機動戦艦ナデシコIF



   〜 黒の涙 〜

      第六話:犠牲



 朝、サセボ軍施設にある居住区の一室にて。

 まだ昇りきらない朝日は部屋の窓にかけられた厚いカーテンに遮られ、その部屋はまだ少し薄暗かった。

 彼女は目を開くと、布団の温もりに後ろ髪を引っ張られるようにしながらも上体を起こした。

 それに釣られて、普段はツインテールに結んでいるが、

 就寝時には解かれている長い瑠璃色の髪がサラサラと彼女の白い首筋を零れ落ちる。

「……おはようございます」

 なんとなくサイドテーブルの方に視線を向け、独りきりの自室で彼女――ホシノルリは誰にとも無く朝の挨拶を口にした。

 その後、低血圧気味のせいで未だ眠気の引き摺る頭を覚醒させるべく、少し熱めの湯を

浴びてからシャワー室を出て、先ほどまでとは打って変わったテキパキとした動作でルリ

は朝の身繕いを済ましていった。

 やがて起床から30分くらい立ってから、彼女は自室の戸を開け、そこで再び自分のベ

ッドの枕元に位置するサイドテーブルに視線を向けた。

「……行ってきます」

 パタン、パタパタパタ……

 その後、彼女は朝食を摂るべく施設の食堂へと足音軽く歩んでいった。

 そして彼女が部屋を出たあと、無人になった彼女の自室のサイドテーブルには、今は無

き義理の両親と自分、そして自身の義理の兄にして最愛の男性が幸せそうに微笑んでいる

情景を写した写真が収められたフォトスタンドがカーテンから差し込む朝日を反射していた。



 地球の保持する戦力で初のディストーションフィールド、グラビティブラストを装備し

たネルガル重工所属の機動戦艦ナデシコ。

 それは未だ大空を知る事も無く、サセボ軍ドッグにて極秘に建造されていた。

 数年前――公式では火星大戦の直後より開発、建造されてきた船体はほぼ完成を迎え、

 今はその統括コンピューター「SVC2027」愛称オモイカネとの微調整等を残すのみとなった。

 オモイカネ――後期SVCシリーズには、キーによる入力ではなく、

 IFSを用いた専用のオペレーティングにより、その力を最大限発揮できるように設計されている。

 そして、今ナデシコのブリッジに設けられたオペレーター席に座る少女、ホシノルリは

 幼少の頃よりSVC専属オペレータとして『開発』されてきた『部品』であった。

 彼女はパネルに手を乗せ、周囲に開かせた無数のウインドウの内容を同時平行で次々と処理していく。

 常人では並大抵の業ではないが、こう言った処理を幼い頃より繰り返し行ってきたルリにとっては何の苦でもなかった。

「……ふう」

 やがて一段落したのかウインドウを閉じ、ルリは目を瞑り軽く息をつく。身体を後ろに

倒せば、その身は戦艦にしては柔らかなナデシコのシートに僅かに沈み込んだ。

「……」

 ルリの口から声にならない呟きが零れ落ちる。

 その呟きは声帯を震わせることなく、ただ彼女自身の胸の内でのみに凛と響く。

 ルリはこういったやる事とやる事の合間――次の仕事にかかるには時間が無く、かとい

ってゆっくりと休むには時間が足らないといった具合な――があまり好きではなかった。

普段は押さえ込んでいる、数年前では当たり前の光景を、今となっては還らぬ思い出をふ

と思い浮かべてしまうからだ。

 あの楽しかった、愛しい義兄との時間を。

 暗く俯いたルリは知らず知らずの内にそっと胸元にその両の袂を寄せた。二つの掌が重

なる先には、あの日義兄から渡された最後のプレゼントが、持ち主の心を映し出すかのよ

うに青く、哀しげに納まっていた。

「……さん」

 もう一度、今度は微かに空気を響かせて想い人の名を呟く。

 暫くして、ルリはもう一度小さく溜息をつくと再び仕事へと取り掛かっていった。



「どうですかな、調子の方は」

「プロスさん……」

 ふと、何時からそこに佇んでいたのか。

 ルリが声の方を振り向けば、そこにはプロスペクターがいつもの笑みを顔に張り付かせていた。

 ここまで来ると最早これは笑みとは言えないかもしれない。

 これは単なる笑みと言う名の無表情なのでは、とすら思える程に。

「こんにちは、ルリさん」

「こんにちは」

 ルリはプロスから視線を外すと、再び自分のやるべき作業へと戻っていった。

「で、ナデシコとの調整はどのくらい進みましたかな?」

 ルリはそれまで開いていたウィンドウの幾つかを閉じ、変わりに別の数枚をプロスの眼前に表示させた。

「現在、居住区と娯楽施設とのリンクが完了しました。

 元々オモイカネは以前の研究所でもハウスコンピューター紛いの事もやって貰っていたので、

 特に支障はありません。戦闘施設、つまり戦艦としての機能は凡その微調整も完了しました」

「この、処理速度の劣化調整とは何ですか?」

 報告を聞いていたプロスは、眼前に示されたデータの一つをさらに詳しく表示させ、

 ルリにその詳細を訪ねた。

「はい、どうしても、機動戦闘中だとナデシコの全施設への完全な制御は難しくなるんです。

 無理ではないんですが、どうしてもそれだと処理が重くなってしまって。

 戦闘にコンマ数秒のタイムラグが生まれてしまう可能性があります」

「なるほど。その為に、機動戦闘中では処理に優先順位を設ける、と」

 地球でもトップクラスを誇るSVC機種ではあるが、いくらそれが優れていようとも、

やはり全長300メートル近くにも及ぶ戦艦の全部所を同時処理していれば僅かな処理速

度の低下は免れなかった。

 全体のメモリにして僅か数パーセント。タイムラグの発生確率などコンマを切る。

 だが、それでも一瞬の判断が生死を分ける場面とは存在する。

 自販機で買ったコーラのクレジット番号の確認に使われた分のメモリで、

 僅かに何百分の、何千分の一秒の遅れが処理に出るかもしれない。

 そのあるか無いかの僅かな時間差で、フィールドは出力を完全に出しきれず、

 援護射撃は遅れ、こちらの主砲が火を吹く間も無く相手の主砲がこちらを貫くかもしれない。

 それをルリは少しでも無くそうと試みているのだ。

 少しでも――長く、確実に生き残るために。

「分りました。この調子でいけばナデシコの出航には余裕で間に合いますね。

 しかし……」

 そこでプロスは周囲に浮かんでいるウィンドウを閉じさせ、軽く息をつく。

「しかし、その為に身体を壊しては元も子もありません。

 たまには休暇をとって、ゆっくりと休んでください。

 ただでさえ、オモイカネを扱えるのは唯一貴女だけなんですから。

 その苦労は人一倍でしょうに」

 ――来た。ルリはそう思った。

 ここ最近、彼女は自分の置かれている現状に戸惑っていた。

 数ヶ月程前からだろうか――彼女に対する風当たりが極端に良くなったのは。

 テンカワ夫妻の死後、彼女は再びネルガルの所有物としての人生を歩んで生きていた。

 ただ物のように扱われ、実験に付き合わされる毎日。

 研究者の一部に、あの火災で生き残った者が居た為だろうか。

 娯楽の少ない男性研究員達の慰み者にされなかったのは、せめてもの救いなのかも知れなかった。

 そんな生活が数年続き、ある時を境に急に彼女の扱いが良くなった。

 物から者へとその対応が変化していったのだ。

 それは、彼女がオモイカネを使った外部への情報収集の訓練を行っているときだった――彼女が、

 世間に流れる公共データの一部が大規模に改竄されているのを見つけたのは。

 それは完全に情報を抹消されており、彼女はその切れ切れの情報の断片を繋げ合わせ、

何があったのかはその全容すらおぼろ気にしか分らなかった。

 ――誰か、数人の人間の存在を隠している? ……否、抹消している。

 その程度にしか分らなかった。

 どんな人間を抹消したのか?

 何の為に抹消したのか?

 それは全く分らず、コレに関しては情報が更に徹底されていて、想像しようにも情報の断片すら手に入らなかった。

 ただ、それらが行われたらしい時期は、奇しくも彼女の待遇が変化した時期とリンクしている。

 まったく関係の無いことかもしれない。むしろ、この事と自分の事を繋げて考えるほうがどうかしているのかもしれない。

 だが、ルリの女の――「私、少女です」――少女の勘はしきりに何かを訴え続けていた。

 いくら考えても分らない。ならば、知っていそうな人に直接聞けばいい。

 答えは与えられずとも、何がしかのリアクションは確実にヒントになる。

 ルリはそう腹を括った。

「プロスさん」

「はい、何でしょうかルリさん?」

「近頃、急に風向きが良くなりましたよね」

「はて? 私は昔からルリさんの為にと色々と尽くしてきましたが?」

 ルリはこの答えで確信した。――プロスペクターは何かを知っている。

 プロスは頭の切れる男だ。ルリが言わんとしている事を十分に理解し、

 その上でこの答えを――恐らく、ルリに何かを匂わせる事は出来ても

 ソレ以上を気付かせない答えを返してきたのだろう。

 これ以上、何も益のある答えを得る事はなさそうだが、とりあえずの探りは入れてみるべきだろう。

 ルリはそう判断した。

「最近、私に何か隠してませんか?」

「いやぁ。私としましても、自分で何を知っていて、何を知らないかは判断の付かない立場でして

 ……中間管理職と言うのもまったく。胃の痛いことです」

 ホントに、食えない道化ですね。

ルリはこれ以上の探りは疲れるだけだと判断した。元来、自分は口上での探りあいは得意ではないのだから。

「そうですか。あまり薬に頼るのは良く無いですよ?」

 全く、電子情報でも駄目、聞き出そうにも相手がコレでは……。

 ルリは今後、これ以上の追及は何処を叩いても無駄だろうと考え、その考えは全く正しかった。

 何故なら、ネルガルの行った情報の隠蔽工作は「ルリに知られないこと」を第一として

特化された物だったからだ。



 そして、オモイカネとナデシコの調整もほぼ整い、ナデシコの出航まであと数日と言ったところで

 ――ナデシコの、その数奇な運命の幕は切って落とされた。



 プシュウ

 ブリッジのドアがエアの抜ける音と供に開き、そこから二人のブリッジクルーが現れる。

 亜麻色の長い髪をした操舵士、元社長秘書のハルカミナト。

 紫色の髪を三つ編みに結った通信士、元若手声優のメグミ・レイナード。

 二人はブリッジの下段にあるそれぞれの席に付き、既に席に付いて仕事をしている同僚に声をかけた。

「おはよう、ルリルリ」

「ルリちゃん、おはよう」

「おはようございます。ミナトさん、メグミさん」

 既にオペレータ席でオモイカネのチェックを行っていたルリは軽く頭を下げて二人の挨拶に答える。

「ルリルリ、朝早くからご苦労様」

「いえ、いつもの事ですし。ミナトさん達こそ、まだ時間まで少しありますよ?」

「んー、ルリルリにばっかし仕事させとくのもねぇ〜?」

 ふっくらとした唇に人差し指を当て、顔を上向かせて答えるミナト。

「それに、部屋に居ても大してやる事もありませんしね」

 そう言って会話に参入するメグミ。

「とは言っても、ここに居ても何かする事があるわけじゃないんですけどね」

 コツン、と軽く握り拳を頭に当てて舌を出すメグミ。その仕草は年齢の割りには幼かったが、不思議と似合っていた。

 だが、メグミの言った事も間違いではない。ルリと違って、操舵士、通信士の仕事は今のところ無い。

 今日、ブリッジに集まるように言われていたのも、

 今日の昼頃に到着する予定の艦長を迎えるためだった。

 ミナトもメグミも、単にお喋りの相手を探していたに過ぎない。

「あーあ、早く艦長来ないかな〜」

 コンソールに突っ伏すメグミ。

 女三人よれば姦しい、との諺どおり、三人は特にすることも無く(ルリだけは別だったが)

 他愛の無いお喋りで時間を潰している内にやがて他のブリッジクルーも現れ始めた。

 ナデシコオブザーバーにして提督、元宇宙軍退役軍人フクベ・ジン。

 同じく副提督、宇宙軍少将、ムネタケ・サダアキ。

 ナデシコ戦闘オブザーバー、ネルガル社員ゴート・ホーリー。

 ナデシコ会計監査及び人事、ネルガル社員プロスペクター(仮名)。

 後は艦長、副艦長の到着を待つばかりであった……が。

 その艦長、副艦長は初日から既に2時間近くの大遅刻をしていた。



「プロスペクターさぁん……艦長っていつ来るんですかぁ?」

 コンソールをおもちゃにして暇を潰していたメグミが一段高いところにいるはずの男に問い掛ける。

「いやぁ〜……どうしたんでしょうかねぇ……もう、とうの昔に着いてても良いハズなんですが」

 ナデシコの人事部として主要人物をスカウトしたプロスは頭を掻きながら呟く。

 呟きながら頭の片隅で「ひょっとして人選を間違えましたかねぇ?」等と考えていた。

「ほ〜んと。どんな人が来るのかしらねぇ?」

 先ほどまでルリを相手に喋っていたミナトもこちらの会話に加わる。

「かっこいい人だといいなぁ」

 メグミがコンソールに突っ伏したまま、夢見るように呟く。その顔は正しく白馬の王子様を夢想する少女のそれだった。

「メグミちゃーん? あんまり期待すると、反動も大きいわよぉ?」

 大人の女性、ミナトが優しくたしなめる。

 メグミはコンソールから顔をだけ起こし、ちょっと頬を膨らませる。やはりその年齢に合わぬ幼い動作だが、可愛い。

「だってぇ……ちょっと期待してたんですよぉ。戦艦って言うからには格好良い男の人が

いるんだろうなぁって……ミナトさんだって、良くない男の人より、良い男の人の方がい

いでしょ? ね? ね? ルリちゃんもそう思うわよね?」

「男の人の『良いトコ』なんて外見だけじゃないわよ?」

 酸いも甘いもかみ分けた大人の答え。ミナトはそう言って肩をすくめる。

「私、少女ですから。良く分りません」

 我関せず、の十六歳少女、ホシノルリ。

「とりあえず能力の方は申し分ない筈ですよ? なにせ連邦大学の戦略シミュレーション

では他の追随を許さなかったらしいですからねぇ」

 プロスが話中の艦長について補足説明する。それにしてもこの男、艦長が女性である事

を態々黙っているあたり人が悪い。もしかすると、彼も中々艦長が現れない為に暇を持て

余していたのかもしれない。

「んじゃ秀才タイプなのかな?」

 これはメグミ。知らぬが仏、とは正にこの事か。

「しかしミスター……艦長が来ないと話にならない。なにかトラブルがあったのかもしれん」

 プロスの隣に立つゴートがぼそっと彼に耳打ちする。

「んー……そうですねぇ。何かあったんですかねぇ……。ゴートさん、ちょっと見てきてもらえますか?」

 ゴートが渋い顔で軽く頷くとブリッジのドアに歩み寄るが、彼が開けるよりも早くそれは

彼の目の前で開いた。

「いやー! 遅くなっちゃっいましたぁ、すいませぇん!」

 セリフほど悪く思っていないのは明白な表情で入ってきたのは十代後半に見せて実はハタチ♪の女性、

 連合宇宙軍傘下の連邦大学を主席で卒業した才媛、待ちに待ったナデシコ艦長ミスマル・ユリカだった。

「ユ、ユリカぁー……」

 彼女の後ろからは、フラフラと疲れ果てた感じで足取り危なく一人の男がブリッジに足を踏み入れた。

 同じく連邦大学次席、ナデシコ副艦長アオイ・ジュンである。

 ユリカはキョトキョトと周りを見回し、自分に注目が集まったことを確認すると大きく口を開いた。

「みなさーん! 私がこの度艦長をやることになりましたミスマル・ユリカでーす!

 ぶいっ!」

 大きく花開いた向日葵のような転進万欄な満面の笑顔と、言葉通りに大きく突き出されたピースサイン。

 彼女、ミスマル・ユリカはたっぷり5秒間、ブリッジの時を止めた。



 ……ばか?

 オペレーター席で呟かれた声は、誰にも聞かれること無く散っていった。

 本当にこの船大丈夫かなぁ?

 プロスを筆頭とした、この場の面子の内心はほぼ統一されていた。



「艦長、こんな時間まで何をやっていたのですか」

 逸早く再起動を果たしたプロスの叱責も、この艦長にはまるでどこ吹く風。むしろ、そ

の陰にいる筈の副長の方が顔色が悪い。

「え、今何時ですか?」

「もう八時です。着任予定は六時のはずですよ」

 悪びれる様子も無いユリカに無意識に腹部に手を添えるプロス。そのこめかみには青筋が浮かんでいる。

「わ、びっくり」

 右腕に止めた腕時計で時間を確認し、本当に驚いた表情をするアーパー娘、もといユリカ。

「まだ七時だと思ってました」

 あははー、とばかりにお日様笑顔。

「それでも一時間の遅刻です! もう少し、艦長としての自覚をですねぇ……」

 その時、ブリッジにけたたましい程大音量のレッドアラームと、遠い爆撃の音が鳴り響いた。



「え、なに? 敵襲?」

 敵襲。

 鳴り響くアラームと瞬くレッドランプが、その事実をブリッジにいるメンバーに主張する。

「周辺の情報をチャッキ。地上の防衛軍、ほぼ沈黙しています」

「敵、木星蜥蜴の無人兵器です。地上軍から入電、『彼我の戦力差は絶対。至急撤退されたし』」

 急いで自身の仕事へと戻ったメグミとルリの報告が、ブリッジ一同を慌てさせる。

 木星蜥蜴。その無人兵器がこのセサボドックを襲撃している。狙いは恐らく、このナデシコだろう。

「地上軍のシステムとリンク。これより周辺地図と勢力状況を正面に出します」

 開かれたウインドウには周辺の平面図が描かれ、あちこちに赤い点が灯り、ドッグへの

入り口となる施設付近には青い三角形を中心に青い点が密集したものが映し出される。

 そして、青い丸は一同が見ている間も、次々と消失していき、やがて中心の三角も消える。

「リアルタイムでの情報です。バッタ約150機が現在ドッグ内部へと進行中」

「ルリちゃん、もしかしてあの青いのは……」

「地上軍の防衛戦力です。三角が装甲指揮者、丸が装甲兵隊です」

 ユリカの問いの間にも、次々と味方の勢力が消えていく。

 フクベ提督は唸るように図を睨むと、ユリカのほうを向いた。

「艦長、どうするかね?」

「…………」

 ユリカは一段高い艦長席の前に立ち、正面に表示されたウインドウを真剣な表情で睨む。

 そこにいたのは、先程まで大ボケをかましていた小娘ではなく、紛れもない連邦大学を主席卒業した指揮官だった。

「本艦は準備出来次第、海底ゲートを抜けて海中へ。そのあと浮上して敵を背後より殲滅します!

 ルリちゃん、ドッグに注水開始! 相転移エンジン及び核パルスエンジンも始動よろしく!

 エンジンが温まったら、グラビティー・ブラストへのエネルギーチャージ急いで!」

「了解。相転移・核パルス両エンジン始動します」

 テキパキと指示するユリカ。天然ボケ入ってるとはいえ、さすが艦長である。

「しかし艦長。ああ敵が広範囲にいるのでは、グラビティー・ブラストの威力範囲に納まりきらないのでは……」

「はい。だから、囮を立てます。エステバリス隊を搬入用エレベーターを使用して出撃、

 牽制をしてもらいながら海辺周辺に敵を一箇所に集中してもらいます」

「失敗したらどーすんの。囮なんていらないでしょ!

 それよりも迎撃よ! 迎撃! ナデシコの対空砲火を上に向けて焼き払うのよ!」

 喚くムネタケ。彼は自己保身しか考えていなかった。

「ちょっとダメよねぇ〜。味方いるんだし」

「エラい人の言うセリフじゃないです。人の命をなんだと思ってるんですか」

「現在、地上軍の残存兵力も撤退を始めました。ですが、歩兵部隊は未だゲート付近に残ったままです」

 下から非難を口にするミナトとメグミ。その視線に込められているモノはメグミは完全な侮蔑だが、

 ミナトのそれはむしろ憐みの色に近い。

 結局、GOサインを出したのは提督フクベだった。

「艦長の案でいこう」

「はい。ええと、オペレーターの……ルリちゃん、エステバリスのパイロットさんはいる?」

「パイロットは、三日早く乗船していたヤマダ・ジロウさんしかいません」

「もう、なんでもいいからそいつに命令しなさい! 私はこんな所で死にたくなんてないわよ!」

「ですがヤマダ・ジロウさんは先程、エステバリス試乗の際に事故により左足骨折。

 現在は医務室で治療中です」

「そ、そんなぁ〜」

「やっぱり対空砲火で焼き払うのよ! もうそれしか無いわ!」

 エステバリスパイロットが居ない……即ち、近接防御担当が居ないと言う現状に

 鼻息荒く対空砲火を主張するムネタケ。

「いえ、まだ道はあります!

 ナデシコはこのまま海中ドッグを抜けて敵背後より出力を押さえたグラビティブラスト

を後退しながら連射! 残った敵を空対空ミサイルで掃討します!」

「ふむ。ベストとは言わんが、この状況での善後策としてはまあまあだろう」

「ドッグ注水率90%オーヴァー。ナデシコ、発進できます」

「よし! 機動戦艦ナデシコ、はっし〜ん!」

 その時、ピピピ、とメグミのコンソールが通信を報せる。

「!! 待ってください!

 搬入用エレベーターよりエステバリス一機、出撃中です。エステバリスよりの通信、開きます」

『ちょっと待ったぁ! 俺のことを忘れてもらっちゃ困るぜぇ!』

 通信が開いた途端、ブリッジに響きらたる雄叫びと浅黒い肌にボサボサ頭の濃ゆい顔。

「え? えっと〜……すいません、あなた誰ですか?」

「ヤマダさん。あなた骨折して医務室行きではありませんでしたか?」

 困惑顔のユリカと何処か呆れたようなプロス。

『ちが〜う! ヤマダジロウとは世を忍ぶ仮の名前! 真実の名前、魂の名前はダイゴウジ・ガイだぁ!』

「あ、ヤマダさんですか。骨折したって聞いてますけど、大丈夫なんですか?」

『だからヤマダじゃないっつーの!

 おうよ! 骨折なんぞ何のその! 俺様の熱い魂が戦場を求めているのさ!

 襲われる秘密基地、逃げ惑う人々、そして華麗に活躍し、秘密兵器を守るロボット! 

くぅ〜……燃えるシチュエーションだぜぇ!』

 一人悦に入るヤマダ。だがユリカはそれをあっさりと無視し、

「えっと、よく分らないけど、大丈夫なんですね?

 それではこれより、ナデシコは海中ゲートを抜けて敵背後へ回ります。

 パイロットはエステバリスでそのまま出撃、海岸地点まで敵を誘導してください。

 十分間持ち堪えて貰えれば、ナデシコが到着しますので」

『おうとも! ダイゴウジ・ガイ出るぜぇ!』

「エレベーター、地上に出ます」

 ルリの報告と供にピンク色のエステを乗せたエレベーターは上昇を止め、地上へとヤマダを送り出した。



 エレベーターが止まり、視界が開ける。するとそこは敵機動兵器群のど真ん中であった。

「よっしゃあ! やってやるぜぇぇぇ!」

 ヤマダは雄叫びを上げながら自機を駆り、海岸方向の敵群へと突っ込んでいった。

「ゲキガン・ソォォォォォド!」

 出撃前に格納庫の端に転がっていたのを拾ってきたイミディエット・ナイフを構え、牽

制代わりに勢い良く振り回す。運悪くヒットした数機のバッタが火を吹き、蹴散らされる

が、ヤマダの駆るエステは敵包囲網を抜ける頃にはあちこちを被弾していた。

「ちっきしょう! てめぇら多すぎるぞ! くらえ! ゲキガン・パァァァァンチ!」

 そのまま敵に背を向け、ローラーダッシュで国道を突っ走るヤマダ機。時たま振り返っ

てはワイヤードフィストで突出した敵を打ち落としていく。

「へへ、正義は勝ぁぁぁぁぁつ!」

 十機も落とした頃、ヤマダの心に油断が生まれた。

 油断はそのまま敵の接近を許してしまい、上空からジョロと組み付いて迫ってきた

 バッタのミサイルを背部に受け、吹き飛ぶヤマダ機。

「ぬぉあぁぁぁぁぁ!」

 ナデシコの到着までは、あと少しだった。

 再び敵の真っ只中に放り込まれたヤマダ機。並みのパイロットならば十秒も持たなかっただろう。

 だがしかし、そこは「人格に多少問題があっても腕は超一流」の選考基準に選ばれた人材。

 一流パイロットであるヤマダの操るエステは被弾を許しながら、確実に装甲の厚い部分で受け止めていた。

 だがやはり多勢に無勢。

 さらに言えばヤマダの脚は完全に反対を向くほどに折れている。

 序盤はアサルトピットの耐G装置が振動を中和していたが、

 激しい機動と続く被弾により現在アサルトピットの中はさながらシェイカーのように

 絶え間なく激震が遅い、刻一刻とパイロットの集中力を奪っていた。

 しまいには禄に敵の攻撃を捌くこともできなくなり、危険箇所への被弾も増えていく。

 今では最早、エステバリスの基本スペックの高さに救われているのが現状だった。

 ピット内を瞬くレッドランプに「ナナコさん、すまねぇ……」等と死を覚悟したその時、

『ヤマダさん、お疲れ様でした! そのまま海に向けて飛んでください!』

 天の助け、とばかりにナデシコからの通信がヤマダの耳に飛び込んできた。

 見れば、モニタの片隅にも『充電開始』の文字が表示されている。ナデシコがすぐ近く

まで――エネルギー供給が可能な距離まで――来ている証拠だ。

「いよっしゃぁぁぁぁ!」

 ヤマダ機は眼前の敵をイミディエットナイフで薙ぎ払い、背部スラスターを大きく吹か

せて上空へと跳びあがった。

 そのまま海に向けてスラスターを吹かせようとして――被弾により調子の下がっていた

スラスターが、突如火を吹いた。

 空中でバランスを崩し、海面へと錐揉み上に落下していくエステ。大きく目を見開いた

ヤマダの視界には、海面からせり上がるナデシコの雄姿、そしてモニタに大きく映し出さ

れたミサイルの弾幕と「ミサイル接近」の表示が映し出されていた。

「しまっ――!!」



 その後、スキャパレリプロジェクトの要たるネルガル重工私的運用戦艦、識別コードN

DD−001『ナデシコ』は突如襲来した木星蜥蜴の大軍勢を主砲グラビティブラストの

一撃を祝砲として、予定より二週間早くサセボの軍ドッグを飛び出した。

 ――1人、予定より3日早く乗船していたパイロットの捨て身の援護によって。




  □■□後書き□■□


えっと……遅くなりました(かなり)、『黒の涙』第六話:犠牲をお送りします。
今回はかなり筆の進みが遅かったです。ええ、それもこれも夏が悪いんだ〜!
……嘘です。ごめんなさい。
今回はルリルリサイドのお話。ナデシコ出航! ついにTV版一話を迎えました。
ルリとプロスの会話。内容は気にしても言葉回しは気にしないで下さい。
これ書いてて、つくづく自分には腹芸だとか口先三寸だとかは似合わないなと実感しました(笑)。
これからは一応TV版にそって物語りは紡がれますが……伊達にアキトが黒くありません。
TV版にそった「起承」にはなっても「転結」までそのままじゃありませんので期待してくださると嬉しいです。


代理人様へ。
>三、このままいくとアイ(イネス)×アキトになるのかっ!?
A.なりません(笑)


代理人の感想

祝・カラスさん復活ッ!

いや〜、期待してた人にいなくなられると寂しい物でして。

 

後書き、「『転結』までそのままじゃありません」ですか。

頼もしいですね〜。

期待できますね〜。

頑張って欲しいですね〜。

 

いや、マジで期待してますので(笑)。

・・・・・・・でもガイはやっぱ死ぬのね(爆)。

 

>代理人様へ

一と二は(爆)?