機動戦艦 ナデシコ

double trouble

第1話「男らしくで行……ってるのか?」





2195

火星・ユートピアコロニー

「撤収する……ですって?」

「そうだ」

軍人らしく簡潔に言い切った壮年の男に、青年―いや、まだ少年と言ったほうがふさわしいか―がつかみかかる。

「ふざけんなっ! 一体、何人民間人が残っていると思ってんだ!!」

「その手を離したまえ。テンカワ君」

落ち着き払った壮年の男は、掴まれた手を振りほどきもせず、無表情に少年を見下ろす。

「君もまがりなりにも軍人だ。現状は認識しているな?」

「認識してるさっ! 俺たちがいなくなりゃあ、皆殺しになるってな!!」

「そうだな。だが、居続けても死ぬ」

沈着に言い切る男に、少年は思わず詰まった。

結局のところ、彼も現実認識という点では目の前の男と変わらない。

”チューリップ”と呼ばれる母船から無尽蔵に湧き出す”バッタ”や”ジョロ”等の木星蜥蜴に比べ、

迎え撃つ連合軍はあまりにも脆弱だった。

艦隊提督は名将の誉高いフクベ・ジンだが、ディストーション・フィールド等未知の技術を有する木星蜥蜴相手では

彼をもってしても”善戦”がせいぜいであり、事態の好転はとても望めない。

人類圏では辺境にあたる火星宙域では補給もままならず、早晩敗退するであろうことは誰もが予測できた。

「それは……けど、民間人を守るのが俺たちの仕事じゃないのか? そう教えたのは、アンタだろう!?」

「そうだ。だが、俺たちが守るのは火星の人間だけじゃない。……近い将来、地球も木星蜥蜴の脅威に

さらされることになるだろう。

ここで全員心中するのか、それともここは撤退して地球を守る盾となるのか、お前との違いはその点だ。

……そして、お前にこの二つの道の選択権は無い」

そう言い放つと、未だ襟首を掴む少年を男は容赦なく殴り飛ばした。

「軍は火星を見捨て、地球を守る。これは決定事項だ。軍人なら命令に従え、テンカワ」

「……断る! そんな命令に従えるか!」

「軍規違反の意味は分かっているな?」

「ああ」

翻意しそうもない少年に、男は顔には出さず苦笑した。

彼の軍への志願理由は、上官だから知っている。

”両親をテロリストに殺された復讐”だそうだ。

察するに、彼は”正義の味方”のつもりなのだろう。

『悪者のテロリストや宇宙海賊を、圧倒的な力で退治する』

なるほど、軍は正に正義の味方かもしれない。但し、幼稚園向けアニメの。

その下士官叩き上げの自分には余りにも甘ったるい認識と、実際とのギャップが彼の頑なな態度の全てなのだ。

どうせ、ここで皆を見捨てれば、”自分は正義の味方じゃない”、とでも考えているのだろう。

ならば、その正義とやらを貫かせてやればよい。

思う存分”自分の正義”とやらを全うさせてやろう。

どうせ、俗物の自分にはとても真似ができないし、また巻き込まれるのも真っ平なのだから。



「……戦艦アマリリス撃沈。残存艦艇は2割を切りました」

「艦船による攻撃は依然効果が見られず。機動兵器による迎撃も被害甚大」

「むぅ……」

次々に寄せられる悲報に、フクベは口元をゆがませた。

開戦より3日間。

フクベの長い軍生活で身に着けたありとあらゆる戦術をもってしても、状況は覆らなかった。

どれだけこちらの攻撃を一点集中させたとしても、あざ笑うかのようにビームは捻じ曲げられ、

機動兵器は機動力の差の前にエース級のパイロット達が次々と落とされた。

……万策は尽きていた。

それでも撤退を命じなかったのは、その命令が火星の壊滅を意味したことと、彼の軍人としての

意地であったのだろう。

だが、彼にとっては不幸なことに、火星の人命も己の矜持も意に介さない副官が彼にはいた。

「提督! もう十分でしょう!?」

「十分、とはどういう意味かね? ムネタケ」

「言葉どおりの意味よっ! こっちの勝ち目が無いと分かったんだから、撤退するのよ!!」

「バカな。我々が撤退したら、火星の人々はどうなる? 我々は軍人の本分にのっとり、ここで死ぬのだ」

「……おあいにくさま。すでに地表の連合軍には、撤退命令を出しているわ」

「っ!? なんだとっ!!」

薄ら笑いを浮かべるムネタケにフクベは掴みかかる。

「ワタシは、こんなところで火星と心中するなんて御免なの!」

「ムネタケ、貴様っ!!」

「チューリップ軌道を変えます。……こ、これは……火星へ向かっています!!」

「「!?」」

オペレーターの緊迫した声に、二人は思わずその方向に頭を向ける。

周天スクリーンに、チューリップとその軌道がグラフィカルに表示され、その矢印は

火星のある一点へと向けられていた。

「着陸ポイントを解析します……解析終了。この軌道から予想する着陸ポイントは、

火星・ユートピアコロニーです!!」

「な、なんでコロニーの位置が敵に……?」

「分からんのかっ、この馬鹿者!! ユートピアコロニーからのんびりとこちらに向かっている

シャトルが見えんのかっ!!奴はあの恥知らずどもを補足していたんだ!!」

フクベの指差す先には、テンカワ・アキトを置き去りに逃げ去った連合軍シャトルの姿があった。



「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ、なんとかね」

謹慎を命じられ、自宅に戻ったアキトを待っていたのは、置き去りにされて激昂する民間人たちだった。

死ななかったのは僥倖と言っていい。

自分が撤退に反対したことと、そのために自分も置き去りにされたことを説明できなければ、

くびり殺されていただろう。

それでも他人の目は厳しいため、シェルターに避難してからは、連合軍の軍服を脱いでいた。

それは、彼自身その服に未練を感じていないせいもあったが……。

「そう。私が”いたいのいたいの飛んでけっ!””っておまじないをしたおかげだね」

「ははは。そうだね」

変わらないのは、近所に住んでいたこの少女だけだ。

名前は『アイ』と言うらしい。

その名のとおり、多少ませてはいるが、素直な性格と将来が楽しみな容姿のために誰からも愛された。

もっとも、どうやら愛称で本名ではないらしいが、それは彼女にとっても自分にとってもどうでもいいことだろう。

「ね、お兄ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃんがどんな姿になっても、アイはお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるからね?」

「……アイちゃん、どこでそんな言葉覚えてくるんだい?」

なんとなく、彼女の『お嫁さん』という言葉に既視感を感じつつ、アキトは彼女の頭をなでた。



「チューリップ、さらに火星に接近!」

「攻撃を集中しろっ!!」

「もうやってます! しかし、依然効果は見られず」

フクベの命令も空しい。

3日間、撃ちまくって落とせないものがこの数瞬で落ちるわけがない。

無駄に終わるのだ。この3日間の全ての犠牲が。

「はっ、そうだわ! この隙に逃げれば良いんじゃないの!! 全艦反転!!」

「いや、本艦のみはこのままチューリップに突っ込む!!」

ムネタケの命令を打ち消すように、フクベは目を見開いて怒鳴りつけた。

およそまともな策ではない。

古来、”カミカゼアタック”というのがあったらしいが、それも戦闘機の話であって艦船ではない。

嘲笑されることはあっても、賞賛されることは無い愚策だ。

だが、フクベはせめて火星の民間人だけは助けたかった。

それが人間としての良心からではなく、己の矜持からであったとしても。

「しょ、正気なの?」

「光学兵器は通用せん。ならば質量兵器に頼るまでだ。ミサイルならばともかく、

本艦ほどの大質量を容易く反らすことはできないはずだ」

「りょ、了解しました。B級以下の戦闘員は全て退艦。それ以外の者は至急、脱出ポッド区画へ集合せよ!!」

「……ところで、提督。このままでは脱出シャトルのコースとまともにぶつかりますが、彼等は……失礼しました」

腰をぬかしているムネタケの代わりに、参謀がフクベに耳打ちするが、フクベの一睨みによりすぐに下がった。

(無駄ではない、無駄ではないのだ。諸君等の死は……)



「旗艦ガザニアの射出まで後5秒、4、3、2、1……射出完了しました」

「ガザニアの射出ルート全てクリア。後1分でチューリップに衝突します」

「火星よりの脱出シャトル、チューリップの先端と衝突。通信途絶しました」

「……」

「ガザニアのチューリップとの衝突を確認、衝撃波きます!!」

「くぅっ!!」

宇宙ゆえに音もなにもないが、脱出ポッドは木の葉のように揺らされる。

手すりにつかまりながら、フクベは揺れに耐えた。

「オペレーター! 状況は!!」

「待ってください、計器がまだ……回復しました。チューリップ、チューリップは未だ健在です!!」

「バカな!! 戦艦1隻をぶつけられても沈まんのか!!」

「しかし、火星への侵入角がずれています。これではもはや着陸というより衝突に近い……!!」

「落下予測地点は! コロニーを外れたか!?」

「い、いえ、これは……ユートピアコロニーの直上、です。この侵入速度では、コロニーは……」

「なんてことだ……」

目前で赤熱していくチューリップを見つつ、フクベは膝から崩れ落ちた。



「うおおおおおおーーーーー!!」

「きゃああああーーーーーーー!!」

大地を揺るがすような衝撃が、シェルターを揺るがす。

アイちゃんを腕に抱いて、なんとか庇ったアキトは頭を振りながら何とか立ち上がった。

「な、何が……」

「ひぃぃぃーーーー!!」

間髪をおかずにあがった悲鳴の方を振り向くと、そこには惨たらしい光景が広がっていた。

衝撃で空いたシェルターの隙間からバッタが一匹入り込み、近くの人々を無差別に薙ぎ払い、銃弾で貫いていた。

「ど、どうしたの? お兄ちゃん?」

「!? 見るなっ! いいか、アイちゃん。ここにいるんだ。俺がなんとかしてくる」

「?? よく分かんないけど、分かった」

ギリッとと歯をくいしばると、アキトは手近のフォークリフトに飛び乗った。

IFS

地球では珍しいインターフェイスも、火星では幼い頃から付けていることも珍しくは無い。

まして、軍人であったアキトは実戦での扱いについては、連合軍の誰よりもあるいは優れていたかもしれなかった。

(それにしても、まさかただのフォークリフトでバッタを相手にするとは思わなかったけどな!!)

バッタまでの道は比較的空いていた。

バッタの正面に立とうなどという酔狂な人間がそうはいないからだが、アキトにとっては好都合だった。

(パワーもスピードも相手にならない。だけど、狭いコロニーでその図体じゃあ、小回りが利くまい!!)

「おおおおおおおおーーーーーーーーーー!!」

アキトの咆哮は、アキトのイメージをより強化しフォークリフトの限界までスピードが加速される。

ガゴッ!!

衝突

「これでっ!」

リフトを一気に上げ、バッタの顎先を仰け反らす。

「いけえええーーーーーーーーーーー!!」

再度加速させ、バランスの崩れたバッタを持ち上げ壁に突進する。

ドゴオオオオオーーーーーン!!

寸前、飛び降りたアキトをよそにフォークリフトは加速したまま壁に激突し、バッタごと炎上する。

その横で、アキトはバラバラになりそうな体を大の字にして笑った。

「は、ははははははっ! やった、やれるじゃないか! 俺でも、守れるじゃないか!! 俺で……も?」

だが、後ろから聞こえる轟音と炎に、その笑い声は中断した。

パニックを起こして逃げようとした通路から、数十機のバッタが入り込んでいた。

爆炎でなにも見えない。

あのアイちゃんの姿も。

「こ、んな……」

ガシャッ

不意に聞こえた金属音に、アキトは振り返った。

そこには、炎上したフォークリフトを跳ね除け、破損した目を呪うかのように三つ目でアキトを覗いていた。

「あ、あ……」

気づけば、すでに7体近くに囲まれている。

そして、その砲身は全てアキト一人に向けられていた。

「うああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

暗転



「ああああーーーーーーーーーーーって、え?」

ざぶーーーん

(な、何だ? 何がどうなったんだ。水中? この白いのは??)

が、水中にしては緑色だし、なにより温かい。丁度風呂の湯のような……。

(って、風呂!?)

「ぶはっ!」

「ほへっ?」

何となく目と目が合ってしまい、見つめ合う。

美人である。

青みがかった長い髪とくりくりと大きい目が印象的で、スタイルは擬音にすれば

『どん、きゅっ、どんっ』といった感じだ。

まあ、いささか目が大きいせいか、全体的に子供っぽい印象を受けるが、これは愛嬌のうちだろう。

ただ、彼は、本来こんな悠長な事を考えていられる身分ではないことを失念していた。

「きゃああああーーーーーーーーーーーー!!」

「え、あれ? ごめん! って、いや、悪気はなかったっていうか、そんなつもりは全然というか!!」

「ユリくわぁぁぁーーーーーーーーーーーー!! どうしたんだい! 風呂場で滑りでもしたのかぃ……」

突然風呂場の戸を開けた男が固まる。

止むを得まい。

蝶よ花よと育てた一人娘の風呂場に、全然知らない男が一緒に入っていれば。

ただ、彼が一人娘に手を出した不埒者に天誅を加える前に、彼が娘から天誅を受けた。

「きゃああーーーー! お父様のエッチ!!」

「のごおっ!!」

「あ、ひどい」

思わずアキトがつぶやくほど、見事に回転した風呂桶は父親の顎をかちあげ、撃退してのけた。

荒い息をつきながら、その女はタオルを巻くとびしっとこちらに指をつきつけた。

もっとも、発育が良すぎるせいでほとんど隠し切れてはいなかったのだが。

「あなた! いくらユリカが魅力的だからって、いきなり風呂場に入ってくるなんて常識外れです!!

痴漢さんじゃなくて変態さんにランクアップさせちゃいますよ! ぷんぷん!!」

「ちょっと、待てい! 誰が痴漢だ、誰が!」

「む〜〜! じゃあ、やっぱり変態さんなんですね!!」

「違うわ! なんで変態やら痴漢にされなきゃならんのだっ! 俺はただ!」

「なんです?」

勢いあまって思い切り詰め寄ったアキトだが、同時に彼女の甘い香りとタオル越しに見えるアレな部分が

脳神経を直撃し、血流の増大は火星の騒動で傷ついた鼻の毛細血管を容易く破り

……つまるところ盛大に鼻血を出した。

「あっ」

「いやあーーーー!! 変態っ!!」

「ぐはっ!!」

意外に強烈なビンタは、疲労困憊のアキトの意識をもっていくには十分すぎるものだった。

……暗転



「で、君は火星駐留軍の生き残りだと言うのかね?」

「はひ。そうれふ」

アキトの口調がおかしいのは、復活した途端に彼女の父親に制裁を受けて、

顔が二倍くらいに腫れているためである。

ちなみに今も荒縄で椅子にしばりつけられた状態で、ほとんど拷問。

「テンカワ・アキトの名前は確かに連合軍所属の記録はある。が、すでに死亡扱いになっているぞ?」

「そ、そんなはずふぁ」

「大体、火星駐留艦隊の残存はまだ帰還途中だ。漫画やアニメの”わーぷ”でもせん限り、

地球に着くことなど不可能。

……というわけで、きりきり吐けい!!」

椅子に座った状態で襟首を持ち上げられれば、当然酸欠状態になる。

今日3度目の臨死体験を味わいながら、アキトはなんとか言い訳を続けた。

「吐くも何も、ほんふぉにふぉれは……」

「う〜〜〜〜ん。ねえ、変態さん」

「誰が変態だ、誰が」

「私に見覚えない?」

アキトの反論を一切無視して、すでに紫色の顔をしているアキトに質問する女。

よほど言いたいことはあるのだが、こちらの顔色が刻一刻とやばい状態に変わっていっているのに

止めようともしない彼女に、アキトはついに根負けして答えた。

「ない。ないから、頼む。下に下ろしてふれ。今度こそ死んでしまふ」

「そっかぁ〜〜。でも、テンカワ・アキトってどっかで聞いたような……? とっても大事な名前の気がするんだけど」

「お、俺には地球の知り合いなんふぇいない。アンタは名前もしらなふぃ」

「私の名前はミスマル・ユリカだよ。それに、子供の頃は火星にいたよ」

子供の頃……?

酸欠状態の頭におぼろげな姿があった。

子供の頃、異常にまとわりつかれていた記憶がある。

確か2人年上の幼馴染がいて……。

「ユリふぁ……?」

「えっ?」

弱々しいその声のどこかに覚えがあった。

勿論声は記憶とは違っている。

しかし、ユリカは直感した。

”私の王子様”だと。

そして、彼女の直感は外れたことがなかった。

「アキトォォォーーーー!!」

「ぐえっ!!」

「おい、ユリカ。いくらなんでも、本気で死んでしまうぞ!! って、こら! こんな男にくっつくんじゃない!!」

「アキトだああーーーーーーー!! 私に会いに来てくれたんだね! 

火星からはるばる!! もう、ユリカ感激だよう」

「いっそ、殺せ……」

ガクッ

「きゃあーーー!! アキトーーー!!」

「ま、まずい。息をしていないぞ。きゅ、救急車を呼んでくれ! ユリカ!!」



その1ヵ月後、

「じゃ、アキト学校行こ?」

「待て。どういう流れからそうなるんだ?」

「ええ〜〜。だって、アキトと学校一緒にいくの楽しみにしてたんだよ。

前は小学校に上がる前に引越しちゃったし……」

ぷんぷんと頬を膨らますユリカ。

19歳の彼女には少し無理があるとも思えるのだが、それが違和感が無いのは喜んでいいのか、悲しんでいいのか

悩むところではあった。

「そもそも、俺は連合大学に入学してない」

「ちっちっちっ、甘ぁ〜〜い! 実績のある士官は、上官の推薦があれば編入できるんだよ?」

じろりとユリカの父親――ミスマル・コウイチロウを見る。

わざとらしく咳き込んで新聞で顔を隠すしぐさに、観念してため息をついた。

「公私混同、ほんとにいいのかよ?」

「いいの、いいの。実績があるのはホントだもん。なにせ、第一次火星大戦の生き残りだもんね」

”実績ねぇ”とアキトは頭をかいた。

結局、死亡扱いは彼の上官が勝手に行っていたことが分かったために、比較的早くアキトは

戸籍を回復することができた。

形式上は、火星の駐留艦隊と帰還したことになっている。

1兵士の身分のために、誰もいちいちその場にいたか確認しなかったことと、バックにミスマル・コウイチロウ提督が

ついたことによりその経歴を疑う者など誰もいない。

軍の内情と現実を知った今となっては、軍に戻る気は無いし、これといってやることも見つからない以上、

世話になっている手前、ユリカに付き合うのも悪くはないだろう。

と、結局はユリカに押し捲られている言い訳を自分にして、本当にユリカに背中を押されながら連合大学の門を

アキトはくぐった。

それが、もう一人の幼馴染、カグヤ・オニキリマルとの再会を意味するとは知らず。



「アキトさまあ〜〜〜〜!!」

「どわああ〜〜〜!! な、何だ、何だっ!!」

「ちょっと、カグヤちゃん! アキトは私の王子様なんだよ!!」

「あら、そんなこといつ決まったのかしら? 何時何分何曜日? 地球が何回回ったとき?」

「むぅ〜〜〜。とにかく、アキトは私のものなのっ! ちょっ、アキトに胸を押し付けないでっ!!」

「……子供かよ、お前ら」



さらに、1年後

「……という条件で、いかがですかな?」

「ふ〜〜ん。連合軍のお給料よりもいいんじゃない? カグヤちゃん行ってきたら?」

「あら、わたくし生まれてこの方お金に困ったことはありませんの。ユリカさんこそ行かれたらよろしいのではなくて?

アキト様は我が家で引き取り、立派な明日香・インダストリーの後継者としてわたくしと……」

ちょび髭にメガネの男が突き出した電卓を一瞥すると、コタツで向かい合ってみかんを食べていたユリカとカグヤは、

ほとんど興味なさそうに相手に振る。

ぴしりと流石にひきつった男はそれでもめげずに、再度電卓を叩く。

が、再度出された電卓に見向きもせずに、剥き終わったみかんを同時に二人の中間にいるアキトに突き出す。

「はい、アキト。あ〜〜〜ん」

「アキト様、お口をお開けになって?」

「むがっ!!」

はいはい、と開けた口に同時に突っ込まれてむせる。

まあ、ユリカもカグヤも美人ではある。性格もゴーイングマイウエーだが、許容できないほどではない(彼にとっては)。

何より、異常とも言うほど愛されている。

言うことは無いようだが、それが二人いるというのが厄介だった。

アキトとて18歳で、一番その手のことには興味のある年代である。

どちらか一人ならば、下手をすれば学生結婚で子供の一人くらいはいたかもしれない。

しかし、この1年でユリカとカグヤがお互いに足を引っ張り合ったために、

手を握るより先に進んでいないのが現状である。

しかも、被害をこうむるのは常にアキトだった。

アキトとデートの約束(注:カグヤ主観)を取り付けたカグヤが舞い上がってユリカに自慢すれば、

前日のアキトの夕食にユリカが下剤を入れるといった具合だ。

お互いに”押して引いて”ではなく”押して押して押して”の性格だけに、張り合うと当初の目的を忘れるのだ。

連合大学の主席と次席がこれでいいのかと、アキトは本気で現在の教育制度に疑問を持ったことがある。

「……なるほど。お噂は事実のようですね」

しかし、そのプロスペクターと名乗る男は、それでもめげず、メガネを中指で押し上げると、ふふっと不敵に笑った。

「では、そこのテンカワ・アキトさんもスカウトの対象と言ったらいかがですかな?」

「アキト! 火星の皆を助けるためにがんばろうね!!」

「火星……なにもかも懐かしいですわね。アキト様とお会いしたあの場所で、成長した二人は……」

「現金すぎるぞ、お前ら」

分かってはいた、分かってはいたが、ここまで露骨だと火星の人の命ってなんなのかと、黄昏たくもなる。

「で、テンカワさん。いかがですかな?」

「理由がよく分からない。アンタの話だとスペシャリストを集めているそうじゃないか。カグヤやユリカなら確かに

戦術シミュレーションのスペシャリストだけど、俺はただの学生、それもできの悪いほうの学生だ。

いくら俺でも、ユリカやカグヤの付録だっていうんなら、乗る気は無いよ。

それに俺が乗らない以上、二人を乗せるつもりも無い。もう、これ以上誰も失いたくは無い」

「アキト……」

「アキト様……」

両手が柔らかな感触に包まれる。

(やれやれ、こういうことをするから、憎めないんだよな……)

アキトは重ねられた二人の手をきゅっと握ってやった。

傍から見れば、とんでもないスケコマシである。

おほん、とわざとらしい咳をして、やや赤面したプロスペクターが再度メガネをついとあげる。

「見縊られては困りますな。限られた資金で有能な人材発掘が私のモットー。

無能な人材に一銭も払う気はありません」

「そこまで買われるほどのもんじゃないと思いますけど?」

「あなたこそ自分の価値を過少評価されては困ります。

確かに、あなたより経験豊富なパイロットはいるかもしれません。

けれど、あなたの手にあるIFSを使いこなすパイロットは偏見もあって熟練者がまだまだ少ない。

その点、子供の頃から慣れ親しんだあなたは貴重なのですよ」

「なら、経験豊富なパイロットをIFSに馴れさせればいい。その方が効率的ですよ」

「それでは遅い……すでに木星蜥蜴は月まで勢力圏に収めています。私は明日戦えるパイロットではなく、今戦える

パイロットを探しているんです!!」

む、とアキトは詰まった。

プロスペクターが本気であることは、アキトにも理解できた。

何より、これからの道についてアキトは迷っていた。

連合大学の履修期間は今年で終わる。

ユリカやカグヤとバカをやっていられるのも、最後だろう。

ユリカは正規軍人になるだろうし、カグヤは本来の居場所である

実家の明日香・インダストリーに戻るのかもしれない。

だが、自分は?

軍における目標はすでに砕かれた。

軍に戻る気持ちが無いことは、1年前と同じだ。

自分にできるのは、パイロットと趣味の料理ぐらいのものだ。

――そこまで考えて、なぜかユリカとカグヤの帰りを待つ主夫な自分を想像して、頭を振った。

(大体なんで二人なんだ!? 俺はそんな節操なしじゃない!!)

「受けて、いただけませんか?」

けじめとしては、いいかもしれない。

少なくとも、アキトはそう納得できた。

この1年間うやむやのまま置き去りにした、火星での出来事に決着を付けない限り、前に進めない。

「分かりました。引き受けます。でも、ユリカとカグヤは……」

「もっちろん、ユリカは着いていくよ」

「当然ですわね」

「待て、お前ら! ピクニックに行くんじゃないんだぞっ!! 

相手の本拠地に殴りこみにいくような話なのに、んな簡単に!!」

「う〜〜ん。地球だって安全じゃないとおもうんだけど」

「不本意ですが、ユリカさんに賛成ですわ。火星まで妨害を考えて往復3ヶ月。

その間、月まで征服された地球が無事とは限りませんわ」

「う゛っ」

コンビネーションを組ませれば、さすがに連合大学の主席と次席である。

お情け入学のアキトの論理は、2秒で崩された。

「ハハハ、お二人にはかないませんよ、テンカワさん。しかし、カグヤさん、あなたは乗っていただくわけには……」

「なっ!? わたくしとアキト様を引き離す気ですの!!」

「ぐえっ! そ、そうではなくて、明日香・インダストリーのご令嬢をネルガルの船に乗せるわけには……。

私がここに来たのは、あくまでもテンカワさんとユリカさんをスカウトに来たわけでして、ハイ」

アキトに右手を握られたまま、左手一本でプロスペクターを吊り上げるカグヤは素で恐ろしいのだが、

プロスペクターはあいまいな笑みを浮かべたままあくまでも拒絶の姿勢を貫く。

「……そう、実家が問題ですのね。ユリカさん、電話を貸してくださる?」

「いいけど、どうするの? カグヤちゃん」

無言でユリカから電話を受け取ると、カグヤはどこかにダイヤルすると、何言か喋って一方的に電話を切った。

「実家との縁を切りましたわ。これで、私は天涯孤独の身」

「へっ!?」

「ちょっ、ちょっと失礼……。た、確かに親類縁者との関係が全て抹消されていますね」

呆然としてつぶやくプロスペクターを引き寄せ、カグヤは再度迫る。

「で、いかがですの?」

「そ、そういうことであれば、こちらとしては願ってもないことですので、ハイ」

「そう。では、本日よりここに泊まらせていただきますわね。何しろ、実家はなくなってしまいましたので」

「あ〜〜〜!! カグヤちゃんズルイ! 最初からそれを……アキト?」

「ユリカ、今日はやめるんだ」

「アキト……」

立ち去るカグヤの背に、ユリカを制してアキトは静かに声をかける。

「カグヤ」

「な、何ですの」

「……ありがとう。その……俺なんかのために、感謝してる」

「……ふふっ、今の一言で甲斐もあったというものですわね」

勝気な高笑いではなく、けぶるような微笑をカグヤは向けた。

喪失感は当然あったろう。

明日香・インダストリーの娘、ということは彼女のアイデンティティーの一つでもあった。

それを捨てたことに後悔は無かったが、失ったものはすぐに埋まりそうもなかった。

そのあいまいさ、もどかしさが彼女にそのような表情をさせ、アキトとプロスペクターを十分に照れさせた。



「これが……」

「新造戦艦ナデシコ、スキャパレリ・プロジェクトの要です」

「「「変な形(ですわ)」」」

「こ、この形には深ぁ〜〜いわけがありましてですね。それに、形はアレでも

この艦の性能は他社の追随を許しません!!”グラビティ・ブラスト”に”ディストーション・フィールド”、

”相転移エンジン”と新技術が満載されておりますです、ハイ」

3人の息のあった感想に、引きつるプロスペクター。

一方、3人は大して気にも留めずずかずかと案内もされないのに艦内に入っていく。

このあたり、被害者顔をしていて、しっかりアキトも二人に感化されている。

「ま、待ってよぉ〜〜、ユリカぁ〜〜!!」

「ジュン、だから俺も手伝うっていったじゃないか」

「くっ、テンカワ君、君の手伝いはいらないっ! 僕一人で十分だ!!」

「だ、そうですわよ。荷物運びなど気になさらず、行きましょう、アキト様」

「あ、ちょっと、カグヤちゃん! ごめんね、ジュン君。荷物は部屋の前に置いといて。

あっ、待ってよ、アキトおおーー!」

「くっ、泣くもんか。泣くもんか……」

「……副長」

このジュンと呼ばれる青年。名前をアオイ・ジュンという。

一応、連合大学は3位で卒業なのだが、上位二人が強烈過ぎて印象に残らないという不遇な道を歩み続けていた。

もっとも、本人はやり取りで分かるとおりユリカ一筋なので、満足なのかもしれない。

……報われるかどうかはともかくとして。

「その、何と言っていいか」

「何も言わなくていいよ。いや、道化と笑ってくれていいさ! 子供の頃から好きで一緒の学校まで受けて、

大学に行ってさあ告白だと思ったら、私の王子様!? なんだよ、それ!! そんなのってないよ!!」

「いやあ〜〜、はっはっは。中々愉快な人生ですな」

「笑うな!!」

笑えといっておきながら笑うと怒るという矛盾した行動をとりながら、肩を竦めたプロスペクターを置いて、

荷物を担いだジュンは艦内に入っていった。

ただ、プロスペクターは、何故ジュンの担いでいる荷物に「カグヤ」とか「アキト」の荷札のついたものが

混じっているのかを聞くことはできなかった。あまりにも痛ましい答えが返ってきそうで。



「は〜〜〜い! 私が艦長のミスマル・ユリカでぇ〜〜す! ぶい!」

「「「「「ぶい〜〜〜〜?」」」」」

「馬鹿?」

「まったく、あなたという人は……。わたくしは艦隊参謀のカグヤ・オニキリマル少佐です。よろしく」

ユリカの自己紹介に毒気を抜かれたブリッジで、一人びしりと敬礼をするカグヤ。

まあ、表面上はともかく中身はどっちもどっちなのだが、今のところそれを知るものはアキトだけである。

慌てて敬礼をする周囲は、自然カグヤが上位者と勘違いした。

実際、序列的には微妙ではあるが、カグヤが上であった。

本来の艦隊編成であれば、ナデシコの艦レベルの運用はユリカの職権であり、艦隊全体の艦運用に関しての

意見具申と作戦立案が艦隊参謀の仕事である。

その点で言えば、ユリカはカグヤの戦略構想に口を挟むことができない。

しかし、実際はナデシコ単艦の艦隊であり、指揮命令権はユリカに帰属する。

つまり、艦隊運用の実際については、逆にカグヤは口出しできない。

大まかに言えば、戦略レベルの判断がカグヤと提督、副提督の範囲であり、

戦術レベルの判断はユリカの職務権限となる。

「そ、それはともかく艦長! 上の敵をさっさと追っ払いなさい!! このままじゃあ、こっちがやられちゃうわ!!」

「?? あなたは……?」

「副提督のムネタケ・サダアキ准将よ。資料にくらい目を通しなさい。あちらが、提督のフクベ・ジン退役中将、

それに、会計監査のプロスペクター、警備主任のゴート・ホーリー、操舵士のハルカ・ミナト、

通信士のメグミ・レイナード、オペレーターのホシノ・ルリよ」

一気に説明し終えて、カグヤはメグミを見据えた。

「……状況報告は?」

「はっ!? えっと、現在サセボ・ドック直上にて敵機動部隊と連合軍が戦闘中。

連合軍は圧倒的に不利な状況にあります。万一連合軍の防衛ラインが破られた場合、

相転移エンジンの使用できない現状のナデシコでは、対処する術がありません」

「簡潔且つ明瞭な報告ね。一流をそろえたというのは伊達ではないわね」

「あ、ありがとうございます!」

カグヤの褒め言葉にどうにも様にならない敬礼を、メグミは返した。

童顔にそばかす、三つ編みにして後ろに流した髪と、とても軍にはいそうもない可憐な容姿のせいもあるが、

そもそも敬礼のような型にはまった行動そのものが苦手なのかもしれない。

「褒めてる場合じゃないでしょ! さっさと対空砲火で迎撃よ!!」

「それだと、上の軍人さんたちも巻き込まれちゃうんじゃない?」

「ど、どうせ全滅してるわよっ!」

「非人道的ぃ〜〜〜」

「う、うるさいわねっ!!」

ハルカとメグミの双方からのつっこみに、わめき散らすムネタケ。

「いずれにしろ、副提督の意見だとナデシコをこのまま浮上させるということですが……」

「それだと、浮上後に接敵された場合、対処の仕様がないな」

加えて、艦隊運用素人のプロスとゴートにまで完全否定されて、歯噛みしながら黙り込む。

「どうします、ユリカさん?」

「う〜〜ん。どうするも何も、結論は出てるんだけどね。カグヤちゃん、

ナデシコに機動兵器は搭載されてるんだっけ?」

「ええ。1機だけですけど。最新鋭の……”えすてばりす”でしたか。スペックを見る限りでは、

あなたの作戦実行には十分な性能を有しておりますわ」

「じゃあ、決まり!! ルリちゃんとミナトさんは緊急発進用意、メグちゃんは

パイロットにスクランブルと伝えてください!!」

「エステバリスを出すんですか? しかし、いくらわが社の最新鋭機といっても

あの数を相手にするには1機ではとても……」

「誰も殲滅しろとは言いませんわ。本艦から引き離して、密集させれば良いのです」

「で、そこをグラビティー・ブラストでどど〜〜〜んと!!」

プロスペクターの懸念に、冷静に答えるカグヤと能天気に答えるユリカ。

しかし、メグミの報告に二人して顎が外れた。

「ぱ、パイロット骨折中のため、発進できず」

「「は!?」」



一方、アキトはブリッジに赴くユリカ達と別れ、ハンガーデッキへと向かった。

プロスペクターから渡された資料では、人型機動兵器と聞いていたが、

彼自身それに搭乗したことがなかったからである。

それは、これまでの人型兵器は戦闘目的ではなく、裏方の重機としての役割がほとんどだったからである。

アニメや漫画ならともかく、戦場では兵器が人型であるメリットはほとんど無い。

立っているために的が大きく、2足歩行させるためにシビアなバランサーを要す。

この2点だけで、兵器としては失格である。

前者は単純に損耗率が増すし、後者はいわゆる精密機械に類するものであるから、

故障した場合全く使えなくなってしまうし、コストが跳ね上がる。

ただ、IFSというインターフェイスの特性から人型の方が扱いやすく(動きがイメージし易い)、

両手のマニュピレーターを自由に使える汎用性の高さから後方で細々と運用されていた。

それを前線に持ってくるというのは、狂気の沙汰とも言えるのだが、これを解決したのが

”ディストーション・フィールド”と”フレームシステム”である。

ディストーション・フィールドはほとんどの攻撃を防ぎ、フレームシステムは徹底的に部品を共有化・単純化・並列化させることにより、

コスト面と補給面の難を解決した。

これであれば、確かに人型兵器の操縦の容易化と汎用化がプラスに働く。しかし……

(やっぱ、趣味だよな〜〜)

『みなさん、お待ちかねぇ!! グゥア〜〜〜イ・スゥパァ〜〜〜〜〜〜・ナッパァアアア〜〜〜〜〜!!』

目の前でおどりながらアッパーを決めてこけるエステバリスを見つつ、アキトは慨嘆した。

「ん?」

ざわざわと、こけたエステバリスのコクピットに駆け寄る整備員の様子がおかしい。

見れば、タンカに乗せられてパイロットが運ばれてゆく。

どうやら骨折したらしい。

「おお〜〜〜い! 少年!!」

「え? 俺か??」

唐突に運ばれてゆくパイロットに呼ばれ、自分を指差すアキト。

「そう、お前だ。頼む、ゲキガンガーのコクピットに俺の宝物があるんだ。そいつを持ってきてくれないか」

「ああ、いいけど……」

”ゲキガンガー?”と首を捻りつつ、アキトはコクピットに入った。

(すごいな、こいつは……)

アキト自身、カタログでしか見たことがないような最新鋭の機器が積まれている。

辺境の火星駐留軍であったアキトの部隊には、型落ちの安物しか回ってこなかったのだ。

(全天スクリーンに、重力波エネルギー装置、おまけに武装はイミディエット・ナイフか)

「ヤマダさん! パイロットのヤマダさん、応答願います!!」

「わっ!!」

いきなり目の前に開いたウインドウに驚いて、仰け反るアキト。

「あ、コミュニケってやつか。ヤマダって言うのはさっき運ばれていったパイロットのことかい?

本人はダイゴウジ・ガイとか言ってたけど」

「ええ、ヤマダ・ジロウさん。登録ではそうなってます。あ、それより、そのヤマダさんは?」

「さっき骨折して、運ばれてったぞ?」

”ええっ”とコミュニケ内の少女が驚き、ぼそぼそと後ろで上官らしき人物に報告した後、

再度振り向いてアキトに聞いた。

「なんとか、発進できませんか?」

「足を折った状態で? そりゃ無茶だよ。IFSは自分のイメージを機体に伝達するシステムだから、

足の痛みを気にせず動かせる変態でもない限り、まともに動かせないよ」

「そうですか……え、はい。あの、テンカワ・アキトさんってそちらにいませんか?」

「ああ、俺がテンカワだけど」

「では、テンカワさん発進願います」

「は?」

後ろからまた、何事か言われた少女は、笑顔のままアキトにとんでもない命令を出した。

「ちょ、俺は確かにパイロットだけど、まだこの機体を動かしたこともないんだぞ!? 他にいないのか?」

「それは……わっ、艦長、参謀なにす……」

「やっほ〜〜、アキト見えてる?」

「アキト様、申し訳ないのですがお願いできますか?」

コミュニケのウインドウ目いっぱいに広がるユリカとカグヤの顔を見て、アキトは充実しすぎた大学生活を思い出した。

二人がこのお願い状態のとき、全ての災難はアキトに降りかかるのだ。何をどうやっても。

「……というわけで、アキトには囮役になってほしいんだ」

「まて、さわやかな顔で全部はしょるな。一体何機外にいるんだ?」

「えっと、ルリちゃん何機だっけ、え? うん、100くらいかな?」

「……お前今絶対鯖読んだだろ。それを、いきなり乗ったこの機体でひきつけろってのか?」

「その機体スペックなら素人でも可能ですわ。ということで、アキト様グッド・ラック」

「おい、待ってぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!!」

「エステバリス射出。30秒後に地上に出ます」

「か、艦長に参謀、本当に大丈夫なんですか?」

アキトに気づかれないまま射出シークエンスを進めたルリは淡々と報告し、

一方メグミは問答無用でアキトを放り出したユリカとカグヤにすこし引き気味にたずねた。

「大丈夫だよ。アキトは私の王子様なんだもん!!」

「ユリカさんの王子かはともかく、これしきの危険、大学時代のアレに比べれば容易いことですわ」

初乗りの機体に放り込んで、1000機近くの相手に囮役をこなすことを容易いと言い切る神経に、

改めてブリッジ全員が引く。

ただ、フクベだけは艦長席においた二人の拳が握り締められていることに気がついていた。



「くっそ〜〜〜〜!! あいつら、戻ったら覚えてろよっ……て、囲まれてるぅ!!」

地上に出た途端、4方を囲まれていることに気づいたアキトは、慌ててブースターを吹かして上方に回避した。

同時に囲んでいたバッタたちが発砲したことにより、何機かが同士討ちで爆発するが、

それも焼け石に水と言えるほどの数だ。

上に逃げたアキトに気づいた機体はすぐにこちらに狙いを定め、空中制御に手間取るアキトを狙う。

(くっ、やっぱり火星より重力が強い! シミュレーションと実戦じゃあ違うか!?)

それでもアキトは、微妙なブースターの吹かしによりサセボ・ドックから離れた森林地帯に着陸し、

足のキャタピラを高速回転させて離脱を図る。

勿論、数が違いすぎるためにジョロやバッタのバルカンはいくつか着弾するが、

全てディストーション・フィールドに防がれ、致命傷は無い。

(大した機動性だけど……速すぎるな。相手の速度に合わせなきゃならないのか)

思ったよりも、神経のいる作戦だった。

一定距離を保っていなければ、離れすぎると囮の意味が無いし、近すぎればいくら

ディストーションフィールドを備えていようと数の差でなぶり殺しにあうのは目に見えていた。

さらに、アキト自身戦闘に入って初めて気づいたことだが、

すでにナデシコのエネルギー重力波の範囲から外れているのである。

無駄な回避運動によるガス欠も、彼の死を意味していた。

(まだかっ! ユリカ!!)

じりじりと減るバッテリー残量に脂汗を流しつつ、背面に迫った一機のバッタを落とす。

「アキトさん! ナデシコ発進準備完了しました。指定座標軸まで帰還願います!!」

「了解!!」

メグミの指示にようやくアキトは破顔すると、エステバリスを反転させて

両手のワイヤード・フィストを発射し、上空二機のバッタを落とす。

「くぬぉおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!」

二機撃墜により空いたスペースに、ブースターを全開で吹かしてエステバリスをもぐりこませる。

予想外の動きに僅かに逡巡した手近のバッタをワイヤード・フィストで掴んで足場にし、さらに上空へ。

敵機の群れから、一気に雲に届くほどの上方に抜け出したアキトは、

今まで温存していたラピッド・ライフルを乱射し、追いすがる敵を蹴散らす。

「あれかっ!!」

レーダを頼りに僅かに視界の端に覗く白い艦影を発見し、アキトは最後のブースターを吹かし、

その方向へとエステバリスを向かわせた。



ゴゥン……

「エステバリス、着艦を確認。グラビティ・ブラスト発射体勢。敵機の殆どが有効射程範囲内に入っています」

僅かに揺れる艦の中、抑揚のないルリの声が響く。

「グラビティ・ブラスト発射! 敵、まとめてぜぇ〜〜〜んぶ!!」

ドキューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

「おお〜〜〜〜〜!?」

「グラビティ・ブラスト着弾を確認、敵9割方消滅。残存兵力は撤退を始めました。

連合軍の被害は甚大なれど、戦死者数は5」

僅か1斉射で、敵機の大半を撃滅させたことに驚く周囲をよそに、淡々とルリが戦況を報告する。

「うそよ……。こんなのでたらめだわ」

(兵器だけの差、ではないな、これは。あの時この艦があったとして、勝てたかどうか……)

隣で呆然とするムネタケを横目でちらりと見、フクベは慨嘆ともつかぬ息をつく。

「メグちゃん、アキトにつないで、アキトに!」

「メグミさん、早くしなさい」

「コミュニケの使い方くらい覚えてください!! 交換手じゃないんですよ、私!」

ユリカとカグヤにせっつかれて、切れ気味のメグミがようやくつないだエステバリスの

パイロット席には、ぐったりと突っ伏したアキトがいた。

作戦による精神的な消耗もあったのだが、最後の最後でブースターが切れて

ほとんど墜落同然で着艦し、したたかにコンソールに頭をぶつけたのである。

実際はナデシコに近づいたところでエネルギー供給を受けられたのだが、

バッテリーモードからの切り替え方を知らなかったためにこのざまだった。

やはり、マニュアルはちゃんと読みましょう、ということだろう。

「え〜〜〜と、アキト生きてる?」

「愚問ですわね。ユリカさん。この程度で死ぬようなら、今まで30回は死んでますわ」

「……戻って第一声がそれか。お前ら」

ぎりぎりと音がしそうなほどぎこちなく頭を起こしたアキトが、半眼で二人を見る。

「……お帰り、アキト」

「お帰りなさいませ、アキト様」

「泣いてんじゃねーよ、バカ」

顔を赤くしてそっぽを向いたアキトは、再びコンソールに突っ伏した。



その頃のジュンとヤマダさん(自称:ダイゴウジ・ガイ)

「何だよっ! 最初っからユリカ達とブリッジにいたよ!! 何なんだよ、この扱いは!!」

「ふはははは、ナナコさん! 見てくれたか、俺の活躍を!! さぁーーー、皆で叫ぼうぜ!! 

レッツ・ゲキガイン!! ……むにゃ」





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代理人の感想

話は面白いです。「世間的にずれてる」などと謙遜してらっしゃいますがなんのなんの。

(「お前もずれてるだろう」だって? 気にしない気にしない)

アキトのへろへろと前向きな姿勢や各キャラの立ち位置は結構好感が持てるし、

会話や文章の間もいい感じなんですが・・・ただ、文章そのものはちょっと微妙ですね。

 

>立っているために的が大きく、2足歩行させるためにシビアなバランサーを要す。

例えばこの部分、意味は通るのですがここで「要す」という表現は普通使いません。

ここだけ抜き取るとケアレスミスのようにも見えますが、こう言った「変な文章」があちこちにあるのでどうも素で間違っているのかなと。

後、こちらは趣味もありますので一概には言えませんが読点のつけ方などバランスが悪いようにも感じました。

 

後、プロジェクトの名前はスキャレリですね。

詳しいことはこのへんを御覧下さい。

ではまた。