其の参


 渺々たる荒野であった。丈の低い雑草がまばらに生えるなか、吹き荒ぶ風が砂塵を巻き上げる。空は薄く曇り、舞い上がった砂塵により遠くの景色は灰色に霞んで見えた。
 その荒野を、一本の道路が貫いていた。人の影すら見られぬ景色の中で、人工物であるアスファルトの黒さが不自然に浮き上がって見える。
 道路の向かう先を追って行くと、廃墟が現われる。赤く錆び付いた鉄塔、所々塗装の剥げ落ちたタンク。石油を掘り尽くし、見捨てられた油田のなれの果てであった。
 色褪せ朽ちるを待つばかりの廃墟、しかしその内に、不釣合いに小奇麗な区域がある。道路はその広場に続いている。
 広場の中心には、白々と輝くコンクリート造りの建造物があった。時代に取り残された油田跡の中、その建物は不釣合いに先鋭な雰囲気を漂わせている。よく見れば警備員らしき制服を着た人間達が建物の周りを巡回している。
 クリムゾン総合研究所。ここが今回のアキトの標的であった。



 突如として、研究所の敷地上空に眩い光が輝いた。そして光と共に、巨大な人型の影が実体化する。
 いや、少々語弊があったかもしれない。その影は、単に人型と呼ぶにはあまりにもごつごつとしすぎていた。重甲冑、と言うのが最も直截な表現であろう。長槍の如きものを手にしているのがその印象を強めている。だが、その形は何処かしら歪だった。

 光が収まるにつれ、細部が明らかになり始める。それは正しく、人の生み出した最強の重甲冑であった。人型兵器。それも、軍に配備されているものとは明らかに型が違う。
 エステバリスの全高は6メートル程度だが、この機体はゆうに7メートルを超える。
 長槍に見えていたのは、右手に装備した機体の全長すら越えるカノン砲だった。重機動フレームすら凌駕する馬鹿げた厚さの装甲。その陰にはミサイルポッドらしきものが覗いており、その数はちょっと異様なほどである。極めつけに、頭部右側寄りに、赤く輝く巨大な単眼のカメラアイが据え付けられている。
 これらの武装は出鱈目に付け加えられたように、酷く不均等でバランスを欠き、畸形的な印象すらあった。

 煌めくボソンの残光を纏ったその機体は、底知れない闇色に染まっていた。

 闇色の機体は、ボソンの光が消えると同時にゆっくりと地面に着地した。重力波推進、しかも一流のパイロットが搭乗した機体にのみ可能な、繊細な着地。それでも尚響いたずしゃん、という重々しい音が、沈み込んだ地面が、その機体の重量を窺わせた。
 長槍を抱え大地に降り立ったその姿はやはり畸形的で、それだけに禍々しい恐怖を秘めていた。

 研究所の周囲を巡回していた警備員達は、機体が出現し、着地する様を呆然と見ていた。完全に呑まれ、己の職務を忘れてしまっていた。


 轟音が響いた。
 土砂が凄まじい勢いで舞い上がり、闇色の機体をした機体の姿が隠れる。
 それを契機に、辺りの空間に無数の火線が描かれ、耳を圧する爆発音が轟く。火線と見えたのは、ミサイルの噴射炎であった。飛来源は廃墟と見えた周囲の油田跡。守備隊が偽装されて配置されていたのだ。
 ミサイルの爆音に固定砲台からの発射音が混じる。それらの砲声にかき消されながら、今更ながらに警報が鳴り響き始める。舞い上がった土砂が降り注ぐ中、職務を思い出した警備員達が、必死の形相で研究所に駆け込む。
 油田跡は、瞬時にして戦場と化していた。

 統合軍のシェアの大部分を握り、ヒサゴプランを推進し、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのクリムゾン。その研究所である。軍事兵器の研究も行なっており、その警備が厳重であるのは当然といえる。
 とは言え、この対応は異常であった。突然の機動兵器の出現だとしても、警告も無しのいきなりの攻撃。しかも攻撃に用いられたのは、警備のためというには余りに威力の大きい兵器群である。
 この研究所はちょっとした要塞並みの防備を誇っている。これは、中で行なわれている研究が相当に危険な、違法な物である事を推察させる。

 たっぷり十数秒ほども砲撃は続けられた。やがて、しとめた獲物をおずおずと確認するように砲声が停止する。爆発で舞い上がった粉塵により、目標は完全に姿を隠していたからだ。とは言え、あれほどの砲火を浴びれば、通常の機動兵器なら原形を止めぬほどに破壊されている筈である。
 単調な警報音だけをBGMに、奇妙な沈黙が流れた。


 沈黙を破ったのは、一発の衝撃音であった。
 それは単発ながら、先刻の砲声を遥かに凌駕する音量だった。そして衝撃音と同時に、先程まで盛んに砲弾を撃ち出していた鉄塔が消滅した。
 最初の衝撃音の余韻が消え去らぬうちに、二発目が響いた。二つ目の鉄塔が消えた。

 吹き渡る風が、周囲の粉塵を押し流す。
 中から現れたのは闇色の機動兵器。流石に無傷とはいかなかったようで装甲表面には多くの弾痕が刻まれているが、しかし重大な損傷はまるで認められない。
 右腕に抱えた長大なカノン砲。その砲口から白煙が上がり風にたなびいている。鉄塔を消滅させたのは、この馬鹿げた大口径からの砲撃に違いなかった。

 ぎらり、と赤い単眼を輝かせ、機体は僅かにその膝を撓めた。その動作には、狂犬が牙を剥いたような、そんな危険な匂いがあった。

 再び砲火が機動兵器を襲う。砲塔を二つ失ったにも関わらず勢いを減じない砲火は、しかし明らかに命中率が落ちている。恐怖に駆られ闇雲に反撃している、そんな攻撃だった。

 今度は機動兵器も撃たれるままにはならなかった。脚部より噴射炎を上げ、その巨体にしては意外なほどの速度で空中に舞い上がった。

 蹂躙が始まった。



 黒い機動兵器を地上からの砲火が追う。しかし、重装甲にも関わらずその飛行速度はかなりのもので、対空砲火が追随するのは容易ではなかった。
 それでも軌道を読んでかなりの砲弾が命中する。ただし、命中するだけだ。黒い機動兵器のDFと装甲とは、多少の着弾を意に介さずに済むほどの強度があった。

 機動兵器はスラスターから噴射炎を撒き散らして飛行する。動きを止めず、ある程度目標に接近した所でカノン砲を発射。その射程から言えば、接射と言って良いほどの距離からの射撃である。放たれた弾は着実に砲を潰してゆく。

 どんな攻撃も通用しない。相手の攻撃を防ぐ術は無い。その認識は守備兵達の精神をどうしようもなく蝕んでゆく。
 恐慌の一歩手前で砲に弾を装填し、或いは狙いをつける守備兵達。彼らの視界の中心で、見る見る大きくなっていく歪な黒い塊。
 顔を引き攣らせながら砲弾を発射。轟音、反動で砲がびりびりと震える。
 しかし砲弾は迫り来る影に窪みを穿つのみ。
 視界を覆う闇、その中で唯一輝く、地獄の中心で燃える炎のような赤。
 突き出される巨大な角。その先端、その中心に黒々と開いた穴。
 そして、放たれる破壊。
 死。




 圧倒的な火力で研究所の守備隊を蹂躙しながら、しかしコックピットの中のアキトは苛立ちに身を焼いていた。ナノマシンを輝かせながら、IFSインターフェイスをぎりぎりと握り締める。
 眼下に映る白い建造物には、ユリカが囚われているのかもしれないのだ。可能ならばこのままこの『サレナS型(ストライカー)』で研究所に突っ込みたい。しかしユリカが何処にいるのかも分からない状況でそれは危険すぎる。内部にジャンプした所で、目標の位置がわからなければ、探索中に警備兵に捕えられて終わりである。結局、守備隊を潰して研究所を占拠するしか方法は無いのだ。なのに。

「遅すぎる!」

 アキトは血を吐くような思いで呟いた。一つ一つの目標に接近しては潰してゆく、それでは時間が掛かりすぎるのだ。
 衝撃音と共に、コックピットがびりびりと揺れる。また着弾。現われる被害報告のウィンドウ。僅かずつとは言え、着実にダメージは蓄積している。
 一瞬でも動きを止めれば集中砲火を喰らう事は明らかだった。

 広視界モニターに表示される周囲の状況、それらを一瞬で読み取り把握する。今こちらに照準を合わせている砲は二つ、すぐに射線から退避しなければならない。
 だが、ストライカーの反応は酷く鈍い。応力による機体の軋みが、IFS越しに伝わってくる。機体剛性が重量について来ていないのだ。
 アキトは機体のあげる悲鳴を無視して重力波スラスターを全開にする。

 振動。
 一発は辛うじて回避したが、もう一発は脚部に着弾。DFを抜けた衝撃が装甲の薄い股関節部分を痛めつける。

「くそっ!」

 吐き捨てて、攻撃を加えてきた砲を潰すために旋回する。

 重力波スラスターと燃料式スラスター、二系統の推進機構を同時に制御するのは困難である。機体に掛かる負担も並ではない。
 加えて、無闇に追加された装甲、何より右腕に装備したカノン砲のために重量バランスは滅茶苦茶になっている。真っ直ぐに飛行することにすら神経を使う。

 それでもアキトは無理矢理に機体を制御する。直進すら困難な筈のストライカーは、躍動感を感じさせる勢いで目標に襲い掛かり、カノン砲を放つ。

 アキトは反動でぶれる機体を必死で押さえ込む。
 重機動フレームの120mm砲でも、命中精度を期待するには固定アンカーが必要だったのだ。だと言うのにストライカーが右腕に装備しているのは130mmカノン砲。しかも飛行中である。遠距離からでは、とても命中を期待できるものではない。
 アキトが接近してから攻撃しているのには、それなりの理由があるのだ。狙撃が可能なら、もっと早くに研究所を制圧できていたはずである。

「邪魔なんだよ、お前ら!」

 苛立ちを咆哮に代え、アキトは新たな目標に向けて機体を旋回させた。



 ストライカーは確かに守備隊を蹂躙していたが、それは必ずしもアキトに余裕があることを示すものではなかった。それでも、ジャンプアウトしてから今までの十数分で、守備隊の戦力は三分の二にまで減らされている。制圧は時間の問題と思われた。

 彼らさえ登場しなければ。



 獲物に襲い掛からんとするストライカーの前方に、光が弾けた。
 下方に向かっていたストライカーは衝突を避け機首を持ち上げ、強引に停止した。カノン砲を構え、現われ出でんとする影に備える。

「来たか……」

 アキトが呟く。煮え滾る膨大な感情が、掠れたその声には込められていた。

 ボソンの光を纏い現われたのは、血の赤に染められた機動兵器だった。刺々しいながらもバランスの取れた人型は、対峙するストライカーの歪さに比べ遥かに洗練されていた。そして、それだけに完成された禍々しさを漂わせている。
 右の手に握られた長大な錫杖は僧侶を連想させたが、漂わせる雰囲気には狂気があった。僧侶だとしたらそれは血塗られた破戒僧に違いなかった。

 赤い機動兵器の背後で、更に次々とボソンの光が弾ける。あわせて六体、新たに機動兵器が実体化する。
 丸みを帯びた短躯に切り詰めたような脚部、それらと裏腹の長い腕。手にはやはり錫杖を握っている。猿のような体形が酷く不気味な物を感じさせた。
 同型のそれら六体は、最初にボソンアウトした赤い機動兵器に付き従うように展開した。

 夜天光と六連。北辰と配下六人衆の駆る死神達。嘗てアキトの駆るエステバリス『テンカワspl』を大破させた敵機である。

 睨み合うように対峙する夜天光達とストライカー。ひりつくような緊張が高まってゆく。地上の守備兵達も、呑まれたかのように対空砲火を止めている。



 アキトは、夜天光らが登場する前に勝負を決めておきたかった。研究所にいるであろうユリカを自分の手で救い出す、それが困難になるからだ。だからこそ焦っていた。
 しかし、もはや是非も無い。何より、北辰らには恨みがある。シャトルで、血の海に沈みながら浴びた嘲笑。襲撃を阻まれ、エステを砕かれた屈辱。

 音叉を鳴らすような、甲高い共鳴音がコックピットの内に満ちる。全身にナノマシンの輝紋が浮かぶ。感情の昂ぶりに反応し、体内の膨大なナノマシンが活性化しているのだ。
 アキトは荒い息を吐き、ぎりりとIFSインターフェイスに爪を立てた。押さえきれぬ激情に、小刻みに腕が震えていた。



「性懲りも無く現われたか、実験体よ」

 夜天光から、嘲弄の声が投げ掛けられた。獲物を嬲る悦びに、ねっとりと濡れた声だった。

「何と醜悪な機体であることよ。だがその歪み、その狂気。悪くない」


 凄まじい音響が、大気を切り裂いた。

 ストライカーの砲口から、白煙が上がっている。アキトがカノン砲を発射したのだ。放たれた弾丸は、破格の強度を誇る局所展開型DFを見事に貫通し、夜天光の脚部装甲を削り取っていた。北辰が咄嗟に身をかわしていなければ、夜天光の片脚は飛ばされていただろう。
 射撃音の余韻が、びりびりと大気を震わせている。

 アキトは内心で舌打ちした。距離が開いているとは言え、上手くすれば不意の一撃で夜天光を沈められると期待していたのだ。
 だが、コックピットを狙ったというのに弾丸が飛んでいったのは脚部。しかも装甲を削っただけでかわされている。やはり反動の大きさは致命的だった。

 とは言え、局所展開型DFを貫くにはこれだけの大口径が必要だったのだ。事実、北辰が回避さえしなければ夜天光の脚は吹き飛ばされていた。
 後は、当たる所まで接近するだけの話である。

「……面白い!」

 喜悦に歪んだ声が、夜天光から響いた。薄い唇を赤い舌で舐める、北辰の爬虫類に似た容貌が目に浮かぶようだった。
 夜天光らの心気が目に見えて高まる。ストライカーの赤い眼が憎しみに燃える。

 そして、戦闘が開始された。



 六連が突っ掛けた。
 錫杖を構え、散開して六方よりストライカーに襲い掛かる。ストライカーもスラスターを吹かし迎え撃つ。
 この距離で問題になるのは、最高速度よりも加速である。そして加速を決定するのは、推進機関のパワーと機体重量。脚部を除きブースターを取り付けた六連は、その二条件を満たしている。
 猿に似た形状を裏切らぬ軽捷さが、六連にはあった。重装甲のストライカーは、機動力では勝負にならない。当然の如く先手を取ったのは六連だった。

 全くの同時攻撃というのは、実はかわすのが容易い。だから、手練の操縦者に駆られる六連は、見事な連携で僅かずつ襲撃の呼吸をずらしていた。

 甲高い打撃音が連続して響く。
 フィールドランサー機能を備えた錫杖の打撃は、強固なストライカーのDFを容易く抜いて、したたかに装甲を打ち据えていた。
 六連に比してストライカーの動きは如何にも鈍く、このままでは滅多打ちと思われた。

 アキトはコックピットの中で口元を引き攣らせた。苦痛のためではない。笑おうとしたのだ。低く、呟く。

「あまり、舐めるなよ」

 ストライカーの分厚い装甲は、錫杖の打撃をことごとく防ぎ止めていた。
 無論装甲の隙間を狙われれば大きなダメージを受ける。攻撃を全て装甲で受けたのは、アキトの腕の証明だった。

 だが、やはりストライカーの動きは鈍すぎた。それを見て取り、かさにかかって六連達は襲い掛かる。
 アキトは覚悟したように動かない。六連の錫杖が打ち下ろされる。
 その瞬間、ストライカーの全身が弾けた。

 弾けたのはミサイルポッド。それも夜天光や六連が装備するそれより遥かに大型で、装弾数の多いものだ。
 無数のミサイルが噴射炎を撒き散らしながら放たれる。それらは必死の回避機動をとる六連のみならず、後ろに控えていた夜天光にも襲い掛かり、次々と爆発した。


 夜天光・六連の局所展開型DFは、機動兵器の武装では抜くのが困難である。しかし、弱点はある。あくまで「局所展開」に過ぎない点だ。複数の方向からの攻撃には対応できない。
 だが、アキトは単機である。一対多数という状況に無ければ、そもそも此処まで苦戦する事は無かったのだ。多方向からの攻撃は望めない。では、単機で局所展開型DFを抜くのにはどうすれば良いのか。
 その回答の一つが、今示されている。


 空間を飽和するかのようなミサイルの群れ。周囲の空間が爆炎に染め上げられる。発射したストライカーとて無傷ではいられない。DF越しに伝わる衝撃でぎしぎしと機体が軋む。
 無論、六連達への影響はその比ではなかった。
 全方向で次々に起こる爆発には、コックピット周りだけに展開される防御など意味を為さない。有効なのは機体の装甲、しかし加速力と旋回性能に特化した六連の装甲は余りに脆弱。
 六連達は爆発の中を木の葉のように舞った。

 爆煙の白いスクリーンに閃光が散らされる。それらを切り裂き闇色のストライカーが突進する。
 視界は遮られ、爆発の熱によって光学以外の探知手段も死んでいる。生きているのは、この状況を想定して設置されたストライカーのセンサ。赤く輝く巨大な単眼のみ。
 ストライカーが、目標に向けて疾駆する。回避軌道すら取らず、混乱する敵を貫いて一直線に。狙うは唯一、北辰の駆る夜天光。

 ストライカーが煙を突き抜けた。晴れ晴れと広がる視界、その中心に佇む夜天光の赤。
 闇色の機体は白く尾を引いて、夜天光の眼前に踊り出る。完全な不意打ち。流石と言うべきか、驚くべき反射で夜天光は錫杖を構え回避機動を取ろうとする。
 だが遅い。
 夜天光は、錫杖を構えようとした姿で止まって見えた。

 130mmカノン砲をポイントする。

 血に染まったシャトルで見下ろされた絶望、エステを砕かれユリカを前に逃げ出した屈辱、それらが脳裏をよぎる。

 トリガーを引く。

「っはぁ!」

 息を吐いた。達成感、緊張、憎悪、歓喜、無数の感情が入り混じり、吐息は凄まじく熱かった。

 衝撃。砲撃の反動が、機体を揺らした。



 そして、強烈な打撃が横合いからストライカーを襲った。

 肩部装甲の上からの打撃だったが、その威力は尋常ではなかった。重装甲のストライカーが錐揉み状に回転しながら吹き飛ばされた。体勢を立て直したその右肩には、大きな罅が走っていた。
 有重力下とは言え二系統のスラスターをコントロールし一瞬で体勢を立て直したのは、大戦中を一線で戦ったパイロットの面目躍如と言ったところである。しかしアキトは驚愕に凍りつき、恐れるようにモニターを凝視していた。
 モニターには、傷一つ無い夜天光が、血の染みの如くに映っていた。



「ふふ、今のはひやりとさせられたぞ、実験体。……いや、テンカワアキトよ」

 悠然と、夜天光は佇んでいた。
 風はますます強く、辺りに立ち込めた爆煙を吹き払ってゆく。
 そして、煙が吹き払われた中には、猿にも似た機動兵器六体の姿があった。全身に多くの損傷を負ってはいるものの、致命的なものは何一つとしてない。
 空間を埋め尽くす爆発の中で、六連は一機も欠けることなく健在だった。
 六連は変わらぬ軽捷な機動で、夜天光の背後へと位置した。彼らはジャンプで出現した時と同様、強く禍々しく存在していた。

「ミサイルの飽和攻撃による撹乱。距離を詰め、大威力による奇襲攻撃。貴様の執念、見せてもらった」

 アキトは凍り付きながら、先刻の攻撃の瞬間を思い出していた。

 絶対にかわせない間合い。勝利の確信と共に放たれたカノン砲。
 だが着弾の直前、夜天光は両肩の回転ターレットノズルを用い、機体を回転させていたのだ。機体全体を動かす回避は不可能でも、回転させるだけの機動なら瞬時に行なえる。
 その場で回転した所で弾道から逃れる事は出来ない。だが、射角をずらす事は出来る。
 放たれた砲弾は、夜天光の前面に展開されたDFに斜めに着弾した。滑る事によって威力を減殺された砲弾は、夜天光の斜め後方に抜けていった。
 北辰は『軸をずらす事でDFにかかる負荷を軽減した』のだ。そしてその回転の勢いを殺さず、ストライカーに錫杖を叩きつけた。
 無論、やれと言われて出来る技ではない。北辰の、恐るべき手練であった。


「さて、次は我等の番だな」

 北辰の宣告。そして再び、六連が噴射炎を引きながら六方より襲い掛かった。

「くっ!」

 アキトは未だ自失より回復していなかったが、戦場で刻み込まれた肉体の記憶が、六連の機動に反応した。
 脚部を前方に振り向け左右に開いた不恰好にも見える姿勢。敵方を向いたまま、鈍いながらも螺旋機動を取って後上方へと逃れる。
 無茶な姿勢での機動に、機体が軋む。元々重量バランスが最悪である上に、今までのダメージも馬鹿にならない。特に、対空砲火を喰らった股関節部分。無数に踊る赤文字の警告ウィンドウ。それらに月臣らNSSからの通信も混じる。
 苛立たしくウィンドウを消去し、追随してくる六連を牽制しカノン砲を放つ。
 連続して響く衝撃音。しかし当たらない。距離的には十分命中を期待できる筈だったが、ミサイルの飽和攻撃すらしのいだ六連らの機動はその上を行く。

 傀儡舞。
 回転ターレットノズルを用い軸をずらす変則機動。多角的な攻撃の出来ない相手に対しては、この上なく有効な技術である。

 数と機動力で勝る六連らの攻撃は容赦が無い。向かってくる一機に対峙しようとした瞬間、他の機体が死角から襲い掛かってくる。それに対応しようとすると、また新たな死角から。きりの無い連鎖に、ストライカーの装甲は削られてゆく。
 ストライカーの右腕のカノン砲は機体全長に達する長砲身である。威力は高いが、その分取り回しが酷く困難だ。どれ程上手く扱っても、右側の死角は消す事が出来ない。それがアキトの負担を大きくしていた。

 武装の選択を誤った、と思う。DFを抜けないのならばこのような大口径は必要なかった。DF以外の部分を狙える取り回しの良いものを選ぶべきだった。
 牽制に用いるために、連射能力も欲しい。ハンドガン形式のものが良い。両手に装備できればもっと良い。
 だが、そんな思考も今を生き残れなければ意味が無い。

 突っ込んできた六連にカノン砲を放つ。だが六連はそれをかわし、突進の勢いを殺さぬまま『右側の死角をすりぬけ、回転して背後を取る』。
 ストライカーは機体を軋ませて身を捻り、打ち込まれる攻撃を装甲で受ける。怯んだ所に次々と残りの攻撃が襲い掛かる。

「愚か者め。機動力の無い機動兵器など、達磨と変わらぬ」

 その声と共に、六連らに混じってきた夜天光の痛烈な打撃が打ち込まれた。何とか右肩の装甲で受けたが、罅の入っていた装甲はその打撃で砕けた。

「くそ、くそ、くそっ!」

 ナノマシンを輝かせ、アキトが吼える。及ばない。機動兵器戦だから何とかしのげているものの、根本的にはまるで変わらない。先日の月臣との稽古と、全く同じ展開だった。
 夜天光が参入し、右肩の装甲が砕け、ストライカーは更に押し込まれる。風を切る音、スラスターの噴射音、耳鳴りの如き響きの中に射撃音と打撃音が混じる。と、ばぎん、と背筋が寒くなるような音がアキトの耳に飛び込んだ。
 警告ウィンドウの無慈悲な宣告。左股関節部全損。度重なる衝撃と無理な機動に積み重なったダメージが、限界に達したのだ。
 左足はもう動かない。片方の噴射スラスターが死んだ。
 もはや碌な回避機動も取れない事は明らかだった。そして当然、六連らは好機を逃さなかった。死角の、しかも装甲が砕けた右側より一斉に襲い掛かる。
 絶体絶命の状況であった。

「がああああっ!」

 アキトの反撃は常軌を逸していた。右側より迫る六連らに、カノン砲をぶん回して叩き付けたのだ。無論、そんな真似をして砲が無事であるはずが無い。砲身には歪みが生じ、次に弾を発射すれば暴発は確実である。
 だが、その長砲身の質量は襲い来る六連らをことごとく弾き飛ばした。DFと錫杖で防ぎ止めたものの、吹き飛ばされた六連らは体勢を崩され、距離を開けてしまっている。
 尋常のパイロットに出来る反撃ではなかった。アキトは危地を脱した。

 絶好の追い討ちの機会であった。しかし非常識な重さの砲身を振り回したストライカーも、その質量に引き摺られて体勢を崩していた。必死で機体を立て直す。

「なかなかに頑張ったが……これまでだ」

 その時、頭上から声が投げ掛けられた。アキトは脊髄に氷を流し込まれたような感覚を味わった。アキトの恐怖を反映し、ストライカーが頭部を上方へと向ける。
 薄暗く曇った空を背景に、血錆色をした機動兵器が、ストライカーを傲然と見下ろしていた。
 カノン砲を振り回したためストライカーは体勢を崩していた。右腕を引っ張られているため、大きく腕を広げる形になっている。つまり、真正面ががら空きの、隙だらけの姿勢だった。
 チェックメイト。


 上に向けられた赤い単眼は、飛来した錫杖によって貫かれ、砕けた。
 錫杖の勢いは頭部センサを砕いただけに止まらなかった。内部エステバリスを破壊し、内部のアサルトピットを貫通し、腰部関節より突き出して漸くその勢いを減じた。
 ストライカーは、貫かれた勢いのままに地上へと落下した。残存したDFの効果によって爆発こそしなかったものの、四肢は折れ砕け、胴体は刺さった錫杖によって大地に繋ぎ止られた。
 地上へと堕ちたストライカーに、更に次々と六本の錫杖が突き立った。衝撃で、錫杖が突き立った瞬間にストライカーが跳ね、そして再び停止した。
 ストライカーは完膚なきまでに破壊された。アサルトピットの中にいた人間に命があろう筈も無く、アサルトピット以外の部分も、修理する事すら不可能なほどに破損していた。

 夜天光は上空に佇んだまま、その様を見下ろしていた。

「所詮はこの程度か。……惰弱なり」

 北辰は呟いた。その蒼白い面には明らかな失望の色が浮かんでいた。




 が、倒した獲物に拘泥していられたのはそこまでだった。

「北辰様、あれを!」

 滅多に露わにしない切羽詰った声で、六人衆の一人が通信を入れてきた。言われて、随分と離れてしまった研究所の方を見る。
 銃火が瞬くのが見えた。望遠ですら蟻のように見える人影。だが北辰には、それがNSSの実行部隊であることが明らかだった。
 歯軋りし喚き散らして激昂してもよさそうなものだったが、北辰はかえって冷静になり、冷え切った声で呟いた。

「まんまと姦計に嵌められたようだ。テンカワアキトは囮であったか」
「如何致しましょうか」
「他はともかく、試験体を奪われるわけにはいかん。ネルガルの奸賊どもに研究所を制圧される前に試験体を回収、その後この油田跡を爆破する!」
「はっ!」

 そして夜天光と六連は噴射炎を引きながら、研究所に向けて飛んでいった。
 後には、大地に縫い止められたストライカーのみが残された。


 渺々たる荒野である。依然風は強く、空は曇り、辺りに人影は無い。
 墜落の衝撃で舞い上げられた砂塵が、霧雨の如くにぱらぱらとストライカーの残骸に降りかかる。
 歪な闇色の機体に七本の錫杖が突き立ったその様は、荒ぶる獣を繋ぎ止めているようにも、嘆く魂を鎮める墓標のようにも見えた。


・御礼

 機動兵器戦は本題ではないので、さらっと流そうと思っていました。
 しかし日和見様・音威神矢様の「なぜなにナデシコ特別編」を読みまして、もりもりと妄想が湧いてきました。
 そこで予定を変更し、機動兵器戦に一話を割く事にしました(つまり、現在全五話予定です)。
 この場を借りまして、日和見様と音威神矢様に深く御礼申し上げます。

・内容について

 元々流す予定の話だったのでテーマには関わる部分は少ないです。
 ですから短編にした方が収まりが良かったような気もしますが、まあ一応其の壱との繋がりもあるし、と言うことで。
 そんなこんなで、ブラックサレナはぁはぁのためだけに書いたような話です。
 書くつもりは無かったのについつい書いてしまいました。
 やっぱり好きなものは好きなのです。
 っても登場するのは半オリジナルです。すみません。
 兵器関連に詳しいわけでもないので、設定等には多く矛盾が含まれているでしょう。

 そういえばこの話で夜天光と六連、錫杖でぶん殴ったりしてます。
 でも、機動兵器サイズだとそんな剛性を持たせるのは難しいような気がします。
 劇場版でも突き刺して使ってたし。
 その辺りは演出と言う事で勘弁してくれると有り難いです。

・文章について

 戦闘描写は其の壱での失敗を考慮して工夫してみました。

 間の取り方を考える、と言うことで戦闘にストップアンドゴーを盛り込み、それを音声描写で修飾しました。
 また、映像のイメージが湧くよう視覚的描写を増やし、色彩の対比も意識しました。
 説明も、うざったくならないよう話の流れに交えるよう留意しました。

 しかし、狙い通りに成功しているかどうかは自分では分かりませんし、無自覚な失敗も多々あるかと思います。
 忌憚の無い御意見をお伺いしたいと思います。


代理人の感想

面白く楽しく読ませていただきました。

第一話と比べ物にならないくらいテンポが良くなっていると思います。

 

ん〜、磨きぬかれた技と技の戦いもいいですが、

問答無用の大火力で力押しというのも見てて楽しいですねぇ(笑)。

 

さて、当初はさらりと流すつもりだった、とのことですが

伏線という点でも、むしろこの話は独立した話としてあった方が良かったと思います。

その方が「アキトが木連式を習得する理由」が強烈にアピールされると思いますので。

 

 

余談

直接は関係ないんですが、どーしてアキトはわざわざストライカーで接近戦を行ったんでしょうね?

小回りでは圧倒的に劣るわけですし、最高速度で勝っているなら

引き離してから射撃で一体一体仕留めていく、という戦法もあったかと思うんですが。

まぁ、それだと互いに千日手になる可能性もあるのでどっちがいいとは一概に言えないんですが、

囮ということならそう言う戦法もありだったかなと。


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