病的なほど白い、広い部屋の中。

 その中心に、一人の男が倒れている。


「仕事中にお昼寝かい?」

「・・・アカツキ」


 部屋の中に入ってきたのは、落ち目のロン毛会長だった。

 部屋の中を見渡して、その惨状に一息つく。


「これはまた、派手にやったねえ」

「手を抜いたつもりはないのだがな。見事にやられてしまった」

「・・・彼は、それほどまでにかい?」

「ああ。恐らく、シークレットサービス、いや、俺の知るどの使い手よりも腕だけは上だろうな」


 寝ッ転がったままで男が淡々と応える。

 腰までの長髪と白い詰め襟の制服、今はそのどちらもがボロボロになってしまっている。


「しかし月臣くんがここまでボロボロになるとなると、これは本物だねえ」

「否定はしない」

「・・・・・・彼は、勝てるのかい?」

「無理だな。きゃつの実力は俺も知らん。だが、あいつが勝てるときは、命を捨てるときだろうな」


 月臣が少しずつ体を起こそうとするが、体に力が入らないのか上手く立たない。

 やはり、そこに寝転がったまま話を続ける。


「あいつには、その覚悟があるだろうがな」

「・・・そうか」


 アカツキは救護班に連絡をつけて、しばらくその部屋に立ちすくんだ。

 彼が、この数ヶ月をすごしたただの無機質な空間。

 与えたのは自分だが、窓もないこの部屋で彼は気を狂わせることもなく3ヶ月という時を過ごした。

 ・・・・・いや、最初から、気が狂っていたのかもしれない。


「テンカワくん」


 その名を持つものは、この場所にはもう居なかった。

 

 


 

ロード

 


 

 

 その場所に彼はいた。

 深夜の闇に溶け込むような黒いマント、そしてその顔には視覚補正のための黒いバイザー。

 今現在の時間は午前3時。

 すでに活動しているのはわずかばかりの動物のみ。

 その場所に彼はいた。


「・・・帰って・・・・・・きた・・・・・・」

 

 

−ちょうど一年前に この道を通った夜−

 

 

 広い公園の真ん中。

 噴水の縁に今彼は立っている。

 あの頃と変わらずに辺りを照らし続ける電灯と、水を吹き出す噴水と。

 二度と、戻ることはないと思っていたのに。

 

 

−昨日の事のように 今はっきりと想い出す−

 

 

 思い出してはいけないはずの思い出に浸りながら、彼は公園の中を歩く。

 何度も、何度も。

 かつて歩いたこの道を、あの頃と同じように。

 彼、テンカワアキトはゆっくりと思い出の中を歩いていた。

 

 

−あの日 あの時 君と出逢っていなければ−

 

 

 この公園のそばには毎日のようにある屋台が出ていた。

 特製と言い張って、しょうゆ味のラーメンだけを出し続けたその屋台。

 愛想のいい店主と、元気のいい看板娘と、愛想が悪くてチャルメラが下手くそな少女と。

 その屋台の姿は、今はない。

 

 

−こんなに悲しむ事もなかったと思う−

 

 

 それはただの思い出だ。

 アキトが今その場所に目をやっても、再び自分がその場所に立てるわけではない。

 唯、一つだけ思う。

 ただ一人、彼が愛した女性。

 ミスマル・ユリカ。

 

 

−でも逢わなけりゃ もっと不幸せだった・・・−

 

 

 心が、痛い。

 誰もいない公園の中を、アキトは一人歩く。

 コツコツコツ。

 もうすぐ冬、虫の音すらしなくなった公園の中、彼のブーツの音だけが響く。

 道のそば、僅かに丘になった芝生の中。

 いつも屋台を出していた場所から死角になるこの場所。


『ユリカ・・・・・・け、結婚、するぞ』


 痛い。

 

 

−どんなに歳をとっても 手をつないでいる−

 

 

 そこは、自分と彼女が、全てを誓った場所。

 幸せにすると、さびしい思いはさせないと、ルリちゃんも一緒に、たとえ貧しくても、病めるときも、健やかなときも。

 自分が何をいったかは、もう全ては覚えていない。

 ただ、ユリカが大喜びして抱きついてきたことだけは憶えている。

 あのときの、笑顔だけは。

 痛い。

 

 

−そんな二人でいようと誓った事も−

 

 

 もう痛覚さえもない体なのに。

 歩いていることが不思議な体なのに。

 痛い、痛い、痛い。

 あの顔を、ユリカを、あのときのことを思い出すと、胸が痛くて止まらない。

 

 

−今は昔の 想い出の物語・・・−

 

 

 だって、守れなかったから。

 約束も、誓いも、生命も。

 

 

−この道も この車も この情景だって−

 

 

 この公園だって、あの駅だって、そこからの道だって、何も変わっていない。

 変わってしまったのは自分達だけ。

 黒衣に身を包んだ自分と、今は姿のない彼女が変わってしまっただけ。

 

 

−あの夜と同じままさ−

 

 

 世界は何も変わっちゃいない。

 

 

−ただ俺の横で 眠ってたはずの−

 

 

 ただ。

 

 

−君だけが いない・・・−

 

 

 ユリカが、いない。

 それは、何事にも変えがたい事実。

 そして、何を差し置いても認識しなければいけない事実。

 そして、どんなことよりも受け入れがたい事実。


 だから、痛い。

 

 

 

 1時間がたったころだろうか?

 コツ、コツ、コツ。

 足音がする。

 アキトは急激に神経を張り巡らせる。

 こんな時間に出歩く人間などまずいない、いるとすれば、自分を狙ってきた刺客かそれとも・・・!

 とっさの判断でアキトは身を翻した。

 暗闇に紛れ込むように姿を消し、気配を消し、全ての感覚を補聴器を使って得た聴覚に注ぎ込む。

 いったい、誰が。


 コツ、コツ、コツ。


 ・・・・・・?

 足音は近づいてきている、だが、この足音はあまりにも無用心だ。

 少なくとも刺客ではない。

 ・・・身長は145センチほど、体重は40を少し下回るといったあたりか。

 アキトは用心のため袖に仕込んだ短刀を取り出す。


 コツ、コツ、コツ。


 まったくの用心もなしに、その足音は公園を横切って歩いていく。

 そして、公園の入り口近くで止まった。

 その場所は。


「・・・・・・アキトさん、ユリカさん」


 心臓が、止まりそうだった。

 その場所は、かつてラーメンの屋台が営業していた、その場所。

 そこのいるのは。


「・・・・・・今日は、報告にきました」


 かつて、自分達と一緒に住んでいた娘。

 そう、娘だ。

 ホシノルリ。

 アキトは息を呑んだ。

 なぜ、この時間に、ルリちゃんが、ここに。

 悟られないように、恐る恐る木の陰からその姿をのぞく。


「・・・・・・今日の朝、私はナデシコBに搭乗します」


 黒いワンピースに、白い花束。

 もう寒いのに、手が赤くなっているのに、コートも羽織らずにその場所に立ち尽くしている。

 ルリは、そっと地面の上に花束を置いた。


「しばらくお別れです。ナデシコBは宇宙勤務ですから、たぶんなかなか帰って来れません」


 墓参り、なのだろう。

 そういえばアカツキから聞いた。

 ナデシコ級の新型艦が軍所属の実験艦と言うことで着艦する、その艦長にルリが選ばれたと。

 それが、今日か。


「・・・なかなか眠れないから、つい来ちゃいました。心配しないでくださいね。仕事はちゃんとやりますから」


 アキトは衝動に駆られた。

 このまま出て行きたい、話をしたい、抱きしめてあげたい、愛情を注いであげたい。

 今まで出来なかったことを、してあげたい。

 ただ一歩を踏み出すだけでいいのだ。

 それだけで、その望みはかなえられる。

 だが。


「・・・・・・・・・・・・寂しいですよ」


 それは、叶えてはいけない望み。

 たとえルリが、たとえアキトがどれほど望もうとも、決して叶えられない望み。

 それを叶えたら、叶えてしまったら、今までの時間が全て台無しになる。

 アキトの怨念が、黒い部分がそう告げる。


「・・・・・・・・・・・・アキトさん、ユリカさん」


 そうだ。

 そんな浅ましい願いなど、自分は願ってはいけないのだ。

 彼女が知っている、テンカワアキトは、死んだのだ。


「・・・・・・・・・・・・これが、最後ですけど」


 もう帰ろう。

 やはり自分は、ここにいてはいけない。

 来てはいけなかった。

 今更思い出に浸ろうなどと言うのが間違いだったのだ。

 もう、捨てた。

 だから去ろう。

 アキトは、ゆっくりと木の陰から姿を消そうとした。

 

 

−ちょうど一年前に この道を通った夜−

 

 

ちゃらりーーーらりーーーちゃらりらりらーーーーーーーー



「っ!?」


 息が、詰まった。

 どくん、どくん、どくん。

 胸が、今までにないほど激しく鼓動している。



ちゃらりーーらりーーーちゃらりらりらーーーーーーーーー



 どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくん

 この音は。


『これが、最後ですけど』


 あの日以来聞いていない、二度と、聞けなかったはずのあの音。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、胸が痛い。



ちゃらりーーーーーぷぴ



 はは、やっぱり、まだ下手くそだよ、ルリちゃん。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しいッ。



ちゃらりーーーーーー



 そうだよね、間違えた所はいつも吹きなおしてたっけ。

 そのたびにユリカは笑ってたっけ。

 ごめん、実は、俺も笑ってたんだ。



ちゃらりーー・・・・・・



 音がしなくなった。

 アキトは見ることは出来ない。

 苦しい、痛い、苦しい、痛い、苦しい、死にたい、泣きたい、痛い、苦しい、壊されたい、痛い泣きたい抱きたい話したい。


「・・・・・・・・・・・・また、来ます」


 その声は、確かに、少しだけ、泣いていた。

 

 

−あの時と同じように 雪がちらついている−

 

 

 ルリが去った後も、アキトは動けなかった。

 木にもたれかかったまま、動けなかった。

 いつしか、辺りには薄く雪化粧が。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・ジャンプ」


 それは、彼女の白い肌のように。

 

 

 

 

 

 

 病的なほどに白い空間、その中には誰もいない。

 いや、今出現した。

 隔離された白い部屋の中に、黒衣をまとった男が一人。


「・・・うう」

 

 

−何でもないような事が−

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

−幸だったと思う−

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

−何でもない夜の事−

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ」

 

 

−二度とは戻れない夜・・・−

 

 

そして、

 

 


 

ロード
-ROAD-

作詞/作曲:高橋ジョージ
編曲:虎舞竜
唄:THE 虎舞竜


ロード〜第二章
-ROAD-chapter2-
作詞/作曲:高橋ジョージ
編曲:虎舞竜
唄:THE 虎舞竜

 


 

アンニョンハセヨこんにちは。hiro-mk2です。

歌シリーズ第2弾、今回は不朽の名曲、「ロード」より歌詞を拝借しました。
どんなもんだったでしょうか?


強烈な歌詞と感慨深いサビ、そして印象的なハーモニカによるイントロ。
恐らくは全ての人々にトラウマを残したのではと思えるほどのこの曲を使おうと思ったら、このシーン以外ありえませんでした。
サビの歌詞、そしてメロディー。
何をもってしても、この場面以外に符合するシーンはありません。


歌に詳しい人はお分かりでしょうが、今回の歌詞は、ロード第一章および第二章から使えそうなところだけをとりました。
本来の曲だとストーリーありすぎで弄れなかったんですよ、これが。
いや、そこがいいんですけどね、この曲は。


歌で人の心を動かすことは可能です。
では文章で人の心を揺り動かすことは出来るのでしょうか?
一人のSS書きとしての、永遠の課題です。


では、でわ。

 

 

 

 

代理人の感想

く・・・泣ける。

前回の「覚悟完了!」といい、なんと言うか、「B」に比べても筆が冴えてるような気がします。

hiroさんに合ってるんでしょうか、こう言う書き方。

まぁ単に短編でしかもテーマとイメージが決まってるからかもしれませんけど、

筆が走ってるのは多分欲目じゃないでしょうし。