淡い。


 とても淡く、魅惑的な光を宿した月が、そっと下界を見下ろしている。



 その下で、三つの影が踊っていた。

 時に交差し、時に離れ、そして銃声を響かせる。

 そんなどこか殺伐とした様子も、平等に淡く、それを幻めいたものにしている。

 この光景を非現実の一部として捉えることは十分可能だが、

 行われている事柄は、朧などという曖昧なものではなく、

 ひどく血みどろで命を賭けた、闘争なのだった。



 かっ かっ



    ざっ ざっ



 そして、 びゅう、 という風の音。



 影の一人は、黒塗りの大柄な拳銃を構え、静かに様子を伺っている。

 そして、別の影――セラス=ヴィクトリアは、目の前の敵を、補足できずに前傾姿勢のまま、敵影を睨んでいる。

 スピードは、夜の眷属と呼ばれる彼女にとって、対応できぬ速さではない。

 しかし、それでも。


 ―――疾い!!


 セラスがまず感じた感覚がそれだった。

 普通の人間のそれより、明らかに速い。

 そして、間の取り方の何と絶妙なことか!

 「―――ちっ!」

 風が、元いた空間を薙ぐ。

 宿主も然ることながら、厄介なのは、放たれる釘と短剣。

 それは、明らかに速かった。


 ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 銃声が響く。

 自分のパートナーが打ち込んだ弾だ。

 しかし、その弾丸は、彼女とは明らかに違う場所へと到達する。



 ≪何をやってるんですか!? アキトさん!!≫

 思わず、念話で語りかけた。
 
 わかってる。しかし、それは甘すぎる。

 彼女は強い。

 それは、そこらの吸血鬼と、遜色のないほどに。


 ――――否。


 飛来する釘は、拳銃の弾と比べ、ほとんど変わらないと言う事実。

 そして何よりも、彼女がこのセラスと言う吸血鬼に、一人で挑んで来たという事実。

 それが、全て彼女の実力と自信を表している。

 「―――くっ」

 愛しい彼の声が響く。

 セラスは、それを聞きながら、暗闇へと、取り出したマスケット銃を向けた。


 「我が弾は、絶対に外れない―――!」

 ターン!


 彼女の能力を込めた弾が、真っ直ぐに彼女へと向かう。

 キーン!!


 暗闇の中でも真昼の様に周りを見る事の出来るセラスの目が、それを捉えた。

 彼女の短剣がそれを叩き落した!

 同時に込められた魔力も消失し、あらぬ方向へと飛んでいく。


 「ちぃっ」

 ダン!ダン!ダン!

 続けざま三発。

 彼女はそのまま駆けた。

 
 ヒュン!

 飛来した短剣が、空中を舞い、セラスの元へと到達する。

 咄嗟に、手で打ち払った。


 「シィィィィィッ!」

 はっとした時には、すでに彼女がいた。


 一瞬の隙を捉えられ――――


 ひゅんと、短剣が彼女の胸へと―――



 刹那!


 視界の中、青い光が横切った。

 彼だ。

 パートナーの腕が、彼女へと向かっていく。

 蒼銀色の昂気。

 それは確かな勢いを持って、彼女へと向かった。


 驚愕に、彼女の顔が歪んだ。

 咄嗟に何かを突き出す。


 小爆発と閃光が、夜の空間を満たした。












 漆黒の戦神  ≪≫外典≪≫

  
*中篇*











  「はっっっっ!」


 思わずアキトは、吐息をもらした。

 完全に捉えたと思った彼女。

 それが、そっと何か紙のようなものを自分の右手に向けた。


 そして、次の瞬間には、弾かれてしまった。

 それはひどく不合理だった。


 「なるほど」

 目の前の彼女は、その年齢に不相応な殺気を込めて、睨みつける。

 「漆黒の戦神――生身で、戦車を破壊するいう信じ堅い話。
 だが、それを可能にする力。
 それが、それですか」


 アキトの体を、蒼銀色の氣が纏わりついている。

 それに呼応するかのように爛々と光る、赤い瞳。

 それはひどく神秘的で―――

 そして、凶悪だった。


 彼女の左手から、無数の紙片が散らばっていく。


 「真逆、聖典の一部を破壊するなどとは」

 思ってもみませんでした。と、肩を竦めた。


 一種、その不敵な態度に、アキトは驚きを感じ得ない。

 何故ならば、自分の力が増幅するこの夜。

 それもこの二人を相手に、余裕を見せる彼女は。


 「…………」

 大きな長細いものを布で覆った何かを肩に担ぎながら、セラスも彼女の意図を探ろうとする。


 「では―――少し、本気を出します」


 瞬間!

 彼女の体がトン、と上へ跳ねた。


 ふわっと、踊るように月を隠し………

 「アキトさん!!」

 ドンと、声と共にセラスが突き飛ばす―――

 瞬間、そこを何かが薙いだ。


 「なっ―――!!?」

 驚愕に歪むのも束の間、そこには明らかに今薙いだと思われる人物がいた。

 彼女だった。

 ……しかし、彼女は上へ跳ねたのではなかったか!?

 だが、混乱している暇はない。

 その彼女の構えられた黒い短剣が、そのまま投擲された。

 
 一つは避わす。


 感覚を遅らしたもう一つの短剣も避わす。


 そして、それを嘲笑うかのような三つ目。



 「くっ―――!!」

 左手で、それを捌き―――――


 ドォォォン


 爆発。


 再び、彼女は上へと跳ねた。

 それは先ほどのような緩慢な動きではなく、本当に跳ねるように疾く。


 瞬間!そこをセラスの蹴りが、まさに豪風を伴って、薙いだ。

 「アキトさん!!」

 叫ぶ。


 彼が避けた短剣の一つが、木に突き刺さっている。

 そして、木は燃えているのだった。


 「幻術に、魔術……貴女!

 「下法には、下法です。ドラキュリーナ(女吸血鬼)

 何しろ、こちらは二人を相手にしているのですから。と、嘯き、


 不意に釘を彼女とは違う方向に投擲した。

 アキトの体が前方へ飛ぶ。

 ……と。


 「っっっな!?」

 アキトの顔が驚愕に歪み、不自然に体が止まった。

 ひゅんと、何かが風を薙ぎ、アキトの胸へと突き刺さる。


 グサリ。

 グサッ。

 残。


 それは、確かにアキトを貫いていた。

 「ほぅ……普通の死徒なら、8回は殺せる黒鍵(こっけん)を」


 アキトの唇が苦しみに歪み、鋭く尖った犬歯をむき出す。

 吐血。


 
「アキトさ――!!」

 思わず、セラスはアキトの元へと飛んだ。


 そして、セラスの視界の中、黒い短剣が炎を噴き出すのを確かに見た。




 ひゅんと、何かが風を薙いだ。

 そして、それは彼女にとって致命的で、そしてもう一人にとって、絶好のチャンスであった。

 今度こそ、間違いなく、短剣がセラスの胸を突き抜けた!





 ………いや、




 突き抜けてはいるが、



 バサッと羽音。

 短剣は真っ直ぐに彼女を突き抜け、暗闇へと飛んでいく。


 セラスという彼女を構成していた体は、無数の蝙蝠へと形を変えていた。

 思わず、驚愕に目を見開く法衣の影。

 だが、逡巡は一瞬だ。

 再び手に釘を構えたところで―――


 不意に彼女の動きが止まった。



 蝙蝠の一部が空中に手を作り出し、それには、銃が握られていた。





 ターン!





 それは、あまりに予想外。



 不可避の一撃。



 絶妙の死角。





 真っ直ぐに彼女の胸元を貫いた。
















 「アキトさん!」

 セラスは突き刺さっていた短剣を抜く。


 そして、担いでいた大きな長い形状のものを彼女に向けた。

 しゅるっと下に落ちていく白い布。

 取り払われた下からは、対地対空両用75ミリ機関砲。

 大筒を彼女に向ける。


 暗闇の中、爛々と光る、赤い瞳。



 「調子に乗り過ぎだ。小娘」



 ドォォォン!



 魔弾は、彼女の胸元を貫いた後、彼女によって働きを失わされた。


 しかし、それよりも決定的な一撃を避けるべく、胸を押さえながら上へと跳ぶ。


 「有象無象の区別なく、私の弾は外れはしない―――」


 発射された弾は、放物線を描き、彼女へ向かった。

 法衣を着た、彼女の姿は、その年齢を感じさせる容姿と共に、あまりにも幼く、弱々しく見えた。


 セラスの唇が歪み、鋭く尖った犬歯が、空気に触れる。




 
 再び爆発音が、空中で起こった。














 ☆ ☆ ☆












 「……大丈夫ですか!? アキトさん!」

 アキトは、弱弱しげに大丈夫だと、微笑んだ。

 「待って下さい……今、ヒーリング(回復術式)を―――」


 「あっ―――!」

 軽く手を翳した瞬間!アキトは一声上げ、同時にセラスを突き飛ばした。


 ヒュン! と、空気を薙ぐ音。


 そして、地面に突き刺さる黒い短剣。


 「なっ―――!」

 セラスが見たのは、信じられない光景。

 
「何で――――っ!」

 生きているのか。


 「流石は、あの伯爵の娘ですね」

 冗談みたいに、彼女の声が響く。


 あれは、確かに命中した。

 そうだ。証拠に法衣は焼け焦がれ、素肌が現しつつある。

 幻術ではない。姿見でもなく、変わり身でもない。

 だが―――爆裂徹鋼焼夷弾の一撃を受け、それでも何事もなかったかのように平然と……いや、


 彼女は、そこで静かに微笑んだ。

 「真逆、殺されるとは思いませんでした」


 どくん。


 そこでセラスは気がついた。

 火傷どころか、傷一つ付いていない!?

 そして、肌が月に共鳴するかのように、青白く、何かが浮き出している。


 「小娘と、貴女はおっしゃいましたが……」


 それは、機関のエンブレムと、七という数字。

 前に、マスターから聞いた事があったはずだ。

 絶対の七。完全数。それは、何があってもそこに在り続ける―――!


 「聞いた話によれば、大して貴女とは歳が変わらないはずなんですよ」


 ―――化け物。

 久方ぶりに、そういう感触だ。言うなら、アンデルセンの第二号。


 「――そして、魔術に関して言えば、遥かに貴女よりも含蓄がある」

 そう言い放ち、不意に彼女はその黒い短剣で自身の手首を切る!

 何を!と思うのも束の間、

 吹き上げた血は、ルーンを凝らした魔法陣となって、空中へ浮かび上がった。


  「Nacht ist schon hereingesunkn,

  Schliest sich heilig Stern an Stern,


 謳うように、彼女の声が響く。

  Grose Lichter, kleine Funken

  Glitzern nah und glanzen fern;

 朗々と、この幻想的光景に沿うように。

  Glitzern hier im See sich spiegelnd,

  Glanzen droben klarer Nacht,

 そして、彼女はふとこちらを見た。

  Tiefsten Ruhens Gluck besiegelnd

  Herrscht des Mondes volle Pract!!
………Amen!」




 ――――やばい。

 「アキトさん!」


 瞬間的にアキトは跳ぶ。

 彼女に向かってではない。


 そこから離れるようにだ。

 だがそこで、


 ひゅん、 と風を切る音。


 残! と、先程までセラスが居た場所を何かが薙いだ。

 銃剣だ。




 …………………。



 それを見、そして、同時にそれを見ていたアキトとセラスの目が合った。


 そして、彼らは矢張り同時にそこを見るのだった。


 神父が居る。

 見間違いかとアキトは期待したが、圧倒的な存在感を持ったそれが、消える事はない。


 銃剣を十字に構え、何やらぶつぶつと神の祈りを紡いでいる。






 「我に求めよさらば汝に諸々の国を嗣業として与えん。汝、黒鉄の杖を持て。
彼らを打ち破り陶工の器物の如くに打ち砕かん。
汝ら諸々の王よ,さとかれて地の審判人らに教えを受けよ。
その憤かりは速やかに燃ゆべければ全て彼方より頼む者は幸いなり。
恐れをもって主につかえおののきをもって喜べ。
子に接吻せよ。恐らくは彼は怒りを放ち汝ら途に滅びん!
…………Amen!!





















 ……勘弁して。



 心から、彼らはそう思った。
















To be Continued................








中書き

あれ?オカシイナ……今回でオワルハズダッタノニ・・・・・
――と、いう訳でもう少しお付き合いください。

感想宜しく。ではでは。









代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに「勘弁して」ですなこりゃ(爆)。

次回、白い吸血姫が出てくるか、はたまた神父と少女が不死身同士でドンパチ始めるか、

どう転んでも収拾つかないような気はしますが(笑)。