一騎当千
〜第十二幕〜

























雨が二人の男に滴りを与える。

その雨は道を泥濘に変えて、いたる所に水溜りを作り出している。


パシャッ


大斧を担ぐ男が一歩踏み出す。


(この男がテンカワアキト……)


彼、徐晃はその男だけを見ていた。


雨で濡れていることなど関係なかった。

目の前に自分の心震わす相手がいるのだ。

見ただけでその強さを感じる。

その底は計ることができない。

かの関羽や呂布と相対した時のような感覚…いやそれ以上かもしれない。





自分を更なる高みに引き上げてくれるであろう相手……


「これは一騎討ち!手出しは無用!!」


彼は兵たちに大音声で言い放つ。



魏の兵だけでなく相手の兵もまた彼らを中心に囲みを作る。

相手の兵に気をかけながら二人を見守る。

もちろん隙あらば相手に向かっていくだろう。

しかし誰もが見てみたいと思ったのだ。


この自分達とは異質な気を放つ武人達の戦いを…



「さあ、参る!!」















俺の目の前には徐晃と名乗る人物がいる。

かなりの実力を持つ人であるとわかったが、何よりそこから感じる「質」というものに興味が引かれた。





戦いに身を置く者……戦人(いくさびと)





彼は大きな斧、持っている柄の部分が長い斧を構えている。

その武器の重さに対してその構えは、瞬時に攻撃に移れることを意味していた。


俺もまた構える……視界に彼だけが映る。

相手もおそらく同じなのだろう。

緊張が高まっていくのが自分でもわかる。

真剣な気は実力に関わらずどんな相手でも緊張を与える。

徐晃の気は真剣そのものだった。



「……いくぞ!!」










水しぶきがあたりに散る!


















最初に仕掛けたのは徐晃だった。

気合の声を上げて斧を振り下ろす。

鋭い一撃だった。


ガッ!!


アキトはそれを避けるのではなく刃の部分をつかみ受け止める。

支える足が泥濘に後をつける。



純粋な力比べだった。




アキトは避けることができたはずだが、彼はそうしなかった。

それは興味が湧いてしまったから……力比べをしたいと。



予想通り大きな力を受け、足が地面を抉っている。

指先に鈍い痛みを感じていることから、完全には相殺できず切っているだろう。

この結果に彼は心の中で苦笑を浮かべる。






「うおおおお!!!」


徐晃が雄叫びを上げ、更なる力を込める。

しかし、それ以上は動くことはなかった。





彼は純粋に驚いていた。

振り下ろす斧を受け止め、自分と力比べなどをする者は今までいなかった。

だが、それを可能とした相手が目の前にいる。

自然と笑みが浮かぶ。








瞬間、徐晃は力を抜き、柄を放す。

アキトはまさか武器を放すとは思わず、瞬間隙ができる。

そのときすでに徐晃は下段の蹴りを放っていた。


ビシッ!!!


徐晃の蹴りがアキトのすねを撃つ。


「くっ!!」


アキトはその痛みに耐えるも、その衝撃までは殺せなかった。

足元が泥濘というのが災いして、バランスを崩す。

そこに徐晃が肩口に一撃を撃つ。

が、アキトは驚異的な反応を見せそのポイントをずらした。




本来なら関節が破壊される一撃だった。

徐晃がその反応に驚く。

アキトはその隙を逃さず、間合いを取った。

バランスを崩している以上、強引に攻撃するわけにはいかなかったのだ。










徐晃はアキトを視界に入れながら、落ちた斧を拾い上げ再び構える。



一連の動きはまさに流れるような動きだった。

地形、環境を活かした戦い。






アキトと徐晃には決定的に違うところがあった。



それは経験の差

約五年ばかりの戦いの経験しかないアキト

数十年命をかけた戦場に身を置いてきた徐晃


これは、武術の試合ではない。

殺し合いだ。


そこには経験と覚悟の差が出る。


雨で悪路だという状況を考え、あえて武器を放し下段を攻める。

教えられることのない学んだこと

経験があるからこそできる戦術なのである。











(あの反応、おそらく単純な実力でいけばテンカワ殿に分があるだろう)


徐晃は冷静に分析し、冷たい汗が出るのを感じていた。

しかし、同時に高揚感も感じていた。


(ここまでの相手!……我も良い死に場所を得ることができるか……)


アキトは強い、誰よりも…それは相対したものだからわかる。

数々の猛者が逝ってしまった中、自分もまたいつかは死ぬ。

その中で死に方を考えることもある。

強者との戦い

彼の中ではそれがすべてだった。


(だが、簡単には負けぬ、短期決戦!それにかける)










(強い……!)


アキトは感じる。

先ほど打たれたところが痺れている、が戦闘には支障がないと判断した。

徐晃の動きについては予想に反していた。

まさか武器を手放すとは思わなかったのだ。


(まだ、甘いな……)


自分を叱咤する。まだ試合と思っているのだろう。

しかし、これは死合だ。

あらためてそれを認識した。










二人は再び動き出す。

水溜りに二人の動きで波紋が浮かぶ。


徐晃が一撃を放てば、それをアキトはさばき。


アキトの一撃を徐晃は避ける。


その繰り返しが行われる。

互いに決定的な一撃が決められなかった。

見ている分にはアキトが押している。

が、決着はつかない。















(俺と彼との違い……経験の差か……)


アキトは相手との相違点を見抜いていた。

経験だけは時をかけるしかない。

経験というのは、ある意味第六感となりうる。

自分も死線を潜り抜け、経験を積んだが、こういった死合にその差が如実に現れる。

そして、徐晃は間違いなく自分より死線をくぐっている。



(……一点集中……それしかない)



下手な小細工は読まれる。

ならば、相手の反応を超える一撃を与える。

しかも、相手の攻撃と同時に…

でなければ、おそらく直前にその動きを読まれるだろう。

如何にして、その一撃を発動させるか。

その前に読まれれば避けられる。

発動すれば間違いなく当たる。




アキトは神経を集中させた。
















アキトは軽く跳んで間合いをとる。

そして、静かに構えた。


(何をするつもりだ……)


徐晃はアキトの気が高まっていくのを感じた。

かなりの集中をしている。

徐晃はアキトの目を見る。

その目は輝いていた。


(誘っている?……面白い!)



「…我が一撃、全力を持って放つ!」


徐晃はその誘いに乗った。

腰溜めに斧を構え、矢のように出る。


「ハッ!!!」


渾身の一撃を振り下ろす。

それが本当に斧の一撃なのか信じられなかった。

まるで鞭のようなしなりだった。


アキトはまだ動かなかった。

ただ、徐晃を見ていた。

その刃が眉間に迫る。


ザンッ


斬った。

その一撃は地面を抉り、斬線が走る。


しかし


(……手応えが………ない!!)










その瞬間、彼は舞っていた。

懐のアキトの肘の一撃によって……









鈍い音を響かせながら徐晃は飛び、地面をすべる。

そして止まる…。

あたりに雨の音が響く










「…何が……」


彼はかろうじて、上半身を起こす。

鈍い痛みが走る。おそらく骨を数本やられているだろう。

すると斬られたはずのアキトがしっかりと立っていた。

ただアキトは額を少し切ったのか、少し血が出ている。




それを見て徐晃は悟った。

自分は最後のところで彼を見ていなかったことを。


確かに一撃がアキトにあたる寸前まで彼は動いていなかった。

いや額を切っていることから当たっていたのだろう。

ただ、その瞬間に気殺をして自分の懐にもぐりこんだ。



徐晃は一撃が当たったと思っていた。

だから、アキトが斬られたような錯覚を作り出してしまったのだ。






(……それにしても)


驚くべきはその見切り。

死と隣り合わせの動きであった。

彼は自身の敗北を認めたのだった。















「……見事だ」


徐晃がつぶやいた。

アキトが近づいてくる。

お互いが顔を見た。


「テンカワ殿、私の負けだ。貴殿ほどの者と戦えて幸せだった」

「あなたも、強かった…」


そして軽く笑った。

アキトの正直な気持ちだった。


「それは光栄だ……その言葉――」


そこで徐晃が懐を探る。




「――わが死出の餞となるな!!」


そこで懐の刀を自らに振り下ろそうとする。



徐晃は満足だった。

ここまでの相手と戦えて…

そして、先ほどの一撃でアキトが自分の命を奪うことはしないことを悟っていた。

先ほどの一撃は手加減していることにきづいていたのだ。


だから、自らその幕を下ろすことにしたのだ。







赤い花が咲く

赤、それが徐晃が意識を失うときに見た絵だった。








そこには血があった。


「間に合ったか……」


アキトはつぶやく。目の前には徐晃が倒れている。

そして、アキトの左手は朱に染まっていた。





徐晃が刃を振り下ろした瞬間。

アキトはその刃を自らの左手で止め。

右手で鳩尾に一撃を入れて気を失わせたのだった。


「俺の目の前で死ねるなんて思わないほうがいい」


そう言い放つ。

そして、敵将ということで捕虜にするべく担ぎ上げようとする。



が、そのとき


アキトは軽く後ろに飛ぶ。


ヒュッ!


そこに、矢が突き刺さる。

正確な射撃だった。


『今度は何!!』

『次から次へと…』


ディアとブロスの声が心の奥から聞こえる。


「さて、次のお相手かな……」


アキトは、冷静に状況を判断していた。

その気を感じていたため、大して驚いてもいなかった。



「……!!」



しかし、振り向いた先に、アキトは驚かざるを得なかった。

青き衣の美女がそこには存在していた。

先ほど放った弓を捨て、その手には笛を持っている。


「私は魏帝曹丕が妻、甄姫と申します……お相手、お願いいたしますわ」







戦闘の第二楽章が始まる。

雨はその勢いを増していった。















「あと、少しだ!!!!」


東の砦では、趙雲たちが優勢だった。

砦のすぐ近くまで攻め込んでいる。

士気も高く、東砦が落ちるのは時間の問題だろう。


「何とか、落とせそうね」


隣に小喬がやってくる。

ところどころ返り血で朱に染まっている。


「ええ、この砦の守将を倒せば……」



そこに兵たちの歓声が聞こえた。


「徐盛殿が敵将張普を破ったぞ!!!」

「後は砦を占拠するだけだ!!!」





「やった、あたし達の任務は完了だね」


小喬が弾んだ声で言う。

が、趙雲は浮かない顔をしていた。


「子龍、どうしたの?」

「いや、嫌な予感がして……」


その言葉に彼女は怪訝な顔をする。

砦が落ちるというというのになぜそう感じるのだろう。


「考えすぎよ…」

「そうであってほしいですが……私の場合、嫌な予感というのが外れたことがないですから……」


そう趙雲が答えたところで変化は起こった。




ドガッ!



「!!!」


小喬達の目の前、味方の兵たちが吹き飛んだのだ。

とっさに二人は飛んでくる兵に巻き込まれないように体を動かす。


「何が……!!」


小喬が誰もが思ったことをつぶやく。

一方、趙雲は厳しい顔をしていた。



彼は感じたことがあった。その気を…



そして、槍を構える。

自分の記憶が確かならば……油断することは許されない相手。







そして、目の前の兵が破られ、二人の前にその人物が姿を現す。


「なんとか、間に合ったみたいだなー」


彼は戦場には似つかわしくないのんびりとした声を出した。

しかし、そこには強大な気が含まれていた。






「……許楮…仲康……」



趙雲はその名を発した。

じっとりと手に汗がにじむのを感じる。


許楮、魏随一の猛将である。

その武勇は彼も聞き及んでいるし、戦場で相対したこともある。

蜀の同僚である馬超と互角の戦いを繰り広げたとも聞いている。


「あれが、許楮……」


小喬がつぶやく。

彼女は噂には聞いていた。

魏の虎、許楮の名を……


目の前の大男は巨大な柄のついた鉄球を持っている。

そしてそれを軽く振り回している。

それだけでも彼の怪力を測ることができる。

その一撃は、鎧をつけていても関係なく死へと導くだろう。



「この砦は落とさせないようにする命令だー」

「いいえ、落とさせてもらうわ」


小喬が扇で許楮を指す。


「魏の猛将、許楮……この小喬が――」

「この私も……」


隣に趙雲が並ぶ。


「趙雲じゃねえかー、おまえなんでいるんだー」

「今はアキト様に仕える一将としてここにいる!!」


許楮の問いに趙雲は律儀に答える。


「まあいいや、おいらにゃ関係ねえ……お前達を倒すだけだー」


そう言って許楮は武器を構える。


「こっちも急いでいるの、悪いけど二人でいかせてもらうわよ」


小喬、そして趙雲もまた戦闘態勢に入る。


攻める者

守る者







双方がぶつかり合う………




















『……アキト兄』

『綺麗な女の人よね…』


二人の呟きが聞こえる。

確かに綺麗な女性だった。

戦場にいるのが信じられないぐらい。

とりあえず、俺は女性を観察する。


まず、つややかな黒髪を持ち、綺麗な額冠をしていた。

そして蒼い、俺達の世界でいう女性用中国服(チャイナドレス)をこの上なく着こなしている。

手には装飾が施された笛を持っていた。


確かに皇帝の妻であるということはわかるが違和感を持たざるを得ない。

しかし、ここは間違いなく戦場だ。

彼女が持つ気の大きさからも相当な使い手であることがわかる。

しかも、それだけでない「何か」を彼女から感じるのだ。




「テンカワアキト……、殿に仇なす以上、見逃がすわけにはいきません」

「………俺は殺し合いをするつもりはない……」



俺はその「何か」の正体を見抜くために警戒しつつ答える。


「それはあなたの勝手ですわ……、しかしこちらはそのつもりですから」


甄姫という女性は軽く微笑みながら返す。

冷笑というものだろうか……。


「まあ、あなたの意志は関係ありませんわ……そうしたいのならそのまま死になさい!!」


その瞬間、甄姫が踏み込んでくる。

鋭い蹴りが俺の足元を薙ぐ。



この動き、体術を主体とした攻撃か……

だとすると余計に笛を持っていることがわからない。

殺傷能力のある武器は他にもあるはずだ。

ひょっとして暗器か……!



俺はそれを警戒して、仕掛けることができなかった。

相手が女性だからというところもあるが……


彼女は息もつかせぬように連撃を放つ。

俺はなるべく隙を見せぬように甄姫の姿を捉えながら捌く。

時々、笛で打撃を与えてきたが勢いをそらすことで対応する。


(何も仕掛けてこないな……)


しばらくそんな肉弾戦をしていたが、次第に俺の考えが杞憂だと思い始めてきた。

ここまで何の不穏な動きはない……暗器などはないのだろう。

違和感にとらわれすぎて、慎重になりすぎていたのでは……と感じていた。


(ならば、ここで終わらす!)


俺はそこで勝負を決めるべく動いた。





そのとき




甄姫が突然後ろに飛び間合いを取った。

偶然なのか、それを待っていたのかはわからないがとにかく俺と彼女の動きが重なった。



俺が間合いを詰めようとする。

彼女が間合いを取る。


これが同時に行われた結果、俺の「間合いを詰めてからの攻撃」という行動がキャンセルされた。

そのタイムラグは俺に隙を与える。


(しまった!!!)


俺の中で彼女に感じる何かが大きくなっていく。



その瞬間、彼女は目の前で――













笛に口をつけた














ヒュィーー










綺麗な音色だった。









そして俺は不可視の力にとらわれた。














なんだ、この力は!

頭が……、動きが封じられる……?



俺は完全に虚を付かれた。

まさか、音が武器だとは……形あるものが武器とは限らなかった。

自分の不甲斐なさを呪う。


俺の五感は常人より優れている。

つまり、この攻撃は俺にとっては厳しいものなのだ。

何とか抵抗しようとするが、圧力によってうまく力が入らない。



「どうですか、私の笛は……気に入って?」


甄姫がいったん笛をやめ、言い放つ。

笛の音がやんで動けると思ったが、先ほどの音は俺の三半規管に異常を与えたのか、うまく動かなかった。

周りの兵たちが影響を受けていないとなると、これは一定の範囲で効果があるものだろう。

ならば、その範囲外に逃れなければ……


「それでは、最後にこの曲を聞きながらお眠りなさい」


そして再び笛を吹き始める。

先ほどとは違い、衝撃が大きかった。


まずい!このままでは……


「くっ……!うううおおおおおお!!!」


俺はすかさず集中し昂氣を発動させる。

蒼銀の輝きが俺にまとわりつく……


俺のこの姿に兵たちから驚きの声が上がる。

昂氣のおかげで音による効果は打ち消すことができたが、身動きは取れなかった。

先ほどの影響で少し集中力を欠いているのが大きい。

感覚がないのであれば慣れているが、逆に感覚が乱れている分、集中ができないのだ。

いくら魂の力といえども、集中しなければうまく発揮できない。



よって現在の状況は膠着状態となっている。

いや不安定な分、俺が不利かもしれない。


たった一つの油断が、こんな窮地を作っているのだ……。


俺は歯軋りをした。


















そのとき、その膠着状態を破ったのは、俺でもなく彼女でもなかった。









甄姫が突然笛の演奏をやめ、その場を飛びのいた。


カッッ!


足元に矢が刺さっていた。

瞬間、俺への圧力がなくなる。


「…クハッ!!……ハア…、ハア…」


俺はそこで息を整える。

徐々に乱れた感覚が戻っていく。


「アキト!大丈夫…!!」


聞き覚えのある声がした。


「すまない、尚香ちゃん……助かったよ」

「これは貸しだからね……後で返してもらうわよ」


俺は助けてくれた人物―尚香ちゃんに礼を言った。

その手には小さな弓を持っている。


彼女の矢が、甄姫の演奏を止めてくれたのだ。


「でもアキトらしくないわね……あなたの実力なら簡単でしょ」

「面目ない…油断した」


尚香ちゃんの責めの言葉に俺はただ反省するしかなかった。

先ほどから油断してばかりいる。







「あら?あなたが有名な『弓腰姫』……?」


少し離れたところから、甄姫が微笑を浮かべ声をかけてきた。

そこに焦りなどはない。


「そういうあなたも有名よ……『戦場の妖』さん?」


尚香ちゃんも微笑んで返す。

ただ、お互いに目が笑っていない。


尚香ちゃんが弓を捨て、圏を両手に構える。

そのときも決して隙を見せてはいない。

顔は相手を向いている。


「アキト、ここは任せて」

「しかし……」

「ここは私でも抑えておくことができる……でもこの戦いは……」


その言葉に俺は頷く。

確かに、この正面は押さえておくだけでいい。

重要なのは東西の砦を落とすこと…


「西砦の大喬義姉さんが危険らしいの……」

「………!!」

「アキト……お願い!」


そこで尚香ちゃんは俺の顔を見た。

真剣な目だった。




――護って――




その瞬間、俺は走り出していた。

西の砦に向かって……


「お待ちなさい!」

「どこを見てるの?あなたの相手は私よ?」



(…アキト……お願い……)






















(戦況からして、中盤に差し掛かったか……)


司馬懿は伝令の報告を聞きながら分析していた。

戦況は多少の違いこそあれ、ほとんどは司馬懿の目論見どおり進んでいた。


(西砦以外は予定通りといったところだが……張コウを配したのはまずかったか……)


伝令の報告を聞くかぎり、張コウの活躍が目立っているのだ。

負けてもらうことを考えるとまずいのである。

しかし、司馬懿は焦ってはいなかった。


(フッ…やりようはいくらでもある…)


黒い羽扇で口元を隠す。

そう、自分の指示一つで戦況を変えることができる。

だから、今は自分の計略を成功させることを優先させる。


「……師よ……」

「こちらにおります、父上」


司馬懿の声に、護衛兵が反応する。

彼は見た目、兵卒の格好をしているが、それは息子の司馬師だった。


実は司馬師は現在、都の方にいることになっているのだ。

だから、このような格好をしているのである。



「……首尾は……?」

「手筈通りに弓兵数名を逃走地点に配置しております」


その答えに司馬懿は満足げに哂う。

が、次の瞬間、その笑みを消す。


「いいか、決して誰にも見られるな……そして生かすな」

「心得ております…」

「…そうか、ならば良い」


そういって何事もなかったように司令官の任に戻るのだった。
















「戦況は……微妙だな……」


周魴は砦の北で戦況を見守っていた。

手筈では東西の砦が落ちたとき、曹休軍に攻撃をするというものだった。

自分の軍は、一緒に降って来た人間が数十人いる。

それが各兵長として付いているので、実際寝返った場合、多くの兵を巻き込むことができる。

それでなくても混乱を引き起こすことができるだろう。


その段取りなのだが、見た限り、東西の砦はまだ落ちていない。

兵力の差がある。時間をかければかけるほど戦況は悪くなる。

周魴は少し焦っていた。


(この状態…東西の砦が落ちるまで待つというのは微妙だ)


彼は時機を見ていた


(自分が復帰することによって東西の砦が落ちるきっかけとなるようにしなければ…)


そう、東西の砦が落ちるのを待つのでなく、自分が魏を裏切ることで混乱を引き起こすのだ。

その隙に東西の砦が落ちれば、策は成功する。


ただ、時を誤れば、包囲は完成せず大量の兵が殺到し踏み潰される。

そうなると、アキトたちの勝ち目がなくなる。


(機を読め……)


周魴は集中した。この上なく。

その瞬間を逃さぬために……















「ハア……ハア…」


大喬は肩で息をしていた。

雨と汗で額に髪が張り付いている。

服が水を吸って重くなっているため体が重い。

しかし、体が重いのはそれだけでなかった。



いたるところで服が裂け、五条の赤い筋が走っている。

張コウの爪をその身に受けていたのだ。


もともと大喬はその俊敏さを活かした戦いをするのである。

しかし、相手は自分よりも速かった。

かろうじてその攻撃をかわしていたがかわしきれないときもあった。

そしてその傷は、彼女の集中力を奪っていく。


雨という状況も彼女の敵となっていた。

泥濘となった地面が自分の足運びを妨げるのだ。

体も重い。


(もう、限界かしら……)


自分の周りにはそんなに多くの兵がいるわけではなかった。

ほとんどは砦の攻略に向かっている。


張コウを相手にすることができる者は限られている。

だから、無駄に兵を失うより、砦を落とすことを優先させたのだ。

その間、彼を彼女が抑えているのだった。


こちらとしては、砦が落ちれば自分の勝ちだ。

しかし、自分がやられてはこの西の軍は壊滅する。


負けるわけにはいかなかった。

だから自分のできることは時間稼ぎだけだった。


もう疲労が体全体を覆っている。


「……なかなかやりますね…ですが、ここまでですね」


張コウは余裕の表情で彼女を見ていた。

どちらかというと楽しんでいるように見える。


「さすがに、これ以上時間をかけるわけにもいきませんから」


どうやら勝負を決めようと思っているようだ。

両の爪を胸の前で交差するように構える。


「さあ、散りなさい!!」


張コウは地面を走るというより、水面を駆けるかのような動きで大喬に迫る。

そして走りこみながら交差にした腕を広げるように爪で大喬を薙ぐ。

彼女はそれを後ろに飛ぶことで避けるが、着地したときにはすでに張コウが間合いを詰めていた。

彼の追撃が彼女を襲う。


「クッ!!」


さすがに動きに対応できず大喬は反射的に身体をそらすが、バランスを崩して地に背中から倒れこむ。

しかし、それが幸いしたのか彼女の上を張コウの爪が通り過ぎた。

が、彼の左腕の爪が倒れた彼女に爪を突き立てるように振り下ろされる。


ガッ!!


張コウの爪が地に突き刺さる。

大喬はかろうじて身体を横に転がして避けていた。


これにより間合いを離れた彼女は再び立ち上がり体勢を整える。



彼女の身体はボロボロだった。

その身体は雨と血に濡れ、先ほどの攻防で体中泥だらけである。


そこには「二喬」と呼ばれる美しさはなかった。

花は泥にまみれている。



「……無様ですね……」


張コウが呆れるように言う。


「せっかくの美しさが台無しです。潔く散れば美しかったでしょうに……」

「………」


大喬は黙っていた。


「まあ、次は逃しません……。私が手折ってあげましょう!!」


そう言って再び張コウは大喬に向かっていった。






彼女の視界にいる張コウの姿が徐々に大きくなってくる。

彼の持つ爪が不気味に輝いているのがわかった。

もう、先ほどの攻防で自分の力を使い果たした。

避ける力も気力もない。


あの爪が振り下ろされれば自分は死ぬ。

そう感じた。








「………やだよぅ……」


幼い声だった。

普段の大人とした彼女のものとは異なっていた。

ここに来て、彼女の戦場での「仮面」が剥がれたのだ。

そこには気弱な女性しかいなかった。




「………ごめんなさい……」



それは誰に向けてのものだったのだろうか。




大喬は目をつぶった。

最後だけでも自分の大切な人の姿を想っていたかった。

彼女の目尻から涙が生れるが、雨と一体となって地へと流れていった。










そして

爪が振り下ろされた。

















続く





あとがき、もとい言い訳


はい、第十二幕でした。

また、引っ張ってしまいました。

意外に長いので区切るのが難しいのです。

これから似たような引っ張り方をするのでお気をつけください。


さて、今回は徐晃、甄姫との対戦を中心としました。

アキトは強いですから、勝つには「経験」か「知恵」「戦術」しかないわけです。

さすがにパイロットならともかく格闘で五年そこらの戦いでベテランというのも何ですからね(NTでもね)

結構アキトが昂氣持ってから最強と感じているので、そこら辺拾ってみました。

昂氣持ってから命の危機を感じることはなくなったこともあり、油断しているとも思いましたし……。


さて、あと大喬はピンチです。

ちなみに最後の二つの台詞はゲーム中の彼女の戦死シーンから引用しました。

まあ、どうなるでしょう。←なんだかなぁ……


新しくマッチアップとなったのは尚香vs甄姫です。

女の戦いです。


というわけで石亭謀略戦もクライマックスを迎えます。

あと二、三幕は続きます。←クライマックスじゃないのか(笑)

コメディ期待している方には申しわけないです。

シリアスはまだまだ続きます。


感想を下さった、影の兄弟様、孝也様、マフティー様、とーる様、encyclopedia様、

義嗣様、カイン様、疾風魔狼様、本当にありがとうございました。

次回も楽しみにしていてください。

それでは


PS 実はエピローグで使う漢詩を作ってみたんですが、当て字ばかりで韻とか全く踏んでいない自分に気づく。

   だれか詳しい人いませんかね……

 

 

代理人の感想

「この笛の音は貴様の脳に直接響くのだ!」(核爆)

 

・・・すいません、つい(爆)

 

それにしても漢詩ですか・・・・ちょっとお役には立てそうもありませんね。

大体、こう言うHPに来る人のどれくらいが漢詩がわかるのかという話もありますが(笑)。

 

 

追伸

許楮が好き(笑)。