一方その頃。こっちはこっちで熱戦を繰り広げていた。


『せァアっ!!』


「なんとっ!」


 北斗の激しさと流麗さを併せ持つ斬撃が、真一文字に振り抜かれる。アサルトピット付近に命中すれば絶命必至な一撃だが、横島は棒高跳びの背面跳びのような動作で回避。


『ふざけた避け方を!』


 北斗は舌打ちし、今度は縦一文字に閃刃鶴(鬼神皇の対時空歪曲刀)を振り下ろす。文字にすれば単なるニ連斬だが、その速度は、回避に定評のある横島でもこのタイミングでは避け切れない。しかも背面跳びの動作の後だ(これは自業自得)。霊波刀で受け止めたとしても体勢が崩れている状態で受け止めきれるほど、北斗の斬撃は軽くはない。


「ふっ!」


 だから横島はまともに受けなかった。霊波刀を逆手で持ち頭上に斜めに構え、斬撃を見事脇に受け流す。


『!!』


 今度は北斗が体勢を崩す。千載一遇の好機。


『銃』


 ウリバタケの地味な新システムによって、エステプラスの手にちょっと透けたオートマチックの銃が素早く現れる。そして間髪入れず銃を三連射。


『・・・!』


 北斗は崩れた体勢のまま、咄嗟に蹴りを横島機の脇腹付近に叩き込む。直後に銃撃の強烈な衝撃が鬼神皇を襲う。


『ぐ・・・!』


 その衝撃に北斗は意識が飛びそうになったがなんとか堪え、横島がさらに放つ三連射を回避する。そのまま距離が離れる。エステプラスの手からは、既に霊銃は消えていた。


(くっそ。まさかあの体勢から蹴りを入れるとはねー。そのせいだな。後の連射が外れたのは。・・・・・・・・・やっぱ逃げよかな)


 横島は北斗の反射神経に舌を巻いた。なにやら情けないことを考えているようだ。


(忠夫の動き・・・キレがある。以前とは比べ物にならん。会う度会う度に動きが良くなっている気は以前からしていたが、それにしても急に速くなりすぎだな。文珠を出すのも速くなっている、か。そのことを心底楽しいと感じる俺もアレだが)


 横島の動きが良くなっているのは、ひとえに明乃との手合わせのせいなのだが、そのことに横島も明乃も気付いていない。横島の戦闘においての成長期がまだ終わっていないこともあるし、北斗の動きを何度も見ているせいもある。


『忠夫。なんで銃を今撃たん。本来銃はこの距離で撃つ物ではないのか?』


「今撃ったって簡単に避けるだろ」


『まぁ、それはそうだな』


「それに、拳銃は近距離から撃つものだって橘さんも言っていたぞ」


 言ってません。


『誰だそれは』


 横島と北斗は戦闘中でもよく軽口を叩く。しかしそれは、相手の隙を探りあう「間」でしかない。・・・少なくとも北斗は。


 そうしている内、横島がおもむろに右掌を北斗に向けた。文珠はない。


『?』


 北斗が一瞬頭に疑問符を浮かべた瞬間だった。


「伸びろ!!」


 栄光の手を一瞬で右腕に纏い、霊波刀を如意棒のように伸ばす。


『ちぃッ!!』


 それでも北斗は攻撃を避けた。伸びた霊波刀は鬼神皇の装甲を掠るに止まったが、横島のターンはまだ終わっていない。


『速』


「でぇありゃあ!!」


 霊波刀を伸ばすとほぼ同時に発動させた『速』の文珠の速さを活かし瞬時に接近、掛け声と共に通常の長さに戻した霊波刀で切りかかった。


『っ!』


 一瞬後、霊波刀と閃刃鶴がぶつかり合う。しかし体勢が崩れている分北斗が若干押されている。


 北斗も戦闘の達人。その一瞬の内にも脳内でこれをしのぐ手段をシミュレートする。


『うおおおおッ!!』


 北斗が裂帛の気合を籠めた叫びを発すると共に、北斗と鬼神皇が赤いオーラに包まれる。昴氣だ。


 これは一種の賭けだ。昴氣に反応して横島のハイパーモード(仮)が発動すれば、はっきり言って北斗に勝ち目は無い。だからと言って通常のままでは、文珠によっていくらでも能力をアップされ、文珠を使わずとも伸縮自在のトンデモ武器を振り回すのだ。いくら技術差に大きな隔たりがあるとは言え、ジリ貧になるのは明らか。少なくとも、北斗はそう分析している。

 現在横島はそれほどまでに強いのだが、その凄さを認識していないのもまた横島。現に今の状況は、「北斗を何とか凌げたらいいなー」とその程度の認識だ。北斗の付け入る隙はそこにある。だが、文珠一個分の強化なら捌けるが、押し込まれている今現在、二個目を使われる前に昴氣を纏わないと厳しい。


『づああああッ!』


「く、こんにゃろ・・・!」


 体勢が崩れたままでも横島が押され始めた。更にその隙に体勢を整え、閃刃鶴の刃が霊波刀に食い込み始める。今現在の形勢は逆転したが、問題はその後。


「う!?」


 横島は体の、否、魂の奥底で何かが目覚めるような感覚を覚えた。


『・・・!』


 北斗は「あの時」の感覚を肌で感じた。感じずには居られないほどのプレッシャーだ。


 北斗はそれを感じ、とっさに昴氣を解除した。その瞬間、


「あら・・・?」


 ぷしゅるる〜と言う擬音と共に、目覚めようとするモノがまた引っ込む感覚に襲われる。一瞬の戸惑い。





(勝機ッ!!)





 北斗は賭けに勝利した。北斗は再び昴氣を纏い、閃刃鶴に己の全てを籠める!


『もォらったああぁあああぁぁあああぁあッ!!』


 眩しいまでに赤く輝く刀身が、袈裟懸けにエステプラスに振り下ろされた。


「っ! のやろぁああああ!!」


 刹那の戸惑いから刹那で覚め、横島も全身全霊を籠めてサイキックソーサーを展開。


『硬』


 更に文珠を発動。発動と同時に、ソーサーは輝く刀身を真芯で捕らえる。この土壇場に来て恐るべき集中力。


 そして、ガラスが砕けるような破砕音と共に、ソーサーは粉々に砕けた。しかし横島への衝撃自体は完璧に殺され、逆に北斗はその衝撃で、鬼神皇の手から閃刃鶴が吹き飛ばされた。


『馬鹿な!?』


 隙だ。今度こそ決定的な隙。全霊の攻撃を凌いだからこそできた隙。北斗が昴氣を纏っているため再びハイパーモード(仮)が発動しようとしているが、それを待てば北斗は体勢を立て直す。発動を待つ暇は無い。


 横島は、文珠の武器で鬼神皇の四肢を切り飛ばそうとポケットをまさぐる。


「・・・あれ」


 しかしない。文珠が無い。ストックが無い。更に探るが見つからない。


(今この時に切れるか普通〜〜〜!!)


 心の中での絶叫と共に、直接文珠を生成。だが、


「あ」


 気付けば、既に北斗は体勢を整えていた。


「〜〜〜〜〜!!!」


 声にならない声で再度サイキックソーサーを展開するが、赤く輝く拳はサイキックソーサーとディストーションフィールドを突き破り、どてっ腹に豪快に炸裂した・・・。





 ――――――――――





横島と北斗の戦いより、少し時間はさかのぼる。明乃らナデシコ一行の戦いは、そろそろ終局を迎えようとしていた。


『もらった、射程内!』


 アカツキがラピッドライフルをテツジンにで叩き込む。フィールドと装甲のおかげで大打撃とは言いがたいものの、死角からの一撃はテツジンの体勢を大きく崩した。


『いっくぜえ! 必殺! 一刀両断斬りぃ!!』


 ガイの振り下ろした剣は、フィールドごと装甲を深く切り裂く。


『くっ』

 テツジンのパイロットの闘志はまだ衰えないのか、厳しい表情でレバーを操作する。しかし爆散こそしないものの、もう戦闘可能とはとても言えない状態であることは一目瞭然だった。今のガイの一撃がトドメだが、それ以外にも全身至る所に深い亀裂が走っている。殆どがゲキガンソードで切った痕だ。


 時間がかかったとは言え一方的な戦いだったが、それはボソンジャンプのパターンが読めてきたこと、CFランサーの存在、そしてナデシコエステパイロットの腕前によるところが大きい。


『くっ、すみません艦長・・・。離脱します!!』


 テツジンのパイロットは、悔しさをかみ殺しつつ、ボソンジャンプで戦線を離脱した。


『ちッ! 時間かかっちまったな』


『コクピットを狙えばもっと早く決着はついてたはずだけどねぇ』


 アカツキの言葉に、ガイは嫌そーに顔を顰めた。


『解ってるよ、んなことは。だけどよ、まぁ、その、しょーがねーじゃねーか!!』


 ガイの自分でも意味が解ってないであろう言葉に、アカツキは肩をすくめた。


『まーそれは置いといてだな。お前さんの援護、助かったぜ。おかげで上手くやれた』


 ガイの何時にない殊勝な台詞に、アカツキは方眉を上げた。


『援護の重要性がわかったら、キミも射撃の訓練したらどうだい?』


『るせえなー! 気合を入れてぶつかっていきゃあ死中に活も簡単に見出せるってモンよ!』


 やっぱりいつも通りなガイの台詞に、アカツキは再度肩をすくめた。


『やれやれ』





 アカツキらがテツジンを仕留めた頃、明乃とイツキは二体目のマジンを仕留めるところであった。アカツキとガイが弱いわけではなく、明乃の腕とヘリアンサスの性能が並外れて高く、イツキの機体はアカツキ同様最新型で、操縦技術も高い。この戦果も当然といえば当然か。


『くそっ、いい加減に落ちろ、赤いの!』


 マジンは胸部の発射口からグラビティブラストを発射するが、構造上敵に対し正面を向かなければならないので、明乃の技量とヘリアンサスの機動力なら回避は容易だ。


 明乃はグラビティブラストを掻い潜り、マジンに肉薄する。


「はぁぁあッ!!」


 明乃が右手のディバインアームで胴を薙ぎ払い、間髪入れずに左手のミドルソードを突き出し同じ場所を抉る。そしてすぐさまマジンに蹴りを入れ、その反動でマジンから距離をとる。


「っ! 見えた!」


 その隙を見逃さず、イツキはライフルのフルオートを、抉り取られた部分に正確に叩き込んだ。


 一箇所に集中したラピッドライフルの弾丸は、フィールドを突き破り装甲の内部に達した。マジンは、剣で突かれた部分を中心に火を吹き、大爆発を起こす。


『なんて奴らだ・・・! 無念っ』


 マジンのパイロットは離脱に成功したようである。


 明乃らが息をつく暇もなく、ユリカから二人に通信が入った。


『アキノ、イツキちゃん! ちょっと射線空けて!!』


「『へ?』」


 間の抜けた声を出すと同時、二人は直ぐにユリカの意図を悟る。今二人がいる位置は、ナデシコと敵艦の中間だと。二人は、意図を理解するや否や急いでその場から離脱した。もう障害物は何もない。だが、





「ふふ、射線が空いたな」


「撫子の機動兵器二機も射線から離脱しました」


「まぁよかろう。戦争は頭を取った方が勝つ。これで奴等に重力波砲を叩き込めば・・・」


 秋山は不敵な笑みを浮かべて命令を下そうとした。その時、


「艦長! 敵艦、こっちをロックオンしました!」


「何・・・?」






「テンカワ機、イツキ機、射線から外れました」


「戦争はリーダーを倒せば勝ちです! 速く終わらせて横島さんの援護に行きましょう!」


 ユリカは、むん、と気合を入れ、命令を下そうとした。その時、


「・・・艦長。なんか敵艦、こっちに狙いを定めてるんですけど」


「えっ?」





 両艦の艦長は、いかなる偶然か、ほぼ同時に言葉を発した。





「グラビティブラスト、スタンバイ!!」
「重力波砲、発射用意!!」





 ユリカは目は一瞬にして鋭くなり、いささかの遅滞も無く命令を発した。
 秋山は不敵な笑みから厳しい表情に変わり、敵艦を見据え号令を下した。





「相転移エンジン、出力最大です」
「相転移炉、臨界突破!」





 メグミと秋山の部下の声もほぼ同時。





「発射!!」
「ってぇぇぇぇぇぇぇい!!」






 お互いの艦から発射された重力波は、両者のちょうど中間にてぶつかり合った。


 その光景を見守っていた者は、ぶつかり合った空間が、ぐにゃりと歪む光景を目撃した。直後、周囲にとてつもない衝撃がばら撒かれる。


「きゃ!? ・・・っ!!」
「くっ・・・ぬぅッ!!」


 中心地に空間の歪みさえ発生させた衝撃は、戦艦のブリッジをも例外なく揺さぶる。その揺れは実に数秒間続いた。


 そしてそれが治まるや否や、


「こうなったらぁ! ルリちゃん、奥の手発動! 直ぐ後にグラビティブラスト、もっかいスタンバイ!」
「重力波砲、次射発射準備急げ!」


 再度同時に叫ぶ。しかし今度は内容が違った。


「艦長、重力波砲、発射準備完了!」


「よぉし、重力波砲、ってぇぇぇぇぇい!!」


「なっ! か、艦長!」


 秋山が発射命令を出したと同時、クルーの一人が血相を変えて報告を入れる。


「何事だ」


「後方から熱源接近! これは・・・撫子のミサイルです!」


「なっ、なんだと!?」





 先ほどナデシコは、相転移エンジンその他を全てダウンさせ、敵レーダーに位置を察知させないという手段を用いた。その際、位置を誤認させる為に点火していないミサイルを進路上にばら撒き、距離が十分に離れたところで点火させた。

 だが、ばら撒いたミサイル全てを点火した訳ではないとすれば、また、ばら撒いた箇所が一箇所だけではないとしたら。つまりはそういうことだった。





「ぬぅっ…!」


 ミサイルは艦に数発着弾し、艦を大きく揺さぶった。フィールドによって威力は大幅に減じたものの、射線が少しだけずれた。少しではあるが、発射された重力波砲が外れる角度になるには充分すぎた。





「敵グラビティブラスト、大きく外れました!」


 ナデシコの遥か上方を、黒い重力波が通過する。千載一遇のチャンスであることは自明。


「ルリちゃん! チャージは!?」


「できてます」


「なら発射!!」


 ユリカは油断も余裕も見せずにすぐさま命令を下した。僅かな油断で戦局がひっくり返った例など、有史以来それはもう腐るほどある。ならば、隙だらけの相手に油断を見せずに畳み掛けたナデシコは勝利するが必定、ということだろう。





 そこに、不測の事態が絡まなければ。





『ちょっとスンマセンそこどいてお願いぷりーーーーーず!!!』


「はい?」


 ユリカが疑問の声を上げる暇もなく。


 横島のエステプラスが、突然ナデシコの上に落ちてきた。宇宙空間で落ちる、という表現は正しくないが。


「きゃ!?」
『へぶし!!』


 エステがナデシコのフィールドに激突。ナデシコは少しだけ揺れた(横島は大ダメージ)。


「あ。射線が」


「あ」


 その少しの揺れは、すでに発射している状態のグラビティブラストが的から外れる角度になるには充分な揺れだった。


 グラビティブラストは、かんなづきの下方を何事も無く通過した。





「よ、横島さんッッッッッ!!!」
『し、しかたなかったんやーーーーーーーー!!』





 そこに落ち度が全然無くても、不測の事態が少し絡むだけで戦局がひっくり返る例もまた、世の中には掃いて捨てるほどあるのだった。





 ――――――――――





「ああっ! すんまへんすんまへーん! 何卒、何卒減給だけは! もう俺の給料にカットする余地なんて波平さんの髪の毛より少ないっス!」


『はっはっは。生活費ならモモさんに出してもらえばいいじゃないですか。モモさんだってあなたのためなら食費程度、支払うのに躊躇うはずもありませんし』


『うん』


 プロスペクターの言葉に、当然、と言いたげな様子で頷くモモ。って言うかプロスは本気で給料全面カットをするつもりだろうか。


「いやーーーーーーっ!? 年齢一桁(推定)の子どもに養ってもらう所までは堕ちたくないーっ!?」


『でも、既に私のお給料の半分は忠夫の老後の積立金として貯金してるし・・・。もう半分の貯金をちょっと切り崩せば、忠夫の生活費くらいなら捻出できるよ?』


「や、やめろ! それ以上言うな! 流されそうで恐い! つーか老後は養われる事確定!?」


 ちなみにモモのこの台詞は嘘偽りの無い真実である。モモ・・・恐ろしい子! いやマジで。よくぞここまで間違った方向にしっかりしてしまった物である。


『・・・・・・預金、解約する?』


「頼むからやめてーーーーーーーーーーッ!!!」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(全員)』


 この会話に、この宙域全員の目が点になったのは言うまでもない。



『忠夫・・・俺を忘れて味方と漫才をするとは、いい度胸と言うか何と言うか・・・』


 いつの間にか近くにいた北斗(心底呆れ果てている)に、横島は飛び上がらんばかりに驚いた。


「出たーーー!? つーか忘れてたー!!」


『・・・ぉぃ』


 北斗のこめかみに青筋がぴきっとたつ。


『待ってやったがもう容赦せん! 死ね、忠夫!』


「うぉわ!」


 この状況を説明すると、文珠が切れた横島が素手の北斗に追い立てられ、持ち前の回避能力で致命傷は避けるものの、先程機体の腹部に貰った痛打と、技量差から徐々に蓄積される損傷にジリ貧に追い込まれていた。文珠を新たに精製する暇も無い。

 なんとか味方に合流しようとした横島だが、「そんなに合流したいなら手伝ってやる!」と言う台詞と共に蹴り飛ばされ、ナデシコに激突した、と言うわけである。


「ちぃ!」


 北斗の打撃を横島は霊波刀で受け流す。しかし、二撃、三撃と繰り返される攻撃に横島は対応しきれない。しかも、


『如何にお前の動きが良かろうが、機体が付いてこないのでは意味があるまい!』


 北斗の言う通り、満身創痍のエステプラスは明らかにスピードが落ちていた。文珠での強化が出来ない以上、横島は圧倒的に不利。


「ならば! サイキック猫だまし!!」


 横島は、何とか状況を良くしようと、霊波を纏う手で拍手(かしわで)を打った。


『何っ!?』


 至近距離で弾ける霊波に、北斗の視界は光で覆いつくされる。単なる閃光弾なら気配を読むだけで相手の位置は解る。北斗にはそれが出来る。しかし、サイキック猫だましは霊波。霊波を拡散させることにより視覚的にも感覚的にも目を眩ませる。地味な技だが、視界と気配の両方を絶つことができる極めて利用価値の高い技だった。


「もらった!!」


 横島は再度霊波刀を顕現させ、北斗を刺し貫かんとエステプラスのバーニアを全開に噴かせた。


 否。噴かせようとした。


(糞、得物が無いとは言え接近しすぎた! かわせん・・・!!)


 北斗は今度こそ敗北を覚悟したが、





(・・・え?)





 機体が前進しない。動かないことはないが、メインのバーニアは殆ど動かない。


「・・・な、なんで?」


『・・・・・・貴様、今日はつくづく運が無い』


 北斗は、軽くため息をついて横島の機体を見た。


『肝心なところで文珠が切れる。お前がぶつかった所為で味方の攻撃が外れる。更には、最大のチャンス時に機体の方が先に限界が来る始末。

 ・・・まったく、俺としたことが、敵を気の毒に思うとは』


 北斗の表情に喜びは無かった。どことなく興を削がれたような表情。


『だがそれもまた、仕方の無いことなのだろうな』


 口調は穏やかだが、台詞とともに繰り出した技は、穏やかどころか激流よりも苛烈な―――


(奥伝クラスの技かっ!?)


 それは確かに木連式柔の奧伝の一つだった。奧伝の中では初歩的な技だが横島には使えない(名前も知らない)。横島は何度か食らったことがあるので知っていたのだ。その威力も。


 繰り出される技に気が付いた瞬間、横島の意識は衝撃に激震した。


「がっ!?」
『むっ!?』


 横島は苦痛の声を。北斗は不可解そうな声を上げた。


「ち…っくしょう…!」


 横島は朦朧とする頭を振り、なんとか機体を動かそうと苦心する。しかし、限界の上にさらに攻撃を受けた機体はうんともすんとも言わない。


『手応えが無い…か。忠夫め、無意識に回避でもしたのか? やはり侮り難い奴よ』


 ニヤリと笑みを浮かべるが、


『だがそれもここまでだ!』


 横島にとどめの一撃を加えようと、一気呵成に突撃した。


 そこに、


『調子に………乗るなァァァッ!!!』


『何!?』


 明乃のヘリアンサスが、ディバインアームを振りかざし急速に接近していた。その速度は凄まじく、このまま突撃すれば一刀両断されることは間違いない。北斗はとっさに軌道を無理やり曲げた。


『ちぃッ!!』


 それはどちらの台詞だったのか。ディバインアームは鬼神皇の残像を切るにとどまり、北斗は姿勢制御を行ないつつ、赤い機体を睨み付ける。





『天河……明乃か!!』





 ――――――――――



「横島くんはやらせない!」


『フン、前菜ごときが出しゃばるとはな』


「前菜前菜って五月蝿い! 武器も無い状態で、私とヘリアンサスに勝てると思うなっ!!」


『貴様如きに武器など必要ない。木連式柔の絶招、その身に刻むか!』


「やれるものなら、やってみなさい!!」


 二人の間に激しく火花が散る。それにしても明乃は、北斗に対しては相変わらず口調が乱暴になるようだ。


(とは言ったものの・・・)


 北斗は、殺気立った明乃を見て思案する。


(忠夫程ではないとは言え、天河明乃が侮れんのも事実か・・・)


 そして、北斗と鬼神皇両方にかなりの疲労が蓄積している。横島は運が悪かったとは言え、北斗の戦力を大きく削り取っていたのだ。


(・・・)


 さりげなく、北斗は閃刃鶴の位置を確認する。


(取りに行けない事も無いが・・・)


 と考えた時、


『明乃ちゃん! 心配するこたーない! 明乃ちゃんなら北斗の攻撃くらい簡単に避けれる!!』


『何・・・?』


 横島の台詞に、北斗のこめかみがひくりと動く。


「え、そうですか?」


『勿論! 今なら奥義でも余裕だ! 絶対避けれる! 絶対勝てる!!』


 横島はコントロールの効かないエステプラスの中で大声を張り上げる。それほどまでに自信があるのか。


『ほ〜う・・・』


 北斗のこめかみがぴくぴくとわななく。北斗的に決して聞き流せない台詞だ。





『ならばっ! 本当に奥義がかわせるか、試してみるか!!』





 北斗の頭からは、武器の回収のことなどすっぱりと吹き飛んでいた。


 ナデシコクルーや秋山達は、固唾を呑んで双方の戦いの行方を見守る。


『しッ!!』


 鋭く吐かれた呼気と共に疾風の如き動きで間合いをつめる。

 冷静さはちょっぴり失っているものの、その動きはそれを感じさせない滑らかなものだ。


「うっ!?」


 それを見て明乃は僅かにうろたえる。だが、


 〜絶対避けれる!〜


 横島の言葉が脳裏に閃く。


「・・・。
 
 信じますよ・・・・・・横島くん!!」


 自らを鼓舞するような叫びを上げ、





「来い!!!」


『上等・・・いや、極上だ!!!』





 北斗は、正拳突きのような動作で拳を突き出す。


(ただのストレート!?)


 確かに鋭い。そして速い。しかしただのストレートに見える。奥義ならではの特性があるのだろうが・・・。


(でも喰らうわけにもいかないか!)


 すっと機体を左方にずらす。北斗の拳は虚しく空を切る。


「かわせた!? って、っと!」


 避けたと思ったら下から突き上げるような蹴りが。明乃は驚きつつも回避。


 鋭いが明乃には回避できないことも無い攻撃だったが、なにはともあれ北斗に隙が見えた。しかし、緩い攻撃の後にこんなにあからさまな隙が出来るものだろうか。明乃は疑問に思ったが、横島の言葉を思い出し、ディバインアームを鬼神皇に振り下ろした。


『くっ!?』


 北斗は回避しようとするも間に合わず、左の肩口に切っ先がめり込み、そのまま切断された。


「え・・・?」


 明乃はむしろ戸惑った様子で、切り落とされた鬼神皇の腕を見る。


『ちぃっ! 何故だ? 思うように技が出せんだと・・・?』


 北斗が呟いたとき、





『うわーーーーーーーっはっはっはー!』





 横島が、堪えきれない、といった様子で笑い声を上げる。


「よ、横島くん?」


『北斗、まだわかんねーかよ? 技が上手く出せない理由が!』


「横島くんは初めから上手く出来ないと解ってた・・・?」


『勿論!』


『・・・ちっ、まさかな』


 北斗は悔しげに顔をゆがめた。なんとなく解ったようである。


『木連式柔の奥伝は俺には出来ない。それは、独特の足の運び、腰の回転、その他もろもろ、体全体のかなり絶妙な操作が要求されたからだ。んなもん、数ヶ月習っただけの俺が使えるわけが無いわな。さっき北斗がやった技だってただのストレートに見えても、実際は比べ物にならんくらい厄介なもんだ』


「でも、さっきのは確かにただのストレートでしたよ?」





『その通り。でもな、

 いくらIFSがあっても、宇宙空間で微妙な足の運びとか踏み込みとか出来るワケねーだろ、地面が無いんだから! 前進するには機体に備わったバーニア等の推進力! 踏み込む地面が無いから宇宙での打撃力は単純に機体重量+加速度! ンな状況なら俺が使える程度の技ならまだしも奥伝クラスの技なんぞ放てるわけあるかボケー!!





・・・・・・・・・そりゃそーーーーーだ!!(横島、明乃、北斗以外全員)』


 その宙域全員が、手のひらを拳でポン、と叩いた。





 ついでに言うと、横島は、横島自身が奥義を喰らった時にこの欠点に気がついていた。だから、北斗が剣を拾おうとする素振りを見せたときに、北斗の攻撃など明乃なら簡単にかわせる、といった台詞を言ったのである。そんなことを言われては、北斗の性格上、意地でも明乃を奥義で倒そうとするのは横島は見抜いていたのだ。




「それはともかく、今は絶好のチャンス!!」


 明乃は、今がチャンスとばかりに更なる攻撃を加えようとするが、


『あなたはここで死ぬべき人ではない!』


「!?」


 突如デンジンin三郎太がボソンジャンプで明乃と北斗の間に出現した。


『北斗殿、ここは退きますよ。このような終わり方、あなたにとっても本意ではないでしょう』


『む・・・』


 北斗は、悔しげに唸ったものの、ため息を一つつき、


『・・・・・・・・・・・・・・・ちっ』


 さすがにみっともない姿を晒してしまったからか、多くを語らず三郎太と共ボソンジャンプで離脱した(ついでに閃刃鶴も拾った)。


 ちなみに、鬼神皇にジャンプする機能は無い。ジャンプできるデンジンに掴まって一緒にボソンジャンプしただけである。念のため。


「この、逃さない!」


『まーいーじゃん明乃ちゃん』


 追いかけようとする明乃を、横島はやんわり押しとどめた。


「なんでですか!」


『冷静になろーぜ。宇宙で格闘技は使えないけど、アイツもう刀を拾っちまったからなー。たとえ北斗の機体が片腕っつっても、同じ条件なら不利なのはこっちだ』


「う・・・」


『それに、ボソンジャンプでだいぶ距離が開いちまったし。今追っかけたら北斗+大群とご対面だぞ』


「ううう…」


 明乃はまだ未練を残した瞳で北斗の消えた方角を睨んでいたが、


「解りました。確かに横島くんの言う通りですね」


 明乃は、なんとか気持ちを落ち着け頷いた。
 




 ――――――――――



 ナデシコブリッジ。


「敵艦、弾幕張りつつ離脱してきます」


「ふ〜〜〜、終わったー」


 ブリッジは安堵の空気に包まれた。考えてみれば、今回の作戦は大気圏脱出したり相転移エンジンをダウンさせたりと、いつもより多彩かつ無茶な事を行なっていて時間もかかっている。いつもより疲労も溜まっている。


「艦長、敵艦から入電です」


「ん? 読んで」


「『貴君の大胆かつ勇猛な戦いぶりに敬意を表する。

   卑劣な地球連合に貴君のような快男児がいることは真に驚きであった。

    必ずや次も戦場にて相見えん。

      かんなづき艦長 秋山源八郎』

 ・・・だそうですが」


 快男児。言うまでもなく男性に対する形容詞である。


「むっか〜〜! 快男児!? 私、こんなに可愛い女の子なのに〜!!」


 ユリカは、頬を大きく膨らませて憤慨した。





「・・・ルリ、かいだんじ、って何?」


「胸のすくような快挙を演じてみせる男。男らしい男・・・って意味だって」


「つまり、忠夫みたいな人の事?」


「・・・・・・言うと思った」





 ――――――――――





 一方、帰艦中の横島と明乃。


『横島くーん? 揺れませんか〜?』


「・・・問題なし」


 横島機はヘリアンサスに牽引されていた。自力では動けないのでしょうがないのだが。


 そんな時、メグミから二人に通信が入った。


『今回はお疲れ様でした』


「『メグミちゃん?』」


 二人は顔を見合わせた(映像の上で)。


『いやー今回はギリギリでしたね』


「ギリギリもギリギリ。内容は完敗?」


『え?』


『完敗とまでは言いませんが・・・。でも次回からは厳しいですねー』


「ホントな・・・」


 ネガティブな会話を交わす二人に、明乃は口を挟む。


『ちょ、ちょっと! いくらなんでもそれは・・・。確かに結構危なかったですけど』


『そうでもないんですよテンカワさん。横島さんのなんだか解らないけど凄い力が、もうほとんど意味なくなっちゃいましたし』


「それに、今回あんだけおちょくったから、次は地面の上でしか無手で闘わんだろーし。

 つーか、次以降地面の上で闘う事があったら確実に奥義叩き込まれるよな俺・・・」


『う・・・』


『あれだけの劣勢だったのにあれほどの余裕っぷりを演出したのはお見事でしたが、あの人ほどの実力者なら同じ手は通じないでしょうね』


「強敵でもこっちのペースに引き込めば勝機が見える。美神さん直伝のテクやね。でもそれだけに今回で決められなかったのは痛い」


 だが元々殺すつもりはなかったので結局は同じ事なのであるが。













『ところで、新たな能力に目覚めたは良いけど、まだその力のことが良くわかっていない二回目の発動時に、こんなにも完全に破られたなんてマンガでもなかなか無い設定ですよね。

 これを事実は小説よりも奇なりって言うんでしょうか』


『・・・そう言えば』


「しくしく・・・」




















 続く。










 イネス先生の、なぜなにナデシコ出張版

 良い子の皆さんお久しぶり。今日もなぜなにナデシコの時間がやってきました。ここではいつものように「GS横島 ナデシコ大作戦!!」のギモン・専門用語・モトネタ等を、解りやすく、かつコンパクトに説明するわ。



Q1:水の戯れって? 
 
 フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)が1901年に作曲したピアノ曲で、音楽の分野におけるフランス印象派主義の幕開けとなった作品とも言われているわ。水の態様を完璧に描き切っているという評価も存在するほど優美な作品なんだけど、演奏の難易度も相当高くて、例えば曲の中盤に出てくるグリッサンドは全て半音の黒鍵によるものよ。


Q2:このときのかんなづきって、ジンタイプを四機も積んでるの?

 このSSではそうなのよ。


Q3:橘さんって誰?

「仮面ライダー剣(ブレイド)」に登場した主要キャラの一人で、仮面ライダーギャレンに変身する人よ。フルネームは橘朔也(たちばな さくや)。一言で言うと、騙され易いヘタレ(酷い)。

 銃の形をした覚醒機・醒銃ギャレンラウザーで戦うとき、銃なのに接近して零距離射撃をすることが多かったわ。


Q4:一刀両断斬りって?

「黄金勇者ゴルドラン」のゴルドランが、スーパー竜牙剣によって繰り出す必殺技よ。なんだか凄いシンプルなネーミングね。


Q5:ところで、戦闘中三郎太はどこにいたの?

 え!? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ。





 あとがき。

「おいキバ○シ、なんかこの北斗弱くね? いや強いっちゃ強いけど、間抜けな所為か時ナデより弱く見えるぞ」


「俺たちはとんでもない勘違いをしていたのかもしれん・・・。

 そう、このSSの北斗は、北斗であって北斗でないのではないか!?」


「な!? じゃあいったいなんだて言うンだ!?」


「・・・どことなく間の抜けた行動、男人格の割にはツンデレっぽい性格、横島忠夫に対する執着・・・・・・。





 そう! この人物は、「GS横島」の中で生まれた新種の北ちゃんだったんだよ!!」





「なっ、なんだってーーーーーーーーーー!!!?」






 


 冗談はさておき、お久しぶりです。K−999です。


 横島の新能力、あっさり破られました(笑。まーこの世界ではもともと北斗にしか発動しない力ですし、このSS用の能力ってワケでもないし・・・(ぇ。


 それはともかく、横島以外が活躍した話でした。戦ってばっかりでした。当分戦闘は書きたくないですね。一応、しょぼい伏線は張りましたが。


 次回あたり記憶マージャンですかね。


 つーか、宇宙空間でも威力を発揮する天空宙心拳ってすごい。


 モモの間違った成長振りを噛み締め、今回はここまでとしておきます。





 あ、そう言えば私事で恐縮ですが、「とても面白いので更新がんばってください」(←これが全文)と感想メールを送ってくださった方がいたのですが、件名にも本文にも、誰の何に対する感想なのか書いてませんでしたので返信しておりません。絶対に私宛だとは言い切れませんし。毎日山のようにスパムメールが来てますので、これだけだと不用意に返信する踏ん切りがつきませんでした。

 このメールが私の作品への感想ならば、この文を持って返事とさせていただきます。すいません。


 

 K−999

 

 

 

 

 

代理人の感想

お疲れ様です。中々に楽しませていただきました。

やっぱり脇役も動いてくれないと面白くないですよ、うむ。

つーかむしろ最近は主役より脇役が面白い方が受けるような気も・・・これも時代の流れか。

 

>「何、勘だ」

ほ、北斗の癖に・・・・どこかの管理人や一本道で迷った某投稿作家並みの方向音痴の癖に!?

いつの間にか改造でも受けてたのか奴は(爆)。

 

>武道館で〜

・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ忘れてなかったんだなぁ。

 

>2回目で破られた必殺技

つ「大成敗」(レオンカイザー@ゴルドラン)