次の日の夜。ピースランドではプリンセス帰還を盛大に祝うため、大規模な晩餐会が催された。


 余談だが、またも横島とルリのみで日中どこかへ出かけることがあり、明乃とモモの盛大な怒りを買ったがそれについては割愛する。ルリにとっては重要なイベントであったらしく、帰ってきたルリの顔はどことなく温かみを増していたと言う。


 ボロ雑巾同然と言っても過言ではない状態に陥った横島にとって、それがどれだけの慰めになるかはわからない。


 それはともかく。例によって数分で復活した横島と明乃とモモ(ルリは主役なので別行動)は、ピースランドの大ホールの隅っこで、着飾った人々を眺めていた。


「・・・場違いですよね」


 かなりシンプルで鮮やかなグリーンの生地のパーティードレス・・・いや、カクテルドレスとしてもシンプルなドレスを着た明乃が不安げに辺りを見回す。なんだか体が一回り小さくなっているようにも見える。

 セミロングの髪をアップにし、ブルーの石が目を引く髪留めをつけている。ちなみに、髪をアップにしたために見えるうなじに対し横島が暴走して一撃で沈められたが、それは語るまでもない余談だ。


「かもなー」


 横島もシンプルにグレーのタキシードを着てバンダナは外している。はっきり言って似合っていないが、着こなしの点では明乃に勝る。明乃は緊張からかドレスに「着られている」感がぬぐえないからだ。

 横島は別に気負った感じもなく辺りを見回す。もちろん狙うは美女と料理だ。


「・・・・・・・・・(特に意見はないらしい)」


 モモはまったく普段と態度に変わりはない。着るのは薄いブルーのワンピース。定位置もいつも通り。衣装が似合い、かつ、まったく物怖じしていないことからこの三人の中で最も違和感なく溶け込んでいる。


「そういえば、どうして横島くんは緊張してないんですか? こういうところに来る機会がそんなにあったようには思えないんですけど・・・」


「ああ・・・。でも、美神さんの付き合いで何回かこういうパーティーに顔出したことあるから」


 横島の脳裏に浮かんだのは美神に求婚した男の事や幸運の神フォーチュンを捕らえた成金等だが、野郎だけに顔の造型はさっぱり思い出せない。思い出す必要もない。


「はぁ・・・そうなんですかー」


 明乃が尊敬の眼差しを横島に向ける。


(俺が凄い訳じゃないけどなー)


 尊敬の眼差しには悪い気はしないものの、やはり戸惑いが先に立つ小市民な横島だった。


 そうこうしていると、裾を引っ張る感触が。見ると、モモが主賓席の方を指差している。そこのテーブルには、国王夫妻と隣にルリが座っている。後はルリの弟たちと金持ちそうな数人の男女。血縁か何かだろうか。


「忠夫、ルリの周りにまた人が増えてるよ」


「ああ。早くこっち来りゃ良いのにな」


「いや、主賓なんですからそういうわけには行かないでしょう」


「いや、そりゃそーだけどな」


 そうこういってるうちに、ルリの周りにどんどこ人が集まってきた。大々的に登場してからこっち、全然話す機会が無い。主賓だから当然なのだが、集まった人によりルリはまったく見えなくなった。話す機会が無いので仕方なく三人は壁の花×3をやっているのである。

 訂正。壁の花×2とおまけ+1だ。


「あーあ。あンだけ集まったらしばらくは合流は無理そうだなー」


「そうですね。これだけ人が集まったからずいぶんと見通しが良くなった・・・あ」


「?」


 明乃が何かに気づいたようだ。横島もそちらに目を向けると、四人の人物が。その四人の人物も明乃の発する声に気づいたようで、こっちに振り向く。その一団に向け、


「もしかして、アリサちゃん達ですか!?」


「明乃ちゃん!」


 明乃と、一団の中の銀髪の女性・・・アリサがお互いの手を握り合う。


「・・・誰?」


「さあ」


 モモの問いにも横島には答えようがなかった。


「ああ、お久しぶりです明乃ちゃん」


「おお天河やないか! 珍しいとこで会うなぁホンマ」


「ふふ、あんたがたも暇を持て余しとるようですな」


「サラさん! 辻巻君! 中村さんも!」


 うわー、うわー、と偶然の再会に感激しているようである。そして、サラが横島とモモに気が付く。


「明乃ちゃん、後ろの人たちは?」


 着いていけずにぼけっと突っ立っていた横島らに視線を向ける。それに反応し、横島の目がキュピンと光る。


「ああ、すいません! 紹介しますね。こっちが・・・」


「こんにちわっ!! 僕横しm


 ごしゃ。


 サラとアリサの手を握ろうとマッハで移動した横島は、台詞を言い切る前に明乃に頭を掴まれ、床にたたきつけられる。鈍い音。広がる液体。


「話が進みませんから・・・ね?」


「ふ、ふぁい・・・」


 比較的まともな神経を持つアリサが少し引いた。


「あの月の出来事は夢だと思っていたのに・・・」


 アリサがこう言ったのは理由がある。単純に明乃は、アリサの前で「あの」月の出来事(外伝1参照)以外では暴力を振るったことはなかったのだ。だからあの月のことは、非現実性も相まって夢だと思い込もうとしたいたのだった。無理だったが。


「明乃ちゃん、相変わらずね」


 サラが紺の布袋から取り出しかけた消火器を再びしまう。


「ホンマやなぁ。ワイも休んでられんっちゅうこっちゃな」


 辻巻は腕組みしつつ頷く。


「拝見するのは私は初めてですけど・・・。成程、ええ腕してらっしゃるわ」


 中村と呼ばれた灰色の髪の男は、なぜか髪をかき上げるポーズをつけつつ興味深げな表情をする。


 アリサ以外の人は感心していた。


「いや、ちがうでしょ! 明乃ちゃん! その人大丈夫なの!?」


「あ! もうこういうのはやめようって思ってたのに・・・いつもの癖で・・・」


「癖なの!?」


 アリサ、引きまくり。


「ご心配なくお嬢さん! 明乃ちゃんは心優しいから! たぶん。きっと」


 いきなり立ち上がった額から流血する横島がアリサに微笑みかける。


「ひぃっ!?」


「横島くん! まずは顔を拭いてください! それから・・・はい、絆創膏です。これ貼ってください」


(((バンソーコー!?)))


 サラ、アリサ、辻巻は心中で叫ぶ。どう見ても絆創膏程度でふさげる傷ではない。


 横島は軽く手を振り、


「いや、おしぼりだけでいいって。もう血ぃ止まってっから」


(((止まっとるんかい!!)))


 やはり心の中で突っ込み。


「あ、紹介しておきますね。この人が横島くんです。私の同僚・・・つまりコックと臨時パイロットやってます。

 で、この子が横島くんの義妹のモモちゃん。こう見えてもサブオペレーターなんですよ」 


 横島はへらへら笑いつつ軽く頭を下げ、モモは横島の服の裾を掴んだまま僅かに頭を下げる。


 普通、横島に対する第一印象は良くないことが多い。また、侮られることも多い。しかし、この四人は侮るどころかむしろその逆なようであった。


(全然痛がってなかった・・・)


(しかも一分立たないうちにもう完治してる・・・)


(こいつも相当デキるみたいやのぉ)


(ふぅむ。又面白そうな人ですな・・・)


「「??」」


「・・・・・・・・・・・・」


 なぜか硬い表情の四人に、横島と明乃は不思議そうに顔を見合わせる。そんな二人にモモは呆れた様な半眼を向ける。


 そして、珍しいことにモモは明乃の裾を引っ張る。


「え、なになに?」


 明乃はモモと視線を合わせるようにしゃがむ。


「・・・」


 モモは、明乃の顔を数秒見つめてから口を開く。


「・・・明らかに女の人が嫌がってる訳でもないのに忠夫を殴るのはどういう了見?」


「え・・・あ」


 明乃は言葉に詰まる。モモに初めてはっきりと非難された。


(忠夫がそれを当然のことのように甘受していることがもっと嫌だけど・・・)


 言葉には出さずに、モモは明乃の顔を見詰める。その顔は、微かに怒っているようにも、悲しげな顔をしているようにも思えた。


「・・・・・・」


 明乃は言葉を発せない。だが、答えを期待していなかったのかモモはあっさり視線を外し、再び横島の裾を掴んだ。


 明乃とモモの会話は聞こえていなかったのか、他の面々は話を続けている。


「ってか、ワシらの自己紹介すんでへんかったのう。

 ワシは辻巻元治。大阪生まれの大阪育ちやけど今は訳有りで月で暮らしとんねや。ここに居る理由は面白そうやから便乗させてもろたってトコや」


「へー。おれも生まれは大阪やで。最近は標準語にも慣れてもたけどなー」


「ほー、さよでっか」


 大阪と言う単語に横島が反応したとき、辻巻の横の男性が反応する。なぜかくるりと一回転して。


「私は中村浩一郎。ま、元治の幼馴染っちゅうやつですわ。私も元治と一緒に便乗させてもらいましたんや」


 この中村と言う男、灰色の髪で、貴族と言っても通じそうなほどのハンサムだ。だがそんなことはまったく目に入らなかった。なぜなら台詞の文節のたびにカメラ目線でくるくるポーズを決めているからだ。さっきの台詞だけでも三回ポーズを変えている。・・・その動き自体は優雅といって良いかもしれないが。


「・・・なんなんだこのいちいち鬱陶しい兄ちゃんは」


「はっはっは。初対面の人間にずいぶん失礼ですなぁ」


 くるくるくる。


「だあああああっ! 鬱陶しい!! しかもそのポーズが決まってるのがなおかつ気に入らん!」


「フ・・・。まあ理解されることは少ないですけど・・・。あんたさんにこのポーズの意味がわかりますか?」


 そのポーズは、相手に背を向け、顔を半分だけ相手のほうに向け、手を左右に広げていると言うものだった。


「解るかい、ボケ」


 友人の奇行に慣れている元治は呆れた様子だ。


 だが、


「!! そのポーズは!?」


「・・・解るんですか? 横島くん」


「ああ、そのポーズは・・・」


 横島は息を吸い込み、


「人類は十進法を採用しました!!」


「そーなのかー」


 断言した横島にモモが感心したように頷く。


 だあああっ!


 他の面々はその迷いのないやり取りにずっこけた。


「ふ、ふふふふ・・・これは意表を突かれましたわ・・・。いやいや、興味が湧いてきましたな」


 くるくるくるくる。


「男に興味持たれても嬉しないわい。だからポーズを決めるな」


「はっはっは」


 くるくるくる。


(・・・底知れんやっちゃな・・・)


「次は私ね。私はサラ・ファー・ハーテッド。月に疎開してる家事手伝いよ」


((・・・家事手伝い、ね))


 自然と袋に目が行ってしまう明乃とアリサだった。


「最後は私? 私はアリサ・ファー・ハーテッド。エステに乗ってるわ」


「苗字で解ると思いますけど、サラさんとアリサは姉妹なんですよ。そしてなんと、アリサは白銀の・・・」


「ああっ! それは言わないで!」


「えー? 格好良いのに」


 なんというか、月で色々自分の限界を悟ってしまったので大仰な二つ名で呼ばれるのはちょっときついのだ。


「どうせ私は故郷を見捨てた臆病者ですよーだ・・・。ぶつぶつ」


「明乃ちゃん、彼女、何事?」


「彼女の故郷は有数の激戦区で、いくらアリサちゃんが強いと言っても、さすがに戦線を維持できなかったみたいです」


「で、月に疎開か」


「ええ。月でもいろいろあったらしくて」


「ふーん」


 その“いろいろ”に明乃が大きなウェイトを占めることを知らないのは明乃だけだろう。


 そうこうしてるうちに、ホール中央でダンスを踊る人たちが目立ってきた。


「ふむ。ほなせっかくやし、私らも混ぜてもらいましょか。こういう機会はなかなかありまへんで」


 中村が一行を誘う。


「んー。そういえば久しぶりね」


「月ではそんな機会無かったからね」


 金銀姉妹は乗り気だ。だが、その他は動かない。アリサは小首をかしげ、


「あれ、踊らないの?」


「いや・・・もしかして、踊れない?」


 横島らは顔を見合わせ、


「自信ねー」


「そんな、できませんよ」


「無理」


「ワシが踊れるかって、本気で訊いとるわけやないやろ?」


 四者四様の返し。


「ということは、私たちのどちらかが中村さんと踊るとして、」


「御婦人がどちらか余りますなぁ」


「!」


 それを聞き逃す横島ではない。目をキュピンと光らせ、


「んじゃあ俺がお相手勤めさせていただきまっす! 大丈夫、俺ってこう見えても踊ったことはなくても、実物を見物くらいなら・・・」


 だが横島は気がついてしまった。明乃が横島に手を伸ばしかけるが思いとどまり、そしてとてつもなく寂しげな表情をするのを。


「っと思ったけどやっぱやめとこっかなー? さすがにこんな場所で大恥掻くのも何やし」


 とあっさりと引っ込む。


「え、ああ、それじゃ仕方ないわね・・・」


 アリサが拍子抜けしたように言う。モモが複雑な表情をしていることに気がついたのは、明乃だけだった。


「んーと、そうとなったらここのメシ食い溜めしとかんとな。めったに食えへんやつやし」


 そう言い、人ごみを縫い近くのテーブルに移動しようとする横島。


「あ、待ってください横島くん!」


 明乃とモモは横島を追った。


「・・・・・・何か変でしたなぁ。あの三人」


「うん。明乃ちゃんの話が本当だとするとあの態度は意外ね」


「しかしまぁ、滅多に食えへんモンを食い溜めしとくっちゅうのは賛成やな。多少不自然なんは同感やけど」


「ま、今日の所はあの三人に付き合いましょ」


 サラが締めくくり、横島らについていった。





 ――――――――――





 結局、本当に食べ歩きをしている一行。モモを除けばペアとなる人数はつりあっているのに踊ろうとしない。一種異様な集団であった。


「ふぉういえぶぁ、ふぁらはんはちっふぇ、むぐ、ふっふぁいふぉう・・・」(そういえば、サラちゃんたちって、むぐ、いったいどう・・・)


「せめて飲み込んでからしゃべってください・・・」


 口に食べ物をつめたままの横島に呆れる明乃。


「んぐ。だから、いったいどういう理由でこのパーティーに参加してんだ? ヤローは便乗ってわかってるけど」


「ああ、言ってなかったかしら? 私たちのおじい様って、軍のえらいさんなのよ」


「えらいさん?」


「おう。あんたらも軍人の端くれや。グラシス=ファー=ハーテッド中将の名前くらい聞いたことあるやろ?」


 頭の横で右手の箸を回しつつたずねる辻巻だが、


「いや・・・知らん」


「わたしも」


 横島とモモは速攻否定。、


「・・・・・・」


 アリサらに会うまでグラシス中将の名前を知らなかった明乃は何も言わなかった。


 横島は料理の修業、明乃とのゴタゴタ、木連九ヶ月。世情に疎くなるのも無理はない。中将の性別が男であるということが一番の理由かもしれないが。明乃もほぼ似たような理由。モモは横島の支えになるために、さまざまな分野を勉強中。雑事にかまける暇はない。


「あ、あはは。大丈夫ですよ! 他の人は多分みんな知ってます!」


「そうそう!」


「・・・いいのよ別に・・・。ナデシコクルーが変わってるってもう十分知ってるもの・・・」


「「う”」」


 ため息交じりのアリサの言葉に、さすがに気まずげだ。


 そのとき、





「断ると言っているだろう! ええい、私に触れるな!」





「ん? 向こうがなにやら騒がしいですな」


「ホンマやな。ほな行ってみよか? メシ食うだけってのも飽きてきたしのう」


「賛成や」


 中村、辻巻、横島は大きな声が聞こえたところに向かう。


 明乃らも食事に飽きてきたと感じていたところなので、特に反論もなく付いていった。





 ――――――――――





「・・・・・・まったく! なんなのだあの男は! こちらが心底嫌がっていることくらい察しろ! 地球はあんな男ばかりか!?」


 一人の黒髪美人が、肩をいからせずんずん歩く。


「まぁまぁ・・・木連にも似たような人いるでしょうに・・・。それと、私たちの素性がばれる発言は慎んでよ。地球は〜とか」


 緑の髪のこれまた美人が、黒髪の女性を宥め、諌める。


「しかしだな・・・」


「相手が横島君なら、張り倒しつつ頬を赤らめるくらいはするのに」


 いやーんとしなを作りつつ、緑の髪の女性がからかう。


「ち、ちちちち千沙! ご、誤解を招く台詞はやめろ!」


 一気に真っ赤になった黒髪の女性は、がーーーっとばかりにまくしたてる。


「でも・・・合ってるわよね」


「ほんなこつ万葉には悪いけど・・・同感やね」


「京子と三姫まで!?」


 黒髪の女性は、彼女にしては珍しい情けない顔をした。


 ここまでのやり取りの後では説明するまでもないことだが、彼女らは優華部隊である。


「顔が赤くなるのはだな! 単に私が女で奴が男だからだ! 異性同士だぞ!?」


「ふーん。へー」


 さっきの男には顔の筋一つ動かさなかっただけに、説得力が弱いことはなはだしい。


「でも、こういうパーティーって初めてだけど楽しいよね! ほら、かずちゃんも顔しかめてないでこれ食べてみてよ」


「枝織殿、しかし」


 万葉がとたんに困った顔になる。なにしろ彼女らの任務は、


「枝織ちゃん、これから私達・・・その、暗殺・・・するんだよ? それなのにそんな・・・」


 軽口を叩いていた他の隊員も、すぐに浮かない顔になった。以前ならともかく、横島&モモとの生活やナデシコとの戦いを経て、この戦争に僅かながら迷いが見え始めてきたのだ。少なくとも今はものを食べる気にならない。


 だが枝織は、


「あんさつ? しないよ?」


 あっさり、言い切った。


「え? でもですね・・・」


 千沙が言いよどむのは理由がある。現在の枝織の立場は非常に微妙である。高い能力を秘めているものの、枝織は気分屋であり、彼女を操ることのできる北辰も亡く、さらには彼女に汚い仕事の多くを任せてきたのでそれが表に出る可能性も出てきた。生い立ちを含め、彼女は暗部なのである。


 で、今回の任務は気分屋の彼女が使い物になるかどうかの見極めその1である意味合いが強い。


 汚い仕事についてはばれる可能性は低いので目を瞑っているが、使い物にならないと判断されれば消される可能性も十分有り得る。枝織よりコントロールしやすい北斗がいるのでこの任務が失敗しても即座に消される訳ではないだろうが、不安要素は少ないのがいいのは当然だ。


「しないって言うよりねぇ。出来なくなった、って言うほうが正しいかなぁ」


「っ!?」


 零夜が息を呑む。


「零ちゃん、何でってカンジだね」


「そ、そりゃ・・・嬉しいよ。でもなんで? 何時からなの?」


「・・・たー君の返り血を浴びてから、かな」


 枝織は、ポツリともらした。


「・・・!! 枝織、ちゃん・・・」


「あの時、ホントに怖かったの。私が刺したはずなのに、もうどうして良いかわからなかった。震えが止まらなかったし何にも考えられなかった」


「・・・」


 表情も無く語る枝織の声は、あくまで淡々としている。


「それでも父様に頼まれたことだから。もう一回殺そうとしたんだけど・・・たー君と一緒に寝ちゃったらそんな・・・えーと・・・きょーはくかんねん? もなくなっちゃって」


「・・・」


「それからかな? その後も、いろんな人にいろんなこと頼まれたりしたけど、そのときには必ずたー君を刺しちゃったときのこと思い出しちゃうんだ・・・」


「枝織ちゃん・・・」


 零夜は複雑な心境だった。枝織が暗殺をやらされていた事は当然知っていたし、舞歌と共にそれについては憂えていた。しかしその要因を取り払ったのは腹立たしいことにあのヤロ・・・もとい、暗殺者としてはまったく使い物にならなくなっていることを「お得意さん」に知られたら非常にやばい。


「それにね、舞歌姉さんも言ってたけど・・・」


「ん? あれって・・・」


 枝織が何か言いかけたとき、小さく聞こえた声に枝織は言葉を途切れさせその方向を見た。他の隊員もつられて同じ方向を見る。


 その方向にいた人物を見た瞬間、優華部隊全員驚きに思考が一瞬止まる。枝織は顔を輝かせ、


「それにね、舞歌姉さんも言ってたけど、良い子にしてたら良い事があるんだって! 本当、その通りだよね!」


 枝織はまだ止まっている零夜にそう言って、声が聞こえたほうに駆け出す。





 ・・・横島の元へ。





 ――――――――――





「たー君!」


 ひしっと横島の胸に飛び込む枝織。横島はまだあっけにとられているが、すぐに飛び込んできた人物が誰か気付く。


「むむむ・・・いきなりなんなんですか、その子・・・」


 明乃の他、困惑顔の面々はそのまま横島に抱きつく少女を見ようと全員で覗き込む。


「「「・・・北斗!!?」」」


 その瞬間、明乃、サラ、辻巻は驚愕の表情と共に一瞬で飛びのく。


「こいつら・・・なんで北斗殿の名を!?」


 優華部隊にも緊張が広がる。


「え? え?」


 アリサはただならない雰囲気にうろたえる。アリサも北斗の顔を見ているはずだが、どうやら記憶を封印していたらしい。


「ふむ、横島さん、両方お知り合いっぽいことやし紹介してもらえんやろか?」


 中村は冷静に横島に促す。モモは元から事態を収めようとするキャラではない。


「あ、おう」


 横島は頷き、深呼吸をする。


 ちなみにその間、枝織は横島の上半身でごろごろしている。


「あー、双方とも落ち着け。これから説明するから、その」


 横島はまず明乃へ顔を向け、


「ほら、明乃ちゃん、明乃ちゃんがナデシコに帰ってきたとき説明しただろ? この子は北斗だけど北斗じゃない、その・・・」


「あ! あの北斗のもう一つの人格ってやつですか?」


「うん、そうそう」


「どういうことや?」


 辻巻は聞きなれない言葉に怪訝な顔をする。


「北斗は二重人格なんだよ。あっちを男人格としたらこっちは女人格」


「えへへ」


 何故か枝織は誇らしげ。


(並外れた天才って何かしら問題を抱えてるものなのかしら・・・)


 アリサは結構失礼なことを考えていた。


「それで、後ろの人たちはとある部隊に所属してる。こう見えてもナデシコクルーに劣らない実力者揃いなんだよな」


 横島の紹介に、軽く頭を下げる優華部隊。当然、この場で木星出身であることをばらすつもりは無いようだ。


「ほぉ、それはそれは。短い付き合いでしょうが、よろしゅうお願いします」


 中村も会釈を返した。


「・・・なぁ辻巻。枝織ちゃんたちを紹介したのに、お前らリアクション薄いのな」


「そらなぁ、強い女なんか腐るほどおることぐらい身に染みとうしな。それこそ、大阪には腐るほどおるで。綾先生とかな。
 それに二重人格っちゅうのは確かに珍しいけど、それだけやろ?」


「・・・へー」


 とりあえず辻巻らの精神構造が普通でないことは解った。


「横島さん、そちらの方々も紹介してくれませんか?」


「え、ああ・・・」


 横島は明乃の方に向き、


「この子が天河明乃ちゃん。何回か話したことあったよな?」


「この子が、あの・・・?」


「北斗殿と互角にやりあったと言う、ね」


「横島さん並に料理が旨いんだよね」


 優華部隊から興味と少しばかりの敵意が混じった視線をぶつけられる明乃。百華だけは料理の腕が気になったようだが。


 明乃はその視線にややたじろいたが、


「・・・どうも。横島くんがお世話になりました」


 一応会釈を返した。密かに、「横島くんはこっち側の人間だ。てめーら側じゃない」というニュアンスがこもっているような気がしないでもない。


 その後、辻巻らも無難に挨拶を済ませる。


 しかし、やはりと言うかなんと言うか、和やかな雰囲気にはならなかった。


「たーく〜ん! ねーねーねーってばー」


「あ、ああ! ちょ、ちょいタンマ! 枝織ちゃん!!」


「えー、何がタンマ?」


 さっきから横島にべったりな枝織の存在であった。


 枝織は長い間横島と会えなかったので、その間を取り戻すつもりだけなのかもしれない。だが問題は、横島と枝織、双方とも体は子どもではないことである。枝織の容姿が歳相応ならば、相当無理をすれば微笑ましいで済むかもしれないが・・・。


「ん〜〜〜〜〜っ! ぐりぐりぐり」


 枝織はほとんど横島にしがみついているような姿勢。それすなわち、肉体のいろんな部位が接触すると言うわけで。


「ふぉっ!? ちょ、ちょまっ、あかん、あかんのや! 枝織ちゃんはまだ精神的に幼い訳で! あ! でも枝織ちゃんて結構着痩せするタイプやないかぁあああああ!?」




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ←空気の重みが増している音。


 この横島の台詞により、そろそろ明乃とモモと零夜の顔の血管が目視できるほどに浮かび上がってきたような気がする。なんかその他の人からも不穏な空気が流れてきた気がするが、気のせいと思いたい。横島が。


(あが・・・ヤバイ。理性もそうやけどそろそろ明乃ちゃんが・・・!?)


 近年稀に見るほどの自制心を総動員し、明乃の方を見る。


「・・・・・・・・・#」


(こ、殺される?)


 横島はホッケーマスクを被ったザ・フライデーを連想しつつ、来たるべきオペレーションデイブレイク(流血へのシナリオ)に身を強張らせる。


 しかし、視線は横島ではなく、密着する枝織に向けられた。


「あの・・・枝織ちゃん? そ〜ろそろ離れたほうがいいじゃないかな? 横島くんもそろそろ迷惑に感じてくるかも知れないですよ?」


 枝織は「え?」と目を丸くさせ、


「えー別に迷惑じゃないよね?」


「う」


 横島はまったく邪気の無い目にたじろぐ。そりゃ全然迷惑じゃないという気持ちも多いにあるが、そんな目に対してはっきりと「迷惑」と言える横島ではなかった。


「横島くん・・・」


 そして明乃は、怒ることも猛ることもなく、悲しげな表情で横島を見る。ちなみに、意図しての表情ではない。


「ううっ」


 こっちにもたじろいだ。今の明乃になぜか感じる罪悪感はいつもの比ではない。ここにナデシコクルーがいたならば、驚愕と共に、「新らしいワザか・・・」と感慨深げに言った事だろう。


 モモは、


(余計なこと言わないほうが良かったかな・・・)


 と、微妙に渋い顔をしていた。


「〜〜〜〜〜ッ!」


「零夜・・・泣きながらハンカチ噛むの止めなさい・・・。気持ちは分かるから」


 優華部隊内でも色々あるようだ。


(うぐぐぐ・・・)


 横島はもうどうしていいか分からない。いっそのこと大岡裁きのような引っ張り合いならギャグで落とせそうな気がする。気がするだけ。しかし、かたや泣きそうな明乃。かたや悪意ゼロの枝織。似たような展開ではメフィストVSルシオラというバトルがあったがこちらはあのような悪魔も逃げ出すぶつかり合いではない。そもそも双方に争っている気はない。って言うかなんでこんなことに?


「あの・・・その犬も食わないラブコメもどきの途中すいません」


 救いの(?)神は突然やってきた。


「「ルリちゃん!?」」「だあれ?」


「どうもこんにちは。ホシノ・ルリです」


 その台詞に、「おおおおお」という感嘆のどよめきがアリサ達や優華部隊の中を走る。その感嘆のどよめきの意味合いは、各々により異なる。


「一応身の振り方が決まったんですけど・・・お邪魔でしたか」


「「うぐ」」


 ルリの台詞に気まずげに呻く横島と明乃。


「まあ冗談ですけど」


 その言葉にあからさまにほっとした横島は、「人が多いしそろそろ暑くなってきたかな・・・」とか言ってなんとか枝織を密着状態から離す事に成功する。ちょっとだけ惜しかったのは秘密だ。


「それでルリちゃん、身の振り方って・・・?」


「はい。ナデシコに残ります」


 ルリは、ごくあっさりとした口調で自分の考えを口にする。


「ルリちゃん、いいの?」


 明乃が躊躇いがちに訊ねる。


「はい。父や母には悪いんですが、やっぱり違和感が拭えないんです。その違和感もすぐに感じなくなるかもしれませんけど・・・」


 ルリは一拍置いて少し息を吸い、


「やっぱり私はナデシコがいいんです」


 理屈ではないその思いこそが、ルリには何よりも大切な物だった。


「私も、結構バカですから」


 少しだけ頬を赤く染め、ほんの少しだけ微笑む。


「う―――――」


 不覚にも、少しドキリとした。


(いやいやいやいやいや! ルリちゃんは13歳13歳13歳・・・!)


 横島は頭を抱えて激しく振る。が、横島の肩にぽんと手が置かれる。振り返ると、


「いやいやいや横島さん。13歳と言えど女は魔物。それもあれほどの器量良しならば、心の臓に悩ましげな動悸を覚えぬ事こそ漢に非ず・・・否、人に非ずといっても過言ではないのとおまへんやろか?」


 中村が、横島の間違えを優しく諭すかのように首を振る。確かに、他の面子(女性を含む)もちょっぴり赤面したりしているような気もする・・・・・・・・・が。


「だあっ! 人を倒錯の道へ引きずり込もうとすなっ!? 恐いくらい正確に人の思考も読むな! つーかアンタ、メグミちゃんの血縁かなんかじゃねーだろーな!?」


「ふむ・・・? 生憎、親類にメグミと言う名前の人はおりまへんが・・・。しかし、あんたさんも複雑なお方ですなぁ。好色そうに見えて、それでいて色事に関しては常識的なところがチラホラと」


(常識的・・・?)


 む? と小首をかしげるモモ。もちろん口には出さない。


「ええい、いい加減文節ごとにくるくるポーズを変えるな!」


「はっはっは」


 くるくるくる。


「ねえ、アリサもこれくらい可愛い頃あったかな? とりあえず髪の色は似てるけど」


「姉さん・・・わかって言ってるでしょ・・・」


「当然」


「ううう・・・」


 別の場所では、


「むむ、あれが噂のホシノ・ルリ・・・!」


「とりあえずハイティーンになる前に横島さんから遠ざけないと」


 真顔で呟く零夜に、他の隊員は引いた。


「零夜・・・真顔で・・・」


「枝織殿が横島さんに盗られてるからね」


「私はまだ敗北してませんっ!!」



 怒鳴る横島、苦笑する明乃、小首を傾げるモモ、溜息をつく辻巻、笑いながらポーズを変える中村、からかう姉にからかわれる妹、騒ぐ優華部隊。


(・・・ナデシコに乗ってないのに全然変わらない・・・)


 いまだに収まる気配も見えないこの集団。そろそろこの会場でも一番目立っている事に気がついても良さそうだが。





(ホント、バカばっか・・・)


 勿論自分もその内の一人。再びルリは微笑を漏らした。





 ――――――――――





 んで。


「・・・これはいったいどういう状況ですか?」


「俺に訊かれても」


 横島の周りには枝織がはしゃぎながら纏わりつき(ここ数日は北斗に交代しないらしい)、横島らのエステの隣の飛行艇では、優華部隊が撤収作業を行っている。どうやらこの飛行艇で移動しているらしい。それはいいのだが。


「・・・なんで木星の人たちがナデシコに来ることになってんですか」


「お」


「「俺に訊かれても」って言わないで下さいね」


「・・・ぅい」


 優華部隊がナデシコに来ることとなった原因は確かに横島にもある。


 数十分前、横島らがナデシコに帰るためエステを置いている場所で、コンテナ内にプレゼントを詰め込む作業をしていたところ、横島とまだ離れたくなかったのか、枝織が「ナデシコに行ってみたい!」と騒ぎ出したからである。周囲はもちろん止めたが、破壊を伴う駄々とそれを見かねた横島のあっさりとした承諾のため、優華部隊ナデシコ見学ツアー(日帰り)が成立したのである。


 横島は身内の誰にも相談せず承諾してしまったので、明乃はかなり反対したが、口先とはいえ横島の承諾を得てしまった枝織を考え直させることは北斗に勝つことより難しいので、渋々受け入れる他無かったのである。


「まったく・・・。プロスさんへの説明、横島くんがして下さいよ」


(次の給料、残んのかな・・・)


 仕方が無かったとはいえ、暗澹たる気分になる。


「なぁ、零夜ちゃーん・・・」


「なんですか」


 作業中の零夜は振り向かずに対応する。


「いまから枝織ちゃん考え直させられないかなー」


「いまさら何言ってんですか」


 呆れた声で手を止めて振り向く。


「横島さんが枝織ちゃんにダメって言ってみてくださいよ。それこそ腕に齧り付いて離れなくなりますよ? もちろん比喩じゃなくて。歯形が残る程度ならいいですね」


「・・・・・・」


 泣きながら自分の腕に歯を食い込ませる枝織。なぜか容易に想像できてしまい恐かった。


「恐っ」


「でしょう。枝織ちゃんが血の味を覚えちゃったらどうするんですか」


「心配するのはそっちかい!!」


「当たり前じゃないですか」


 0.1秒で即答された。


「ひでぇ・・・」


「まぁ、そうしょげるな。これでも零夜は横島にはかなり気を許してるんだからな」


「え?」


「万葉さんっ、もう、変なこと言わないで下さいよ」


「俺って零夜ちゃんに嫌われてると思ってたんだけど」


 横島が心底意外そうな顔で言うと、零夜は本日二度目の呆れ顔をし、万葉は愉快そうに笑った。


「ははは、馬鹿な。零夜が北斗殿と横島以外にこんなにも屈託無く会話するものか。零夜が他の男と話す現場を見たことがあるか?」


「そう言われてみれば・・・」


「あのですね。北ちゃんや枝織ちゃん関係のこともそうですけど、まがりなりにも横島さんは私たちの命の恩人ですよ? それで嫌ってたら単なる恩知らずじゃないですか」


 そういわれても、横島にはイマイチピンと来ない。


「恩人って、大袈裟やな。仲間ならピンチを助けるぐらい当然だろ」


「「・・・・・・・・」」


 二人とも今度こそ停止した。零夜などは、まるで人外を見るかのような目だ。


「天然」


 背後で飛厘が呟く。


「天然♪」


 百華が笑顔で横島の肩を叩く。


「この天然」


 三姫も。


「「・・・・・・」」


 千沙と京子も視線が「天然」と言っている気がする。


「・・・うぁ」


 横島は鈍感ではあるが、鈍感である事を半ば義務付けられているマンガやゲーム(主に女の子が一杯登場するジャンル)の主人公程ではない。先程の自分の台詞を思い返すと結構恥ずかしいことを言ってしまっていることに気づく。


 結局、横島が再び明乃に声をかけられるまで三人の間に微妙な空気が流れてしまったというお話。





 ――――――――――





 その後何とか準備を終わらせ横島らが帰還している時、ピースランドの東京タワー(偽)の上に、花束が一つ、風に揺られていた。朝露が付いている事から、夜間に置かれたものと推測される。


「は〜、東京じゃないから意味ねーのは判ってんだけどなー」


「はい?」


 突然ボソっと呟いた横島に、ルリは小首を傾げた。





 後編に続く。