―――――世の中には得てしてどうしようもない事というものが、やっぱり存在するものだ―――――














 例えば―――、どこぞの天然鈍感バカの女難っぷり(自業自得)とか……、



 例えば、どこかの副長的立場な面々の、
 ふと注意深く見てみると目頭を押さえずにはいられなくなる程の影の薄さとか…………、



 例えばどこやらの自称青年整備班班長の漢のロマンの探求後に殲滅とか―――――



 ……例えばどっかのコワレ妖精の暴走の横行とかっ、







 重ねてどうしようもない事に、



 それらは決して止まる事の無いものなのだ。






 ……で。

 それらの例の中に付け加えるべき一例に、こんなモノもあるような気もしたりする。









 ―――彼が目覚めた時、世界は一面の青に見えた。




「……?」




 ―――風の吹きすさぶ音に、世界は占領されていた。





 彼はその周りを見まわして。


 ……一瞬で真っ青になった。




 現在位置――――、

 地表より上空2000メートル……もっと逝っているだろうか?












 と、いう事で。










「……なんでぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!!?????」



 彼はキリモミ回転しながら地上へと急降下していった――――





 だが。


 彼がこの位でどうにかなってしまう事は無いだろう。


 何故なら、
 それが彼の生まれ持った業(?)のようなものだからだ。



 もう御判りかと思うが、彼の名はマキビ・ハリ。
 通称、ハーリーとか呼ばれているあの彼だ。


 彼の泣き声が世界を駆け巡る時、ある意味世界を狙える―――そんな少年だ。

 ……まあ、本当にどうでもいい事だが。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああん!!!!!」


 あ、泣いた。







 ……彼の不幸さ加減も、ある意味どうしようもない物なのだろう。

 多分。










機動戦艦ナデシコ

 『burst logic』

 第二話「馴染んでいますカ?」









……何も聞かないでくれると嬉しいかな………………。

………………はあ。





 ―――雪谷食堂。



 そこは外見からして極普通の食堂である。
 実際その通りで、そこの主が腕が良く昔気質の人間という事以外では、どこにでもある只の飲食店の一つに過ぎないのだが、最近になってほんのちょっとした変化が起こったようだ。


 曰く、
 最近、そこでは従業員を雇ったらしい―――――




 それは、

「あ、いらっしゃい!」
 どこかのんびりとした感のある、陽性の雰囲気を纏った青年と。


「―――いらっしゃい。…今日は何にします?」
 少し控えめな、何処か深みのある声を持つ少女。



 ……言わずもがな。
 青年の方は、この世界のアキトで、


「アヤノちゃん。人増えてきたんで、厨房に入ってくれないかな?」
「うん。今行くよ」

 少女の方は、もう一人の“アキト”の事だった。


 元、テンカワ・アキト。

 現在の名にしては、アヤノと名乗っている。
 フルネームにして『アイカワ・アヤノ』。

 ―――それが、今のアキト(女版)の名前だった。



 その名の元だが―――――






 〜回想其の壱・そん時のワタシとアンタ〜





「……」
「……」

 沈黙。
 ひたすら沈黙。
 それを守り通す二人の間に妙な隙間風が通りぬけている。

 何故かそれはヌルかったが。




「……………」
「…………」


 そして同じく妙な緊張感。

 ……まるでお見合いのようだ。




「「あの」」

 ……ほら。

 乾いたような笑いが出てきては消えた。




 さて。

 ―――気を取り直して、こほんとアキトが咳払いをした。

「えーと、俺はテンカワ・アキトって言います。火星で一応コックをやってたッス」
「……はあ。…えと、ワタシは―――……」
 そう“アキト”は言いかけて。
 ぐりんと首を傾げる。

(―――つーか正直に言えるわけ無いじゃん!!)

 半ば錯乱して自分ツッコミをいれる。

 人目が無かったら激しく転がって叫びたい所だ。



 とはいっても口は何かを言おうと開いてるわけで。

「あ、ぁ? ……あ゛――――――……」
 つまりはこんな風になる。 


 これが良かったのやら逝けなかったのやら―――――――




 アキトの顔が一瞬にして愕然としたものになった。



「……これは……ま、まさか―――――、記憶喪失?!」

「……ぇ?」

 切羽詰ったようなボケ声に、“アキト”は目が点になった。



「た、大変だ……! きゅ、救急車……じゃなくって……医者! 病院に連れてかなくちゃ……っ!?
 ……あ、お、お金あったかな……?」

「……」



(……こんなんだったっけ、俺……?)
 そう胸中に零す“彼女”の背中は確実に煤けていた。





「……あ、あった! カードもある…………って、ああっ!! 保険証が無いぃ…………」

「……」



 ……“彼女”が気を取り戻すまで、アキトはこんな風だった―――――





 それから―――、

 病院の方で、微妙にヘタかもしれない演技コミで―――誰にも突っ込まれる事が無かったので問題は無い、筈だ―――何とかそれっぽい名前を捻り出した。

 まず名字は母親の旧姓だ。
 名前の方もすぐにそれっぽいものを付けられた。……何時の頃か、母親がまだ幼いアキトにこう言っていたのを思い出したのだ。


 即ち、

『アキトがもし女の子だったら、“アヤノ”って付けてたのよ♪』


 ―――と。



 ……そんな事を思い出してしまった為、自然とそう名乗る事になった。


 かなり不本意だったが。





 〜回想終了〜







(―――実際に使う事になるとは思わなかったけどね……)
 今にしてみても、目を糸線に変えてそう思うのが精一杯。


「おーいアヤノちゃん、注文いいかい?」
「あ、はーい」

 常連客の一人に愛想良く応対して厨房へと引っ込む。
 その様、仕草からして、少し前まで―――ある意味前世と言うべきか?―――男だったとは思えない程のものだった。

 淀み無く応える様子からして、もうすっかり自分の環境に慣れているように見えるが―――、


(ふ、ふふ……。何でこんな事に―――――…………)
 不意に眼が座りがちなものになり、ぼやく。当然声には出せない。
 気が緩めばふと目頭が熱くなってしまいそうで、もはや強引にでも笑うしかない。


 ―――内面はすっかり乾ききって黄昏ていた。




 そんな“彼女”だが、
 今の状態に追いこまれたののは、外見の問題だから―――ではない。

 そう、それは少しばかり前―――、雪谷食堂に雇われて間も無い頃にまで遡るものだったり。






 〜回想其の弐・アヤノさんと周りのヒトタチ〜





「無粋ね」

 始まりはこの一言だった。

「「はい?」」
 アキト、それにアヤノが、そんな一言を呟いた人物を見返した。

 店の主人、サイゾウの隣にいる女性だ。

 見た目30代くらいの小柄な彼女はユキタニ・マユコと言い、その名の通り、サイゾウの奥さんだ。

 普段はおっとりとしている彼女だが、今現在は双眸を鋭く輝かせこちらを見ている様は、とても同一人物に見えない。

 その後ろの方でサイゾウが申し訳なさそうに片手を挙げて苦笑していた。眼は既に諦めきっている。

 ……どうやら家での立場は彼女の方が強いようだ――――





「……アヤノちゃん。自分を指して言う時、何と言ってるのかしら?」
「へ? えーと……『俺』と言ってますが」

 マユコの眼がぎらりと鈍く輝いた。

 アヤノは―――それに対して、不意に何故かナデシコ時代の事を思い出して冷や汗を流す。


「それよ」
「はい?」

と首を傾げるアヤノに構わず、


「何で自分のことを俺なんて言うの? せっかく可愛いナリしてるんだから、もーちょっと愛想、もしくは色気とかあってもいいのに」

「はあ……」

 アヤノが曖昧に声をあげる。
 彼女の意見はそこはかとなく偏っている気もするが、ようは女の子らしくしようね? という事だろう。

 そう思って声をかけようと試みるが―――、



「……こんな可愛いのに――――……無粋だわ……」

 ナニかに取り憑かれたようにぶつぶつと言葉を並べていき、




「そうよ無粋よ無粋なのよ間違ってるのよ―――――――、」

 加速度的にヒートアップし、




「一人称が『オレ』だなんて無粋なのよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 最終的に咆えた。




「……」
 あんまりな事態に、その日のアヤノの意識はそこで停止した。




(…………ココハ………………ドコナンダロウ……………)
 最後に頭の中でそれだけを思い浮かべる事が出来たのも、結構、奇跡に近かったかもしれない。




 〜回想終了〜








 ……余計な事まで思い出して、アヤノの身体がよろめいた。

「……ふぅ、アレさえなければなあ…………」
 いいひとなのに――――、
 その時の衝撃をリアルに思い出してしまい、思わず嘆息する。


 ……取り敢えず、あれから後の事など思い出したくないのだが。

 ただ、忘れた頃に思い出してしまうのは、
 ワケの解からないほどヒートアップして問答無用な闘気を発するマユコの咆哮だけである。


 ―――無粋よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。

 うわ、幻聴。




「はぁ……」
「…どうかした? 不景気なカオして」
 忙しなく中華鍋を揺らしていたアキトがのほほんと訊いてくる。それでも手にある鍋が危なっかしくない辺り、その腕前は中々の様だ。



「あー……、来た頃のマユコさん思い出しちゃった…」
「…あ、はは……、でも仕方ないよ。そういった記憶とかも、無くなっちゃってるって話だし―――」
 アキトもまた、脂汗を流して言う。あのキャラはそうそう脳裏から消えてはくれない様だ。

「で。わたしは何をすればいいのかな?」
「えーとね、そこの白菜切っちゃって。あとは、おまかせしちゃってもいいかな?」
「了ー解」


 暫くして。





「ん。良し、客も途絶えたな―――。
 アキト、アヤノ。俺は今からアイツん所まで迎えに行っから、今日の昼の間は閉めだ」
 サイゾウがそう宣言する。
 マユコは本日、近所の付き合いで遠出中なのだ。


「ういッス」
「じゃあ、張り紙とかしますか?」

「おう」
 サイゾウの応えを受けて「準備中」の札と一言二言書かれた張り紙を持ってアヤノが窓際へと向かう。

「じゃ、これで――――っと、
 …すみません、そのまま出かけちゃっていいですか―――?」

「ああ、いいぜ。その分アキトを扱き使えばいいしな」
「そりゃないッスよ〜」
 サイゾウとアキトがじゃれている。

 そんな二人に軽く笑い返して店を出ていった。








◆◇◆三つ子の魂、何とやら……?◆◇◆







 と、まあ。

 アキト達にああはいったモノの―――、
 行くアテがあるわけではない。

 ただぶらぶらと公園辺りまでの散歩程度だ。―――まあこれには頭の中の整理という意味合いが多分にあるが。


(さて……どうしようかな―――――)
 ココ最近の関心事はそれに尽きた。

 先程アキトが述べた様に、アヤノは一応、記憶喪失―――という事で話が通っている。
 戸籍も無いんで、サイゾウ達が一応の身元引受人になっている。

 名前もすんなりと―――とはいかなかったが、まあ何とかなった。
 戸籍が無かったのは(当然なのだが)、データの損傷の激しい火星だろうと当りを付けられている。



 あと、他に記憶喪失の印象を裏付けるものとして―――、


『…アヤノちゃん、ブラくらいしっかり着けなさいな。服に擦れちゃって痛いわよ?』
『…ぶらってなんですか』


『……再教育の必要があるわね……』
『? ……………あ゛』



 そんなエピソードもあって記憶喪失である事に周りが疑う余地は無くなったが、
 アヤノ自身の疲労度は増したような気がしないでもない。



 でもって今の現状は一段落はしたのだろう。だから、次は今後どうするかに焦点が移るのだが―――

(……別に……首を突っ込まなくても、なんとかなりそう……なんだけど)
 ナデシコとその周囲にとって、元々自分の存在はイレギュラーなものだったし、
 ナデシコの面子はいつもの悪い癖さえでなければ自分達で何とかする事だろう。
 寧ろ、なまじっか当時の記憶を持つ自分が介入をするのは、ロクな事にならないような気がする。


 ……何故だろう?
 それがかなり決定事項のような気がするのは―――――


 ともかく。
 そんな考えが最近浮かんだ為、今、彼女は迷いまくっていた。

(……もし介入をするとしたら、戦争の終了間近からが望ましいんだけど……)
 それまでは人任せでいいだろう―――とは思うものの。
 だがしかし。
 一々事を人任せにするくらいなら、元の世界でテロリスト(最終的に生死問わずな状態だった)なんてやりはしなかっただろう。


「……ふぅ」
 そんなジレンマからか、当分彼女は溜息を止める事が出来そうにないようだ。






 ―――と、


「…………………っく」

 どこからか泣き声が聞こえた―――――


「……?」
 歩いて行くにつれ、声がはっきりとしてくる。

「……ひっく、……ぐすっ」
 迷子かなにかだろうか? 子供が一人公園を前にしてぐずっている。
 言葉に出せぬ分、身体いっぱいに感情を表現している。




「…………」

 放っておいても、その内親が見つける事だろう。
 自分には関係無い。

 ……無い、筈なのだけど―――







「………どうかしたの……………?」
 気がついたら、そうなっていた。













 暫くしてそこを後にする。

 視界の端にさっきの子供とその母親が手を振っているのを感じ取り面映いものを感じつつも、ちょっと手を振り返す。

 それに気付いたのか、子供のほうが大きく手を振り返してきた。

 アヤノは、とうとう微苦笑を洩らした。



「……はぁ………」
 ……結局の所、親を探し出すまで付き合ってしまった訳だが。


「まったく、なにやってんだろ、私……」
 堪えきれずにアヤノは苦笑を洩らす。
 今の私はどうにもらしくない気がする。

 まるで中身の方まで昔に戻ってしまった気がするくらいに。













 ……ん?












「……私……………?」
 今、そう自分のことを指したのだろうか?









 ……しかも、

 まったく、躊躇せずに―――――――








「…………………………………………」

 汗が流れる。
 一滴と言わずにだりだりと。







 ……そういえば最近、立ち振る舞いとかその他―――、



 ―――思いっきり板に付いてるね。













 間。














「…………………がびーん………」







 ―――その日、街に謎の空白時間が出来あがった。

















<一方、その頃……>へ行きますか?