ひどく、気持ちが悪かった。


 目の前で起きてる事柄が、わけもわからず苦しかった。


 どうしてこんな事になったのだろう?


 暗かった。


 何もかも、わからないぐらいに暗かった。


 何もなかった。


 そこには、何も………











 そこは、確かに日の当たる場所で、


 そこは、確かに彼がいたはずの所。



 でも、何もなかった。

 気が付いたら、目が覚めたら、起きたら、そこで何もかも話は終わっていた。


 聞けば聞くほど、自身の思惑とは関係なく、

 聞けば聞くほど、それは悲惨な話で、


 胸がきゅっと締め付けられるのだが、



 だけれども、だけれども、自身そんな話を信じられるはずもなく、


 唯一わかった事柄は、彼がそばに居ないという事。



 奇妙な喪失感はあったけれど、だからといって、その喪失感を埋める気にもなれず、


 そして、ゆっくりと時は過ぎていく。







 暑かった。

 それは、同時に季節を告げる存在でもある。


 火星の後継者との大規模な戦いは、この二回目で終わったといえるだろう。

 もはや、あれだけ大規模な戦争は起こらないような気がした。

 少しずつ、戦いは小さくなっていく。



 そう……やっと。














 
白が黒へと染まる刻











 
 再び夏が来た。


 移り行く事柄に、別段どうとも思うわけでもない。

 ただ、自身ここに来るのが転機とも言える事柄ではあるかもしれない。

 ……いや、もしかしたら、何も変わらないのかもしれないけれど。


 石が沢山立ち並ぶ場所―――死者の眠れる場所は、そこだけ空間がぽっかり空いたかのようだ。

 誰もいなかった。

 自身以外には、誰もいなかった。

 あるのは自身の息遣い、蝉の声、どこからともなく聞こえる鳥の声―――



 その一角で、私は止まった。

  
 そこに、一つの墓がある。

 ここにはもう一つ、仲良く立ち並ぶかのように対の墓があったのだが、

 それはとうに取り払われてしまっている。


 『天河明人』

 墓碑銘は、そう刻まれている。

 無論、世間的に彼は死んでいるのだが、実際に生きてることは周知の事実だった。


 それはかつての戦友の間や、現ナデシコクルー、またネルガルやクリムゾン、そして軍の上層部、

 いやいや、それどころか彼の名前は知らなくても、復讐者としての彼の名は、ちょっと踏み込んだ者なら知っている。

 それなりに知られているのが、自分の知らない彼の姿だ。


 身近に知った少女は、昔のアキトを見ていない。

 いつの間にか成長を遂げた少女は、彼の探索を行ってる。



 そう、自分は知らなかった。

 話を聞いても、納得できるものでもない。

 話よりも、過ごした時間の方が、遥かに色が付いているのがわかる。



 ……その話は、

 その話は、ひどくあまりにも、悲惨すぎた。


 しかし、それでいて嬉しくなかったといえば嘘になる。

 まるで童話のお姫様救出劇。

 だから、全てを薙ぎ払い、自身を助けてくれた王子様のことを知らないのは、何故か悔しい。


 その時の喜びを。

 そんなロマンチックなお話の登場人物に成り切れなかった事が、悔しかった。


 彼がしたこと。

 私を助けるために、何をしたのか。

 目覚めたときに王子様が傍にいても良かったのに、とは思う。

 そのことは同時に、彼らしいとも感じたのだけれど。



 そこにある、直方体の石を見つめる。


 それは確かに死んだのだろう。

 そう…少女は言っていた。

 もう……私の知っている彼はいないのだと。



 けれど。だけれど、話で理解できるものではない。



 だって私は。

 まだ、その変わってしまった彼に会ってはいないのだから。




 そして、ため息をついて空を見上げた。










 「手がかりを見つけました」

 少女は言っていた。



 「アキトさんを、迎えに行きます」

 少女は言っていた。



 「一緒に行きませんか?」

 少女は言っていた。












 ………それに、私は頷かなかった。



 墓を見つめた。


 『天河明人』

 と、そこには刻まれている。








 「そんなの、ユリカさんらしくありません」

 少女は言っていた。







 ……私らしく……かぁ。

 思わず微笑する。



 やはり、自分は彼を迎えに行くべきだったのだろうか?

 





 ザッ




 不意に足音がした。





 その音と気配に、思わず私は振り向いた。



 そこに、一人の男が立っていた。

 一言で、真っ黒。

 顔も、大きな黒いバイザーで覆われ、その表情を読み取ることはできない。


 傍らには、薄桃色の髪の、まるで人形のような白い肌。


 その少女は、まさにお人形さんのように可愛らしく、美しい。

 ルリちゃんと同じ……

 そう、思う。

 隣に立っている黒尽くめの男性に手を繋がれ、その金色の瞳で、じっとこちらを見つめている。




 違和感を感じた。





 その黒尽くめの男性は、何故か呆然としたような面持ちで、そこに立っている。

 そして、黒に映えるかのような美しい少女は、警戒心を抱きながら、こちらを覗くかのように凝視している。




 戸惑った。





 「え…と……貴方、どこかでお会いしました?」

 私は、その男性に尋ねた。



 男はただ、淡々と低い声で、

 「いや、たぶん初対面だろう」

 と、そう答えた。




 蝉が鳴く。

 辺りに響き渡り、反響する。



 

 その青年は静かに一礼すると、そのまま去っていった。


 ただ言葉を交わしただけだというのに、ひどく印象的だった。



 何故か、その声に惹かれた。


 






 そして、私はそこを後にした。

















 そこに行くことで、やはり何かが変わるわけでもなかった。


 自身、そんな気がしていたし、それほど簡単に心は変化しない。




 囚われているのは事実だけれど、それは何となくロマンチックな感じがしないでもない。



 それからしばらくして、ルリちゃんに会った。


 ただ、一言。

 「……すいません。デマでした」

 落ち込んでると、私はそう感じた。


 だから私は、「ルリちゃんがあやまることじゃないよ」


 と、言い、 「ありがとう」 と、付け足した。











 喧騒の中に身を置いていると、突如どうしようもない孤独感に襲われる事がある。

 寂しさというか、切なさというか、そんな感情。


 当然のことながら私は皆の励ましにより、少しどころか、かなり救われた。

 ……とは言いつつも、それが何だか他人事のような気がする時があるのだ。


 そして、アキトを想う。








 ある時雑踏で、彼らを見かけた。


 黒尽くめの服装に、顔を隠すかのような黒いバイザー。

 傍らに、妖精のような魅力を宿した少女を置いている。


 それは、あの時、あそこで会ったよりも印象的で、周囲から浮いているように感じた。



 そこでふと、彼の目線と私の目線が重なった。





 顔を隠す仮面のように、広く覆われたバイザー。


 しかし、その顔立ちは、どこかで見たような………そんな……










 ……え?




 それは。



 それ…は。




 「アキ…ト?」

 呟く。



 そうだ。

 何故……、何故わからなかったのか。





 「アキト!」


 それに、気づいた。



 世界が収束し、そして再び広がる。


 雑踏に見え隠れする音。







 走る。


 私は、彼の姿を追った。


 怒声。

 それを押しのける。


 人ごみを掻き分け、彼の見えた方向へと走った。



 走った。


 走った。








 だが、あんなにも目を惹く存在である筈の彼らは見当たらない。



 ひどく理不尽で、何だか怒りさえも芽生えてくる。




 「あきと」

 呟く。


 気が付けば、彼がいなくなってから、もはや体験していない出来事が起こっていた。


 頬を涙が伝う。

 そして、本当に、心の底から泣きたくなった。



 人目を憚らず、わんわん泣きたくなった。









 ≪いや、たぶん初対面だろう≫






 「アキト…って、相変わらず…照れ屋さんだね」

 そう呟く。



 少し恥ずかしいと思った。


 こんな所で、泣いている自分はどう見られているのだろうと。


 別に、声を上げているわけではないのだが。





 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、水は止まることなく溢れ出すのだった。










 そして私は、滲んだ視界の中、



 流れていく風を肌に感じながら、






 彼がいるはずの方向へと、全速力で走った。















 止まっていた私の刻が、心臓の早鐘と共に、



 ようやく動き始めた。















 atogaki

 ごきげんよう。どうも旅人です。

 何だか、月日の流れを感じます。

 ナデシコという物語が終わって、経過した年数を(ぉ


 ……さておき、ここまで読んでくれた方々に感謝を。

 楽しんでもらえたなら幸いです。

 それでは、また別の作品で会いましょう。
 
 では。







代理人の個人的な感想

楽しませていただきました。

眠れる森の美女の、二年間止まった刻が動き出す、その時・・・・。

その経過と結末を過不足なく書き切っていて良かったと思います。

 

では。