「はあ、はあ・・・しつこいなぁ。」


まさか、写真を撮られているとは思っていなかった。
一度だけ思い出をくれなんて言われて、のぼせ上がった自分が一番悪いとはいえ。


「最初っからこうやって離婚迫るつもりだったのか・・・」


見事に相手の策略に引っかけられた。

それにしても、いくらアイドルだからって自分でマスコミに情報流して写真を撮らせるとは。
そんなに用意周到だったなんて、俺に気づくわけがない。


「アキトさん、み〜つけ♪」


うわ、もう見つかった?こうなったら、ぎりぎりまでひきつけてボソンジャンプで逃げよう。
彼女が走りよってくるのを見ながら、俺は年上の妻の事を思い浮かべた。

今回の事を全て話したとき、悲しそうな目をしながらも、
微笑を浮かべて、仕方ないわね、としか言わなかった妻。
それを見たとき、俺は自分のしでかしたことの重大さに、今更ながら気づいた。
もう二度と、あんな目をさせたくない。させちゃいけないんだ!!


「つ〜かまえたっ♪」


な、思ったより早い!?


「ぐえっ・・・」


正面から首ったまにくみつかれ、3秒もたたずにおちた。
朦朧とする意識の中で、自分の身体が既に周囲に光を放ち始めているのを感じる。


「あ、ご、ごめんなさいっ!!」


俺が苦しんでいることにようやく気づいた彼女がぱっと手を離した瞬間、俺は跳んだ・・・







一家に一人・・・

<第二章> 疑惑






「今度のアキト君はずいぶん若いわね。」

「ほ〜んと、身体つきも華奢だし。」

「寝顔かわい〜、ふふ。」

「最初にナデシコに乗った時と同じくらいですね、きっと。」

「仲直りしたのね・・・和解・・・若い・・・く、くくくく・・・」


跳んできてから2時間、一度も目を覚ます気配もなくずっと眠り続ける二人目のテンカワアキト を囲んで、
元ナデシコAのクルー達(特に女性陣)は好き勝手なことを言っていた。


「ほんと、肌もぴちぴちしてて。いいわね、彼♪」


それまでの和やかな雰囲気は、イネスのこの問題発言によって崩壊した。
女性陣の顔つきは、絵にもかけない恐ろしさ。


「イネスさんにはもうアキトさんがいるじゃないですかっ!」

「そ、そうだよ、きたねーぞっ!!」

「ちょぉっとぉ、独り占めなんてルリルリ達がかわいそうなんじゃない!?」

「だいいち、年があいませんよっ!それじゃこのアキトさんだってかわいそすぎます!!」


だが、それらの非難の的となったイネスは、腕を組んで平然と受け流していた。
ちらっ、と目線だけ動かして隣に立つアキト・フレサンジュ (以後アキトが大量に発生することを考慮して、
相手の女性の姓をつけて呼ぶことが、 少し前に取り決められていた。)の方を見る。


「あ、あのー・・・イ・・・イネス・・・さん?」


戸惑いながらも、強くは咎めかねるといった様子でイネスに問いかける。しかも敬称つき。

二人の間にさっきまでの甘いものとは異なった雰囲気が流れるのを見て、
思いあたるところあったのか一人得心げにうんうんと頷くウリバタケ。
彼が何に納得しているのかわからなかった者たちも、次のイネスの発言でおおよその見当がついた。


「あら、安心して、お兄ちゃん。私は誰かさんとは違って、
相手が若いってだけでその人と浮気したりしないから。」

「う、うう・・・」


その冷たい口調から発せられる迫力を感じたのか、
いまだ目を覚ましていないはずの若いテンカワアキトまでが苦しげにうめいている。


「いや、その、だからアイちゃん、あれは・・・」


どもるアキトに、やめとけやめとけ、今は黙って怒られとく方が良策だぞ、と、
人生の先達は首を振ってアキトにコーチする。
それに気づいて、それ以上の言い訳はやめ、一言謝る。


「ふ〜ん、アキト君浮気しちゃったんだ〜。」

「さっきはこっちが恥ずかしくなるくらいイネスさんといいムード作ってたのにねぇ。」

「ま〜、男ってもんはたいていそうだと思ってたけど、まさかあのテンカワまでねぇ〜。」


アキトに恋愛感情を抱いていないヒカル、ミナト、ホウメイらは楽しそうに状況を眺めている。


「あ、ジュン君は大丈夫、あたしにぞっこんだもん。ね♪」

「な・・・なにいってんだよ、もう」

「あ〜、それじゃ何!?ジュン君も浮気してるの?それともしたいの?」

「えっ!?いや、だから、そういうことじゃなくて・・・」

「うるうる、ジュン君、私のこともてあそんだのね・・・ひどいっ!!」

「ち、違うって。」

こっちはこっちで既にアキトの話はおわってしっかりとラブラブごっこをしてる。
ジュン君、お幸せに。




「ア、アキトは私の旦那様だもん、浮気なんてぜ〜ったいない、嘘よ嘘。」


艦長、このテンカワ君は別の世界から来たんだってば。


「サ、サブじゃあるめぇし、アキトにそんな器用な真似、できるわけねぇ。な?そーだろ、アキト?」


そっか、リョーコちゃんも“アキトを信じる”派か。健気だねー。
こりゃ対リョーコちゃん用のテンカワ君も召喚しなきゃだめか?


「平行世界のアキトさんの中には軽い人もいるんでしょうか?
だ、だったら本当に私だけのアキトさんもいるかもしれませんね・・・」


ぽっと顔を赤らめながら期待に胸を膨らませるルリルリ。
そういう軽いノリでいてくれたらこっちも助かるよ。




とまあ、このように各人いろいろと喋っていたが、エリナの一言で再びアキトに注目する。


「アキト君、あなたがどうしてランダムジャンプでここに跳んでくることになったか、
説明してあげて。そしたら必然的にその話もみんなわかるから。」

「エリナ!」


イネスはその言葉に反応して、鋭く声をあげる。


「なに、ドクター?当然かつ必然のことでしょ。」


そうでもない。たぶん。


「それともまさかあなた自身で説明したいのかしら?それってかなり屈辱て・・・」

「エリナ・キンジョウ・ウォン!!」

「な、なによ・・・?」


イネスの鋭い口調に、ビクリと身をこわばらせはしたが、
引き下がる気はエリナには毛頭なかった。


「アキト・フレサンジュよ。」

「は?」


イネスの答えに皆の声がそろう。


「彼のことは、アキト・フレサンジュって呼びなさい!!」








 イネスの言葉に皆呆れたのか黙ってしまったが、
一人、アキト・フレサンジュだけはイネスの深い愛情に感じ入っていた。

そして思い出していた。二人で人生をともに歩むことを誓った日の事を。










「ジャンプフィールド、発生しません。」

「ん〜・・・あんた達、キスしなさい。」

「「ええっ〜〜!!??」」

「最初からフィールドが開いてるチューリップとは違って、
こんなに大きな艦をジャンプさせるには当然それなりのフィールドが必要ね。
そのためにはもっと私達も電気的接触というか、粘膜同士の接触というか・・・」

「それが、キスなんですか?」

「そ。」

「そ、そんな・・・」

「早くしないとナデシコがピンチです。」

「や、やだよ、そんなのっ!」

「アキト君・・・」

「いやだっ、俺にはそんなことできないっ!!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」

「そうだよ、それに私とアキトなら遅かれ早かれそうなる運命なんだし・・・」

「う、運命、ってそんなこと勝手に決めるなっ!!
キスだなんて・・・・・・できるわけ・・・できるわけないだろっ、イネスさんの前でっ!!」


   ぱあぁぁぁぁぁん

         パシュッ





「おーい、テンカワー、なにやってんだー!おまえにゃ出撃命令降りてないだろーがっ!」

「俺、パイロットっすから。」

「なんだそりゃ、答えになってねーぞ!」

「まったく、どうしてこんなことを・・・」

「おお、イネスさんか。テンカワのやつ、いったいどうしちまったんだ?
いきなり現れてきて、出撃するとか言い出してよ。」

「ハッチ開けてください、でますっ!!」

「よぉーし、みんなどけーっ!!馬鹿がむちゃするぞっーー!!」


  ばしゅっーーー


「しかたないわね・・・私にはコックピットのイメージは無理だから・・・
アキト君のイメージを・・・」


  パシュッ




「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうっ!結局イネスさんには俺の気持ちなんて・・・」


   ぱあぁぁぁぁん


      ぷにっ


「え、って、う、うわーっ、イ、イネスさんっ!!」

「まったく、なにやってるのよ。」

「あ、あっちいってくれーっ!」

「あっちってどっちよ?」

「い、いいからあっちへ・・・ひっつきすぎっす!」

「ちょ、ちょっと、おさないでよ。」

「いやだ、いやだ、いやだー」





「はぁ、はぁ・・・」

「おちついた?それじゃあナデシコに戻るわよ。」

「それは・・・できませんっ!」

「あなた、なに考えてるの?なに意地張ってるのよ。」

「俺は・・・イネスさんと・・・」

「なぁに?」

「な、なんでもないっす。イネスさんは俺のことなんてどうだっていいんでしょう?
もう、ほっといてくださいっ!!」

「ばかっ!!」


  ぱちぃぃぃん


「な、なにを・・・?」

「言いかけたことは最後まで言いなさい。男でしょ?
いくら私が頭がよくたって、言いたいことは言ってくれなくちゃわからないわ。」

「う・・・・・・
俺、前から、その、イネスさんのこと、綺麗で、頼りになるお姉さんだって、 憧れてたんですっ!
いや・・・憧れてるんだと思ってた。でも、違った・・・。
ただ憧れてるんじゃなかったんだ!!その、なんていったらいいか、えっと、
い、今まで生きてきた、いや、生きてこられたのはいつか出会うあなたのためだったのかもしれない、
・・・っていうか、その、つまり・・・」

「つまり、私のことが好き?」

「な・・・ここまできたら最後まで言わせてくださいよっ・・・・・・そ、そうですよ、悪いすか?」

「いいえ、ありがとう。」

「イ、イネスさんはどうなんすか?俺のこと、どう思って・・・」

「私?そうねぇ・・・私はずっとお兄ちゃんの影を追っていた。
記憶を失って、顔立ちすら はっきりと思い出せなかったけど・・・でも、生きていればきっと会える。
いつかきっと・・・ 会えるんじゃないか、ってね。
それだけが生きる目的だった・・・そんな根拠のないことを ずっと信じてたんだから、科学者としては失格ね。」

「い、いや・・・」

「でも、このナデシコに来てから変わったの。生きることがだんだん楽しくなってきた・・・
アキト君のようなできの悪い弟の面倒見たりすることが、ね。」

「って、ことはやっぱり・・・」

「ええ、かわいい弟みたいに思ってた、最初はね。だから記憶が戻ったときはショックだった。
好きなアニメの登場キャラクターの年齢を、いつの間にか追い越していた、とでもいうか。
ううん、そんな軽いものじゃなかったわね。それに、あなたは艦長と仲がよかったし・・・
ごめんなさい、アキト君。さっきあなたと艦長をキスさせようとしたのも、自分の気持ちに踏ん切りをつけるため。
それと、アキト君に責任 を感じて欲しくなかったからなんだけど・・・」

「それで、俺は結局弟として見られてるんすか、イネスさんに。」

「もう、説明はこれからだってのに・・・ほら、触ってみて。どきどきしてるのがわかるでしょう?
弟を相手にこんな風になると思う?」

「イネス、さん・・・」

「呼び捨てでいいわ。いいえ、そうして欲しいの。」

「イネス・・・」

「アキト・・・」







「ふ、ふ〜ん、やっぱりラブラブじゃない。
それにしてもアキトく、あ、アキト・フレサンジュ君、説明、ちょっと長いわよ。」

「イネスさんの説明好きがうつったんじゃないか?」

「う、うつるだなんて・・・ただ説明する楽しさを教わっただけだよ。」

「それって、うつったって言わない?」


言うよね。まさか彼の話をここまで引っ張るとは思わなかったし。


「でもでも〜、そ〜んなにラブラブだったのに、ど〜して浮気なんかしたわけ〜?」

「ははあ〜ん、つまりあれでしょ?最初は年の差なんて問題ないと思ってたのに、
10年たって考えが変わった、ってやつ」

「変わった、というか・・・いえ、今でも本当に好きなのはイネスだけです。
この気持ちに嘘はありません、ただ・・・」

「そうだな、確かに自分がまだ30越えたところで嫁さんが40いってたら、つらいわな〜。」


わかるわかる、と首を縦に振るのは男性陣だけ。女性陣はいたくご立腹だ。


「なに言ってんの、そんなのたいした問題じゃないじゃない。」

「そーだよ!第一最初っからそれくらいのことは覚悟して結婚したんだろーがっ!!」

「そんな理由で浮気されたらたまりませんよ。それって非人道的って言いません!?」


・・・とりあえず、非人道的ってのは違うと思う。


「そうは言うがな、見てみろ、こいつを。」


女性達から矢継ぎ早に繰り出される非難の言葉に、
身に覚えが山ほどありそうなウリバタケが援護する。


「こいつはさっき聞いたように31歳だ。だが、そう見えるか?」


確かに、30を過ぎてもその童顔と引き締まった身体のため20代半ばにしか見えない。


「対してイネスさんの方は、美人だ。それも大人の雰囲気を持ってる。
たとえ40過ぎてたとしても美人は美人だろう。だが、それは熟女っ!
それはそれで悪くはないんだが・・・
並んで歩いてたらテンカワはどうみたってヒモにしか・・・ぐぇ。」


綺麗に鳩尾に決められ、それまで雄弁に語ってきたウリバタケが口を閉ざす。
無論、加害者は白衣をまとった人物だ。

ウリバタケの口が閉ざされるのを見て、アキト・フレサンジュが口を開いた。


「別に、傍からどう見られようと、そんなことはどうでもいいんです。
ただ、ウリバタケさんが言ったように、イネスは大人の色気、って言うか。
だからそれに対しては免疫ができたんですけど。
年下の、かわいい女の子に好きだ、って迫られて頭に血が上っちゃって・・・」

「うんうん、わかる、わかるぞテンカワー!男の浪漫だよなぁっ!!」


いつの間にか復活したウリバタケが、懲りた様子もなく派手にアキトの言葉に賛同していたが、
女性達の冷たい視線にさらされてゴートの影に隠れることを余儀なくされた。




「あっはっは、まあ、30過ぎても押しに弱いところは相変わらずだったってことだね。」


ホウメイがその場の沈黙を破って笑い飛ばしてくれたおかげで、
再び和やかな雰囲気が戻った。


「相変わらずのバカ野郎だな、アキト。ま、いくつになってもバカはバカ、か。」


リョーコも、ふっと笑いながら、乱暴ではあるが親愛に満ちた言葉をかける。


「相手の名前も話してあげたら?アキト・フレサンジュ君。」


だがその和やかさを再度ぶち壊す発言が、既に事情を知るエリナから発せられる。


「エリナッ!!」


イネスがあわてて制止に入ると、エリナは矛先をイネスへと変え、口を開いた。


「あら、何を慌てているのドクター?ここまで話して相手の名前を明かさない方が不自然よ。
ましてやその相手がみんなよく知っている、いいえ、この中にいる人物なんだから。」


緊張と驚愕がその場を走った。


「こ、この中にいる・・・?」

「で、アキトより年下の・・・?」

「かわいい女の子って・・・?」


本人は、驚きのあまりみんなの視線が集まっていることにも気づかずぽかんと口を開けていた。
アキト・フレサンジュが次の決定的な一言を口にするまでは。


「ル、ルリちゃんです。」


自分の名前があがった瞬間、ぽっと頬を朱に染めてうつむいた。


「うっそぉ!?」

「お、おい、嘘だろ、ルリ?嘘って言ってくれよっ!なあ!」

「やるじゃん、るり!私の日ごろのアドバイス通りにしたのね!?」

「・・・ユキナ、あんた何をアドバイスしたのよ?」


女性達はそんなルリを囲んで姦しい。男の方は男の方で、ウリバタケがアキトに質問攻めだった。


「で、いつ頃の話だよ、それ。」

「つい最近。だから俺が31で、ルリちゃんが24です。」

「おおっーー!!24才のルリルリかぁっーー!!
熟れ過ぎず若過ぎず、いい感じのルリルリに大人にしてくれと頼まれたわけか!?
ちくしょー、相変わらずうらやましいぞ、おまえ。」

「そ、そんな露骨に言ってきませんよ、ルリちゃんは。ただ、前から好きだったって言われて。
こう伏し目がちに言う姿が、大人ぽい中にもかわいらしさが残ってて、なんていうか、こう・・・
わかります?」

「わかる、よーくわかる。そのアンバランスな魅力と雰囲気に後には引けなくなったんだな。」

「そ、そう!そうなんですよ。なんかこう、引き下がっちゃいけないような・・・」

「そうとも!おまえは間違ってないっ!女にはわからんだろうが男にはあるんだよ、そういう時が!」

「そ、そうですよね?そういう時って、やっぱり引き下がれませんよね!?」

「お、なんだジュン、おまえもあんのか?」

「え、い、いや・・・その・・・」

「ここまで来て隠し事はなしだ、アキトだってちゃんと話したんだぞ、ほら。」

「そうだよ、聞かせてくれよ。」

「いや、その・・・ここじゃちょっと、ね。」

「よおーーしっ、それじゃ今日は男3人、朝まで、いや、 話が尽きるまで何日でも飲みあかそうっ!!」

「「お、おうっ!!」」


・・・なーんか、話が変な方へ変な方へと進んでるな。
ま、大人の男の友情はこうやって深まっていくものだし(←本当か?)、仕方ないか。


「でも自分から迫ったって?ルリルリほんと、やっる〜。」

「そ、そんな平行世界の自分の行動にまで責任もてませんっ!!」


身に覚えのないことをまるで自分がしたかのように散々冷やかされさすがにむっとしたルリが、
彼女にしては大きな声でもっともな反論の声をあげた。


「でも後になって浮気するくらいなら最初からルリちゃんを相手に選んどけばよかったのに。」

「そうそう、まだ遅くないよ?今のうちにるりに乗り換えといたら?」


メグミの疑問を受けてユキナが本気で提案する。

それを聞き、自分でもどうしようもないほど鼓動が早くなっている事に、ルリは気づいていた。

(そんなはずはない。そんなはずは・・・でも・・・でも、 もしアキトさんがその気になったら・・・?
ユキナさんの提案に、「そうだね」とか「ルリちゃんさえよければ」とか、
いつもの笑顔を浮かべて言ってきたら・・・・・・どうしよう?)

そんなルリの動揺には全く気づかず、女性達から朴念仁と称されて久しいこの男は
その呼称が誤りではないことを証明するかのようににっこり笑って口を開いた。







  ぱちぃぃぃぃん


ルリが部屋から飛び出すとほぼ同時にアキトの頬に真っ赤な手形を刻んだ手のひらを、
痛みに耐えるようにおさえながらイネスは言った。


「彼女は、既成事実をネタにあなたを追いかけ回してランダムジャンプに追い込んだ
ホシノルリとは何の関係もない、ただあなたに憧れる一人の少女よ。
あなたの今の言葉がどれだけ彼女を傷つけたか、よく考えてみて。」


うなだれるアキトを辛そうに見やった後、エリナの方へ話しかけた。


「エリナ・キンジョウ・ウォン、あなたらしからぬ軽率な発言だったわね。
冷静に考えれば、あなたならこうなることが予測できたはずよ。私も何度も止めたわね?」


エリナは、羞恥と、そして自分の引き起こした事態に対する驚愕に、その身を震わせていた。


「らしくない嫉妬はやめなさい。
今のままでは誰一人救われない?みんなが幸せになる方法?
研究中のあなたの言葉、さっきの言動はそれを自ら否定するものだったわよ。」


血が出そうなほどに唇をきつく噛みしめ、あふれそうになる涙をおしとどめる。
彼女には、イネスの言葉に反論することはもちろん、謝る事もできなかった。
今話そうとすれば、言葉は嗚咽にとって代わられ、涙をこれ以上堪える事ができなくなる。
そのことは誰より自分自身が一番よくわかっていた。




「あ、私るり探してくる!」


程なくして、重々しい沈黙に耐えかねたのか、ユキナが声をあげ、部屋を出ようとした。


「あ、待ちなさいユキナ。私も行くわ。」


ユキナとともにルリの様子を見に行こうとしたミナトの手を、誰かが掴んだ。


「?・・・あ。」


何かに気づいたミナトがユキナの襟首を掴んで部屋に引き戻す。


「・・・・・・って」

「え?」


ミナトの手をを振り切ってルリを探しに行こうとしていたユキナは、
わずかに聞こえた声に動きを止めた。


「・・・・・・待って。・・・私が、いく・・・」


涙声にならぬよう、必死に感情と抑揚を抑えて吐き出した言葉は、
だが、彼女の期待を裏切り誰の耳にもその辛さを感じさせるものだった。

ユキナも、うん、と小さく頷いて道をあける。

イネスは、しばらくはエリナが出て行った扉をじっと見ていたが、
ふと思い出したかのようにアキト・フレサンジュのほうに向き直り、彼に近寄った。

そして、未だ手形の消えぬ頬をおさえていた彼の左手に、自分の右手をそっと重ね、
微笑みながらそっとつぶやいた。

ありがとう、と。






   つづく





  あとがき


あ〜あ、泣〜かせた〜♪

いくらなんでもエリナさんがこれくらいで泣くか?という疑問はもっともですが、
いろいろと一人で抱え込んでてストレスがたまり、精神的に脆くなってた と思ってください。

私がエリナさんの涙が好きだって事とは無関係、ということで。

彼女にはこの後も何度かつらい役をお願いすることになるでしょう、たぶん。


ルリーンの方は・・・まあ仕方ないんです、これは。
次の話のためには、ここで泣いといてもらわないと。


と、いうわけで・・・


次回はナデシコSS王道(?)カップルになりそうな予感。


しかし、今回は話がほとんど進まず一章の補足みたいになってしまった。
ほんとは今回で三人目が来て二人目が目覚める予定だったのに。
それにしても設定のわりにシリアスなラヴロマンスっぽくなりつつありますね、そこはかとなく。

PS.男達の浮気談義については、私はよくわかりません。






代理人の感想

いや・・・・一見アレですが突っ込めば幾らでもシリアスになる設定でしょう。

逆に幾らでもコメディちっくにもできる訳ですが、

そこらへんは候鳥さんの筆先三寸次第かな・・・と。

でも、真面目にコメディ書くのって実はかなり難しいんですよね。

気を緩めるとすぐにシリアスが混じったりしてコメディにならなくなってしまいますし。

いや、そもそも「笑わせる」と言うこと自体が結構難しい事なのかもしれませんが。