一騎当千
〜第十四幕〜


















はるか南の地、南蛮と呼ばれる地の空は星が瞬いていた。

その空を篝火が朱に染めている。


篝火は定期的に置かれており、周りには武装した兵が歩き回っている。

見る者がみれば、それが陣であることに気づくだろう。





その陣の様子を見渡せる高台に一人の人物がいた。



諸葛亮孔明、その人だった。







彼は陣から感じる安堵の雰囲気を感じながら、思案に耽っていた。


「南蛮はもう反乱することはないでしょう……」


彼はつぶやく…





そう、諸葛亮をはじめとした元蜀軍は南蛮の反乱を契機に、そこを平定するために行動していたのだ。

南蛮の地においてはその気候、環境に戸惑うことはあった。

実際向こうは彼らを侵略の軍とみなして苛烈に攻撃をしてきた。




諸葛亮はアキトから言われていたことを守り、無駄な戦いはしなかった。


自らの力を示す、そして彼らの心を折り、心服させること。


それをただ遂行したのだった。




相手の総大将である、南蛮王「孟獲」は血気盛んに攻めてきた。

その彼を諸葛亮は捕らえては逃がすを繰り返させ、計七回彼を捕らえたのである。




本来、敵の総大将である彼を斬れば、そこでその戦いは終わる。

だが、諸葛亮はそれをただ相手の憎しみを増させるだけと考え、それをしなかった。

あくまで侵略ではないということを示したかったのである。



その努力が実ったのか、七度目の捕縛において孟獲は負けを認めた。



彼自身、はっきりとした性格の人物であった。

負けた以上、従う意志を決め、以下の諸将もそれに従った。


その孟獲たちに対して、諸葛亮はアキトの意志を伝える。

そしてその後の統治方針を彼に任せた。

「その土地のことはその土地のものが考える」

至極当たり前なことを彼らに与えた。


それを知り、孟獲たちは喜んだ。


彼らは、侵略されるものと思い抵抗していたのだった。

自分達が守られるということで、それは安堵に変わる。

よって彼らはアキトに忠誠を誓うこととなったのだ。




こうして南蛮は平定された。

これによりアキトたちは魏にのみ注意が払うことができるようになったといえる。




諸葛亮自身は殲滅戦とならなくて良かったと思っていた。


憎しみは憎しみしか生まない。

新たな時代のためとはいえ……



そこで彼は考えをやめて空を見上げる。

青白い光が空に浮かんでいる。


(アキト様はどうしているのだろう…)


ふと遠い空の主を案じる。




早馬の報告で、魏が侵攻してきたことを知った。

彼自身、相手が司馬懿なら攻めないと思っていたため、まさに晴天の霹靂だった。



南蛮に進軍したことを瞬間悔やんだが、次の瞬間、その心配を打ち消した。

ある意味信頼しているといってよい。

アキトならきっとどうにかするだろうと…



これは勘だった。




「軍師殿…こちらに居られましたか…」


背後から声がした。


振り向くと、そこには眉目秀麗な男性が立っていた。

自信にあふれた雰囲気を感じることができる。


「おや、馬超将軍……どうなさいました?」


諸葛亮は男―馬超に声を返す。


馬超孟起、蜀における五虎将軍の一人であり、錦馬超と呼ばれる人物である。

この南蛮の戦いにおいても、活躍をしている。


諸葛亮の問いに馬超は少し戸惑ったようだ。


「いや、ただ姿が見られぬので探していただけで……」


彼自身、諸葛亮がいないことに疑問を持って、探していただけであって特に何か用事があるわけでなかった。


とにかく考えたら行動をする人物だった。

それでいて戦闘における判断力はずば抜けている。



不思議な人物だった。



彼らしい…諸葛亮は思った。


「そうですか、ならそろそろ戻りましょうか……」


風が出てきて、肌寒くなってきた。

このままいても特に意味はないだろう。



彼は自分の天幕に帰ろうとし、最後に再び空を見上げた。

そのとき




星が線を描きながら流れた




「なっ……!」


彼はそれを見て何かを読み取ったのか、驚きの声を上げる。


「どうなされた!」


馬超が何事かと声を荒げる。


「将星が…………堕ちました……」


彼は唱えるようにつぶやく。



その言葉を馬超は聞いた。

彼自身、将星が堕ちるということが何を意味しているかは知っていた。

自分の同僚が亡くなるときも、自分の元の主が亡くなるときも将星が堕ちたという。


「今度は誰が……」


馬超が沈痛な面持ちで言う。


「わかりません……ただ――」


諸葛亮はそこで悲しい顔をする。


「――大きな変化が北の地で起こる……」


占星術、星読みができる諸葛亮はそう答えたのだった。




(アキト様……)






篝火のはぜる音が彼の耳にやけに大きく聞こえた















そこには馬の蹄が泥濘をたたく音が発せられていた。

しかし、雨の音にそれはかき消されている。


曹丕と甄姫そして数名の護衛兵が、馬により戦場から離脱していた。


「殿、もう少しで我が領内に入ります!」


甄姫が曹丕に声をかける。


しかし、曹丕は何か考え事をしているようだった。

仕方なく、甄姫は引き続き馬を走らせる。




曹丕が思っていたこと…



それはこれまでの自分の行動だった。

自分が退却している現実、それによってあらためて自分を見ることができた。


彼自身、自分がおかしかったということがわかった。



なぜ、自分は無理な侵攻をしてしまったのか。

なぜ、自分は周魴の策にはまってしまったのか。



自分が「選ばれた人間」でありたいという気持ちに嘘はない。

ただ、それでも自分は異常であったとあらためて思った。



そのために多くのものを巻き込むこととなってしまった。



だが、その彼にしても司馬懿の行動に疑問を感じずにはいられなかった。

自分は確かにおかしかったはずだが、なぜ司馬懿は周魴の策を見抜けなかったのか…

疑問はよぎるが、自分自身が悟れなかったこともあり、その疑問を棚上げする。



そして横で走っている甄姫を見る。

自分を案じていることがよくわかる。

こんな見失っていた自分を……




曹丕は彼女に詫びたい気持ちになっていた。

いや彼女だけでなく、魏の諸将、兵すべてに……




曹丕は突然馬を止めた。


「殿……!?」


甄姫を始め、護衛兵も驚きの顔をする。



曹丕はただ、言いたかった…「すまぬ」という一言を……




「甄姫よ……――」



曹丕が甄姫の顔を見る。

彼女の顔は困惑の表情をしている。



曹丕は軽く笑う。




「――……すま…」






がその言葉を言い切ることはできなかった。





瞬間、無数の何かが曹丕を貫いていた。





雨は激しく降り、山間の川は濁流となって流れていた。




















「敵は追え!逃がすな!」


周魴は魏の本陣近く―前線で掃討戦を指揮していた。

馬に乗りながら、剣を振り兵を鼓舞している。



戦況はアキトたちの圧勝となっていた。

包囲戦の効果により、主力である曹休の軍は壊滅。

後は逃げる敵を討つだけであった。


本来、最も相手に損害を与えるのは追撃戦である。


ただ、気をつけなければならない。

追撃戦は逆に逆襲に遭いやすいということも……





司馬懿は本陣で少し高い位置より、なだれ込んでくる敵兵を見つめていた。

その脇には十人ほどの弓兵がいる。


「フッ…周魴よ…我の策通り踊ってくれて感謝する……」


司馬懿はこの上ない冷笑を浮かべる。

その目は、本陣で馬上から指揮をする周魴に向けられていた。


急に司馬懿は手を挙げた。

すると、傍にいた弓兵が弓を構え、矢を放つ準備をする。




「これは礼だ……、ありがたく受け取れ」




手を振り下ろした。













周魴は瞬間殺気を感じた。

そして気づいた時には目の前に矢が迫っていた。


「……!!」


飛んでくる数本ははずれ、数本を剣で叩き落す。

が、それでも限界があった。


刹那、周魴の目が高台にいる司馬懿の姿を認める。

司馬懿は哂っていた。

周魴は感覚的に彼が自分を狙ったのだと悟った。





同時に一本の矢が、彼を貫いた。






「グッ……!!」


矢により体内の血圧が急激に変化し、血流が喉を逆流する。


彼は平行の感覚を失い

そして、落馬した。













アキトは目の前でその光景を見ていた。

彼が魏の本陣に着いたのと周魴が撃たれたのは同時だった。




すぐさま、アキトは名前の知らない男の下へ駆け寄った。

そして、男の上半身を起こす。


(駄目だ…致命傷だ……)


アキトはその傷の様子をみて、助からないということを悟った。

ならば、彼にできることは少ない。

だからアキトは問うた。


「…何か、伝えたいことはあるか?」






周魴は目の前の黒き装束をきた人物が自分を支えているのに気づく。

そして、その人物が自分に遺言がないかを尋ねていることがわかった。


自分も長くないというのはなんとなく理解している。

だから彼はその提案を受け入れた。


「私は……周魴という…者…」







男は苦しい息をしながら、「周魴」と名乗った。

アキトはその名前に聞き覚えがあったが、尋ねることは彼の時間を減らすだけと思いやめた。

周魴は言葉を続ける。


「…我が主…テンカ…ワアキ…ト様に…」


アキトは自分の名前が出たことに驚きつつ、それは自分だという意思を込めて、強く抱いた。

しかし、周魴はそれを認識できないまでに衰弱していた。


「この地に……グフッ!!」


吐血をする。

顔が朱に染まるが、彼は気にしていなかった。


「……平和を……」


震える手がアキトの顔に向けて差し出される。

アキトはその手を握った。

そして、周魴は不思議なことに微笑んだ…


「…頼み……ましたぞ」


そして、力を失った。

彼の体の震えも止まっていた。






戦場に木霊する金属音、怒号が聞こえてくる。









アキトは無言だった。

そしてアキトは傍らに落ちていた「槍」を手に取った。




アキトは感じていた。

周魴を狙った人物を……

それはすぐにわかった。

悪意を持って自分達にその気を発している。







アキトは振り向きざま、手にした槍をその悪意に向けて投げた。











司馬懿は周魴を射落とし、冷笑を浮かべていた。

すべては自分の手の上で踊っていたのだ。


可笑しかった。



そして、司馬懿は用が済んだということで戦場を離脱しようとした。

しかし、その視界に周魴に駆け寄る黒衣の男を見たとき、その行動を隅に追いやってしまった。



司馬懿は初めてこの戦闘で興味というものを覚えた。

そこにある存在感というものが他の者と違うのだ……。


司馬懿はその黒衣の男を見つめていた。



すると周魴を支え、何事かを聞いているようだった。

おそらくは遺言でも聞いているのだろう…そう思った。


このとき、矢で彼を射ることもできたがそうしなかった。

原因は興味が湧いてしまったということだろう。

その場で終わらせるのがもったいないという気持ちがあったからである。




周魴が何事かをいい、そして息絶えたのが遠目でもわかった。


しばらく、黒衣の男は蹲っていたが、おもむろに槍を持った。


そして、突然


その手の槍をこちらに投げてきたのだった。










ガッ!!!


アキトの投げたその槍は一条の光だった。

しかし、その槍は司馬懿には当たらず、その背後の山の斜面に突き刺さっていた。


ツゥー


否、アキトの一撃は司馬懿をかすっていた。

彼の頬に赤い線が走る。

しかし、見ると司馬懿の足元には半歩ずれた足跡があった。


つまり、司馬懿はあの槍を避けたのだった。

しかし避けきれず、かすったという形になった。




刹那


両者の視線が交錯する

二人は遠く離れていたが、そのときそこに距離は存在しなかった。









アキトは感じた

間違いなくこの男は自分の敵だと…

そして今まで相手にしたことのない以上のモノを持っていることを…









司馬懿は感じた

この男は自分の予想を超える人物であることを…

そして自らの野望の最も大きな障害になることを…









その次の瞬間、司馬懿は笑ってその身を翻していた。

そしてそのまま去っていった。






彼はなんとなくわかっていた。

あの相手がテンカワアキトであるということを……





この戦争で、唯一、自分の掌で踊ることなく、自分の予想の外をいった人物。


それがテンカワアキト……





気づいた者がいただろうか、司馬懿は「哂って」いたのでなく「笑って」いたことを…








テンカワアキト、司馬懿仲達……それが初の邂逅であった。






















「殿……!!…しっかりしてください……」


甄姫が曹丕に肩を貸しながら歩いていた。

転々と地面に滲んだ血が続いている。

彼らの背後では、剣戟の音がしている。

曹丕の護衛兵が賊を食い止めているのだった。





それは一瞬のことだった。


曹丕が馬を止めて何かを言おうとした瞬間、前方の茂みより無数の矢が放たれたのだ。

その矢は、ことごとく馬を撃ち、曹丕の脇腹にも一撃を与えていた。

そしてその後、いきなり二十人ほどの武装した者達が襲い掛かってきたのだ。


完全に不意をつかれた形だった。

最初の弓矢で負傷し、さすがに熟練の護衛兵といえどもその命を散らしていくのは時間の問題だった。

甄姫は運良く弓がかすった程度で済んだため、護衛兵が賊の相手をしている間に曹丕を安全なところに連れて行こうとした。



「一体……敵軍が待ち伏せていたというの?」


甄姫が叫びたい気持ちで言った。

しかし、即座にその考えを取りやめた。


(いや、敵はまだ本陣のはず…、しかもこのルートを選ぶというのは地理的に不可能のはず)


そこでまた一つの考えが浮かぶ。

だが、それはありえないことだと思い無視をする。



甄姫と曹丕は来た道を戻っていった。

本陣から退却してくる友軍に出会うことができると判断したためである。



しかし、一向にやってくる気配がなかった。

先ほど捨てた考えが浮かぶ……


(誰かが……殿を狙って……)





しかしその考えも中断せざるを得なかった。

目の前の茂みから、賊の一味らしき一団が飛び出してきたのだ。


「クッ……!!」


後方にも賊が迫っている。

迷っている暇はなかった。

味方のいるであろう方向から離れてしまうが、甄姫たちは山道を外れて森の中に入っていった。





曹丕は脇に深手を負い、出血のため意識を朦朧とさせながら歩いていた。

ふと見上げると、自分の妻である甄姫が必死に自分を逃がそうと走っている。


その美しい顔をゆがめながら彼女は必死だった。



何とか森の中を抜け視界が開けた。

街道であるなら逃げ切れるかもしれない。

そう彼女は思っていた。


「……!!!」


しかし、そこにあったのは断崖の谷だった。


つまり、行き止まりである。

谷には川が流れているが、この雨によって黄土色の濁流となっている。




そして、後ろから賊がやってくる。

その数は最初の頃より少なくなっていたが、それでも今の状況では絶望的な人数だった。

護衛兵もすべて討たれてしまったのだろう。


「さて、もうここまでだ」


賊の頭領格の男が声をかけてくる。

その男は兜を目深に被り、その顔を判断することができなかった。


「このお方を皇帝陛下と知っての狼藉ですか!!」


甄姫が声を飛ばすが、相手はただ無言に武器を構えるだけだった。


「クッ!!かくなる上は……!!」


甄姫は曹丕をかばうように前に立つ。



瞬間、数人の兵が切りかかってきた。


「下賤の輩!!」


彼女はその攻撃をかわして、一撃を返す。

さすがに一人の将として、賊ごときに遅れをとるわけにはいかなかった。

しかし、数の差はどうしようもなかった。


(一対多数の原則は……)


甄姫は瞬間的に判断した。


(……頭を倒すこと!!!)



彼女は先ほどの頭領格の人物へ間合いを詰める。


そして蹴りを放つ。

普通の賊ならばかわせない一撃だった。

だが




ガッ!!


「………!!?」


当たったと思った。


しかし、当たったのはその男の兜だった。

蹴られた兜が空を舞う。



かわされた。

そしてその動きは、間違いなく訓練された軍人の動きだった。


瞬間的に反撃を予期して、間合いを離す。


そして、再び攻撃の機会をうかがうために相手を確認する。


「……なっ!!」


その瞬間、彼女は驚愕に身を固めることとなる。

なぜなら、そこに現れた頭領らしき男の顔に見覚えがあったからだ。







―――夫が信頼し、魏で一目置かれている男が言った。


―――「ご紹介いたします。息子の……」


―――彼女はそのとき末席にいながらその人物を見ていたのを覚えている。









「司馬…師…殿……?」


甄姫が呆気にとられたようにつぶやいた。

しかし、状況はそれを考えさせてはくれなかった。


「くああああ!!!」


瞬間、彼女の肩に激痛が走った。

そこには深々と矢が刺さっていた。

驚愕に隙を見せたことで、矢を避けることができなかったのだ。


肩を押さえこみ、蹲る。


痛みにあえぐその姿は隙だらけだった。

包囲がジリジリと狭まっていく。



そして彼女の命を奪う刃が振り上げられた。






しかし、それが振り下ろされることはなかった。


なぜなら



ズシャッ!!



その賊が斬られたためである。


そこに立っていたのは


「そなたらは、我の首が欲しいのだろう!!司馬師よ!!!」


鬼気迫る気を発しながら立つ、皇帝曹丕の姿だった。















曹丕は、朦朧とした意識の中で、甄姫の様子を見ていた。

自分をここまで逃がし、さらには自らの命を盾にしても助けようとする姿勢に何かを感じた。



曹丕は思い出していた。



自分は「欲を持たない」



しかし、過去に一度だけ欲を持ったことがあった。



それは妻である彼女を見初めたときだった。


袁紹との戦いの大勢が決し、その一族を討つときになった。

そして袁紹の次男の袁煕を攻めたとき、その妻である甄姫を妻に娶りたいと父である曹操に頼んだのだ。



その条件は、一番に城に入ること…


曹丕は必死になってそれを達成した。

そして晴れて、彼は彼女を妻として迎えることができたのである。



それが、曹丕の過去唯一の「欲」


思えば甄姫は自分を恨んでいても仕方がないのかもしれない。

自分の元夫を殺されたのだ。

本人の意思を無視して妻としてしまった。



しかし、そんな自分に対し、彼女は尽くし、着いてきてくれた。



そして、今もその命を賭して、自分を守ろうとしている。




自分は何をこだわっていたのだろう。

振り返れば、自分の大切なものがあったのだ。



これ以上失うわけにはいかない。

こんな愚かな自分のために命を散らせるわけにはいかない。



曹丕は渇望した……甄姫だけでも助けたいと……







だから脇に感じる痛みなど関係なかった。



そして、彼女に刃を振り下ろす相手を斬った。










「さて……司馬師よ……、これは司馬懿の差し金か?」


曹丕は司馬懿がこれを策謀したということを察していた。

もともと、判断力に優れる人物である。

これまでの状況を考えれば、すべてが説明できた。


「………」


司馬師は黙っていたが、それが如実に真実を示していた。

そして、その瞬間二人の兵が曹丕に襲い掛かる。


「雑兵どもが!!!」


それを曹丕は一刀の下に斬る。


皇帝という立場上振るわれることのなかったその武




その剛剣に、兵たちはひるむ。



何より、死を恐れないようなその気が彼らを包み込んでいた。



「……殿……」


背後から甄姫の声がした。

そこには安心したような声があった。

しかし曹丕は振り返ることはしなかった。

自分のこの鬼気迫る顔を見せたくなかったためである。






相手を見ると、曹丕の気にひるんだのか斬りかかるようなことはしてこなかった。

ただ、弓を準備していることから、弓で射殺す魂胆であることを彼は悟った。


時間がない


そう曹丕は判断した。


「殿……お供いたします」


そのとき、甄姫が肩を押さえながら、自分の隣に来た。

おそらく自分と共に死ぬつもりなのだろう。




曹丕は彼女の顔を見ていなかった。




弓兵が弓を構え、その援護を受けながら剣を持つ兵がその包囲を狭めていく。

曹丕たちはジリジリと下がり、とうとう背後は谷になってしまった。

谷の下は濁流である。







「殿……私が最後まで盾となりましょう」


甄姫が覚悟を決めて、曹丕に問いかける。


「そうか……そなたの忠誠、嬉しく思う……」


曹丕は妻の言葉に、敢えて臣下への言葉として返した。


「ありがたきお言葉……」


甄姫もまた、臣下として受ける。







その言葉を聞いて曹丕は一歩前に出る。

彼女は曹丕を背中から見ることとなった。

そして彼は言った。


「その忠義に礼を与える……」


瞬間、曹丕は振り返り




トンッ!!




甄姫を押した。

突然のことで彼女はその力に逆らうことができず、後方―すなわち谷に身を浮かべていた。




「なっ……!!」


甄姫は驚きの声をあげ、同時に急激な落下感を感じていた。

何が起こったのかわからなかった。

いきなり曹丕が自分を突き落とした。


目に見える曹丕の姿が小さくなっていく。

その表情は雨の霧で読み取ることはできない。





そして、身体に衝撃を感じた瞬間、視界は真っ暗となった。













「さて、これで心置きなく戦える」


甄姫を突き落とした曹丕は不敵に笑った。


「…血迷ったのか?」


司馬師はその行動に異常なものを感じた。

こんな濁流に突き落とすなど、狂気の沙汰だった。


「さあ、来い!魏皇帝曹丕の命、安くはないぞ!!」


そんな、相手の反応にはかまわず、曹丕は気勢を上げた。

そして集団に切り込んだ。



彼は強かった。

とても重症を負っているとは見えなかった。

次々と兵が斬られていった。


その鬼神ごとき強さに司馬師は恐怖というものを覚えた。



そのため、彼は乱戦にもかかわらず。

弓兵に発射を命じた。


「グハッ!!」


死へと導く矢が味方と共に曹丕に突き刺さる。

しかし、彼は口から血を吐きながらもその動きを止めない。


「撃て!!ありったけ撃て!!」


司馬師は必死だった。

そして彼の部下も何本も矢を撃った。




(我が妻、甄姫よ……、すまなかった……)


曹丕は薄れゆく意識の中で思ったのは、自分でも国のことでもなく彼女のことだった。


(天よ…願わくは、彼女に幸ある人生を与えんことを……)


そしてすべての動きを止めた…



魏、初代皇帝曹丕は、ただの曹丕としてその生を終えたのだった。









司馬師は曹丕の亡骸をしばらく見つめていた。

その心中は恐れだった。

しかし、すぐにそれを打ち払い、任務の達成を喜ぶ。


そして、彼は崖から濁流を見る。

自分の顔を見られるという誤りをしたが、曹丕は討ち、甄姫はこの濁流である。


「この高さ、濁流ならば……」


生きてはいまい。


そう判断した。



だから彼は後に司馬懿に、始末し、悟られていないと報告した。

しかし、詳しく報告すれば、司馬懿は激しく表情を歪ませていただろう。


小さな、そして大きなことだった。














掃討戦は終盤を迎えていた。

すでに多くの兵は討ち取られるか、捕虜となっている。

少し、暗くなり始め、あと少しで夜という時間を迎えるだろう。

アキトはその中を見て回っていた。



あらためて、転々とある死体を見る。

やはり、戦争というものは悲しいものであると実感する。


『アキト兄…』

『どうしたブロス』

『周魴さん……』


その言葉にアキトは顔を曇らす。



周魴がアキトに残した言葉……この地に平和を……



その言葉を聞き、いつでも人は平和を望んでいることを知った。



戦争には理由がある。

その戦争に行く者は、その理由のために命が賭けられるから戦えるのだ。



アキトは戦争を嫌っている。

戦争とはある特定の利益のために起こされるものと思っていたからだ。

元の時代の戦争は、遺跡という利益を争う戦争だった。

そのために多くの人が巻き込まれ、犠牲となった。


だから戦争は悪だと思っていた。

しかし、この時代に来て、戦争は次に来る時代のためという考えも知った。


納得するわけではないし、理解したとも思わない。

ただ、そこに命を賭けるほどの思いがあることは確かだった。





「アキト様!」


そこに急に声をかけられた。

アキトが振り向くとそこには陸遜と孫権がこちらに向かってくるのが見えた。


「二人とも無事だったようですね」

「アキト殿のおかげですから」


アキトの言葉に孫権が答える。


「それで、大喬さんは…?」


アキトは陸遜に傷を負った大喬の症状を聞いた。


「ええ、幸い疲労が大きいだけの事で、休んでおけば大丈夫です」

「そうですか……良かった……」


アキトは安堵のため息を吐く。



三人は共に歩き始めた。

雨は比較的弱くはなってきているが、川は未だに激しい濁流となっており、流木等も流れてきている。


「しかし、魏の将は強敵だった……」


アキトは、ふと思い出したようにつぶやいた。


「そうですね、さすがに徐晃、張コウ、許楮といった将は…」

「そういえば徐晃さんは……」


アキトは思い出したうように言う。


「捕らえています……後でまとめて捕虜の処遇を決めますので……」

「処遇については、決定権はアキト殿にあるので心しておいてください」


孫権の言葉にアキトは心を引き締める。

つまり、時には厳正な判断が必要となるということだ。

主としてその責任も負わなければならない。

それを言外にアキトに言っているのだ。



「まあ、今は掃討戦と、死者の弔いを行ってくれ」

「「わかりました」」


その指示により、二人がその場を離れようとしたとき、アキトは何かを感じた。

それをより明確に感じようと集中する。


「アキト様、どうしました?」


そのことを察した陸遜が尋ねてくる。

しかしそれには答えず。

アキトは突然走り出した。


「「アキト様!!」」


そのアキトを二人は追いかける。





アキトは感じていた。

戦場で相対し、覚えのある気を……

その気はひどく弱っている。


アキトは気になって走っていた。





そこは大きな濁流だった。

山の土を含んだ黄土色の水が凄まじい勢いで流れていた。


ものすごい轟音で耳が痛い。

その中で、アキトはその微弱の気をさぐっていた。


「クソッ!!どこだ!!」


追いついてきた陸遜たちもその濁流を見つめている。



アキトは目を閉じ、さらに集中した。

刹那、かすかな輝きを感じた。


「そこか!!」


アキトが目を開くと、そこには驚くべき速さで流されている女性を発見した。

間違いなく相対した女性―甄姫だった。

彼女はその体の大半を沈めていた。

気を失っているのか、全く動く気配がない。



そのとき、甄姫が濁流に飲み込まれて沈んだ。


もう、アキトは考えている暇はなかった。

瞬間、彼女に向かって飛び込んでいた。


「アキト様!!」

「無茶だ!!!」


二人の声が濁流の轟音を裂き、響き渡る。




アキトは微弱な気をさぐりながら、視界ゼロの濁流の中で甄姫を探した。

濡れた服と、流れによってうまく動くことができない。


しかし、彼の鍛えた肉体は彼の意志に応え、甄姫の所までアキトを導いた。

沈みかけている彼女の身体をつかみ、水面へと上がる。


「プハッ!!!」


水面に出たアキトは息を吐く。

そして、甄姫の顔も水面の上に上げた。

遠くでは陸遜たちの姿が見え、こちらに対して呼びかけをしている。


流れは速い。

さすがに二人となると、この状態から抜け出すのは難しかった。



何か方法がないかと模索する。

そのとき


「…!!…アキト様、流木が!!!!」


陸遜の言葉が響く。

アキトが上流を見つめると、眼前に巨大な流木が迫っていた。


「くそっ!!!間に合わない!!」


アキトは晃氣を発しようとするが、二人ということと濁流ということで発動が遅れた。


衝突を察したアキトは、甄姫を守るように流木に向けて背を向ける。




グゥォン!!




鈍い音がしてアキトの意識は闇に包まれた。

ただ、彼女を放さない…それだけを考えていた。


















孫権たちはアキトが流木に衝突をして濁流に飲み込まれているさまを見ていた。


「…アキト様……」


陸遜が呆然として言葉を発する。

自分達の主が濁流に飲み込まれたのだ。

これは国を脅かす状況でもある。


「…すぐに救助を……」


陸遜が思い立ったかのように提案する。

しかし


「まて、日が暮れる。このままの捜索は逆に危険だ」

「しかし!!」


孫権の言葉に陸遜が声を荒げる。


「信じろ!!」


孫権はそれに一言で返した。


「アキト殿を…あのアキト殿がこれぐらいの濁流でどうにかなるはずがない!!

 今は最善と思えることをするのだ!!…アキト殿を信じろ!!」


それは孫権自身を納得させているようにも見えた。

孫権に言われて、陸遜も徐々に冷静さを取り戻してきた。


「わかりました。ではこのことは内密に……」

「秘密裏に捜索隊を編成しておけ……」


事実を知る二人だけの密談が始まる。


「尚香様たちには言わないほうがいいでしょうね」

「徒に不安にさせるべきではないだろう」


そして、そこでしばらく話をした後、二人は別々の方向へ去っていった。

しかしその心中は同じであった。




(アキト様…ご無事で……)














続く



あとがき、もとい言い訳


ということで、第十四幕です。

アキト、敵を助けようとして二次遭難に遭う。

愚の骨頂だと自分でも思うんですが、アキトならやりかねないということで…

さて、周魴、曹丕お亡くなりになりました(泣)

結構書いていて好きになった人物なんですけど、これにてお別れです(笑)

あと、忘れたように諸葛亮の登場です(笑)

馬超の紹介はもっとしっかり登場してからで…

さて、司馬懿の謀略一段落成功です。

後は曹丕の後釜をすえるだけということで……


次回は甄姫エピソードです。

展開のヒントは狂戦士←バレバレ、R指定かな…(予告と実際のお話とは異なることもあります)


感想を下さった、影の兄弟様、孝也様、マフティー様、クロー様、カイン様、義嗣様、gold-box様、忠信様、本当にありがとうございました。

次回もなるべく早く出していきたいです。

それでは

 

 

代理人の感想

ああ、やっぱり四人目の未亡人が誕生しましたね・・・まぁ、当初からの予定だったようですが。

今回も面白かったんですが、欲を言うなら曹丕の討ち死にシーンをもうちょっと壮絶に書いて欲しかったかなと。

それこそ夢に出てくる位に(爆)。

 

後、これで息子なり弟なりが傀儡としてたつんでしょうが・・・・

司馬懿、例の紅天女ならぬ黒天女はどうするつもりでしょうね。

ラストあたりにならないと目が覚めないような気もするんですが(笑)。

 

>展開

ま、定番と言うことで(爆死)