「なんで貴様の考える策はいつもそうまどろっこしいのだ、シンジョウっ」
「南雲殿こそ彼我戦力の差をよく考えてください。我々はあくまで非公式の存在なのです。あなたの言うとおりにしたらあっとういう間に世界中から叩かれて終わります」
「ええい、五月蝿い五月蝿い! とにかくもっと俺の出番をだな―――」
「それが本音ですか……」
はぁ、と溜息をつくシンジョウ。
ぎゃあぎゃあと喚いてはいるが、完全に南雲の言うことを受け流している。
南雲も南雲で言っていることはわがまま以外の何物でもないのでシンジョウを論破することなどまず出来ない。
この2人はいつも仲が悪いのだ。
一応、同期で入軍してきたのだが、2つ年下のシンジョウが常に一歩早く出世していくものだから我の強い南雲としてはそれが面白くない。
もっとも彼の場合は草壁春樹への忠誠心の高さゆえのその行動なのだろう。
草壁閣下に対して最も良い働きを出来るのは自分なのだという。
そのため、草壁本人としても2人の仲の悪さを知りながら口を挟むことが出来ずにいた。火星の後継者の事実上のナンバー2とナンバー3。本来なら火星の後継者の次代は彼ら2人に掛かっているのというに。
「なぜ、我がこんな下らぬことを」
この台詞は北辰のものである。2人が喚きながら出て行った後に物陰から姿を現した。
なんとかして2人の仲を改善させようと考えていた草壁が彼に調査を依頼したのだが……
「他にやらねばならぬことは腐るほどあるというのに、あの馬鹿は―――ぬ、何だこれは」
どうにもやる気の起きない北辰があるものを見つける。
それは手帳だった。
パラパラと中を見ると南雲の名前が書いてあった。
ずいぶんと間が抜けているものだと忌々しそうに呟く北辰。
見れば、日記のようなものも少し記載されていたので、なにか2人の関係を改善するヒントは無いか読んでみることにした。
1月1日
今日から新しい1年の始まりだ。
火星の後継者の武装蜂起もいよいよ今夏に行われる予定だ。
私も組織のナンバー3として、草壁閣下の一の部下として腕がなる。
1月4日
今日は火星の後継者実行部隊の調練を行う。
明日は積尸気のテストパイロットを行う予定だ。
どちらも大切な任務だということは分かっているのだが、やはり私も北辰殿のように例え暗部としてでも実行部隊として働きたい。
「ほう。なかなか気骨が入ったことを言うではないか」
1月6日
実行部隊への配属を却下される。
シンジョウが閣下へ進言したらしい。
くっ、あの青二才め! 何が南雲殿では隠密には向かない、だっ!
知った風な口をききおって! 大体やつは年下の癖に私に対する敬意が無いのだ!
軍に入ったときからいつもいつも計ったように私の1つ上の位に居座りおって!
……む、こんなことで熱くなりすぎてはいかんな。
とりあえずシンジョウについてあることないこと閣下に吹き込んでやる。
ふふふ、離間の計というやつだ。
「…………」
1月10日
閣下より直々にお叱りを受ける。
何故だ!? 情報の発信源は完全にぼかしていたはずなのに!
私は申し訳ない気持ちで一杯になり、気がつけば業務中に「すみません、草壁閣下」と書類一杯に書き込んでしまっていた。
しかもそれをよりにもよってシンジョウに見られてしまう。恥辱の極みだ。
「見ているこっちが恥ずかしいわ」
気が動転していたのか、その書類をそのまま閣下に提出してしまった。
記入者不明のため貼り出しを喰らったが、幸い名前の欄にも「すみません、草壁閣下」と記入していたためバレてはいないようだ。
シンジョウのやつがチクるかもしれないと懸念したが、どうやら見逃してくれたらしい。助かった。
「草壁が助かっていないがな。そういえば奴が鬱になりかけたのはこの時期か。む、そういえばこの日記には今のところ草壁とシンジョウのことしか書いていないが……偶然だな」
北辰はそう自分に言い聞かせてぺらぺらとさらに先を読み進めた。
3月12日
今日は火星の後継者の一部有志のみを募っての慰安旅行だ。
戦うことしか能のない私も今日は閣下のそばにいることが出来る。
温泉では閣下の背中も流した。
たくましい背中だった。あれはもう……忘れられない。
「」
その夜、閣下へ直談判をしに行った。
慰安に来て任務のことを切り出すのはためらったが、しかしやはり私は閣下のおそばでこの腕を振るいたかったのだ。
残念ながら閣下はいらっしゃらなかった。
ノックしても返事がなく、ノブを回しても鍵が掛かっていた。
もしかしたらもう御就寝中だったのかもしれない。だとしたら申し訳ない。
「そういえば珍しく草壁がうろたえていたな。二重に鍵を閉めたのに夜中に何度もノックをする音が響いた、と」
3月14日
木星プラントでの任務を言い渡される。
何故だっ!? これでは島流しではないか!
組織のナンバー3が何故こんな離れた場所を担当しなければならない!
「妥当な判断であろう」
3月16日
もう、どれくらい経ったのだろう。
木連プラントでの無人兵器製造任務に私はいそしんでいる。
今日も閣下のお顔を拝見していない。
「おととい飛ばされたばかりで『今日も』というのは文法的に合っているのか?」
草壁閣下のお顔を思い浮かべると胸が苦しい。
今まではこんなことはなかった。
これは生まれて初めての感情だ。
も、もしやこれがこ―――
「ぬぉぉおおっ!」
バン、と北辰は手帳を手荒く閉じた。
「……こ、これは草壁には見せぬほうが良いか?」
この手帳は(いろんな意味で)ヤバイ。
正直この場でみじん切りにでもしてしまいたかったが刀が穢れそうなのでためらった。
かといってこのまま持っていても呪われそうな気がして嫌だ。
「南雲はまだ何日かこちらにいるはずだ。なら彼奴の机の中にでも忍ばせておけば勝手に見つけるだろう」
北辰は彼にしては弱気な対応策を採った。
関わりあいたくないと全身の細胞が拒絶している。
「……とりあえず草壁の背後を守るために護衛を1人付けることを薦めるか」
気力を根こそぎもっていかれながら、北辰は何とかそれだけ結論付けた。
その夜、シンジョウ・アリトモは1人考えていた。
「……ふぅ」
軽く息を吐く。
頭にあるのは今日の南雲との一件だ。
彼もこのままではいけないとは考えていた。
確かに南雲は少々アレだが、北辰や草壁を除けば実戦での能力は一番高い。
あの力は参謀タイプの自分にはない能力だ。
彼と協力関係を結べれば、各自が足りないものをそれぞれ補える良い関係になれると思うのだが……
「……ん?」
シンジョウは自分に通信が来ていることに気がついた。
送信元は北辰からだった。
珍しい、とシンジョウはつい思ったことを口にする。
内容は草壁に対する護衛を1人増やさないかというものだった。
確かにそれは常々シンジョウの思っていたことでもあったが……
「そうだ」
ここでシンジョウに1つの案が浮かぶ。
「南雲殿を草壁閣下の護衛に推薦すればいい」
シンジョウは1つ頷いて考察を続ける。
「南雲殿を護衛任務1つに縛るのは気がひけるが、下手に隠密任務などをやらすよりはよほどマシだろう。いざとなれば部隊統率などの任務に移ってもらえば良いし、なにより南雲殿の能力を十二分に引き出すことが出来る。それに南雲殿の希望通り草壁閣下の近くで働けるのなら今日のようなつまらないイザコザも起こりにくくなるだろう。良いこと尽くめだ」
草壁にとってはありがた迷惑だろう。
北辰がこの流れを見ていたとしたら、人知れず顔を覆っていたかもしれない。
誰かが誰かを思うとき、その形はそれぞれで……時々、どんな優しさよりも残酷となるのだ。
結局、草壁には南雲が自分の護衛となることを止められなかった。
しかし彼は組織の長なのだから、その結果を受け入れる義務があるのだろう、多分。
頑張れ、草壁春樹。
火星の後継者の未来は君に掛かっているのだ。割とマジで。
さて、ブラウザを閉じずにここまで来れた方が何人いたことか(マテ
最期ちょっと良い話にしようとして、やっぱり断念しましたw
書いてる側もダメージが大きかったのでこのネタはもう引っ張りません(オイ
目指す雰囲気は文月みと(元別人28号)さんの北辰異聞(オイ)だったのですが、女性キャラ抜きにした途端なんともはや……w
回避不可の代理人様(だからマテ)をはじめ読んでくださった方々、お疲れ様でした。
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代理人の感想
へんじがない。
ただのしかばねのようだ。
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