでにナデシコのエネルギー圏内から出てしまっている。
【エネルギー残量残り１分２８秒】
「ふむ、この辺りならばよいか」
デルフィニウムとの距離は向こうの最高速で５秒ほど。
北辰はナデシコのモニターでキャッチされていないことを確認すると通信をカットする。
エステバリスのエネルギー残量警告は尚も続いている。
「見張られているとなかなか試す機会もないからな」
イミディエットナイフを抜くと、そのまま前進しながら１８０度反転する。
Gが前から後ろへと変わる。
北辰には、やっておかねばならない事があった。
即ち、エステバリスの活動限界の見極めとその把握。
シミュレーションだけでは全ての能力を測れない、その機体を把握するためには実機での経験が必要となる。
この先のために、実機で確認しておかなければならない。
「木連式短刀術」
この機体で、どこまで自分の技を再現できるか。
「あげは舞」
デルフィニウムがミサイルを発射した、その瞬間に動いた！
背面スラスターを全開に動かし、向かってくるデルフィニウムとの差を一気に縮める。
絶対速度最大のもの同士が互いに向かい合えば、相対速度はそれぞれの速度の倍以上、一瞬にして目の前まで迫る。
その一瞬だけ戸惑うデルフィニウム、もうすでに目標は目の前に
「遅い」
気がついた時には頭と、両腕を切っていた。
北辰のエステバリスはその勢いを保ったまま機体の腹を蹴り、次の目標へ飛ぶ！
仲間がやられて動じたのか、そいつも動きが固まっている。
切る、蹴る、飛ぶ、また切る！
後１機、だがさすがにそいつはこちらを待ち構えていた。
仲間もろとも葬るつもりか、ミサイルを発射する！
「ほう」
北辰は一つだけ声を漏らすと、戸惑うことなくそのミサイルの群れに向かっていく１
異常なほどのスピードで減っていく残存エネルギー。
北辰の唯一のこった瞳が開かれた。
「木連式抜刀術」
迫り来るミサイル、だがその全てを僅かな体のずらしで避け、デルフィニウムへ肉迫する！
エステバリスの右手のイミディエットナイフが一瞬だけデルフィニウムパイロットの見える範囲から消え。
【エネルギーウェーブ圏内に入りました。バッテリーチャージ】
デルフィニウムのパイロットは、北辰のエステバリスが自分とは垂直になって回転するのだけが見え。
次、そのデルフィニウムは縦一文字に切り裂かれて。
「竹裂き」
もう、戦えない。
「さて、残るはお前一人か」
アキトはすでに２機のデルフィニウムの戦闘能力を奪っていた。
これで残りは目の前の1機。
それも恐らく、こいつらの中の隊長機だ。
指揮系統、口調、そして戦闘能力。
『くく、お前に俺を倒すことは出来んさ』
「ああ、だろうな」
アキトにはわかっている。
こいつはさっきから、守るか逃げるか、そして片手間な攻撃しかしていない。
まともに戦って勝つほどの実力はないが、逃げるだけなら充分対応できると見ているのだろう。
恐ろしいほど、自己分析が出来ている。
「もうすぐか？ 第２次防衛ラインの弾道ミサイルが発射されるのは」
『ほう、わかっているじゃないか』
『ナデシコよりパイロット。第２次防衛ラインのミサイルが発射されました。速やかに退避してください』
『もっとも、もう遅いようだがな』
通信の向こうの男の声とルリの報告が重なる。
そう、この事態は予測していた。
他の戦力を排除したのか、北辰とガイのエステバリスはすでにナデシコ方面に向かっている。
『テンカワ、引くぞ』
「北辰、まあ俺のことは気にするな。こいつをツブしてから行く。ミサイルのほうは逃げるなり叩くなり好きにしてくれ」
『了解した。ナデシコは我々が防衛する』
『こらテンカワ、てめーそういったからにはちゃんとしろよ！』
ヤマダがうるさいがそれは放っておく。
言われなくてもわかっている。
『そうは行くか！ ナデシコもろとも死ぬがいい！！』
「残念だが、こちらも仕事なのでな」
デルフィニウムがミサその瞬間にアキトはデルフィニウムまで肉迫しかしそれを予測したかすでに回避！
ハンドカノンを撃つアキトと避けるデルフィニウムそして追撃するアキトのエステを狙う２本のマニピュレータアタック！
上へ下へ右へ左へ横へ後ろへ大立ち回り。
【ミサイル到達まで残り２分】
『はは、終わりだな！』
「まあそう焦るなよ。クリムゾンのバッドブラッドの行動隊長？」
デルフィニウムの動きが一瞬止まった。
声も止まる、いや、絶句か。
『キサ』
「ああ、アレは確かカナダのバンクーバーだったか？ お前んとこの親分がケツ出したまま外で寝て凍死したのは？」
動きも止まる。
「それともスペインのバルセロナか？ あの時はお前らの遺伝子工場が炎上しちまって
『キサマァァァァァッァァァァァァ！！！！』
通信がつながった。
いや、正確には今までサウンドオンリーだった通信が映像も一緒に入ってきた。
やはり、見たことのある顔。
「よ」
『・・・・・・ッ、ブラックぅ、オーーがぁーーーーーーーー！！』
吼えた。
そしてキれた。
『貴様か！ 貴様だったのか！ まさか貴様がナデシコに乗っていたとはな！』
その眼に宿るのは狂気、そして兇気。
デルフィニウムが狂ったようにアキトに向かって迫ってくる。
【ミサイル到達まで残り１分３１秒】
『好都合もいいところだ！ このまま貴様を』
「殺せるかな？」
アキトが動く。
さっき以上のスピードで。
縦に割れた瞳を光らせて。
デルフィニウムも構えて迎え撃つ。
さっき以上のスピードで。
『しゃっ！！』
デルフィニウムがマニピュレータの腕を振るう！
が、その瞬間にアキトのエステバリスは上へと消える、また直角に動く！
そして手にしたイミディエットナイフで、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、きる、切る、切る、切る、切る、切る
「最後に」
アキトはデルフィニウムの頭部にラピッドライフルの銃口をコツリと当てる。
すでにデルフィニウムの体はコックピットブロックと頭部以外は存在しない。
他は全て、落ちた。
「言い残したことはあるか？」
時間にしてたっぷりと１０秒。
通信の中の男は、右手の中指を１本だけ立てた。
すぐにてめぇのケツをぶっ飛ばしてやる、サノバビッチめ！
『Kick your Ass soon,son of a bitch！』
アキトはゆっくりと右手親指を立てて、にまりと笑った。
指を、下へ。
やなこった
「HELL NO」
【ミサイル到達まで残り１分０３秒】
引き金を引く。
アキトの背後では第２次防衛ラインのミサイルが爆発を起こしていた。
その１分前。
『ブリッジ、ディストーションフィールドでミサイルは防げるか？』
『現在の出力でムリではないだろうが、ミサイルの数が多い。不安が残る』
『了解した。ダイゴウジ、ミサイルを防ぐぞ。ラピッドライフルで出来るだけ落とす』
「了解ってハアア！？」
ガイはナデシコの前面で北辰と防衛に当たっていた。
しかし、いくらなんでも。
「これで！ このライフルで！ 弾道ミサイルを落とすってか！」
『弾頭および炸薬部分を狙えば不可能ではない』
「そりゃそーだがよ！ もっと確実な方法取ろうぜ！」
『確実な方法？ 策があるのか？』
ガイはにんまりと笑った。
もちろんある。
ごにょごにょごにょごにょ。
『むう』
「名づけて・・・・・・えーと、そうだな。ガンガークロスオペレーション！ どうだ？」
『悪くない』
限られた時間と戦力の中で作戦を遂行する。
その為には実力を持って対処するほかに手はない。
だがしかし、そこに十分な戦力を確保できていれば、それを使わないのは愚かなことである。
「ウリバタケ！ 宇宙用重装備フレームってあっただろ確か！ アレを出せ！」
『ああ！？ あるにはあるがンなもんどうする気だ！』
「空中換装！」
『本気か！？』
ウリバタケ絶叫。
「本気だよ！ 時間ないんだから早くしろ！」
『よーしっ！ １−Bタイプを換装準備して射出レーンに載せろーっ！ ３０秒で用意しろ！』
『おっしゃーーーっ！！』
通信でも聞こえるほどのでかい声。
こういうときは頼もしい。
『ダイゴウジ、お前は換装準備に入れ。我はその間できるだけ対処する』
『射出にあわせてナデシコはディストーションフィールドを１０秒間解除する。ナデシコの防衛を頼みます』
『御意』
『ヤマダ、換装のタイミングはこちらからオペレートするからそれに従ってくれ』
「了解だ！ それと俺の名前はダイゴウジガイだ！」
戦闘指揮のジュンがそれぞれに指示を出していく。
【ミサイル到達まで残り１分３８秒】
『ミサイル、モニターで確認しました。計２４発』
『ヤマダーッ！ 射出行くぞーッ』
「ばっちこーい！」
作戦はいたってシンプルである。
ガイのエステバリス空戦フレームからアサルトピットだけを放出、それを後ろから射出してきた１−Ｂタイプに換装するだけ。
相対速度と軸線計算さえ間違えなければ成功する確率はかなり高い。
そして計算において、ナデシコのオペレートはほぼ完璧である。
『射出！』
「ゴーーーッ！」
ナデシコのＤＦが解除され、重力レールから未換装の機体のみが射出される。
ガイが空戦フレームからアウト、僅かについている状態制御ノズルで微調整を行い、軸線へのランデブーを試みる。
残り５メートル、４，３，２、
ガチョン
『ランデブー成功、接続に入ります』
「よっし」
『接続不適合。修正パッチ作成します』
「ゃぁってなーーー！！」
予想外の出来事。
確かに空中での合体には成功したが、アサルトピットと本体の接続が完全に出来ていない。
ぶっちゃけた話、動かない。
更に都合の悪い話がある。
現在ナデシコは宇宙に向けて上昇中であり、その艦首はもちろん宇宙に向いている。
そしてナデシコの重力カタパルトレールは設計上、艦首の方角に向いている。
更に現在ナデシコには宇宙から弾道ミサイルが多数接近中である。
補足しておけば、世界には慣性の法則があって一度ついたスピードはなかなか止まらず、宇宙には障害になるものはなにもない。
つまり今の状態では
「おっ、おっ、おおおーーーっ！！？？」
ガイを乗せたエステバリスは、ミサイル直行便の高速棺桶というワケだ。
『ダイゴウジ！』
『ヤマダさん！』
『修正パッチ、５秒で出来ます。ちょっとだけ我慢してください』
ブリッジや北辰からの通信が響く中、ルリだけは冷静だ。
・・・冷静だ。
・・・・・・あいつが笑ってるところ、そういえば見たことがねえなぁ。
・・・・・・・・・俺としたことが。
ガイは笑った。
「頼むぜ、ルリッ！」
『わかりました』
やっぱり冷静だった。
いつのまにか、ミサイルはけっこう近くまできていた。
『修正パッチ、転送します』
「おし！」
モニターに転送画面が表示されて修正パッチが転送されてくる。
スクロールバーが徐々に満たされていく約５秒、その５秒が嫌に長い。
ええい、早く。
【インストール完了。起動します】
だが、その瞬間にはすでにミサイルは近くに。
『ヤマダ撃て！』
「だが照準がッ」
『撃てば当たるように出来てるんだ！ 撃てーーッ！』
ジュンが吼え。
ガイが吼え。
銃が吼え。
グレネードランチャーが吼え。
ハンドカノンが吼え。
ミサイルランチャーが吼え。
バルカンが吼え。
ミサイルが燃え。
閃光と衝撃が。
「ビッグバリア、抜けました」
「いやー、一時はどうなることかと。それにしても大きな損害が無くて一安心ですな」
「まだまだですよ。これからチューリップ退治をしなければならないんですから」
かくして、機動戦艦ナデシコは旅立ちの道を踏み出す。
第２次防衛ラインを何とか切り抜けたナデシコの先にあったビッグバリアは、接触の寸前に解除された。
なぜかは、聞くまでも無いだろう。
安堵のため息を漏らしたメグミがユリカに今入った通信を告げる。
「艦長、連合軍からメッセージが届いています。再生しますか？」
「うん、おねがい」
ぴこ。
メインモニターにケルガー総司令の顔が映し出される。
リアルタイムの通信でないのは照れ隠しか、それともバツが悪いからか。
『このたびは、諸君らの出港に対し我らのミスで多大なる被害を与えたことを深くお詫びする。
スペースジャック発覚直後より我らもタカマガハラコロニー奪取を試みたが、バグ・プログラムの妨害にあってしまい、
第３および第２防衛ラインの発動を阻止することが出来なかった。
これは完全に我々のミスであり、このことについてはナデシコおよびネルガルに対して深く陳謝する。
幸いにもビッグバリア破壊という最悪の事態は迎えずにすんだ。
これもひとえに、諸君らの功労あってのことである。
諸君らの行く先々には危険が待っている。君を守るのは君自身だ。成功を祈る』
「・・・まさか、このメッセージは自動的に消滅するとか言わないでしょうね？」
「まさかミナトさん、そんなこと」
『なお、このメッセージは終了次第自動的に』
「わーーー！」
『消滅する訳ではないので安心したまえ』
がくっ。
たちの悪いいたずらというかなんというか。
映像の中でもケルガーはニヤニヤと笑ってたりする。
本当に、録画なんだろうな？
最後に、ケルガーは一つ咳を、こほん。
よい 航海を
『Von voyage』
そこで通信は終わった。
憎いやり方だ。
ユリカは一度、ピシッと襟を正した。
「疲れたからしばらく休憩しましょう！」
ずでっ。
ここまでこの流れで来て、あまりにも素晴らしすぎるオチだった。
一時休憩の命令が降りた艦内にはあまり人気はない。
この格納庫にもすでに人影はない。
先ほどの戦闘の検修（検査・修理）作業はすでに終わっているようだった。
そこに、ダイゴウジガイことヤマダジロウはいた。
「・・・どーしたもんかなー・・・？」
彼は、自分の乗るエステバリスを目の前にして悩んでいた。
頭をぼりぼり掻きながら高さ６メートルの相棒を見上げた。
「・・・・・・もっと、上手く乗らなきゃな」
そうすれば、さっきの戦闘だってもっと被害が少なかったかもしれない。
結果的に、１−Ｂフレームは爆発の衝撃をもろに喰らってしばらくは機動不能状態。
被害０での勝利、それが理想だ。
「ま、とりあえずここにゲキガンシールでも貼っとくかー♪」
ガイがエステバリスに向かって足を踏み出してその時、暗がりに何かの気配があった。
「ん？ 誰か居るのか？」
そこはコンテナの陰で、しかも暗がりだったのっでガイにはよく見えなかった。
しかし、彼は感じた。
殺気と、敵の焦りと、そして銃がこちらに向けら
ガァァァン！
て、いるのが見え・・・て・・・。
思ったより強烈な音と、胸に衝撃があって、それだけはわかった。
「何の音だ！」
「銃声だぞ！ 誰かいるのか！！」
「おいっ！ 副提督どもを入れてたコンテナが空だぞッ！」
「あにぃっ！？」
急に格納庫内が騒がしくなった。
休憩室に居た、技術部がッ。
「何してるの！ 早く逃げるわよ！」
「ムネタケ准将、こちらのシャトルに！」
縄を何とか解いた軍人の手引きで逃げるムネタケ。
はっきりとその顔には焦りが。
よりによって脱走が最悪の形でばれてしまったのだから。
「この馬鹿！ 何で撃つのよ！」
「しかし、我々は」
「まだ顔は見られてなかったでしょ！ しかもあんた、相手はパイロットよパイロット！ あたし達このまま逃げれるかどうかも怪しいもんだわ！」
貴重な人材であるパイロットを殺された。
そして今、脱走がばれている。
果たして今この状態でシャトルで出て、まともに地球に帰れるかどうか。
何の保証もない。
「あんたなんとかしなさいよ！ 一人で責任取りなさいよ！ キーーーッ！」
「准将、まず逃げましょう！ 早くこちらへ！」
シャトルにはすでに数人が乗り込んで発進準備を進めているようだった。
ムネタケは改めてその入り口へ向かう。
そのときだった。
「ぐあっ」
「がきっ」
「ごあっ」
「おおっと、そこまでだ。全員動かないでもらおうか」
後ろにいた部下の３人が上げる呻き声、そして。
「ヤマダジロウ。あ・・・あんた、生きてたの？」
「いや、化けてでた。うらめしや、だ。それと俺の名前はダイゴウジガイだ」
さっき、撃って、しかも弾は胸に当たって、死んだはずのダイゴウジガイがそこにいて、銃を構えていた。
制服の胸には、確かに銃の跡が残っている。
銃弾は当たっている、でもピンピンしている。
ムネタケの思考回路はすでに正常に動いていない。
「な、なんで・・・」
「俺ァ日頃の行いがいいんだ。ムネタケ副提督さんよ・・・あんたと違ってね」
ガイの目は、いつものおちゃらけたそれとは明らかに違っていた。
冷たい。
そう、どこか、北辰やテンカワアキトを思い出させるような。
「ああそれとな。シャトルには乗っても無駄だぜ。もう押さえたからな」
「な」
ムネタケは入り口からシャトルの内部を振り返る。
と、そこには北辰とアキトに手も足も縛られた軍人が多数寝転んでいるだけだった。
ご丁寧にも猿轡までかませている。
「罪状、船舶強盗プラス１だな。大人しくしてもらうぜ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ムネタケは、両手を差し出した。
その後、艦長や副長が来て対処に当たった。
ムネタケはシャトルで宇宙軍へ強制送還。
後の判断は連合軍へうつることになった。
そのムネタケを乗せたシャトルを見送った後のことである。
「・・・ん？」
アキトは格納庫の床の上に何かが落ちているのを見つけた。
厚さ５ミリほどの金属の板・・・大きさもそんなに大きくはない。
薄い銀色をしたそれは、鉄のようで鉄ではないようだ。
裏、表とよく見回してみると、僅かにだがへこんだ箇所がある。
これは、ひょっとして。
アキトはその金属板をポケットに押し込んだ。
格納庫から去るアキト、ためしにぎゅっと握ってみたが・・・・・・その金属板は、曲がることすらなかった。
そして。
インディーティー ダイルーチャックｈｉｒｏ-ｍｋ２です。
いやー今回は長かった！
だって途中で切るポイントが一つも無かったんだもん。
どこで切ってもおかしくなるし、かといって切らないからこうなったし。
それはそれとして今回もいろいろ盛り込んでみました。
ちょっと過食気味かしら？
書きたいことを上手くまとめるのが今後の目標です。
順調にネゴシエイターとして成長しつつあるユリカ、このままだと記憶を失った町で巨大ロボットを駆りそうな勢いですｗ
ＢＩＧ−○（○は伏字）、Ａｃｔｉｏｎ！とかいいだしそうでｗ
・・・なんつーか、スイマセン。
弁明一つ。
作中で特定の宗教を貶める描写がありますが、これは劇中の流れで飛び出したセリフなので、
作者本人にはこの宗教を排他しようという意思などは一切ありません。
改めてご理解ください。
解説一つ。
あるキャラが言った一言、「son of a bitch（サノバビッチ）」。
これって『ロシア人の名前』って誤解してる人、けっこういるみたいですけど違います。
これは英語で、意味は読んで字のごとく「ビッチの息子め！」ってことです。
Ｂｉｔｃｈとは、クソアマ、アバズレを意味する言葉でつまりこの言葉の意味は『アバズレの息子め！』ってことになる訳です。
日本でいうところの「おまえの母ちゃんでーべそ！」というのとほぼ同義、相手の母親をバカにする最低の言葉ってところです。
ちなみにそのあとでアキトが返した「ＨＥＬＬ ＮＯ」。ヘルは言うまでも無く地獄。
この場合ＨＥＬＬは強調を意味する言葉になるようで、上記の言葉は『最大限の否定』というところですね。
後、これらは英語の中でもかなり下品な部類の言葉（スラング）です。
日常会話では使わないほうがいいでしょう。
サノバビッチなんて外人に言った日にゃボコボコに殴られても文句は言えまへんぜ。
告知一つ。
当方これより某冬のヲタク祭りの準備に入るので投稿間隔、かなり不定期になります。
このまま蒸発しないように勤めますので。ええ本当に。
では、これにて失礼します。
代理人の感想
ガンガークロスオペレーションが役に立った所、はじめて見ましたよ（笑）。
ちゃんとオチもついてましたが（爆）。
本編のこう言う補完の仕方、好きですねぇ。
それにしても、最後の金属板一体なんだろう？
ひょっとして古代火星人の（ＺＡＰＺＡＰＺＡＰ）
それにしても、てっきりナナコさんの写真入ロケットとか海燕ジョーの十字架とか、
そっちの系統のアイテムだと思いましたよｗ＞弾丸を防いだもの
＞ロシア人の名前
・・・・・・それはひょっとしてギャグで言ってるのか！？
いやマジで（汗）。