「横島クンと明乃ちゃんって、どっちが料理上手いの?」





 全ては、美神のこの一言から始まった―――――






GS横島外伝・「明乃の闘いV!!」





〜料理勝負決着編〜











『さーて皆さん、いよいよ始まります! ナデシコが誇る二人の新人(?)コック!! 果たして、実力はどちらが上なのかー!?』


 うおおおおおおおおおおお

 夏の浜辺に大歓声が木霊した。


 長崎県佐世保。暑い地方で暑い夏。その日も午前8時の時点で情け容赦ない真夏日であったが、気温とは別の熱気が浜辺を覆っていた。
 その浜辺の急ごしらえのしょぼい舞台の上に、所在無げにコックスーツの明乃と横島が立っている。


 二人の心は、この時一つだった。
 すなわち、




(どうしてこうなった……)





 ――――――――――





 現代と未来の交流は、横島・明乃の周囲の人間には概ね好意的に受け止められていた。
 検閲事項に引っ掛かるものは一切口に出せず文字にもデータにも残せないが、バカンスとしては申し分なかったからである。


 ちなみに、その調整で小竜姫を始めとする神魔族の皆さんは胃の痛い毎日を送っていたが、それはこの話と関係ない。


 美神除霊事務所の面々は、モモはともかく、明乃を始め、綺麗どころの揃った面子を見て大いに危機感を持ったが、
 交流自体は問題はなかった。良くも悪くも破天荒な人たちである。波長が合うのかもしれない。


 もっとも、ミナトを初めて見たときの現在の面子の衝撃は凄まじかったようだ。


「なんと……! 美神殿の容姿でこの優しげな雰囲気……! 美神殿に勝ち目が微塵も無いでござる!!」


「ええ。全く同感だわ……」


 などと不用意な発言をした犬と小狐は、頭部に負った打撲でその日は仕事にならなかったと言う。


 そんなこんなで騒がしさの増した日々を送っていたとき、ふとした弾みで冒頭の一言である。
 勿論、美神に他意はない。
 最近よくつるむミナトから、横島が未来では料理を作っていたという話を聞いたのを思い出しただけである。

 横島自身からは詳しい話は聞いていない。帰ってきてからも、アパートの自炊以外はおキヌちゃんのごはんを食べていた横島である。
 ちょっと興味がわいたのだ。


 そして、主にナデシコクルーの間で議論が始まった。果たしてどちらが美味いか?


 当事者的にはどちらでも良かったが、それで収まる人格者はあまりいない。
 事情を知らない現代メンバーを置いてきぼりで、議論の熱は高まりに高まった。

 そこで、リョーコが鶴の一声を放った。




「じゃあ実際に作らせて食べ比べりゃいいだろ」




 本人達に拒否権が無かったのは言うまでもない。





 ――――――――――





『勝負は洋食、和食、ラーメンの順に行われます! なぜ中華ではなくラーメンなのか? それは、二人の将来の夢はラーメン屋さんだからです!!』


「横島クン。どういうこと?」


 美神と事務所の女性たちの視線がとても冷たいものになった。


「い、いやっ、あれはメグミちゃんが勝手に言ってるだけで!?」


「横島くん、私と一緒にお店を開くのは嫌なんですか……?」


 明乃の新技、上目遣い&潤んだ瞳が横島にヒット。効果は抜群だ。


(手強い……!)


 おキヌちゃんの黒いオーラが増した。


「あ、その、いやでも、選択肢を多く持つのは良い事だと思います!」


「あ”あ”!?」


「ひぃっ!? すんまへーん!!」


 反射的に謝る横島だが、そこに待ったをかける人物がいた。


「いいじゃないの忠夫。GSよりよっぽど健全じゃないの。私は応援するわよ」


「お、お袋!?」


 なぜここに百合子がいるかと言うと、彼女によれば用ができて一時的に帰国したかららしい。
 細かい理由は教えてくれなかったが。

 閑話休題。
 ここで美神が反論しようとするが、GSがコックよりやくざな商売であることは、職業に貴賎なしとは言え、美神にも異論は無い。
 自分の進路くらい自分で決めさせろという言葉も、じゃあ料理人でもいいよねということになりかねない。


「でも、横島クンがお店に出せる料理を出せるかどうかは……」


「わからないわね」


 あっさり認めるマザー。


「ま、忠夫の言う通り選択肢を増やすのはいいことだからね。ホラっ、どうせやるんなら半端なモンは許さんで!」


 ばん、と横島の背中を叩いた。横島は咳込みつつ、「わかっとるわい……」とこぼした。


『それでは、審査員の発表です!』


「あ、私もいかなくちゃ!」


 司会のメグミの声に、おキヌが急いで審査員席に走った。どうやら審査員におよばれしていたらしい。


『ではまずGSサイド! 自炊生活ン十年! 信心と真心と無農薬野菜には自信アリ! 唐巣神父だー!』


「私にどれだけ味が解るかはまさに神のみぞ知るところだが、私なりに誠意をもって審査させてもらうよ」


『今日もあの人に味噌汁を作る! 人生経験では間違いなくNo1! 氷室キヌさんだー!』


「よ、よろしくお願いします!」


『ここでまさかのプロ登場!? レストランを現役で営むGS魔女! 魔鈴めぐみさんだー!』


「お二人は将来のライバルになり得るか。ふふふ、楽しみです」


『以上! GSサイドでした! お次はナデシコサイドです!』


 メグミはくるるとマイクを回してポーズをつけ、今度はナデシコサイドに手をかざす。


『家庭料理の達人現る! 今日も明日もおさんどん! 紫苑零夜さんだー!』


「ど、どうも……」


『電子の妖精にして天才美少女艦長! そして意外とよく食べる! ホシノ・ルリさんだー!』


「今日も食べます」


『なんであなたがここにいる!? どこで聞いたか知らないけれど、食通であることは何故か周知の事実! ミスマル・コウイチロウ!』


「うむ。ユリカから話は聞いている。二人の料理、楽しみにしているよ」


『以上、六名の審査員の紹介でしたー!!』


 うおおおおおおおおお!


 審査員のチョイスに大歓声が上がる。


『審査方法は、各審査員に棒の付いた札が三本配られていると思います。それぞれ、『明乃』『横島』『引き分け』
と書かれているはずです。美味しいと思ったほうの名前の札を上げて頂くというシンプルルール!
なお、決着がつかなかった種目は、その場で二人の師匠、ユキタニ・サイゾウ氏に優劣を決めていただきます!」


「……」


 サイゾウは、「特別審査員席」と書いたプレートが置いてあるテーブルの後ろでむすっとしていた。


『それでは早速第一戦!!』


「「ちょっと待ったぁ!」」


『おや、どうしました、お二人とも?』


 メグミは心底不思議そうに首をかしげる。


「どうしたじゃないでしょう! いきなり連れて来られてはい勝負って、私何の準備もしてませんよ!?」


「俺だってしてねーよ」


 明乃の抗議と横島の同意にも、メグミは全く怯まない。


『今これだけ盛り上げといて続きは一週間後とか言うつもりですか? なんという薄情さ! なんと愛のないお言葉!!』


「まず俺らへの愛がないやろー!」


 メグミはヤレヤレと肩を竦め、


『突然の思いもよらぬオーダーにどう対応するかも実力の内!! 世間の荒波は厳しいんですよ?』


 一応の正論に、二人は言葉を詰まらせた。


『納得していただけたようなので引き続き説明を行います! 特に参加者二人は良く聴いててくださいね?

時間制限は二時間。ここに材料調達の時間も含まれます! 材料費は一戦に付き一万円!
それから、お金は勝負が終わったら回収しますので。レシートは取って置いてください!

そして、当然相手への妨害、偵察、難癖は禁止です! 当たり前ですね! 言いたい事は料理で語れ! Do you understand?』


「「いぇー」」


『やる気のない返事ありがとうございます! では、勝負開始!!』


 その合図と共に、横島と明乃はえっちらおっちら走り出した。
 やる気なさげに走りながらも、横島はふと疑問に思う。


(よく聴け、って言うた割にはざっくりとした説明やったなー)





(そう言えば、注文されたものじゃなくて、相手に勝つための料理を自分で考えて作るなんて初めてかも……)


 最寄りの市場に向かい、息を弾ませることもなく走りながら、明乃は昔をふと思い返していた。
 最初に横島の料理を見たとき、自分とほぼ同じような腕前であることを見て取り驚いたものだ。
 料理を習い始めて三ヶ月そこそこであることを知り、もう一度驚いた。

 その後は、料理においては二人で競い合い、協力しあう形で腕を磨いてきた。
 競い合うといっても、お互い相手を負かしたいという気はなかったはずだ。


(うーん、何作ろう……)





 横島も同様に悩んでいた。


「洋食か……。和食以上に縁遠いよな」


 もちろん、多国籍なメニューが揃うナデシコの食堂で働いていた以上、横島も明乃も洋食は作れる。
 だが、作れるだけで勝つためともなると、首を捻らざるを得ない。


「条件は明乃ちゃんも同じ。さて、どうする……」


 横島は空を見上げた。暑い。なんでこんな日に走り回らにゃならんのか。


「……ん?」


 なにか閃いた気がした。





 ――――――――――





「伊達じゃあないみたいだね」


 三十分後、戻ってきた横島と明乃の調理風景を見て、西条が腕を組みつつつぶやいた。
 珍しく素直に賞賛する西条に、雪之丞がからかい半分で笑う。


「へぇ、西条の旦那がえらく素直に誉めるじゃねーか」


「流石にあれを見て嫌味を言う気にはならないよ」


「そうね」


 西条の言葉に、美智恵が頷いた。


「きっと毎日包丁を握ってたんでしょうね。堂に入ってるわ」


「ただおにーちゃ、がんばれー!」


 美神ひのめ(五歳)の微笑ましい声援に、横島は手を振って応えた。
 相変わらず、妹分には不自由しない男である。
 パピリオも最近幼児言葉から脱して普通に可愛い女の子になっている。で、モモを一方的にライバル視しているがこの話には関係ない。


「さっすが横島さんですノー。相変わらずワッシと違って多才なお人ジャー」


「はは、そんな自分を卑下すんなよ。男気なら断然勝ってるさ」


「魔理さん、ありがとうございますジャー。しかし、あのお人はああ見えて男気もありますケン」


「そうかー?」





 ――――――――――





「よし、できた!」


 明乃より先に完成させた横島が、審査員の前に料理を並べる。


「ほう……パスタとはオーソドックスに来たね」


「はい。ツナとトマトの冷製パスタっス!」


「暑いから冷たい料理は嬉しいですね。早速食べましょう」


 ルリが、無表情ながらも目を輝かせ、パスタにフォークを突き立てた。


「冷たくて美味しいです!」


 おキヌの反応に、コウイチロウと魔鈴も頷きコメントする。


「ううむ……。ソースは無く具と和えてあるだけだが、なかなかに深い味だ。散らしてある大葉も目に美しい。
サラダ感覚で食べられるシンプルながら良い品だ」


「そうですね。トマトはポン酢と胡麻油を混ぜたものに漬けておいたんでしょうか。とてもしっかりした味ですね。
ソースを使わない分、具に気を使ったわけですか……」


『おお、これはなかなか評価が高そうだー!」


 横島は悪くない反応に安堵する。
 そして横島の料理を皆があらかた食べ終わった頃に、明乃が料理を持ってきた。


「では次は私が。夏野菜とトマトのリゾットです」


「ほう、季節のものを使っているのはポイントが高いよ」


「ええ。横島さんのものもそうでしたが、色彩を疎かにしていないのは感心ですね」


 そんなやりとりの後にそれぞれが明乃の料理に手をつけ始める。
 熱い料理に汗を流しつつも、審査員の受けは横島同様悪くない。


(明乃ちゃんと味は似たようなモンか……)


 横島は、明乃の料理手順を思い出しながら独りごちる。そして、ニヤリとほくそ笑む。


(だったら、この気温じゃ冷たい俺の料理の方が好印象のはず! この勝負、もらった!)


「……」


 手応えを感じる横島を余所に、明乃は黙って料理を食べる審査員を見つめていた。





 そして。





『それでは、一回戦・洋食! 皆さん一斉に……どうぞっ!』


唐巣:明乃
キヌ:引き分け
魔鈴:横島
零夜:引き分け
ルリ:引き分け
コウ:明乃


『おおっと!? 横島1、明乃2、引き分け3、……一回戦は2対1でアキノさんの勝利だー!!』


「んなっ」
「やった!」


 横島は驚きにしばし呆然とし、明乃は小さくガッツポーズをとった。
 なんだかんだで二人ともノッてきている。


(な、なんでだ!? 同レベルの味なら冷たい俺の料理に票を入れてくれてもいいモンを……?
それとも、明乃ちゃんの料理はそんなに旨かったんか!?)


「横島君。なぜ暑い夏なのに冷たい料理を出して負けたのか。そう思っているだろう」


「え? あ、はいっス」


 コウイチロウの言葉に、我に返って少し慌ててしまった。


「そうだな……。神父、あなたはなぜ、テンカワ君に票を入れたのですか?」


「私ですか? そうですね……」


 話を急に振られた唐巣は、顎に手を当てしばし思案し、言った。


「横島君。最初に断っておくが、私はそれほど舌に自信があるわけではない。だけど、君と天河君の料理はどちらも大変美味しかった。
そこに私が敢えて優劣をつけるならば、君の夏に食べたくなる冷たい料理より、天河君の、お腹に優しい料理が好ましかった。
食べる人のことを考えた思いやりを、私は天河君の料理から感じたんだ」


「あ……!!」


「そういうことだ」


 コウイチロウは重々しく頷き、続けた。


「成る程、確かに夏は冷たいものを摂取したくなる。私もそうだ。だがそれが過ぎると腹を壊す。子どもでも知っている。
それに、暑いから熱いものを食べると昔から言われている。発汗を促す事で暑気を払うということだ。実に理に適っている」


「……」


 横島は言葉も無かった。ぐっと下唇を噛み締める。


「だが、ここは強調しておくが味で劣るわけではなかった。むしろ解釈次第では君の勝ちも十分有り得たよ」


 コウイチロウは、そう締め括った。


『はい、解説ありがとうございました! えーところで、魔鈴さんはただお一人横島さんに票を入れているようですが……?」


「はい。神父やミスマルさんの言われる事はごもっともなんですが、
というか私もお客様の体調を考えてメニューを決めてたりするので結構同感なんですが、
経営者の視点だけで見れば、横島さんの料理のほうが優れてるかなー、と」


『と言うと?』


「例えば、一緒に食事に行った友人が冷たいものを注文したとします。そこに私が理由を述べて温かい料理も勧めたとします。
そうしたら十中八九こう言われますよ。『うるせー知るか、わたしは冷たいものが食べたいんだ!』って」


『ははあ……そりゃそうかもしれませんね』


「繰り返しますが、私も基本的には神父に同感です。でも今日みたいなとても暑い日に、道行く人にどちらの料理を食べたいか尋ねたら、
殆どの人が横島さんの料理を選ぶんじゃないでしょうか? 理屈はともかくこっちが食べたいって。味も良いなら尚更です。
つまり、今日に限れば横島さんの料理のほうが商品価値が高いんです。だからこちらに票を入れたわけです」


 ほぉー、と観衆から感心の溜息が漏れた。


『ナルホド、こちらも大変納得の行く解説でしたー! それでは結果を繰り返します! 一回戦は、アキノさんの勝利です!』


 おー、ぱちぱちぱち。


『このままアキノさんが連勝して勝負を決めるのか!? それとも横島さんが巻き返して決勝にもつれ込むのか!?
一回戦を見る限りは、実力伯仲ほぼ互角! 二回戦の和食も実に楽しみです! では、これより三十分の休憩に入ります!』





 ――――――――――





「負けたー……」


「……」


 選手控え室にて、横島はショックでテーブルに突っ伏していた。
 明乃は苦笑いするだけで何も言わない。勝った本人が何を言っても嫌味にしかならないと思ったからだ。


ちなみに、勝負は既に始まっていたりする。今回は次に料理を出すのは三時間後。休憩とアイデア出しの時間が含まれているらしい。
 しかし、まだ五分しか経っていないとはいえ、さっぱり何も思いつかない。


「なんだなんだ、様子見に来てみれば、ずいぶんと暗いじゃないか」


「ホウメイさん!?」


「えっ!」


 控え室に入ってきたホウメイに、明乃は驚きの声を上げた。その声に横島も体を起こした。


「一回戦見てたけど、二人とも中々だったよ。どっちが勝ってもおかしくなかった」


 それを聞いて、明乃はちょっと気落ちした。勝ったのに、優れていたのではなく、それは個人の好みでしかないと言われたようで。
 とは言え、好みの差で破れた横島はもっとショックかもしれないが。

 そんな感じで気落ちする二人をしばらく見ていたホウメイは、口を開いた。


「テンカワ。もしあたしがあんたとまったく同じ材料を使ってチャーハンを作ったら、どっちが上手く作れると思う」


「それは……。今はまだホウメイさんだと思います」


「あっはっは、今は、ねぇ。そうだね。今はまだあたしの方が上手く作れると思う。だが、そりゃなんでだい、横島」


「へ? け、経験っスか?」


 急に話を振られた横島は、どもりつつもとっさに答えを返した。


「それも間違っちゃ居ないが、正しくは基礎の蓄積だろうね」


「基礎……」


「そうさ。ギターを上手く弾けるようになるにはどうしたらいい? それはギターを弾き続けるしかない。
自転車に上手く乗れるようになるには? 最初は補助輪があっても良いから、とにかく乗り続けることさ。

じゃあ、料理は?」


 ホウメイは一度言葉を切って二人を見た。


「上手に早く野菜を切りたけりゃ、何百回でも、何万回でも野菜を切り続けるしかない。
煮るのも、蒸すのも、揚げるのも、焼くのも、味付けも、みんな同じさ。基本動作の反復。それが上達への一番の近道だよ。
この材料だからこの切り方、この魚だから蒸し時間はこうする、なんてその次でいい。

じゃあ、基礎も経験も似たような奴らは、どうやって優劣を付けるべきか? それが解った方が、もしかしたら勝つかも知れないね」


「むむ……」


「横島。紙塩って知ってるかい?」


「紙塩?」


「ああ。簡単に言えば、食材の上に濡れた和紙を被せ、その上に塩を振るんだよ。
それによって、食材に淡い塩味をつけることができるっていう、まぁ和食の技法さね」


「へぇ……。そんなやり方もあるんですね」


「テンカワ。紙塩とかを考えた人は天才と言ってもいい。
でもね、出来の良し悪しはともかく、こんなもん遣り方さえ知ってたら誰でも出来る」


「いやいや……。無理っすよ」


「横島。良し悪しはともかくって言ったろ」


「ああ、これも結局は、使う技術が同じなら、やっぱり基礎と経験で出来上がるものに差が出来るってことっすね」


「そういうこと」


「ううん……」
「……」


 明乃と横島はホウメイの言葉に悩んだ。
 大変含蓄のある言葉だったとは思うが、基本が大事なことくらい百も承知。
 実力がほとんど同じなら、あとはアイデア、発想の問題かとも思ったが、そういうことを言っているのではないと思う。
 そういう不安定なものではなく、もっと確固たる何かが……。


「ん? 蓄積……。技術の、経験の蓄積……。あ、このやり方なら……」


 何か閃いたのか、明乃はダッシュで市場に走った。


「うむむむ……」


 横島はいまだ動かない。頭を抱えてうんうん唸っている。


「はっはっは。若いうちはどんどん悩むんだね」


 材料を求めて駆ける明乃、真剣に思い悩む横島。当初のやる気の無さはもう微塵も見られない。
 そんな二人を見てホウメイは愉快そうに笑いながらも、その眼差しは優しかった。





 ――――――――――





『では、調理を開始してください!』


 メグミの合図と共に、明乃と横島は調理に取り掛かった。


『おお!? アキノさんが取り出したのは、海老、さつまいも、茄子、しいたけ、キス、そしてあれは、シソの葉にたらの芽?
ずいぶんとまとまりの無い材料ですが……』


「うむ。恐らくあれは、天ぷらを作ろうとしているのではないだろうか」


 コウイチロウのコメントに、明乃はにやりと笑う。そしてそのまま卵を割り、衣を作り始めた。


『あれは衣ですか!? これはコウイチロウ氏ドンピシャ! アキノさんは、確かに天ぷらを作ろうとしているぞー!?
しかしなぜ天ぷらなんでしょうか? ちょっと訊いてみましょう』


 メグミはアキノの動作の邪魔をしないように正面に回りこみ、マイクを差し出した。


「……私と横島くんの料理の腕前は殆ど差がありません。和食が畑違いなのも同じです。でも天ぷらって揚げ物ですよね?」


 手を全く止めずにメグミの質問に答える明乃。そして突然の明乃からの質問に、メグミは怪訝そうな顔をした。


『天ぷらが揚げ物って、当たり前じゃないですか』


「そうですね。で、私が天ぷらを選んだ理由は、私は和食は作り慣れてませんが、揚げ物には慣れているからです」


『え? …………あ!』


「はい。中華は揚げ物が多いんです。同じ揚げ物なら多少ノウハウが活かせると思いまして」


『なるほど、考えられている! これは期待できそうだー!』


 観客も、皆ほーっ、と感心している。そして、明乃がこうなのだから、否が応にも横島への期待も高まった。

しかし。


 横島は、鍋でご飯を炊いていた。
 いや、それだけではない。刻んでいるのは、おそらく肉じゃがの材料で、味噌の用意までしてある。味噌汁だろうか。
 さらに、今度は明乃のようにてんぷら油まで用意し始めた。


『え、ちょ、ちょっと横島さん? いったい何を……」


「何って、和食」


「いや横島くん! なんで二品以上作ってるんですか! 定食作って1セットとか言う気じゃありませんよね!?」


「そもそも、二品以上作ってはいけないとは言ってないぞ」


「えっ」


 明乃の抗議も一瞬で切り返す。
 実際、メグミの言ったルールは非常にざっくりとしたもので、負けが先行した横島は、その穴を突く気満々だった。


「あ、それに横島くん、その鍋用意されたものじゃないですよね!?」


「費用を器具に使ってはいけないとも言ってない」


「うぐ!」


 横島はまたもさくっと切り返し、料理を続ける横島。
 そして、そうこう言っている内に、明乃のてんぷらが完成した。まだ時間があるとはいえ、横島はまだ半分くらいだ。


「先に食べてもらってもいいぞ。てんぷらは揚げたてがウマいもんな」


「……そうさせてもらいます」


 審査員席に、現地で手に入った材料がふんだんに使われたてんぷらが並べられた。


「美味しそうですねぇ」


「天つゆと抹茶塩が両方用意されているのも良い」


「では、いただきます」


 神父の頂きますで全員試食に取り掛かった。
「美味しい」、「ノウハウがあるとはいえ、慣れない和食でこの出来なら十分」等、反応はおおむね良好。


 そして、全員が明乃の料理を平らげたところで、横島の料理が完成した。


「出来たっス」


 横島が、審査員の前に料理を並べる。
 白いご飯、普通の肉じゃが、しいたけが入った味噌汁、それらに小皿が添えられており、上には葉っぱのてんぷらが二枚。


「横島君、このてんぷらは一体?」


「ユキノシタっス」


「ほう!」


 コウイチロウがなにやら感心している。珍しい素材なのだろうか。


「……あの、横島くん」


「ん? 何、明乃ちゃん」


「これホントに一万円で納まってるんですか?」


 明乃の疑問ももっともだろう。
 横島の肉じゃが定食てんぷら添えは、細かいものも含めると四品でそれが六人分。さらに、ご飯炊き用の鍋まで買っているのだ。


「レシートっス」


 横島がレシートをメグミに差し出す。メグミはそれを見て眉をひそめた。


『横島さん、米と肉じゃがの材料と味噌汁の材料と鍋の時点で一万円ジャストなんですが……』


「えっ! よ、予算オーバー!?」


 明乃の声に会場が騒然とする。ここまで引っ張っておいて反則負けなどお粗末過ぎる。ブーイングまで飛びそうな勢いだ。


 しかし、横島は不敵な笑みを浮かべ、言った。


「一回戦の費用を使えば足りるっスよ」


「いやいや、ルール説明で一戦につき一万円ってちゃんと言ってましたよ」


「確かに。でも、余ったお金を流用しちゃ駄目だとは言ってないぞ」


「はぁ!? お金は勝負が終わったら回収するって言ってましたよね!? 私は返しましたよ!」


「そうやね。ワイも『この三番勝負』が終わればちゃんと返すよ」


「えっ」


 あろうことか、横島は、「勝負」を、「一回戦毎」ではなく、「この勝負全体」と解釈したのだ。
 通常、一戦毎に一万円使い切ると、それぞれの勝率は単純計算で五分。まさに出たとこ勝負。
 しかし、初戦で予算を四千円しか使わなければ、負けたとしても、それ以降一万三千円ずつ予算をつぎ込め、全体の勝率は上がる。


「でも……そんな、曲解も甚だしいです!」


「明乃ちゃん。俺はルールを何一つ破っちゃいない。メグミちゃんも言ってたろ? 説明は良く聴けって」


「……!」


『……いやはや、怖い人ですねぇ、横島さんは。確かにわざと簡単な説明しかしませんでしたが、その隙を平然と利用する所が恐いです』


「まぁでも、実際はちゃんと一万円で収めてるんだけどな」


「えっ」
『えっ』


 えっ、と会場全体が呆気にとられた。
 この男、今まで不敵な悪人笑いをしておきながら、全部冗談だと言っているのである。


『でも、このレシートを見る限り……』


「ああ、ユキノシタは群生してた土地の持ち主に交渉して、タダで貰ったんだよ。
んで、てんぷらにするって言ったら、ついでにっつって油とかもタダで貰えた」


「んな……」


「材料を交渉して手に入れてはいけないとは言ってないからな!」


「…………」


 明乃はかくんと項垂れた。
 その姿は、もう良いですから早く審査に移って下さいと言わんばかりであった。




 で。




 全員、否、零夜を除く全員が、黙々と肉じゃがその他を食べている。


『あの、何かコメントしていただけませんでしょうか?』


「え、うーん、私の貧困な語彙では、普通に美味しいとしか言いようがないね」


 唐巣神父が、困ったように苦笑した。


「…………」


 ルリなどは言葉を発する間も惜しいとばかりに掻きこみ、ご飯をおかわりしていた。


「うむ……。まず味噌汁だが、具が椎茸というのが良い。同じ九州の大分や熊本が椎茸の産地だからかな。良い椎茸を使っている。
かつお出汁と椎茸自体から出る出汁が溶け合い、なんとも言えない旨みが至福だ。
添えてある二枚のユキノシタのてんぷらも嬉しい。油っ気のない、悪く言えばパンチのない献立の中でいいアクセントになっている。
なにより、ユキノシタはたらの芽ほどではないものの、野草の中ではトップクラスにてんぷらに向いた素材だ。
揚げ方もただ揚げただけではない。裏面にだけ衣をつけた「白雪揚げ」だな。なかなか勉強している。
ご飯も良い。炊飯器ではなく、鍋で炊いたご飯は、短時間で炊けて何より炊飯器のそれより格段に美味い。
それと、少し混じっているおこげの香ばしさがまた憎いね。
肉じゃがは……ううむ……。私も神父と同じく、普通に美味いとしか言い様が無いな」


『……なんかもうミスマル提督だけでいいんじゃないかな、と言いたくなるほどの解説ありがとうございました。
と、おや。零夜さんは食べないんですか?』


「……」


 零夜は、目の前のお膳を凝視するばかりだった。
 時折手を伸ばそうとするものの、びくりとすぐに手を引っ込めてしまう。


『零夜さん?』


「う、は、はい。食べます……」


 そうして零夜は、おずおずと味噌汁を一口すする。
 そのままぴたりと動きが止まった。


 その様子にどよめきが広がった。


 しばらくすると、ぎこちないながらも再び動き出し、今度は肉じゃがを数口食べる。
 そしてまた、動きが止まる。


 そしてその体勢のまま、眼からだーっと涙が流れ落ちた。


『えっ!?』


「うっ……うっうっうっ……うううううう…………うえぇぇぇぇぇ」


 そしてそのままテーブルに突っ伏し、肩を震わせ嗚咽を漏らし始めた。


「ちょ、ちょっと零夜ちゃん!? なんか味付け失敗してた!?」


『それとも泣くほど美味しかったんですか!?』


 横島とメグミの声に、零夜の嗚咽と肩の震えがぴたりと止まった。
 そしてゆっくりと顔を上げる。その眼からは、まだはらはらと涙が零れ落ちている。

 そして、何のためらいも無く、『横島』と書かれた札を上げた。


「えっ!?」
『お、おおっとー!? ちょっと零夜さん! まだ審査結果発表の時間ではありませんよ!?』


「私の中では審査するまでもありません」


 まだ涙ぐみつつも一切の逡巡も無く言い切る零夜に、会場はどよめきに包まれた。


『やっぱり泣くほど美味しかったと?』


「勘違いしないで下さい。これは悔し涙です」


『どういうことなんですか?』


「私には、北ちゃんと枝織ちゃんという大好きな幼馴染が居ます。
そして、様々な理由から、北ちゃんたちの食事は私が作っていたんです。……。横島さんが、木連に来るまでは」


 零夜は涙を袖でぐしぐしと拭き、続けた。


「横島さんは最初は雑用とセクハラしかしてませんでしたが、ある日北ちゃんが横島さんが残り物で作ったチャーハンを味見してから、
……変わりました。雑用に加え、食事の大半まで横島さんに任されるようになりました。
最初は、正直に言えば楽になったと思ってました。でも、ある日横島さんが事情があって食事を作る事が出来なかったんです。
それで久しぶりに私が作ったんですが」


『受けが悪かったと』


「……はい。お前のやつより、忠夫の作ったメシの方がうまい、と」


 観客席の北斗が気まずげに目をそらした。


「私は奮起しました。北ちゃんが私の作るご飯を美味しいと言ってくれることが、どれだけ幸せな事だったか失ってから気付いたんです。
横島さんが木連から去った後も研鑚を重ね、どうにか横島さんの味に近づいたかと思ったんですが……。

 …………ッ! こんなっ! こんな何の変哲も無い、珍しい具が入っているわけでもない味噌汁なのにっ!
 憧れた味……。作りたかった味……。悔しい、でもやっぱり美味しい……あの時よりもっ! うう、うううううう……っ!」


 零夜は再び涙を溢れさせつつも食べるのをやめようとしない。
 その様子を笑う者は、ここにはいなかった。


「……」


 横島は鬼気迫る勢いで肉じゃが定食を食べる零夜に戸惑っている。若干引いているといってもいい。
 相変わらず、自分への手放しの評価に慣れてない男である。


『……では皆さん、評価は定まりましたでしょうか? では零夜さん以外は、一斉に、どうぞっ!』



唐巣:横島
キヌ:横島
魔鈴:横島
ルリ:横島
コウ:横島


『これは文句無し!! 二回戦の和食勝負は、横島さんの完全勝利ーっ!』


「……やったか」
「そ、そんな……。まさか全員だなんて……」


 明乃はあまりの結果にショックを隠せない。


「明乃ちゃん。明乃ちゃんは、ホウメイさんの言葉から、一番自分の経験を活かせる料理にしたんだろ?」


「はい……」


「俺も同じ。でも俺の場合もっと単純で、もう和食は門外漢と言えないほどに作り続けた献立だからな。あれ」


「え?」


「定番メニューだったよ、木星ではね。どれだけ作ったかもわからん。
ホウメイさんは、「基礎も経験も似たような奴らは、どうやって優劣を付けるべきか?」って言ってたけど、
そもそも経験が同じやなかったんやから、ワイの勝ちは堅かったと思っとったで。
ま、美味いものを作る事だけに囚われて、経験に勝る事に気付けんかったらわからんかったけどな」


「……」


 木星で作り続けた料理。
 明乃には少々耳に痛い話だった。
 なにしろ、その時の明乃は、行方不明の横島が心配で、まともに料理に取り組んでいなかった時期だからだ。

 だからこそ、その気が無かったにせよ、磨き上げてきた物に、付け焼刃など敵うはずが無かったのだ。

 
 突きつけられた自分の不甲斐なさに悄然とする明乃。そこに、審査員の解説が聞こえてきた。


「正直に言いまして、メインだけで比べると、横島さんの肉じゃがより天河さんの天ぷらのほうが美味しかったですよ。
ですけど、仮に天河さんの料理に汁物や副菜をつけても勝てるかどうか……。それほどまでにバランスよくまとまったメニューですね。
正直、料理を習って二年とちょっとの人にこんなの作られたら、ちょっとばかり危機感を覚えちゃいますね……」


 意外と辛口な魔鈴であるので、この評価はかなりの高評価である事が伺える。


「雪谷食堂に住み込みしてたときにも感じましたが、毎日食べても飽きが来ないですね。
アキノさんのも美味しかったですけど、総合的に見れば横島さんの方に軍配を、ということで」


 ルリも久しぶりに食べた横島の家庭料理に満足したようであった。


 ちなみに、だらだら冷汗を流すだけでおキヌは一言も喋っていない。
 どうやら自分の存在意義について思考を巡らせる一方で、余裕というものが消え失せて危機感だけが残ったようだ。

 念のため言うと、おキヌの家庭料理の腕前が横島に劣っているわけではない。むしろ家庭料理限定なら確実に勝っている。
 料理が出来ないと思い込んでいた横島の為に、ドヤ顔(おキヌ視点)で料理を振舞っていた自分が恥ずかしいのだ。

 ただ、家庭料理はともかく、その他全てをひっくるめれば横島のほうが現在料理の腕は上だったりする。


『えー、それでは改めまして、二回戦は横島さんの勝利です! これで勝敗数はイーブン、決勝戦にもつれ込むこととなりました!
それでは、再び三十分の休憩に入ります!』





 ――――――――――





 料理の審査中、美神と百合子は、密かに味見と称して横島に料理を分けて貰っていた。

 そして、まず味噌汁を一口啜った瞬間、二人は目を見開いた。


 舌に広がる、後を引く椎茸とカツオの出汁の旨み、鼻腔に香る、味噌と、これまた椎茸の風味。
 椎茸からこれだけの出汁が出ているのにかかわらず、具の椎茸も味、歯応え共に十分。
 なぜなら、出汁をとる段階で椎茸を投入し、鰹と一緒に出汁をとる。その後旨味が抜けた椎茸を取り出し、
 具を入れる段階でまた新たに椎茸を投入して出汁が出過ぎない程度に火を通したからである。

 余談だが、出汁が出て旨味が少なくなった椎茸は、醤油・みりん等で甘辛く煮込んで今夜のご飯のお供にするつもりだったりする。


「……この料理を、横島クンが……」


「ふむ……」


百合子はもう一口啜り、


「素材に助けられたわね」


「え?」


「素材が良かったからこその高評価ってこと。この椎茸を見つけられなかったら、もうちょっと票が割れてたかもしれないわね。

 ……とは言え」


 百合子は肉じゃがを食べ、こう続けた。


「いい素材を見つける目と、それを使いこなす腕はある、か」


「……」


「これは、本気で料理人一本で行く事も冗談じゃなくなってきた感じね」


「……」


 美神は、百合子の言葉に言葉を返す事が出来なかった。





 ――――――――――





『えー、第三回戦であるラーメン対決ですが……なんか普通ですねー』


 三回戦が始まって早十分。
 特に目立つ材料を使っているわけでもなければ、特別な技術を使っているわけでもない。
 作る風景も普通そのもの。出来上がるものもきっと普通に美味いだろう。

 だが、その普通に美味い物こそ、難しい。


(私の修行の成果……。見せます!)


 明乃は細心の注意を払い、茹で上がろうとする麺を見つめていた。





 そしてさらに数十分。特に波乱があるわけでもなく、二人のラーメンは完成した。


 透明感のある鶏がら醤油スープにチャーシューが一枚、青ねぎともやしが多め、そしてゴマが少々。
 シンプル極まるラーメンだ。


「ううん……。私には全く同じものに見えますけど」


 零夜が二つのドンブリを見比べつつ言った。


「そう言えば、ナデシコでもお二人の作ったラーメンは区別できていませんでした。恥ずかしながら」


 ルリも同意するように言った。


「こうしていても仕方ない。伸びる前に食べようではないですか」


 湯気で曇る眼鏡をちょっと気にしつつ、唐巣が周囲を促した。
 それに反対する者が居る訳も無く、各々がラーメンの試食に取り掛かる。


「……おいしい」


 おキヌが思わずこぼしてしまった言葉は、まさしく審査員の総意だった。


「麺はスープがよく絡むちぢれ麺か。あっさり系のスープだからこの選択は正しい。
ちぢれているのにつるりと喉越しがいいね。スープはあっさりとしつつコクもあり、具も全体のバランスを壊さず引き立てている。
技術に荒さは感じるものの、修行期間を考えたら十分すぎる一品だ。素晴らしい」


「あっさりとしたものを美味しく作るのって難しいんですよね。オーダーされるものは、どちらかと言えば濃い味のものが多いですし。
誤解されるのを承知で言いますが、濃い味は淡い味より誤魔化しが効き易いんです。でも敢えて真っ向勝負のあっさり醤油。
これなら毎日でも食べられますね。当たり前の食材で美味しいものを作る。私の料理の理念に近しいものを感じます」


「……お二人の後でのコメントは差し控えるよ」


 コウイチロウと魔鈴のコメントに、唐巣は苦笑しつつ言った。


 明乃は、高評価が下されるのを聞きながら、ふと横島のラーメンが気になった。
 同じ材料、同じ工程。でも、自分のラーメンとは違うものを、ほんのかすかに感じた気がした。


「あの、横島くん、ちょっと横島くんのラーメン、もらってもいいですか?」


「え? えーけど。ワイにもちょっとちょうだい」


 そして、自分とほぼ同じに思えるラーメンを啜り、ぴし。と固まる。


(やられた!)


 にわかに冷汗が噴き出すのを感じる。
 明乃は、シンプルな自分のラーメンに、アクセントとして香ばしさを加えるため、白ゴマを少々振ってある。
 それは横島のものも同じだったのだが……。


(普通のゴマと、すりゴマも入れてある……!)


 ゴマは、噛んで潰した時に一番風味と旨みを感じる。だが、噛み潰されない限りそれなりの風味しかしないということでもある。
 そこで横島は普通の物と一緒にゴマを擂って入れたのだ。噛んだ瞬間の鮮烈さは劣るが、舌に広がる旨みは断然上だ。
 だから両方入れたのだろう。普通のゴマしか使わなかった自分と違って。

 しかも、二種のゴマを使っても、ラーメンの味のバランスはギリギリ崩されていない。
 淡い味付けのラーメンは具材にも気を使う。濃いチャーシューを何枚も入れてはスープが台無しになってしまう。
 バランスを崩さずに旨みを加えるのに、自分のゴマ以上のものはないと思っていたのだが。

(少しだけ、ほんの少しだけだけど、上を行かれた……?)


 明乃は固唾を呑んで審査員席を見た。
 正直、自分のラーメンにこれ以上の工夫はない。ゴマ以外は恐らくほぼ同じ。
 
 ならば、結果は、私の負け……?


『ミスマル提督と魔鈴さんのコメント無双! それにしても見た目に反して全員が高評価! 果たして軍配はどちらにー!?
それでは皆さんよろしいですか? それでは、皆さんどうぞー!』


唐巣:引き分け
キヌ:引き分け
魔鈴:明乃
零夜:引き分け
ルリ:引き分け
コウ:横島


 上げられた札に、観客席が大きくどよめいた。
 引き分けであったことに、ではない。引き分け以外の評価を下した者が居た事だ。しかも、それは味の評価に定評のある二人。


『えっと……お二人は、なぜそれぞれ異なるほうに投票したのでしょう?』


「……」
「……」


 質問を向けられた魔鈴とコウイチロウは、少しだけ困ったように顔を見合わせた。


「私は、自分の信念に従い、優れていると思ったほうに投票しただけです」


「私も同じだ」


『えっと、それだけでしょうか?』


 短いコメントに、メグミはさらにコメントを期待するも、二人はそれ以上のことを言う気はないようだ。


『えー、では、最終戦は引き分けに終わったため、特別審査員、ユキタニ・サイゾウ氏にジャッジを下していただきましょう!』


「……はぁ」


 引き分けに終わったときから二人のラーメンを試食していたサイゾウは、腕を組んだままため息をついた。
 そしておもむろに口を開いた。





「テンカワの勝ち」





 ――――――――――





 気が付けば横島は控え室に戻っていた。明乃の姿は見えない。きっと、友人たちに手荒く祝福されている事だろう。
 横島は、この結果にかなりの衝撃を受けていた。引き分けになるなら解る。だが、何が原因で負けたのか。

 控え室の入り口から、友人・仲間の盛り上がる声や、料理に舌鼓をうつ声が聞こえている。

 その声もひどく遠く感じる。
 三本勝負に負けたのは悔しい。しかしそれ以上に疑問が先行している。


「納得いってねぇ、てツラだな」


「!!」


 入り口から、サイゾウが姿を現していた。


「サイゾウさん、なんで」


 横島がサイゾウにラーメンの結果の是非を問おうとした時、サイゾウは手を掲げ発言を遮る。


「わあってるよ。すりゴマだろ? んで、純粋な味ならほんのちょっとだけ横島のが上だったがなぜこの結果なんだってトコだろ」


 サイゾウは面倒臭そうに頭を掻く。
 

「理由は簡単だ。横島のラーメンはギリギリだからだ。味のバランスが絶妙で、これ以上足したり引いたりできねぇ」


「え、それが何か悪いんスか……?」


「お前、客にコショウも紅しょうがもラー油も使わせねぇ気か? ネギ増量も? チャーシュー追加も?
私のラーメンはこれで完璧なのでコショウもなにもかけないで下さいって客に言うのか?」


「あっ」


「大衆食堂にンなお高くとまったラーメンを出せるかよ。かと言って、薬味を許せばテンカワのラーメンと変わらねぇ。
……いや、すりゴマを入れてる分普通のゴマが少ないから、薬味を入れりゃあテンカワのが上になる。
薬味を足したらすりゴマの旨みはややボケるが、普通のゴマは噛んだときに旨みが出るから薬味を足してもちゃんと主張する。
ゆとりがねぇのよ。お前のラーメンはな。そこが、テンカワのラーメンが僅かでも優越する所さ」


「う……」


「つーかよ、ぶっちゃけた話、薬味を足さなかった所で誰に味の違いが解ンだ? 別に客を馬鹿にしてるワケじゃねえよ。
だが実際、お前らの料理を良く食うルリの嬢ちゃんもそうだが、それなりに料理を知ってそうなあいつら(唐巣、おキヌ、零夜)も、
味の違いが解ってなかったじゃねぇか」


「…………」


 もはや横島に言葉はない。何か言おうと口を開こうとするも言葉が見つからない。


「ま、テンカワも勝った理由は解ってねーだろうけどな。

 やっぱお前ら…………十年早ぇよ」


 サイゾウは、立ち尽くす横島の肩をポンと叩き、控え室から出て行った。


 お高くとまっている。サイゾウはそう言った。
 結果としてそうなったが、もちろん横島にそんなつもりはない。ただ、ぎりぎりまで旨さを追求したかっただけで。
 しかしそれこそが負けた原因なのだから笑えない話だ。

 横島がふと顔を上げると、サイゾウと入れ替わるように、美神が入り口から顔を覗かせているのが見えた。


「や、やっほー?」




 明乃は浮かれていた。
 何はともあれ、勝ったのだ。最後だけは勝った理由が解らないが。
 それはともかく、今から仲良く反省会だ。勝った試合は僅差で、負けた試合は圧倒的だった。
 それを考えると実質は明乃の負けかもしれないが、正直勝ち負けよりも横島と語り合えるのが嬉しい。

 最近(最初から?)押しの強いモモでも、料理の事では二人の間には入ってこられないから。


(……あれ、横島くんと、美神さん?)


 何を話しているのだろうか。明乃は、ついその場で耳をそばだててしまった。





「美神さん……」


「あー、なんてゆーの? ホラ、最後なんでだか負けちゃったし、近く通りかかったから、一応、様子を見ようかと……」


 珍しくしどろもどろになる美神の様子に、横島は美神が来た理由をなんとなく察した。


「別に落ち込んでなんかないっスよ。内容はほぼ互角でしたし、明乃ちゃんとは料理に関してはライバルと言うより競い合う友とゆーか。
負けて元々、ってゆーか」


「ふーん。じゃあ悔しくないっての?」


「そりゃそうっスよ。今回はまぁ、残念でしたけど、それに元々、負けて悔しがるタチでもないし」


「だったら横島クン、




 なんで、泣いてんの?」




「えっ…………?」


 横島は、とっさに自分の顔に触れた。確かに目から流れ出る水分の感触がある。


「え、あれ、なんで……? はは、っかしーな、なんで涙なんか……?」


 横島は真剣に戸惑う。悲しいはずがない。悔しくなんかあるはずもない。でも、確かに涙は止まらない。


 以前、横島はワルキューレに戦力外通告をされた事があった。
 霊能を身につけても特に鍛えたりはしていなかった横島だが、あの時は悔しかった。涙も出た。
 それがきっかけで行った修行で、人類最高峰の霊能力の一つである文珠を身につけたのは感心すべきか呆れるべきか。


 言うまでも無く、明乃は横島にとって好ましい人物だ。腕前もほぼ差は無いとは言え明乃に一日の長があることは確かだ。
 それに、上記の様な例外があるとは言え、横島は女絡みでなければ勝負事には執着はあまりしない。
 言い方は悪いが、負けてもへらへらとして、真剣にやってるやつには勝てませんという態度で過ごしてきた横島だ。


 でもなぜか涙が止まらない。
 自分より料理歴の長い美少女に、ほとんどお遊びのような舞台で僅差で負けた。
 涙が出る要素なんて、あるはずが無いのに。


(負けたら涙が出るくらい、真剣だったのね。横島クン)


 美神は、涙を流しながら戸惑う横島に向け、咳払いしながら言った。


「おほん、横島クン。結果がどうだろうと、何処の誰が何と言おうと、これだけは言わせてもらうわ」


「……?」


「料理は一通り味見させてもらったけど、どれもこれも文句がつけられないくらい美味しかったわよ」


「え……」


 横島は、美神の言葉に目を見開いた。涙は止まっていた。
 だが次の瞬間、先程より大量の涙があふれ出てきた。


「え、何事!?」


「みがみざん……!」


「な、何……?」





「おれ、ずっど、みがみざんに、褒めでもらいだがっだんでず……っ」





「は、はぁ!?」


 美神は面食らうが、確かにそうである。
 雇った当初は足を引っ張る荷物持ち、霊能力を身につけても修行なんてしない。
 文珠を取得しても、いつものノリとセクハラにより叱られてばかり。

 美神が心の中で横島のことを認めていようと、口に出さねば伝わるわけがない。
 横島がどれだけ美神に褒めて欲しかったかなど、美神は全く察せていなかった。
 迂闊に褒めれば調子に乗る。今更褒めるのもなんか、ねぇ。といった感じで、結局殆ど褒めたことはない。


「褒めでもらいだがっだんでず……っ」


「それは解ったから……。あー、その、んんっ! あーもー!!」


 美神はがりがりと頭を掻き、半ばやけになって言った。


「GSの仕事も泣くくらい真剣にやったらどーなのまったく……! 褒めて欲しいんでしょ、ええ?
あんた一応珍しい能力持ってんだから、真面目に仕事して活躍したら、次はちゃんと誉めてやるわよ!
褒めるだけならタダだしね!」


「はい……っ」


「う、嬉しいのは解ったからいい加減泣きやめ! 男の子でしょ!!」


 何故か頬が熱くなってきた美神は、それを誤魔化すように声を張り上げるのだった。





 ――――――――――




 薄々は、解っていた。


 横島との話の中に頻繁に出てきた「美神さん」という単語。
 実際会ってみて解る、乱暴ながらも深い信頼が垣間見えるやり取り。

 つまり、


「あの馬鹿息子、ええ歳こいてよう泣くわ」


「っ!?」


 突如背後に現れた気配に、明乃は飛び上がらんばかりに驚いた。


「なかなかの料理作るから、料理人一本でやらせようと思ったけど、暫くは二束のわらじね。これは」


 百合子は、泣く息子の姿に苦笑しつつも、その目は温かかった。


「未来で、よっぽどいい関係を築けたのね。この様子だと」


 そう言って、明乃を流し見た。


「さぁて、そろそろ宿六のとこにでも戻るかー。ナンパの一つや二つはやってそうだしねー!」


 百合子はぐっと背中を伸ばし、隣で目を白黒させている明乃の肩をぽん、と叩く。


「明乃さん、だっけ? あなたも頑張ってね。応援してるわよ」


 百合子はニヤリと笑い、返事も待たずに立ち去った。


「……」


 明乃は遠ざかる百合子の背中を暫く眺めたが、間もなく横島らに視線を戻した。
 今の彼らに、間に割り込む隙間は見えない。

 だが。だがそれでも、


「負けない」
「まけない」


 明乃は、今度は驚かずに振り向いた。なんとなく居るような気はしていた。


「モモ」


「まけない。あの人にも。明乃にも」


「ふふ、そうね。私も負けない。美神さんにも、勿論モモにも」



 そう。



(絶対に…………!)










 明乃の戦いは、終わらない。









 end










 あとがき

 つまり何が言いたいかというと、公式カップリングの壁は厚いということです。
 再構成ならともかく、原作アフターでは、原作キャラの間に築かれてきた絆は相当固いはず。

 ぽっと出の明乃がそうそう割り込めるわけないですよね。常識的に考えれば。


 でもそんなこと諦める理由にはならぬと明乃とモモは息巻いてますがw


 ちなみに、時間軸はエピローグのちょっと前くらいです。


 最後に、料理に関する突っ込みはご遠慮くださいw
 最後のラーメンの評価について、魔鈴さんが明乃に票を入れた理由は、商品として見た場合、明乃のほうが優れていたため。
 コウイチロウが横島に票を入れた理由は、純粋に味だけで見た場合横島のほうが僅かに上だったからです。

 

 






感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ああくそう、なんでこう、夜に腹が減る物をw
てんぷら食いたくなってきたじゃないですかw

夜中に食い物の出てくる小説とか読んじゃいけませんね、池波正太郎とかベルガリアードとかw


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