李賀『蘇少少の歌』

 

 

幽蘭の露、啼ける眼の如し

 

物として同心を結ぶ無く、煙花は剪るに堪えず

 

草は茵の如く、松は蓋の如し

 

風を裳と偽り、水を佩と偽る

 

油壁車、久しく相待つ

 

冷ややかなる翠燭、光彩を労す

 

――西陵の下、風 雨を吹く















モノローグ





 ―――いつまで、貴方はそこにいるのですか?


 さあな。満足するまでかな?どのくらいで満足するかはわからないが。


 ―――……止まっているのですね。



 …………。

 ああ、そうだとも。

 時間が止まっている。


 俺の中の時間は、あれからずっと止まっている。

 傍目からは流れているように見えてもね。


 ・・・今でも、彼女の言葉が耳に残る。

 分かり合うには十分で、知り合うにはあまりにも少なすぎた。

 その中途半端さが、いっそう時間を止める。


 そう、彼女と出会ったのも――――こんな夜だ。

 脇役が影でたむろするこんな晩。

 過ぎ去っていく喧騒と、月明かりの静かな道。


 ………涙は、出ない。


 前は、黙っても怒りと涙が溢れてきたのに。

 前は、世界全てが赤黒い闇に溢れていたのに。


 何もかもが哀しくて。

 何もかもが憎くて。


 でも、そういう気持ちも遠い。


 一日が終わる。そのたびに、段々と遠くなっていく。

 毎日は変わらず過ぎて、目覚めては眠る。

 それだけで・・・どうして遠くなってしまうのだろう。


 君のことが好きだ。

 でも、あるのは後悔の念だけ。

 そして、俺は何に後悔しているのか。


 わからない。わからない。何もかも、何もかも。



 ―――視界の端に、小さな花火が灯る。



 「・・・そういえば、確かにこんな晩だったな」


 相変わらず脇役で、喧騒が遠く、そして月明かりが照らす場所。

 あの時は、やはり花火が会場から上がった。

 彼女と出会った時。

 そして、≪君≫と話したあの夜。


 ただ、今日開かれているパーティーは別にアキトに関係あるわけでもなく。

 ましてや、知り合いの結婚式でもない。

 ただの夜の散歩で、そして夜に浸っているだけだ。

 喧騒が耳に届く。そして、想いは迷路へと誘われる。



 そうだとも。自分がわからなくなる。

 何をこんなに苦しんでいるのか。

 何をこんなに引きずっているのか。


 暗闇の中で、月明かりの中で中途半端にたたずんでいる。

 そうだとも。

 太陽の下を、俺は故意に歩きたくないのだ。

 太陽の下を、俺は歩きたくないと思いたいのだ。


 わかっているとも。それがただの執着だってことは。

 でも、捨てきれない。捨てたくない。

 でも、持ちたくない。


 ―――――どうして?


 怖いから。怖くて、怖くて、たまらないから。


 忘れることが。思いだすことが。

 忘れてしまうことが。思い出せなくなってしまうことが。

 囚われたのが。

 囚われていると気づいてしまうことが。


 怖いのだ。

 もう、君がいないと気づいてしまうことが。



 ―――――それだけですか?


 違う。本当に怖いのは、孤独。

 自分がこの世界に認められていないと、思うこと。


 ……でも、俺は孤独を求めてる。

 ……そして、その一方で、とても恐れている。


 だから、≪君≫が居るととても安らぐ。

 そして、≪君≫を遠ざけたいと思う。


 ああ・・・でも、感謝している。

 ≪君≫が居なければ。

 ≪君≫が居なければ。

 俺はどうなっていたのだろう?


 考えられない。考えることができない。


 だから……道化を演じたい。

 何もかも、俺は知らない振りをして、一定の距離を保って。


 それも全て―――怖いからだ。何よりも、孤独が。

 再び失うことに、耐えられないからだ。






 大切な人―――自分にとって、何よりも大切な人。


 いつか、出会うのだろうか?

 それとも……≪君≫なのだろうか?





 だから、俺は修練する。

 今度こそ、大事な人が現れたとき、必ず守るために。

 守りきるために。


 切なくなる。

 それも全て、君が浮かぶからだ。

 そこに、君が視えるからだ。



 囚われている。

 違う。囚われていたいのだ。




 甘い夢に捕らわれる。

 全ては夢で、一瞬のうちに、ぱちんと消える。

 一度、覚めた夢。・・・だから、覚めない夢を見たい。

 リアルはあまりにつらくて、逃げ出すことさえ出来はしない。


 だから、夢を望むのだ。

 閉じ込められた迷路の中。

 自分で創った迷路の中。

 何一つ、ぼんやりとした幻のようで。

 ふと現実に立ち返る。


 現実に返れば君はいなくて、視界に≪君≫がいた。





 俺は、≪君≫をどう思っているのだろう?

 無関心を装い、その一方で≪君≫を探しているときがある。


 理由もなく。いや、理由はある。


 一人が怖いからだ。

 例え、頭では一人を望んでいても。



 滑稽で。情けなくて。それでも強がって・・・馬鹿みたいだ。


 君はいない。

 それが現実で、変えようの無い過去。

 望めない過去。


 ――――本当ですか?


 思った事はある。過去に戻る方法があるのではないか。戻れるのではないか、と。

 ……なにせ、近くにいる。

 それをした人が。それを行い、過去を変えた者が。


 ああ、そうだとも。

 機会があれば……機会を作ってでも。

 そう、思ったさ。


 でも、今はそう強くは思わない。

 遠くなってしまったから。

 そして、そのことがひどく哀しい。


 だから……そうだな。よくわからない。


 ―――いつまで、想いに囚われてるのですか?


 わからない。

 俺が出口を見つける時まで。

 自分の創った迷路の図を、思い出すまで。


 ……毎日は連続で。いつの間にか過ぎていく。

 そして、いつしか彼女はぼんやりとしたものになるだろう。

 ああ、だから俺は止めているのだ。

 俺の時を。あの時のまま。

 止められると、思っていたかったのだ。





 そして、涙を流す。

 狂うように溢れた涙でなく、いつの間にか流れているのだ。そういう涙。

 そして、俺は静かに一人苦笑する。


 馬鹿みたいだ!……と、自嘲する。



 感傷に浸ったところで、時の流れはとどまらない。

 そんなことは知っているのに、どうして考えてしまうのか。









  ………そして、ゆっくりと月日は流れていく。


  忘れられない思い出を幾つも刻んだ、あの戦争が終って二年。

  ≪君≫が俺の視界に入るようなってから、二年。

  ようやく、「平和」の道を進み始めて二年。


  やっと「平和」が訪れた。

  その「平和」は、果たしていつまで続くのだろうか?

  いつまでも、続くのだろうか?


  わからない。誰も。誰もね。

  でも、そんな気は、不思議と俺は起こらない。

  あいつが帰ってくる時。

  歴史が繰り返すというのなら、何かが起こるはずだ。



 ―――その時、貴方は前を向いているのでしょうか?




 さあね。もしかしたら既に前へと歩いているのかもしれない。

 後ろを向いているというだけで。

 止まっていたいと思いながら。


 過去にとどまることは、包まれていることだから。

 包まれていたいと、思っているだけかもしれないな。もしかしたら……
















 ………それで、さっきから意識に話しかけてくる君。一体君は誰なんだい??



















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 後書き

 ごきげんよう。風流(かぜる)です。

 ふと思いついて、書いてみました。

 わかってはいると思いますが、スポット・ライトのあたっている人物はジュンです。


 それで、物思いに耽るという形で、どんどんどんどん移り変わる動きを書いていきたかったのですがね。

 ……どうでしょう?



 何はともわれ、感想待ってますね。









代理人の感想

う〜む、オチがない。

あるのかもしれないけどわからない。