人は、数知れぬ分岐の中で生きている。

 

 生きていく中の、ほんの些細な何か。

 

 それを決断していく事で、その日一日の道筋を決めていく。

 

 そして、自分自身のこれからが位置付けられていく。

 

 そして彼の人は――――、

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第3話  Aパート

 

 

 

 

 

 火星・ネルガル・オリュンポス研究所第4研究室。

 

 

 

「イネス・フレサンジュ博士」

 

 研究室の一角、息抜きに珈琲を啜っていたその部屋の主、イネス・フレサンジュは、
そんな自分を呼ぶ声に振り返った。
 視界に入ってきたのは一人の少年と青年の中間くらいの男。

 

「・・・ここは一般人は立ち入り禁止なのだけど?」

 

 そんな事を言いながらも、警戒したようにも、あまり動じた様子もない。
 理由は、特にはない。
 敢えて理由を言うのなら、ここにいる以上ただの一般人ではないだろうが、かといって産業スパイ
の類にも見えない。というよりも、その手の人間によくある悪意のようなものが感じられないのだ。

 

 だから、と言う訳でもないが、促してみた。

 

「で、あなたは・・・・?」

 

「・・テンカワ・アキトと言います」

 

 その台詞にほんの少し目を細める。

 

「――テンカワ?ひょっとしてテンカワ夫妻のお子さん?」

 

「ええ」

 

 名前、というよりも、正確には姓にしっかりとした覚えがあった。
 とある研究を解明して行きながらも、その公表をめぐって結果的には謀殺された夫妻。
 そしてその息子がここにいる―――。

 

(――――復讐・・・?いえ・・・)

 

 一瞬よぎった考えをすぐさま切り捨てる。
 何故なら――――、

 

(・・・なんて、眼をしているのかしら・・・・・・)

 

 アキトの自分を見つめる双眸には、明かにある種の強い意志の光が感じられたのだ。
 悩みや迷いを持つ者の瞳ではない。ましてや、復讐といった暗い感情に囚われた者の瞳でも。
 敢えて言うのなら、何かを成し遂げようと、そして、それを成し遂げる為に何らかの力を必死に
求め渇望している者の瞳。
 ―――このコは違う。何か、違う。
 そして、
 面白い。ただ、単純にそうも思った。

 

「何か、用があるのかしら?」

 

 だから、こう答えた、が。

 

 その答えは、イネスの冷静さを消し去るものだった。

 

「・・・・ええ。教えて欲しいんです。この火星の―――――、いや、
 『遺跡』の秘密と謎を」

 

「!!?」

 

 イネスの表情が驚愕に固まる。
 何故それを、地球・火星圏でも極々一部の人間しか知らない事を知っている?
 ―――いや、ここに彼が現れた時点でこれくらいの事は考えておくべきだったのかもしれない。

 

「そして―――」

 

「・・・・・・?」

 

 内心の動揺を押さえ込み、無言のまま、続きを促す。

 

「・・・・・・・・俺に―――――・・・・」

 

「貴方に?」

 

 躊躇うように一度目を閉じ、やがて、何かを決心するように、アキトは眼を開く。

 

 瞳が、揺れる。

 

「力を、貸してもらえませんか・・・・・・・・?」

 

 

 

 

 

「貴方は・・・・、何を知ってるの?」

 

 イネスは探るように目を向けて―――、
 自分を見つめ返す、強く、深い瞳にぶつかる。
(―――――本当に・・・、なんて眼なの)
 そして、その双眸に見つめられていると、どうしようもない程感じる、深い安堵感。
 自分でも判りかねる心に先程までとは違った意味で動揺していると、

 

「全て――――、お話します。ですから、力を、いえ、知恵を貸して欲しいんです」

 

「・・私の、知恵?」

 

 深く頷いて、アキトは頭を下げた。

 

 

「取り敢えず、話してみてくれないかしら?」

 

 『遺跡』の秘密を知っている。おそらく、自分よりも。
 アキトの口調に、イネスはそれを確信した。
 何故『遺跡』の事を知っているのか、それを知っているのなら『ボソンジャンプ』についても
知っているのか、そして彼は何者なのか。
 聞きたいことは他にもいくらでもあったが、取り敢えず飲みかけの珈琲と共に飲み込んだ。

 

 全て自分から話す、そう言っている。
 なら、全ては聞いてから。
 ―――自分には目の前にいる男の言葉を信用する理由はない。

 

 だが。

 

(――――信用しない理由も無いのよね)

 

 何時の間にか自分は彼の話に耳を傾けている。
 何時の間にか、目の前の彼を信じている自分がいる。

 

(・・・・決まりね)

 

 自分らしくない、とは思う。仮にも論理の信奉者である筈の科学者の行動ではないだろう。
 ―――ないのだが。
 その、自分らしくもない「勘」を信じてみる事にした。
 だから、敢えて自分から聞いてみることにした。

 

「はい・・・・・・・」

 

 イネスの言葉に、アキトは多少安堵する様に返事する。
 ただ、その後が、軽く眼を閉じたままで、なかなか続かない。

 

(・・・迷っている?)

 

 でも、何を?

 

 そのイネスの推測は的を得ていた。

 

 アキトは悩んでいた。何処から話したものだろうか、と。
 様々なことがあった、否、ありすぎた。二ヶ月の間、身体を鍛える合間に、考え、悩み抜いて、
イネスに協力を仰ぐ事を決めたのはいいが、
 実際に説明するのはどうしたものか。

 

 頭の中で妙に分別くさい声がする。話したからといって、どうなる?
 言われるまでも無い。だが―――、
 自分は結局、一人では何も、何もできなかったではないか。

 

 『過去』も、現在も。

 

 

 何かを振り切るように頭を振り、漸くアキトは口を開いた。

 

「今から話すことは、当時の政府の高官達によって抹消された、今現在の歴史を否定するものです。
 ・・・・・そして、それだけでは終わらない、それこそ信じられないような話でもあります。
 ・・・・もし、少しでも危険だと思うのなら、或いは戯言だと思うなら――――
 全てを、忘れてください」

 

「・・・・・・・・・」

 

 無言ではあったが、視線が肯定を示していた。

 

 その視線にアキトは軽く頷き、目を閉じる。

 

 何の事は無い。話せば言いのだ、全て。

 

 思いつく限りの全てを。

 

 そう思い、一つ息をつくと、静かに語り出した。

 

 人が呼ぶ所の、『真実』と言うものを。

 

 

 そして、

 

 

 自らの―――、軌跡と呼ぶべきものを。

 

 

 全て―――――。

 

 

 

 

 

 

 時計がこつこつと音を立てて、時を刻んでいく。

 

 

 アキトの語った事実は、一般人から見ればはるかに突拍子もない現実に触れているイネスにとっても
相当に突拍子もない内容だった。

 

 最初に裏の歴史を教えられ、
 ―――自分の持つ知識がそれを肯定し、

 

 未だ知らない筈の事象を口にしだし、
 ―――違和感が首をもたげ始め、

 

 これまでの話し振りから出てくる、ただ一つの可能性。
 ―――ありえないと思いつつも、その答えは、

 

 

「――――俺は、帰ってきたんですよ。2201年から、2194年の現在に」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 途中から、半ば予想していた回答だったとはいえ、やはり唖然とせざるを得ない言葉だった。

 

 継ぎ足さずにいた、カップに残った飲みかけの珈琲は冷めきっていた。
 表面的には全く慌てたそぶりを見せずに、マグカップに珈琲を継ぎ足し、少しぬるめになったそれを
一息に飲んで答える。

 

「信じる理由はないわね」

 

 その言葉にアキトは、少し目を伏せ、そうでしょうね、と呟いた。

 

 ―――実際、今の言葉だけでは信じろと言う方が無理な話なのだ。
 誰も知らない未来の事象を話されても、確認の仕様が無いのだから。
 火星に存在する『遺跡』の秘密を知っているらしいが、それとて未来から戻ってきた証明には
ならない。どこかで嗅ぎ付けただけなのかもしれないのだから。
 実際この様な事を、例えば街中で話したりなどしても、誰も信じないどころか病院へでも連れて
行かれてしまうだろう。

 

 ――しかし。
 アキトは、ゆっくりと顔を上げた。
 イネスに向けられた、その双眸。確固たる意志に彩られた、激しいその輝き。
 これが、狂人の目と言えるだろうか―――――?

 

「始めに言いましたが、信じてくれとは言いません。
 第一、俺自身が信じられないくらいですしね。ですが、それでも俺は、貴方の助けが必要なんです。
 ――――護らなければいけないものが、あるんです」

 

 アキトの心のままの、燃え盛るような瞳。

 

 ―――違う。
 彼の言葉は、真実だ・・・・!

 

 ―――何故か、胸の奥底からこみ上げてくるものがある。
 それが何なのか判らないままに、イネスは口を開いていた。

 

「早合点するものじゃないわよ。
 信じる理由はないと言ったけど、逆に言えば信じない理由もないのよ」

 

「・・・・・」

 

 まだ事態を飲み込めていないアキトに、イネスにしては珍しい、柔らかい微笑を浮かべる。

 

「―――飲む?」

 

「・・・・はぁ」

 

 差し出された珈琲に、アキトが複雑な目でイネスを見る。

 

 イネスの表情には微笑が浮かんでいたが、その中、その目は真剣な輝きを放っていた。
 目は口程にものを言う、とは良く言ったもので、
 その時アキトはイネスの真意を悟っていた。

 

(この人は、信じて――――くれた・・・・・!)

 

 

「イネス、さん・・・・・・・」

 

「さて。私に――――、何ができるのかしら?」

 

 イネスの眼が、鋭く細められた。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「教えて欲しいのは最初の質問に関係してます」

 

 アキトとイネスの二人は、先程と同じイネス個人の研究室の窓越しに見える景色を背にし、
立っていた。

 

「・・・ボソンジャンプね」

 

 流石はイネスと言うべきか。
 最初の質問自体は本命の質問と関係こそしているが、牽制が主だった事に気付いていた。

 

「ええ。・・・俺は「以前」、2週間程前に跳ばされたことがありますが―――、
 その時はその時間軸、とでも言うんですか?そこに過去の俺が存在した。
 でも今回、俺はここに存在していても、他の自分がいる訳でもない。
 数年先の自分の持ち物を持っている訳でもない。
 その時自分の五感に障害を引き起こしていたナノマシンもない。有るのは記憶のみ。
 ―――こういった話は専門外ですから、断言はできません。
 ですが―――何か、思いつきませんか?」

 

 そこまで聞いた所で、イネスは何処と無く嬉しそうに口を開きかけて、

 

「そうね、今の話からして色々と言える事はあるけれど―――――」

 

「・・・できるだけ簡潔にお願いします」

 

 と、アキトに出端を挫かれた形になったイネスは、少し不服そうに眉根を寄せて―――、
苦笑してすぐに話を続ける。

 

「・・・手短に言うわね。当時の、七年先の“貴方”は、本当に過去に跳んだのかしら?
 この時代にテンカワ・アキトは一人しか存在しないにもかかわらず、貴方はその記憶と意識を持って
いる。と言うことは―――――」

 

 イネスの言わんとしている所には、すぐに思い至った。
 それは自分が考えたことでもあるものだから。
 ただ、確信が持てなかった。曲がりなりにもそれに長い間付き合わざるを得なかった自分としては。

 

「記憶、意識。それらが、ジャンプしたと?」

 

「そうね。詩的に言えば魂、精神のみのボソンジャンプと言えるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキト君。先程までの話を事実と仮定するとして、それで何が変わるの?
 ―――いえ、これから貴方は何をするつもり?」

 

 確証の無いという事にかけてはこれ以上の事は無いだろう。
 今までの話は理論上の仮説に過ぎない。―――しかも証明する手立ての無い。

 

 確証―――証拠は何も無い。
 そう、何も無いのだ。
 かといって、それを立証する為に危険は冒せない。
 今自分がここにいる事自体、奇蹟に等しいのだから。

 

 

「・・・・・・」

 

 アキトは、イネスに向かい合うように窓枠に少し寄り掛かり、顔を向けて―――、
穏やかに微笑む。

 

(・・・ある意味犯罪ね、コレは)

 

 見る者全ての心を掴んで止まないアキトの笑顔は、イネスにも有効のようだ。

 

「・・・実の所―――、自分に起きた事実はどうでもいいんですよ」

 

 今、こうしてここにいる。
 それだけで十分だと思えるから。 

 

「今、こうして行動しているのは、あの未来だけは御免だという、ただそれだけの思いからです」

 

 ただ、それだけ。

 

 それでも―――、

 

「ただそれだけの思いですが、これだけは譲れない。
 それが適うのなら、自分に起きた事が、魂だけが今へと跳んだことだろうと、未来の自分の
 脳内物質がフィードバックして跳んできたのだとしても、構わないんですよ。
 ・・・・・結局、詭弁でしかないかもしれませんが、それが、自分の中で決めた、一つの境界線
なんです」

 

「境界線・・・?」

 

 イネスが解らないと言いたげにアキトを見る。
 恐らく、自分でも説明しきれないのだろう。苦笑気味に自分を見返していた。

 

(・・・・解る気が、しないわけじゃないけどね)

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの日差しが、差し込んでいる。そのどこか気怠い光が今日の終わりを告げている。

 

 

「――――それじゃ、また何かあったら来ます」

 

「あのね・・・、それでまたここのシステムを殺す気?」

 

 アキトがここまで来れたのは、曰く、「張子の虎にしときました」
との事で、監視システムを作った当の本人としては、少し頭の痛い話ではあった。

 

 

「今度は私から連絡を入れるわ。―――で、お帰りは?」

 

「帰るぶんには、コレがあります」

 

 胸元のクリスタル―――CCを握り締め、瞼を閉じる。

 

 CCは蒼の燐光を放ち―――奇妙な光、ジャンプフィールドがアキトの身体を包む。
 アキトの全身を、ナノマシンによる光の紋様が浮かび上がり、ジャンプフィールドが展開し終える。
 それと同じく、光の紋様が一際輝く。

 

 ―――イメージ先、固定。

 

 ジャンプフィールドが安定すると同時に、アキトはほんの一言、呟く。

 

「―――ジャンプ」

 

 

 

 

「生体ボソンジャンプ、か」

 

 話で聞いていたが、やはり忽然と消えられると、多少なりとも呆然とするもので、ジャンプでできた
風で今時珍しい紙製の資料が舞う中、物思いに耽っていた。

 

(・・・・・・疲れてるのかしら?)

 

 何の事は無い。何故か、今の光景が何とはなしに懐かしく感じられたのだ。

 

 その筈は無い。無いのだが――――、

 

 

 軽く頭を振ると、気を取り直して散らばった資料を集める。

 

 ―――その中の、一部。

 

 アキトの残していったもの。

 

 それを読み進めていって―――、

 

「まったく・・・・・。この貸しは高くつくわよ・・・・?」

 

 ぼやくように、だが、どこか楽しげに呟く。

 

 蒼の瞳が暮れゆく陽光を受けて、揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 かわです。

 

 やってしまいました(苦笑)
 本当は自分なりにボソンジャンプについてを書こうと思ったんですが、書いてて自分で解らなく
なりそうだったので、細かい理論は丸ごと削ってしまいました(汗)
 その辺りはご容赦を。
 今回はA・Bパートで構成してます。が、今回の話が実質3話だと思って下さい。

 

 Bパートの方ですが、

 

 偶にはほのぼのとしたものを書こうかな、という事で。

 

 ・・・・書けるかな?

 

 

 

 

 今の内に質問が有りますが、
 このまま火星編を続けたほうがいいでしょうか?
 予定では4話で火星編は終了するんですが・・・。

 

 どうしたもんでしょう

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿第三弾です!!

・・・もしかして、イツキじゃなくてイネスさんがターゲット?

う〜ん、実に意外な処をつかれましたね。

まあ、過去の火星に跳んだのなら確かにイネスさんを訪れますよね(苦笑)

しかし、今回は話が進んだような、進まなかったような・・・

それにしても、シリアスなアキト君ですよね〜

ではBパートに更なる期待をしつつ・・・

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

さて、感想のメールを出す時には、この かわさん の名前をクリックして下さいね!!

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