一騎当千
〜第二十幕〜




















成都から遠い東の空の下、強い日差しがその大地を照らしていた。



小川の流れが静かな旋律をかもし出し、ピーチチと鳴く鳥の声が伸びやかに広がっている。



誰もがのどかな一日であると感じる。






しかし、それは一部においては例外が存在したのである。




















呉の宮殿のある一角。

そこには緊張感が張り詰めていた。





ジャリ




地面の土を踏みしめる音がわずかな動きを表わしている。


今、二人の男性が対峙をしていた。







一方は、大刀を無造作に肩に置きながら相手を見つめている。

一見、隙だらけのように見えるがそこには何も揺らぎを感じない。


しかし、その領域に入った瞬間、その剛剣が振るわれることとなる。

不気味な無形の圧力を感じる。






もう一人は、体勢を低くして、前方に手を伸ばし槍を後ろ手に引いている。

その槍の位置は目の真横であり、まさしく「突き」の体勢である。


前方の手は槍の起動を導く狙いであり、力の流れを最大限に活かす役目を持つ。

相手が動いた瞬間、後の先を取ることとなるだろう。






その二人は甘寧と趙雲の二人であった。





二人には相手しか見えていない。

相手以外のことを考えることができるほど甘くない相手であることをお互いに知っている。





そこには純粋な闘気があった。




二人が生み出す闘気は透明の流れを作り、嵐となる。


その嵐は場の空気を切り裂き、互いに緊張という形の刃を形成する。


刃は互いの精神を削り、焦りといった雑念を呼びおこす。




それを耐えることもまた戦いである。

相手が焦れるのが先か、自分が焦れるのが先か…




そして、もう一つ。

自分が焦れる前に機を読み仕掛けること…






二人を襲う緊張感がより一層深くなってきた。










そしてそれが最大限に張り詰めたとき
















ハジケタ














「うおおおおお!!」


甘寧が大刀をその腕力に任せて振り下ろす。


ゼロの世界からの脱却…



背中、腕、肩、胸といったいたるところの筋肉が躍動する。

「二撃目はない」、この一撃で大地をも割る…そんな気迫が込められていた。



搾り出される力により振り下ろされた大刀はその空気を切り裂く








「ハッ!!!!」


趙雲は瞬間目を見開き、見えた「穴」に狙いを絞る。


その穴は「空間」であり、「点」であり、「光」であった。



引き絞られた弓のように彼の力は蓄えられてた。その力を一気に解放する。

天まで貫けといわんばかりにその槍を螺旋回転させながら「突く」



そしてその「突き」は空気の壁を破る




















刹那…二つの影が重なる…














そして、再び静けさが訪れた。


















目の前にはひとつの絵のような光景があった。






甘寧の振り下ろした大刀は趙雲の眉間のところで止まっていた。





趙雲の渾身の突きは甘寧の喉元でその刃が止まっていた。






しばらくして二人の目が動き、互いの目を見つめる。






数瞬の交錯







「相打ちか…」

「引き分けですね…」


二人は笑った。

そして、互いの武器を収め、礼をする。









二人の勝負は終わったのだ…。




















「二人ともお見事ですな…」

「うーん真剣勝負はいつ見てもいいわ」


その二人の戦いに対して呂蒙と尚香が言葉を発する。

二人の表情は満足の色である。


そこに勝負を終えた二人が戻ってきた。


趙雲は大きく深呼吸をしているのに対して、甘寧は地面に座り込んでいた。

二人ともあの緊張感の中で、深く疲労を感じていたのである。




「お疲れ様、興覇、子龍」


尚香が二人にねぎらいの言葉をかける。

それに対して、趙雲は会釈で、甘寧は手を軽く上げることで応える。






「そういえば子明、いつの間に来たんだ」


甘寧が呂蒙に尋ねる。

確か二人が勝負をしている前はいなかったはずである。


「ちょっと移動中に、おぬし達を見かけて…」

「へえ…いいのか?こんなところで油を売っていて…」


甘寧がからかうように言い返す。

しかし、それが意外な方向に話が進んでいくことになる。


「そうだな…なら手伝ってくれるか…暇だと見受けするが…」


それを聞いて彼は焦る。元来堅苦しい仕事は嫌いなのである。


「いや断っておくぜ…」


何度も首を振って拒否を示す。

それを見て、呂蒙はニヤリと笑う。どうやら冗談であったようだ…


「まあいいが、仕事もしておくことだ…」


そこで呂蒙の表情が硬くなる。


「今は戦時中だ…備えておくことに越したことはないのだから……」

「…そうですね……」


趙雲が同意する。彼はその重要性をわかっているのである。



そろそろ大規模な軍事行動が必要となるだろう。

先の戦いで大きな被害を与えた今が好機だった。

アキトの判断一つでこの国の軍は動くのである。








「そういえばアキトは…伯言もだけど……」


尚香が思い出したように言う。

確かに、この場にはアキトと陸遜はいなかった。


「お二人なら、会議中です」


彼女の疑問に趙雲が答える。


「それに現在、諸葛亮殿がこちらに見えておりますからな…」

「なるほど…呉、蜀の戦略の確認をしているのね…」


諸葛亮は基本的に蜀の運営を任されていた。

その彼がここに来ているということは重要な戦略会議なのだろう。


「しかし、諸葛亮殿は南蛮平定からすぐに…」

「それだけ、今の状況が時間に深く関わっているという事ということだ」


趙雲の言葉に呂蒙が応える。


「まあいいや、俺たちゃあ、アキトのダンナを信じてこの剣を振るえばいいんだよ」


甘寧が難しいことから拒否するように上半身を倒し、地面に寝転がる。






彼らしい…、三人はそんな甘寧の姿に頬を緩めるのだった。








彼の目には積乱雲が鮮やかな青を支配していた。
































同じ宮殿の一室、そこでは四人の人物が一つの机を囲むように腰掛けていた。


チャ…チャ…タン


「一応これまでの混乱は整理できました…政策の方も順調です」


諸葛亮がこれまでのことを報告する。

治安の強化、開発などといった政策の成果もそれには含まれている。


チャ…チャ…タン


「人材の確保は?」

「一応、魏の九品制を参考に制度化しようとは思っているのですが…」


陸遜の問いに諸葛亮が答える。

しかし、どこか歯切れが悪い。


チャ…チャ…タン


「何か問題でも…?」

「九品制は人材が集めやすい制度ですが、その審査官が門閥と結びつくと不正の温床となるのです」

「なるほど…」


孫権に対して魏の制度の危惧している点を述べる。


チャ…タン


「そういえば、大学はあったんですよね……」

「ええ、後漢の時代より儒教などを学ぶ者が多くいましたから…、ただ名家、大貴族の子息ぐらいしか…」


アキトの質問にも、諸葛亮は丁寧に答える。


「なら、一般にも開放して、育てていい人材は採用するということで…」

「なるほど、それはいいですね……特に儒教的な人物というのにこだわらなければそれは有効でしょう」


アキトの提案に、陸遜は賛成する。

もともと、後漢の時代の官僚は「儒教的な人物」という条件が第一でそれ以外は二の次だった。

それを曹操は能力主義として「九品官人制」を提唱したのだ。

アキトは人材を捜すのではなく、育てて、採用しようというのである。


本人がどれほど真剣に考えているかは知らないが…



チャ…チャ…タン


「では、その方向で行きましょう……そしてこれが最重要なことなのですが…」


チャ…チャ…タン


「魏への侵攻ですね……」


チャ…チャ…タン


「時期的には好機だとはいえるが…」



チャ…


アキトは動きを止める。


「…正直、俺自身は気は進まない……やらなくちゃならないという事はわかっているのだけど…」


戦いに対して、アキトは好まない。

先の戦いのような、護るための戦いならともかく、こちらから相手を害するなど…。


しかし、アキトの脳裏には言葉が過ぎる






――この天下に安寧をもたらしてください


劉備の死に際の言葉






――この地に…平和を…

周魴が血を吐きながら願ったこと








襲われた集落




逃げ惑う人々




泣き叫ぶ人々






 


多くの光景が浮かぶ








アキトはそのまま黙り込む。


「アキト様…」


そこに諸葛亮が声をかける。


「私の盟友で、蜀の副軍師であったホウ統という人物がいました…」

「ホウ統さんか…話は聞いたことがある」

「それは、劉備様が同族である劉璋殿を攻めるということに対して義に反することであるとして、攻めることをためらっていたときです。

 その劉備様にホウ統殿は

 『戦に大義名分はない、いかなる汚名を浴びようとも、後世の人々のためにこの戦をしなければいけねえ…。

  アンタは自分の義を大事にしたいのかい?それとも民の安寧を大事にしたいのか…どっちなんだい
』と…」


諸葛亮はゆっくりと語る。





アキトはそれを黙って聞いていた。













人が戦う理由、それは戦いの後により良い世界があると信じているため…









再び沈黙が落ちる…










しかし、それを破ったのも諸葛亮の一言だった。


「しかしながらアキト様、これは重要なことです。君主の迷いは兵の迷いとなりましょう。

 三ヶ月です…この間にご決断してください…何をしなければならないのかを……
 
 この機を逃すと、勝算がなくなるでしょう…魏が混乱しているからこその今…」

「その間の戦の準備はお任せください」

「国内の安全についても、我々が支えます」


陸遜、孫権もアキトに声をかける。


「ですから、アキト様はこの三ヶ月考えてください…よろしくお願いします…」


諸葛亮がそうアキトのするべきことを語る。








アキトは目の前の三人が自分を尊重してくれていることがわかった。

そのためどんな結論を出すにしても真剣に考える必要があると悟った。








だから



「わかった……」






…タン







アキトは穏やかな顔でそれに承知したのだった。









ここに三ヶ月という期限が決められたのである。





























ガシャンッ





室内に陶器の割れる甲高い音と、崩れる鈍い音が混じった音が広がった。

木製の棒状のものが、勢いの惰性か床を転がっている。


それは箸であった。そして割れた音は食器の音であった。



床には無残にも、様々に混ざり合った状態になっており、その器に盛ってあったであろう食事もその混沌に加わっていた。



「…甄姫様!」


そこに男性の鋭く、咎めるような言葉が発せられる。

しかし、その対象はそれを聞こえていないように見える。



聞こえていないのか、それとも聞いていないのかはわからない。

ただわかるのは、この因はこの対象にあるということである。



「………」


その緊迫した状態の中、一人の少女が散乱したその惨状を処理していた。

膝を折り、陶器の破片を拾い集めている。

食事を運んできた膳が、そのまま破片を運ぶ盆となっていた。




先ほど行動を咎めた人物が、事の張本人が全く意に返さない状態であるのを悟ると、処理をしている少女の手伝いを始める。


陶器の破片といってもそれは鋭く、危険なことである。

それを少女に任せておくことを良しとするとはできなかった。



また、別のところに責任を感じている所もあったのであろう。

自分の仕えるべき人物が犯したことである。

少しでもそれをどうにかしようとするのは彼にとっては当然だった。






そう…彼、徐公明にとっては……






徐晃とともに破片を拾っている少女は憐麒。



そして、それを省みずただ無表情に寝台より体を起こしている人物は……






元、魏皇帝「文帝」曹丕の妻、甄姫その人だった…。


















甄姫はその怪我の治療のため、この国に滞在していた。

いや、滞在という言葉はふさわしくない…むしろ軟禁という言葉がしっくりと来るかもしれない。


しかしながら、それが破格の待遇であることは誰が見ても明らかであった。

本来なら処刑に値する処置をされても仕方がないのである。


ひとえに主君アキトの意向によるものである。




その意図は凡そまでは推測できるが、本当の所はわからない。

その中で徐晃は、彼女の護衛のために部屋に侍しているのである。







そして、この現在の状況はそんな中に起こったことであった。





「………」


甄姫にあてられた部屋に、一人の少女、憐麒が膳を持ち入ってきた。

内部の入り口のすぐ横には、徐晃が直立不動で立っている。

彼はその少女に気づいたようで、軽く警戒の表情を崩す。


「食事か……、かたじけない…」


そう言って、彼は憐麒に礼を言う。

これは本心であるが、同時に護衛対象の代わりに礼を言っているのである。







食事は定期的に運ばれてくる。

それを運ぶ人物は、この憐麒と姉の桜蘭のどちらかであった。


はじめのうちは警戒して毒味などをしていたが、毒味はしながらも警戒感は以前ほどではなかった。

二人とも顔見知りぐらいの間柄にはなっている。




ペコリと礼をして、憐麒は彼の食事を置く。




徐晃は憐麒に対して、無口な人物という印象を持っていた。

会ってからその声を聞いたことがないのである。

敵国の重要人物ということで失礼のないよういわれているのか、それとも恐縮しているのかもしれないと彼は思った。




本当は話せないのであるということを知るほど、交流があるわけではないのである。






まず、一人―徐晃の食事を置いて、少女は次に寝台の方へ向かっていった。

微妙に盆を支える手が不安げである。

陶器に盛られた食事が小刻みに揺れているのが、力の係り具合を示している。



憐麒はその中で、寝台の横―甄姫の傍に着く。

しかし、甄姫は何の反応を示さなかった。





憐麒はそれにかまわず、横に備え付けられた机に盆から食事の器を慎重に置く。

その小さな手でゆっくりと一皿一皿慎重に置いていた。










ふと、甄姫は視界の端で動くモノがあることに気づいた。

甄姫がその顔を傍らの少女に向ける。


それはどこか儚げで緩慢な動きであった。





彼女の目の中には、少女が皿を動かす様子が映っている。

「食事」…そんな単語が彼女の中に浮かんだ。




普通の人であるならば、食事ということに対して何らかの感情があるはずである。



しかし、彼女は何も感じなかった。その意味で彼女の心は平坦だった。








彼女の目には色が見えていなかった。




あの衝撃、混乱、自分の中での迷いが……









ただ、去来するのは虚無感…






何もかも彼女の心を波立たせる事はないように……見えた。













甄姫が自分の姿を見ているということを、ほどなくして憐麒は気づいた。

懸命に動かしていた手をふと止め、彼女は甄姫を見つめる。








瞬間、目が合った。








憐麒は何度か食事を彼女に運んでいたが、いつも相手は自分のことを気づいていないようであった。

いつも人を寄せ付けない気を発しているように思えたのだ。



彼女は幼いながら、甄姫がどこか元気がないことを悟っていた。

そのため、何とか元気付けたい…と子供ながらに思っていた。











だから、目が合った瞬間、憐麒は彼女に想いを込めて笑ったのだった。














ドクン





彼女は瞬間、そんな音を聞いたような気がした。

目の前に映っていた色のない「景色」が、突然、色のある「笑顔」に変わったのである。



甄姫の中で何かが揺れた。






何故、私に笑うのか




何故、そんなにも無邪気なのか




何故、そんな顔ができるのか





それは、はじめは驚きであった。

しかし、その驚きは違和感に変わる。





自分の中で認めたくない色。







人間不信に陥っているからこそ、人が放つ色を認めたくない。

しかし、目の前の少女の笑顔に色を感じている。







心地よい、気持ち悪い








相反したものが、彼女の中を暴れまわる。

それは彼女の心に負担を与えていく。









だから、それが耐えられなくなったとき、彼女はそれを解消するために一つの行動を起こしたのだった。











ブンッ



彼女はその手を横なぎに払っていた。

甄姫が選んだのは、状態を変えること…、つまり憐麒の笑顔を振り払うこと…


振り払うその手は目の前の少女に迫る。

軽い一撃ながら少女にとっては十分危険なものである。


「………!!」


しかしその手の勢いが鈍り、軌道が変わった。

少女の目の前を甄姫の手が通り過ぎていく。








そしてその手は、彼女の横―机の上を払う。








ガシャンッ








無機質な音が彼女の耳を打った……

















破片と中身をあらかた盆に移し終えたところで、憐麒はそれを持って部屋の外に出た。

その後ろを、流石に気になるのか徐晃が付いてくる。



「手伝おう…」



徐晃が責任を感じそう提案するが、憐麒は笑って首を振る。



その表情に彼は疑問を感じずにはいられなかった。






何故、あのような仕打ちを受けながら笑うことができるのか…




彼の知る限り、忠実な使用人はたとえ酷い仕打ちを受けても「感情」を出すことはない。

それは「怒り」を押さえつけるという意味での「無感情」なのである。




だから、彼は疑問に思うのだ。





徐晃の協力を断り、憐麒は盆の物を処理すべく、廊下を進んでいった。

その歩みは重さのためゆっくりであるが、着実と進んでいる。



彼はその少女の後姿を見つめていた。






そこに背後から走りよる音が聞こえてくる。

経験上、その音の軽さから女性あるいは子供の足音であるとわかった。



振り返ると案の定、そこには少女―憐麒の姉である桜蘭が立っていた。


「何かあったのですか……、先ほど音が聞こえまして…」


桜蘭は少し息を切らせながら言葉を発す。

言葉の端々に、妹が失礼をしなかったのかを不安がる様子がみてとれた。


「…いや、ただ食器が割れただけのことで……、今、その処理で向こうに…」


そこまで聞いて、桜蘭は足早にそちらの方向に向かおうとしていた。

流石に妹がうまくやっているか心配なのだろう。



しかし、それは徐晃によって止められた。


「…すまぬが…つかぬ事を聞きたい…」

「…なんでしょうか…」


彼の呼び止めに、桜蘭は礼儀正しく答える。


「…実は……」


彼は先ほどの出来事を語った。






そして疑問に思ったことを…







「……何故、あのように笑えるのか不思議に思った故……」

「………」


徐晃の言葉に、桜蘭は少し黙った。

しかし、おもむろに口を開いた。




「…あの子と会って、気づいたことはありませんか?」


それは質問だった。

彼は意図を測ることができないまま、とりあえず考えて見る。


すると一つのことに気づいた。


「…そういえば、娘の声を聞いたことが…「話せないんです…」」


徐晃の言葉に間髪いれずに桜蘭が答える。

驚く間もなく彼女は言葉を続ける。


「全くというほどでもないですが、ほとんど話すことができないんです」

「何故……」


徐晃はそう尋ねたところで表情を翳らせたところで、自分の失敗を悟った。

それは彼女達にとって辛いものであることがわかったのである。


「…すまぬ……」


徐晃が謝罪の言葉を発す……。

それを聞いて桜蘭は少し寂しげに笑う。


「…いえ、私たちは両親を戦乱で亡くしました…そして、ご主人様に拾われたのです」

「………」

「…あの子が笑っているのは、心配をかけないため……」




しばらく沈黙が訪れる。







そして徐晃が口を開く。


「強いのだな……」


小さな、そしてはっきりとした声だった。


「甄姫様も私たちと同じように何かを失ったと思うのです…だから、憐麒は元気付けようとしているのでしょう…」


桜蘭は自分が思うことを語る。


失う悲しみを知っているからこそ理解でき、それをどうにかしたいと思うのだ。


「………」


徐晃は沈黙する。












「…すいません。憐麒を手伝ってきますので、これにて失礼いたします」

「ああ、呼び止めてすまぬ」


桜蘭は深く礼をして、廊下を足早で歩いていった。

彼はその後姿を追っていたが、すぐに見えなくなる。













徐晃は壁にもたれかかり天井を見つめる。

白い天井は薄暗く、はっきりとその染みまで読み取ることはできない。





(……失った悲しみか……)


桜蘭が言った言葉、それは彼も感じていた。

甄姫が何か喪失感を持っていること、そして人間不信に陥っていること。







徐晃は噂で曹丕が亡くなった事を知った。

恐らく、甄姫はそれを知っている。


(…しかし、それだけでない……でなければ…)


曹丕がアキトたちの軍に殺されたのであるならば、甄姫は悲しみこそすれ、人間不信とはなるはずがない。


(……何か…我の知らぬ何かを…)


そこまで考えが行き着くが、彼はそれ以上考えるのをやめた。

今は、甄姫を元の状態に戻るまでしっかりと護衛をするのだ。









それまでに彼女が自分を取り戻すことを祈って






























徐晃達がそんな会話をしていた頃、甄姫は変わらず虚空を見つめていた。

しかし、その心中はいつもと違っていた。



彼女の心に去来するのは憐麒の笑顔だった。




あの時、本当は少女を払い飛ばす気であった。

しかし、少女は自分に襲い掛かる手に気づいていながら避けずに笑っていた。


だから思わず、その笑顔を避けるように振ることになり、結果食器を払い落とすことになったのだ。



(何故、あんなに無邪気に笑うことができるの…)



それが彼女の心を満たしていた。

アキトが見せた「哀しみ」の顔とは違うものである。




しかし、彼女は少し誤っていた。



憐麒は無邪気に笑っていたわけではない。


甄姫を元気づけようと笑っていたのだ。


その思いは彼女に向いている。




だからこそ、その笑顔が彼女の中で色を持ったのである。





甄姫はまだそのことに気づいていない。

ただ、憐麒の存在が気になった。






ふと斜め下の地面を見つめる。

そこには食器の破片と中身が散乱した跡があるはずであったが、片付けられていた。

多少処理し切れなかったものがその名残を残している。


少女は何も言わず、ただその始末をしていた。







(悪いことをしたわ……)







甄姫はそう思った。

彼女は気づかなかったが、心を閉ざして以来、初めて相手のことを気遣ったのだ…













彼女の中で、憐麒という少女が「色」のある存在として映っていた。














それを本人は知らない…


















今日は暑くなりそうだった……










おまけ…(あるシーンを反転するとおまけとつながります(笑))

〜アキト視点〜



「アキト殿、ツモをお願いします」


諸葛亮さんが俺を催促する。その顔はポーカーフェイスで何を狙っているかわからない。


「ああ…」


チャ…


山から俺のツモを引く…1萬か…これでイーシャンテンだ。

マンズの清一色(チンイツ)で高目だ。

実際、最終局で俺が親である…うまく行けば二倍満はいけるか…


タン…


不要牌である8索を捨てる


「うーん、アキト様そろそろ張りますな…」

「まさか…まだまだ…」


なかなか鋭いな…ひょっとして読まれてるのか?


『アキト兄誰だってわかるよ、よりによって清一色(チンイツ)なんて…』

『アキト兄の捨て牌…マンズが一枚もないじゃない…明らかにマンズ持ってますよって言ってるじゃない』


俺の心の裏でこんな会話がされていたことを俺は知らない。


チャ…タン…


次は諸葛亮さんがツモる

が、すぐに捨てる。

どうやら、目的の牌が来たわけではないらしい。


「諸葛亮先生、こういった娯楽はお苦手ですか…」


チャ…


陸遜さんがツモりながら、諸葛亮さんに声をかける。


「いやいや、私も『臥龍』と呼ばれた者…どうにかしますよ…」

「寝たままでなければいいのですが…」


タン…


そんなことを言いながら陸遜さんは牌を捨てる。


「はっはっはっはっ」

「ハハ…」


何故だか二人で火花を散らしていた…



「さて…来て欲しいところだ…」


チャ…


孫権さんがツモを引く。

しかし、引いた瞬間苦い表情をする。

そしてそのまま牌を切る。


タン…


よし、俺のツモだ。


チャ…


良し…来た来た…9萬だ…これで聴牌(テンパイ)だ…

俺はあらためて自分の手をみて待ちを確認した。


(ん?ひょっとして、これは清一色(チンイツ)どころか…九蓮宝塔(チューレンポウトウ)!!)


最後の最後に大物手が来たことに俺は内心ガッツポーズをした。


そして、喜び勇んで、最後の不要牌「9索」を切る。


『アキト兄、待って…それド本命…』

『他の人の捨て牌見なきゃ…1、9、字牌が全く切れてないよ…』


そんなディアとブロスの声はすでに聞こえていなかった…


タン…


「当たりです…ロン、大三元(ダイサンゲン)」

「ロン……国士無双(国士無双)…どうも…」

「ロン…四暗刻単騎(スーアンコータンキ)…まさか出るとは…」


これ以上はもう語る気にはなれなかった……








あとがき、もとい言い訳


一挙、二幕投稿。おまけつき

いかがでしたでしょうか…


一応アキトたちのことを書いて来ましたが、メインは憐麒と甄姫の関係です。

甄姫は無気力、および、ヒステリー症状が進んでおります。

こういうときは最も基本的な感情を知ることからはじめるのが大切です。

まあ、これからも交流は続くのでお楽しみに…


三ヶ月という期間の間、アキトは何を見て、感じ、決断するのか…

その三ヶ月は、魏との暗闘も含みます。

アキトだけでなく、司馬懿もまた準備をしているのです。

次回からは色々流動的になるかも…


政策については…(苦笑)

政治学科なら苦労はないんでしょうが…


ちなみに麻雀については、元ネタのエンディングであったのでそれを参考にしました(謎)←反転するとわかるかも


次回もアキトたちを中心に書いていきます。


感想を下さった、影の兄弟様、孝也様、マフティー様、翡翠様、カイン様、ぺどろ様、五郎入道正宗様、どうもありがとうございます。

これからも応援よろしくお願いします。

それでは






代理人の感想

・・・・・あんた、背中が煤けてるぜ(爆)。

 

それはともかく憐麒と甄姫。

まだ色々と長くなりそうで楽しみです。

果たして憐麒の唇が声を紡ぎ甄姫が心を開く日は来るんでしょうか?