「どーいう事だよ、おい!!!」
山下家次男、山下=リオルファス=ハースト――通称リオ――はブロンドの髪を抑えながらその美しい顔を憤怒に歪ませていた。
「いや、だから緊急の話が有ると携帯にメール打っといたぞ」
その怒りの声に、家長たる山下将明は彼の目を見ながら真剣に答えた。
「それは見たよ! だからって俺が家に戻ってくるのを待ってくれてもいいだろ!!」
だが、その程度の言葉ではリオの怒りは収まらない。
「瑠璃と兄貴が戦艦に乗るんだぞ!! そんな重要な話なのに、次男だけど俺抜きで決めるなんて!!!」

リオの怒りの理由は、それであった。
今より遡る事4時間前、山下家に訪れた機動戦艦ナデシコクルーのスカウト総責任者、プロスペクター
によって彼の義妹の瑠璃と義兄の龍一がナデシコクルーとしてスカウトされた。
六年前、山下家に引き取られた養子である彼だが、今や名実共に山下家の次男坊である。
両親も他の兄弟と分け隔てなく接していたし、自分でもそういった自負がある。
なのに次男である自分が、これ程重要な話に参加出来なかった。
それが堪らなく悔しい。

「兄さん、ごめんなさい……」
「瑠璃の所為じゃないよ」
自身の責任を感じ、謝って来た瑠璃に苦笑しながら、リオは手を振った。


「ってゆーか………」
今まで沈黙を守り通して来たボブカットの少女――山下美月は、ここでようやく口を開いた。

「いきなり校門前で待ち伏せ喰らう様な生活してるお兄が悪いんじゃ?」


美月のこの言葉に、今まで怒鳴り散らしていたリオは彼女を見たまま凍りついた。

「お前もようやく兄ちゃんの領域に達しつつあるな」
その横っちょで、龍一は腕を組みながら何故か嬉しそうに頷いていた。

「そりゃ俺の所為じゃない。大体あいつ等が勝手にインネンを」
「で、7人だっけ? 全員返り討ちにしたのは良いけど、自分も頭バットで殴られて救急車で病院直行」
「話聞けよ!」
「まるで俺だぜ」
「まるで俺だな」
「兄貴と父さんは黙って」
「だめだこりゃ」
美月はそんな兄達と父親の様子に、呆れた表情で両手を広げてみせた。

「けど、ホント大事にならなくて良かったよ。全治2週間だけどね」
腰まで届く黒髪が艶やかな、従妹の卯月纏(まとい)は安堵の笑みを浮かべた。美月はその纏の笑顔に毒気を抜かれたのか
「お兄はお兄ちゃんと違って人間なんだから。こんな危ない事しちゃ駄目なんだぞ!」
と言って、やはり微笑んだ。

「俺って人間じゃねぇの?」
「常人ではねぇぞ」
等と龍一と将明がそんな会話をしてる中、年を感じさせない美しい容姿を持つ母親の夏樹が入室してきた。
「皆、病室ではもっと静かになさい。最低限のマナーですよ」










現在山下家の面々は、東京都立の某病院に居る。リオが急患で運ばれたのを知って、瑠璃(と龍一)が
ナデシコにスカウトされた衝撃も冷め遣らぬまま、大急ぎで来たのだ。
「やっと落ち着いたみたいね」
「うん…。面目ないよ、ホント」
夏樹の問いに、リオは美しいブロンドの髪をかき上げながら答えた。
「しっかし、情け無いよな。恨み買ってた相手と病院行く怪我した所為で、妹の重大な話に参加出来なかったなんて。あーーー、カッコわりぃ〜〜〜〜」
リオが今言った言葉が、事の全てを語っていた。彼は、巻かれた包帯を気にしつつ頭を抱えた。
「そー言わないの。MRIでも変な結果出なかったんだから良しとしなさい」
「流石は美月お姉さんだね」
人差し指を立てながらそう捲くし立てた美月に、纏は微笑みながら言葉を掛けた。

「まー、そう言うなリオ。レナードなんざ、今上に居るお陰でこの事まだ知らねぇぞ」
「姉ちゃんは仕事だからしょうが無いじゃん。馬鹿やったツケで参加出来なかった俺とは訳が全く違うよ」
将明が言った上――宇宙――に居る風変わりな姉的存在の女性を思い浮かべて、リオは苦笑した。
彼女の事だ。この事を知ったら、きっとこちらが見ていて楽しくなる位のリアクションを返すに違いない。

「それはそうと龍一、この子は補導されるの?」
「え? 兄さんがですが?」
夏樹のその言葉に、瑠璃は酷く驚いた顔をした。
「俺ここの所轄じゃないから分かんね」
「あのねえ……」
「けど、相手7人っつー集団リンチ紛いの人数だし。その上タオル巻いてたとは言えバットなんか持ってたし。リオは説教喰らう位だよ。勿論向こうは補導だけどな」
龍一はあっけらかんと答えた。彼もリオと同じ様な事を多々経験している。その経験と、刑事としての感覚からの言葉だった。


「何にせよ、乗るのって2週間後だろ? 俺の事はいいよ。今からでも準備しないと間に合わないって」
山下家の面々が病室に着いてから3時間、ようやく落ち着いたリオの言葉。
「ん〜、確かにそうだな。俺も『色々準備とかしないといけない』しな」
将明は急に不敵な笑みを浮かべた。
「えーと、瑠璃の休学届に、龍一の休職届。それに荷造りに各種書類の手続き……」
その横では、夏樹が指を折りながら、龍一と瑠璃のナデシコ乗船の為に必要な事柄を思い浮かべていた。

「「「『色々準備とかしないといけない』?」」」
龍一、リオ、美月の3人が、将明のその単語に気付いたのは、その時だった。
「そうさ。『色々』、だ」
子供達がその単語に気付いた事に気を良くしながらも、将明は決して『色々』について明言する事は無かった。


「ネルガルのボケども。このままで終らす物かよ……」
将明は口の中で小さくそう呟いた。








これが、龍一と瑠璃がナデシコに乗艦する事に決まった4時間後の話――――――













2週間後――――――

「もうナデシコが見えなくなっちった」
「わわわわわわっ! 何だかふわふわします〜!」
「しかし、宇宙は何時見てもスゲェ! こうナマで見れんのはそう無ぇ機会だぞ瑠璃」
「そんなこと言ったって…。何だかふわふわしてて…。安定しないんですっ」

ここはナデシコから離脱したシャトルのコクピット。
龍一は、無重力に四苦八苦している瑠璃の肩を掴んでやりながら、コクピット横の窓から宇宙空間を眺めていた。


ナデシコが大気圏を突破した後、山下将明の特命(と言っても多分に私情が入っていたが)を受けた、
地球連合軍の治安維持組織『グリプス』所属の大佐、音無(おとなし)和輝率いる潜入部隊は山下龍一、瑠璃兄妹を機動戦艦ナデシコより『救出』。
現在は、ナデシコ脱出時に奪ったシャトルで、サイド7へと航宙中である。


「操縦の邪魔にならん様にはしろよ、龍一」
「へいへい……って何で俺だけなんスか、音無さん?」
音無は、年甲斐も無くはしゃぎ回る龍一を横目で見ながら注意を促した。
「いらん所弄繰り回しそうだからだ。」
「あのー、俺もうハタチなんスけど……」
当然だろ、と言わんばかりの表情でそう言い切った音無に、龍一は力無く反論した。

「三つ子の魂百まで、ですね」
「瑠璃、お前うるさい」
「いらいれす。はにゃしてくらはい〜」
龍一は瑠璃のほっぺたを軽く抓る。
音無は、じゃれ合う兄妹を目の端に置きながら、パイロットに確認を取るべく話し掛けた。
「交信可能圏はもうすぐだな?」
「はっ。」
このあたり宙域は連合の勢力圏下である為、パイロットの声も明らかに余裕の有るものだった。

程なくして、サイド7グリプス(旧ノア)より通信が入った。

『音無大佐、任務成功御苦労様です。皆さんお疲れ様でした。それと龍一お坊ちゃま、瑠璃お嬢様グリプスへようこそ』
















機動戦艦ナデシコ

魔剣士妖精守護者伝

外伝2 山下さん家の家庭事情 宇宙の巻   



「痛いわ……」
「黙れ。自業自得だ」
「物凄く痛いわ…」
「手加減はした。ありがたく思え」

龍一と瑠璃がサイド7・1バンチコロニー、グリプス1に到着して2日目の朝。
山下龍一とレナード=ティルエルスは、サイド内に在る総司令公邸の廊下をのそのそと歩きながら洗面所を目指していた。

「大体、何で女の子をこうも簡単に殴れるかなぁ?」
「いきなりベッドに潜り込んで来たカラナー」
「それだけで?」
レナードは、龍一のあんまりな答えにちょっと拗ねた。
「それに瑠璃も居たしなナー」

それを聞きレナードは、アッシュブロンドの長い髪を揺らしながら、龍一を見上げる状態で向き合った。
女性の平均身長より低い151cmしかない彼女が、185cmの長身を誇る龍一と向かい合うと
必然そうならざるをえない。
「だって…、久しぶりだったのよ? 3週間ぶりに会えたのに、昨日はあんな扱いをして…」

龍一と同い年(二十歳)とは思えない、とても愛らしい容姿のレナードがちょっと怒って見せても
その様子は決して怖い物ではなく、むしろ微笑ましい物があった。
「おーおー。ごめんなー。俺が悪かったべ」
龍一は、顔のニヤつきを隠そうともしないでレナードのアッシュブロンドの髪をくしくしと撫でた。
「うん……。って私はそんな事じゃ騙されません!」
龍一に撫でられるがままになっていたレナードは、何とか気を取り戻すと龍一に詰め寄った。
「男装モードが解けてなかったぞ、昨日。それに瑠璃がいたし。それが昨日の扱いの理由」
「……本当の所は?」
「お前をいじめたかったに決まっている」


「おはようございまふ……って、何やってるんですか?」
彼らよりやや遅れて洗面所に向かっていた瑠璃が、その途中で見たものは、龍一に向かっていく
レナードと、その彼女の頭を右手で抑えながらおちょくり倒している龍一だった。






















総司令公邸・ダイニングルーム――――――

「何と無駄に豪華な。税金の無駄使いだろ親父」
「やかましい。接待用なんだよ、本来は」
どこぞの高級ホテルの食堂と見間違えんばかりのダイニングルームを見渡しながら、龍一は
庶民の一般的な感想とも、僻みとも言える言葉を放った。

現在時刻は午前8時。
龍一達は将明を交え、朝食を摂っていた。

「接待ってーのはカッコから入るモンだ。相手を持て成すのは勿論、何より舐められちゃいけねぇ」
「で、舐められない為のこの内装か。けど庶民の俺にしちゃ、やっぱ無駄に思えるんだよな」
「そりゃ当然の反応だわな。俺も将官になるまでは無駄だと思ってたし」

朝食のハムエッグを突きながら、或いは半熟の黄身に醤油を垂らしながら、龍一と将明は
この公邸の豪華な内装について話していた。

「けど、実際この立場に立って政治屋どもとよく会う様になってから、こういうモンは本当に必要なんだと
解ったね。接待や交渉にゃマジでカッコが必要不可欠だ」
「でも俺らに還元される事は無いんだよな」
「それが難しい所だ」

彼らが話している間、瑠璃とレナードは食事を摂りながら、給仕と共に甲斐甲斐しく彼らの食事の世話をしていた。
「兄様、父様、ご飯のお代わりよそいましたよ」
「小父様、龍一、お茶ここに置いておきますね」
「ん」
「おう」

「お嬢様方も私達に任せてお食事をお摂り下さい」
「いえ、こうしないと何だか落ち着かない物で……」
「私も瑠璃と同じです、って何時もの事か」
声を掛けた家政婦に、瑠璃とレナードは照れながらそう返した。


「所で俺らは何時地球に降りれるんだ?」
醤油を垂らしたハムエッグをおかずにご飯を食べながら、龍一は将明に言った。
「んー、2週間後」
「そんなにもか!」
声を張り上げた龍一をなだめる様に、レナードが会話に入る。
「貴方達だけの為に船は出せないわ。だから、こちらのテンプテーションに乗って帰ってもらう事になるの」

「それまで私達はどうすればいいんでしょうか?」
瑠璃はお茶を飲んでいたコップを置きながら将明に聞いた。
「立入禁止区域に入らなければ、このコロニーの何処にでも行っていいぞ。ただし保護者同伴だ」
将明は笑いながら人差し指を立てた。
「とりあえず今日はどっか見学でもして来るといい。丁度レナードも非番だし、引率役にはもってこいだ」
「社会見学、ですか?」
「小学生じゃねーぞ、俺」
「つー事で引率役、頼めるか?」
「勿論です、小父様」

と言う事で、今日の龍一と瑠璃の予定は、グリプス1の社会見学となった。
























総司令公邸・リビング――――――

現在時刻は午前9時。
レナード引率のグリプス1社会見学は、午前10時からに決定した為、龍一達はこのリビングで
食後の休憩を取りつつ、昨日は出来なかった家族への連絡を取っていた。
このリビングも、例に漏れず高価で趣味がいい調度品に彩られていた。
龍一達が座る、やはり高価であろう大きなソファーの座り心地はとても良い物である。

「いやー、本っ当ーにどうなる物かと思ってたよ!!」
「何にせよ、これにて一件落着、かな?」
「こんな落ちだったのかよ! でも本当なんだよな、マジで!!!」
美月、纏、リオの3人は、TV電話が通じた30分前からこの方、ずっとこの調子だった。

ちなみに美月達がいる葛飾、と言うより日本は現在午後6時である。

「こっちに戻ってくるのは2週間後ね。ちゃんとご馳走作ってあげるから楽しみにしてなさいね〜」
彼ら3人の後ろから、夕食の準備をしながら夏樹は手を振った。


ちなみに、地球-月間の5つの重力均衡点――ラグランシュポイント――の宙域に浮かぶ7つの
サイド(行政区)に分かれ、数百基に上るスペースコロニーは、全てのコロニーにおいて
例外無くグリニッジ標準時を採用している。
故に、地球よりスペースコロニーに上がった人間は、当初は時差ボケになる場合が多かったりする。


その後20分程話し、美月と纏が夕食の支度の手伝いに行った後、リオはしばし考え込む素振りを見せた。
「うした?」
「どうしたんですか?」
「どうしたの?」
そんなリオに、龍一、瑠璃、レナードが同時に声を掛けた。

「いや、ね」とリオは一旦言葉を切って、そして続けた。
「父さんが言ってた『色々準備とかしないといけない』って、この事だったんだな、と」
「あ、そうか!」
瑠璃は手を打った。
「兄貴はどう思ってた訳?」
「俺? 俺はサツキミドリ辺りじゃないかって思ってたよ。だから、正直こんなに早く降りれるなんざ思って無かった」
龍一は食後の緑茶を啜りながらリオに答えた。
「姉ちゃんは?」
「私は始めから、大気圏離脱直後に連れ戻すって聞かされてたわ。」
リオはその話を聞いて、酷く呆れた顔をした。
「何じゃそりゃ。最初から連れ戻す気満々だったのかよ。心配しまくった俺らが馬鹿みたいだ」
「だって親父だぜ。どうせ物のついでに、あの船から機密情報の1つや2つ、抜いてるんだろうよ」
龍一は、自分たちのこの一件が始めから計画されていた事に気を良くしたようで、冗談がましくそう言った。
「かもね。けどこれって契約不履行とかで訴えられたりとかは無いの?」

その直後のこのリオの言葉に龍一の動きは凍った。

「って大丈夫よ龍一。小父様はちゃんとその事も考えてるだろうし」
レナードは凍った龍一の肩を優しく叩いた。

「えと、つまり私達が連れ戻されるのは始めから決まっていた事で、けどそれはネルガルさんは
知らなかった事で。だから色々と問題が起こっちゃうかもしれないけど、大丈夫、って事ですか?」
「その通りよ」
これまでの話しを一つ一つ指を折りながら纏め上げた瑠璃に、レナードは柔らかく笑いかけた。

「これって結構ヤバイよな……。相手は大企業だし。どうやって戦おうか?」
なお、先程のレナードの言葉が聞こえていなかったらしい馬鹿が、その横で何やらぶつぶつと呟いているのは無視された。





















グリプス1 工業ブロック――――――

当初の予定通り社会見学と相成った龍一と瑠璃は、幾つかの場所を巡った後このブロックに案内された。

「うおおおおおおおお!!!!!!」
「で、ここが工業ブロックなの。と言っても殆ど軍需工場なのだけどね」
「軍需工場? 鉄砲とかを作ってるんですか?」
「ジ、ジムだ。ジムUだ!」
「うーん。鉄砲とかじゃないわ。それよりもっと大きくて凄い物を作ってるの」
「大きくて凄い物? 戦車とかですか?」
「カスタムとクゥエルハッケソ!」
「って、女の子にもったいぶっても意味無いか。モビルスーツよ。ここで造ってるのは」
「もびるすーつ……。あのおっきいロボットの事ですよね」
「あ、白いゲルググが居た」
「そうよ。それにここはあんまり動き回ると危ないから、って龍一! さっきから何してるの!?」

と、この声に、レナードの説明を無視してて子供の様にはしゃぎ回る龍一は、彼女の方に向いた。
「モビルスーツがあるんだぞ。目の前にあるんだぞ。興奮せずにいられるか!」
そう言い残し、龍一は風の様に工場内へと走っていった。

先程までの龍一は、この社会見学にとてもつまらなそうに着いて来ていた。
それがMS工場に到着した途端にこの様子である。
故に、
「はぁ、何で男の子ってロボットを見ると、あんなに興奮するのかしら?」
「はぁ、何で男の人ってロボットを見ると、あんなに興奮するんでしょう?」
二人の口から出たのは、ほぼ同じ言葉。
レナードと瑠璃は顔を見合わせ、そして吹き出した。
「あの人は放って置いて、私達はゆっくり回りましょう。女の子にはあんまり面白くないと思うけど」
「はい。けどそんな事ないですよ」
瑠璃は精一杯首を横に振った。
そんな瑠璃の様子が微笑ましく、そして先程の子供に戻った様な龍一の様子も思い出して、レナードは優しく笑いながら手を出した。

実は瑠璃はレナードに苦手意識を持っていたのだが、彼女はそのレナードの手を少し戸惑いながらそれでもしっかりと握った。






先に突入した龍一は、既に工場の奥深くに入り込んでいた。
それでも、工場職員の邪魔にならない様に、または立ち入り禁止区域に入り込まない様に最低限
注意しながら、周りを見渡しながら歩を進めた。
見上げた天井の高さは30m近い。
オートメーション化された工場の生産ラインは、ベルトコンベアに乗った(恐らくはモビルスーツの物と
思われる)部品と、それに加工や他の部品を取り付けるべく、一切のミスも休みも無く動く
作業ロボット達が整然と並び、ある種の荘厳な雰囲気が漂っていた。
この様子に、龍一は小学生の時、。やはり同じく社会見学で行ったト○タの
自動車工場の様子を思い出していた。

龍一が歩いている通路の、丁度真横に在る道路の上を巨大なトラックが通過した。
「モビルスーツのボディ……」
そのトラックの上には、赤い塗装が施されたモビルスーツのボディのみが乗せられていた。
今から組み立てを行うのだろう。

そのトラックの行き先に興味を持った龍一は、後を追う様に歩いていった。






トコトコトコトコト。
瑠璃とレナードは手を繋ぎながら、龍一と比べると大分ゆっくりと歩いていた。
高度にオートメーション化と効率化が進められたこの工場は、瑠璃の想像とは違い非常にクリーンな環境だった。

瑠璃は自分の横を歩いているレナードを見上げた。
腰まで、とは行かないがそれでもかなりの長さを持つアッシュブロンドの髪を、今はアップにしている。
その容姿は、およそ龍一と同い年――20歳――とは思えないほど幼く愛らしい。
平均より低い身長と、殆ど目立たない薄い胸と相まって、彼女は他の姉達と同年代、つまり中学生にしか見えない。
しかし、この愛らしい女性には、他の女性とは決定的に違う点が1つあった。

男性の服装をしているのである。

瑠璃がレナードに苦手意識を持っているのは、これが理由だったりする。
レナードには男装する癖があるのだ。

最も、レナードはただ男装するだけではなく、男装後は口調や仕草までもが男性の物となってしまう。
男装をする事によって、彼女の中である種の『スイッチ』が入る為である。

(本当に、勿体無いなぁ…)
瑠璃は本当にそう思う。
こんな癖を持っていなければ、もっと男の人にもてるのでは無いのか、と。
なお、彼女はレナードに苦手意識を持ってはいたが、嫌っている訳では決して無い。
瑠璃にとって、レナードは大好きな姉、そして大切な家族の1人なのだ。

だが彼女は知らない。
レナードが何故男装をするのかと言う事を。


レナードは、俗に言うパニック症候群――不安神経症とも――を患っている。

幼い頃、両親が事故で亡くなったため、両親と深い付き合いがあった山下家に引き取られてから日本の
学校に通っていた彼女は、小学四年の時に酷いいじめにあった。
そのとき以来彼女は、家族であった山下家の人達の努力も空しく、家から外出するだけで
突然激しい不安に襲われる――不安発作――様になってしまった。
何とか出来ないものか、と将明が知人の精神科医に相談した所、男装をさせてみてはどうか、と言う返事が返ってきた。
男装する事によって、自分はパニック症候群を患っている人間では無いと自己暗示をかける、との事
だったが、果たしてこの目論見は見事成功したが、物事の根本的な解決には至っておらず、おかげで
レナードは結局今だ外出する時は男装をしなければならなかった。

その当時、瑠璃はまだ年端も行かない年齢であったし、今現在も話すには少し早いと将明と夏樹が
判断していたので、この事は知る由も無かった。


「どうしたの、瑠璃?」
先程から、瑠璃が自分の顔を覗き込んできたのに気付いたレナードは、瑠璃の方を見て首を傾げた。
「ああ。やっぱりつまらなかった? ごめんなさい。けど、ここは私の職場だから見て欲しくって……」
「そんな事無いです! とても凄いです」
そんなレナードの言葉に、やはり精一杯首を振る瑠璃。
その様子にレナードはクスリ、と笑ってしまう。
「あ、……もう!」
自分が笑われた事を感じた瑠璃は、少し拗ねた顔をした。
「ごめんなさい。余りにも可愛らしくて」
そんな瑠璃の様子がまた可愛らしくて、レナードはふにゃっという感じで微笑んだ。
「もう、姉さんったら」
瑠璃はそんな姉の姿に苦笑した。可愛いと言われて照れたのだ。






「ここか」
先のトラックの後を追った龍一が目にした物、それは20機以上の建造途中のモビルスーツだった。
先程までの工場ブロックより更に巨大な部屋。
その中で、幾つにも分かれていたパーツが一つとなり、20m近い全高を持つ鋼鉄の巨人モビルスーツ
に成っていく光景に、龍一はただただ圧倒された。

「コイツは凄ぇ……!」
更に高まった興奮を隠し切れない様子で、周りの様子を見渡していく。
建造途中のモビルスーツの足元では、作業用と思しきエステバリス達が忙しなく動き回っていた。
龍一がナデシコで見た物とは違うタイプのそれは、作業用として新規に設計されたフレームである。
黄色と黒色を基調とし、マッシヴな外見の、如何にも作業然としたエステ達と共に、ザクの上半身が
乗っかった戦車らしき物、俗に言うザクタンクも作業を行っていた。

この風景は、模型雑誌などでよく見る機動兵器工場のジオラマその物だった。

建造中のモビルスーツ達は、カラーリングを除けば全く同じタイプの機体である。
黒い気体は一般用で、赤い機体は指揮官用か。
どちらにせよ、少々ずんぐりした体型がとても力強く感じられる。
「リック・ドムみたいだ」
龍一は知らず知らずの内にそう呟いていた。

「中々見る目が有るな、青年」
そんな龍一に、後ろから声が掛けられた。
龍一は別段驚きもせず振り返った。
そこには現場監督らしい、つなぎを着た中年の技術士官が立っていた。
「あ、邪魔になります、俺?」
その龍一の言葉に技術士官は首を振った。
「いや、君が見学に来る事は、少佐ちゃんや御大将から聞いているし立入禁止区域もちゃんと設定して
いる。だから別に邪魔なんかにはならんよ」
技術士官はそう言いつつ龍一にヘルメットを投げてよこした。
「もっと近くで見るんだろ? それは着けろよ」
「すんません」
少佐ちゃんと御大将とは、レナードと将明の事だろう。龍一はそう思いつつ、技術士官に
頭を下げてからヘルメットを着けた。


「デカイっスね!」
「17,8mもあるからな。そこで作業している奴らの3倍だ」
建造途中のモビルスーツの内の一機。その足元で、技術士官と龍一は機体を見上げていた。
「けどコイツはどういう機体ですか? 何かドムに似てる気がするんスけど」
「さっきも言ったけど、中々目の付け所が良いね」
技術士官は嬉しそうに龍一を見た。
「コイツの名前はリック・ディアス。喜望峰を発見したバーソロミュー=ディアスにちなんで付けられた」
「リック・ディアス……」
「開発時は、γガンダムなんて呼ばれてたぞ」
「ガンダム!!? こんなナリなのに?」
「あくまで仮さ、仮」
自分が手がけたモビルスーツに魅入る青年に気を良くしたのか、この中年の技術士官は何時に無く饒舌に
この機体リック・ディアスについて――無論軍機に触れない程度で――語った。
「コイツは君が言った様に、リックドムを参考に設計されている。だが、それだけじゃなくてあの
『ガンダム』も参考にされている。つまりガンダムとリック・ドムの合いの子だな」


その後も暫く技術士官から話を聞いていた龍一に、レナードと瑠璃が追いついたのは、丁度昼時の時間帯だった。



















工場近くの公園――――――

昼間だが、人気がまるで無い公園。
芝生の上に敷かれたビニールシートに、3人は寝転がっていた。
合流した龍一達は、丁度昼時の時間帯だった為、公邸の家政婦が気を利かせて作ってくれた弁当を片手に、ここにやって来た。
現在は食後の休憩中である。

「凄い! 雲の向こうに街が見える!」
仰向けに寝ながら、瑠璃は目に入ってくる光景に驚きの声を上げた。
「こういうのを見ると、自分らが今コロニーに居るってのが実感できるよな」
龍一もそう言って、瑠璃と同じように寝転がりながらコロニーの空の部分を見た。


この巨大なシリンダーの内壁に作られた都市は、龍一達『地球市民』にとって何かと奇妙に映る。
見上げれば空の向こうに街が見え、地平線を見ればコロニーの『端』が見えるのである。
本来のスペースコロニーなら、街と街を挟む『河』――コロニーが太陽光を取り入れるための
巨大な窓――とその向こうに広がる宇宙空間も見えるのだが、このコロニーは密閉型と言う
採光窓が無いタイプなので、光はコロニー回転軸の中心部にある人工太陽が発生させており
視界に広がるコロニーの内壁は全て陸地であった。


「確か、向こうにあるコロニーの『端』って、山になってたよな?」
「ええ。3000m近い、ね。上に行くに従って重力が小さくなるの。頂上付近は無重力になるわ」
「へー。明日にでも行って見るか、瑠璃?」
龍一は瑠璃に声を掛けたが、彼女からの返事は無かった。
「あ?」
「寝ちゃったのかしら?」
龍一とレナードが覗き込むと、瑠璃は可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。
「はしゃぎ疲れたのか?」
「貴方じゃないんだし。昨日まで色々とあったから疲れてたのよ」
レナードは、瑠璃の髪を優しくなでながらそう言った。

龍一が、瑠璃に自分が着ていたコートを被せた
密閉空間であるスペースコロニーは、季節や気温、天候を自由に変化させられる。
現在のグリプス1の気温や天候は、日本で言えば五月上旬並に設定されていた。
要は昼寝に最も適した環境である。色々と疲れが溜まっていた瑠璃が寝てしまうのも、無理無かった。

「この子はまだ小学生なのに戦艦に乗せられて、オペレーターなんて遣らされそうになって……。とっても異常……」
「ああ」
レナードは、瑠璃の顔を眺めながら呟いた。
瑠璃の寝顔はとても綺麗で愛らしかった。

ふと、レナードの肩に龍一の手が置かれる。
「ふぇ?」
龍一は、極自然にレナードを自分の正面に向けた。
「あ、あのっ」
「だからって俺らにしてやれる事ってのは少ないんだよな」
そう言いながらも、龍一とレナードの唇の距離はどんどん狭まる。
「今回の事もだよ。俺ってオヤジの掌で踊ってただけのバカタレだ」
――そんな事っ。レナードはそう言おうとしたが、出来なかった。

龍一の唇が、彼女のそれを優しく塞いだからだ。

「むっ……。はうっ…………んっ」
唇から、レナードのくぐもった声が漏れる。

龍一が唇を離したのは、30秒程時間が経ってからだった。

「あ、もうっ」
唇が離れると、レナードは名残惜しそうにしながらも、いきなり行為に及んだ龍一に抗議の視線を送った。
「わりぃわりぃ」
そう言いつつ、龍一はレナードをゆるく抱きしめた。
「俺、オヤジの様にはなれねぇと思う。でも、大切な妹や『家族』ぐらい自分で守れる様になりてぇ」
レナードの柔らかく暖かい体を自身のすぐ傍で感じたからか、龍一は不意に呟いた。
彼女は、目を閉じ龍一を抱き締め返しながら、自分にそんな弱音じみた事を言ってくれる龍一に
とても嬉しいモノを感じる反面、一つの言葉に心の引っ掛かりを感じた。

――『家族』

――ああ、龍一はやっぱり私をそう思ってる――

それはとても嬉しい事なのであるが、反面、少々寂しい事でもあった。


突如、自分の体が後ろに落ちるのを感じた。
――シートの上に、優しく横にされている。
「あ。りゅ、龍一……」
自分を横にした張本人に、文句を言おうと目を開けたら、その張本人の顔は眼前にあった。
自分の上に覆い被さっている。
「あ、あの……」
「ここ最近ご無沙汰だったしな。昨日も出来なかったし、いいだろ?」
「え?」
龍一の言葉が意味する物はただ一つ。ここで行う、と言う事だ。
「だ、駄目よ。外だし、瑠璃居るし」
その事実にレナードは大いにパニクった。
「いーじゃん。外でヤるのなんて初めてじゃないんだし。大きな声出さなきゃ瑠璃だって気付かないって」
「そういう問題じゃ……!」
「今朝だってむくれてたし。これでも俺、結構悪かったって思ってるんだぜ」

そんなのただの方便――――
レナードはそう言おうとしたが、どうしても言えなかった。
結局は自分も少なからず期待していたのだから。

龍一は、優しく、そしていやらしく、レナードの体を触っていく。

「やっぱスカートの方がいいよ、お前」
「え? 何で?」
「その方が脱がさずヤりやすい」
「へ、変態……」
「着衣プレイは浪漫なんだYO!」
こんなやり取りを交わしつつ、レナードはどんどんあられもない姿に成っていく。


久しぶりに触れるレナードの体は、やはり柔らかく、暖かく、華奢で小さかった。














「野外プレイとは、やるな、龍一!!」
子供達の様子が気懸かりで、昼休みを利用して密かに見に来た将明は、物陰から腕を組みながら息子の雄姿を見ていた。
「しかし、瑠璃がこれを見ちまったらどうする気だ?−20点」
彼の採点は厳しかった。




















行為の後のけだるい時間。
事後処理を終えて服装を整えた後、レナードはぼーっとしながら龍一に体を寄せる形で寝転がっていた。
いつもはベッド、今日はビニールシートの上、と言う違いがある物の、彼女はこの時間がとても好きだった。
(他の人とこんな事しても、こんなあったかい気持ちには成らないだろうなぁ)

パニック症候群のおかげでまともな青春を送れなかった彼女は、当然の事だがまともな恋愛経験も無い。
それ故、性的な経験もまた存在しない。龍一を除いて、だが。
だが彼女は、この事を別段悔いてる訳でも、辛く思っている訳でも無かったし、他の男性と交わる気持ちも全く起こらなかった。


それは、彼女が今の環境にとても満足している事の証明であったし、また彼女が今の環境を
壊したくない保守的な人間である証明でもあった。


(ちょっと、いいかな?)
レナードは横に寝ていた龍一の左腕に抱き付く様に寄りかかった。
(あったかい……)
身を寄せた左腕は、とても逞しく暖かかった。
しかし龍一は何もリアクションを起こさない。
レナードが訝しんで彼の顔を覗き込んだ時、「コロニーって不思議な所だよな」と口を開いた。
「え?」と声を出したレナードを他所に、龍一は言葉を続けた。
「大地が有って、空気が有って、水や緑や生き物も有って。けど全部作り物で。こんな所に
住んでっと、自分は凄くなったって自覚、生まれても不思議じゃねぇわ」
「だから10年前の戦争も起こった……」
レナードはそう返した。が、リオならともかく、龍一がこんな事を言うのはかなり意外だった。
「いや、な。昨日このコロニーに入る所マジマジと見ちまったモンだからさ。
ついついこんな感傷?だったっけ。が浮かんじまって」
そんなレナードの思いに気付いたらしい龍一は、「らしねぇよな」と苦笑しつつこう話した。
「そんな事はないわ」とレナードは返したが、やはりそれは苦しい物言いだと自分でも自覚できた。


「けど何でか、リオの奴が言うと何か様に成る……。何でだ?」
「それはきっと気品と顔の違……って痛い〜」
「顔は余計だゴルァ」
そんなじゃれ合う二人の喧騒に釣られてか、「んっ、ん〜〜……」と言う眠たげな声が聞こえた。
ギョッとした様子で龍一とレナードが右を向くと、そこには瑠璃が行為の真っ最中と同じ様子で眠っていた。
「起きてない、よな?」
「うん。この子、一度寝たら中々起きないし……」
その言葉の後、レナードは外で、しかも妹の横で行為に及んだ事に改めて気恥ずかしさ
を――それこそ気絶しそうな程に――感じて、顔を真っ赤にしながら臥せた。
「おーい、レナード〜。大丈夫か〜?」
そう言いながらも、とても解りやすい反応をしたレナードに苦笑しつつ、ここまで恥ずかしがっている
彼女に少し申し訳ない気持ちも感じた龍一であった。












「何故そこで羞恥プレイに走らん!! サドイズムが足りねぇぞ! −25点」
結局全てを見てしまった将明は、可愛らしく乱れていたレナードに大いに興奮しつつ
まだまだ詰の甘い(彼主観)息子に対し、厳し目の採点をしていた……。












将明が、昼休みがもう終わっていた事に気付いて大慌てで走って戻るのは5分後の事である。







後書き……⊂⌒~⊃。Д。)⊃ 

この話は解り難いけど、本編の3話と4話の間です。
本筋とは関係の無い様で、実はちょっとある外伝庭……じゃなくて二話。
将明パパンがどこぞのオーガさんみたく、息子(と娘)のあれな行為をタシーロしてはいましたが
メインは決してそれではありません。ありませんったら!!


しっかし、あんな閉鎖環境にいたら、そりゃ価値観とかその他諸々常人とはかけ離れた物になる罠。
レナードもまた、とても変則的ですが箱入り娘って訳ですな。

 

 

 

 

代理人の感想

箱入り・・・・・うーむ、それは何か微妙に違うような。

むしろヤドカリ娘とでも(爆)。

まぁ、彼女以上に気になったのはあのロクでもない親子の方なんですが。