18年前



「そろそろ潮時か……」

ユーチャリスの艦長席に腰かけながらアキトは一人呟いた。

最大の目的であった北辰、山崎を倒して既に2年の月日が既に過ぎようとしていた。

その間も火星の後継者たちの残党を狩り続けていたアキト。

その結果火星の後継者は完全に力を失っていき、もはや組織としての力はほとんど無いに等しい。

復讐心に駆られ戦い続けたアキト。

しかしその目標はほぼ達成されたと言っていい。

本来なら絶対安静であるアキトの体は度重なる激しい戦闘ですでにぼろぼろだった。

今までは復讐心が、生きようとようとする意志が、体の苦痛を上まわっていたがそれが失われつつある今、反動が一気にアキト
を襲ってくる。

苦痛に身を任せ、そのまま意識を手放したいという誘惑がアキトの頭によぎる。

しかしそれを押しとどめたのはこの船に乗る少女の存在だった。

ラピス=ラズリ

アキトのパートナーにして、最大の被害者。

ラピス本人に尋ねれば被害者であることをきっぱりと否定するに違いない。

しかしそれは、アキトたちがラピスに選択肢を与えなかった結果に過ぎない。

ラピスが研究所から助けられた時、彼女には幾つかの選択肢があった。

マシンチャイルドという性質上、その数は限られてはいたがラピスにそれを選ぶ権利は本当はあったのだ。

しかしそれはアキトのわがまま、それも個人の復讐という最低な理由によって奪われた。

(そろそろ限界だな)

今度は声に出さずに呟くアキト。

この二年間アキトはラピスに戦闘以外の時間はあらゆる知識を与え、出来るだけ話し掛けるようにした。

そのお陰でラピスは少しずつではあるが、感情というものを覚えていった。

単純に考えればそれはめでたいことであるが、ラピスはアキトとリンクをしていた。

今までのように感情が無ければ、アキトの喜怒哀楽がラピスの喜怒哀楽として脳へ伝達される。

しかしラピスが感情を覚えれば、アキトが怒っている時に、必ずしも怒っているとは限らない。

自分は嬉しいはずなのに、負の感情が流れ込む。

そんな感情の矛盾が生じれば、脳へのストレスがたまりいずれ脳がパンクしてしまう。

訓練により考えたことがそのまま伝わると言う事はなくなったが、ラピスの感情がこの数ヶ月間ひどくゆれていることだけは感じ取れた。

アキトは、自分の存在がラピスにとって害にしかならないことを思い知らされる。

それが分っていてなおアキトがラピスのそばを離れなかったのは、勘違いであれなんであれ、ラピスがアキトのそばにいたいと
願い、捨てられるのを恐れているのを知っていたからだ。

――しかしそれも限界に来ていた。

ラピスはその心が、そしてアキトはその体が……いつ死んでもおかしくない。

だからその前に決着をつけなければならない。

アキトは、今回の戦闘が終わったらラピスとのリンクの解除を決意していた。

「ラピス来てくれないか」

決意を伝えるべく、コミュニケを通して部屋で休んでいたラピスに呼びかける。

それから3分ほどしてからラピスがブリッジへと不安そうな顔をして姿を現す。

「……ラピス、話がある」

「……わたしもアキトに話がある」

バイザー越しに絡み合う二人の視線。

この二年間で美しく成長した少女。

娘であり、妹であり、最初で最後のパートナー、そして……

アキトは視線を外し、少しだけ迷ってからラピスから話をするように促す。

ラピスも何かを決意した表情で口を開く。



























「アキト、出来ちゃった」


























「……………え、ええと、な、何が出来たんでしょうか、ラ、ラピスさん?」




明らかに動揺をするアキト。

ちなみに動揺するということは心当たりが在る証拠である。















「赤ちゃん(#)










シーン

しばしの静寂。













「なんですとおおおおおおおおお!!!」



アキトの叫びが宇宙に響く。



コロリン



音も形もなく何かが転がり落ちる。

後にアキトは語る。



「いやー、どうやらこの時に頭のネジが一本外れちゃったんだよなー ワハハハハ」と。


















――そして18年の時間が流れる













天河太郎物語 第1話










ここはT都にある静海高校という名の私立高校。

人類が宇宙へと飛び出したいまでもT都の地価は相変わらず高い。

利便性という点では他の都市に比べれば劣るのだが、長きにわたり日本の中心であったという伝統からか、金持ちはT都に家を持つことは一種のステータスというような考え方がいまだ残っていた。

そんな都内にある、それも私立高校は当然のことながら授業料は高い。

しかしただ授業料が高いだけでは生徒は集まらないので、いろいろな設備を充実させる。

そうすれば当然その分授業料は上がるという悪循環。

そうなると都内の私立高校に通えるのは――よほど例外を除き――お金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんということになる。

そしてこの静海高校は――そういう言い方をするならば――都内及び日本でもトップの坊ちゃん高校ということになる。


キーンコーンカーンコーン


授業の終わる鐘の音。

静海高校の2−Bの教室では6間目が担任の森田の授業だった為、そのままHRに突入し他のクラスに比べかなり早く解散とな る。

それと同時に教室の出口へと向かう少年が一人。


「バイバイ天河君」

「じゃあな天河」

「また明日天河君」


クラスメイトがそんな彼に向けて挨拶を投げかける。


「それじゃお先に失礼するね、みんな」


爽やかな笑顔と共に去っていく少年。

その笑顔を直視して腰を抜かす者が3人、鼻血を出すものが1人。

このクラスになってから3ヶ月もたつというのにいまだこの調子である。

それでもクラス替え当初はクラスの過半数(男子も含む)が腰を抜かす&鼻血だった考えると進歩をしたといえるのだろうか。


「うぅ、私天河君と同じクラスになれてホント―によかったよ!!」

「オレも自分のこと、そこそこのお坊ちゃまだと思っていたけど、あれは桁が違うよな」



そしていつものように去っていった少年について話しあうクラスメイトたち。

天河太郎

それが帰っていった少年の名前だった。

髪と瞳の色こそ黒と典型的な日本人ではあるが、身長は180センチを超える長身に引き締まった体は、ズボンの裾を一度も上げたことが無いという日本人離れした完璧なモデル体形。

顔は癖無く、それでいて完璧に配置された万人受けする美貌。

学力は全国でもトップクラスの進学校であるこの学校で常に主席、全国模試でも3番以下を取ったことの無い天才。

運動神経も抜群で、走れば100メートル11秒を切り、球技をやらせれば運動部のレギュラーと互角の勝負をする万能ぶり。

容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、そして性格良好。

少女漫画にすらでてきそうにない完璧な少年である。

女子生徒に人気があるのは当然のことながら、校内外で老若男女を問わず圧倒的な人気を誇る。

そしていつしか彼は影でこう呼ばれるようになる。

静海高校の黒き王子「プリンス オブ ダークネス」と。

本人と、彼の両親が知ったらぶっ飛ぶこと間違いなしのあだ名である。


「それにしても天河君って、いつも帰るの早いよね」

「きっと習い事とか、帝王学の勉強とかでびっちり予定が詰まってるのよ」

「この前おれが、『天河(くらい頭が良かったら)なら、高校通わなくても(飛び級でもして)よかったんじゃないか?』て聞いたら、
『両親に高校ぐらいは通った方がいいって言われた』て答えてたぜ」

「天河君にとって、この高校に通うことすら社会勉強の一環に過ぎないのね」

「それにしても天河君の両親て一体何をやってる人なのかしら?」


日本一のお坊ちゃん学校で『プリンス』とまで呼ばれる天河太郎。

しかし彼の私生活は謎に包まれていた。


「暁君、本当に何も知らないの?」


今まで太郎のことを話していた一同は、暁と呼ばれた少年の方へと目をやる。

暁 拓也

学業こそ太郎に少し劣るものの(それでも全国トップレベル)、他の部分では太郎に匹敵するものを持った、学校のもう一人の人 気者である。

ちなみに影のあだ名は『若様』。

そして太郎の親友と呼べる存在である。


「いや、本当にオレも知らないんだ」


何故か苦笑しながら答える拓也。

太郎自身、自分の父親が今何をしているか知らないのは彼だけの秘密である。

拓也が知らないと答えると、クラスメイトは再び太郎について語り出す。

何処かの王族、某財閥の跡取り、裏千家の次期当主、有名政治家の息子等の、様々な憶測が飛び交う。

そして本人がいない以上確認のしようが無いので、「とりあえずあれは半端じゃないところのお坊ちゃんだ」ということでいつも決着がつくのだ。

そんな様子をぼんやりと眺めていた拓也の胸ポケットからバイブレーションが伝わってくる。

コミュニケに誰かが連絡をした合図である。

連絡元を見てみれば、担任の森田からであった。

話の内容は渡したいものがあるので卓也に職員室に来て欲しいとの事である。

それだけで担任が自分に何を頼みたいのかおおよそ理解した拓也は職員室に向かうために教室を後にした。



















夕方から降り出した雨は今なお降り続いていた。

時刻は21時30分を過ぎている。

仕事帰りのサラリーマンで賑わう繁華街。

しかしその華やかな表参道から一本裏道に入っただけで暗く静かな雰囲気をかもし出す。

雨という天気の所為かこの時間に裏通りを歩く人影は極端に少ない。

そんな裏通りで一人の少年が傘をさして立っていた。

服装こそTシャツにジ―ンズという格好であるがその容姿は半端でなくかっこよい。

その少年の視線は足元のダンボールへと注がれていた。

ダンボールには『拾ってください』との文字と寒さのためか震えている4匹の子犬がいた。

雨の下で傘をさしたたずむ美少年と、捨てられた子犬。

それはまるで映画のワンシーンのような幻想的な情景であった。

「天河」

自分の名を呼ばれゆっくりと振り返る太郎。

「暁か、どうしたんだこんな時間に?」

声をかけてきたのは私服姿の拓也だった。

「また先生に天河宛の届け物を頼まれてな」

「そうか、いつもすまないな」

本当にすまなそうな顔をして謝る太郎。

「どうするんだそれ」

足元のダンボールとその中身について尋ねる拓也。

「正直言って迷っているんだ……


このまま食べるか、非常食としてしばらく飼っておくか


太郎の瞳がきらりと光り、口元からはよだれがたらりと垂れる。

100%本気の発言である。

どうやら子犬が震えていたのは寒さの所為ではなく、食べられる恐怖 からだったらしい。

「まあ、いまどき捨て犬なんて拾う人もいないだろうから一晩じっくり考えてからどう料理するか決めるさ」

「そうか」

太郎の台詞を平然と受け流す拓也。

この程度のことでいちいち動揺をしていたら太郎の親友はやっていられないらしい。

「せっかくここまで来たなら家に上がっていってくれよ」

「ああ」

拓也の返事を待って裏通りをさらに奥へと進んでいく太郎。

そして数分もしないうちに一軒の家へとたどり着く。

いやそれを家と呼ぶには、大工さん、設計士等の建築に関わる全ての人々に申し訳ない。

知らない人が見たら、絶対に嫌がらせか何かのために建てたとしか思えない。

高層ビルが立ち並ぶ都内の一等地。

その隙間に建つ、明らかに素人が建てた木造六畳一間の平屋建てのほったて小屋

ダンボールにマジックで『天河』 と書かれた表札、扉には『繕い物いたします』 の張り紙。

その扉を太郎が開ける。



「「「「「「「「「「「太郎兄ちゃん、お帰りなさい」」」」」」」」」」


大人が1人と、太郎をそのまま小さくしたかの様な少年少女が9人 が彼らを出迎える。


……ちなみにもう一度確認しておくがここは木造六畳一間の平屋建て である。














――天河太郎

眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能、性格良好

影のあだ名は「プリンス オブ ダークネス」




そんな彼の唯一の欠点は貧乏なことである。















あとがき

皆様はじめまして岩雪と申します。

ええと、何といいましょうか、どこかでラピスは実はルリとそんなに年齢差は無いという話を聞きましてやってしまいました。

まあ、ラピスは2年間の間に激しく成長したということでご理解いただければなーと思います。

さてこの話には元ネタがあります。某黒魔術師無謀編……ではなくとある少女漫画です。まあこちらのHPに来られる方は多分知らないと思われますが、解かる方にはタイトルで一発でわかります。

今後の展開はAction史上最小のスケールで進むことしか決まっておりませんがお付き合いいただけると幸いです。









代理人の個人的な感想

赤塚不二雄の古いギャグ漫画であったな〜、こういう感じの家と家族(笑)。

やっぱり長兄である太郎は屋根の上で寝てたりするんだろうか?

ま、取合えずツカミはオッケイ!ですね(笑)。







追伸

・・・・・・寿命がないない言ってた割には随分子沢山だな(爆死)。