ハーリーは走る。零夜を抱きかかえ、自分の家へと。

   全力で疾走しながらハーリーは自分の迂闊さを呪った。





   運 命 と 世 界 に 愛 さ れ し 者


           第二章  運命旅立ち






   北斗との戦闘の最中に突然姿を消したハーリーは自分の家へと戻っていた。

   自分の部屋に足を踏み入れた瞬間に飛びついてくる赤い髪の少女。

   「お兄ちゃん! 香織を置いてどこに行ってたの!!」

   「すまない。ちょっとした客人と会ってきていたんだ」

   寝起きなのだろう、パジャマ姿の香織が両手を振って激怒。

   しかし、

   「仕方がなかったんだ。勘弁してくれよ」

   ハーリーが頭を撫でてくれたから、許すことにする。

   香織は猫のように目を細めながらハーリーの身体に腕を回し、抱きしめる。

   「・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・・」

   一度きゅと、腕に力を込めてから、香織はハーリーの身体から腕を外した。

   「お兄ちゃんは香織に黙って居なくなっちゃだめなんだよ」

   「ああ、わかってるよ。ただ今日会ってきた客はちょっと危険な人だから香
   織には会わせたくなかったんだ」

   「ほほう、俺はそんなに危険なのか」

   ハーリーの背後から聞こえてくる静かに、だが確かな怒気を放つ人物。

   振り返ることなくハーリーは続ける。

   「おやまあ、北斗さん。無事にこの部屋まで辿り着けましたか」

   「どういう意味だ。それは」

   「いや、かなりの方向音痴と聞いていたから一人でここにこれるとはちょっ
   と、思っていなくて」

   「そこまで酷くはない」

   ハーリーの後ろに隠れる少女に目をつけた北斗がにやりと笑う。

   「しかし、マキビ。俺の知らない五年の間にそんな大きな子供を作るとは
   やるじゃないか。帰ったら真っ先にルリに教えてやろう」

   北斗はハーリーの慌てる様子を心に描いてほくそ笑む。

   ゆっくりとハーリーが振り返る。

   「言ってくれるんですか。じゃあお願いします」

   「おいっ! ほんとにいいのか」

   あまりに平然と返すハーリーの言葉に、逆に北斗が驚かされた。

   「・・・・いいですよ」

   思わずハーリーの言葉が信じられず、その顔をじっと見つめる。

   「・・・・・・・お兄ちゃん」

   香織がハーリーの背中を軽く抓って意識をこっちに向けさせる。

   「この人誰?」

   香織の視線の先には北斗が居る。

   その視線を受けて、北斗がにやりと笑みを浮かべた。

   「お前が引っ付いている男の師である天川 北斗だ」

   うう、と香織がその小さな身体をさらに縮めてしまう。

   「ほら、香織。噛み付いたりしないから大丈夫だからご挨拶は?」

   「・・・・・・・はい。あ、あのマキビ・香織です」

   「よろしく、香織」

   「は、はい」

   握手を求める北斗にやや怯えながら、香織はそれに応える。

   大きいとはけして言えない北斗の手でも包んでしまえるほど、香織の手は
  まだまだ小さかった。

   握手の後、香織はちょっと不機嫌そうにハーリーに向き直る。 
  
   「ルリさんて、誰?」

   「ん、ルリさんはね。俺が好きだった人、初恋の人」

   「どんな人、綺麗な人なの。どこであったの、ねえお兄ちゃん。教えて、
   教えて。ねえねえねえねえ」

   「それはね」

   「うんうん」

   香織はハーリーの言葉を聞き漏らさないように、聞く体勢をとった。

   「・・・・・・・・・その前に」

   「うん?」

   「顔を洗って、服を着替えてくること」

   「・・・・・・・・はーい」

   香織はしぶしぶ奥の部屋へと歩いて行く。

   「お兄ちゃんっ」

   途中で香織が振り返る。

   「今日はどんな髪型にしてくれるの」

   「そうだな、三つ編みにでもするか」

   「うんっ、じゃあ櫛と髪留めも持ってくるね」

   「ああ、二つともいつもの所にあるからね」

   「はーい」

   くるりんとその場で回って元気な返事をして香織は奥の部屋へと走る。

   「ふぅん、ずいぶんと素直でいい子じゃないか」

   「ええ、自慢の義娘ですよ」

   ハーリーの顔が心底嬉しそうにほころぶ。

   「はっ、ハーリーに娘がいたのにも驚いたが、さらに自慢されるとはな」

   それを聞いてハーリーは苦笑いを浮かべる。

   ・・・・・自分の娘だって事、完全に忘れてるな。こりゃ。

   あの・・・、と声をかけようとした時、横から声がかかった。

   「おにぃ〜ちゃん」

   素早く着替えを終えた香織が三種の神器を持ってやってくる。

   「はいっ、櫛と髪留めと鏡。今日も可愛くしてね」

   その三つを受け取ったハーリーは、ポンと軽く香織の頭を叩いて引き寄せる。

   「今日は重大発表があるから、特に可愛くするよ」

   それから顔を北斗に向ける。

   「北斗さん、すいませんが枝織さんになってそこの椅子に座っていてくれま
   せんか」

   「なんで枝織をださねばならないんだ。ハーリー」

   進められた椅子に北斗は座る。

   「まあ、いろいろあるんですよ。北斗さんには挨拶しましたけど枝織さんに
   はまだなんですよ。挨拶はきちんとしないと」

   ハーリーによって香織の髪が梳かされ、三つ編みに編み上げられていく。

   「随分手慣れてるな」

   「毎日やってますから。っと、出来た」

   「ありがとー」

   三つ編みに編み上げられた香織の頭にちょこんとウサギの耳を思わすような、
  やや細目のリボンがのっかっていた。

   ハーリーは手鏡を香織に向けてやる。
              フロイライン
   「いかがですか、 お嬢さん 」

   自分の顔を色々な角度で鏡に写して眺めると、満足そうに笑みを浮かべた。

   「なかなか・・・・・よろしくってよ」

   「はは、光栄の至り」

   鏡を脇に挟んだハーリーは左手を胸に恭しく頭を下げる。

   顔をあげると香織と目が合った。

   数秒の沈黙の後。

   突然二人は笑い出す。

   「お兄ちゃん、似合わなーーーーい」

   「お前こそ、そう言うことは」

   ハーリーの指がまだ真っ平らなその胸を軽く突く。

   「ここがもっと立派に育ってからするように」

   不満げに口を尖らせた香織がその手を払い、胸を張る。

   「ふーんだ。もう少ししたらもっとバイーンってくらい、大きくなるもん」

   両手でその大きさを表している。

   その大きさは身体よりも大きい。

   「・・・・・・マキビ・・・・・・!!」

   北斗から声がかかる。

   「いつまで待たせるつもりだ」

   「枝織さんに変わっていただけてないようなんで、まだ駄目です」

   「マキビ!!」

   ゆ〜っくりと、

   「駄目です」

   ハーリーが振り返る。

   サングラスに遮られているはずの金色の瞳が光る。

   突然北斗は言い様のない重圧に襲われた。

   全身が危機を感じてかってに緊張状態に陥る。

   ・・・・・なんだこのプレッシャーは・・・アキトと同等、いやそれ以上だ。

   「枝織さんに変わっていただけなければ、天川さんのことも」

   「!!」

   爆発的に北斗の身体に力がわき上がった。

   だが、

   ハーリーの持つ冷たい金色の光が北斗を縛る。

   「・・・・・・・・・・・・くっ」

   「どうしますか。変わっていただけるなら天川さんの事をお話ししますよ」

   ハーリーの口調に挑発的なものが混じる。

   今まで以上に全身に力を込め、吹き出すようにして発現した朱金の昂氣がハー
  リーの呪縛を、打ち破った。

   「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

   自由になった北斗の腕が昂氣を纏いハーリーを襲う。

   目標はハーリーの喉元。ただの一撃で全てが決する。

   瞬時にハーリーの腕が跳ね上がった。

   強引に北斗の動きが止められる。

   「第二ラウンド開始と・・・・・いきますか?」

   北斗の目の前に運命があった。刃のない運命が。

   「いくら北斗さんでも、無傷で勝てるとは思ってないですよね」

   「・・・・・・・・・・・・・・」

   「これでも昔よりはかなり強くなったと思いますよ。そうですね」

   やや考えてから、

   「世界で3番目くらいには」   

   口元には笑みがある。

   だが構えはまだ解いていない。

   北斗の視線がハーリーの視線と交差する。

   ハーリーは北斗の視線を真っ正面から受け止めた。

   「世界で3番程度が俺に勝てると思うか」

   「香織のためなら世界で一番になりましょう」

   「おにいちゃん」

   北斗は身体から力を抜いて、構えを解いた。

   「わかった、わかった。俺の負けだ」

   目を瞑って枝織の人格を表へと浮かび上がらせる。

   ゆっくりと目を開けたその時には雰囲気ががらりと変わっていた。

   「久しぶりだね。ハーリーくん」

   「お久しぶりです。枝織さん」

   ハーリーは黒衣の懐に運命をしまう。

   「ねえねえ、ハーリーくん。アーくんはどこなの? わたしなら教えてくれる
   んだよね。早く教えて、教えて」

   「慌てないでください」

   香織を呼んで、枝織の前に立たす。

   「わかりますか、枝織さん。あなたの娘の香織です」

   「えっ、私の娘!」

   枝織は香織の顔をよく見た後、腕を組んで考える。

   「あなたと天川さんの間にできた娘ですよ。五年前に俺の所に預けていった」

   「おにぃちゃん」

   不安げな表情をして泣きそうな声で香織がハーリーを呼ぶ。

   ハーリーは後ろから香織の身体に腕を回し、軽く抱きしめてやる。

   香織の小さな手がその腕を掴む。

   「ああっ!! そう言えば昔ここに子供を置いていった事があったかも・・」

   「枝織さん!! 置いていった、じゃなくて預けていったんでしょう」

   「えー、そうだっけ。確か・・・・育て方がわからないし、めんどくさいし、
   アーくんと遊ぶのにも邪魔だから・・・・・置いていった気が・・・・」

   「・・・・・おにぃちゃん・・・・・香織はいらない子なの」

   「そんなことはない。たとえ枝織さんがなんと言おうと俺には大事な子だよ」

   ハーリーは香織を抱き上げ、両腕で抱きしめる。

   「ハーリーくん、ハーリーくん。そんなことよりアーくんの居場所は?」

   「・・・・・・天川さんならこの住所の所に居ますよ」

   内からこみ上げるどす黒い物を腹の奥底に押しとどめ、ハーリーは一枚の紙を
  震えながら、枝織に渡した。

   ・・・・・この人にまともな常識や親心を期待した俺が、バカだった。

   暗い後悔の念に押しつぶされそうになりながらも、枝織に話しかける。

   「枝織さん、俺にこの山を下りる許可をいただけませんか」

   「んー、いーよー」

   紙に書いてある文字を見ながら枝織は言う。

   「香織、許可が出たから約束通り、この山から下りよう」

   泣いている香織の背中を優しく叩きながらハーリーは奥へと進む。

   「おにぃちゃんは香織といつまでも一緒だよね」

   ハーリーの肩に顔をくっつけて香織が小さな声で呟く。

   「香織が一緒に居たいと思っていてくれてる限りはね」

   「・・・・・ありがとう。それと・・・・・大好き」

   香織は涙を目にためながらも、嬉しそうに言う。
 
   最後だけは口の中で呟いただけに留まったが。

   「ハーリーくん」

   「なんですか」

   枝織は紙をハーリーに差し出す。

   「読めない、読んで」

   「なんで読めないんですか」

   ハーリーは紙を受け取り、文面を見る。

   仏蘭西語だった。

   「すいません。つい癖で」

   改めて紙に住所を書き込もうとする、が。

   「日本語ってどう書くんだっけ」

   忘れていた。

   「ハーリーくん」

   枝織がハーリーを睨む。

   「随分長いこと日本語から離れていましたから」

   「前の手紙は独逸語、今回は仏蘭西語。いったいどこにいってたの」

   「そうですね。伯林、倫敦、香港、大阪、巴里、独逸、東京、桑港(サンフラ
   ンシスコ)ってとこですかね」

   「いろんなとこに行ってたんだね」

   「ええ、だから言葉や文字の種類が多くてあまり使っていないのはちょっと
   思いだし難いんです」

   しばらくの逡巡の後、無事紙に書き終えたハーリーはそれを返す。

   「住所はビースランド城、地下3階、第五物置」

   枝織は訝しげな顔でハーリーを見る。

   「ほんとにここにアーくんがいるの?」

   「信用するかしないかはおまかせします。そうそう、これを忘れてました」

   ハーリーは古びた洋皮紙を差し出す。

   どうやら二つに切られた物らしく、文面の右半分が途切れている。

   「なにこれ」

   「その物置全体にかけられた封印を解くための鍵です」

   「これをどうするの?」

   「それを持っていけば封印が解かれます」

   「ふーん。じゃあ、零夜ちゃんと帰るね。バイバイ」

   もう用は済んだとばかりに枝織はきびすを返して外へと向かう。

   が、途中でその足が止まる。

   「あれ、零夜ちゃんはどこにいるんだっけ」

   「そう言われてみれば、さっきから見てないような気がします」

   さっとハーリーの顔色が変わる。

   「まさか、あのまま」

   ハーリーの手がめまぐるしく動き、印を組む。

   ≪世界は運命に危機を知らせる≫

   言葉が響くのと同時にハーリーの脳裏に一つの映像が浮かぶ。

   それは、肉塊と化した左腕をだらりと垂らして、虚ろな目で彷徨い歩く零夜。

   「れ、零夜さんが大怪我して、吹雪の中を彷徨ってる」

   「ハーリーくん、冗談でもそんなこと言っちゃだめだよ」

   頬を膨らませて枝織がハーリーに詰め寄る。

   ハーリーはそれを無視。

   「香織、急いで手術室の準備を」

   「使う道具はなに?」

   「中華包丁とカメラとまな板」

   ハーリーの腕の中から香織は滑り下りる。

   「五分で戻る!!」

   走り出す香織の方を見ることなく、ハーリーも走り出した。

   苦しげに顔を歪ませて・・・・・。

   その場に取り残された枝織はただぽつんと立ちすくんでいた。

   「くすん、誰も枝織をみてくれない」














   五分とたたずにハーリーは扉を蹴り開けて帰ってきた。

   その腕の中にはぐったりとして動かない零夜がいた。

   全身を黒いコートに包まれているため外傷は見つけられない。

   しかし血が固まった鼻と耳は黒ずんで、顔は雪の様に白く変色していた。

   「零夜ちゃん!!」

   零夜の変わり果てた姿を見て、枝織が悲鳴を上げる。

   「いったいどうして・・・・どうして零夜ちゃんがこんなことになったの!」

   枝織は近づいてくるハーリーに疑問をぶつけた。

   しかし、ハーリーはそれには答えず、

   「それは後でお話しします。今は零夜さんの治療が先です」

   枝織をかわして奥へと進む。

   だが、枝織はハーリーの進路を塞ぐ。

   「だめっ!! 今教えてくれなきゃ、通さないもん」

   「そんなことをしている場合ではないでしょう。そこをどいて下さい」

   奥の部屋から香織が顔をだした。

   「部屋の殺菌、道具の準備が出来たよ。お兄ちゃん」

   「御苦労、後は俺一人でやる」

   「・・・・・・うん・・・・・その人、なんとかなるの」

   「香織、いつも言っているだろ。何とかなるじゃない、なんとかするんだ」

   ハーリーは奥の部屋へ行こうとするが、枝織がそれをさせない。

   「ハーリーくん!! 説明して」

   「後でしますから、今は大人しく待っていてください」

   「だめだよ。そんなの信じられない。それにハーリーくんなんかじゃ治せな
   いよ。イネスさんを呼んで!」

   睨み付ける枝織を冷めた目でハーリーは見つめ、溜息を吐き、静かに言った。

   「どうぞ、勝手にイネスさんでも誰でも呼んで下さって良いですよ。
   あなたにできればですけど」

   腕の中の零夜を枝織の上に落とす。

   「ああっ!!」

   慌てて零夜を受け止める。

   「ハーリーくんなんて事するの!!」

   枝織の怒声を聞き流し、ハーリーは椅子を引き寄せ逆に座った。

   「大丈夫、零夜ちゃん」

   枝織は動かない零夜に優しく声をかける。

   だが零夜からの返答はない。

   「なにしてるのハーリーくん! 早くみんなを呼んで!!」

   零夜から顔を離さず枝織が叫んだ。

   「どうぞ。ここにある物でしたら勝手に使っていただいて構いませんよ」

   それに対してのハーリーの返事は冷たい物だった。

   「ただし、ここには通信設備なんて気の利いた物はありませんよ」

   「どうしてないの!!」

   ヒステリックに叫ぶ枝織の声に顔をしかめつつ、

   「北斗さんが許してくれなかったんですよ。そんな物があると修行の妨げに
   なると言って、おかげで今時の流行なんてまったくだ」

   枝織が突然俯いた。

   その次の瞬間、

   「マキビ!!  いいかげんにしろ!!!」

   怒りのあまり、北斗の人格が出てきたようだ。

   「お前の話などどうでもいい。早く零夜をイネスの所に運べ!!」

   「さっきから言ってますように、勝手に使っ」

   ハーリーの言葉が途中で遮られた。

   「ハーリー、死にたくなければ」

   北斗の腕がハーリーに向けられ、その手から伸びた細く鋭い鋼線がその首に巻
  き付いていた。

   「死にたくなければ、なんです。北斗さん」

   ハーリーは気にした風もなく言い放つ。

   「零夜を」

   「お断りします」

   きっぱりとしたハーリーの言葉が北斗の言葉を切った。

   「その鋼線で俺を殺したい、どうぞご自由に。そんな物で殺せればの話ですが」

   「・・・・・なんだと」

   殺気が身体から溢れる。

   「やるなら早くしたらどうです。早く零夜さんを治療しないと、血が凍ったせ
   いで破壊された毛細血管にまた血が流れ込んで、流れなくなった血が溜まって
   膨れあがり、見るも無惨な姿になりますよ」

   一瞬の沈黙の後。

   「なら、死ね」

   ハーリーの方を見もせず鋼線が引かれ、首が切られた。

   部屋に血の臭いが広がる。

   確かな感触を北斗に伝えた鋼線が戻ってきた。

   それを手に北斗は立ち上がる。

   が、突然北斗は首に痛みを感じた。

   「!!」

   その正体を知る間もなく、北斗の身体が激しく震える。

   それが自分の意志ではないことは顔を見れば一目瞭然だ。

   目が見開かれ、半開きにされた口の中で舌が震え、全身ががくがくと痙攣する。

   首に巻き付いた物からの強烈な電流が北斗の身体に流れているのだ。

   流される電流に反応した筋肉が、肉体の苦痛とはまた別なところで不随意の反応
  を繰り返している。

   あまりにも不意に、完全に警戒を解いたときの攻撃に北斗は反応出来なかった。

   電流によって完全に身体の自由を奪われた北斗に為すすべはない。

   昂氣によって意識的に不死身に近くなりはするが、基本的には人間である。

   ならば電気に対しては抵抗できない。

   やがて流されていた電流が停止した。

   意識と共に全身から力が抜けた北斗ががっくりと膝をついた。

   北斗の首から黒いひもの様な物がはずれる。

   それは素速く引き戻されていく。

   その先は、

   「だてに不死身と呼ばれているわけじゃないんですよ」

   全く変わらぬ姿で座っているハーリーの右袖の中だ。

   だが、やや声の調子が悪い。しかし二度ほど咳をするとそれも直る。

   北斗の鋼線により確かにハーリーの首は切られた。

   だがしかし、切るのと同じ速度で修復されてもいた。

   だから結果的に鋼線は、ハーリーの首の中を通り過ぎただけに過ぎない。

   「くだらない口論で時間を食ったな」

   ハーリーは北斗の腕から零夜を抱き上げると奥へと進む。

   奥から出てきた香織に次の指示を、すれ違いざまに伝えた。

   「北斗さんを動けないように拘束して置いてくれ。薬の使用も認める」

   「うん、わかった」

   ハーリーは奥の手術室へ、香織は道具を取りに。

   再びこの部屋に北斗だけが取り残された。














   身体を揺さぶられて北斗は目を開いた。

   目の前には白衣を着たハーリーがいる。

   「おはようございます、北斗さん。手荒なまねをして申し訳ありませんでした」

   胸に手を当てたハーリーが深々と頭を下げる。

   「・・・・・・あ、ああ」

   まだ頭のはっきりしない北斗は曖昧に頷く。

   周りを見てみると、気を失う前にいたハーリーの部屋の中で椅子に座っていた。

   「さて、零夜さんのことですが」

   「そうだ! 零夜はどうなった!!」

   「ご安心下さい。手術は、無事、成功いたしました」

   「零夜に早く合わせろ。今すぐにだ!」

   「わかっておりますよ。では、お呼びいたしましょう」

   かなり芝居かかった動きで、何故か天井から垂れている紐をぐいと引っ張った。

   そしてまた、何故かひどく華美な装飾がされた重厚な扉がゆっくりと開いた。

   その奥から出てきたのは・・・・・・・・・。

   「ロボだーーーーーーーーーーー!!!!」

   四角い箱を連結させたような身体。

   丸い大きな目。

   妙にカクカク動く手足。

   その姿を見て北斗は思わず絶叫した。

   「失礼な!!」

   ひどく憤慨したハーリーが、ピシッと白衣を正し、大きく両手を開き言った。

   ちなみに腰が奇妙な角度で曲がっている。

   「あれは傷ついた零夜さんの新たな姿。そう、あれこそ紫苑零夜ツヴァイ!!」

   ヅガーン、と後ろで火山が爆発する。

   「零夜がロボになったーーーーーー!!」

   その言葉に零夜ツヴァイが四角い口を開いた。

   「ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ
   ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、
   ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ、ロボチガウ」

   輪の形に似た手をカックンカックン、左右に振る。

   「なんとこの零夜ツヴァイは列車より早く走り、天に届くほどとはいかないけれ
   ど高く跳び、伸縮自在のその手は全てを掴み!」

   ハーリーのギアが一段高まり説明に熱が入った。

   「口からは十万度の火炎を吐き、そのつぶらな瞳はサーチライトとなり闇を退け
   小さく高い鼻は犬の百万倍もの精度をほこり」

   底なし、天井知らずのテンションとなった。

   「な、なななななななんと!! そのおっきな胸はおっぱいミサイルに、そして
   頭の上のレーダーは・・・・・・・・・・・」

   ハーリーの声がとうとう人の耳の限界を超えた。

   「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

   あまりの変わり様に北斗は震えるばかりだ。

   零夜ツヴァイはビープ音とパンチング印字で北斗になにか語りかける。

   しかし、

   「わからない、わからない、ワカラナイ、ワカラナイ、ワワワワワ、カラナイ」

   精神が逃避しかけている北斗には通じない。

   「むぅ!!  これはいかん」

   ハーリーのサングラスがキラリと光る。

   白衣の中に手を突っ込みなにかを取りだした。

   それは灰色の四角い手のひらサイズの板だ。板からはケーブルが伸びている。

   ケーブルの接続端子をえいやっとばかりに、零夜ツヴァィの尻に突き刺した。

   「零夜ツヴァイ、GO!!」

   板に付いているボタンをある一定の法則に則り押していく。

   「ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン
   ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン、ホクチャン」

   零夜ツヴァイが奇妙な反復行動を取り始めた。

   その反復行動をするたびに足下から眩いばかりの虹色の光に包まれていく。

   「フルパワーチャージ!!」

   虹色の光が完全に零夜ツヴァイの身体を包み込む。

   最後が近い。

   「ああ、アキトガヨンデイル。オヤジ、なんで空をとぶのん」

   こちらも負けずに最後が近い。

   ハーリーが白衣をはためかせ、いくつもの残像を生み出しながら飛び上がった!。

   「超・必殺・・・・・・・・・・ボタンプッーーーーーーーーーシュ!!!」

   気合いと共にどくろマークのボタンが押される。

   ついに零夜ツヴァイから虹色の光が全方位に向かって放たれた。

   世界が虹色の光に、

   「アア、神の世界が・・・・・・・・み、え・・・・・・・・」

   包まれた。















   空が晴れている。

   静かな山にエンジンの排気音が響く。

   ゆっくりと一台の単車が山から下りてきた。

  サイドカーを着け、ひた走るのはBMWの750cc。運転席には黒衣を身にまとっ
  たハーリーが座っている。ヘルメットをかぶらず、ただサングラスだけがある。

   右に据えつけられたサイドカーの中で香織はバックを膝の上に置いている。

   走行中の震動の中、横を向き、見上げる。ハーリーを。

   「ねえ、お兄ちゃん。あれで良かったの」

   「ん、なにが」

   「あの二人」

   微かに言いづらそうに、

   「えと、お母さんと零夜さん」

   「大丈夫だろう。ちゃんと超速達にしたし、割れ物注意の札も貼ったし、緩衝材も
   たっぷり詰め込んで置いたから」

   「でも、宅急便で送るのは」

   「色々と説明するのも疲れるし、あの状態から完全に治してやったんだから文句は
   ないだろ。薬もたっぷり使ったから二、三日は起きないはずだしな」

   「そう。・・・・・・あのほんとに身体大丈夫?」

   「世界で3番目に健康だから平気だ。あの時はちと痛みで発狂しそうにはなったけ
   どな。でも、もう大丈夫だよ」

   発狂の部分で心配そうな顔をしたが香織はなにも言わない。

   ・・・・・こういう時はなにを言っても答えてくれない。

   「心配ない。大丈夫だ。ちゃんと腕も足も鼻も耳もある。内臓だって全部ある」

   口を使って外された手袋の下、手のひらを香織に見せる。

   傷一つない、生まれたばかりの赤ん坊のような綺麗な手だ。

   それを見ても香織の顔は戻らない。ただその手と顔を見つめるだけだ。

   ハーリーの手の皮膚の色と顔の皮膚の色が何故か一致していない。

   笑顔のハーリーから進行方向に顔を向けた香織は目を細めながら言った。

   「一番はじめはどこへいくの」

   「はじめはピースランドへ行く。そこに香織の父親がいる」

   「お兄ちゃんがお父さんじゃなかったんだ」

   ハーリーの裾から伸びた紐の先に着いている接続端子が香織の頭をつついた。

   「当たり前だ。いくら世界で3番目にいい男でも結婚するような歳じゃない。そ
   れにそうならちゃんと母親も一緒にいる」

   「そうだね。でもお父さんて、ほんとにあの有名人なの」

   口元に笑みを浮かべて、

   「ああ。あの有名な漆黒の戦神が香織の父親だよ。嬉しいか?」

   「別に嬉しくないよ。普通の人でも一緒にいてくれる人の方がいいよ」

   「だな」

   「うん」

   バックの中から香織は一枚の羽を取りだした。

   軸は長く、羽毛は鋭く、複雑な文様のような物を漆黒の羽は持っていた。

   嬉しそうにそれを手の中で弄ぶ。

   「なんだ、それ拾ってきたのか」

   「うん、綺麗だから。好き」

   「持っていたいのはわかったけど、それを長い間手放して置くなよ」

   「手放すとどうなるの」

   「燃え上がってから消える」

   「ほんとに!」

   「ああ、それはそういうもんだからな。香織が持っている分には大丈夫だ」

   「どうして?」

   「それはな」

   一拍の間を空けて、

   「そういうもんだからだよ」

   ハーリーの笑い声とエンジンの音が風に乗って遠くまで広がっていく。

   ・・・・・運命とは留まらぬもの。山を下り、新たな出会いを求めて。

   つられるようにして香織も笑う。

   その顔を横目で見て、ハーリーは言った。

   「今日はいい日だ」



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  後書きです

  今回も無事書き終わることが出来ました。これも感想を送って下さった皆様と
 感想を書いて下さった代理人様、投稿先である管理人様のおかげです。
  ありがとうございました。

  今回やっとBA−2様の香織ちゃんを出すことが出来ました。
  これからも彼女はハーリーと共に歩んで行く予定です。
     それと次回は舞台がピースランドへ跳びます。
  そこでまたまたあの子の登場です。
  また神威様のキャラクターをお借りしたいと思います。
  神威様の部屋の設定資料集に「御自由にお使い下さい」と書かれていたので。

  ではまた次の話で。
                               kageto2
 

 

 

代理人の感想

う〜むぅ(苦笑)。

北斗と枝織が物凄く嫌な人間になっています。

察するに「性格はそのまま」「アキトのハーレムに入れた」事が原因のひとつではないでしょうか。

人間、環境が、立場が、そして人間関係が変われば自然と変化する物です。

例を挙げると「恋すると人は変わる」と言うやつですね。

結婚して母親になったならそれだけ変わる理由があるし、変わるはずなんです。

もちろん結婚するまでの過程にしてもそうです。

Actionのアキト×北斗物はそこらへんを豪快に無視してたり、

あるいは最初から性格を「北ちゃん」に変えたりしていますから話の上では問題ないんですが。

 

・・・・やはりギャグには向いてもシリアスには向かない設定なのかなぁ。