よく見なければ気が付かないような店だった。

道を一本外れれば、観光客や酔客が行き交う人通りの多い大通りだ。

そんな喧騒に満ちた繁華街の一画に薄汚れた一枚のドアがまるでフェイクアートのように張り付いていた。

薄汚れた壁には、電飾も無ければ看板さえもない。

ただ古色蒼然とした扉だけがぽつねんと立っている。

表通りを行く人々は誰一人としてこの扉に気づかなかった。

気が付いたとしても誰も見向きもしないにちがいない。

こんな得体の知れない場所をわざわざ訪れなくても、この街には他にも楽しく遊べる場所はふんだんにあるからだ。

扉は訪れるものさえ忘れてそこにあるようだったが、今、黒ずくめの男が一人、その前に立った。

















機動戦艦ナデシコ
         星奏曲
         第一話












右手をさりげなく腰の傍に置きながら左手で扉を押す。

開けられた扉の向こう側にあったのは、かろうじて足元が見えるくらいの、暗い、下り階段だった。

階段を降りきった所に、もうひとつ扉があった。

その中は意外なほど広い酒場になっていた。

客もほどほど入っている。

一人で静かに飲んでいるものや、数人でテーブルを囲み雑談しているグループまで様々だ。

人種・出身もばらばらな客達だが、彼らにはある共通点があった。

薄暗い照明の中、ほんの一瞬、ある者はグラスを傾ける手を止め、ある者は話すのを止め、新たに入ってきた客に鋭いいちべつ一瞥を投げてよこした。

その視線を浴びるより早く、男は腰の銃から手を遠ざけている。

これが一番重要なことだった。

無防備に見えない場所に足を踏み入れるわけには行かないのが訪れるものの事情なら、銃を振り払いかねない様子で現われた侵入者を排除するのは、それを向かえる者にとって当然の事情だからだ。

ここはそう言い切れるだけの人生を送ってきた男達が集まる店だった。

客達の鋭い視点を浴びながら、男は肩をすくめ、小さなため息を吐くと何気なく歩いてカウンターに向かった。

もの慣れたその様子を見てとり、客達はあっさりと警戒を解いた。

これは明らかに自分達と同種の人間―――星から星へ渡る船乗りの一人、それも合法とは言いがたい人間の一人であると瞬時に察したようだった。

あとはもう気にも止めない。

見知らぬ間柄の者達が同じ場所を共有するための無言の挨拶を、彼らはすませたわけだ。

男はカウンターに腰を下ろすと、正面の壁一面に作られた棚を見て、笑みを浮かべた。

まるで、酒瓶の見本市だった。

脚立を使わなければ取れないような高いところから黙々とグラスを磨く老爺の足元まで、びっしりと酒瓶が並んでいる。


「また種類が増えたな」

「三年も寄り付かなきゃあ、そうなるさ」


グラスの手入れをしていた老爺が無愛想に答え、男を見もせずに言った。


「いつものやつかい?」

「ああ」


三年も顔を見せなかったにも拘わらず、このやりとりで通用するのだから、よほど以前からの馴染みなのだろう。

老爺はむっつりとした顔を崩そうともせず、ずらりと並んだ酒瓶の中から埃をかぶった瓶を取り出してグラスに注いだ。

独特の香りを持つ、鮮やかな琥珀色の液体である。

グラスを男に出しながら、老爺はカウンターの端に陣取っていた二人の男達に視線を向け男に言った。


「お前に用があるらしい」

「へえ、いったい俺に何のようなんだか」


男は瞳の奥に物騒な光を宿しながら、その男達を観察した。

ひどく特徴的な二人組だった。

一人は、二メートルはあるだろうごつい体つきの、おそらくは従軍経験のある男。

もう一人は、チョビ髭めがねの掴み所のない男だった。

男の視線に気が付いたのか、二人は軽く頷き合うと席を立ち男に近寄ってきた。


「テンカワ・・・アキトさんですね。私はプロスペクター。プロスと呼んで下さい。こちらはゴート・ホーリー。ネルガルのものです」

「へえ、ネルガルが俺に何のようだい」


男は眉にしわを寄せながら訝しそうにプロスに尋ねる。


「ミズキ ナツメさんの紹介で、あなたをスカウトに来たんです。ある戦艦のクルーとして」

 

あとがき


連載二つ目です。
「赤き〜」はどうしたとか突っ込まないでください。
五話分書き上げて送ろうとした矢先、破壊神降臨のため消えてしまいました。
なにか機嫌を損ねるようなことやったんでしょうか(泣)
さて、この話の元ネタは茅田砂胡先生の小説『スカーレット・ウィザード』です。
ダイアナを出したいだけで思いついた作品。
面白いものになるように見守ってください。