少女が居た。
 その少女は何とはなしに小さな窓の外を見ていた。
 視線の先には研究所の正門と、
 降り続ける雨が写っていた。

 

 

 少女は、何処か醒めた視線で世界を見ていた。
 風景も人も、自分自身も。
 少女にとって時間など、使い潰すものでしかなかった。

 

 この時までは。

 

 と―――、

 

 人の気配に振り返ると、通路の奥に見た事のある研究員と――――、
 一人の男が立っていた。

 

 話を終えた男が振り返って、
 何となく目が合い、
 何故か目を外すことが出来なかった。

 

 暫くの間そのままでいると、男は一言、口を開いた。

 

「――――どうかしたかい?」

 

 それが、初めて少女に向けて言った言葉だった。
 何の変哲も無い声。

 

 でもその声は、その笑顔は、
 今まで感じた事のない暖かさがあった。

 

 ・・・次の瞬間には先程までと変わらない、静かな表情と視線に戻っていたが。

 

 彼の問いに対しての、
 彼女の答えは―――――
「あなたは、なんて名前なんですか?」

 

 この日、少女―――ルリは、初めて他人が気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第6話 Aパート

 

 

 

 

 

 

 早朝。
 朝靄が立ち込める雪谷食堂の前には、アキトと、この店の主人であるサイゾウが立っていた。
 それより少し離れて、車が一台止まっている。

 

「―――お世話になりました」

 

「おぅ。ま、それなりに楽しかったぜ」

 

 深々と頭を下げるアキトに対して、サイゾウがいつもと変わらずぶっきらぼうに答える。
 そして。

 

「一ついいか?」

 

「? はい」

 

「何やり残したのか知らねぇが、ちったぁ肩の力抜いてきな。
 肩肘張りっぱなしって訳にもいかねえだろ?」

 

「・・・はい」

 

 

 お互いに言いたい事を言い終えたのか、どちらからともなく軽く頷き、アキトは踵を返して歩き出す。
 歩き出しながらアキトは、肩越しに見えるサイゾウに片手を上げ、笑いかける。

 

「それじゃ、お元気で!」

 

「おう、元気でな!」

 

 

 

 

 

「―――お待たせしました」

 

 車の中に待たせている人達に向け言い、自分もまた乗り込む。

 

「何を話してたんです?」

 

「まぁ――――、ちょっとね」

 

 そんなやり取りの後、
 早朝の朝靄に包まれた町を、車が動き出していく。

 

 

 

 ―――向かう先はサセボ。

 

 そこでは、あの面々が居る事だろう。
 相も変わらずに。
 アキトの表情には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 サセボの地下ドックにて鎮座する戦艦、ナデシコ。
 白い艦を見つめる人影が何人か―――、
 その内の一人がおもむろに口を開く。

 

「変わった形ですねぇ・・・・」

 

「そうですね」

 

 ナデシコを初めて見る所の二人、フィリアとイツキの忌憚の無い台詞に対して、アキトとルリは納得して頷く。

 

「まあ、航空力学は無視してるな」

 

「はい」

 

「あ、あのねぇ――――ってアキト君、あなたは建造時からちょくちょく来てるでしょうが!」

 

 咄嗟に言い返そうとして反論できない事実に沈黙しかけて。
 行き場の定まらなかったエリナの矛先は、アキトに向いたものの、

 

「・・・・」

 

 アキトはナデシコを見上げたまま動かなかった。

 

「ア・キ・ト・く〜ん?」

 

 据わった目線で見つめるエリナに、誤魔化す様に苦笑する。

 

「はは・・・。
 ――イツキさん、どうかした?」

 

「・・・・ぇ?」

 

 イツキもまた、アキトが呼びかけるまで、目の前の純白の戦艦を見つめていた。
 普段とは違う、数テンポ遅れたような反応に、アキトは少し怪訝そうに首を傾げるが、

 

「さて、行きましょうか?」

 

 

 

 ―――立ち去る前に、もう一度見上げる。

 

(こんな形でまた乗る事になるなんて、な)

 

 ふと浮かびそうになる感情を打ち消すように、懐に忍ばせてあったバイザーをかけた。

 

 

 

 

 ナデシコ入り口へと通じるドッグ壁沿いの通路を歩く。
 その間も、真新しい戦艦に自然と目が向く。

 

「でも・・、何でこんなカタチになったんですか?」

 

「前方のアレ、ディストーション・フィールド発生ブレードの所為で空気抵抗を気にする必要が無くなったんだよ」

 

「・・・ひょっとして―――、半分試作艦ですか?」

 

「ひょっとしなくても実験艦ですよ。・・そこまで冒険できなかった、というのが実情ですよ」

 

「その分、性能は確かよ」

 

 そんなとりとめのない会話を交わしながら、ナデシコに入り込むと格納庫の区画に出る。
 資材の搬入中なのか、多少慌しい事になっている。

 

 そんな中、資材を椅子代わりにして気だるそうに煙草を吸っている男が一人だけ居た。
 何時になっても何処にいても変わらぬその姿に、多少なりとも彼を知る人物―――アキトとしては苦笑するしかない。

 

「リカルドさん」

 

「ん、来たか」

 

 煙草をもみ消したリカルドに近づくアキトに、エリナが耳打ちする。

 

「アキト君、そんなに時間残ってないわよ」

 

「―――先に行っててくれ」

 

 それを受けてエリナが目配せし、イツキ達は先にブリッジへと急ぎ、エリナ自身は少し離れた所で待っている。

 

 

「―――組み立ては終わってますか?」

 

「ああ。時間はたっぷりあったし、そもそもここに運ぶ前に、すぐに組めるようにしておいたからな」

 

 リカルドの視界には、既に固定化されたエステバリスが二機―――
 それぞれ黒と白というカラーリングを施されていた―――があった。

 

 ただ、どちらもフォルムが大幅に変わっていた。

 

 手前にある白いエステバリスは、従来の重力波ユニットに代わって羽根状の重力波ユニットを背中に付け、
全体的な装甲が削られたかのように細身である。
 それよりも奥にある黒のエステバリスもまた、大体は同様のフォルムのものである。

 

 ―――どちらも名付けるならエステバリス・カスタムと呼ばれるだろう機体だ。

 

「ただ―――、解ってるのか?〈黒〉のジェネレーターはこの間の通りだぞ」

 

「という事は―――」

 

「出力が高過ぎ、だ」

 

 二人は揃って黒いエステバリスを見上げる。
 よく見ると細部が微妙に違う。
 重力波ウィングは垂直に取り付き、その下には可動型のスラスターユニット。
 両腰部分の重力波ユニットと、隣の白のエステバリスと比べて重厚でより鋭角的な雰囲気がある。

 

「・・テストしている時間、ありませんでしたからね」

 

 表情を変えずに合いの手を出すアキトに、リカルドの方は面倒くさそうな表情のまま応える。

 

「そりゃぁ、作ったのが一月前だからな。実戦でそのままテストでもする気か?」

 

「・・あくまでも“繋ぎ”ですから。で、一回につき、全力稼動して何時まで保ちます?」

 

 アキトの肯定と取れる発言に、リカルドの眼が一瞬細くなって、
 諦めた様に肩をすくめる。

 

「・・・恐らく十分がいい所だ。それ以上いったらフレームが保たん」

 

「解りました。それと――――」

 

 アキトは踵を返して、二、三歩歩いたかと思うと顔だけ振りかえって付け加える。

 

「今の内に装備品の用意もお願いします」

 

 それには手をひらひらさせて応えた。

 

 

 

 エリナを連れたアキトが去るのを見届けると、また懐から煙草を取り出して咥える。

 

(やれやれ・・、何時の間にかすっかり巻き込まれてるなぁ――――)

 

 気怠そうな表情とは裏腹に、眼の奥が深いものとなっていた。
 妹に付き合わされる形でアキトと出会ってここ二年と少し。何だかんだで巻き込まれつづけて二年でもある。
 それだけの時が経っても、アキトは本当の目的を話したことは無い。
 アキトの詳しい事情も知らない。
 何をしてきたのか、何をしようとしているのか。

 

 ・・・何故、手を貸す気になったのだろう?

 

 自然と思い出すのは、初めて会ったあの日の―――、

 

 ―――あの、見つめられる者の全てを燃やし尽くしてしまうかのような、激しい焔持つ眼。

 

(・・・・ま、いいか)

 

 あっさりと結論付けると、大きく伸びをした。

 

「おーい、リカルド」

 

 自分を呼ぶ声に、雰囲気が元に戻る。

 

「ウリバタケ班長。どうかしましたかぁ?」

 

 一応丁寧語なのだが、欠伸でもしだしそうなほどだらけ切った―――様に見える―――雰囲気に、
些か興奮気味だったウリバタケの口調も気抜けした様に落ち着いてくる。

 

「あ、あぁ、ちょっとした聞きたいことなんだが」

 

「・・あれっすか?」

 

 そこらへんに置いてあった資材を手に取り、白と黒のエステを指す。

 

「おぉ、白いのはともかく―――ってコレもとんでもねぇが、まだ納得できるな。
 黒いのは何よりジェネレーターの出力が高すぎだろ?あんな暴れ馬、誰が使うってんだ?」

 

「・・取り敢えず、最強の男が」

 

「あん?」

 

「いえ別に。―――普段はリミッターを掛けて安定させます」

 

「だが、そりゃ応急処置だろ?」

 

「ええ。だから実戦の度にフレームのストレス度数とか劣化具合を調べ上げて―――」

 

「手を加えるって訳か?」

 

「ま、そうなります」

 

 持った資材を一瞥し、もう少し小さい物を手にする。

 

「・・・ところで、お前何やってるんだ?」

 

「すぐに判りますよ」

 

 そう言って二、三歩下がると、

 

「ふんっ」

 

 思いっきり振りかぶって投げた。
 その、リカルドの軽く助走をつけて投げた資材は―――、

 

 ガスッ

 

「ぐっはああッ!!」

 

 ピンクのエステバリスに乗り込もうとしていた男に直撃した。
 そしてあちこちの突起に引っ掛かりながら、そのまま転げ落ちた。

 

「そのエステは調整前だ。乗るんならあと半日待っとけ」

 

 その様子を全く気にしない雰囲気のまま、転げ落ちてきた男に告げる。

 

「何しやがる!これから俺様の華麗な操縦テクニックを披露しようというに!!」

 

 頭から落っこちた状態のままながらも、そんな暑苦しさを感じさせる台詞を吐く男に対して、
整備班の男二人はあくまでも冷静だった。

 

「そういうのはシミュレーションルーム行ってやれ」

 

「つーかそもそもテメェは誰だ?」

 

 その瞬間、男の眼が輝いた。

 

「俺?俺の名はだなぁっ」

 

 何かのポーズでも取ろうとしたのか、姿勢を変え、勢いよく立ちあがると―――、
 ごきゃっ・・・と鈍い音がした。
 男の顔がみるみる青ざめていく。

 

「なぁーんか、足が痛かったりするんだがな・・・、これが」

 

「・・・折れてるな」

 

「だな」

 

「なにぃぃぃぃ!?ぐあああぁぁ、いたたたたた!!!」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 駆け寄ってきた他の整備士達に担架に乗せられ、運ばれていく男を見送りながら。

 

 

 ―――早まったな・・・俺。

 

 とまあ、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ね、メグちゃん。今日だっけ?艦長さん来るの」

 

 ブリッジ中央から左側の操舵席で栗毛の女性が、暇なのか軽く伸びをしながら呟く。

 

「そうですよミナトさん。かっこいい人だといいですね〜〜〜♪」

 

 夢見る様に呟くのは反対側に居るのは少し年下の、髪をお下げにした可愛い感じの女性だった。
 ヘッドマイクを付けているのは通信士の証拠だろうか。

 

「うーん、期待しすぎると後でアレよぉ?」

 

 ミナトが優しい口調でたしなめる。

 

「だってぇ・・・。戦艦なんだからかっこいい人いるかなぁ―――って、
 ちょっとは期待してたんですよぉ・・・?ミナトさんだってかっこいい人のほうが良いでしょ?」

 

「でもそうゆうのは外見じゃ分からないわよ〜〜」

 

 軽い口調でいなすと肩をすくめる。

 

 

 

 そこへブリッジ下段のハッチから、赤いチョッキを着た痩身の男と大柄な男―――
 プロスペクターとゴートがイツキやフィリア、ルリを連れて入ってくる。

 

「あら、プロスさん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、ミナトさん、メグミさん。丁度良かった、紹介しときたい方々がいるので」

 

「あら?」

 

 ミナトがプロスの後に居る面々に気付いて首を傾げるのと、プロスが口を開くのはほぼ同時だった。

 

「こちらがオペレーター担当のホシノ・ルリさんです。
 で、こちらの方が医療担当でフィリア・フォースランドさん、パイロットのイツキ・カザマさんです」

 

「ホシノルリ、オペレーターです」

 

「よろしくお願いします」

 

 ルリ、イツキが挨拶するかたわら、フィリアは困惑顔で、

 

「・・私、医療担当なんですか?」

 

「ええ。確か内科の医師免許をお持ちでしたよね」

 

「はい」

 

「基本的には、契約時お話した様にメグミさんと同じく通信士をやってもらうのですが。
 ―――医療の方は、正確に言えばルリさんの体調のサポートです」

 

「? ルリちゃんは到って健康ですが?」

 

「いえ、ナデシコでは彼女の存在は重要でして。
 まあ一種の保険というか、一応彼女も被扶養対象者という事で」

 

「そういう事なら・・」

 

 フィリアが取り敢えず納得すると、頷く。

 

 

「プロスさーん、艦長っていつ来るんですかぁ?」

 

「艦長ですか?あともう少し、といった所ですかな」

 

 メグミの問いにプロスがそう答えると、
 プロスの後ろで今まで黙っていた大柄な男がぼそっと耳打ちする。

 

「ミスター、探しに行ったほうがいいのでは?」

 

「そうですねぇ・・、あの人のことですから心配無用だとは思いますが・・、ゴートさんお願いします」

 

 そうプロスがそう言い、ゴートが頷いたときだった。

 

 ブリッジ上段ハッチが軽い音を立てて開き、二名の男女が入ってくる。
 入ってきたのは肩にかかる位の髪の長さの女性と、黒い制服に身を包み黒のバイザーで顔の上半分が見えない男だった。
 どちらにも共通しているのは、それが士官用の制服だという事くらいだろうか。

 

「―――お待たせしました」

 

 そして、男はその場にいる全員に向け、微妙に崩れた敬礼をした。

 

 

 

「―――――私が艦長のテンカワ・アキトです」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ・・・・ども、お久してます。
 最近は期日が同じのテスト&レポート+予期せぬバイトの三連殺で死にかけてました(壊)
 ふふ・・・、栄養ドリンクの飲みすぎは身体に毒だね(死)

 

 

 ・・・というわけで(?)、ユリカ出てきません(爆)
 おまけに何時出せるかも不明です(核爆)

 

 まぁ、最初から考えてた事でもありますが。
 そこらへんの所は次回説明(予定)です。

 

 

 ひょっとしたら最後まで出るかどうか・・・(注:ちょっと本気)

 

 

 で、アキト。
 ・・二年は長かったかな、と(謎)

 

 

 最後に連絡。
 暫くの間、突発的な思いつきがなければ短編系は書く予定がないです。
(注:己を(略)は暫く凍結中です・・・ていうか、一旦出来たんですが、
 いつも誤植チェック手伝ってくれる人から『濃すぎる』との指摘を受け(汗)一から書き直し中です)

 

 

 外伝もネタが増えてきたんで書きたいんですが・・。
 イツキの火星での事件とか地球でのアキトとアカツキの話とかマオの実験日記(仮)とか(笑)

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・?

 

 あ゛

 

 ジュンの事忘れてた(大汗)

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿第八弾です!!

アキトが艦長っすか!!

しかもユリカは登場予定が無し?

・・・ジュンは存在すら忘れられてるし(爆)

でも意外な展開ですね〜

ナデシコA艦長=ユリカの図式を破るとは・・・やりますね、かわさん!!

これは今後の展開が楽しみです!!

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

さて、感想のメールを出す時には、この かわさん の名前をクリックして下さいね!!

後、もしメールが事情により出せ無い方は、掲示板にでも感想をお願いします!!

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